THE LAST BALLAD | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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#132 饗宴が始まる

「母さん、父さん――……うわっ! 痛ぇな!! あーもう、何なんだよ全く」

 巨大樹の森を駆け抜ける一匹の馬は息を切らしてひたすらどこか安全な場所を目指して駆け抜けていた。
 巨人の領域となった危険な森を逃げ続けてようやくたどり着いたのは、見つめた景色。森から抜け出しどうにかこうにか母の故郷があるシガンシナ区まで逃げ切ることが出来た。

 馬の扱いなど体験したことが無いアヴェリアは戸惑いながらも転がり落ちるように着地し、どうにか事なきを得た。
 父親にも流れるその血は自分へも確実に受け継がれていて。彼も久しぶりに自分の母と共に暮らした思い出のシガンシナ区へと命からがら戻って来たのだ。

 だが、もうあの日の情景は二度と帰らない。優しく朗らかな笑顔で孤児院と自宅を行ったり来たりする自分に一緒に暮らしたいと強要せずに見守りながら距離を縮めてくれた母が居て、店があって、そして幼い妹とたまに帰ってくる父親。

「そうだ、誰かに伝えねぇと……兵団支部でもいい、早く……親父がジーク・イェーガーの罠にはめられて巨人に襲われて……」

 自分の父親が強いとしても、その強さを聞いただけで想像できない息子のアヴェリア。今頃自分の父親と彼がジークを殺しヒストリアへ移そうとしているのを阻止するために古城を抜け出しやって来た母親が今どんな目に遭っているかもわからずに。そして、妹も今イェーガー派と兵団の争いに巻き込まれてここに監禁されていることも知らずに。
 まるで馬はそんなアヴェリアの為に家族が囚われこれから恐ろしい出来事が吹き荒れるシガンシナ区へ導いたようにさえ感じる。

 ――「周りをよく見ろ、この無駄にクソデカイ木を……。立体機動装置の機能を生かすには絶好の環境だ。そして考えろ。お前のその大した事ない頭でな。死にたくなきゃ必死に頭回せ」

 かつて父親は味方へそう告げた。その通りにあの場所は調査兵団からすれば絶好の場所なのだ。あの場所で巨人に取り囲まれてもリヴァイほどの実力者で在れば難なく、くぐり抜けられるだろう。
 誰か、探さないと、自分の父親が危ない、突如巨人化した兵士達に襲われもしかしたら。どんなに自分の父親が偉大な存在か、それを教えてくれた兵士達もみんな醜い巨人の姿に変えられてしまって。

「とにかく、ミカサやアルミンを探さねぇと……でもそれならどうしてトロスト区じゃなくてここなんだよ」

 全ては巻き込みたくは無い故の行動、だった筈なのに。よりによって馬はシガンシナ区へと馬は自分を導いた。もしマーレの報復攻撃を受けるのならこの場所が一番狙われる事をこのマリア領が陥落した時に壁内人類はそれを思い知った筈、なのに。
 これから待つ出来事を想う、ここが自由を求める少年たちの旅の始まりの街。そこには一体これから何が待っているのかと。

 ▼

 自分達は共に故郷を奪われ、理不尽な生活を強いられていた。そして、そんな中で共に乗り越えようと、同じ地獄を生き抜いてきた。
 だが、確固たる絆、所詮他人同士という事なのか。もう二度と、離れない。
 苦難を乗り越えてきたシガンシナ区を生き抜いた、共に海を見ようとそれだけの誓いを胸にようやく巨人たちからシガンシナ区を取り戻し、海を見つめたあの日から既にエレンの心は変わり果てており、結んだ絆はエレンの言葉で見事に引き裂かれた。
 そして、そんな自分達がかつて共に過ごした懐かしい街、シガンシナ区へと舞台は移る。
 そこでは、4年前のあの頃から何も変わらずに訓練兵団の教官として今も教壇に立ち続けているキース・シャーディスの姿があった。
 あの時のように変わらずに新兵達へ問いかけるキースの訓練兵への通過儀礼が行われていた。

「知っての通り、ザックレー総統が殺害された今、兵団内やこの壁内の情勢は不安定な状況にある。だが貴様ら訓練兵には関係の無いことだ。109期訓練兵団は予定通り巨人襲撃時のシガンシナ区防衛訓練を行う!」

 だが、今の訓練兵達にはまるで覇気が感じられない、エレン達104期生の頃は皆もっと声を上げ必死だった。しかし、巨人襲撃というその単語を聞かされても、既にこの島から巨人の脅威は去り、今はもう巨人に対しての立体機動の訓練ではなく、自分達は立体機動装置のブレードではなく銃を持ち、これからこの島で起こる危機に対処すべくもう昔の古いしきたりは捨て新しい強い兵団組織へと改革すべきだというのに。

「わかったのか?」
「はっ、はい!!」
「声が小さい!!」

 シャーディス教官の時代錯誤な訓練に異を唱える者達が出て来たのもまた事実である。ここで何人かの訓練兵たちがひそひそと急に話を始めたのだ。

「……今更、剣で巨人のうなじを斬りつける練習なんてな……。もう巨人なんて襲ってこねぇだろ。敵は壁外の人間なんだぞ? それよか、もっと銃火器の練習して、これから戦争するマーレ軍に対抗するための「エルディア軍」を作らなきゃいけないって親父も言ってた」
「時代は銃の時代にとっくに変わってたのに。もう……古いんだよ。シャーディス教官は。エルディアに希望があるとしたら……。イェーガー派が国の実験を握ることだ」
「な……! スルマ…聞こえるぞ」
「でもみんなそう思っているだろ? みんなエレン・イェーガーにエルディアを導いてもらいたいはずだ。非情な決断をも下せるような強い指導者に」

 スルマの方を見るキースですが、うつ向いて悲しそうな顔をしています。それを一番理解しているのは、自分が何者にも慣れないただの普通の人間だったと失望し、唯一生きて調査兵団団長を退いたからこそ、訓練兵団のその言葉はあまりにも耳が痛かった。そんなシャーディス教官にかつて憧れていた調査兵団時代を過ごした後ろ手に拘束したハンジを連れたフロック達が突如この屋上へとやってきたのだ。

「……な!? ハンジ!?」
「お久しぶりです。シャーディス教官殿。突然ですがこの兵団支部は我々が占拠しました イェーガー派? とか言われている我々が。これより我々も指示に従い動いてもらいます」
「イェーガー派……本物だ」
「身のほどをよくわきまえているようだなフロック……。銃口でも向けない限り貴様らのような小便小僧など誰も相手にしないと考えているのならそれは確かだ」

 その時、シャーディス教官の足元を銃弾が貫いたのだ。フロックはかつて104期生として扱かれた恩師でもあるキースに向かって容赦なく発砲したのだ。しかも、そんなキース・シャーディスに憧れていたハンジの目の前で。

「ッ……!!」
「フロック!?」
「外した……とりあえず足でも撃って話を早くしようと思ったんですが」
「話とは何だ」
「イヤ。あなたには関係ありません。頭の固さしか取り柄の無い老人なんて不要なんですよ。これからは……訓練兵諸君!! 君たちの時代だ!! 我々イェーガー派は、現在滅亡の危機にあるエルディアを救うために心臓を捧げると誓った!! それは、この古い兵団組織のためではなく、この島に住む民のためにだ!! このまま時代遅れの兵団に従属していては為す術もなく外の世界の敵に蹂躙されるのみだ!! 今君たちに問う!! 君たちは何者だ!? 我らエルディアの指導者エレン・イェーガーと共に未来を生きる者か!? それとも、ここにいるキース・シャーディスと共に古い慣習と心中する者か!?」

 イェーガー派を名乗り率いる現在その革命の代表でもあるフロックからの突然の鼓舞に対し、元々シャーディス教官のその方針に反発していたスルマと何人かの訓練兵がフロックの元へ歩み出すと、心臓を捧げる敬礼をして高らかに叫んだ。

「エルディアの未来のために、心臓を捧げます!!」
「よし! 君たちの覚悟を見せてもらおう! まずは、シャーディス教官を足腰立たなくなるまで痛めつけろ!!」
「……え」
「これこそが我々が淘汰すべき悪習そのものだ!! 粛清して見せろ!!」

 フロックは突然目の前の教官を――。つまり悪習を正せと、かつての恩師でもあるキースの肩を叩きながらそう告げたのだ。

「それができない者は牢屋に入ってもらう!!」
「なッ……!?」
「いいかげんにしろフロック!! バカなマネはよせ!」
「ハンジ」

 フロックの暴走は止まらない。自分が世話になった教官にまでそんなことを言うのか。古い習慣はもういらない、古きを捨て、新しい時代への推移を受け入れる新しい通過儀礼だと言わんばかりに。
 ハンジは憧れていた上官に対し訓練兵である若き命たちにそれを強制させるフロックの姿に反発し、一体何が目的でどうしてこんなことをするのだと、怒号を放つハンジに対しキースはそれを止め、静かに告げた。

「ヒヨッコ共が何人かかってきたところで、相手にならん」

 キース・シャーディス自身も理解していたのだろう。もう巨人の脅威が去ったこの壁の国には訓練兵団で与えてきた対巨人への処世術は要らないのだと。自分がいつまでも巨人と戦い壁外を駆け抜けていた時代からはうつろい、これからは巨人ではなく人間を相手取り戦う。
 彼は恵まれた体格をしていたが、老いを感じていた身体をそのまま新兵へと預けるようにその場に膝をつき甘んじてそれをただ、受け入れるのだった。

「よくやった。イェーガー派は君たち全員を歓迎しよう」

 容赦なく暴行を受けたキースは地面に倒れたままうめき声をあげて苦しんでいる。いくつか骨も折れているのか、あまりにも痛々しいその姿は12代目調査兵団団長として皆を導いていた面影は感じられない。憧れていた団長の慣れの果てをハンジは黙って見せつけられたことで酷く傷つき、居た堪れない表情を浮かべている。尊厳あるその顔から出血もしているようだ。

「じゃあ……古い人間も地に伏せたことですし、案内してもらいましょうか。ジークの拘留地まで……ハンジ団長。オイ……行くぞ」

 これはまるで自分への見せつけのようにも感じられた。今度は自分がかつてそうだったように、粛清されるのだと、キース・シャーディスはその見せしめの為に犠牲になったようなものだった。
 訓練兵団の109期生はキースではなくフロック率いるイェーガー派に引き入れられ、これからエレンを中心としたこの島の新しい政権を支持するつもりのようだ。
 そのシガンシナ区、兵団支部では腕に白い布を巻きつけたイェーガー派の兵士達が、調査兵団・駐屯兵団・憲兵団の三兵団を拘束し、腕には黒い布のようなものを結び付けつけて目印代わりにし、その支部の食卓にはドット・ピクシスがすっかり立場を逆転し、気難しそうに腕を組むピクシスと、その反対にリラックスした様子のイェレナと向かい合って食事をしていた。
 そんな彼の背後に立つ兵士の手にはセーフティーロックが開所された銃を持った兵士が申し訳なさそうに立っている。

「またすぐに……我々と食卓を囲む日が来る。ほら、私の言った通りになりましたね、ピクシス司令。迅速な対応に感謝致します。全兵団に一切の抵抗を禁じ、我々の要求通りにここシガンシナ区に兵士を集結下さるとは」
「脊髄液を盛られたのであれば残された手はあるまい。いつ巨人にされるやも知れんのだ。人払い済みのシガンシナ区以外に我々を収容できる場は無かろう。……何より、幾人もの仲間に背中から銃口を向けられては為す術は無い」
「お許し下さい司令殿……息子共々あのワインを口にしてしまいました……」
「いつから裏切っておった?」
「答える必要はありませんよ」
「お許しを……!!」

 左腕に赤い布を巻きつけた駐屯兵団員は本当に上官でもあるピクシスに銃を向けなければならない状況に追い込まれた事を自ら招いた原因に対し申し訳なさそうにピクシスに従わざるを得ない状況に追い込まれた事に後悔しているようだった。

「どうやら……より早く寝返るほどより良き立場につけるらしいのう。誇らしげに巻きつけておられる腕の白い布はイェーガー派だと顕示する勲章じゃな? ならば赤い布はワインを飲んだ上で脊髄液を服用したと知らされ、さらに同じ仲間である我々へ銃を向けるようお主らたちへ服従を強いられた者か……。そして。まんまとワインを飲み何も知らされなかった大半のマヌケは黒い布が目印とな。マーレとやり方が似ておるのぉ……お主らの生まれ故郷もこのようにしてマーレに支配されたのではないか?」
「……敵から学ぶことは多い」
「敵の増やし方も学んだようじゃのぉ」
「味方になることを拒んだのはあなた方ではございませんでしたか?」
「果たして……端から毒を盛ったワインを振る舞う客人を信用しなかった我々は……賢明であったのやら、愚かであったのやら」
「あなた方は愚かにも賢明でした。最初から私達とジークをただ信じていればとうに世界は救われていたというのに」
「ん? 世界が救われると申したのか? これよりジークとエレンは接触し小規模の「地鳴らし」を発動させ、世界の国々に今後50年島には手出しできぬと思い知らせることが計画のはず。救われるのはこの島だけではないのか?」
「イェレナ?」

 これまで彼女と一緒に居たが、何かこれまでの計画とは話が違う、というような顔のオニャンコポンに、ピクシスたちもイェレナの口ぶりに誰もが彼女は一体何の話をしているのだ?と。違和感を抱いている。

「すべてが遅い。ジークは十分あなた達を待った。その慈悲に対しあなた達は寝首を掻かこうと応じた。ジークは世界を救う神でありますので。きっと、罰が下ることでしょう」

 イェレナが口にするの罰、それは既に自分達の内部を侵食し、いつどんな時どの場所でもこの島にジークが居る限り逃れられない支配を受けているという事だった。ジークが一言でも叫ぶのなら、その時、自分達は確実に人間ではなくなりその姿は消えて、そして違う生き物へ、巨人と化すのだ。
 イェレナ達と向かい合い、仲間達には銃を向けられ自分の人生で最後の食卓。そしてピクシスやナイルたちも皆、全員その腕には黒い布が巻かれ、いつ巨人化してもおかしくない彼らは地下へとそのまま幽閉されるのだった。

「それで……俺達はここで事の成り行きを見てるだけか?」

 同じくしてシガンシナ区へ連行されていたコニーたちも皆地下牢へ閉じ込められていた。だが、地下牢で在りながらも食器棚や温かい薪ストーブもあり、ニコロがやかんを沸かせてひとまず落ち着こうとサシャの父親が幽閉されているにもかかわらずいつものにこやかな笑みで皆を安心させようとしている。

「ふぇ、ふぇええん……」
「よしよし、泣かないでね、おねぇちゃんがちゃんと守ってあげるから!」

 双子を抱き上げ交互にあやすエヴァはすっかり落ち着いたのか。それとも自分達とは別の場所へ連れて行かれたガビが居なくなったことで明るいいつもの表情に戻っていた。だが、カヤは未だに沈んだまま、憧れていた自分を助けてくれたサシャを殺した元凶がガビだと知り、そのガビも自分達が大切な人を殺されたからやり返したと、憎しみで憎しみを繰り返す連鎖の中で生きている事を知り、その連鎖を自ら赦すことで断ち切ったサシャの父のその懐の広さの中でどうしてもガビを許すことは出来なかった。
 マーレ在住のエルディア人であるファルコもワインが混入したことでナイルたちと同じ地下に隔離されているようだった。

「どうぞ」
「どうも……」
「……アルミン。お前の「超大型巨人」の力で、ここから出ることはできるか?」
「……できない。この巨人の能力では、この街を吹き飛ばすことしか。「超大型巨人」はそんな器用なことはできないよ、エレンのようには……」
「で……お前は何でエレンにタコ殴りにされたんだ? そろそろ話してもいいだろ」
「ミカサをあまりにもひどい言葉で傷つけたから……許せない事を、だから僕から手を出して……殴り返された」
「は?」
「……ミカサを傷つけたって。あの野郎が、どんな風に?」
「……それは……、」

 ジャンにとってミカサがエレンに傷つけられたと知ると、とても我慢できなかった。一体ミカサにどんな酷い事を、傷を与えていたというのだ。
 ミカサがエレンを一途に見て来たように、ずっとミカサを見てきたジャン、そんなミカサの思いを踏みにじった言葉があるのなら、自分が許さないと。
 泣きはらした目をしたミカサの目を見れば彼女がどれだけの思いでエレンを想っていたのかそんな彼女の一途な思いをズタズタにエレンは。

「やめて……。もう、いい」
「……いや、よくねぇよ。ミカサ、どう傷つけられたのか話してくれ」
「……オイ。もう充分だろジャン。聞かなくてもだいたいわかるさ、ヤツは完全にクソ野郎になっちまったってことだ。一番大事だったはずの二人を……意味もなく傷つけちまうほど……操られているか、もう我を失っちまった。あの目を見ただろ、リヴァイ兵長がクソ野郎だというほどまでに、」
「……ヤツが正気だとしたら。何の意味もなくそんなことするとは思えない。何か……そこに奴の真意があるんじゃないのか?」

 その時、聞こえた足音に目を向ければ牢屋の外から靴を鳴らして男性陣よりも数倍上背のあるイェレナがやってきた。オニャンコポンとニコロレストランで一緒に働いていたグリーズも一緒に居るようだった。
 仰々しい挨拶をしたイェレナに対し誰もが彼女に対してこんな現況を引き起こした張本人を前にし、睨みつけた。
 そしてさっきまで行動を共にしていたオニャンコポンもイェレナの背後に居り、これまで協力してくれた彼もそっち側の人間だったのかと怒りを露わにしていた。

「お久しぶりです。シガンシナの英雄の皆さん」
「オイ……お前もそっちかよ!! ここから出せよ!!」
「俺を軟禁して散々連れ回しといてそれは虫が良すぎるんじゃないのか? ジークとエレンが接触を果たすまでここで大人しくしてろ」
「……お前」
「よかったな。イェレナ……上手く事が進んで気分がいいだろう。エレンはお前を介してジークの思い通りに働き、マーレを襲撃させ、ここエルディア国の住民の支持を得て、脊髄液入りのワインで兵団を支配しちまったんだからな。これでお前達はエルディア国と「始祖の力」を手に入れ、マーレを滅ぼして祖国の復讐を果たす。義勇兵がこの島に来た本当の目的だったんだろ?」
「……この島を発展させただろ。この100年遅れの未開の島を……」
「あぁ!?」
「お前らが快適に暮らすためだろ? 島の統治者になるお前らが……」
「騙された奴が負けた。たったそれだけのことだ、」
「グリーズ……俺達を売ってイェレナの召使いに昇格したみてぇだなぁ? このチクリ野郎」
「馬鹿か? 悪魔共に肩入れして裏切ったのはお前らだろ」
「何だと……?」
「悪魔の末裔の芋くせぇ女なんぞに鼻の下伸ばしやがって……」

 明らかにサシャを侮辱するようなその言葉に最愛の娘を亡くしてまだ日も浅いサシャの両親をはじめとする彼女と共に暮らしたブラウス家の皆の顔色が険しいものとなっていく。最愛の少女だったサシャを喪っても侮辱されたニコロは自分がマーレ人だとかサシャがこれまで自分が見下し差別してきたエルディア人だろうと関係ないと怒りを露わに鉄格子にしがみつき、これまでこの島のこの店で働いていた同僚だった男を睨みつけた。
 コニーとジャンもサシャを侮辱され怒りに震えている。だが、武器のない今彼らをねじ伏せる事も出来ない。

「殺すぞ!!」
「よせ……ニコロ!!」
「俺に毎晩あの女のことを聞かせやがって……あの売女(ばいた)が死んで正気に戻るかと思った俺がバカだった」
「てめぇ……今……何つった!?」
「わかるように言ってやるよ……あの売女は穢れた悪魔の――……」

 その時、イェレナが突然グリーズの頭を子供達も見ている前で撃ちぬいたのだ。人体急所でもあるこめかみを撃ち抜かれ倒れ込道を流して絶命したグリーズに悲鳴が反響した。エヴァは突然目の前で人が死んだことに対し完全い硬直しているのを見てミカサが慌てて戦いとは一番無縁の世界で生きて欲しいとブラウス家に預ける事を決めたリヴァイの判断を間近で見たのもありエヴァの目をそっと覆って抱き締める。

「キャアアアアアア!!!」
「……イェレナ!?」
「彼の非礼をお詫び致します」

 自分達へ攻撃するつもりはないのだと、仰々しくお辞儀して謝罪したイェレナに誰もが一体何がしたいのだと彼女を見ると、イェレナは決して自分達と敵対したいわけではないのだと。

「もうあなた方を悪魔と罵る輩はこの島に必要ありません。そして、信じて下さい。我々の真の目的はマーレへの復讐なんぞの空虚なものではありません。世界から憎しみの連鎖を断ち切り、エルディアとマーレでさえも救うことが目的なのです。あなた達に包み隠さず、すべてをお話します。世界を救うジークの秘策、「安楽死計画」のすべてを……」

 イェレナは一人椅子に座り、オニャンコポンと他の義勇兵たちが先ほど撃ち殺したグリーズの遺体を運び出す。
 長い脚を組み、イェレナはジャン達と向かい合って静かに話し始めた。
 今はここに居ない、エレンとウミにかつて話したその内容を、なぞるように。2人も自分達の計画に賛同して今、行動しているのだと。

2021.10.13
2022.01.25加筆修正
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