先ほどサムエルとダズを撃ち殺した事で、自分は戻れない道を選んだのだ。コニーには分からなかった。どうして彼らが自分達の敵なのか。自分は馬鹿だから分からないと。しかし、あの日の自分達と敵対する道を選び、エレンを攫ったライナーとベルトルトのように。ベルトルトの嘆きが今の自分には痛いくらいに分かった。
「ハンジさん、ライナーとアニを助けないと……!!」
「しかし……駅から増援を乗せた列車が来るぞ!! 私達であの列車を食い止めないと出航どころかここで全滅だ!!」
ミカサとハンジが屋根の上で戦闘する中、遠くの駅からイェーガー派の増援と思わしき人間たちを乗せた列車がこっちに向かってきており、既に戦力が不足しているのが分かる状況だ。
しかしこのままでは持ちこたえ続けている巨人体の兄とライナーはやられ、そして残された自分達だけですべてを賄い切れない。
成す術がない、その時、――突如、線路が爆発し、列車が脱線してそのまま増援諸共巻き込み横転したのだ。
増援まで呼ばれてしまったら完全に袋のネズミ。その窮地を名もなき「誰か」が、救う。
「え!?」
「クソッ……!! 増援の車両がやられた!! いったい誰が……!?」
既にライナーとアニは雷槍の直撃を何度も食らい既に女型の巨人の頭部は転がり落ち、二人は戦闘不能状態だ。
「今だ!!」
「止めを刺せ!!」
視界が覆われ何も見えない「女型」のアニと、身体が動かず膝をついた「鎧」のライナーに今が好機と言わんばかりにイェーガー派が襲いかかる。
その瞬間、イェーガー派の前に姿を現し、イェーガー派の顔面を斬り裂いたのは最後まで敵対せずに戦いを穏便に済ませたいと願ったが決裂し、同期を殺して突き進むことを決めたコニーだった。
「(コニー!!)」
「うおぉおおお!!!」
「死ねぇえ!! 裏切り者!!!」
コニーが顔面を斬り裂いたと同時に噴き出した鮮血を浴びる、巨人の血ではないから蒸発せずそのまま身体に残り染みとなる。アヴェリアもコニーに隠れるように身を潜めていたために真っ向からその血を浴びてしまった。まだ生温かな、人間の血が――。
しかし、躊躇えばここで命はない、ここが自分の戦場だ。自分は戦いの中でしか生きられない一族の末裔、その本能のままに。すれ違い様にイェーガー派の人間の横っ腹を思い切り、裂く。
「あいつも後々脅威になる、リヴァイ兵長の子供を殺せ!!」
「――っ、やれるもんなら、やってみろ!!! 俺を!! 殺せるもんならなぁああっ!!!」
リヴァイによく似たその鋭い目つきに睨まれ、臆す者もいる中アヴェリアは逃げも隠れもしない。
狙い撃ちにされる二人のその合間を縫う様にハンジ、ミカサ、ジャンもアニとライナーを守るためにかつての部下、仲間、同期、それぞれの縁があるイェーガー派を倒していく。
かつて中央憲兵の対人制圧部隊との激しい戦闘になった時のように。
自分達の手を汚さなければ、道は閉ざされてしまう。あの時も自分達の手を汚すことで生き残ってきた命があるのだ。
それを教えてくれたのは、リヴァイだった。
今彼は戦えない状態で自分達を見守るしか出来ないのだ。彼は誰よりも危険に切り込んでいく人間であり、そしてとても責任感の強い男だ、誰よりも申し訳なさ、不甲斐なさを感じているはずだ。
――「お前の手はもう汚れちまったんだ。以前のお前にはもう戻れねぇよ」
――「敵を殺せるときは殺せ、わかったか?」
「――躊躇えば」
「――仲間が、」
「――死ぬ――」
その思いはフロック率いるイェーガー派も同じだ。せっかく自分達の島の平穏を脅かそうとしている危険因子を全て「地鳴らし」が薙ぎ払ってくれるのにそれを阻止しようとするアルミン達に対し徹底的に。
増して彼らは何故そんな自分達の壁を破壊し土地を奪った原因でもある、海を隔てた敵国マーレの人間たちと手を組んで自分達と戦うと言うのか。
自分達の足元から口を大きく開き襲ってきたのは「車力の巨人」
「フロック!!」
「わかってる!! 雷槍は車力に食わせてやれ!! 対人戦闘装備に切り替えて裏切り者を討つ!! 同時にやる!! 一斉攻撃だ!! 死守せよ!! この島を!! 俺達の国を!!!」
フロック自身が悪魔になって、そして皆を死地へ誘うのだ。その為の命なら惜しくなどない。この島を、未来を、命を賭けて守るのだ。
ハンジ一行とイェーガー派の戦いが激化していく中、ジャンはライフルで狙い撃ちながらファルコが下で自分の手を傷つけて巨人化を試みようとしているのを目撃していたその時、突如巨人化の爆発が起こった。
とうとうファルコが「顎の巨人」に変身したのだ。これが初めての巨人化になる。しかし、その風貌は確かにガリア―ド兄弟のように「顎」が硬質化で強化されているが、その手はまるで鳥のように鋭利な爪で形成されているようだった。
『ファルコ!!』
「今だ!! 奴らの連携が崩れた!!」
「今しか!! 無い!!」
巨人化したファルコは、ガリア―ド兄弟の四足歩行やユミルのような風貌とは全く異なっていた。爪の先は猛禽類のそれ、まるで「獣の巨人」をベースとした鳥の風貌にも見て取れる。彼が巨人化したのが「獣の巨人」でもあるジークの脊髄液の影響を受けているからだろうか。
ファルコが突如巨人になったことで、不意を突かれたイェーガー派たちの連携が崩れた。その隙を突いてハンジたちがその隙を逃さずに一気にそれを制圧していくが、フロックはその乱戦を抜け、我先に飛び上がると、装備した雷槍が船を狙い定めた。
「あ!! 一人抜けた!!」
「チクショウ!! 行かせるか!!」
自分達の間を抜けて立体機動で飛び去って行くフロックにアヴェリアが振り返り急上昇しつつ追いかけるも、それでも自分の速さでは間に合わない。
――「巨人を滅ぼすことができるのは悪魔だ!! 悪魔を再び蘇らせる……それが俺の使命だったんだ!! それがおめおめと生き残っちまった……俺の意味なんだよ!!」
――「壁中人類の勝利のためなら本望です」
「(この一発に懸ける!! 一発船艇に穴を空ければ……)エルディアを救うのは!! 俺だ!!」
しかし、マガトからライフルを託されたガビが、なんと、サシャの代わりに彼女が果たすように運命づけられていたのだろうか。持っていたライフルをフロックに命中させ、雷槍を船艇にぶちかまそうとしたフロックを見事に阻止したのだ……!!
「ガビ!! 助かった!!」
パラディ島でもサシャは有能な狙撃手だった。弓からライフルへ武器を変えても、その腕は変わらず健在で幾度も彼女は自分達の窮地を遠距離から救ってくれた。
そんなサシャは死んでしまい有能なパラディ島の狙撃手は居なくなったが、そんな彼女の欠けた狙撃者の穴を埋めたのは、サシャを殺したガビ、本人だった。
「出港できるぞ!! 準備完了だ!! みんな早く乗れ!!」
船のデッキから自分達へ乗船の合図を知らせるオニャンコポンの声がする。屋上で振り向いたミカサ達は全身かつて共に戦ってきた仲間達の血に染まっていた。
残された生存者は、仲間でさえも容赦なくその刃で切り裂き殺しつくしていくミカサ達ん、そしてアヴェリアの姿、アッカーマン一族の末裔でもある二人の存在、リヴァイが戦えなくても彼の遺志を継いだ化け物の存在に恐れをなし、先導していたフロックも撃たれ海へ落ちて行った。
生き残ったイェーガー派の残党達は尻尾を巻いて逃げて行くしかなかったのだった。
アヴェリアはフロックがガビに撃墜され落ちた海面が不気味なほど静かなことに目を凝らしながらも様子を窺うがフロックは浮上してこない、ガビの弾丸はサシャを殺した時のようにフロックも仕留めたのだろうか?
「……(けど、あいつは本当に死んだのか?)」
しかし、フロックの死を確認する時間など自分達には皆無であることもまた事実だ。ジャンが急ぎ港に行き船に乗ろうと示したその時、突如「顎の巨人」となったファルコが自我を失い、かつて自らの危機に呼応するように巨人化したウミのように手が付けられなくなり暴走を始めてしまったのだ。
『ファルコ!! もう敵は居ない!! 出て来て!!』
ファルコが変身した「顎の
巨人」肘から先の手先は本当に猛禽類のようで。自分達の間に手を突っ込んで来たファルコにミカサ達は呆然とするしかない。
「マズイ、止めねぇと!!! 母さんの二の舞だ!! 俺達まで巻き添え喰らう!!」
「オイ止せ、アヴェリア! 生身の俺達じゃどうにもならねぇよ!! それにお前、傷だらけじゃねぇか……」
「え……」
アヴェリアが止めようとするが理性を無くした彼がどんな予測不可能な動きをするかわからないのに接近するのは危険だとジャンが手首を掴んで引き止める。
そして、ジャンに指摘された通り、よく見れば自分は全身人間の返り血以外にもズタズタに傷ついていたのを目で確認した。
必死に暴走する彼を止めようと彼の名前を呼び掛ける巨人体でも会話が可能なピーク「車力の巨人」の姿の時の野太い声でファルコへ暴れないように、落ち着けと呼びかけるも「車力の巨人」に狙いを変え、ファルコはそのまま襲い掛かり、「車力の巨人」を組み敷くとそのまま首に勢いよく食らいついてきたのだ。
「なっ!? ファルコ!?」
「ピーク!!」
『あぁあああっ!!!』
「ピーク!! ファルコを押さえろ!!」
エサを食らう獣のように。車力の巨人体を押し倒し勢いよく首筋へ噛みつくファルコに叫ぶピークへ向かって駆け寄って来たのはマガトだった。
指示されるままにピークが腕を伸ばして正面から抱き締めるように足を使ってファルコをホールド、押さえつけてなんとか顎の巨人を押さえると、超硬質ブレードを手にしたマガトが介錯をするようにうなじから小さなファルコのことを取り出し、訓練や戦時中は厳しかったが、ねぎらいの言葉と共に優しく抱きかかえるのだった。
「もう大丈夫だ。ファルコ。お前はよくやった」
本当に、このまま戦う事を投げ出してしまえたら、どれだけ楽だっだろう。かつて戦いを共にした記憶が懐かしい程に想いでもある同期達で結成されたイェーガー派との戦闘は未だかつてない規模での戦いでもあった。
巨人の力を使い果たして動けなかったアニをかつてストヘス区で対峙したミカサが肩を貸し、ライナーをジャンとコニーが支え、ハンジが理性を無くした巨人という名の化け物になったファルコに危なく食われそうになったピークを支えながら船へと乗り込んでいく。
「すぐに船を出せ、」
「え? あんたは?」
「殿を務める」
戦闘を終えて船に乗り込むハンジ達一行。しかし、マガトは巨人化の負荷に耐えきれなかった小さな身体をオニャンコポンへ託すと、一人皆に背中を向けてしまった。
マガトはただそれだけを言い残し、その言葉が、彼の最期を予感させても、彼は一人皆を進ませるために、この場に留まる事を決め、背中を向けたのだった。
戦士候補生の時代から実の父親よりも身近で自分達を導いてきた存在でもあるマガトはライフルを手にこれまで戦いと人を殺すことを課して成長してきた教え子たちの背中を見送るのだった。
ピークは、何となくわかっていた。恐らくマガトがここに残ると言う事は……マガトにはもう会えないことを知りながらも彼の思いを届けるためにも「地鳴らし」を止めねばならない、強く決意を静かにピークは秘めるのだった。
故郷に残してきた父の事が気がかりで、はやる気持ちが抑えきれない。あの超大型巨人の軍勢がマーレ大陸にもうじき上陸してしまう。
▼
船が無事出航したのを見届け、マガトは再びエレンを説得すべく「地鳴らし」へ向かう裏切り者を追うべく体勢を立て直し主導者を失いながらも戻って来たイェーガー派たちに孤独な戦いを挑んでいた。
「敵だ!! まだ残ってやがった!!」
振り向きざまに聞こえたイェーガー派たちの声に振り向きライフルを向けたその時、ガスを吹かし空を飛ぶように屋根の上に着地した大柄な男が自分に雷槍を向けたイェーガー派たちを斬り裂き自分の目の前に着地したのだ。
「イェーガー派の増援を食い止めたのはあんたか?」
マガトは自分と同じような年齢で元歴戦の猛者でもあるベテラン兵士の登場に同じものを感じているようだった。
そして、先ほど増援の列車を食い止め自分達の窮地を救ってくれた男へ呼びかける。
「そうだ……なぜあんたは船に乗らなかった?」
姿を見せたのは、そして、先ほどシガンシナ区から南へ出発した自分達を見つめていたのはかつての104期訓練兵団をしごきあげここまでの精鋭への基盤を作り上げ見届けてきた元調査兵団12代目団長・キース・シャーディスその人だったのだ。
「あれはマーレ軍から鹵獲(ろかく)した巡洋艦だろ、アレの速力なら仲間を乗せた輸送船などすぐさま追い付かれ撃沈させられるここに残してはいけない。だからここに残ったのだ」
「そうか……ならば、手を貸そう」
二人はマーレの巡洋艦で追いかけようとするイェーガー派の追っ手を完全に断つために船に乗り込んだ。向かった先は迷わず弾薬庫。
重厚な扉を閉め、同じ境遇で死に場所を探していた二人はお互いがそれぞれ導く役割を担い若き彼らをここまで導いてきた事を話す。
「俺は弾薬庫に火をつけるまでだ。海に飛び込むなら今だぞ、」
「いや……いい、死に時を探していた所だ」
「なぜ我々の味方をした? 滅ぶのはこの後報復を受けるこの島かもしれんぞ」
「……シガンシナの砦から南に向かう教え子たちを見た。アニ・レオンハートを連れてな。そこで目的を察し……胸が震えた。教え子たちの成長に……」
「……あんたが増援を食い止めなければ我々はここまでだった。あんたは後に世界を救った英雄の一人となるだろう」
「……じゃあ、あんたと一緒だな」
「自分を誇ることなど出来ない……自分の良心に気付いておきながら、子供達を国の都合のいいように指導し、壁を破壊するよう命じた。ようやく気付いた……あの子達がただ普通に生きる事が出来たら俺は……どんなに嬉しかったか」
「あんたに出来なくても、俺はあんたを誇りに思うよ。きっと、その子たちも同じだ」
「……ありがとう。ところで、あんた、名前は?」
「キース・シャーディス。あんたは?」
「テオ・マガト」
そんなマガトを誇りに思うと言い銃を渡してきたキース・シャーディスの名前を聞き、マガトはシャーディスへお礼を言った後、お互い今更ながら出会ったばかりでもすぐにお互いの立場を理解し分かり合えたこれから共に向かう死への旅の相棒として自己紹介をしあった直後、マガトは銃の引き金を引き、そして、それは火薬に引火して、そして――。
輸送船から見えた巡洋艦が大爆発を起こし、その爆発を起こしたのが自分達の上官だと、それを船の甲板の上からマーレの戦士たちが泣きながら上官の命懸けの結末を見届けるのだった。
――「特別な人間はいる。ただそれが、自分ではなかったというだけのこと。たったそれだけのことに気付くのに大勢の仲間を殺してしまった」
――「なんの成果も!! 得られませんでした!!」
かつて、平凡な自分は何にもなれないのだと、自分が凡人でありただの物語の傍観者だと自ら調査兵団の頭を止め、才能と若さ溢れるエルヴィンに託して調査兵団で犠牲になつた多くの兵士達の責任を取るかのように頭を丸め訓練兵団で若き新兵達を育ててきた何者にもなれなかった男は、最後に「何者か」になることが出来、華々しく爆発と共にその生涯を終えるのだった。
――イェーガー派。
エレンの「地鳴らし」を止める為、マーレと共謀したハンジら調査兵団残党のパラディ島敵勢力により全滅。
――テオ・マガト
――キース・シャーディス
殿を務める為にパラディ港に残る。二人で協力しキースは教え子たち、マガトは戦士達をそれぞれ守るためにマーレ巡視船の火薬庫に火とつけ自爆により死亡。
▼
巨人体で幾度も雷槍の雨に晒されたアニとライナーが目覚めた時にはマガトは既に死に、そして、ここまで身を削る思いで故郷に帰るために。その思いを抱えて必死に戦ってきた二人を待っていたのは。
「今……何て言ったの……?」
「オディハへの航路はマガトと私達で決めた。……というより他に選択肢が無かった。君たちの故郷……レべリオを救う道は……どこにも無かった」
オディハへ向かうことを改めて告げられる。
取り乱すアニを宥めるようにミカサが抱き締めるが、アニの元々血の気の通っていない透明な肌はますます青ざめ、アニはショックのあまり言葉を無くしてしまっていた。
ドアに寄りかかりながらそれを聞いていたライナー。傍らに座り込んでいる自分の従妹と仲間のピークを見ればガビは呆然と言葉を失っており、その目にいつも強く宿っていた光も失われている。
たった一人の病弱な父親の為に命を賭け戦士となったピークも、その自分が巨人になり13年の命となっても構わなかったのは最愛の父がマトモな医療を受けられるようにするためだった。
しかし、残酷な事実、「地鳴らし」によりすべては無意味へ化すこと、故郷も、その故郷で自分達を待つ家族もみんな、全て平らにされる。
家族が助からなくなったことで戦う理由がなくなってしまったアニ、約束した父親の元へ変えると言う目的、その為ならかつての仲間達と敵対する道を選び、それでも孤独に戦い続けてきた。
――「アニ、俺が間違っていた……。今さら許してくれとは、言わない……ただ……。この世のすべてを敵に回したっていい、この世のすべてからお前が恨まれることになっても……父さんだけはお前の味方だ……だから、約束してくれ……帰ってくるって…」
しかし、たった今この瞬間、全て崩れ落ちた事でアニは完全に心が折れてしまったのだった。
「……だったら、もう……私が戦う理由はなくなった……私は降りる」
「たとえ今すぐ「地鳴らし」が止まったとしても、レベリオもマーレも壊滅状態は避けられない。それはマガトもわかっていたよ。だが、彼は命を賭して私達を先へ進めた。それはレベリオやマーレのためじゃない。名も知らぬ人々を一人でも多く救えと、私達に託すためだ」
「だとしたら、最初の疑問に戻るけど……あんたにエレンを殺せるの? 私が……エレンを殺そうとするのを……あんたは黙って見てられる? もう……戦いたくない。あんたと……殺し合いたくない。あんた達とも……エレンや、あの人とも……」
と、大粒の涙を流したアニは、周囲を見渡しながら、もう誰とも戦いたくないと、ミカサにようやく、自分がこれまで抱えてきた本音をぶちまけるのだった。
▼
「地鳴らし」はどんどん海を突き進み、そして間近に迫るマーレ沖では、多くの船がこの「地鳴らし」を止めるべく集まっていた。巨人の力さえもねじ伏せる程の。この地球上に存在しうる最も巨大な大砲のほぼすべてをこの海に集結させた「世界連合艦隊」がこの危機に立ち上がり総結集していたのだ。
「人類の英知の全てが同じ目標に狙いを定めている……この奇跡を叶えた艦隊が「地鳴らし」を阻止出来ないなら。これを止める手段は……もう人類には存在しえない」
しかし、この「世界連合艦隊」をも突き進むすさまじい大量の超大型巨人は海を泳ぎその弾丸は到底及ばない。絶望と共に沈んでいく、艦隊たち、もはやこの地上にはあの「地鳴らし」を止める者は、居ないのだと、絶望と共に陸で待機していた勢力は絶望に暮れ踏み抜かれていくのだ。
大勢の超大型を引き連れ、その中心で異形の生物へとなり果てた見る影もない、どこか神々しささえも感じさせるような。始祖ユミル・フリッツに意識を明け渡す器としての役割に目覚めたウミの「原始の巨人」と融合し完全体となったエレンの姿に誰もが絶望した。
「あれは……あ……ヤツだ……進撃の巨人だ」
――「駆逐してやる、一匹残らず」
その宣言の通りに、エレンは止まらない、大勢の超大型巨人の軍勢を引き連れ、そしてエレンによる「地鳴らし」がとうとうマーレ大陸へ上陸し、多くの者達が次々と踏み抜かれていく絶望的な地獄絵図は拡大していく。エレンの中に取り込まれたウミには意思は無い。ただ力を、憎しみを蓄積させて爆発させエレンへ力を与え続ける。自分の存在はただの器として。
▼
アルミンは、サムエルに撃たれた傷を「超大型巨人」の力で治している間、船の甲板に立っていた。
これから向かおうとするその先、絶望の狭間に居る。後から迫る「地鳴らし」から逃れるべく。そんな回復の最中、アルミンは壱羽の鳥が自分の元に舞い降り、そしてその鳥が自分に伝えたのだ。
――「アルミン、もう時間だ。ここで過ごした記憶はすべて消す。次に会う時は殺し合いになる。だけど、すべてが終わった時にまた思い出すだろう。死んだ後のことはわからないけど、お前なら壁の向こう側に行ける。人類を救うのはアルミン、お前だ」
「……エレン……?」
抱き合い、涙を流していたエレンの声がほんの一瞬、自分の耳に、確かに響いたのだ。しかし、次に気付いた時にはそこには膝を抱えて座り込んだ泣きはらした目をしたアニの姿だけ。
「アルミン、もう……怪我は治ったの?」
「あれ……? アニ……? うん……時間があったから。まさか……こんなのんびり過ごすことになるなんて……思いもしなかったよ」
しかし、次の瞬間には、エレンの姿は消え、アニが自分を心配そうに呼んでいる声だけが残されていた。
確かに聞こえた筈の大事な幼馴染の声が、今はもう届かない。まるで白昼夢のような不可思議な対話の時間だった。
そして二人、海原を眺めながらこの四年間ずっと足繁く自分の元に通ってくれたアルミンに対してのお礼と、そして、アニはこんな自分よりもっといい子がいたじゃないかと問うが、アルミンはそれは違うと、否定するのだった。
「会いたかったからだ……アニに」
「……何で?」
「え……? 本当に分からないの? ヒッチがあんなにからかってたのに」
「……分からない、こんな気持ち、戦士候補生としての訓練でも、訓練兵団でも、誰も、教えてくれなかった……私には、こんな感情、不要だと思っていた」
アルミンの言葉は間違いなく、こんな場所で二人きりで、天気もいい、お互いがお互いを既に意識していたこと、抱えていた膝を抱き締め恥ずかしいのか俯く顔はとても調査兵団へ甚大な被害をもたらしストヘス区の街を惨劇に変えた「女型の巨人」の正体とは思えない程、見る影もない。
親に見せた事も無い顔で、頬を赤らめアルミンを見つめ返すアニ。アルミンも照れたように俯くその間に心地の良い風が吹き抜ける。
戦いに生きる中、抱き始めた淡い思いをお互いに共有しあったのだった。
何時から彼は自分を、意識していたのか。
しかし、抱き始めた感情が恋だとして、いつからだろうとも気付いた時に自然と相手に落ちているものなのだ。アニと思いを確かめ合うようにアルミンはこの状況でもだからこそ、つかの間の安らぎに身を任せた。世界は今こうしている間にも「地鳴らし」の脅威に逃げ惑い脅かされていると言うのに。
アルミンは自分がアニが好きだったベルトルトの意志が自分がアニを好きな思いと混同していない、自分は自分の意識でアニに想いを寄せていたのだと言い聞かせるように。
黙り込む二人にアニがアルミンはいい人だからきっと自分のような島の敵にも気軽に話しかけてきたのだと告げる。
「あの人も、そうだった、どうしようもないお人好し、別れた恋人が忘れられない、面影を探して無理して微笑んでいた、私には、あの人の気持ちがわからなかったけど今ならわかるかもしれない、ほんの少し」
「ウミと……そっか、」
ウミもそうだった。彼女も自分を怪しいと思わず、自分が島の敵としてこの島に潜入しているからこそ他のルームメイトと仲良くしたところでいずれは敵対する、だから自分は敢えて一人でいる事を選んだのに、壁を作っていたのに。
「あの人は実は私のことを監視して、そしてアルミン、あんたもきっとそう、エレンとの対話を諦めないのと同じように、いつ目を覚ますかわからない「女型の巨人(バケモノ)の相手をする事も、争いを避けるため、でしょ?」
そのアニなりの介錯を受け止め、黙り込むアルミンに立ち上がりその場を去ろうとしたアニをがっちりとアルミンは腕を掴んでいた。
四年間、姿も変わらず成長もしないままの16歳のままの自分に対し、すでに四年間を経てすっかり男の身体になったアルミンの腕を引く力が自分との男女としての差を見せつけられアニはその腕の力強さに逆らえなくなった。
「座りなよ。あと……前にも言ったけどいい人って言い方がやっぱり嫌いだ。大勢の人を殺した、軍人じゃない、人も……子供も……、そして……今、生まれ育った島のみんなを裏切る選択をした、仲間も殺した……アニだけじゃない、もうあの時の兄の事を責められないよ僕は。僕だってとっくにバケモノだよ。……頭のどこかで……いつか……エレンと一緒に未知の世界を旅するって約束、それが叶うと思ってたんだ」
「未知の世界は……そんなにいいものじゃなかったでしょ?」
「うん……僕らが夢見た世界とは違ったよ……まだ僕らが知らない壁の向こう側があるはずだと信じたいんだ」
と、一羽の鳥が自分の目をじっくり食い入るように見つめている、その目線を受け、アルミンはそんな希望を、今も、捨てずに見つめ続けていた。
エレンはこの壁の外に敵しかいないことを知りがっかりしたと失望していた、だが、それでもアルミンは夢を今も見続けているのだ。青の世界に、同じ青の世界を映して。
2021.11.23
2022.01.30加筆修正
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