多くの犠牲を抱えながら、エレンの「地鳴らし」を止めるべく島の仲間達を裏切り、屍に変えた、顔も斬り裂いた、それでも自分達は突き進む。
青空に夕日が沈んで夜の帳に包まれた頃、沈黙だけが支配していた「地鳴らし」の進行方向にあるオディハには。
「うぁあああああ!! そんなぁあああ!! もう!! ……みんな死んだんですか!? マガト隊長……レベリオも!? 俺の家族みんな……!?」
停泊した船からは悲痛なファルコの叫びが船内に反響していた。巨人の力を使い果たして眠っており、目覚めて聞かされたのは自分達の上官のマガトが自らの命を賭してマーレの巡洋艦を追っ手に使わせない為に自爆に巻き込み沈没させ、その運命を共にしたことや、既に自分達がどれだけ急いだとしても「地鳴らし」の速さが思ったよりも早く進み、故郷のレベリオは壊滅していることを知らされ、ファルコは泣き叫んだ。
実の兄も失い、今度は家族までも失うという絶望に晒され少年の悲しみは計り知れない。
「……もう「地鳴らし」はマーレ大陸の大半を飲み込んでいる」
「……じゃあ、どうするんですか? これから……どうしたら!? オレ達だけで!?」
「ごめん……私にも、わからないの……」
と、幾ら頭脳明晰で誰よりも機転が利くピークでさえも、絶望に頭を抱え、言葉少なげに恐らくはもう二度と会えない父を想っているのだろう、方法など見つからない、完全にどん詰まりだった。
夜の闇は深い、しかし、この静寂もいつ終わりを迎えるかわからない緊迫した状況でのんびり休んでなどいられなかった。誰もが焦っていた。いつ来るかわからない強大な力を持つ全ての生命を平らに帰す問答無用で、そんな破壊の足音に神経をすり減らし作業に当たっていた。
アヴェリアはライナーに軽く飛び方を教えるとパラディ島でのイェーガー派との死闘の果てに返り血まみれになった衣服を着替える事もせず自分の父親の容体が気にかかり確認へ向かった。
自分の父親の事だ、恐らく誰よりも戦わねばならないこの状況下で寝込んでいる戦えない自分を責め続けているだろう。
一刻も早く「地鳴らし」へ向かうつもりだ。あんなにボロボロの状態で、とても戦える状態ではない、指だって無くなって、目も見えないだろう、おそらく、いや。間違いない、自分の母親を取り戻す為なら、その調査兵団としての自分の責務を、自分が将来なりたいと背中を追いかけ目指している存在、彼はそんな人間だ。
「父さん、水飲むか……? え?? はっ!?」
おかしい、確かに船から降りる前はこの部屋のベッドに横たわり回復に専念していた筈なのに、ベッドはもぬけの殻、床を見れば血が点々と垂れており、恐らくベッドから転がり落ちるように立ち上がって、その拍子に倒れこんで傷口が開いたのか、顔面でもぶつけて負傷でもしたのだろうか。
「は……(クソ、言うこと聞きやしねぇ……随分、この身体にも無理させてきたな……)」
思い返せば、地下街に居た時から自分の半生は無茶の連続だった気がする。ケニー・アッカーマンかつて自分に生きて行くための処世術を施した男により覚醒した絶対の力、しかし、その力を酷使しすぎた果てに年齢と共に衰えて行くものを感じた。自分と同じ血が流れるミカサはその力を増していくが、自分はこれからはその力をどんどん行使する度に激しい疲労感に襲われ、傷の治りも遅れが目立つようになった。
ある程度の傷も一晩寝込めば回復し、翌日には通常通りに何の支障も無く遂行してきた自分が今はまるで使い物にならず、それどころか自分がこれまで導き戦う覚悟を求めて来た若い部下たちが率先して苦渋の戦いを続けているのに。
これ以上寝ていたら本当に自分は一生このままなんじゃないか、そんな恐怖さえ抱いた。
そして何よりも、自分の息子が自分の代わりに戦いまだ幼い手は血に染まり、それを目にした時、激しい後悔を抱いた。
誰よりも戦いから遠ざけたかった存在たちが今は戦いの最前線で戦っている、己の身を血に染めて、何という皮肉だろう。
「(俺は、こんな未来の為に、心臓を捧げて戦ってきたわけじゃねぇ……お前も、そうだろ、ウミ、)ぐッ――……」
全身を襲う激しい痛みの中で、リヴァイは船内を突き進みある場所を目指し手すり伝いに自力歩行を続ける。どれだけ寝たきりで居たのか、たった数日寝込んでいただけで足がまるで生まれたての仔馬のように情けない。握り締めた拳に爪が食い込む、しかし、二カ所だけ血がにじまない箇所、そこは自分の無様な判断により失った代償。
リヴァイは再び目を覚ます。傷の痛みなど、こんなものなんの障害にも感じない、激痛にその身を晒しながらリヴァイは苦しみながらも目の前に見えた幻想を想い、ただ突き進む。
リヴァイは繰り返し襲う激しい後悔にうなされる中でウミが泣いている夢を何度も何度も見せつけられるように幻想の中でも終わりなき夢を見ていた。
幸せな人生を彼女に与えられたのだろうか、その答えさえも出せないまま、彼女は自分達の前から姿を消してしまった。
そして、次に再開した時にはもう彼女は自分の知らない男の腕の中に居た。そして、変わり果てた姿で今ここに向かっている。
空想の中の悪夢が自分に何度も押し寄せ囁いた。悪夢の中血まみれの彼女は泣いていた。
自分に助けを求めて。ずっと心の奥で泣いていた、そばに居るためやもう二度と離れぬように、家族になったのに。
なじるような彼女の優しかった甘くないあの声が、今はまるで突き刺さる矢のように満身創痍の自分に突き刺さる様に代わる代わる責め立てる。
自分は、彼女の優しさに甘えてそして、彼女は劇薬を選んでしまったのだ。
それでも、自分がこの島を守る事が家族を守る事になると、それだけを想い外交に専念して家庭を顧みなかった。子供を産むだけ産ませて、華奢な肢体を度重なる出産でぼろぼろに傷つけて、そしてそれでも働いていた彼女の小さな後姿が焼き付いて消えない。
堪えながら耐えていた、誰よりも愛情深い存在だった、最愛の女、母親を亡くした唯一の自分の消えない胸の穴に滑り込んで来たのは紛れもなくウミだ。
あの子が泣いて助けを求めている、自分を待っている、エレンに飲み込まれたあの場所の中心に恐らくいる、きっといる、感じることが出来る。
償いをさせて欲しい、どうかもう一度この腕に彼女を抱けるのなら、今度こそ誰よりも大切にすると誓うから。兵団を退きこれからは夢の通りなら家族で山に小屋でも建てて、そして作物を育てながら静かに余生を過ごそう、ウミに出会えたこと、孤独に生きて来た自分に家族をくれた最愛の女性、彼女がいる。そして彼女と自分によく似た可愛い子供たちが四人も。
家族がいれば寂しくはない、一生笑って暮らしていく、ウミがいる、それだけで後はもう、自分にとって余生なのだと思えるような。
傍らには自分の代わりに死闘を潜り抜けまだ少年の息子であるアヴェリアに辛い思いをさせてばかりの自分に対し心底嫌気が差し、リヴァイはマガトに尋問を受け腕の骨を折られたイェレナが目覚めたと聞くなりふらついた足取りでそれでも早くエレンの「地鳴らし」の一部となったウミを取り戻したい一心でエレンの行き先を吐かせに行こうとするがその足取りは重い。
「あー!!いた!! 父さん!! 何で起きてんだよ!!」
「リヴァイ兵長!! 無茶ですよ。まだ寝てなきゃ」
「……まだ、寝てろだと? これ以上寝てたらお前ら俺の存在を忘れちまうだろうが、それよか……骨折の熱とかで寝込んでたクソ髭女の意識が戻った。エレンの行き先を吐かせるぞ」
「……はい」
「待ってよ!俺も行く!」
アルミンとアヴェリアに支えられ歩き出したリヴァイの前にゆらりと姿を見せたのは、すっかり兵団服が似合うようになったが、立体機動装置を使いこなすには時間が足りない、九つの巨人の中で一番の持久力を持つが、今後の為に巨人化を控え体力を温存することになった、つまり暇を持て余したピーク・フィンガーが自分もついていくと、少なからず因縁浅からぬ関係であるイェレナの尋問への同行を申し出たのだ。
「私も……やることがないので」
死んだ仲間に報いるために、何としても。もう間に合わないとしても自分が出来ることを果たさねばならない、マガトが死んだことで導きを失いながらも、志を共にかつてはレベリオの地で敵対していた自分達は行動を共にする。
「アヴェリア、お前は駄目だ。ここから先はガキには関係のねぇ事だ。お前はガビとファルコと一緒にいろ」
「はぁ!? 何でだよ! 俺も行く!! 俺はもうガキじゃねぇ!俺だって戦える!何だってやる!人だって大勢殺したよ!?父さんの目を離すと言うこと聞かないであっちにふらふらこっちにふらふら、気になって離れて行動したくねぇよ」
「アヴェリア……」
尋問すると言う事はさっきマガトが見せた通りの事を自分達がするようになる。アヴェリアは知らないが、自分達は四年前クーデターの際に中央憲兵を拷問した過去がある。その当時の話を実の息子が耳にする事が無いように細心の注意を払いながら行動してきた。
イェレナが吐かなければ、ばそれと同等の事を今しなければならない、そんな凄惨な光景自分の親が男装しても生物学的には女の身であるイェレナを暴行するシーンを見せたくはないだろう、リヴァイは隻眼でアヴェリアを睨み、彼を黙らせる。
「アヴェリア……お前、親の言う事が聞けねぇのか」
「っ……」
これまで幾多もの歴戦を潜り抜けて来たパラディ島の英雄の凄みに圧倒され、アッカーマン家の血の作用もあってか、自分より格段に上の男に対し、何も言えなくなり、滅多に怒らない父親の気迫に圧倒されて、大人しく言う事を聞くしかないと幼いながらに本能で理解するのだった。
「アヴェリア、大丈夫。僕が一緒だから、君は安心して部屋に戻って休んでいてよ」
「……アルミン、……分かった」
「アヴェリア、元同期同士、ガビとファルコを、よろしくね」
「……わかったよ、ピーク……さん」
イェレナの元へ向かった三人を見届け、アヴェリアは自分の幼さと、自分がまだ経験が浅いから信頼に値しないのだと己の無力さを痛感するようでそれがたまらなく悔しかったのだ。
息子の幸せと平穏を誰よりも望む親のリヴァイの心を、アヴェリアは知らない。自分がどれだけの功績を残しても父親は決して褒めることは無い、自分はなりたかったのだ、島にいる人間なら誰も知らない人間はいない、まさに完全無欠の人類最強と呼ばれるあの小柄な背中をずっと追いかけていた。しかし、届くどころか、自分はきっと一生その翼を背負うことは無いのだから。
まさにその言葉の通りに。自分は突きつけられた、部外者で在り、自分が父親の為に戦闘で活躍することは無いのだと。思い知らされるのだった。
「ガビ、ファルコ」
故郷は「地鳴らし」により全てが平らに沈む。巨人の脅威を味方にし、眼前で兵器として導入されその恐怖を知る二人は絶望していた。
もう目覚めたファルコを宥めることも出来ない。
「アヴェリア? どうか、したの?」
「あ? 何だよ、」
不思議そうなガビに問われて顔に手を当てると、アヴェリアはいつの間にか、血ではなく、透明な雫が頬を止めどなく流れ、顔をあげるとそのまま耳たぶへと、緩やかに落ちるように深く涙を流していたのだ。
ああ。そうか、自分は、父親に褒められたかったのだ。
子供が親に褒められたり認められることで得られるもの、それが満たされる事は幼少期の人格形成においては大いに必要である。
自分は幼少期は母親から奪われ地下に置き去りにされ、そして劣悪な環境で親を憎んで生きていた、しかし、その親は自分を捨てたわけではなく、まして自分は死んだと思っていたのだ。
だが、ある日自分を救い上げる手に触れた、美しい高貴な空気を纏う金髪の少女、小さなこの壁の国の王。
そんな少女に拾われ自分は衣食住に何の不自由のない生活を突然与えられた。地下で薄汚れた自分を何のためらいも無く、抱き締めてくれた少女、そんな彼女に憧れのような感情を抱いたが、自分は所詮、彼女にとっては哀れな捨て子。そして彼女は自分では無い別の男の子供を身ごもり、もうすぐ出産を迎える。
そして腹を痛めた我が子が生まれれば、ますます孤児院を去り、本当の海の親と暮らすようになった自分とは縁遠くなり、今後自分を気に掛けることは無くなるだろう。それが自分の初恋だと気付いたが、
「俺は、ガビやファルコみたいに、親に「よくやった」って、褒められたかったんだ……けど、父さんは、そうじゃないみたいだ、俺が血にまみれて傷だらけになってパラディ島で親父の部下を殺した、父さんは、今にも泣きそうな目で俺を見て、それだけだった……。父さんは、俺には普通の子供としてそのまま島で暮らして欲しかったって……俺は、父さんの役に、立ちたくて、こうして役に立てていると、そう、勝手に自惚れていただけだ」
ガビやファルコが戦士候補生として活躍し、功績を残し名を馳せればゆくゆくは名誉マーレ人として、誇り高き戦士になれる。エルディア人の解放を誰よりも望んでいた家族たち。
それを目指してひたむきに張り切る中、自分には帰る家は無く、自分の活躍を褒めてくれる親も居なかった。しかし、母親だけが自分を、褒めてくれた。
母親は自分にある程度の手ほどきをしてくれた、父親には内緒だと、こうなる事を、分かっていたからだろうか、それとも、「地鳴らし」の為に、エレン・イェーガーに食われて命を落とすことを自分で分かっていたから、父親の助けになる様に自分を鍛えていたのだろうか。
母親の、残した真意は分からない、しかし、父親は、リヴァイは、アヴェリアが活躍すること。それはすなわち自分達が望んだ戦いとは無縁の場所で成長して欲しいと望んでいた親の気持ちを、アヴェリアは知る事も無く反発し、自分の手を他人の血で汚した事でもう戻れない道を選んだことに対する負い目しか感じられなかった。
その時、アヴェリアはここではない他の場所から何か物音が聞こえた気がして耳を澄ませた。アッカーマンの血の作用なのか、身体のあらゆる感覚は常人よりも優れている。
「さっきからぼんやりして……アヴェリアも休みなよ、疲れてるんでしょ?」
「あぁ……気のせい、だよな」
この船がパラディ港を離れる前、自分の心配をするガビが確かに撃ち落としたあのイェーガー派を取り仕切っていた赤毛の男の行方、未だに彼の死を本当に確かめていない。自分の母親が言っていた、敵は完全に息の根を止めるまで、油断するなと、脈を確認し、きちんと、死んだかどうか確かめるまで死んでいないと思え、そう、話していたことを。
これまで、ウミに甘えて家庭を任せきりにしたリヴァイの行いは業となり、自分の甘さが、仲間達を全員巨人に変えた、挙句その張本人であるジークを仕留めそこない、それどころか一生かかっても消えない傷を負ったのだ、自らの罠で。
そして戦闘不能になり、部下を引き連れて最前線に立つべき立場の役割を担う身分の癖に今ではそんな部下に支えられないとまともに歩けないという。失われた右目のせいでバランス感覚も失われ、視界も定まらない。
四年前のシガンシナ区決戦において自分と反対側の左目を失明したハンジはこんな不自由な視界の中で訓練に明け暮れ、視界も狭まりながらも雷槍を使っていたと言うのか。
あまりにも情けない、もう二度と愛する人の涙を拭う右手の指も失われた。
愛する人を抱き締められず、そして触れられない。双眼でもう二度と愛しい笑みを見せてくれた彼女を映す事も無い。
「地鳴らし」に飲み込まれたのだ。エレンの一部として、取り込まれた。憎きジークと共に、その身体を。
満身創痍の状態でも、それでも戦い続ける男の苦しみの先に、「地鳴らし」の先に居る因縁と、最愛。
辿り着く為に、それでもこの身体がバラバラになりそうな激痛を堪えリヴァイはいつまでも戦線離脱した状態の自分を恥じ、自ら参戦の意思を示したのだ。言葉ではなく行動で。せめて尋問は俺がやると。聞かない。
アッカーマンの血が流れる身体は戦いを本能的に求めるのか。アヴェリアはすっかりアッカーマンとしての能力に覚醒し、幼い頃の自分をまねるようにメキメキと戦闘を重ねる事で強さを増していく。
それを、断ち切らねばならない、こんな思いをするのは、もう自分だけでいい。もう、アッカーマンの力など、今後の未来には不要であってほしいと望む。
彼の身体にも同じ血が流れ、アヴェリアが活躍すればするほど自分の思いとは真逆に最愛の女が激し痛みを堪え血と汗と涙を流し産み落としてくれた息子のまだ小さなその手を血に染めて行くことなどこれ以上、見過ごすことは出来ない。
「リヴァイ兵長、無理をしないでください……!」
「死んだ仲間に報いるために、俺はここにいる、その為に、俺は戦い続ける、俺はジークを殺すと、誓った、止めるな、俺を止めても無駄だ。這ってでも手足がもげようとも俺は行くぞ」
「リヴァイ兵長……」
「ウミが、泣いている……あいつは、本当は、誰よりも弱い、……あいつの傍に、居てやらねぇとな」
アルミンも幼少の頃からウミを見て育ってきたから、彼女の本当の弱さを知っているつもりだった。しかし、幼い自分達の前では泣き言と言わないウミに本心を引き出せることは幼い自分達三人では出来なくて……そんな彼女の本心を受け止められる大人の年上の恋人がいれば。そんな自分達の前に舞い降りたのが、今自分が支えている男、傷つきながらも、その目は死んではいない。調査兵団の生き残りとして、その小さな身体に多くの物を抱え、それでもリヴァイは突き進もうとしている。
静止の言葉を投げかけようとしたアルミンの手首を今にも折れそうな力で掴んだリヴァイの本気を、一体、誰が止められると言うのか。
部屋で休んでいたイェレナは、以前フロックを介して接触したエレンへ「世界連合艦隊」がパラディ島制圧に乗り出すとすれば、カリファ軍港に集結するはずと伝えていたのだった。
それからマーレに渡ったエレンの首謀によりレベリオを奇襲後、1ヶ月の猶予を与え連合軍をカリファ軍港へ集結させ、ジークと接触を果たした事でエレンは地鳴らしを発動させた。
しかし、エレンはシガンシナ区の壁の巨人数百体で撃退する作戦に逆らい、完全にパラディ島以外の大陸を踏み抜くべく始祖ユミル・フリッツの魂を宿す器として造られたウミの力を借りてウォール・マリアの壁すべての硬質化を解き、何千体以上もの眠れる巨人を目覚めさせた。
そして、「地鳴らし」を掌握したエレンは予定通りにカリファ軍港に集結した「世界連合艦隊」を壊滅させ、「地鳴らし」により戦艦を失った国は財政破綻まで追い込まれ、パラディ島を取り囲んだ主要国のすべてがそうなれば十分過ぎる打撃となる、との言葉通り、決定的な大打撃と共にレベリオの地は平らに沈んだ。
エレンは確実にこの島を守る為、敵の報復を受けないどころか、島以外の生命全てを無に帰すと。決め進撃を開始した。
そして、エレンと世界地図を照らし合わせながらイェレナはエレンに意味深にマーレ大陸南の山脈にある砦、飛行艇の研究基地が気になると、そう言い残していたことを尋問ではなく、自らの口から告げるのだった。
ハンジやキヨミ達も集まり、幹部達でイェレナを囲んでイェレナは弱々しい声で、一目見た時から彼の持つ強さにすっかり心酔していたが、そんなジークがエレンに敗れて「地鳴らし」へ取り込まれた事で、完全に意気消沈しているようだった。
いつもひょうひょうとしていた彼女の顔色は青ざめ、熱に浮かされ冷や汗を流している。
「おそらくそこがエレンの第二の攻撃目標・スラトア要塞」
「確かに……少しでも「始祖の巨人」に攻撃できる可能性のある兵器の存在を知っていれば……」
「カリファ軍港の次に向かうでしょう。飛行船を潰しに、」
「尋問の手間が省けて助かるが……えらく従順に答えたな」
「……皆さんに頼みがあります。……認めてください。ジークは敗れた……。でも、正しかった。二千年に及ぶエルディア人問題の解決策は、「安楽死計画」しか無かったのです。この惨状を見ればおわかりでしょう……」
と、自分達はそれでも正しかったと、それを認めろと尚も言ってのけたイェレナの言葉に対し、その場にいた誰もが重く口を閉ざしていた。
イェレナのその言葉に反論する者は、誰一人として居やしなかったのだった。事実その通りなのだから。見つけられないまま、エレンは単独行動を起こし、そしてウミを引き込み「地鳴らし」を起こしたのだ……。
「あぁ、認めるよ。エレンに何の解決策も……ウミに、あの子をかつての部下だったアリシアが裏で追い詰めていたことにも気づかずに、希望や未来を示せなかった私の無力さを」
しかし、ハンジはあくまでイェレナの「安楽死計画」を認めるとは、正解だとは答えずに、自分の無力さに対して認めると告げる。
彼女たちの「安楽死計画」だって、結局は大敗北となりエレンとウミの思いの強さ、「この島を守りたい」その為なら他の国を滅ぼしてもいい、その願いを体現した事でジークは取り込まれ、両者ともにエレンの理解を越えられずに島を守る心理戦に負けたのだから。
そしてイェレナは昨晩の夜とは違いしおらし態度のままリヴァイに向き直った。リヴァイにも心当たりがあったのだ。
「リヴァイ兵長……。私は、ジークに頼まれてあなたの奥様に……ウミに、接触しました。ヒィズル国をお招きした際に、ひときわ、あなたの隣で、微笑んでいた、とても幸せそうなのに、彼女は何処か、いつも愁いを帯びた目をしていました。私はその事実を知っていました、ジークと彼女は繋がっていたのですから。そして、あの人は私たちの計画に、賛同したのです。しかし、賛同したのは、エレンだったようです、私達もまんまとあなたの奥様に騙されましたよ……本当に、大した女傑ですね……噂の通りでした」
「あいつは、女の身でありながら男でも明日の保証もねぇ地下街で生き延びてきた、壁外調査においても、巨人の襲撃を退けながら誰よりも先に危険へ飛び込んでいくような女だ。俺の言う事もロクに聞きやしねぇで……島を守るために、劇薬を選んだ。俺は、あいつと結婚し、子供を産み育て、家庭に収めれば、もう何処にも行かねぇのだと、根拠も無く、そう信じて、そしてその信頼で俺は家庭を顧みずにあいつに甘えた、そして、あいつは子供も島も捨て、俺の元を去った……。お前が俺の妻に接触したことは、何となく想像がついた、だが、今更どうこう言うつもりはねぇよ、かつての俺の腹心の部下を殺した「女型の巨人」の本体にもな。全ては俺の不甲斐なさが招いたことだ、今更責めちゃいねぇよ、奪われたなら、俺の不甲斐なさに愛想尽かしてあいつが島で暮らす俺達の為にとエレンを選んだ。それならもう一度、何度でも、俺はあいつを取り戻す……「地鳴らし」に向かえばそこに獣のクソ野郎も居る筈だ、」
リヴァイはこの数日間寝込んだからこれ以上は甘えていられないと己の無様な今の姿を敢えてさらすことで自分のどうすることも出来なかったこれまでの判断や選択をハンジだけじゃない、自分も同罪だと、胸に刻み込んだ。
「目的地は決まった、準備が出来次第、出発しよう、」
「「了解、」」
船に積んでいた燃料を急ぎ運び出しながら、飛行艇の目的地が決まり急ぎ離陸の準備に取り掛かる中、ピークはキヨミへ、ガビとファルコを船に乗せて逃げるように裏で頼んでいたのだ。
船に乗って逃げるからと言って安全ではないが、だが、このまま、まだ未来ある幼子であるガビ、そして本人の意思ではない環境で突然知性巨人となったが、未だにその能力を使いこなす時間も無く、暴走を止められなかったファルコをこれ以上、どうなっているかわからないあの巨人の群れの中へ向かう飛行船に一緒に乗せて連れて行くよりは安心・安全だと思ったのだ。
「もちろん構いませんが、あの子達はよろしいのでしょうか?」
「船室に閉じ込めます。飛行艇が飛び立つまで出さないで下さい」
「あなたは……「私は、これまで死んでいった仲間達に報いなければなりません。最後まで、戦士の勤めを果たします」
と、そう、答えていくのだった。
そして、かつて巨大樹の森で、自分達の部下を「旧・リヴァイ班」のメンバーだった
・オルオ・ボザド
・ペトラ・ラル
・グンタ・シュルツ
・エルド・ジン
の4人を惨殺し、その旧リヴァイ班のメンバーに居た最年少で元分隊長にまで登りつめて、その立体機動での高さで兵団内でも逸材だったウミとエレンも追い詰めた。
エレンを奪い返す為激しい交戦を繰り広げ、足を犠牲にしながらも奪おうとしたエレンをミカサと共に取り戻した、その相手である「女型の巨人」アニ・レオンハートへ、リヴァイは再び声をかけたのだった。
一体なんだ、その目つきに追い込まれたかつての因縁の相手でもある存在からまさか声を掛けられるとは、敢えて何も口にしなかった。
人間の姿のまま巨人殺しの道具を用いて彼が信頼する部下であるグンタのうなじを斬り裂き、ペトラを踏んづけて上半身と下半身を真逆にへし折ったまま木に磔にし、仕留めようと自分に切りかかって来たエルドの上半身と下半身を噛み切り、オルオを蹴り飛ばし木へ叩きつけた。この手で殺した感触も生々しく覚えている。
その事に対して、今更謝るつもりはない、だが、リヴァイも当時の事を今更引っ張り出し難癖付けたいわけではないし、そのような男でもない。
ここに向かうまでの船の上でアルミンとアニはお互いの思いを確かめ合うには十分な時間を過ごした。
しかし、それでもアニはミカサにアルミンにはついて行かないと告げる程、彼女はすっかり消沈しきっていたのだ。
全ては父親にもう一度会うため、その為に心を鬼にしてまで突き進んで来たのだ。
この「地鳴らし」を止める戦いに自分は、加わらないと。飛行艇には乗らないと、決めた。そんな彼女へ、ある頼みをする為リヴァイはふらついた足取りで歩み寄る。
マトモに立つことも出来ないすっかりお荷物となった自分、だがそんな自分でもまだあきらめたつもりはない、「誓い」がある限り自分は突き進むのだと。
かつて命を賭けて死闘を繰り広げた自分の部下を殺した相手でもある「女型の巨人」の本体でもあるアニ・レオンハートへ。リヴァイは、今大事な物を託そうとしている。
まさか島と大陸を海で挟んで敵対していた者同士が今結託し共に協力関係五なって進んでいることなど、誰も想像もしなかった事がこの地では起きていた。
「オイ、そんな顔をするんじゃねぇ……。今更、お前が「女型の巨人」で散々暴れ回って大勢俺の仲間を殺しまくった挙句四年間岩の中でだんまりしてた事に対してどうこうするつもりはねぇよ……。それどころか、マトモに今テメェのケツも拭ける状況じゃない」
「……(私にケツを拭けと?)」
「冗談だ。アルミンから聞いたが、船に残るつもりなら……お前に頼みがある。あのマーレのガキ共と一緒に、俺の息子を、アヴェリアも一緒に、船で逃がして欲しい。そして、もし、この先、俺が命を落とした時、代わりにこれを渡してくれ、」
そして、リヴァイが差し出したのは、雷槍の爆発を受けても砕けなかったウミと揃いで身に着けていた、吹っ飛ばされずに現状を保っていた指輪をアニへ、手渡したのだった。
これから迫る激戦を前に、まるで、それが息子へ託す、最後の形見であるかのように……。
「俺は、父親として……父親らしいこと、何ひとつ、あいつに何もしてやれなかった。忙しさにかまけて、そんで家の事を全部ウミに背負わせて……。それどころか、戦えない俺の代わりにまだ幼い、親の庇護元にあってもおかしくねぇのに、あいつには、血や争いとは無縁の世界で生き続けて一生を終えて欲しいと思ったのに、それができなかった……」
「……訓練兵団時代から、ウミには話しかけられた。ただ者じゃないのは分かっていた、夜な夜な抜け出して立体機動装置を持ち出して空を飛んでいた。私の正体を見抜いたらすぐ殺すつもりで、いつも監視していた。命を、奪う事を覚悟して、それでも、あの人は本当に私の正体を知らないまま訓練兵団時代を過ごした……あの人は、過去に忘れられない男の話をした、初恋だった、だけど、それは実らなかったと」
「そいつは……俺じゃねぇよ」
「まだ途中。そんな自分を救ってくれたのが。あんただと、ウミは微笑んでいた……。もう二度と、彼には会えない、会わない、けれど、彼は自分を愛してくれた、受け入れてくれた。その思い出があるから、これからも生きていけると話していた、今なら、その意味が分かる……、私も、まだ伝えたいことがあるから、連れ戻して欲しい」
最愛の女、がまさか自分達の生活を、日常を奪った敵でありながらこの島に潜入していた
少女にそんな淡い恋の話をしていたことにも驚いたが、それよりもウミが微笑んでアニにそう、打ち明けていたことに対しリヴァイは胸を震わせるのだった。
そしてアニの遠回しに帰って来いと言う意味を受け、リヴァイはアニへ指輪を確実に息子へ渡してくれと望む。
そして、息子であるアヴェリアには申し訳ないが、もう二度と、戻れないあの日々に悲しむことは無い、それでも必ずこの命を賭けて、取り戻すと誓いを立て再び戦場へ立ち向かう覚悟を決めるのだった。
2021.12.06
2022.01.30加筆修正
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