THE LAST BALLAD | ナノ
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

#131 No matter where you are

「お前……さっき俺からあのワインを取り上げたのは……俺達を……守るためか!?」
「……さぁ…何をやってんだろうな俺は……悪魔の島を調査して……世界を救うつもりだったのに……この島の人間は皆悪魔なんかじゃなかった、俺を救ってくれた、あの子が居る島の人間に、こんなことバラしちまったら……長生きなんかできねぇだろうに……。でも……ブラウスさん……あなたみたいにはまだ……俺は……なれないけど……これがせめてもの償いになれば……。子供を殺すなんて……どうかしてました……」
「ニコロ君……」

 ニコロは島で過ごすうちに芽生えた絆や信頼関係を大事にしてくれていた。だから悪役になってまで自分達を救い、そして敵国の人間である彼が島の人たちの優しさに触れ差別することなく料理を振る舞い純粋な気持ちで、この島の人たちと親睦を深めて来ていたのだ。もしこの事実を明かして罰せられても構わないと。
 ファルコの口を漱ぐだけでは心もとない、そしてハンジは皆に上着を脱ぐように指示し、急ぎファルコの全身を洗うように厨房へと連れて行き彼がどうかワインを口にしていないことを願うのだった。

 一方、別の部屋に隔離されたガビは宛がわれた丸テーブルに座っており、ミカサ、テーブルを挟んでアルミンがニコロに真正面からぶん殴られ鼻血を流すガビの鼻血が落ち着くのを見守っていた。太い血管を傷つけたが、かつてウミがライナーの膝を運悪く直撃し変形してしまった鼻のように大事には至らずに済んだ。
 ガビは不思議でたまらないと言った顔つきで二人に問いかける。これまで幼いながらもマーレの戦士候補生として壮絶な戦火を生き抜き時には殺して戦果をあげてきた自分には理解しがたい感情だろう、目の前にいる自分は仲間で在るサシャの命を奪った人間なのに、どうして誰も殺したりしないのかと。

「何で……私を守ったの?」
「特に……理由があったわけじゃない」
「あんた達の大切な仲間を殺したのは私……看守を石で滅多うちにしたのも私……もう一人の男の子・ファルコは違うから……ファルコは捕虜にしてほしい……だから、殺すのは私だけでもいいでしょ?」
「……殺さないよ」
「私を…殺したくて仕方ないんでしょ?」
「殺したくないよ……。もう……殺す殺すって……君はそればっかりだね……。「誰か」とそっくりだ……」

 とアルミンが口々にそう告げるガビに対してうんざりしたようにそう告げた瞬間、突然ドアが開かれて誰か入って来たなと顔をあげた瞬間、なんと、自分達が居た部屋にその「誰か」――現在脱獄中のエレンの姿が!!まさかのエレンの登場に驚くミカサとアルミンの表情はこわばっている。一番今会いたくて探していた人間が自ら姿を現すとは。

「エ……」

 その時、まるで静かにしろと言わんばかりに相変わらず何を考えているかわからない表情でバッとかざしたエレンの右手の平は真横に切れており、深い傷口からはおびただしい量の血が流れている。少しでも口を開けば、いつでも彼が巨人化出来ることを示唆しており、自分達はただ大人しく彼に従うしかないのだと悟るのだった。

 ▼

「わああぁ! ハンジさん!!」

 ハンジ達は別の部屋で裸にしたファルコが頭から浴びたワインにまみれた身体を洗っていた時、突然部屋の外からオニャンコポンの慌てたような声がした。

「どうした!?」

 聞こえたオニャンコポンの声にハンジが顔を覗かせると、そこでは銃を構えた兵士達がオニャンコポンを包囲していたのだ。そして、その中心に居たのは。

「な……!? フロック!?」

 そこにいたのは紛れもなく今回の騒動を起こした首謀者でイェーガー派を率いている親玉と言っても過言ではないフロックと、脱獄したりフロックに賛同し兵団を離反したその他の「イェーガー派」のメンバーだった。

「ハンジ団長。会えてよかった。あなたはジークの居場所を知っているはずです。そこまで道案内をしてもらいます」
「いや、我々は君達と争うつもりは無いって兵団からの申し出は届いていないのかい?」
「その申し出は断りました。我々は兵団と交渉しません」
「……な!! 聞きたいんだけど、教えてくれるかな。それは……何でかな?」
「エレンの判断です。ピクシス司令は我々に島の命運を委ねるような賭けをしない。我々を道案内する道中でエレンから「始祖」を奪う算段を立てるのに今頃大忙しでしょう」
「妄想が過ぎるよ。それとも……駐屯兵団内にいるお仲間がそう告げ口してきたのかな?」
「聞けば何でも答えてくれるほどの親切な部下に見えますか? それとも、あなたの部下ではないと示すべきでしょうか? そうなる前に、大人しくご同行願います」

 フロックはもうハンジを上死だと思っていない、現にその手に握られた銃はいつでもセーフティーロックが解除されており、何時でその銃で武装していない自分達の身体を撃ちぬける状態にある。

「(クソッ……何で俺達がここにいることが……)」
「な……!! グリーズ!? まさかお前がこいつらを呼んだのか!?」
「ニコロ……お前はエルディア人に入れ込みすぎた。いつかこうなる日が来る気がしてな。彼らとの連絡手段を教えなくて正解だった」
「お前ら……イェレナの指し金か!?」

 ニコロはショックが隠せないようだった。まさか今まで働いてきた仲間であるグリーズは既に自分を裏切りイェレナ側に招き入れられていたことに。イェーガー派に協力して居場所を漏らした事。そして、自分だけがこれまで知らなかったのだと気付いた時にはもう既に自分のレストランは取り囲まれていた。
 ニコロはグリーズを信じてサシャとの甘酸っぱいやり取りの内容まで話していたと言うのに。まさかの裏切りに動揺を隠せない。マーレ人であるグリーズはエルディア人であるサシャに恋に落ちたマーレ人のニコロを心底信じられないような目で密かに差別していたのだ。

「聞くんだフロック!! 私達は仲間同士で争い合っている場合じゃない!! ジークの脊髄液が混入したワインが!!! 兵団内で振る舞われた!! 我々はジークの計画に踊らされているんだよ!!」
「もういいですか? 後ろ手に縛りますが一発撃たないと従う気になれませんか? あぁ。あなた方一家も自由に帰すわけにはいかない。我々が拘束します」

 その銃は何と兵団組織とは何の無関係でもあるこの場に居たサシャの両親たちにも銃口を向けられている。

「クソッ……!! フロック!! これは本当に敵の策略と考えて可能性の高い話なんだ!!」
「だとしても馬鹿な憲兵共がよりでかいバカになるだけだろ? もういいですか?」
「は…!? 憲兵団が飲まされたとは言ってないぞ!? …まさか!? あんた達ワインのこと……知ってたの…!?」

 その瞬間、フロックは既にそんなことわかっていたと、イェレナと繋がった時点で掌握していたと言わんばかりの恐ろしい顔つきで、まるで本当に悪魔にでもなったかのように、人差し指を口元に当てニタァ……と、そう微笑むとハンジへ静かにとジェスチャーしたのだ。

「店内ではお静かにお願いいたします」

 と皆に言いながら部屋を出ていくフロック。愕然とするハンジを後ろ手に拘束し、ハンジはそのまま引きずり出されてしまった。

 ▼

 一方で、いつ巨人化してもおかしくない状況のエレンに脅されるがまま、真っ白な手ブルクロス、丸テーブルを囲んで座らされたアルミンとミカサに巻き込まれる形で座らされた全く無関係のガビは混乱していた。
 故郷を滅茶苦茶に破壊した因縁の登場、だがその因縁はいつ巨人化してもおかしくない状況。
 彼の手のひらからボダボダと滴り落ちる赤がそれを物語る。
 このレストランで彼が巨人化すれば自分達は勿論、自分を庇い倒れてジークの脊髄液入りのワインをもしかしたら咥内に飲み込んでしまったファルコも巻き添えを喰らう。
 復讐の敵を前にあのレベリオでの惨劇を思い出し自分はただ従うしかないのだと痛感させられた。
 ガビも巻き込まれる形で座ると、エレンの手のひらから滴る血が真っ白なテーブルクロスをどんどん汚していく。まるで血の海のように。
 突如ドンドンとドアを叩くノックの音。耳をすませば聞こえたのは慣れ親しんだシガンシナ区決戦の時から共に生き残りこれまで戦い続けてきた仲間であり、そして今はイェーガー派として自分達と敵対し、エレンに徹底的に味方するフロックの声が聞こえたのだ。

「先に行くぞ」
「ああ」

 そしてエレンに言われるがままに全員両手をテーブルの上に置くよう指示し、そのまま手も足も出ない緊迫した空気の中でアルミンはエレンへ訪ねる。
 ここに関係ないガビまでもが突然の幼馴染のレストランでの何の食事も無い会談に巻き込まれ、突然のエレンの登場、殺したくて仕方なかったはずなのに、いつ巨人化してもおかしくない状態で突如姿を見せた本人を前にすると、レベリオでの惨劇を思い出し、足がすくんでとても逆らうことなど出来ない。丸腰の自分はこのままただエレンに従う事しか出来ない。
 そして、エレンもそんなガビの存在をしっかり認識していた。そう、サシャを殺した因果。ガビの放ったライフルが彼女を貫いた事を。

「あの声はフロック? フロック達と来たの?」
「あぁ……。幼馴染のお前らと……話がしたくてな。静かに話したい……。エルディアの問題を解決するのに、争いは無用だ。ハンジさん達なら大丈夫。ここから移動してもらっただけだ」
「エレン、君と話がしたかったのは僕らの方さ。ただエレンの考えていることを知りたかった……。どうしてマーレ襲撃に至る選択をしたのか……本当に……ジークやイェレナに懐柔されてしまったのか……ウミは、どうしたの? エレン、君は彼女に、何をしたの?」

 マーレでかかわりのあったことは理解している。だが、エレンは何も答えず沈黙したまま、やがて重い空気の中でそれ以上に重い悲壮な決断をしたかつて自由を渇望していたあの日の少年はまるで変わり果てた低いトーンの声で答える。
 暫く合わない間に背も髪も伸び、それに声もすっかり大人の男性へと近づきつつあるようだった。

「……オレは自由だ」
「……え?」
「オレが何をしようと、何を選ぼうと。それはオレの自由意志が選択したものだ」
「鉄道開通式の夜にイェレナと密会したよね? その後のエレンの行動もエレンの自由意志なの?」
「そうだ」
「いいえ。あなたは操られている……! あなたは敵国とはいえそこに住む関係ない人や子供を巻き込むような人じゃない! そして、誰よりも私達を思い、大切にしてきたのがあなた……!! だってそうでしょ? あの山小屋で攫われた私を助けてくれたあなたは……マフラーを私に巻いてくれたのは……あなたが優しいか「手はテーブルの上に置けと言っただろ」

 エレンのあまりにも虚ろで、ここではないどこかを見つめているような冷たい視線がミカサに痛いくらいに突き刺さる。
 どうして彼はこんなに変わり果てたのか、ミカサは今にも泣きそうな悲痛な顔で思わず立ち上がり、彼にこれまでどれだけ自分がその優しさに救われてきたのかを説こうとしたが、零度の冷たい声によってミカサは悲し気に目を伏せると再び椅子に座り、手をテーブルに置く事しか出来なかった。

「オレはレベリオに潜伏しウミと接触した。ウミから協力を得て、ジークと話をした。それこそ、兄弟水入らずでな……。その時に色んなことを学んだ。ウミの事も、ジークはマーレが知る以上の知識を手にしている。アルミン。お前はまだアニのところに通っているだろ?」
「……! な、何を」
「それはお前の意識か? それともベルトルトの意識か? 人を形成する要因に記憶が大きく関わるのなら、お前の一部はベルトルトになっちまったんだよ。敵国兵に恋心を抱く敵国兵の一部が、お前の判断に少なからず影響を及ぼしている。「九つの巨人」を有するエルディアの参謀役にな。敵に肩入れする以前のお前は今みてぇな甘っちょろい奴じゃなかった……。必ずオレ達を正解に導く決断力を持っていたのに……。今じゃ二言目には「話し合おう」だ…結局クソの役にも立っちゃいねえ。アルミン……お前の脳はベルトルトにやられちまった。敵に操られているのはお前の方だろうが……!」

 アルミンは自覚が無いままにベルトルトを捕食したことで自分は支配されてしまったのだとエレンに指摘されるが、自分でもその自覚は無く、エレンは自分だけが知ってしまった事実、それを知らない二人がどれだけ呑気で幸せなのかおめでたいのかとつらつらと述べる。真実も嘘も何もかも織り交ぜながら大事な幼馴染の2人にさえ言えない秘密を抱えてエレンは敢えて二人をもう二度と戻れない場所へと突き放す。

「エレン! あなたは!!「ミカサ、お前もだ」
「え――……?」
「無知ほど自由からかけ離れたもんはねぇって話さ。アッカーマン一族のこともそこで知った。ミカサ……。お前が強ぇその理由だよ。結局のところ、マーレの学者も未だに巨人のことは殆どわかっていねぇが、エルディア帝国がその長い歴史の中で「ユミルの民」を弄くり回した結果、偶然できたのが人の姿のまま、一部巨人の力を引き出せるアッカーマン一族だ。ウミの一族、かつてのジオラルド家が巨人科学を研究するうちにそもそも作り出した存在らしい。だからウミもいつでも自由にその能力を引き出せるって事だ。何でも……アッカーマン一族はエルディアの王を守る意図で設計されたもんだから、その名残で誰かを「宿主」と認識した途端、血に組み込まれた習性が発動するって仕組みだ。つまり……――お前がオレに執着する理由は、アッカーマンの習性が作用しているからだ。オレ達が出会ったあの時、お前は死に直面する極限状態の中でオレの命令を聞いた。「戦え」と」

 かごの中の鳥はかごの中に居られれば良かった。かごの外を求めた鳥はやがて事実を知り、不自由が何よりの自由だったと、知るのだった。

 ――「その時、思い出した。この光景は今までに、何度も、何度も、見てきた」
「いつだって、目に入っていた。でも、見なかったことにしていた。そうだ……この世界は、残酷なんだ。その瞬間、体の震えが止まった。その時から、私は自分を完璧に支配できた。何でも出来ると思った」
 ――「戦え!! 戦うんだよ!! 勝てなきゃ……死ぬ……勝てば生きる……戦わなければ勝てない……」


「そういった諸々の条件が揃うことで、アッカーマン一族の血に秘められた本能が目を覚ますらしい。極限まで身体能力が高められるだけでなく「道」を通じて過去のアッカーマン一族が積み重ねてきた戦闘経験までをも得ることができた。「あの時オレを偶然護衛すべき宿主だと錯覚したことでな」
「……違う」
「違う? 何がだ?」
「偶然……じゃない……!」
「あなただから……! エレンだから……! 私は強くなれた。それはあなただから……!」
「力に目覚めたアッカーマンは突発性の頭痛を起こすことがよくあったらしい。本来の自分が宿主の護衛を強いられることに抵抗を覚えることで生じるらしいが……心当たりは?」

 その言葉にミカサはこれまでに何度か自分を襲って苦しめてきた原因不明の頭痛を思い出していた。
 何度も何度も不信感を覚えては心配したウミに病院で診てもらおうと提案を受けつつも原因を見つける事は出来ず、過去の記憶が引き金となりトラウマとして刻まれてそれがこうして頭痛として現れているのだろうというそれは結局原因不明のままの曖昧な回答だった。
 ミカサはエレンの指摘を受け違うと懸命に否定した。この頭痛がエレンを守る意思と反しての抵抗だと信じたくはなかった。
 ミカサは否定したかった、エレンが好きで好きでずっとエレンだけを見つめ続けてきた、エレンが他の女性と少しでも親しくするだけで感情に乏しい自分でも明らかに嫌悪感を抱いたから。この気持ちも、嘘だというのか。
 ただ――、自分はエレンの傍に居られるだけで幸せだった、それだけでどんな巨人だろうと敵だろうと、この手を汚すことさえも、厭わない。何でもできたというのに、この感情さえも、嘘だというのだろうか。

「……ない」
「……要するに本来のミカサ自身は9歳を最後にしてあの山小屋に消えちまったんだよ。アッカーマンの本能に忠実なお前を残してな」
「……違う……私は……あなたと!」
「本来の自分を失い、ただ命令に従うために作られた一族。つまりは奴隷だ「エレン!! やめろ!!」
「オレがこの世で一番嫌いなものがわかるか? 不自由な奴だよ。もしくは家畜だ」
「エレン!!」
「そいつを見ただけでムカムカしてしょうがなかった。その理由がやっとわかったよ。何の疑問も抱かずただ命令に従うだけの奴隷が見るに堪えなかった。オレは……ガキの頃からずっと……ミカサ。お前がずっと……」

 ――「あなたが憲兵団に行くのなら私も憲兵団に行こう。あなたが駐屯兵団に行くのなら私もそうしよう。あなたは私といないと早死にする」
 ――「私には……この世界に帰る場所がある。エレン……あなたがいれば私は何でもできる」
 ――「私はただ、そばにいるだけでいいのに」
 ――「私が尊重できる命には限りがある。そして…その相手は6年前から決まっている」
 ――「私と……一緒にいてくれてありがとう。私に……生き方を教えてくれてありがとう。私に……マフラーを巻いてくれてありがとう」
 ――「頭痛? アッカーマン一族に特有の疾患があるなんて、巨人学会やクサヴァーさんからも聞いたことないな。記録じゃ生存本能が刺激された時、アッカーマンは力に目覚めるってことが多いようだが……宿主? を守る習性? そんなものないと思うぞ? つまり、そのアッカーマンの女の子が、お前に向ける好意の正体を知りたいんだな? 俺が思うになぁエレン。その好意には、正体も習性もやむにやまれぬ理由もない。ただお前のためなら巨人をひねり殺せるくらい、お前が好きなだけだ。お前はどう応える?」
 ――「何言ってんだ兄さん、オレは長生きしてもあと四年しかないんだぞ」

「……大嫌いだった」

 震えるエレンの拳に力が入っていたことを二人は知らないだろう。エレンは敢えて、大嫌いだと、はっきり決別の意味も込めてこの言葉をミカサへ突きつけたのだ。
 これまでエレンの存在があったから生きて来た、どんな危険にも顧みずにエレンを守るため戦い続けてきたミカサにとって、その言葉がどれだけ彼女の思いを踏みにじるもので、そして彼女のアイデンティティを根底から崩したのだった。

 エレンはこれから「自分が起こすこと」についてそのために、自分をずっと思っていてくれていた、歳を重ねる度どんどん美しくなる恋しい少女を目の前で見つめられることが出来ない未来が決まっている。だからわざと突き放すために嘘をついた。
 彼女にはこれから先も何年も長生きしてほしい、自分の居ない未来を。だからこそエレンが出来る精いっぱいの不器用な嘘を残して――。

 ピクシスがイェレナと話していた時に気付いた通りに、エレンもそう、真実と偽りを織り交ぜながら。
 エレンはミカサに今までにない声で冷たく言い放つ、本当は自分の為に危険な道を選び女であることより傍に居る事を選んで何処までも一途についてきてくれるミカサに次第に行為を持ち始めていたことに気付いた時にはもうすでに手遅れで。
「俺に執着するのはアッカーマン宿主を守るという習性」からであり、それは「好意」ではない、そして、そんなお前が俺は大嫌いだ、とまで付け足してまでミカサのこれからの未来に居られない自分ははっきり言い切ったのだ。
 エレンからの明らかなる拒絶の言葉、ミカサは落雷を受けたように全身から浴びせられた言葉にただ、ただ、ショックを受け。
 いつもどんな時も冷静で、エレンにまつわること以外には感情を表に余り出さない少女はそのエレンからの言葉にこれまで胸に秘めていた思いさえも全て否定され、その淡い感情は砕け散り、じわじわと目に大粒の涙を浮かべ、声もなく涙をはらはらと流したのだった。

「うう……」
「(いいんだ、これで、良い……ミカサ、お前は、俺以外の男と、幸せになる未来を歩んで行って欲しい、)」

 涙を流すミカサへ、エレンは更に止めを刺した。もう既に、決別したはずの思いを持ち出すことで、更にミカサを突き放すべくあまりにも苦しい、それは己の思いを壊して身を裂くような優しい嘘、だった。
「だから、オレはそんなお前よりも、――ウミが好きだと、そう言ったんだよ。結婚してようが、俺の思いはガキの頃から、ずっと変わらねぇ、そもそもオレは先にウミと出会ってたんだからな当然か。あいつはお前と違って「エレン……――!! よくもミカサを!!」

 あまりにも許せないその発言に対し、アルミンは怒りのあまり堪え切れず、エレンに向かって拳を降りぬこうとした。その瞬間!!
 ダァン!!と音を立てて、アルミンの身体は真っ白のテーブルクロスに叩きつけられていたのだ。一体なんだとアルミンが顔をあげれば、自分の腕を掴んで取り押さえていたのは、本人も自覚が無いままアルミンをテーブルに叩きつけていたことを知りハッと、慌てふためくミカサの姿があった。

「……ミカサ?」
「……あっ!!」

 アルミンはミカサの顔を伺うと、ミカサの目にはアルミンをテーブルへ叩きつけた拍子に浮かんでいた涙がアルミンを取り押さえた衝撃ではらりとまた零れ落ちた。
 大好きで仕方なかったエレンへ向けるこの感情さえもこれまでの強さの源、エレンが傍にこれからも居られるように願ったのに、アッカーマンのせいなのかと、自分の身体に流れる血が、そうさせるのかと。

「ウミには、リヴァイ兵長がいるじゃないか! まさか、それもアッカーマン
 のせいだと言うの? ウミもリヴァイ兵長に支配されていると!! 愛じゃなくてただの奴隷だって!? あの結婚式を見てもそう思うの!?」
「それだ、ウミの母親もアッカーマンだったが、その血はより濃く強い血を持つ本家のアッカーマン家のリヴァイ兵長に従うように出来ていたんだよ。ウミはリヴァイ兵長の奴隷だったから、オレが救ってやったんだ……。目を覚まさせてやった。ウミでさえも気づいてなかったんだよ、リヴァイ兵長に支配されていることにさえ気づかずに純粋に愛していると……。お前もそうだ、ただそうやってアッカーマンの血が反応するままに生きてきた」
「ち……違う……私……は……それに、ウミも、心からリヴァイ兵長を愛している、それを間近で、見て来たからわかる。二人は、主従関係なんてない……ただお互いが、お互いを」
「あの二人のどこが、愛し合ってるんだよ。ウミはただいい様に理不尽に兵長の欲求をぶつけられる道具に利用されて、アッカーマンの血を絶やさない為にと、ただ子供を産まされてるだけじゃねぇか……俺は、そんなウミを、救ってやった、目を覚まさせたんだよ、リヴァイ兵長にまるでいいように扱われて、抱かれてることで愛されていると錯覚していたのを俺が目覚めさせてやったんだ、」
「どういう、事だよ……」

 ――「(ミカサ、オレの事なんか、さっさと忘れて、そんで生きていけ)」

 エレンは今一度自分へ問いかけるのだ。これからの事も、それからの事も何もかもすべて。一切の望みを捨てる事を。全ては未来の為なんだ、仲間の為なんだと、そう言い聞かせて。
 そして、その自分に賛同してくれたウミだからこそ、自分は。あぁ、これ以上はもう、誰か自分の口を封じてくれと、そう思う自分が確かに存在しているのに。
 ミカサが泣いている、その顔も美しいと、心の底からそう思う。彼女は見ない間にまた輝きを増した、そんなミカサをとても美しく感じる。これからも彼女は輝きを増して、きっといつか、自分ではない誰かと歩んで幸せになって欲しい、そう心から願うから。だから、自分は今一度ミカサを傷つける、精いっぱいの嘘で、消えない傷を刻んでしまおうと。

「だから、分かんねぇのかよ。マーレで、俺とウミは」
「エレン……それが、どういう意味なのか、君は分かって言っているの??」

 アルミンの顔には明らかな怒りと、嫌悪感が浮き出ている。ミカサだけでは足らず彼はウミの一途な思いを、踏みにじったのかと。その怒りの矛先を向けているのは紛れもなく目の前のエレンに対しての怒りだ。

「お前だって、一度は想像したことあんだろ、ウミが脱いだらどんな身体をしているか、服の下をよ、その通りの事をマーレで俺は実行しただけだ」
「なっ、エレン!!」
「そんで、それをウミが受け入れた、それだけの事だ、一度だけじゃねぇ、オレはウミと……。ミカサ、つまり、お前はただ、それだけ――なんだよ、お前を見てもオレはお前を何にも思っちゃいねぇ、まさか家族と「そういう関係」になろう。だなんて微塵も思わねぇだろうが……」
「っ、あっ……うっ、ぅうう……」

 もう、堪えられなかった。自分のエレンへの思いを知りながら応援してくれていたウミさえも、自分を欺いていたのかと。
 ウォール・マリアが陥落し、故郷を奪われ開拓地へと送られ自分達を養うべく様々な苦労をしてきたウミが、リヴァイと結ばれ、結婚式を挙げ誰よりも幸せそうに真っ白なドレスに包まれながらようやく幸せになれると思っていたウミが。
 突然人が変わったようになり、そのまま島から姿を消し、マーレの貴族として生きていたこと、そんな中でエレンを手引きしたのがウミだったなんて。考えたくもなかった。これ以上は、もう受け止めきれないと、ミカサはガクリと膝をついて黙り込んでいた。

 本能がエレンを守ると脳内に刻まれているミカサがショックを受け、自分を取り押さえている拘束が、彼女の見かけよりも重量のある体重に伸しかかられていた拘束から抜け出したその瞬間、アルミンがテーブルを倒しながら繰り出した右ストレートでミカサを口々に追い詰めるエレンを黙らせるべく、振り上げたのだ。
 そして、そのまま怒りに身を任せたアルミンのありったけの力で込められた渾身の一発が恐ろしい顔でミカサを責め立て傷つけ、一途なその思いを踏みにじったエレンへ命中し、エレンはそのまま派手に吹っ飛んだ。
 エレンと出会い、これまで長く共にしてきたが、訓練でも二人がこうして面と向かって殴り合ったことなど無かった。喧嘩でもいつも口で対抗していたアルミンが初めて会話を止め、拳を使って感情をぶつけてきたのだ。アルミンの顔は今まで見た事が無い位激昂し、ミカサを傷つけたエレンに対してのこれまでのミカサの思いを知る激しい憎悪に燃えていた。

 ミカサのエレンへの一途な思いをこれまで長い間傍で見つめ、見守って来たアルミンにはエレンのミカサのこれまでの思いを踏みにじる様な発言は到底許せなかった。
 ミカサの頬を伝い流れ落ちる雫、これまで悲しみや怒りを押し殺しエレンの変化に不安でいっぱいで憔悴していたミカサのそのはらはらと流れ落ちた涙を見てエレンは許せない気持ちでいっぱいで、とうとうそれが激しい嵐のようにエレンを責め立てた。
 これでもう四人で支え合い生きて来たかつての記憶さえも何もかもが粉々に破壊された。

「ぬううううううっ!!!」

 アルミンに殴り飛ばされて仰向けに椅子ごと倒れ込むエレン。だがその表情に変化は見られない。恐ろしい位の無表情で。エレンはぶん殴られるとゆらりと起き上がる。再び殴りかかってきたアルミンの拳などエレンにとっては痛くもかゆくもないと。その目が訴えている。
 殴りかかってきたアルミンの拳を交わすと、エレンはそのままアルミンの顎へカウンターを浴びせ、ぐらついたアルミンの胸ぐらを掴んで背後の業かな皿やワイングラスの飾られた棚へと勢いよく突き飛ばしたのだ!

「イェーガーさん!!」

 アルミンの怒りに震える声が響き渡り、エレンはそのまま顔面を殴られた拍子に鼻から血が垂れ落ちた。突き飛ばされ皿やグラスが音を立てて割れる。
 拳を構えたアルミンはまだ殴り足りないと、対話でこれまで問題を解決してきたアルミンの本気の一発はまた繰り出される。一発ぶん殴ればすっかり人が変わったように闇に堕ちたエレンが今一度、目を覚ますのではないか、そのあまりにも深く昏い眼差しを見て信じられない重いと、許せない気持ちが溢れる。

 一体何事かと聞こえた激しい喧騒に見張りのイェーガー派の人間が猟銃を構えながら部屋へ入ってくる。エレンはアルミンの全力で殴られたにもかかわらず相変わらずの読めない表情のまま静かに答える。

「何でもねぇ。なぁ、アルミン……」

 立ち上がったエレンはふらつきながらもようやく立ち上がるが、足元がおぼつかないアルミンは何も答えられない。

「なぁ……アルミン。お前とは昔から喧嘩したこと無かったよな」
「クッ――」
「何でかわかるか?」

 ふらつき口元からは血を流しているアルミンへ向かってエレンはアルミンのパンチを避けつつ自分の拳で容赦なくアルミンを殴り飛ばしたのだ!!

「お前とオレじゃっ、ケンカにになんねぇからだよっ!!!」
「ッ――……」
「やめて……」

 それが、決定打だった。
 エレンに完膚なきまでにボコボコにされ顔中からおびただしい量の血を流して力なく突っ伏して前のめりに床に倒れるアルミン。その最後にエレンがアルミンの腹へと容赦のない止めの膝蹴りを入れたのが決定打だった。もう、昔の無邪気だったあの頃には戻れないのだと、変わり果てまるで別人のようなエレンに対して。

「……もう……やめて」

 床に倒れたまま動かないアルミンのボロボロに傷ついた姿に言葉で心を傷つけられたミカサは涙を流していた。

「最初に言った通り、お前らがジークの居場所を教えるってんならオレ達は争う必要はねぇ。だから大人しく付いてこい。オイ、連れて行け」
「はい」
「サシャを殺したガキもだ」
「ッ……」

 ガビも必要だとエレンは彼女を部下に命じて連れて行かせると、最後までアルミンはエレンを睨んだまま彼を軽蔑の眼差しで見つめていた。

「…それで? 結局何が…言いたかったんだよ…? ミカサと、リヴァイ兵長からウミを引き離してそれで、傷つけることが君が求めた自由か…? …どっちだよ? クソ野郎に屈した奴隷は…」
「ッ……誰が…奴隷だ」

 ミカサに支えられながらゆらりと立ち上がったアルミンがエレンを睨みつけ、いつものように「暴力」でははかなわないエレンに対し「言葉」でエレンへそう吐き捨てると、まさにその言葉にエレンの心は激しくゆれ、そしてエレンはアルミンを睨みつけた。
 アルミンは最後まで喧嘩を続けていた。そしてエレンは言葉でアルミンに敗北するのだった。
 かつて壁の外へ自由を渇望していたはずの少年だったエレンだが、今の彼はまさにその言葉が相応しい存在へと成り果てた。

「行くぞ」
「どこに?」
「始まりの地。シガンシナ区に」

 アルミンの問いかけにエレンが冷たくそう、答えた。そこで始まる惨劇に誰も気付きもせず、役者たちは続々とシガンシナへ向かう。
 そう、すべてはここから始まった。

2021.10.12
2022.01.25
prevnext
[back to top]