THE LAST BALLAD | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

#122 彼女の幕が下りるとき

 レベリオの危機を受け、マガトからのSOSに応えるべくマーレが誇る海軍が集う軍港ではアルミンが「超大型巨人」となり、変身した際に放たれた強烈な熱風で軍艦諸共壊滅的なまでに徹底的にその力を持ってして破壊の限りを尽くした。
 かつて栄えた港は全て焼け野が原となり、ズシン、ズシン、と音を立てアルミンは地獄絵図のような景色を闊歩していた。
 その片隅で、幼い一人の少年が爆発した衝撃でつぶれた家屋の下敷きになり、腕を押さえて苦し気に呻いている。
 周囲には罪なき人々が行き倒れ熱風の中で息絶えている。
 吹っ飛ばされた艦隊は真っ二つに折れ、生存者は誰一人として残されていない。断末魔の叫びもなく静かに消し炭となった。
「超大型巨人」の肉体から見下ろす港は何もかもが玩具のミニチュアのように見えた。世界の終わりのように絶望的な光景の中、蒸気を吹き出しながらアルミンはうなじから姿を現し、自らが巨人化したことで変化した地獄に浮かんでいた。

「これが……、君の見た景色なんだね。ベルトルト」

 巨人体と筋組織の繋がった状態でアルミンがぽつりと、そう呟く。かつて自分達の故郷を破壊したベルトルトの流した涙が今もアルミンを縛り付けていた。
 信煙弾を放ち合図する。港の向こう、島の方角からゆっくりと闇夜の中から姿を見せたのは大きな空を飛ぶ奇妙な物体だった。



 ジークがリヴァイに仕留められ、ピークまでもがやられてしまった。残されたマーレ側の巨人勢力は自分だけとなり、ポルコは孤軍奮闘するも既に追い詰められていた。

「(クソぉ……戦士長にピークまで、やられたのか……!? クソォ、クッソォ……!! クソがぁああ!!!)」

 回転しながら切りかかって来たミカサの攻撃を避け、ポルコはそのままエレンに向かって勢いよく鋭い爪を手にエレンへ襲いかかった。エレンが反応して自らの拳を硬質化させて強烈な一撃を「顎の巨人」へ見舞うが、顎の巨人はエレンの硬質化された拳をもその強靭なあごで噛み砕き、手首から先を食いちぎったのだ。
 吹き出す血の中でエレンは彼の硬質化の持つ顎と牙と爪の威力を目の当たりにする。

「うおおおおおお!!」

 怒りのままに「顎の巨人」はエレン巨人の腕を支柱にして足を引っかけてそのまま回転すると、エレン巨人の顔面をその鋭い爪で何度も何度も引っ掻きエレンが苦痛に叫ぶ。「顎の巨人」が逃がさないとガッと腕でエレンの頭を掴んで勢いよくひっかこうとした瞬間、とっさにエレンは左手に持っていた「戦槌の巨人」の本体のラーラ・タイバーが閉じ込められた水晶体をかざしてその衝撃を弾くと、その威力は自分では傷ひとつ付けられず、雷槍さえも貫けなかった硬い水晶体に三本の亀裂が走っていた。

 追い詰められたエレンを救出すべくアンカーを射出して飛んできたミカサ。彼女が振り払ったブレードから後方へ身軽に宙がえりをしてはなれた「顎の巨人」のあまりの素早さとその顎と爪の破壊力を目の当たりにしたミカサ。
 エレンの肩に着地し、自分達から距離を取り、さっきまでエレンを拘束していた「戦槌の巨人」が作った拘束の木の枝によじ登り対峙する。

「素早い……。ユミルの「顎」とはまるで違う」
「(これが「顎の巨人」の力か。なるほど」と冷静に状況を見つめているのだった。



「ひどい……。ピークさんの身体の修復が追いついてない。巨人の力があるのに何で?」
「「車力の巨人」はそこまで頑丈じゃない……「鎧の巨人」と違って……」

 何とかピークを安全な施設の中へと避難させたファルコが横たわるピークの苦しそうに眉を寄せて痛みに耐えている姿に眉を寄せた。
 彼女の小さな身体や口元は吐血した血で赤く染まり、腹の中心は貫かれた雷槍により破られており、身体は修復しようと蒸気を放っているが、受けたダメージに比例して傷口の修復が全く追い付いていない状況だ。
 みんなやられてしまい、残された巨人は「顎の巨人」だけとなり、戦火の中で自分達をいつも危機から救い出してくれた頼もしい戦士隊たちの無残な姿を見つめる中でガビは自分のいとこでもある頑丈が自慢の「鎧の巨人」が姿を未だに見せていないことに対してファルコに尋ねた。
 それに、アヴェリアも見つからない。リヴァイがジークを仕留めた時から忽然と彼は二人の赤子を抱いて姿を消してしまったのだ。
 まさか、彼は、自分達が悪魔だと恨むあの島からやって来た人間で、そして、リヴァイの手により連れ戻されたとは思うまい。

「アヴェリアも居ない、爆発に巻き込まれてから姿が見えないけど、」
「分かんねぇけど、アヴェリアならちゃんと逃げられたんじゃねぇのか……」
「アヴェリア……!!! そうだ……ライナーは!? どこにいるの!? あんたさっき、エレン・イェーガーにやられて動けないって……戦えないの!? ねぇ!? みんなこんなに大変な目に遭っているのに!!」
「わかんねぇよ……。位置は舞台裏の建物の下。だけど、オレは……、ライナーさんをそっとしておくことはできないかって思って、」
「何言ってるの……? ウドもゾフィアも、大勢の人がみんなエレン・イェーガーに殺されたんだよ? それに、アヴェリアだって……子供を抱えて必死に逃げてきたのに、何処にもいない……」

 とファルコへ悔し気にこれまで目の当たりにした悲惨な現状を吐露する中、一人ゆっくり立ち上がると兵士の生死の言葉も聞かずにガビは突然窓に向かって歩き出したのだ。

「オイ、ガビ……窓には近づくな!! 敵に見つかっちまうだろうが!!」

 ガビがふと外が先ほどより不気味な静寂に包まれたかと思うと、上空に見えた影に気付いた。

「マガト隊長」
「どうした」
「あれは……」

 夜闇の中、静まった戦火の中で上空から接近してきた大きな影に気が付いたマガトたちが見上げるとそこには巨大な飛行船がゆっくりと悲鳴と激戦でボロボロに破壊された街を縫うように近づいてきたのだ。

「ハンジ団長!! 調査兵団達が仕掛けた光の道を確認いたしました!!」
「よかった……ここまでは作戦通りに事が進んだようだ。さぁ、頼んだよ、オニャンコポン」
「任せて下さい、ハンジさん……!」
「低速低空でレベリオ収容区に進入……光の道に沿って皆を回収する。チャンスはその一度きりで、乗り遅れれば一巻の終わり。この飛行船が撃ち落とされてもね……まったく無茶を思いつくよ。エルヴィンの亡霊にでも取り憑かれたかい? アルミン」

 パラディ島では乗り物が空を飛ぶなど、考えた事もない。それだけ文明から遠ざけられていたが、そんな自分達に大きな技術をもたらしたのは飛行船を操縦するオニャンコポンとハンジに頼まれた褐色の肌を持つ男だった。

 軍港を破壊したアルミンはそのまま飛行船で回収され、かつて大人しい印象だったアルミンは髪を短く切り、参謀としてその知識を生かして今回の子の無謀ともいえる様な作戦の指揮をとっていた。

「そうであってほしいですよ、僕らに力をくださるのなら。こうなってしまった以上は……もう、皆とエレンを回収できなければ僕らに未来はありません」

 と、そう、静かに呟くのだった。



「ジャン、来たぞ」
「あぁ。時間通りだ」

 光の道で待機していたコニーがジャンへ呼びかける。リヴァイが先ほど懐中時計を手に時間を気にしていた理由は約束の時間が決まっている事だった。
 一人単独で島を離れたエレン達を迎えるにはこの作戦しかなく、しかしこの作戦にはリミットがあった。
 任務が失敗の許されない大事な時間制限の任務の中滞りなく作戦を進めるために入念な準備の下、そして約束の時間となり定刻通りに迎えに来た飛行船に調査兵団達は自分達の任務の終わりが見えてきたのだと、帰還の準備に入るのだった。



 夜の闇を裂いて、静かに低空飛行で突き進む飛行船を呆然と見上げていたポルコはあれはパラディ島の悪魔たちが帰還すべく用意した乗り物だと、そして調査兵団達の今回の目的を理解した。

「(まさか!? 飛行船(アレ)で逃げるつもりなのか!? ――させるかよ、ぶっ壊してやる!!!)」

 目的を知り急ぎ攻撃の標的を対峙していたエレンともう一人の脅威のアッカーマンであるミカサから変えて、ゆっくり上空を進む飛行船へ狙いを定めてユミルから引き継いだ「顎の巨人」がその持ち前の俊敏さと跳躍力で飛行船を木っ端みじんに破壊すべく走り出したその瞬間、

「そうなると……思った……」

 だからこそ、戦力の要でもある二体の巨人の動きを封じる必要があったのだ。
 飛行船が姿を見せるなり調査兵団達にもこの作戦の期限がもう間近なのだと悟り、既にその動きを読んでいたミカサが潜んでいた物陰の真下から「顎の巨人」が飛び出したタイミングでその真下から地を蹴り飛び出すと、そのまま飛び上がるように「顎の巨人」の膝から下を狙い、改良されたガスで回転しつつ跳躍した強烈な二対のブレードで一気に切断し、膝から下を切り落とされたポルコはそのまま派手に屋根の上で転倒したのだった。

 エレンに後ろから髪をわしづかみにされたポルコは自分を援護する巨人も居ない中、無残にもそのまま建物を引きずり回されるようにエレンの手により屋上からそのまま地面へと何度も何度も回転しながら叩きつけられてしまったのだった。
 もう時間が無い。あの日交戦がここを通過する前に自分達はここを離脱しなければ二度と島へは帰れないのだ。
 エレンは凶悪な顔を宿しラーラ・タイバーの水晶体を傷つける事ができる唯一の「顎の巨人」を利用することにした。下肢を切断され、地面を転がり動けずにいる「顎の巨人」が逃げないようにと足で背中を踏んづけて固定しそのまま無理やり左腕をまるで肉料理の要領で引きちぎり、そのまま建物へ吹っ飛ばした。
 もう片方の腕も容易く引きちぎり、血しぶきが飛びちり、ポルコは激痛に耐えきれずに大口を開けて叫んだその瞬間、エレンは勢いよく「顎の巨人」の口の中へ、ラーラ・タイバーの水晶体をそのままねじ込んだのだ!!

「(は……?)」

 ポルコは突然口に押し込まれた水晶体に一体何をするつもりだと困惑する。力を使い果たし、かといって水晶体から出てくる事無く真一文字に口を引き結び硬直したままのラーラ・タイバーも目を見開いたまま動けずにいる。
 エレンはそのまま四肢を切断され小さくなった「顎の巨人」を親が子へ高い高いをするように、頭上へと持ち上げると、そのまま――。

「(お……オイ、オイ!? ……嘘だろ、止せ……!!)」

 エレンは自分では壊せない硬質化で覆われた水晶体を「顎の巨人」が持つその強靭な顎の力を利用し、彼の頭と顎を掴んで、そのまま閉じようとする力を利用し、まるでくるみ割り人形の様に。水晶体にはメキメキと嫌な音を立てて深い亀裂が入っていく。
 四肢を切断され抗う術もなく自分の口の中でひび割れていく「戦槌の巨人」の水晶体にポルコは驚愕した。

「(やめろ……やめろ!!)」

 恐ろしい光景にミカサが辛そうな表情を浮かべ、ガビとファルコも、目の前の悪魔が繰り広げる恐ろしい捕食行為に青ざめた表情でその異様な光景を見つめている。

「(やめてくれぇええええ!!!)」

 しかし、彼の叫びは誰にも届かない。ポルコの叫びもむなしく、「顎の巨人」の口が閉ざされたそのタイミングで、ガラスのようにラーラ・タイバーの水晶体は彼女諸共粉々にひび割れた先から砕け散り、「顎の巨人」の口からは砕け散った破片と共に、おびただしい量のラーラ・タイバーの血液がまるで上等なマーレの名産である赤いワインのようにあふれ出し、それは乾いたのどを潤すように、エレンの口元へと、そのまま惜しみなく雨のように降り注ぎ、滑り込むように口腔内へと流れ落ちていったのだった。

 ごくごくと音を立ててエレンが嚥下する度に喉仏が上下し粉々に破壊された肉体は原形さえとどめることなく余すことなくエレンは脊髄液を摂取していくのだった。
 飲み込んだその瞬間、エレンの瞳が見開かれ、彼の中でまた新たな「能力」が目覚める。

「何……あれ……?」
「「戦槌の巨人」が……食われたんだ……そして次は……「顎」だ……」

 島の悪魔の手によりまた一つ、マーレが誇る巨人の一つであり、古からその歴史を引き継いできたタイバー家の終焉はあまりにもあっけなく訪れるのだった。
 目的通りに新たな力を手にしたエレン。今度は、お前の能力を奪う番だとポルコへと襲い掛かり、四肢を切断されたポルコにはもう抗う術もなく、小さくなった体は何度も何度も地面へと叩きつけられポルコはとうとう動かなくなる。

「そんな……ガリア―ドさんまで……」

 何度も何度も、額の硬質化で覆われた鎧がひび割れてもエレンは地面に叩きつける手を止めない。絶望的な光景を前にマーレ軍はどうすることも出来ずに絶望に暮れていた。
「顎の巨人」の本体の中で、ガリア―ドは脳震盪を起こしているのか、その目は虚ろで、抵抗する術もなく力なく項垂れとうとう「顎の巨人」はエレン・イェーガーの下で動かなくなったのだった。

「ダメ……ダメだ……」

 このままでは「顎の巨人」までもがエレン・イェーガーに捕食されてしまう……!!これまでの任務の中で何度も窮地を救ってくれた、夕方までは楽しく祭りを楽しんでいた兄貴分でもあり憧れのお姉さん的存在のピークとファルコのあまりにも痛々しいその姿に耐えきれずにガビは今にも泣きそうな顔でたまらず窓から身を乗り出して、大きく息を吸い込むと、ここに今居ない彼の名を絶叫して呼んだ。

「ライナァアアア―――――助けてええええええ――――――!!!! ガリアードさんが食べられるうううううう―――――――!!! 助けてぇえええええ――――!!!!」

 自分の名を求め助けを請う声が聞こえる、しかし、罪悪感の根底にあったエレンとの予期せぬ四年越しの再会により、自殺未遂に踏み込もうとするまで病んで疲弊していた彼はすっかり自責の念に押しつぶされ、満身創痍の彼にはその呼びかけに反応する気力さえなかった。

「うる、さい……静かに、してくれ……」

 しかし、そんな彼に追い打ちをかけるようにファルコまでもが「ライナアアア―――
 !!!」と呼び捨てだが今はそんな肩書など気にしていられない。ガビに便乗するように助けを求めて畳みかけるように幼い二人の自分へ助けを求める声だけが滅茶苦茶に破壊されたレベリオの地に響き渡るのだった。

「頼む、静かに……」

 パラディ島の勢力に自分達の居場所がばれると兵士が慌てて2人をやめさせようとするも、二人は声がかれるまで「ライナー」への叫けぶことをやめない。
 ゆらりと真っ白な蒸気を放ちながらも廊下で寝かされて動けずにいるピークが、虚空を見つめたまま姿を見せない自責の念に苦しむライナーを思った。

「(どうして……、お前らは……、)」

 エレンが「顎の巨人」のうなじへ食らいつこうとしたその時。

「(俺を……死なせてくれないんだ……)」

 眩い光が周囲を包み込めば、そこに居たのは口から上はライナーの面影の残る不完全な「鎧の巨人」の姿であった。
 自らのこれまでの行いや犠牲に押しつぶされ、自暴自棄に陥り、そして自分はもう死にたくてたまらないと言うのに。それでも自分を呼ぶ声は止むことは無くて。決して止まらないのだ。自分が死を望んでもこの世界は自分が死ぬことを許してはくれない。死よりも過酷な運命を生き抜かねばならなくて。
 ライナーは目の前で中途半端な巨人体となり、エレンの前にゆらりと立ち上がるのだった。
 その瞬間、幾度目かの対峙となる二人が両者睨み合う中でライナーが姿を見せ、ガビとファルコは登場した彼の姿に感嘆の声を上げた。
 対峙するエレンとライナー。ライナーが硬質化の力を持ってしてエレンへ強烈な右ストレートを見舞うも、この四年間エレンも何もしてこなかったわけじゃ無い。
 即座にライナーの拳を避けると、そのまま勢いよく、硬質化で硬められた左腕から強烈なストレートパンチを繰り出し、それはライナーの口へ命中し、マトモに食らった「鎧の巨人」はそのまま派手に吹っ飛ばされた。

 強烈な土煙が巻き上がる中で繰り出された強烈な砂塵を受けてもミカサは厳しい顔つきでその2人の戦う姿を見つめていた。
 しかし、殴り飛ばしたはいいが、エレンは自分のもう片方の手に掴んでいた「顎の巨人」が「鎧の巨人」によって殴り飛ばされた拍子にさりげなくごく自然に奪われていたことに気付くのだった。

 その瞬間、ブシュウウウと言う音と共に、さすがにこれだけ何度も巨人化し、暴れまわり残された体力も潰えた「進撃の巨人」のうなじから蒸気と共に本体のエレンが姿を現したのだった。

「エレン!」

 力を使い果たしたエレンの元へガスを蒸かしてミカサが近づく。

「さすがに打ち止めだ。力はもう残ってねぇ……ライナーは、今は、殺せやしないだろう」
「じゃあ……帰ろう、私達の家に」

 とミカサに連れられて、エレンはボロボロの状態で寝転がるライナーにそっといつかまた会う日を思い、「またな、ライナー」と告げ、ミカサに腕を引かれてそのまま退却していくのだった。

「奴ら……退いてくぞ。助かった……のか?」
「逃げる……? 私達の故郷や、街で暮らしていたおじさんやおばさん、皆を沢山殺して……」

 巨人同士の死闘は互いに痛み分けで終わりを迎えた。
 ライナーの口元はエレンの拳が命中したことで歯が欠け、陥没し、既に満身創痍の状態でありながらもこれ以上の犠牲を産まずに「顎の巨人」を奪い返すことは叶ったが、その代わりにマーレ軍は大事な秘匿「戦槌の巨人」とタイバー家の未来をパラディ島の悪魔の手に渡るのを許して今回のこの戦いにより大きな戦力を失うのだった。
 しかし、まだ悲劇は終わらなかった。
 突然耳をつんざくような獣のような叫びが沈黙のレベリオを大きく揺らしたのだ。

「オイ、何だこの音は!?」
「まさか……、巨人!?」
「奴ら……まだ何かしようとしてるのか!? まさか、「始祖」の次はまたほかの巨人が……これ以上俺達の国に対して何をするつもりなんだ……!!」

 エレン達が退却したのと時同じくして、ガビとファルコは突然聞こえた轟音に耳を傾ける。一体今度は何の巨人が出現したと言うのか。

「……これ以上、あの悪魔たちのいいようにされてたまるか……」
「オイ、ガビ!!」
「危ないぞ、戻れ!!」

 その音を聞きつけたガビがライフルを手に飛び出す。静止の言葉も聞かずこれ以上自分の育った故郷が島の悪魔に蹂躙される事は絶対に許せないと、慌てて追いかけるファルコ、二人は息を切らして巨人同士の死闘により破壊の限りを尽くされた崩壊した建物を駆け抜ける。
 聞こえた咆哮はヴィリーが殺された舞台の中心から聞こえていたようだった。
 負傷し回復に費やす時間の中で動けないピークを残し、建物を抜け出した2人がエレンにより破壊の限りを尽くされたその舞台に目を向けたその瞬間、這うように伸びた手が大地を抉る。やがて響いた大きな地鳴りの中心から姿を現したのは――長い髪を振り乱した女性の肉体を持つ巨人、だったのだ。

「えっ――きょ……じん??」
「何、あの巨人……それに、」

 突如見た事もない巨人の登場にマーレ軍に緊張とどよめきが走る。
 パラディ島の悪魔たちは未だ巨人を隠していたと言うのか。一斉に構えられる銃弾にも気づかずに女の姿をした巨人は大きな両手でステージを真っ二つに破壊し、屋上の砲台を吹っ飛ばしたのだ。

「隊長!! 見た事もない女の巨人が……ですが、暴れるばかりでとてもじゃないですが手に負えません!!」
「何だと、」
「一体何なんですか!? あの巨人は!!」

 しかし、その情報を聞き付けたマガトは銃を構え直して周囲がざわめく中一人冷静に悟る。その巨人の正体が一体、何なのかを。
 それは歴史書で見た巨人そのものの姿だった。

「あれが……ジオラルド家が代々探し求めた「遺産」の慣れの果てだ。1820年前、ユミル・フリッツが大地の悪魔と契約した時に出現したとされる巨人「原始の巨人」をこの世に人工的に作り出した。長年の研究を経て……ジオラルド家がおぞましい人体実験で……マーレ人でありながらエルディア人と交わり栄えたように。だが、やはり、ジオラルド家はかつて巨人大戦時に「始祖の巨人」から採取した遺伝子を操作してこの世に再びユミル・フリッツを蘇らせようとジオラルド家が莫大な資金をつぎ込んで極秘に長年費やしてきたこの実験は、どうやら失敗だったらしいな……。ジオラルド家の唯一の末裔であるウミ――彼女は結局、自ら実験体となり人工的に作り出された巨人の力を抑えきれずに理性を無くしてただ暴れまわるでかいだけの化け物となった。ただ、それだけだ」
「マガト隊長、随分ジオラルド家について詳しいようですが……」
「ジオラルド家の「遺産」に関してはタイバー家により秘匿として守られてきたのだ。そしてそれを機にあの島から再びこの地に戻って来たジオラルド家唯一の生き残りである彼女が自ら話したのだ。自分は始祖ユミル・フリッツがなったとされる「原始の巨人」をこの世に再現できる人間だと……だが、所詮は口だけだったと言う事だ」

 ジオラルド家の「遺産」そう冷たく言い残したマガトの言葉通りに、エレンが姿を消したと同時に出現した長い髪をたなびかせた女の肉体を持つ巨人……その正体は。
 耳をつんざくような悲鳴を上げて、自らの意志とは違う、ただ生きる力により巨人化したウミの抑えきれない衝動を発散させるように破壊活動を始めた。
 巨人化能力を得たが、巨人化をかたくなに拒むウミの思いとは裏腹にその力はまだ不完全で、「始祖」が持つ巨人を従える能力を操ってこの争いを止める事もなく暴れ尽くしている。

「マガト隊長、いかがいたしましょう……」
「ジオラルド家の失敗作に用はない。始祖を再現も何もこのままだとレベリオは完全に破壊されて修復どころか街としての機能を失うだけだ、そうなる前にまだ残されている対巨人砲で、ジオラルド家の女児として生まれたがために始祖ユミル・フリッツ再生計画の実験体に利用された彼女を眠らせてやれ……」
「了解です!!」

 暴れてコントロールのきかない巨人を自らコントロールできないのならばそんなもの、このマーレに救いをもたらす切り札でも何でもない。
 ジオラルド家の令嬢には申し訳ないが、彼女の役割もタイバー家が去った今、いや、すでに彼女の父親が己の一族の運命を憂いてあの島へ逃げ込むようにマーレから痕跡全てを消して姿を消した時点でもう用は無かったのだ。

 それでも、ある目的の為にマーレに逃げ込んだウミを生かし続けたのは。
 たった一つの、ある切実な願いと、思いだけだった。
 今から4年前……ウミは不可思議な空間でジークと対話を果たした。そのやり取りの中でウミはジークから「遺産」を授かり、そして自らに巨始祖ユミル・フリッツの遺伝子をあらゆる実験でジオラルド家が再現した巨人化薬を自らがどんな巨人になるかもわからないことを承知の上で、投与したのだ。

 巨人化能力者として生まれ変わったウミ。
 知性巨人能力者は残り寿命13年となるその代わりに、本人の生きる意志により身体が大きく損傷してもうなじを傷つけない限りは肉体の修復機能を使えるようになるのだ。
 それにより彼女の脳を蝕んでいた時限爆弾はまるで手品のように消え。そしてアヴェリアを産み落とした時に受けた子宮の傷も癒え、それによりいつ死ぬかわからないと言われていたウミは今も生きて、そして彼との間にまた子供を授かる事が出来たのだ。

 しかし、病魔が消えたbk_name_1#は差し出した代償を知る。
 残された余命が13年と言う始祖ユミルの呪いを甘んじて受け入れ、だがそれを誰にも明かさず、隠し続けていたのだ。
 しかし、ウミは他の知性巨人の者達と違う経緯で巨人となった。その未知なる「原始の巨人」全然力も使いこなせないと言うのに、それでも、求めたのは13年の呪いを背負うとしても、それでも――。

 ――「たとえ人間じゃなくなったとしても……私は、最後まで、大好きな人たちがいる家族がいる、皆が暮らすこの島を守りたい。ジオラルド家としてマーレに渡れば……きっと世界中も耳を貸してくれる、その時にタイバー家と共に私がエルディア人に世界中が抱いている誤解を必ず解いてみせるから……」

「母さん!! 止めてくれ!! これ以上街を破壊しないでくれ!!!」

 ただ、大切な人達の暮らす愛するあの島を守りたい、それだけの思いだった。
 余命幾ばくもないからこそ、巨人となる事を受け入れ、あと数年しかない限られた寿命で島を救うべく孤独な戦いを選んだこと。
 危険を顧みずに巨人化した母親の暴走を止めるべく飛び降りたアヴェリアの後を追う様にリヴァイは変わり果てた姿で叫び続け破壊の限りを尽くす最愛の女性を悲し気に見つめていた。

「俺は、お前がどんな姿でも……構わねぇ、ただ、お前が傍に居て、あの家で待っていてくれるならそれでよかった、それだけだったのに……息子も巻き込んで勝手にガキまで……馬鹿野郎が」

 エレンの暴走でステージの崩落の下敷きになり、瀕死の重傷から生きる力を受けて巨人化したウミ。
 だが、抑えきれない力を自分でコントロールすることも出来ずに訳もなく敵味方関係なく暴れまわる姿が夜の闇のスポットライトにまざまざと浮かび上がる。
 長い髪を振り乱して暴れまわるウミの目の前に立ちはだかり必死に呼びかける腹を痛めて産んだアヴェリアの姿を見てもウミは理性を無くしてしまっていた。

「母さん……もう、止めてくれ……必死にこの国でパラディ島の人間は悪魔なんかじゃないってそれを証明するからって一人でこの国で戦ってきたんだろ? それを自分でぶち壊してどうすんだよ……」

 例え島の悪魔だったとしても、最初は自分達の島を破壊しようとするマーレの地で暮らすことに対してよしとしなかったが強さを求めて戦士候補生となったアヴェリアにとってレベリオはもうここにはいられないと知りながらもいざ離れると思えば、今は思い出の地でもあるのだ。
 慣れ親しんだ人たち、さっきまで会話していた人たちもみんなエレンの暴走に巻き込まれて殺されてしまった。
 破壊の限りを尽くされたこの街の姿に悲しみが止まらず、かつて自分達が味わった思いをこの国にそのままそっくり仕返ししたエレンとウミの行動。
 島の未来を憂いたアヴェリアは自分達はもうこの大国に喧嘩を売った奇襲攻撃を仕掛けた非人道的な悪魔の末裔として文字通り自ら破壊の限りを尽くされる未来をあの島にもたらすのだと、嘆いた。
 しかし、喉を傷めて暴れる母親の拳が眼前に落ちても、アヴェリアはその場から離れる事も、逃げようともしなかった。
 一度飛行船に戻ろうとしたリヴァイの腕を振り払い母親を残して自分達だけが島に帰りたくないと懇願したのだ。

 ウミの目は正気を失い、自分達の静止の声さえも完全に聞こえないようだった。

「母さん!!!」

 腹を痛めて産んだアヴェリアに向かって振り下ろされる拳。アヴェリアが覚悟を決めたその時だった。

 ――「……手間かけさせんじゃねぇよ……一度死んだと思っていた実の子を手に掛ける親がどこに居んだよ馬鹿野郎が……」

 目の前の優しかった母親はもう居ない、古の実験で遺伝子を変えられその苦しみの中で暴れるウミの振り上げた脚に叩き潰される覚悟を決めたアヴェリアだったが、その眼前に姿を見せたのは。
 回転しながら残り僅かなガスを噴出して彼女の両目を両方のブレードをぶん投げて潰したのは自分の父親だった。

「親父!!」
「アヴェリア、……お前には色々と話さなきゃならねぇことがある、もちろん、こいつにもだ……」

 リヴァイの眼差しは静かな怒りに満ちていた。言う事を聞かない相談もしない勝手に思い思いに行動する妻と息子へ、そしてその抱えていた思いに気付かず二人を失って娘に寂しい思いをさせた自分へ。

 だからこそ、生きて何としても連れて帰るのだ。
 リヴァイはアヴェリアに安全な場所で待っていろと告げると目にも止まらぬ速さでウミに切りかかった。

「(例えお前が醜い巨人になろうが、関係ねぇ……お前は俺の女だ、どんな姿でも、それだけは変わらねぇ)」

 自らの腕で最愛の彼女を救うべく……。
 前のめりに傾く巨人化したウミの肉体もエレン達知性巨人を同じ構造ならば、そのうなじの中に根付くウミの本体を引きずり出すべく。
 かつて、暴走したエレンが「女型の巨人」であり、そして証人でもあるアニを捕食しかけたあの時と同じように。弱点であるそのうなじを躊躇いもなく切り落とし、だらんと筋組織に繋がれたウミ本体をようやくその腕に引き寄せる事が出来た。

「獣の巨人」との死闘、そして盟友エルヴィン・スミスとの別れから成長していく若い兵士達と違い、自分はどんどん年老いていくばかりだ。
 憎むべき因縁の相手である「獣の巨人」を倒した以上の余力はもう残されていない。
 だが、理性を無くして暴れまわる巨人など自分からすれば奇行種と同等だ。
 吹き出す蒸気が熱いが、その熱さの先に彼女は居る。リヴァイが巨人体に手を突っ込み、力任せにうなじから引きずり出したのは――。
 
 昨晩酩酊状態で抱き合い確かに確かめた永遠を誓った、紛れもなく恋しい最愛の妻だった。そして彼女が巨人化できる人間となった事は紛れもない現実なのだと、巨人能力者に課せられた13年の呪いが彼女の身体も蝕んでいるのだと、不治の病よりも過酷なこの現実に男は悲痛な面持ちでウミを見つめていた。

 これまでのウミの生きてきた道は決して平たんな道ではなかった。そして度重なる戦闘で幾度も彼女の脳はあらゆる打撃を受けていた。その過程でパラディ島の医学ではどうすることも出来ずに蓄積した血の塊がいずれ時限爆弾のように脳内で爆発して死ぬことが決められたウミ。
 しかし、彼女は自分が知らぬ間に自らの命の期限を13年後に延ばすために、敢えて自分が故郷を奪った忌むべき存在へと姿を変えた。
 もう自分は兵士として戦えないからこそ、ウミは別の形で自分達が出会い合いを交わし合ったこの島を救うべく、独走したウミ。

「お前はいつもそうだ……俺に何も言わずに勝手に黙って俺から離れていく、俺を、置いて行く……」

 それでも自分はそんな彼女を愛すると決めたのだ。
 どれだけ離れてもきっとお互いを思う気持ちは、心は永遠に、変わらない。自分が跪いて女神の前で交わした誓いは嘘じゃない。
 あれはただの誓いではない、永遠にたった一人の人間を最後まで愛し抜く誓約を彼女と、彼女との間に宿る命と、ウォール教の女神と、皆の前で交わしたのだ。

「俺は、お前が生きててくれりゃあそれだけでいいのに……ウミ……」

 巨人化能力者となった最愛の妻を受け止めてようやく、本当に彼女は自分の腕にまた戻って来たのだと、信じた。
 抱き留めるようにウミを連れ、そして家出息子を連れ、最愛の家族でもある子供たちが待つ島へ帰るのだと。そう決めて飛行船へと舞い戻るのだった。

2021.04.14
2022.01.30加筆修正
prevnext
[back to top]