THE LAST BALLAD | ナノ
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#141 氷解と継承の6日目

――「お前らが大事だからだ。他の誰よりも……――」

 そう、夕日が沈む空の下で、頬の赤さを夕日のせいにしたあの日の空を今も覚えている。サシャも生きていたあの頃、あれが本当に最後の自分達が集まって語り合った最後の時間だった。
 もし戻れるのなら――……。もう悔やんでも遅い。サシャは死んでしまった。エレンはどんどん遠い異形の世界に災厄、そして破滅をもたらす存在へとなり果てた。

 エレンの心は、きっとあの時の落陽から何ひとつ変わっちゃいなかった。自分たちを、この島を守るために自らの存在を賭けて始祖ユミル・フリッツと繋がっていたウミを食べて彼女の力を得たのだ。

「でも、どうして、あの子が、ウミが巨人になったり、エレンに食べられたりしてエレンがあんな姿になってしまったの?」
「分からない、だけど、今起きている現象が答えなんだと思う、ウミは、もう人間じゃない、ジークと一緒にエレンに取り込まれたんだ、その肉体を」

 その時、向こうから聞こえた激しい轟音に目を向ければマーレ兵を食いつくしたのか、巨人化させられた兵士達と兵士が巨人と熾烈な戦いを繰り広げていたのだ。
 中には捕食されている味方の兵士もおり、まさに地獄絵図の再来だ。急ぎジャン達も加勢しようとすると、ミカサが、ジャンの担がれ気を失っているファルコをどうするのかと尋ねた。
 すると、ジャンは「顎の巨人」を継承した彼をこのまま放っておくわけにはいかないと、今兵団組織内で巨人化させられた誰かに彼を食わせれば誰か一人「顎の巨人」は継承されてしまうが一人救えると、それならばピクシスを救おうと考えていたが、それを止めたのは、誰よりも、もし巨人になってしまった人間をまた人間の姿に戻せるなら――と、強く願っていたコニーだった。

「母ちゃんだ。ラガコ村の母ちゃんに食わせる。いいな?」

 その言葉を受け、誰もが重い沈黙に黙り込んでいる中でアルミンがコニーを刺激しないように言葉を選びながらこの状況に混乱していざわめく脳内をどうにか整理しようとしていた。

「コニー……。ジャン……ジークの話によるとその子は戦士候補生で……ライナーら戦士隊の弟分だ。彼らと親しいその子を……僕達が殺すとなれば、ライナーや車力の巨人と新たな争いを生むことになる。もうマーレが滅ぶのなら……これ以上ライナー達と殺し合いを繰り返すことはないんだ、だから……「俺の母ちゃんはどうでもいいってことか?」「そういうわけじゃ」「俺がどう思ってあの母ちゃんがいる村に帰り続けたか!! お前にはわかんねぇってのかよ!? お前だってベルトルト食ったから、エルヴィン団長の代わりに蘇ったんだろうが!? 母ちゃん生き返らせるのを、止めんなよ!!「コニー!!!」

 しかし、アルミンのコニーを刺激しないように選んだ言葉に対しコニーの怒りをかえって逆なでしてしまったようだった。アルミンの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうな勢いで逆上し止まらないコニー。これまでの裏切りに続く裏切り、そしてサシャの死からずっとイン映した気持ちを爆発させた彼はアルミンの気にしている言葉をアルミンへぶつけるのだった。

 その時、そのやり取りに割って入ってくるように巨人が接近し、慌てて巨人を回避した隙にコニーはそのままジャンが抱えていたファルコをひったくると、巨人の襲撃に紛れて一人どこかへ行ってしまったのだった。
 間違いなく彼の向かう先は決まっている、アルミンが追いかけようとするもジャンはその前に自分達を捕食すべく迫って来たかつての兵団の幹部たちの面影を残した巨人たちに囲まれていることに気付き、すぐにブレードを引き抜いた。

「コニー!!」
「アルミン、後だ!! まずいぞ……!! 巨人を何とかしねぇと……! この島に壁はもうねぇんだぞ!!」

 突っ込んできた巨人が今度は自分達に狙いを定めた様だった。
 武装し、身構えたジャン達、真っ向からかつて同じ兵団の人間だったが、今は自分たちを食べようとしている彼らを倒さねばならないと、覚悟を固めた。



 一方、シガンシナ区が巨人に襲われ混沌とする中、ウォール・シーナ領内ストヘス区ではエレンが目覚めさせた超大型巨人による被害が深刻となっていた。
 ヒッチたちはその中を掻い潜って、懸命な救助活動を行っていた。
 ウォール・マリアの壁が崩落し姿を現した巨人たちが次々と群れを成してマーレへ向けてエレンの後へ続けとお構いなしにストヘス区を闊歩している行軍の中、踏みつぶされていく人間や家屋の下敷きになる民間人への被害がどんどん拡大していた。
 ストヘス区に居たヒッチも巻き添えをくらいながら、残された彼女は民間人へ手を差し伸べ救援に当たる。
 シガンシナ区の人間は何をしているのかと、今シガンシナ区は大勢の上官達がジークの叫びにより巨人化していることも知らずに。

 誰もが脳内に突如として流れ込んで来たエレンの放送を聞いており、あれは間違いなく白昼夢が見せた幻ではないことが分かる。
 エレンの言葉に奮い立つ民間人、心臓を捧げよ、心臓を捧げよと、口々に叫ぶようだった。
 このままでは住民同士でエレンが呼び起こし、数百年の眠りから目覚めた巨人達の行進によって潰された人間もいる中とエレンを崇める者達の間で衝突が起きかねない。と危惧したヒッチが急ぎストヘス区の本部へと戻っていくのだった。
「ん……何かしら??」

 ふと、ヒッチは廊下に謎の水滴が点々と堕ちていることに気付いて足を止める。
 その水滴を辿るとそれは地下室から点々と続いていること気が付き、そのまま水滴の先を辿って震える手をどうにか叱咤し、部屋に入った瞬間だった。
 びしょ濡れの小さな手が自分の口元を覆ったのだ。そして、次に喉元にちくりとしたを感じ、耳元で囁く懐かしい声にヒッチは状況を理解した。
 壁の崩壊とともに、この四年間、ずっと沈黙を続けていたアニが解き放たれたのだと。

「叫んだら喉を切り裂く。まずその上着を脱いで――」

 確かにアニは憲兵団の自分達の中でもとりわけ強かった。小柄な見た目以上に。昔の自分なら負けていただろう、だが、もう今は四年前とは違う。
 この四年間、本当に色んなことがあった。マルロは調査兵団へ行ってしまうし、はじめての実戦で死んでしまったし、それから、自分は一人アニの目覚めを待ち続けていた。だが、もうそれは四年前の話、自分を人質に取って言う事を聞かせて何をするつもりなのか。
 自分をこのままその棘の仕込まれた指輪で抑え込めると思っているのだろうか。隙を見抜かれたヒッチにアニはそのまま腕をホールドされると勢いよく背後から前方へ持ち上げるように小柄な体躯は、この四年間成長も止まったままのアニとは違い多くの恋愛経験も経て成長してきたヒッチと一緒に一回転し、派手に机へと叩きつけられていた。

「力弱すぎておばあちゃんかと思ったわ。あのあんたがまさか私に投げ飛ばされるとはね、アニ」
「よりによって……あんたか……ヒッチ」
「(とにかく地下室だ!! 拘束しないと街がまた……!!)誰か!!」
「無駄だよ。切り傷を入れてある。いつでも巨人化できる。私に従うしか無いのあんたは」
「……どうかな? そんなに弱ってるのに巨人化する体力なんて無いでしょ」
「そうかもね……一か八かで試してみないと」
「ドリスさん、どうかしましたか!? ドリスさん? 開けますよ?」

 聞こえたヒッチの声に気が付いた付近の兵士が近づいてドア越しにノックして呼びかける声がする。ヒッチは先ほどは応援を呼んだが、今は、アニの冷たいその青い瞳の奥に見つめられて何も言えなくなり黙り込んでしまう。そんなヒッチを見上げるアニのどこか期待さえ抱かせるような目に。
 彼女の正体を知っているヒッチは従うしかないのだった。
 やはり彼女は「女型の巨人」としてかつてこの街を悲劇へ落としこんだ元凶なだけはある、すでに巨人化できるように手には切り傷も入っており、その血が自分の手にも付着している、本当にこの島で潜伏してきただけはある、誰よりも根回しが上手い。四年たってもその表情は読めない。

「思ったより賢いじゃない、ヒッチ」
「うるさい。あんたが街を出るならそれを拒む理由は無い。何より地下室であんたの顔を眺める仕事から解放されるしね」
「それはよかった……あんたのくだらない男のグチを聞かされるのもこれでようやく終わり」
「は……!? 何でそのことを……まさか、あんた、ずっと意識があったの? 4年以上?」
「4年間、ぼんやりと夢を見てるようだった……あんたの話し声とアルミンの声だけが遠くから聞こえて、そうじゃない時はずっと同じ、闇の中……だから、あんた達の話で外の状況は大体わかっていた。そして、突然私は外に放り出され、エレンの声を聞いた。世界を滅ぼすって、アレ本気で言ってんの?」

 アニは自分達がこの島に来た時から、すでにこの運命は変えられなかったのかもしれないと、何となく、そんなことをどこか別の目線で考えていた。
 そして、アニがあの硬質化の結晶体の中で声を聞いていたのはヒッチとアルミンだけではない、もうだいぶ前の記憶のように感じる、不可思議な雰囲気を持つあの女性が最後、自分に掛けた言葉もウミ、彼女の声が。

 ――「アニ、どうか元気で。ひとまずここに居れば大丈夫。いつかまた、眠りから覚めたら、会える日を、待ってる。だけどその時にはあなたの本当の仲間達があなたを目覚めさせるのか、それとも、本当に王子様があなたを目覚めさせるのかはわからないけれど……あなたがした事、一緒に過ごした仲間達を殺されたのは本当に、憎いけれど、あなたがそうしたように、私も、そうするから。もう私がこうして戦うことは無い、でも、訓練兵団の時に助けてくれたアニには、本当に感謝している。調査兵団に長くいるからね、家族から恨まれるのは慣れっこだったんだけど……けど、見捨てないでくれたこと、ありがとう」

 ヒッチはアニが目指すべきその先、恐らくはシガンシナ区だろうその方角へ向かって硬質化の水晶体から解き放たれてまだ時間が浅く、なんせ四年間も眠っていたのだ、未だうまく動けないアニを馬に乗せて走っていた。

「本当に壁の巨人が……」
「その足元も見なよ。私が兵士になってやった意味のある仕事は死体と瓦礫の後始末。あんたとエレンが暴れた後のね、今なら答えてくれる? あんた達の大層な目的のために踏み潰された人々の死体を見て、どう思うのか」
「あぁ……何度も聞かれるから、考えたよ。考えもしなかったことを……人を殺すことは褒められることだった……国境を越えれば戦闘員も民間人も区別なく殺していいと教わった。私達エルディア人の贖罪と世界を救う使命のため、すべての行いは正当化された」
「あんた達の事情はアルミンから聞いてる。要は……アレを止めたかったんでしょ。つまり、瓦礫の死体は多少の犠牲だったって言いたいわけ?」
「いいや……世界を救うとかどうでもよかった。」
「……はぁ?」
「すべてがどうでもよかった……私は、生まれて間もない時に親に捨てられた。母親の浮気相手がエルディア人だったってことが私の血液検査で判明したとかでね、そんな私を収容所で引き取ったのは、外国から来たエルディア人の血を持つ男だった。私と似たような理由で収容所に入れられたらしい。男の目的は私をマーレの戦士に鍛え上げて、自分の生活を豊かにすることだった。私は物心つく前から男の生まれた国の格闘術を叩き込まれた。男にとって私は戦士になれるかどうかの価値しか無かった。時が経って私は男が望んだように強くなり、そうなるまでに痛めつけられた分を男に返した。二度とまともに歩けない体にしてやった……けど、男は喜んだ。「これなら武器がなくても敵を殺せる」って」
「え? 何? 何の話が始まったの?」
「4年間あんたの話を一方的に聞いたんだから、少しくらい私の話をしたっていいでしょ……だから私は……どうなってもよかった。道端の虫が私に踏みつぶされようが、どこの国の何人が死のうが生きようが、自分を含めて命というものに価値があるとは思えなかった。そう……あの時までは……あれは始祖奪還作戦のために島へ向かう朝だった。男は……膝をついて私に謝った……教えたことはすべて間違っていたと私に言い、泣きながら懇願した、帰ってきてくれと……戦士隊の地位も名誉マーレ人の称号も、すべて捨てていいから帰ってきてくれと。男は……私の父親だった。私を……自分の娘だと思っていた。私には帰りを待つ父親がいる。そして、私と同じように他の人にも大事な人がいる。もうすべてがどうでもいいとは思わない、私はこれまでに取り返しのつかない罪を犯したと思ってる。でも、父の元へ帰るためなら、また同じことをやる」
「そっか、それが聞けてよかった……。でも、あんたが父親の元に帰っても、瓦礫と死体しか無いと思う」

 と、アニの願いもむなしく、きっと待っているのは……。アニは表情を見せないまま、静かにその言葉に対して頷くのだった。
 今頃、レベリオの収容区で暮らす父親たちも同じようにエレンの放送を聞き、マーレに今自分達が悪魔の島と迫害し、侵略を続けた果てにエレンイェーガーの怒りが長年眠っていた壁内の幾千もの巨人達を目覚めさせ、この大陸に迫ってきている危機を知らせるべく自分達の収容区から抜け出そうと、マーレ人へ訴え、必死に戦っていることに、父親も、アニの帰りを信じてこの四年間待ち続け、そしてアニとの再会を信じていることをアニは知らないまま。



 宿主のジークを失い欲望のままに暴れはじめた元兵団幹部達だった慣れの果ての醜い巨人達は次々とシガンシナ区の建物の壁を破壊していく。
 安全地帯を探しながら逃げ惑うブラウス家たちは最悪なことにこの地獄に巻き込まれてしまっていた。

「走れ!! 狭い路地に行くんだ!!」

 ブラウス家は命からがら襲い来る食欲に突き動かされた巨人から逃げていた。しかも、追いかけてきている巨人はかつてエルヴィンと一緒に調査兵団を志願し運命を共にしていた同期でもあったナイル・ドークの変わり果てた姿だったのだ。
 まさか、愛する人を悲しませない為に、三兵団で一番殉職率の高い調査兵団から訓練兵団で上位優績者10番以内にならないと希望できない憲兵団を志願し、一番死というものから遠い兵団組織の幹部としてこれからも安定した暮らしを約束されていた彼が巨人に姿を変えらるこんな末路など、誰も想像しなかっただろう……。
 ナイルは既に人としての姿をしておらず、理性を失った巨人として人を襲おうとしている。

「そこを曲がって!!」
「ひっ!!」

 そんな今、襲われている巨人の人間の姿の時の事など知らず、必死に走る中、狭い路地を目指す入り組んだ小道へ進む中、かつて巨人に襲われ母親を食べられた恐怖に足がすくんだカヤが思わず後ろを振り返ってしまい、目の前の障害物に気付かない。

「カヤ……! 前を見ろ!!」
「うっ、」

 曲がり切れず、彼女の視界に飛び込んで来たのは、木で出来た枠だった。
 カヤは曲がりきれずに直進して頭をぶつけてしまい、派手に階段から転げ落ちてしまったのだ。

「カヤおねぇちゃん!」

 一緒に逃げていたリヴァイとウミの愛娘であり、アヴェリアの妹でもあるエヴァが父譲りのたっぷりの黒髪を揺らし、思わず駆け出して彼女の元に行ってしまう。

「エヴァ!! 行きなさんな!!」
「ダメだ、ブラウスさん!!」

 しかし、階段から転げ落ちた衝撃で足をくじいたカヤはとっさに動けない。ナイルだった巨人はカヤが転げ落ちた方角へ狙いを定めると、本能の人間を捕食するという概念に駆られカヤたちへ狙いを定めると追いかけようとしたサシャの父親を取り押さえ避けたニコロとサシャの父親の頭上を通り抜けそのまま階段側へ飛びついた。

 ナイル巨人がカヤに襲いかかるが、カヤもエヴァも動けない。初めて目の当たりにした巨人のその恐ろしさにエヴァは震え上がり声がうまく出ない。

「た、すけて……お、とうさ、っ……!」

 いつも、話していた、誰かが、遠い記憶の中で。眠る自分に、まるで子守唄のように、語り掛けるような声で、エヴァの記憶の中に眠る幻影が静かによみがえる。

 ――「エヴァ、信じて。もし何が起きても、私が居なくても、怖い巨人が現われても、きっと、あなたのお父さんが守ってくれるから、大丈夫よ。愛してるわ、エヴァ。きっと素敵な人に出会って、幸せになるのよ。私は、その瞬間には立ち会えないけれど、いつまでも、離れてもあなたを想うから」

 ナイルの面影を残す巨人が二人へ手を伸ばし今にもその小さな身体は摘み上げられそうになりかけた、その瞬間だった。

「カヤ!!! 起きろ!!!」
 ――「走らんかい!!」

 まるであの時と同じ、再び自分を叱咤し走らせる声が、響いた気がした。
 ドン!!という耳をつんざくような砲撃がナイル巨人を見事に撃ち抜いたのだ。エヴァに覆いかぶさるように耳を塞いでいたカヤの頭上を誰かが飛び越えたと思えば、聞こえた声にカヤは目を向ければ、

「あぁああああああ!!!」

 何と、姿を見せたのは先ほど自分がサシャを殺した報復に殺そうとしたガビだったのだ。ガビはもう一発、今度は対巨人ライフルを手に果敢にナイル巨人へ飛び込んでいくと、そのまま巨人ライフルの銃口をナイルの口にくわえさえ、そのままあらん限りの声をあげ、暴発とともに口に突っ込まれた銃身から放たれた弾丸がナイルのうなじを木っ端みじんに吹っ飛ばし、蒸気に包まれながら、人間の姿に戻ることは無く、娘や妻たちを内地に残したまま、ナイルはエルヴィンの死から四年後、自分が一番予想もしなかった形で最愛の娘たちや妻に会う事もかなわずに看取られる事無くその生涯を終えるのだった。

「……サシャ、お姉ちゃん……?」
「え?」

 自分を助けてくれた髪をくくったガビが、一瞬、カヤの目にはかつて自分を助けてくれたサシャの幻影と重なっていた。
 そして、一難去ってまた一難、今度は別の方向からブラウス一家に巨人が迫っていたのだ。

「危ない!!」

 涙目のエヴァが今度は自分がお世話になっているブラウス家が襲われかけてたまらずそう叫んだ瞬間、まるで上空から襲い掛かるように。突然どこからともなく黒い影が姿を現し、瞬きさえも追いつかない間に巨人のうなじを一瞬にして削ぎ落としてしまったのだ。ドオオオン!!と大きな音を立てて倒れ込む巨人、その頭の上へ着地した人影に誰もが目を向ける。バランスを崩しながらもぎこちない動作で、しかしその刃の動きは確実に巨人の命を絶ち切っていた。

「エヴァ、大丈夫か、」

 チッ、と舌打ちをし、刃こぼれした剣を捨て、巨人の頭から着地し、歩み寄る影へ誰もが目を向ける。
 こちらへ歩み寄る人物の顔が逆光でちょうど見えないのだが、恋しい実父によく似たシルエット。その姿に思わずエヴァは会えなくなってしまった父親の姿を重ねて歩み出していた。

「お父さん……?」
「え? 何だって、リヴァイ兵長が!? ここに居るのか?」

 この島で暮らす人間で彼の存在を知らない人間などいない。一番の手練れでもあり、巨人が恐怖で逃げだす存在。彼は確か極秘の任務でここではない別の場所で任務の筈だが。まさか、このシガンシナ区の危機に急ぎ駆け付けたというのか。
 しかし、姿を見せたのはリヴァイではなかった。だが、同じ血が流れる者として、誰もがその光景に目を疑った。
 そこに居たのは――。

「何だ、お前かよ……脅かすなよ、本当に現れたのかと、思った」
「アヴェリア!! よかった、無事やったんやな」
「ブラウス家の皆さん、もう大丈夫です」

 この島で生きている人間なら彼を知らない者はいないだろう「人類最強」その称号を持つ父親の遺伝子を確かに引き継いだ逸材。彼もいずれはこの島で同じ名を得るだろう。
 鋭い双眼、まだ幼いが同じ面差しを宿した。受け継がれる血が本物だと証明するかのようにここに到着するまでの間の僅かな戦闘で本能に流れる血が巨人殺しを会得したというのか。
 両親がかつて背負った自由の翼、自分も巨人を打ち滅ぼした事を。
 迫り来る巨人の脅威を退き、そしてガビと再会を果たしたアヴェリア。先ほどライナーとガビの頭上を巨人を倒しながら通過したのもアヴェリアだったという事が判明した。
 アヴェリアの本当の正体を知りガビがアヴェリアをどんな目に遭わせるか、しかし、ガビはもうアヴェリアを責めたりはしなかった。

「どうして立体機動装置が使えるんだ? お前は調査兵団じゃないだろう、」
「母親が有事の際に俺が戦えるようにと、こうなる事を予見していたのか俺に手ほどきをしてくれた。後は実戦で今、覚えた」
「そうか、なんかなし、アヴェリアには命ぅ救われた、危険ぅ承知じ助けちくれちありがとう」
「親父さん……そげんこつ気にせんじくれちゃ。……俺は未だ逃げ遅れている人間を助けに行く、俺が父さんなら、きっとそうしてるだろうから……エヴァは、おじさんとおばさんについて行くんだ、安全な場所で待っててくれるか?」
「お兄ちゃん、またいっちゃうの?」
「あぁ……ごめん、でも行かなきゃならないんだよエヴァ。心細いよな、ごめんな、けどお父さんをお母さんを連れえ必ず戻って来る、今危ないんだ、助けに行かないと」
「嫌っ! 一人にしないで、私も行きたい!」
「エヴァ……」
「もう、家族がみんなバラバラになるのは嫌、だよ……っ、お兄ちゃん」

 その言葉を最後にアヴェリアはしくしくと泣き出してしまったまだ甘えたい盛りなのに、それでも迷惑をかけないように普段は我儘を言わないように我慢している妹の頭をひと撫でして大丈夫だと語り掛ける。
 本当は心細いだろう、巨人に襲われ目の当たりにしたショックで不安な心の中で頼れる家族も守ってくれる父親も安否不明で、せっかく再会した兄までもどこかにまた行こうとしている。

 迷惑をかけないように、一切寂しいだとかわがままや、そんな表情など見せた事も無い顔で微笑んで。

「レイラママが、私にはお母さんは居ないって……」
「違う、それは大人が隠していた嘘だ、エヴァは小さかった頃に母さんはこの島を出て行ってしまったから覚えてねぇだけだ……俺にも、エヴァにも、ちゃんと母さんは居る、今は忙しくて帰って来られないだけだ、でも必ず……連れて帰るから、もう少し待っていて欲しい」
「お兄ちゃん……」
「会いたいだろう、エヴァを怖がらせる怖い巨人を倒してくるから、そしたら、皆でまたこの街で暮らすんだ。誰も離れる事の無いように、今度こそ、俺がみんなを連れて来るから……カヤ、頼めるか」
「うん、私が、この子を守る。だから、心配しないで、アヴェリア」
「頼んだぞ、カヤ」
「うん、」

 見つめ合いながらアヴェリアはカヤにエヴァを託し、そしてエヴァに自分の母親が必死に産んだ双子をお願いした。
 子供達を守る役目を島に残し、ひとまずこの島に居る限りは恐らくあの地鳴らしの恩恵は自分達とこの島にある、だからもう何も心配はない、このシガンシナ区を埋め尽くす巨人さて討伐すれば。ひとまずの脅威は訪れないだろう。
 これがエレンの望みだ。

 まだまだ親に甘えたい盛りの中、それでも我慢しながらも潤んだ大きな目から溢れる涙は止まらなくて。
 また、置いていかれる……計り知れない寂しさにしくしくと静かに泣く本当は泣き虫な姿を隠さずにさらけだしている妹の姿に胸を打たれる。
 だが、それでも自分は両親を助けに、このまま大人しく待ってなどいられる人間ではない。
 この壁の外の世界を、目の当たりにしたからこそ。
 自分は行かなければならない。
「人類最強」の遺伝子を継ぐもの、継承された者として。
 再び行かなければならない。
 もう守られるだけの人間は嫌だ、自分はそのためにパラディ島を離れてマーレにまでわたり、一時戦士候補生として鍛えてきた。
 自分にも何か出来ることがある筈だ、父親もきっとこの窮地に駆け付ける事が出来ずにもどかしく思っているだろう、だから、自分は父親と、おそらくこのエレンの元に行ってしまった母を連れ戻す、母を忘れた妹の為にも、双子ためにも。
 しかし、ブラウス家が付いててくれる、もう心配はない、それだけでも知れたからこそ自分は戦い抜こう。父親の分まで、

「エヴァ、お前は双子を頼む。大丈夫、巨人はもう間もなく全員倒されるはずだから。お前はこの島に居て、いい子に留守番しててくれ。双子を守るのはお前にしか出来ない。それまでこの島で元気に、笑って暮らしていて欲しい、本当に少しだけもう少しだけ寂しいの我慢してもらえるか?」
「お兄ちゃん、どのくらい?」
「今まで俺が家出して帰ってくるまでの期間よりはずっとずっと短い。どうだ?」
「うん、それなら……私、頑張れる……待ってる」
「そうか……それなら。寂しくない、必ずみんな、会える。だから辛い時は俯かないで、空を見上げろ、空はどこまでも繋がってる。お前の思いも俺の気持ちもみんな空が繋いでくれるからな」

 アヴェリアが、ガビへ目線を向け、何か言いかけたが、今の彼女にはもう何も伝えなくても理解して貰えている確信があった。

 何も言わずに再び飛び立って行ったアヴェリア。アヴェリアとガビとの間の隔たりよりも、ガビとカヤの間には大きな確執が今も解消されないままだからなのか、それともたとえ彼がパラディ島のエルディア人であっても、この島に来てからのガビは変わった、だからもうアヴェリアを蔑むようなことはしないだろう。
 ガビはファルコの行方を捜しながらブラウス家と行動を共にしていた。
 カヤは不思議そうに自分をあの日逃げ遅れた自分を助けてくれたサシャと重ねるほどに同じ状況下で助けてくれたガビへ思わず問いかけていた。

「何で……私を助けたの? それも……命懸けで」
「……さぁ、」
「私はあなたを殺そうとした……私……悪魔なんでしょ?」
「違う、悪魔は私。私は……人を何人も殺した。……褒めてもらうために。それが……私の悪魔」

 と、ガビがこれまでの自分の行動を悔いているように思いを吐露した。
 自分はマーレに仕える身であり、いつか名誉マーレ人としてレベリオの収容区からいつか家族が解放されると信じてこれまで戦い続けてきた。自分の正義のままに、戦地で名をあげ家族の為に巨人の継承権を得てマーレの為に戦い抜いただけだった。
 しかし、それは幻想だと打ち砕かれ、そして世界中の憎悪がこの島に向けられたことで今度はその憎悪が自分達の故郷へ向けられ、今もこうしている間に死の行進はマーレ大陸へ歩みを止める事無く終末の時を歩み始めるという、自分に残された悲惨な末路だけが残された。

 巨人の居ない安全な場所へさ迷い歩く中でニコロは自分のこれまでの行いを後悔するように二人へ語り掛ける。自分にも、同じようにその悪魔が住んでいたと、その悪魔が思うがままに行動し、ガビを傷つけ悲劇を呼び起こしたと。

「そいつは俺の中にもいる。カヤの中にも、誰の中にも。みんなの中に悪魔がいるから……世界はこうなっちまったんだ」
「……じゃあ、私達はどうすればいいの?」
「……森から出るんだ。出られなくても……、出ようとし続けるんだ……」

 と、かつて怒りと憎しみの衝動に従うままにサシャを殺したガビへ報復として拳で殴り、そしてジークの脊髄液入りワインだと知りながらもその怒りを抑えることが出来ないまま瓶で殴打したことが原因でガビを庇いファルコはそのワインを口にしてしまい、そして巨人となってしまった原因を作った自分。
 サシャの父親から諭され目を覚ますことが出来たこと、そっと、今も迷いから抜け出せぬ森の中をそれでも出ようと、サシャがそうであったように、自分達も同じように、それでも足掻くと、答えるのだった。

 ――ナイル・ドーク
「ジークの脊髄液入りワイン」を摂取し巨人化。ガビ・ブラウンにより止めを刺され死亡。

2021.11.06
2022.01.30
2022.03.22加筆修正
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