THE LAST BALLAD | ナノ
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#144 相対する晩餐3日目

 最後の「地鳴らし」の巨人達もマーレへ向かって進軍を続け島を離れて行く姿を多くの人たちが見つめていた。島の者達からすればエレンはこの島に自由と平穏をもたらした英雄、神である。
 自由をもたらす鐘の音のような地響きが消え、この島には静寂と自由がもたらされたのだと、誰もが今日を解放された日だと喜び店には露店が出され人々が盛り上がる中、「地鳴らし」で蹂躙されるマーレへ向かうエレン率いる巨人たちの群れを止めるべくそれぞれが行動を開始した。

 その一方、ミカサは昨日の戦闘に巻き込まれて負傷した兵士たちが休んでいる医務室を訪れていた。
 人づてに聞きながらミカサの探している人物は思いがけない場所で横たわり、力なく微笑んでいた。

「探した……、」

 エレンしか見えないミカサが自分を慕おうが過去に助けた縁があろうが、好意を向けられたとしてもそれがエレンではないのなら、それ以外どうでもいい感情であることは変わらない。
 正直特別でも何でもないと思っており、そんな自分に好意を向ける者に対してもエレン以外は意味が無い、辛らつなまでに冷たい。それがミカサなのだが。
 そんなミカサが訪れてくれたことに、純粋に彼女の持つ強さ、力に心酔して調査兵団を志した少女は嬉しそうに、自分に対して冷淡な態度でも彼女の強さに心底惚れているルイーゼはもう上半身さえもまともに起こせない状態でありながらもミカサを迎えていた。

 床に伏したルイーゼは昨日の戦闘で雷槍の爆発に巻き込まれてしまっていた。
 彼女のその腹には生きていればいずれ宿っていた未来があったかもしれない子供ではなく、無機質な雷槍の破片だけ。
 それはもう永久に彼女の腹から取り出すことは出来ない、遅かれ早かれそれは彼女の若き命が散る事を示していた。
 しかし、ミカサはルイーゼではなく、その首元に当たり前のように巻かれている、自分が巻けずに手放したエレンと自分の誓いの証でもあるマフラーが。

「嬉しいです……、私を探してくれたんですか? ……それともこのマフラーを?」
「あなたが持っていると思った」
「……ごめんなさい、でも……あなたに近付けると思って……。雷槍の破片がお腹にあって……もう取り出せません。エレン・イェーガーの創る自由な……世界を見ることができなくて残念です。少しだけ、イェーガーさんと話したことがあります。あなたのことで。このマフラーは捨ててほしいと……話してました。でも、捨てるくらいだったらこのまま私と……「返して」

 と、ミカサは会話を遮り、出撃の際に迷いの果てに置いて行った自分のマフラーをルイーゼから取り戻し、それ以上の会話もせず、ルイーゼを見舞い自分に憧れた事によりこうなった若い命をミカサは看取る事もせず、昨晩の会話の通りにエレンに会いたい、それを果たしに向かう。
 去り行くミカサの背中へルイーゼは呼びかけた。例え振り向いてくれなくても、それでも自分はこれでよかった。
 エレンと傍に居られるだけでよかったと呟いたミカサと同じだった。

「私は、あの日、トロスト区であなたに救われた……。あなたの強さに憧れて兵士になりました。悔いは……ありません、あなたの背中を追いかけて、私は……心臓を捧げて生きたのですから」



「起きな、」

 力を奪われ、諸に崩壊する壁を受け止め重傷を受け回復のために長い間眠り続けていたライナーをアニが顎を蹴り起こした。
 びっくりして起き上がるライナー、そんな彼の目の前には行方知れずのままだった兄の姿があり、驚きを隠せずに居る。
「ッ!! アニ……!?」
「落ち着いてライナー!!」
「安心してください!! みんな味方です!!」

 生きていたのかと、これは夢か?幻か?混乱する中で装備を整えたアニをはじめとするアルミン、コニー、ミカサ、ガビにファルコにアヴェリアが自分を囲んでいる。
 まさか、動けない自分に今度こそ止めを刺しに来たのか、しかし、コニーは先ほどの弱々しい顔つきから兵士の顔つきに戻りそして呼びかけた。

「時間がねぇ、早く行くぞ」
「……どこに」
「世界を、救いに」

 そして、エレンを止めるべくそれぞれの目的が最終的に同じとなり、これまで争っていた一同が今は同じ目的「エレンの地鳴らし」を止める。
 その為に自分達はこの島の平和を享受することを拒むと言う事だ。その意思がここに集った。

 どんな理由があれ、この島だけがこれからも平穏であり続けて欲しい。
 エレンの願い、「お前たちは誰よりも長生きしてほしい」を拒むことになっても、自分たちが助かるのならそれ以外みんな滅んでもいいと言う自分勝手な考えを持つ者はいなかった。
 荷馬車にありったけの装備や食料を積み、どこまでいけるかわからないが、馬を駆けシガンシナ区を旅立った彼らを、塔の上から行き場の無い粛清されるだけの老兵が見つめていたことも知らずに……。

 それはこの場所ではない別の場所でも集まっていた。
 ジャンはハンジの意見を聞き入れ、このままイェーガー派に所属して居れば自分の理想の未来が約束されたとしても、マルコに誇れるように、イェレナとオニャンコポンの処刑を妨害し、そして、マガトはイェレナを引き渡すのを条件にリヴァイの覚悟を受け入れた。
 そして、かつて海を隔てて敵対していたハンジ達と協力を結び、イェレナとオニャンコポンの処刑現場に「車力の巨人」として乱入したピークは、イェレナとオニャンコポンとジャンを口の中へ放り込み、見事ハンジ達の待つシガンシナ区から更に外の壁の無い世界へ連れ出したのだ。

 そしてようやく上半身を起こせるまでに回復したリヴァイ、その右目はもう二度と開かれないと知り泣きながらもアヴェリアはようやく父親と対面を果たすのだった。
 息子が無事で、更に自分の意思を引き継いで戦っていると知り安堵するリヴァイは再び体を回復させるため深い眠りについた。

「誰か手伝ってくれないかな。睨み合ってないでさ」
「ハンジさん、俺がやります」
「ありがとう、助かるよアヴェリア。お母さんの教育のお陰かな?」
「いえ、台所手伝いは今は男女関係なくやるもんだと、――女王陛下です」

 中立的で、どちらでもないが、どちらとも面識のあるアヴェリアは睨み合う両者の姿にただ居たたまれず、ハンジが作ったトマト入りのビーフシチューを盛る椀を手に駆け寄って来た。
 先程までエレンとジークの接触を妨害する者と妨害しない者同士で両者争っていた筈だ。
 海と陸を挟んで血で血を洗うような戦いを繰り広げていた人間たちが、今は共にエレンの起こしたあの恐ろしい行進を止めようと共同戦線を張る事にしたのだ。
 しかし、積年の恨みが募る互い簡単にわだかまりが解けるはずがない。
 まして、パラディ島側の人間は「地鳴らし」を起こしたエレン側について居ればこの島は安泰なのにどうして「地鳴らし」を止めようとしているのか理解に苦しむように、マガトたちを始めとするマーレ側と、立ったまま武装を解かないジャン、ミカサ、アルミン、コニーの姿。

 勿論、一同はまったく打ち解けておらず、それどころか、かつては「始祖」を巡って争っていた人物同士だ。それぞれがそれぞれの命を奪いあう壮絶な戦闘をこれまで続けてきた。
 ハンジがお手製のシチューを振舞うが、そんなすぐには昨日の敵は今日の友のようにみんなで同じ釜の飯を囲んで……とはいかないようだ。
 それを証拠に、長期間巨人体で居られる九つの巨人の中で一番の持続力を持つピークは変身を解かずに様子を窺っている。

「フッ、散々殺し合ってきた者同士で飯を囲むか……おもしろいな。どうして気が変わった? エレン・イェーガーを放っておけばお前らが望む世界が手に入るのだぞ? 島の悪魔の楽園がな。我々はあと少しの所でエレンとジークとアヴェリアの接触を阻止できた……お前らが奴らの手助けをしなければな」
「説明した通りだよ元帥殿。私達は虐殺なんて望んでない。じゃなきゃコソコソ森に逃げ隠れてシチューなんか作ってないよ」
「つまり正義に目覚めたというわけか……」

 と、そう呟いたマガトに対し、ジャンは我慢できずにその言葉に対し怒りをあらわにした。そもそもの始まりは、この壁を、100年の安寧を壊したそっちだろうと。

「正義だと? 今……正義を語ったのか……? あんたが? あんたらが送り続けてきた巨人に抵抗してきた俺達が悪だったのか!? いいか!? 俺達が必死に戦ったのは巨人に食い殺されたくなかったからだ!! それが悪魔の所業だって言いてぇのかよ、おっさん!!」
「あぁ……お前達は悪魔に見える。パラディ島脅威論は現実となり、今や世界は滅びつつある。お前らが必死に戦った結果がこれだ……違うか?」
「あのなぁ……そもそも壁蹴破られて目の前で母親が食い殺されていなきゃなぁ……!! エレンはこんなことしてねぇよ!!「地鳴らし」まで追い詰めたのはお前らだろうが!?」
「今更歴史の話をしようというのか? 先にマーレを苦しめ民族浄化で蹂躙したのはエルディアだってことぐらいは理解しているんだろうな?」
「二千年も前のことでいつまで被害者面しやがる!?」
「全く、幼少期のガキと話しているようだ。そのような戯言が実在する二千年の歴史に通用すると思っているのか?」

 と、どんどん口論のスケールが過去の歴史を巻き込んだ壮大なものになりかける中、激しさを増し、誰もが青い顔で俯く中、せっかく一致団結してこれから「地鳴らし」を止めねばならないのに言い争う二人の喧嘩をハンジが止めた。

「あぁ……やめよう。見たわけでもない二千年前のいざこざ話なんて退屈だ。ジャン、元帥殿は私たちの存在に困惑しておられるのだよ。この島を根絶やしにしようとした世界の人々を楽園を捨ててまで助けようとする奇怪な悪魔の存在に、私達は……外の世界で数か月暮らした。もう何も知らない島の悪魔には戻れない」

 ハンジの言葉にさっきまで口論していたマガトとジャンが黙り込み重い沈黙に包まれる中、アニがおもむろに確認も兼ねて訪ねてきた。

「それで……あんた達に殺せるの?」
「え……?」
「エレンを……殺せるの?」
「……エレンを止める方法は殺すだけじゃない……」
「あんたならそう言うと思ったけど、……それじゃ何? 説得でもするの? それで考え直すくらいの奴が人類大虐殺なんて実行する? 対話が可能だとして……それでも虐殺をやめてくれなかった時はどうするの? エレンが敵だとアホになるからわからないの?」

 エレンを殺すまでは行かなくても止める、そう投げかけたミカサもアニの正論に戸惑いを隠し切れないようだった。ミカサがどれだけの脅威なのか身を持って知っているから、もし「地鳴らし」を止めるためにはエレンを討たねばならない事をミカサに確認をするに越したことは無い。
 自分達の故郷がこれから蹂躙されようとしているのをもしエレンを殺せないと言われミカサと敵対するのは避けたい、慰めや優しさも無いアニの正論にミカサらは黙ってしまった。

「マーレに故郷を持つ私達がエレンを殺そうとするなら……あんたらはエレンを守るため私達と戦うことになる……きっと。結局はそうでしょ? ミカサ、あんたにとってエレンより大事なものなんて考えたこともないだろうからね」

 そう、アニがミカサにそう告げたその瞬間、ミカサから迸る殺気を肌で感じ取った同じアッカーマンの血を持つアヴェリアも呼応するかのように思わず手にナイフが握られる程、ミカサの放つ凄まじい殺気と威圧感に息を呑んだ。

「つまり――……私を殺すべきだと?」

 と、突然アニへ歩み出すと立体機動装置のグリップを両手に持ち、いきなり臨戦態勢を取るミカサ、彼女から放たれるただならぬ殺気にどよめく一同。
 そしてアニはミカサに応戦するかのように、自分も巨人化する際にこれまで使用していた指輪型の暗器を取り出す。

 訓練兵団時代でも結局実現しないまま終わった夢のカード対決がまさかここで!?誰もが女同士のただならぬ殺気にどよめく中、この二人を現役時代ならば簡単に止められる唯一の人間、肝心のリヴァイは眠っており、居たたまれずにオニャンコポンが立ち上がろうとする。

「ちょっ、マズイって……!!」
「えぇ……?」
「レオンハート!!」

 この争いを止められるリヴァイは今床に伏しており、ようやく戦闘に慣れてきたアヴェリアでさえもこの二人の間に割って入ろうなど度はおもわない。
 アニは今にも神速の速さで切りかからん勢いで踏み出すミカサに待ったと言わんばかりに制止を呼びかけるように手のひらを見せた。。

「待って。あんたの気持ちはよくわかる。私も、エレンを止めたい理由は一つ。マーレにいる父親を殺されたくないから。だから、あんたの助けがいる。説得してエレンを止められるのならそれでいい。少なくともその時まで私達は争うべきじゃない」

 と言ってミカサを制する。ミカサも、ここで争っている場合ではないと心では分かっているのだ。
 しかし、エレンが絡むといつも平静で言葉数の少ない自分は簡単に感情を乱される。自分の心を乱すのは、エレンだけ。
 冷静に戻り剣を引き抜こうとした手を収め。そしてちょうどいいタイミングでハンジのシチューが出来あがりその場は上手く収まった。

「美味いです、」
「だろ? 唯一得意なんだ、アヴェリアのお母さんのお父さん、まぁ君のおじいさんが作り方を教えてくれたんだよ。ウミとよく一緒に作って覚えた。思い出の味だからね」
「そうか……だから、どこかで食べたことがある味だなって、思ったんです」

 ハンジの手作りシチューの味はまるで懐かしい母の手料理を思い起こさせた。それはそうだ、彼女のシチューはウミも良く作って自分に食べさせてくれていたから。
 同じ釜の飯を食う。その言葉通りに敵同士だった者達はそのシチューが毒入りではないのを確かめてそしてこれからは共に戦う仲間であるとより強く認識しあう儀式のようだ。
 しかし、皆でハンジの作った同じ釜の飯を食べる中でたったひとり、そのシチューに手をつけない人間がいた。
 エレンとウミをジークと手を組むように招いたイェレナだ。彼女だけが、これから「地鳴らし」を止めに行く為共同戦線を張るのに、意思を共にしていないことを、知るのだった。

 残された自分達の頼り。それはパラディ港に停泊している「地鳴らし」の視察用に持って来た飛空艇。
 その飛空艇と整備士を抱えるアズマビト家が残された自分達がエレンの進軍を続ける「地鳴らし」を止める手段だった。
 それを使えば進軍を続ける「始祖の巨人」に近づくことができる。馬で走っていたんじゃ到底間に合わないのだ。
 しかし、そこに到達するための問題は山積みである。
 飛空艇を手に入れたとして、その「始祖の巨人」は今どこにいるか。そしてエレン達はジーク、ウミを吸収し何処へ向かい、どう進んでいくのか。それを知るために、マガトはジークと近い人間でもあるイェレナを攫った。
 しかし、マガトの問いかけにイェレナが素直に答えるはずがない。
 それどころか自分が盲目的に崇拝し、敬愛するジークたちとは異なる人種でもある、マーレ人に何故自分が協力しなければならないのだと言わんばかりの態度だ。

 しかし、そんなイェレナに対しマガトはまるで既に知っていたかのような口ぶりでイェレナも嫌悪するがそのイェレナも結局はその身体に流れる血はクソ野郎のマーレ人だ。
 と言うと、それまで黙っていた「車力の巨人」でもあるピークがイェレナの正体を暴いた。
 聡明な彼女はこのイェレナに騙され落とし穴に落とされた事を根に持ち、そしてパラディ島奇襲作戦の合間の短期間でイェレナの過去を洗いざらい調べていたのだ。

 ピークいわくイェレナはジークと会った時から、ごく一般的なマーレ人家庭の出自をマーレに併合された小国出身と偽っていた。らしい。

『マーレに失望していたあなたはある物語を作り出した。それは王子様と世界を救う奇跡の物語。自らを嘘で塗り固め人類史に刻まれんとする。その欲深さに敬服いたします』

 と、巨人体のピークがイェレナを睨むと、イェレナは自分の正体を見破られても尚も不気味に微笑み、ピークの迫る巨人体の顔を撫でながら平静のまま答えた。

「まるで自分は違うと言わんばかりですね。一体私とあなた達の何が違うと言うのでしょう? 世界を救う。これ以上に人を惹きつける甘美な言葉があるでしょうか? 何億もの命を救うという崇高な胸の高鳴りに身を任せ、これまでの遺恨をなきもののように喉へと流し込む。それが今私の目に写るあなた方の姿です」

 そして、イェレナは次々にライナー、アニ、アルミン、ジャン、ガビ、アヴェリア今までやってきた罪を次々と指摘して仲間達のようやく同じ釜の飯を食べて団結し始めたせっかくの絆を壊しにかかる。

 珍しくいびきをかいて眠るくらいにはまだ回復途中のリヴァイには触れなかったが、彼の部下、初代リヴァイ班も目の前のアニに蹂躙されるようにまるでおもちゃのように殺されている。
 イェレナの指摘通りただでさえ重苦しい空気はますます陰鬱な物へ、姿を変え、どんよりと包まれ、馬を休ませるまでの港へ向かうまでの五時間。
 ずっとこの気まずい空気のままなのかと、うんざりしたような顔のアヴェリアは用意されたシチューも味を感じなくなる中、ジャンだけは平静を装う様に美味しそうにシチューを飲み干し、ワインを飲みながらイェレナへ同じような皮肉を返していくのだった。

「ありがとうイェレナ。お互いの蟠りをここで打ち明けて心を整理させようとしてくれてるんだよな? お前も大事な仲間の頭を撃ちまくってまで叶えたかった幻想的な夢がすべて無意味に終わって死にたがってたのに……気を遣わせちまったな」
「あー忘れてた。何でしたっけ? 以前教えてもらったあなたの親友の名前はそうだ……マルコだ。確か彼の死にアニが関わってると言ってましたよね? もうアニから聞いんたんですか? マルコの死の真相を」と言う。

――「うわぁあ、やめろおおおおおお!!! アニ!? やめてくれよ!? 何で!? 何で!? 何で!? 何でだよ!?」
「あの日、トロスト区奪還作戦の時に、私がマルコから立体機動装置を取り上げた。だからマルコは逃げられなくて巨人にそのまま食われた」
 アニが悲愴な面持ちでマルコの死の真相を語ろうとすると、それを庇う様にライナーの声が被さる。

「アニは俺の命令に従っただけだ。マルコは……俺とベルトルトの聞かれてはいけない会話を耳にした。俺は正体がバレる事を恐れ……マルコが巨人に殺されれば上手く口封じ出来ると思った。俺は、空中でマルコを屋根に叩きつけ動けないよう押さえつけている間にアニにマルコの立体機動装置を外させた。マルコはその場から動けないまま……背後から来た巨人に食われた」

 それが、闇に包まれた親友の死の真相だったのだ。彼とともに三年間過ごしてきた104期の仲間達も悲痛な面持ちで黙り込む中、ジャンが震える声でライナーに尋ねる。

「マルコは……最期に何か言ってなかったか?」
「……「俺達はまだ話し合ってない」……って」
「そうだ、そうだよ……!! 俺達はロクに話し合ってない。だから……どっちかが死ぬまで殺し合うみてぇなことになっちまったんじゃねぇのか? もし……最初から話し合っていれば……ここまでの殺し合いには……」
「……今からでも遅くないよ。これだけしのぎを削り殺し合った者同士が少なくとも今は殺し合わずに言葉を交わしている。誰が想像できただろうか? 殺し合いを続けてきた私達が今は火を囲んで食事するなんて」
「マルコが巨人に食われるのを見ながら。俺は何でマルコが巨人に食われているんだって思った……。そして、怒りに任せてその巨人を殺した。よくもマルコをとか言いながら」
「もういいって。罪悪感で頭がおかしくなっちまったんだろ?」
「許さないでくれ。俺は……本当に……どうしようもない」
「もう……いいって……」
「……すまない、」

 申し訳なさそうに、自分が犯した出来事お懺悔するライナーの顔色はよろしくない。ジャンは必死に許そうとするが、その時、お代わりがまだ残っている鍋を思いきり横切り波打つ勢いのまま、恐ろしい顔つきをしたジャンがものすごい勢いでライナーへ拳で殴りつけ吹っ飛ばしたのだ。

「ジャン!!」

 幾らライナーが巨人化してその身体の傷を癒せるとは言え、あまりにもその殴り方は一方的である。ライナーは無言で甘んじてその自分の罪を受け入れた。

「んんんんんん!!! んんんんんんんんんんん!!!!」

 白目をむいて失神したライナーの胸ぐらを掴んで真上から拳を叩きつける、何度も、何度も、ライナーの顔はどんどん変形し、ウミの鼻を膝で殴りつけへし折った時よりも強烈な一撃、また一撃がライナーを徹底的なまでに暴力の嵐に巻き込み、殴り続ける。

「うあぁぁぁぁあああああ!!!」

 親友の死に隠されていた真実、ずっと、誰かに聞いていた、自分の親友はどんな最期を迎えたのかと、そして知ってしまった事実はあまりにも重く。
 あたりには血が飛び散り、自分の殴る手も真っ赤になるほど殴りつけるジャンを慌ててやめさせようとコニーとアルミンがその腕を抑えた時、ジャンは這いつくばるライナーを勢いよく蹴っ飛ばした!!
 既にボロボロのライナーを留めに蹴とばそうとジャンの長い脚が彼の顔を狙った瞬間、突然飛び出したガビが身を呈してそれを庇ったのだった。

「ガビ!!」

 思いきり脇腹を蹴られたガビは苦痛に蠢きその場に這いつくばる。ファルコが駆け寄りジャンはようやくまだ幼い少女を蹴っ飛ばした事で我に返るのだった。
 ガビはジャンに向かってそのまま深々と頭を下げ、土下座してボロボロのライナーを庇う様に謝罪の言葉を述べたのだ。

「ごめんなさい……私達は……パラディ島のあなた達を皆殺しにすることが……希望でした。世界から認めてもらい……許してもらうためにこの島が……悪魔が消えてなくなることを願い続けてました……そしたらお父さんやお母さんが……レベリオのみんなが消えてなくなることになりました……ごめんなさい……すごく図々しいことはわかってますが……みなさんの助けが必要です。どうか……私達に力を貸してください」と土下座をしながら頼み込むガビの必死の訴えにファルコもガビを支え、一緒に希う。

「お願いします!! 一緒に「地鳴らし」を止めて下さい!!!」
「お願いします……」
「お願いします……!!」

 必死にこれまでの自分の行いを食い、謝るガビの姿にアヴェリアも思わず駆け出していた。

「頼む!! 俺からも、お願いします……分かってる、ガビはあんたらの大事な同期のサシャを殺してしまった、けど、もう、今はこうしてる間にもどんどんこいつらの故郷は……海を隔てただけで、俺達は同じ血が流れる民族じゃないか……迫害された歴史を持っているから何時までも迫害されて死んでも許されない、だからせめてこの虐殺だけは何としても止めないと、もうこれ以上憎しみで憎しみを増やすことは終わりにしないと……!! こいつらと短い間一緒に戦士候補生と過ごして、分かったんだ。島に居ても島の外に居ても、エルディア人である限り、恨まれ続けている歴史を味わったのは外の世界で肩身の狭い思いして暮らしているエルディア人を目の当たりにしてきたからだ、俺も、母さんも、あんたらも数カ月マーレに居たなら、余計に分かるだろ? 俺は、母さんを取り戻したいんだ……幼い妹たち、父さんだって、母親が必要だ!!」

 額を地面にこすりつける勢いでかつて共に戦地で駆け抜けた仲間に一緒に土下座するアヴェリア。
 何時も強気で純粋なまでにパラディ島を悪魔の島と教え込まれた洗脳教育が解けた瞬間だった。彼女はこれまでの自らの行いを悔やみ心からの謝罪をした。

「ガビ、ファルコ、ごめん、ごめん……ずっとだまして、嘘ついてて……俺、島を救いたくて、それで戦士候補生として戦士になって巨人の力を貰ってそのままマーレを滅ぼうそうとしてたんだ……ウドもゾフィアも、死んじまった……でも、だからこそ、お前らだけは……」
「いいんだよ、アヴェリア……泣かないで……」

 そんな必死の説得を受けジャンは押さえつけられていた腕を離せとアルミンとコニーから離れる。
 そんなまだ幼い少年少女からの懇願、ジャンは一人離れた所へ姿を消してしまった。
 一体なんだとその騒動に上半身を起こしたリヴァイは自分の息子が土下座して涙を流している姿にただ事ではないと感じる。
 ハンジは居なくなってしまったジャンにシチューのお代わりを呼び掛けるも、それぞれの思いはバラバラのまま、夜は更けていくのだった。



「起きろ、出発の時間だ」

 翌日。ジャンが普段通りの声調に戻っていた。優しくうつ伏せで眠るガビを起こすと、ガビはジャンが昨晩の怖い顔ではなく普段通りに接してくれた姿を見た。

「協力してくれるの?」
「あぁ……、もちろん」

 と答え、今度は耳に響く大きな声で昨晩徹底的にボコボコに伸されたライナーの胸ぐらを掴んで「オラッ!! 何時まで寝てんだ!! ライナー!! お前巨人なんだから怪我なんてとっくに治ってんだろうが!!!」

 と、体格がすっかり昔と反転した彼を無理矢理起こしたのだった。
 馬車で港へ向かうエレンを止めるために集った一行、その荷台の上でジャンはガビを蹴ったことを謝罪し、幸いガビの怪我もそんなに重症ではなく、ライナーにマルコの死の直接的な原因となったお前を許さないことを告げる。
 だが、ライナーもそれでいいと頷いた。アニの「私は?」というアニの夢の中にでも出て来たマルコの死への問いかけには答えず。
 そんな彼らの元へ、先行していた「車力の巨人」が戻ってくる。
 どうやら思った通り港は既に自分達が「地鳴らし」を止める可能性を見たフロック率いるイェーガー派に占拠され、操縦士や技術者として必要な人材であるヒィズル国の者達を人質にとって立てこもっていたのだ。
 飛行艇を破壊されたら自分達のエレンを止めようとする計画は全て終わりだ。
 だが、何故かイェーガー派は飛行艇を破壊してはいなかった。それは自分達が本当にイェーガー派を裏切りエレンが起こした「地鳴らし」を止めようとしているのかその事実にまだ確証が持てずに居たからだ。

 もし、エレンの「地鳴らし」でこのままこの島以外の文明、世界が滅ぼされれば失われた技術の再現に何十年とかかり、その技術の総結集である飛行艇を失うのは大きな損失になる。大陸が欲しいなら空を飛べるこの乗り物は決して壊してはいけない。

 戦闘準備に取り掛かる一同だが、その表情は誰もが悲痛に重く沈黙している。
 イェーガー派にはかつての自分たちと同じ104期卒業訓練兵の同期が殆んど組み込まれているのだ。
 かつての仲間を裏切り彼らと敵対の道を選ぶことは避けられないだろう。飛行艇と、その飛行艇を飛ばせる技術を持つヒィズル国の者も犠牲にさせずに自分達がパラディ港を離れるまでのその間、守らねばならないのだ。
 しかし、ジャン達はイェーガー派のかつての仲間達と戦わずにどうにかならないか、今もまだ思い悩んでいる。
 アニ、ピーク、ライナー、そしてマーレ側の人間でここは制圧するからとせめてもの優しさを告げるが、ハンジは既にイェーガー派の人間を四人殺し、今更観客としてマーレ側の人間がイェーガー派の人間たちを殺すのを黙って傍観しているつもりはないと、戦う意思を告げるのだった。

 アニはアルミンにかつて自分が「女型の巨人」の正体だと見抜いた時のようにどうにかなるのかと問うが、エレンの指摘通りにならばベルトルトの思想に呑まれた自分はもう誰も犠牲にならない道を選ぶことは出来なかった。

「俺も戦います、俺はイェーガー派とは面識がないですし、俺の父さんはまだ戦えません」
「アヴェリア……けど、」

 リヴァイは息子には自分が味わってこなかった戦いとは無縁の普通に育ち、普通に学校で学び、普通に結婚して生きて欲しいと望んだ。
 自分とは真逆の世界を生きて欲しいと望みを託し闘いを望むアヴェリアを戦いから引き離そうとしたが、結局巡り巡って一番戦いに近い場所で今から戦おうとしている姿を止める事も出来ない自分を、ただ呪う事しか出来なかった。
 既に使いこなしつつある立体機動装置。刃を振るう事も出来なくなった吹っ飛んでしまった欠損した指の向こうに見えるあの海を突き進む水平線の蒸気のはるか先を見つめていた。

 かつてアヴェリアとウミと共に歩んだ砂浜の向こうに、ウミはいる。生きているかもわからない状態のウミが。

「父さんの戦力の補填に俺が到底なれるとは思わない、けど、俺はあんたらが仲間を殺すのを躊躇っている間に多くのイェーガー派の人間を、――やります。ハンジさん!! もう時間は無いんでしょう!?」
「アヴェリア……」
「俺は、リヴァイの息子です、父親が動けない分、俺が動きます。そして、どんな理由があれど、俺の母さんはエレンと一緒に「劇薬」を選んでしまった……この島を守りたい気持ちはみんな同じなのに、でも、その外の世界も壊して成り立つ平和が果たして本当の幸せなのか。その責任を取るのも息子の役目だと思っています」

 まだ十代の少年でしかない、親の庇護元にあってもおかしくない年齢でありながらその覚悟はとても幼い十代の少年ではない。
 アヴェリアはこのままここに居ても事態は好転しないことを現実を誰よりも理解するのが上手いのはあくまでこの場所での彼はマーレ側の人間でも、パラディ島側の人間でもないからどちらにもつけない。
 ただその血に流れるアッカーマンの血の導かれる先に戦いが待つならば、リヴァイの息子であると言う名の元に戦うだけだ。

 そんなまだ十代の彼でさえ戦う覚悟を決めて本当は怖くて仕方ない、まだ幼い手は震えている。
 だが、それでも今は未だ回復中で戦えない父親ならきっと同じように誰よりも最前線で切り込んでいくはずだ。
 準備しているのに、いつまでも自分達がここで足踏みしても状況は変わらない。
 完全にイェーガー派によって包囲されている港の様子を伺い、マーレ側の上官であるマガトと作戦を立てていたハンジが見たのは、沖で大量の蒸気を上げながら進むエレン率いる「地鳴らし巨人」たちの何千体もある進軍の姿だった。
 その速度の予想外の速さに思わず愕然とする。ハンジはその速度にさっと顔を青ざめた。既にマーレ大陸には巨人が上陸しており、マーレ北東の都市は壊滅していると予想した。

「コニー、アルミン、ミカサ、ジャン。昨夜の……私の態度を、非礼を詫びたい。我々は……間違っていた。軽々しくも正義を語ったことをだ……この期に及んでまだ……自らを正当化しようと醜くも足掻いた。卑劣なマーレそのものである自分自身を直視することを恐れたからだ。君達に責任は無い、同じ民族という理由で過去の罪を着せられることは間違っている。ピーク、アニ、ライナー。お前達も世界の憎しみを一身に背負ういわれは無い……だが……この……血に塗れた愚かな歴史を忘れることなく後世に伝える責任はある。エレン・イェーガーはすべてを消し去るつもりだ……。それは許せない。愚かな行いから目を逸らし続ける限り地獄は終わらない。だから頼む……我々の愚かな行いに今だけ目を瞑ってくれ」

 と、何と、昨晩までの口ぶりとは打って変わって、マガトは深々とジャンたちに頭を下げたのだ。
 自分達がこれからすること、かつての友をもしかしなくても、殺さねばこの先のエレンの元へは辿り着けない。
 自分達は手出しせず見守って居ろと、言う事か。
 しかし、それでもアルミンは毅然とした態度でその申し出を断った。

「……断ります。手も汚さず正しくあろうとするなんて……」

 と、自分達もかつての仲間達と敵対し、同じ民族でありながら異なる思想同士、それでも戦いに加わる事を告げるのだった。

――ルイーゼ
元兵士たちの巨人化による混戦により雷槍の破片が腹部に混入、外科的治療は望めず戦線離脱。
その後の生死は不明。

2021.11.21
2022.01.30
2022.04.16加筆修正
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