THE LAST BALLAD | ナノ
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Side.L Jail deep forest

もし、今すぐにジークを殺していい、それが許されるのなら、この場で即刻手を下しているだろう。
 呑気に薪の中心で本を読みふけり、この島を救う人間として、至れり尽くせりのあの男を、この手で。何も躊躇う必要など無い、何も、そう、何も必要ない。
 そして、変わり果ててしまったかつて愛した女がどうして今ここに居ないのか、彼女を自分は閉じ込めたのか。
 それは悔いても止まらない過去の自分の罪。島を守る事が彼女を守る事に繋がると、そう信じていたのに。肝心の彼女を守り切れずに自分は彼女をまた戦いの渦中へ引きずり込んだのだ。
 もう戦わなくていい、そう、彼女の背中を押したのに。

 誓いの果てに待つこの男の首を斬る時が来ればと、願って止まない。そう決めた時、許されたその時、約束は果たされるだろう、かつて交わした盟友との誓いが。
 母親を想い、潤んだ眼をする息子の頭を撫で、大丈夫だからと、ようやく和解したまだ親の庇護元にあるのに島を守るために自分も戦おうと決意していた息子をリヴァイは抱き締めていた。

 リヴァイは部下たちが殺された因縁の場にさらに因縁の相手を招き入れるという平常ならおかしくなりそうな激しい憎しが渦を巻くこの森の中、それでも振るう刃を強靭な精神力という鞘に抑え込んでいた。
 変わり果てた最愛との別離を予感しながら、その険しかった表情が自身と愛するウミが産み落とした子供に接しているときだけは、優しくいられること、すっかり解けていた事に気付いた。その一瞬のほころびが取り返しのつかないへまを引き起こすことも気付かずに、だが、一か月前の時点で気付けなかった。もう何もかもが手遅れだとも。ジークを信じ切れなかった、それこそが一瞬の命取り。

 地下街では誰にも心を許したりは出来なかった、信頼できる仲間を信じても、それでもその選択の先に待っていた悲劇を嘆いたとしても止まらずにここまで多くの屍を踏み抜いて歩いてきた。仲間の死を乗り越えてそれでも進むことで仲間の捧げてきた心臓に意味があったことを自らの目で見るために。
 それでも歩んでこられたのは、その隣には、いつもウミの微笑みがあったから。

 正直、自分との間に子供がいた事を知った時、戸惑いの方が多かった。
 幼い頃に娼館で男たちに身体を売り、病に侵されても、苦しさなどおくびにも出さず自分を育ててくれた母親の変わり果ててゆく時を追うごとに朽ちていく死に際が今も焼き付いて離れない。
 それが脳内に刷り込まれたせいなのだろうか。女性と接しても、母親の死に顔が脳裏にちらつき、刷り込まれた「喪うこと」への恐怖心が勝った。
 そんな中、ウミと出会い、彼女が地下で過ごしてきた人間とは違う、無垢さに自分の穢れを余計に思い知らされたものだ。
 だが、そんな彼女を拒めば拒む程、自分は彼女を拒めなくなっていたと気付いた時にはもうすでに何もかもが手遅れだった、愛を渇望しても得られるものはない、愛は求めて得られるものじゃなくて、気付いたら捧げてそして、堕ちているものだと。

 心の中に小さく寄り添う花のような、それが、ウミで、そんな彼女の腹には自分との間に確かに育まれた証がある。
 その証がこうして色んな縁を巡って自分の腕の中に居る。その幸福に涙が出そうな喜びの中で男は静かに落ち着きを取り戻していた。

 息子が、内心その腕の中でどうか父親がこのまま母親を殺してしまうのではないか、母親に二度と会えなくなるのではないかと、怯えていたこと。
 涙を落とした息子の頬の涙を武骨な手で掬い上げる繊細な指先にはこれまで多くの仲間達の死を見届けてきた彼の強さ優しさが込められている。
 その背に何もかもが背負って。この島の命運も、ジーク・イェーガーの存在も。
 もしこの島にジークが害をなすのなら、仇なす敵だと判明し生かしておく必要が無いと分れば、その時は躊躇いもなく自分は刃を振るう覚悟を決めた。
 その言葉通りに。殆んど寝ずにこの一か月間をここでジークと対面し、本心を聞き出そうとしたが、ジークから返って来たのはどんな時も変わらない同じ返事だけ。そして目を見ても彼の真相を見抜くことがリヴァイにも出来なかった。
 だからこそ、二人は対話してもその対話は一方通行のままだった。
 お互い異なる性格の2人が歩み寄らなければ互いにそっぽを向いたまま。

 目の前の父親は誰よりも言葉が拙いし、自分もそうだから混乱して勘違いしてしまった。父親が母親以外の女性と、だが、子を想わない親は居ないように、言葉が足りないなりに、本当なら関係者以外兵団内部でもほとんど秘匿のこの場所に自分を連れてこいと部下に言わないだろう。
 かつて自分の上官でもあったジーク。確かに、彼の真実を最後まで自分が知ることは無かった。母親を探していたことも、このまま彼に会うことが無いまま、アヴェリアは父親がジークをこのまま見張り続けて張りつめた神経を少しでも休めるようにと告げるとテントから出ていく父親を見届けていた。
 あの小さな背中には到底抱えきれないような重荷を背負い続ける父が、このままいつか倒れてしまうのではないか、不安に感じていた。「人類最強」だなんて称号があるから、父は誰にも本当は見せられない弱みもあるのかもしれない、その弱みを見せられる相手が母親なのだろう、きっと。しかし、母はもう。知性巨人を受け入れた人間の寿命はユミルの呪いにより13年と決められていて、母はきっと自分が成人を迎える頃にはその寿命も尽きてしまうのだろう、そしてその寿命が尽きるよりも前に。母とは永遠に会えなくなる。寂しくないように家族を作り続けるが、当の本人の居ない家族など、母親の太陽が無い家族など、それこそ寂しさでどうにかなりそうだった。

「父さん、母さんを取り戻してくれ……どうか母さんを」

 あんなにも勘違いだと和解するまでは助けに来てくれなかったと、恨み憎んでいた父親に対して本来の呼び名「父さん」と呼ぶ息子が年相応のまだ親に甘えたい盛りの少年だと、リヴァイも知って、だからこそ、ジークに真意を聞き出し、そしてその上で、ウミを取り戻すことを決めた。
 他とて手遅れだとしても離れていたこの手をもう一度掴むために。

 随分話し込んでいたのだろうか、いつの間にかうっすら明るい夜明けが迫る森の夜はとにかく薄着では寒い。
 薪の前に鎮座し、眠りについたアヴェリアを見届けたリヴァイは再びテントから薪をくべた火の元で静かに延々と本を読みふける男の元へ向かう。
 この巨大樹の森に覆われた空を見上げても決して届かず、密集した巨大樹の森では星ひとつさえどうやっても見つけられない。

 リヴァイが見せるその表情は優しい不器用な父親から次第に歩みを進めるにつれて殺意を隠し切れない因縁の相手に向ける怒りに満ちた目へと忽ち立ち戻っていくようだった。

 仕方ないとはいえ、マーレでの自分の立場を確かなものにするためにマーレの貴族と望まない婚姻関係を結んだウミ。
 お世辞にも彼女にはあまりにも不釣り合いで不細工な豚みたいな男と。彼女に触れるその手、今にもその男の手を掴んで、捻り落とし嬲り殺して、お前は俺のものだと、他の男に微笑むなと、怒りに身を任せて彼女を見せつけるように俺のものだと――。

「(そんなことをしても、もうあいつは、あいつの心は返らない)」

 らしくもなく強靭な理性で押さえ込んだ怒りが爆発して今の自分何をしでかすか、自分でも分からない激情が一瞬にして脳内から全身を駆け巡った。
 子供達には父親の存在だけでは、駄目なのだと思い知らされた。
 母親が、ウミがいなければ、それは自分もそうだった。喪った母の温もりをいつの間にか自分はウミに見出そうとしていた、まるでウミが暮れる安心感にすっかり自分は、甘えていた。

 島を追われたウミ。家に押し入った男たちを返り討ちにした彼女の正当防衛を認められるまで耐え抜いてそして、ようやく再会した彼女。愛しい、全てを賭けて守りたいと思った切望した彼女はもう自分が愛したウミではなくなってしまっていた。
 彼女が変わったのは何故なのか、どうして巨人になったのか、知らないことがありすぎる、離れていた期間にこんなにも。
 だが、ウミは決して口を割ろうとしないし、無理に行使しても頑なで、強い一本の芯を持つウミに結局自分は負けたのだ。その思いの強さが本物だと、痛感させられてもうあの頃には戻れないのだと、もうあの時のままで居たのは自分だけだと思い知らされ崩れ落ちるしかなかった。
 だが、まだ動けなくなっている場合ではない、それでも無理矢理動かし突き進むのだ。どんなに無様な姿になり果てても、この島を守る、それが、仲間達が島を守るべく死んでいった自分に託して輝き生きた証を唯一残せる手段。

「起きていやがったのか」
「あぁ、寒くて寝てられないからな。暖を取りに来たんだよ、兵長。それより何なの?」
「今一度、お前がこの島に来た話を聞かせてもらおうか」
「またぁ? も〜勘弁してくれよ、何回目だよ、しつこい男は嫌われるぞ?」

 自分より年下の筈だが、巨人化の影響か寿命が短くなればなるほど幾度も行使してきた巨人の力の代償に見た目もどんどん衰えて老け込むのか、長髭を無造作に生やしトレードマークの眼鏡は一昔前の学者のようだ。
 何を考えているのか全く読めないその目。
 エレンもウミもそうだが、こいつが一番、読めない。

 少しでも変な真似をすれば即座に自分の判断で許されるならばこの男を迷わず殺せるのに、なぜ兵団上層部はこの男の処遇を今も決めかねているのか。この男がそもそもの。どんなに強靭な理性を持ってしてエルヴィンを死なせたそもそもの因果の男を殺せない、震えない刃を向けられない怒りが男の精神を支配していく。

「いちいち覚えてられねぇ、いいからお前は質問に答えろ(もし、今すぐにこの場でこいつを始末できるなら……俺の手で)」

 そして、ウミの心境の変化を一番理解しているであろうこの男に全てを吐き出させるのだ。エレンとウミの気持ちを。この男が信用できない、だからこそ自分は常に目を光らせている、この装備を解くことは無い。
 そして、自分を裏切ったと言っても過言ではないまるで別人のような目つきで自分を見つめるウミがどうして事実を明かさないのか、あんなにも責めて責め続けて罪悪感で泣きながらも自白剤を飲ませても吐かない見せない事実。
 意識を飛ばす間際の見せた涙。

 ――自由であることそれはつまり、無知なことだと。
 ――無知だからこそ、自由だったのだ。

 知らないこと、知りたいことが分からない見えない未来にリヴァイの心は既に限界だった。だからこそ、許せない思いはやがて戻りようのない迷路へますます追い立てるかのように追い込んでいく、

 ▼

 思い起こせばマーレによるパラディ島への進軍は4年前のウォール・ローゼ南区から始まっていた。
 コニーの故郷でもあるラガコ村のあまりにも悲惨な事件。
 その時から既に敵勢力はこの島に上陸し、内側からのこの島の崩壊を狙っていた。自分達と同じ血が流れる「エルディアの民」を利用して。

 ――「ガス兵器というものだ。そいつは風上から霧のように広がり、その村を覆い尽くした。俺の脊髄液を含んでいる。そのガスをわずかでも吸った「ユミルの民」はその直後に体が硬直し、体の自由が奪われ意識を失う。詳しい仕組みは教えられていないが、ほんのわずかでも俺の脊髄液が体内に侵入した「ユミルの民」には、巨人の力の送り先となる座標が刻み込まれる。後は俺が命令を下すだけで「道」を通じて巨人の力が座標に送り込まれる。その巨人は俺の「獣の巨人」を介した道で繋がっている。だから俺の意志が介入し、俺の命令通りに動く巨人となる。シガンシナ区でお前が俺に接近する時に巨人伝いで移動してきた巨人達も同じ仕組みだ」

 まるで料理の手順でも説明するかのような口ぶりで「ラガゴ村」の住人をおぞましい方法で巨人に変えたと言うのに。
「巨人に慣れる種族」島で暮らす同じ民でもある人間を巨人に変えた事を淡々と話すその顔には悪びれた様子などまるでない。
 俺は正しい事をしているとでも、開き直っている課のようにさえ感じてよけに憤りを覚えるだけだと言うのに。
 彼のせいで一つの村、部下でもあるコニーの故郷は壊滅させられ、残されたのは巨人化して今も動けないまま、どうすることも出来ずにその巨体を横たえたままのコニーの母だけ。

 ジークの悪びれたそぶりも見せない会話にリヴァイの顔には明らかな嫌悪と激しい怒りが刻まれていた。
 現に、リヴァイは自分が壊滅に追いやったのに「その村」呼ばわりする悪びれもなく、むしろ自分はいい事をしたとでも言いたいジークの言葉を即座に訂正してやるほどに。

「オイ、何度も言わせるな。「その村」じゃない。「ラガコ村」だ。お前が皆殺しにしたエルディア人の村の名前だ、覚えておけクソ髭」
「あぁ、俺だってできることなら避けたかった。だが、やらなければ、俺の真意がエルディア復権にあるとマーレにバレて、この島に希望をもたらすことは叶わなかっただろう。……って、同じ話をこの島に上陸してすぐに話したよなぁ? なぜ同じ話を何度も聞き返す? あんた、見た目よりだいぶ老けてるもんな、もうボケてるの?」
「うるせぇよ。お前が耳カスほどの罪悪感も覚えちゃいねぇことがよくわかる。本当にエルディアを救うつもりなのか知らねぇが、当の人命に興味がねぇのは確かだ」

「ラガコ村」この島の住人ならばその村で起きた悲劇を誰もが知っている、一晩で月の光を浴びても行動できる巨人という名のジークの傀儡になってしまった悲しい村での出来事、その犯人は既に島に潜入していたジークだったこと、そしてリヴァイも誰も知らないがクライスも、ミケも、ミケの率いていたミケ班のメンバー達、この男に実際殺されたようなものである。
 人命を救う気も、そもそも。この島の未来や命さえも大事にしているようには感じられない決して本心を掴めないジークの口調にリヴァイが切り込めば、よく知りもしないでリヴァイの決めつけるようなその口調と乱暴な物言いに、人の気持ちを理解できない人間がモテるはずが無いと思ったのか、リヴァイが今にも爆発寸前の憎悪を全て注いでいるのもお構いなしにジークは鋭い指摘をした。

「お前、モテねぇだろ。誰にでも優しいウミちゃんくらいしか結婚してくれなかったんだってのがよくわかる。勝手に人の気持ちをわかった気になるなよ」
「わかるさ。モテたことくらい
 ……ある」

――「リヴァイ兵長! 娘が世話になってます! ペトラの父です! 娘に見つかる前に話してぇことが……。娘が手紙を寄越しましてね……。腕を見込まれてあなたに仕えることになったとか……あなたにすべてを捧げるつもりだとか……まぁ……親の気苦労も知らねぇで惚気ていやがるワケですわ。ハハハ……その、まぁ…父親としてはですなぁ……嫁に出すにはまだ早ぇかなと思うワケです……あいつもまだ若ぇしこれから色んなことが――」

 自分よりも若い命の芽が摘まれてゆく。モテた事……つまり自分に思慕の念を抱き心寄せてくれた人間の事、その脳裏に真っ先に浮かんだのは。
 リヴァイには自分へ敬愛と尊敬の目で見て傍に居てくれた存在を思い返しながら、少し間が開いてしまったがリヴァイは相変わらずの無表情で答えた。
 一瞬、この森で死んだペトラの笑顔が脳裏を過ぎり、その後のペトラを探す父親から明かされた彼女の自分に対して抱いていた思い。信頼していた部下だと思っていた、だが、彼女の存在が確かにウミと突如別離の道を歩むことになった自分の心を癒したのは事実だ。

 彼女が古城で人知れず泣いていた事。
 そして失って理解した事。彼女の遺言。
 だが、彼女はもう居ない、マーレ敵勢力の人間としてパラディ島に潜入していたアニの正体である「女型の巨人」によって木に磔にされるように踏み抜かれて真逆に上半身と下半身を折り曲げられて人形のように死んでいた。
 その間には上手く言葉に出来ない男の様々な思いが込められていたが、本当に人の気持ちを理解出来ないのはどちらだろう。
 親に理解して貰えなかったまま大人になり歪んだこの目の前の男だろうか。

「あぁ〜そうかい。それで、俺とエレンが会って実験を開始するのはいつだ? ウミちゃんは?」
「決めるのは俺じゃねぇ。本部の命令を待っている。それに……ウミは、てめぇとは関係ない。マーレでは違ったかもしれないがここでは紛れもなく今も変わらず戸籍は俺の妻だ。夫婦間のデリケートな問題に外野のてめぇはいちいち口を挟むな。割り込んでくるんじゃねぇ」
「妻ねぇ……。どうせあんたの事だ、まだ純情で穢れを知らなかったウミちゃんを無理矢理自分のものにしたんじゃないの?」

 その言葉を一番言われたくなかったのは、自分だ。無言の圧力がぶつかり合う中で、リヴァイの指先が微かに動いたのをジークの冷めた目が見つめていた。

「あんた、嫌がるウミちゃんを逃げられないように、押さえつけて、何処にも行かせないように、他の男に奪われないように、徹底的に、まるで獣みたいに……そうだろう? 狩猟本能だろ? そんなのが愛だなんて笑わせるな。結局あんたは若いウミちゃんを他の男に取られないように外堀囲んで追い込んで逃げられなくして、自分だけしか見れないように、愛せないように、力ずくで事に及ん「黙れ、」
 ――「リヴァイさん、どうしたんですか?」
「あぁやっぱり……図星? なぁ、そうなんだろうリヴァイ兵「黙れ、」
 ――「リヴァイさん、どうして最近私を避けるの? 私の目を見てくれないんですか?」
「(違う、俺達は、そんな関係じゃなかった筈だ、ウミ、俺とお前は本当にお互いがお互いを必要としていた。今も、これからも、俺にはお前が必要で、お前には俺が必要だ、そうだろう)」
 ――「もし何かリヴァイさんにとって不快な事をしたなら、謝ります。もし、私の事が嫌なら、迷惑ならすぐ出ていきますから……!」
「図星だろ。さっさと認めたら? 医療の分野でも遅れてるこの島での出産がどれだけウミちゃんの命にリスクがあるか。アヴェリアがあんなに大きいからまだウミちゃんの身体の色んな所が未発達な時期から妊娠させたんだろう。そうまでしてウミちゃんを、自分のモノに、縛り付けておきたかったんだろう? 次から次へと、自分の子供をウミちゃんに産ませて、子供なんて産んだところでエルディア人増やしてどうする? どうせ俺達はこの世界中から恨まれている存在で、あんたはこの島では英雄扱いだけど、外に出ればそれは皆嘘。幸せになんてなれないのに。自分から離れていかないように。あの子はあんたの思い通りしきりに口にしていたよ、すっかりあんたに依存して、可哀想なくらいにあんたに固執して。そして劇薬を選んだ。彼女の心変わりを兵長が責める資格ある? 無いでしょう。いい加減、開放してやれよ。あんたの所有物じゃないんだよあの子は、」
――「お前が迷惑だと、俺はいつ、言った?? 今まで俺がどんな気持ちで居たか……。お前には到底、分からねぇだろう。ただのガキだったお前が、ズカズカと人の心に土足で入ってきた挙句、俺から離れていくだと?」
――「リヴァイ、さん?」
――「よぉく、分かった。もういい、喋るな。知りたいんだろう、俺の本性が、教えてやる」

 そして、自分は。
 意味深なジークの言葉が、本当なのか、嘘なのか、まったく読めない。敵国の自分と同じ位置に居たこの男が。
 既に相手の罠に既に嵌められていることも、自分達の能力を一番に発揮できるこの森を立体機動装置を装備し兵士達でジークをぐるっと取り囲んで支配したつもりで既にこの森を掌握されているのは自分達だと、リヴァイは知らない。

 言葉で伝えられる手段を持ち合わせていない自分は欲望のままに、無理矢理、それなのに。今思い出しても狂いそうな罪悪感に苛まれるのに、あの時に感じた深い脳髄まで焼き切れそうな多福感を忘れることが出来ない。
 ウミはいつもと変わらぬ態度で微笑むから、その優しさに、自分はすっかり赦され、そして自覚した。あまりにも拙い言葉で、これが愛なのだと。

 だから、彼女の向けるこんな地下で薄汚れて、血の匂いにまみれてきた自分にはあまりにも不相応なほどに純粋で一途な思いに胸を打たれてしまった。
 純粋に自分をまるで、兄が居たらこんな感じなんだろうなと微笑む笑顔に、そう、絆されてしまっていた。
 彼女に触れれば、何もかもから許される気がした、忘れられた。自分が多くの犠牲の中でも生きていることも、母が死んでしまったことも、ケニーが自分の元を去って居た時に感じた、自分の弱さが原因で置いていかれた寂しさも、見捨てられたとずっと思っていた。
 そんな癒えなかった過去を全て包んで癒してくれた気がした。

「それに、ウミちゃんはもうあんた以外の男の――「お前は、本当に自分の立場を理解していねぇようだな、ジーク」
「リヴァイ兵長――!!!!!!」

 その言葉を言うよりも先に黙れと言わんばかりにリヴァイが目にも止まらぬ速さで火花を散らして引き抜いたブレードがジークの眼鏡の前で静止したのはほぼ同時だった。

「リヴァイ兵長、駄目です!! それは、命令違反ですよ!!! 兵長!!!」

 周囲の兵士達が慌てて恐れていた事態が起きたと叫んだ瞬間、こっちをギロッと睨みつけたリヴァイの鋭い双眼に射ぬかれ、一同はまるで蛇に睨まれた蛙のように、誰もその場から動けなくなった。

「それ以上……俺の女を、侮辱するのを止めろ。黙れ。静かにしろ。今どうして首と胴体が繋がっているか。自分の手足が動かせるか、そのクソ苦ぇ液体を飲み、テントで毎晩寝泊まりが出来、その本を読めるのかを、今一度、じっくり考えてみろ」

 絶対に、それはありえない、ウミが他の男となど考えたくもない事だった。自分が殺せないことを理解し、盛大に煽ってくるこの男に対しての腹の虫がおさまらない。
 自分だけしか知らない、声も顔もシーツに広がる髪さえも、見せたと言うのか……。そんなものなど、信じたくはない、何処までが真実でどこまでが虚構かを明らかにしようともしないジークの言葉を切り捨て、耳を塞ぐより先にその嘘か誠か分からないのなら喋れなくすればいいと、その口にブレードを突っ込んでしまった方が早いのかもしれない。

 ――「やだ、リヴァイ…っ! いや…行かないで…! もう、ひとりはやだよ…リヴァイ…っ! リヴァイがいなくちゃ…私…っ! だめなの……お願い……痛いのも辛いのも我慢するから……離れていかないで、私を捨てないで……!!」

 そして、いざ突き離せば、縋り付いてきたその姿に、涙に、もう何も言えなかった。ウミの事を指摘されただけでこう、だ。
 こんなにも苦しいのなら、どうせならいっその事、本当に血を分けた兄妹だったらよかったのに。こんなにも苦しまずに済んだのに。
 愛さずに、あの時、愛さなければ、出逢わなければ、自分に助けてと伸ばしてきた手を取らなければ今また違う未来があったのだろうか。

 血を分けた自分によく似て何をしても無償の愛を注ぐ愛すべき守るべき子供たちに出会えなかったとしても。
 いや、たとえウミと血が繋がっていたとしても、きっと変わらぬ道を選んだだろう。

「リヴァイ兵長!! 駄目です!! 落ち着いてください」
「そいつの言葉に惑わされないでください!!」
「来るんじゃねぇ!! 誰も近寄るな……!!」

 他の部下たちが彼の地雷である「ウミ」の名を軽々しく口にしたジークに例え殺されないと分っていてもこの島の「人類最強」相手だろうとお構いなしに堂々とした風格で鎮座している事に命知らず、畏怖の念を抱いた。殺されないにしてもそれ以上の恐ろしい姿にされるかもしれないのに、現に、ウミをリヴァイが連行してから彼女の姿はもう一か月間誰も見ていないし、その行方を誰も彼に問うことが出来なかった。

2021.10.04
2022.01.25加筆修正
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