THE LAST BALLAD | ナノ
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#129 赤染る

 フロック・フォルスターを含めた100名あまりもの兵士達が檻の中から看守ごと姿を消した事により、兵団内は混乱を極めていた。
 そのすべての兵がエレンの脱獄と同時に離反をし、また椅子に仕掛けられた爆弾により爆殺されたダリス・ザックレーの殺害も間違いなくその者達が起こした事件の犯人である。
 残された兵団組織は今ではかつて自分達が追い込んだ旧王政と同じ道をなぞっているようだった。
 何時までも平行線のまま、島は何も変わらずに終焉を迎える事になる。エレンを閉じ込めたまま一カ月も経ち、とうとう動き出した彼らは反兵団破壊工作組織イェーガー派と呼ばれることになる。
 エレンを中心とした兵団組織の変革を彼らは求めて行動している。この島を救う唯一の方法を知るフロックはエレンという名の悪魔をこの島に解き放つことを決めた。
 イェーガー派の目的はジークとエレンの接触を果たすこと。それを叶えるために。

 そんな揺らぐ島で、女たちは一人の男を巡り愛憎を渦巻く修羅場と突入していた。愛する者を侮辱され心臓を打ち抜かれた怒りが抑えられないまま爆発した。大衆の為ではなく、ただ一人彼の為に捧げたこの心臓を。こんな形で。
 ウミが踏み抜いた怒りの咆哮は轟いてこれから恐ろしい事に見舞われる災厄の島を揺らした。

 同じ知性巨人、それを感じ取ったエレンは手引きを受け脱獄した。自分はヒストリアの手を取った。勲章授与式の時から始まった運命を受け入れ、父であり先代の「進撃の巨人」でもあるグリシャを通じて、目にした未来、それは自分が起こす紛れもない事実。
 それを目の当たりにした彼はもう二度と笑う事が出来なくなってしまった。海を見ても、ただ広がるのはこの海の向こうに広がる自分たちの破滅を望む怒りの声。哀愁を織り交ぜた悲しい少年はやがて決意を秘めた青年へと姿を変えた。
 自らの成すべき運命を受け入れて。

 この先の為に。苦労の甲斐あって「戦鎚の巨人」を捕食して手にした自分は巨人化により頬に刻まれた筋組織の痕が巨人化を繰り返し、自分の余命が削られている証だと感じていた。
 巨人化の代償で焼け落ちた服を脱ぎ捨て、協力を得ながらも牢の壁をぶち破り、更に追手が来ないように退路も塞いで。
 ウミもこの島に、思い出に未練が残るのを無理やり振り切り、思い出の城を破壊したように、エレンも戻れない道を進む。
 その顔に悲しみは無い、それでも戦わなければならない、自らにそれを課して、そして自分は髪をくくったのだ。決意を露わにするかのように。

 素足で自分が生まれた島の大地を闊歩する。少年で、自分よりもリヴァイのような完全無欠の兵士に憧れていた時より一回りも分厚くなった筋肉質な上半身、伸びた背は確かに自分をどこか影を帯びた青年へ姿を変えた。その姿をさらけ出しながらエレンは荒野を歩んでいた。

 そんなエレンの進行方向の先で待っていたのは自分と運命を共にしてくれるこの島を盛らんとする為に自分がこれから行おうとする恐ろしい事にも賛同した同胞たち。
 全員武装済みで自分の賛同者であり後に続く仲間。
 今の兵団組織を破壊すべく結成された後に「イェーガー派」と呼ばれる者達。その中にはエレンと同じ104期卒の同期達、あの時、一緒に土地を奪い返そうと誓い合った仲間ダズとサシャに命を救われたサムエルの姿もある。
 こんなにも多くの者達をフロックはこの数カ月で秘密裏に集めたのだ。主に自分が所属していた元駐屯兵団から引き攣れた兵士の顔ぶれも多い。このマーレの報復が迫っているエルディアを救うのはエレンだと。

「多いな、何人いる?」
「ここにいる者以外にも俺達を懲罰房から逃がし、今日ここで落ち合うようお前に伝えた看守も仲間だ。ウミを古城から逃がした者もいる。俺達に賛同してくれる味方は兵団内に多く潜んでいる。ダリス・ザックレーを爆弾で吹き飛ばした者もいる。やっぱり兵政権はお前の「始祖」を都合のいい奴に継承させるよう進めた。そんなことしてどうするんだろうな。このエルディア帝国を救える奴はお前しかいないのにな。エレン・イェーガー」

 フロックはそっと上半身裸のエレンに用意した服を差し出した。オレンジ色に暮れなずむ美しい空、紫色に次第に暗くなり今日がまた終わり、明日は革命の時。
 美しい夕日を浴び、エレンは裸に翻した衣服を身に纏い、巨人化の証。頬の筋組織の痕を残した顔は自ら起こす死よりも重い運命と戦う決意に満ちており、決してその決意が折れることは無い。

 エレンが決めた決意を誰が止めることが出来ようか。彼の思いの深さ、それゆえに汚した数えきれない命をこの足で。
 ミカサとアルミンでさえも止められない。

 ――「オレはお前らに継承させるつもりは無い。お前らが大事だからだ。他の誰よりも……だから……長生きしてほしい」
 ――「オレが死んだ後も、ずっとあいつらの人生は続く……。続いて欲しい、ずっと……幸せに生きていけるように」

 話し合いでは意味が無いことを知った。対話だけでは殺されてしまう。皆、みんな殺されて、そして死んでしまう。誰よりも大事で、誰一人犠牲にせずのこの島を守るには。ジークの方法では、それはただ僅かばかり存命を許されるだけ、それでは、ダメなのだ。自由を求めるがゆえに少年だった男は自らの運命を変えるべく歩み出す。

「ジークの居場所を特定する。ウミも向かう筈だ。合流する」

 目的の為に、今一度自分はこの島の悪魔になるのだ。そしてフロックはあの時シガンシナ区決戦で生き残った意味「悪魔をこの世に蘇らせる」その言葉に突き動かされていた。低い声でそう、呟いたエレンを話し合いで止める者はもう誰一人として、居ない。旧兵団組織に阻まれる前にジークとウミと、早く接触しなければ。

「――無駄にはしない。自ら犠牲となる事を望むお前がオレにくれた優しさも悲しみも一緒に、オレはオレの為すべき事を為す。ウミ、」

 彼女を、永遠に失うとしても、彼女の力が無ければ今の自分は無いのだから。自分がここで投げ出すことはすなわちそれは愛すべき家族も名誉も誇りも地位も投げ捨て、誰もが自分の決意に揺らぐ中、許してくれた、マーレに亡命したウミの悲壮な決意を全て無駄にすることになる。

 ――「オレは……お前の何だ?」
 もし、あの時の答えがまた違っていたのなら、叶うのなら、古城で過ごしたリヴァイとの願いを口にしたウミのように。
 自分も、ウミがリヴァイを愛し、リヴァイがウミを愛していたように、そんな二人のように。ミカサと、あのまま何もかも捨てて逃げてしまいたかった。
 だが、自分の見た未来それを果たさなければ、自分の寿命が尽きるだけ、誰も、幸せになれない、みんな死んでしまう。
 だが、もうそれは叶わぬ願いとなる。全ての運命はミカサに委ねられた。ミカサとウミが巡り合ったあの日から運命は始まっていたような。
 いや、いつからだ?もう思い出せない時間を過ごしてきた、ずいぶん長い道のりを歩んできた気がする。
 ウミと自分がいずれ島を守るためにこうなるのは最初から誰かに仕組まれていたかのような錯覚さえした。

 ▼

 エレンが脱獄し、その手引きをしたイェーガー派の中には調査兵団も含まれていた事でハンジはますます追い込まれていくことになる。リヴァイが居ない今、子の兵団の責任はすべてハンジが背負うことになっているのだ。
 かつてのサネスのように、もしかしたら今度は自分があの拷問を受ける番
 かもしれない。

「今回、直接の引き金となったのは兵団がエレンから始祖を移そうと画策していたからだ。我々に何の知らせもなく」
「知らせていればどうなるかぐらい見当がついたさ」

 調査兵団にとってエレンの存在は必要不可欠だった。そんなエレンをミカサは強く思っており、もしこのままエレンの巨人を誰かに移すこと、すなわちエレンが死ぬとなればミカサだって今ここに居なかったかもしれない。

「何より……イェーガー派の多くは調査兵団からだという。どう責任を取るつもりだハンジ団長」
「いくらでも処分は受ける。しかし今、私が兵団を退くことより無責任なことはない。それにイェーガー派はまだ、どの兵団に。どれだけ潜んでいるかわからないだろ」
「そうだな。俺の目の前にいるかもしれない。今お前らが自爆しても不思議じゃない」
「ローグ。バカなことを言うな」
「どうやって証明する? それができない以上は、お前ら調査兵団を野放しにしておくわけにはいかない!!」

 そうだ、エレンと一番共に行動してきたのは自分達である。だが、そんな自分達でさえ連がどうして今回このような独断での行動をしているのか、誰も理解出来ない、それなのにエレンと同じイェーガー派だと疑われているのは明らかで、今こうして内輪でもめている場合ではない、これこそイェーガー派の思う壺である。
 調査兵団と憲兵団で争う中、その中心には今回招かれたキヨミが居心地悪そうにその中心の椅子に腰かけその様子に黙っているが、そもそも彼女がイェーガー派を造った要因でもある事は誰も知らない。秘密裏にジークと接触し、資源不足に悩んでいたヒィズル国に希望をもたらす資源が眠るとされるパラディ島。
 その氷爆石のおこぼれを貰う、内心それを狙っていたキヨミはジークの申し出を受け入れこの島を訪れたのだ。

 扉を開かれた先に居たのはイェーガー派とのこれからの対処のために呼び出されたピクシスの姿だった。

「よさぬか。客人の前であるぞ。仲間同士でいがみ合うより先に、やるべき事があるだろう。ハンジ、ジークの拘留場所を知るものは?」
「現地で監視にあたるリヴァイと30名の兵士。そして補給と連絡を受け持つ3名。あとは私だけです」
「ならば、その3名をここへ。ナイル、女王の住処は安全か?」
「限られた者しか知りませんが、今一度確認します」
「エレンがまず狙うは、ジークとの接触。そしてヒストリア女王。まずはこのふたつの守りを万全の物とせよ」
「了解!!」

 動き出す兵団組織にアルミンがかつてトロスト区奪還作戦で自分達を導いてくれた唯一となってしまった上官でもあるピクシスへと今後自分達はどうイェーガー派と戦っていくべきなのかとその判断をゆだねるが、ピクシスの返答は意外な物だった。

「ピクシス司令!! 総統を失った今、我々を束ね統率することができるのは、あなただけです。何か今後の展望はございますか?」
「うむ。これはもう、わしらの負けじゃ。エレンに降参しよう」
「な……」
 兵団内部に敵を抱えといてはどうにもならんが、仮に徹底して敵をあぶり出すにしても、どれだけの血が流れることか。そんな愚行に費やす時間はどこにもない。多くの兵に兵団を見限る決断をさせた……我々の敗因はこれに尽きる」
「そんな!! 総統らを殺した連中に頭を下げるおつもりですか?」
「ザックレーとの付き合いは長い。革命に生き革命に敗れるなら、やつも本望じゃろう。何より、4名の死者はその弔いの代償にエルディア国の崩壊を望んではいないだろう」
「それではイェーガー兄弟に服従するおつもりですか?」
「服従ではない。イェーガー派にジークの居場所を教えることを条件に交渉を図る。我々は従来通り、地鳴らしの実験を見守り、これにエルディアの存続を委ねる。但し、我々の親玉を殺された件を、ここに不問とする。これで数百人、数千人の同志が殺し合わずに済むのなら……安かろう」
「それでは各員、取り掛かれ」
「了解」

 全員がエレンとジークの接触を止めるべく急ぎ行動を開始する中でピクシスは無言でその様子を見つめていたキヨミへ港での待機をお願いし、とても「地鳴らし」の実験どころではなくなってしまったことを謝罪する中で、キヨミは自分と同じ血が流れる将軍家の末裔の血を引いても居るミカサへ何かあれば自分達の船に逃げ一緒にこの混乱と間近に迫るマーレの報復で彼女が犠牲になる事を危惧していた。

「ミカサ様。何かありましたら、すぐに私どもの船までお逃げください」
「キヨミ様のお心遣い感謝いたします。しかしながら私はエルディア人ですので生まれ育ったこの島の行く末を見守りたいと思います。どうか私のことはお気になさらずに」
「何をおっしゃいますか!! 私どもがここに来たのは、あなた様のために……「地下資源がなくてもですか? この国の主導権を握るのが誰であろうと「地鳴らし」さえ成功すれば、というお立場ですよね」
「ええ。地鳴らしの力が本物でなければヒィズル本国からははしごを外されることでしょう。これまでの交渉は水泡と帰し、アズマビト家は最後を迎えましょう」
「でしたら、なおさら頼るわけにはいきません」
「激動の時代の中でアズマビト家は変じてきました。今や金勘定にあさましい女狐の汚名がとどろく始末と成り果てました……。ただ、ミカサ様の母君が残された一族の誇りまで失ったわけではございません! この国がどうなろうと、あなた様だけはお守りいたします」

 こんな状況下で自分だけが助かりたいと言う感情がミカサにある筈が無い。ミカサの頭の中はエレンへの疑問、彼の安否、彼ととにかく会いたくて会いたくて彼の事しか見えない。
 アズマビト家にとってもヒィズル国にとってもミカサの存在はとても重要である。だからこそ彼女の平穏を望み、いざとなればこの島の事は捨てるだろう。だが、アズマビト家はミカサの血筋と彼女の存在は重要であり損得無しにミカサだけは本気で保護するつもりだった。もちろん、ミカサをその申し出を断り、パラディ島の資源の見返りを狙っての行動だろうと、指摘するが、キヨミは純粋にミカサを心配しているようだった。しかし、その本心は彼女には伝わらない。ミカサはすぐに行動を開始した。今は止まっているよりも行動してエレンにもう一度会って話したい、その思いだった。

 外に用意されていた馬に乗り残された自由の翼たちはエレンの行方を追いかける。

「まさか総統を殺したエレンに協力するなんてな」
「まだエレンがやったと決まったわけじゃない……!」
「声が大きいぞミカサ。俺たちはイェーガー派じゃねえのかって疑われてんだぞ?」
「実際どうなんだよミカサ。おまえは?」
「私とアルミンはあの爆発に巻き込まれるところだったと言った。これでもわからないの!?」
「はあ?」
「やめるんだ……! ピクシス司令の言う通り兵団内での争いは自滅でしかない」
「ではすべてはエレンとジークに委ねることに問題はないとお考えですか?」
「いいや。それはよくない。この状況を踏まえた上でジークやイェレナによって仕掛けられた「保険」が効果を発揮してきている。そして「保険」は他にもまだあると考えるべきだ。私たちはこれ以上無様に翻弄される前にジークの思惑を明らかにしよう。もちろん私の早とちりならそれでいいんだけど」
「何かあてがあるんですか?」
「彼女が守ったマーレ人捕虜の労働環境が怪しい……例えば、レストランとか……」

 イェレナ達義勇兵を閉じ込めたが、そうなる事が最初から分かっていたかのように、お互いが実は最初から信頼関係など無かったのだ。
 秘密裏にイェレナ達はフロックたちを仲間にしていた。自分たちがいずれ拘束されて身動きができなくなったときに代わりにジークが望む「エルディア人安楽死計画」実現に欠かせない「始祖の巨人」の持ち主であるエレンや、その鍵を繋ぐ役割を持つウミ、島に帰還したら閉じ込められ、身動きが取れなくなった時の為に、影からエレン達の脱獄や合流を支援する勢力を作っていた。
 しかし、イェレナ達が用意する「保険」はそれ以上の「保険」だったのだ。しかもそれはもっと恐ろしい事態を引き起こすことになる、さらに、それはもう既に仕組まれていて。悲劇が加速していることに気付きもしないまま兵団内は混沌を極めたまま回り続けるのだ。
 イェレナとジークが繋がっていたこと、そして調査兵団から裏切り者を出し兵団内を混乱させそれに乗じてエレンと行動する以外にも思惑があったのだ。

 盲目なほどエレンに心酔するミカサはエレンがこんな行動を起こしてもまだ彼を信じて疑わない。しかし、そんなミカサに対し、自分達まで余計な疑いが欠けられると、すでにコニーはサシャが殺される因果を作り出したエレンに対し不信感を隠せないで居る。
 エレンを盲目的なまでに今も信じるミカサとの間に険悪な雰囲気が流れるのをハンジに宥められるが、誰もがエレンの脱獄、そして調査兵団から裏切り者が続々出てきて本当にジークたちの思惑通りに全ては順調に動き出す。
 馬に乗り急ぎレストランへ確かめに走り出す調査兵団達。そんな彼らが馬を走らせる勢いで立ち上る砂ぼこりさえも疎ましそうにする市民たち。
 かつて自分達が旧王政から本当の自由を取り戻し、そしてシガンシナ区決戦で取り戻し帰還したことで巨人に支配されていた壁の世界の呪縛を断ち切った自由への羨望の眼差しは消え、誰もがイェーガー派を支持する声で島は沸き立っているのだった。

「チッ。兵団のやつら騒々しいな」

 そんな大きく今までの体勢が崩れつつある兵団組織の混乱に乗じたかのように今回の件をまとめた新聞記事を読む涼やかな目があった。フードを深く被り、走り去ったアルミン達を見届けるかつて対峙した女、マーレで暮らすエルディア人であり、ジャン達の前に敗れ去り大怪我を負ったピーク・フィンガーだった。
 この混乱に生じて自身の持つ「車力の巨人」の能力でピークはポルコと共に見事にパラディ島への潜入に成功したのだ。
 マーレは確実にこの島への報復攻撃、紀州の準備の算段を整えつつあった。

 ――「獣の巨人の死骸を調べた結果、爆破され粉々になったジークの体が部分的に見つかった。だが、足りない。見つかる部位はどれも両腕、両足のものだ。我々を欺くために自らを亡き者と装ったのだ。ジークはパラディ島、敵勢力と手を組み、飛行船で逃げおおせたと見ている。この対人型に改良された立体機動装置にはマーレの技術が取り入れられている。逃走用に奪われた飛行船も、訓練を積んだ軍人でないとできない高度な飛行技術を見せた。おそらくは4年前のパラディ島調査船に同志を忍ばせたのだ。エルディア復権派の同志をな」
「クソ。ずっと一緒に戦っていたのに裏切者だったなんて、」
「当然このままで済ますつもりはない。今から半年以内にパラディ島に世界連合軍による掃討作戦を行う」
「はっ……半年ですか。ファルコとガビの救出も半年後でしょうか?」

 マーレの幹部は殆どが犠牲になり、大打撃を受けた中で傷を癒したピーク、ポルコ、ライナーとファルコの兄のコルトが集合して作戦会議を練っていた。ジークの「獣の巨人」の痕跡から彼がマーレを裏切り悪魔の住まうパラディ島へ亡命したことは既に見抜かれていた。
 自分達はまんまとジークに騙されたのだと。彼の手引きで死ななくてもいい多くの仲間達の犠牲にこれまで戦ってきたマーレの戦士たちは憤慨していた。

「あのふたりは、最も優秀な戦士候補生です。失えばマーレにとっても大きな痛手になるかと」
「次の戦士候補生の育成にも相当な時間がかかりますしね、」
「だが、マーレの力のみだけで今のパラディ島を攻めても以前のように返り討ちにあうだけだ。世界連合軍の集結を待つ」
「ジークもそう考えるでしょう。大打撃を受けたマーレ軍はすぐさま攻勢に転じることはないと。そして半年後に潰されるのを策もなしにただ待っている人でもない。世界連合軍を待ってはいられません!! 今すぐに!!パラディ島を奇襲すべきです!」

 ライナーの急かすような声に後押しされ、マーレは急ぎ装備を整え戦地へ向かう事に決める。
 自分の引き継いだ「鎧の巨人」を引き継ぐ人材に近い自分を目指しているいとこの声が聞こえた気がした。
 ライナーは不安でたまらない、あの島に居るまだ戦士候補生で幼い若き命が自分達よりももっとひどい目に遭っているんじゃないかと恐怖し早く助けに行きたいと、あの島がもうすぐ火の海に包まれる前に助け出したいと上官へ自分の立場を考えながらも現在エレン・イェーガーとジーク・イェーガーの思惑や身ごもったヒストリアを巡る獣巨人の後継者争いやエレンの巨人の力を奪う作戦、兵団組織、そして兵団組織の解体を狙う新しいイェーガー派の存在と、そして、幽閉されたまま仮初の夢を見る彼女の存在。かつてはひとつになった筈の島が今は分裂して揺れる内紛状態にあるパラディ島奇襲する計画を進言するのだった。

 もう昔のドベで役に立たないマルセルの真似事だった自分はいない、導き手が居ないのなら自分が今度こそ、マーレに、母カリナにとっての頼れる人間になるのだと。

「それならば、私にいい考えがあります。まずパラディ島を奇襲するのなら。私の「車力」とポルコの「顎」を使ってパラディ島内部の組織に潜入します」

 今まで何隻も沈められてきたパラディ島の警備はとても硬い、だが今帰還したばかりのパラディ島の警備もそう簡単に兵力を槍周することは難しい筈だ、何よりも自分の巨人は索敵が得意としており、あの壁も顎の力があればいとも簡単に登れるから恐らくはもっと簡単に侵入も出来るだろう。聡明なピークには考えがあった。仲間を殺された静かなる怒りの中、彼女もガビとファルコの身を案じていた。

 ▼

「来たぞ、ニコロ」
「あぁ……時間通りだ」

 そして、ハンジが目を付けたレストラン。そこではニコロが主に料理長として看板を背負いニコロ・レストランと親しまれていた。
 そんな彼が招待したかつて恋に落ちた島のエルディア人とマーレ人の自分。そんな亡きサシャの両親でもあるブラウス家とその中で逃げ込み何とか見つからずに孤児として成りすましているガビとファルコの姿もある。
 手引きしたカヤに助けられ二人はようやくそのレストランへと訪れたのだった。
 そして、両親が血を血で洗う悲しい宿命の森の中対峙していることも知らずに二人がお互いの未来の為にと残した小さく大切な命たち。ウミとリヴァイから生まれた娘と双子たちはそんな世情を忘れ平穏なままで初めてのレストランにはしゃいでいた。

「すごい建物!!」
「こんなとこ初めてだ……!」
「よかったなあ、お前たち」
「今日は、うんと食うときなさいよ」
「嬉しい、私ね、私ね、お子様ランチ食べたいの!」
「うん、うん、ようけ食べちお父さん帰っちきたら自慢しちゃ」
「うん、あぁ〜早くお父さん、お仕事から帰ってこないかなぁ。もう一カ月も会えてないよ。カイリとレイダもごはん何か柔らかいもの、出してもらおうね」
「エヴァもすっかり双子のおねぇちゃんだな、」
「うん!! とってもかわいい、私が守るの、この子たちを、お母さんがいなくたって、お父さんが忙しくても、私が居るから寂しくないよって、私がこの子たちのお母さんだよっ」

 潤んだ大きく優しい目を輝かせる二人の最愛の娘は、両親が今どんな状況か分かるはずもなく、ただ見上げたシャンデリアに父親と同じ色の目で眩い光を映していた。

「どげんしたかミア? ケソケソしてから」
「えっと……いや…」
「緊張しすぎだよミア」
「まったくどこの田舎から出て来たんだよ」
「ち、違う」

 本当にパラディ島へ来た際に捕虜になったマーレの兵士が居るのか疑わしいのか、なかなか中に入ろうとせずに様子を窺うガビが緊張しているとでも勘違いしたのか、彼女を笑う子供たちにガビも恥ずかしそうに否定すると、ガビはカヤへ呼びかけ、ファルコと3人で他の者達には聞こえないような子でひそひそと話している。本当にここに居るのかと。

「カヤ? 本当にこんなところでマーレの捕虜が働いているの?」
「本当だから堂々としててよ。兵士もよく利用するところなの、」
「マーレ人の知り合いができるだけでも心強いよ」

 やってきた人数が9人とさらにまだ硬いものが食べられないような双子の赤子たちもいる。若干多い事を気にしながらも店に約束通りに食べに来てくれたサシャの両親をニコロが嬉しそうに出迎えていた。

「ブラウスさん。ようこそいらしてくださいました」
「お招きいただきありがとうね」
「……これはまた……賑やかな人数ですね…」
「せっかくやから一緒に暮らす家族と来たよ。せっかく無料タダなんやから。悪ぃね」
「いえ……今日はお任せください! さ、どうぞ」

 タダと聞きつけたからには。ニコロと約束した気でいるサシャの父、さすが食いしん坊の娘がいるだけある、両親もそうなのかと苦笑いで答えるニコロ。だが、すぐに表情を変えて来てくれたお客さんたちをもてなしていた。
 そんなニコロを見ながらカヤはこそこそとガビ達に彼がマーレ人の捕虜だと教えていた。

「あの人がブラウスさんを招いたマーレ人のニコロさん。あの人を頼ってみて、」
「ブラウスさんは兵士でもないのに何でここに招待されたの?」
「言ってなかったっけ? お姉ちゃんはブラウスさんの娘で優秀な兵士だったの。狙撃が上手で、私もお姉ちゃんに助けられた・お墓に来てくれたニコロさんがお姉ちゃんがに食べてもらうはずだった料理を振る舞わせてほしいって」
「え……?」

 それを聞いて驚くガビとファルコの様子をカヤは知らない。そもそも、育った環境が違いすぎたのだ。マーレではエルディア人との間に子供を作る事はそもそも暮らしている生活が違う中で交じり合うなど、愛し合うなど言語道断だ。
 聞いたことが無い、マーレ人は自分達の間に流れる巨人化できるこの呪われた血が混じる事を恐れていた。
 だから、かつてその事実を知ったトム・クサヴァーの妻は子供とともに呪われた血を差別していた故に首を掻き切り自らの命を絶ってしまい、そして、ライナーの母親はライナーの父親でもある男に捨てられた。

 そんなマーレ人とエルディア人が恋に落ちるこど断じて許されないそんな厳しい状況下で生きるガビとファルコはカヤからニコロとサシャが恋人同士と聞かされ、本当に信じられないものを見るように、目を向けるのだった。

2021.09.27
2022.01.25加筆修正
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