THE LAST BALLAD | ナノ
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#120 その名はアッカーマン

 行われていた舞台は突如演者ヴィリー・タイバーの死を持って終幕となった。「始祖の巨人」の能力を王から奪った、エレン・イェーガーの手によって。それによって多くの関係のない民間人が巻き込まれたのだ。
 それだけではなく、マーレ軍の上層部やヴィリー・タイバーの演説に各国から呼び寄せられた要人たちもまた数多くの民間人が犠牲となった。
 これは予告もなく繰り出されたパラディ島の悪魔たちからの奇襲攻撃である。手にした巨人の力で暴れまわるエレンの姿を遠目に見つめ、舞台の下敷きとなりその身は貫かれ夥しい血の海の中で内臓を損傷し、指先ひとつさえも動かせなくなったまま息絶えようとしていたウミの目の前で。

 今まで軍の上層部の中でも一部しか知らなかったその秘密を明かしたヴィリー・タイバーの実妹であるラーラ・タイバー。
 彼女こそが代々タイバー家が引き継いで来た最強クラスの能力を持つ「戦槌の巨人」の本体だと明かす中、その能力である硬質化を用い大槌を操り、エレンの脳天を撃ち砕いたところに炸裂したミカサの雷槍から美しく夜闇に浮かぶ爆炎を見つめて、自身の身体を包み込むように迸る光を押さえ込んだ。

「(ダメよ……まだ……完全じゃない……お願い、ここでは……出てこないで……)」

 瀕死の重傷を受け、このままでは死を待つばかりとなる。しかし、すでにこうなる事は自分でも覚悟していた筈だ。
 ウミは流れる血と共に生きる力さえもを奪われ、寒さではない震えから来る手を握り締める。この状況を脱するにはもう最後の手段しか残されていないことを知るのだった。

「(大丈夫……あの子なら、きっと――やり遂げてくれる)」

 自分と、彼との血を分けた自分が代償に差し出した愛すべき宝物達をきっと守り抜く、生きてどうかこの国を離れてくれると信じている。
 いい加減この国で戦士を目指して戦争に従事などしなくてもいいから早く自分達の故郷へ帰ってほしい。
 彼が強さを求めているのは分かる。彼ヒストリアの為に強くなろうとしていた。その為に、王女を守護し、島中から羨望の眼差しを受ける「人類最強」の称号を持つ自分の父親のようになりたいと、目指したくてどうしたら強くなれるのかと、足掻いていたことは知っている。
 全てはあの島の為に。この国でウミがしてきた事は決して無駄ではなかったと、自ら信じて。飛び交う黒装束の集団。あの時とは違う、緑のマントも自由の翼も背中にはないが、それでも。ウミには感じられたのだ。

「(みんな、来たのね……迎えに、これからパラディ島がどんな報復を受けるか……それでも、エレンを死なせない為にこんな危険を冒して)」

 きっと、彼もその中心にいるのだろう。どんなに危険だとしても、敵地に乗り込んで来た。調査兵団達が島からここにやって来た意味は勿論理解している。
 だが、今は自分の身よりもどうか彼らが無事にその役目を果たすことを願った。

「(あなたをひとりにはさせないから……)」

 ウミの言葉を受けたアヴェリアは息絶えてしまいそうな母親の願いを叶えるために息を切らしてエレンと「戦槌の巨人」が壮絶な戦いを繰り広げ、調査兵団も加わった激戦と化した舞台から逃げきり、ある場所へとふらつく足を叱咤し向かっていた。
 戦場を幾度も駆け抜けてきたアヴェリアでも民間人の死体が転がる夜闇の中を走るのは逃げ惑う大人たちの群れをかき分けるにはまだ小柄な体躯でこのまま地面に転がり込めば無惨に逃げ惑う大人たちに踏み殺されたウドと同じ末路を辿るだけだ。

「クソッ……ガキはどこに居んだよ……!! こんな紙切れと住所だけ教えられたって分かんねぇよ……!!」

 レベリオにある一角を探し回りアヴェリアは悲鳴と混乱の渦巻くレベリオの地を走る。示された紙切れを握り締め、曲がり角を抜けて、アヴェリアがようやく辿り着いたのは一軒のそれなりに大きな、屋敷ほどではないがジオラルド家がかつて残していた旧家だった。
 この国を自ら捨てた自分母親の一族はマーレのあちこちに屋敷だけでなくこういった別荘を持っていたらしい。
 そしてここでウミはひとり、故郷の島を懐かしむようにあの豚と暮らしていたのだろうか。
 レベリオが巨人の襲来を受けた、これはパラディ島の報復だ。すぐさまこの混乱を受けてこの家も主が居ないのだと知る。
――その時、アヴェリアは確かに部屋の奥からまだ小さな子供の声を聞いたのだ。

「まさか……あぁ。そういう事かよ、」

 ご丁寧にドアのカギは開けられており。すでに住民たちは逃げたのかもぬけの殻で、地下街で学んだ錠前破りも、ドアを蹴破ってお邪魔する必要はないようだ。

「ッ……」

 彼女は自分の不在時は誰かに自らこの地で産み落とし育ててきた我が子たちを常に守りあの豚やこの国では英雄として称えられているアヴェリアがそれでも見つからないように必死に隠していたことを知るのだった。
 彼女の代わりにこの家の留守を預かっていた女中は外の異変に気付き、様子を見に中庭に出たらしいが、逃げようとする間もなくエレンが巨人化したことで起きた騒動に巻き込まれて飛んできた瓦礫の下敷きとなって上半身諸共潰されて死んでいた。
 立ち込める血の香りに暗闇でよかったと言い聞かせ、アヴェリアがずかずかと進むのは二階の部屋だった。

「アンタも災難だな……おとなしく家に居れば死なずに済んだかもしれねぇのに」

 一番奥の明かりが漏れる部屋の扉を開けば、自分の母から身だしなみだけは女性のたしなみよ、と口うるさく父親に話していたことを思い出す。父親もそんな身だしなみに気遣う彼女を愛していたことが分かった。
 いつも兵士としての彼は唇を真横に結んで威厳を崩さない彼が自分の母親の間では目を弓のように細めて口元も笑みを浮かべていた。見てるこっちが恥ずかしくなるほどにお互いがお互いを愛していることが分かった。
 だからこそ長い時間をかけて自分は捨てられたと誤解していた自分の両親との絆を取り戻すことを決めたのだ。
 部屋からもいつも漂っていた香水と化粧品の香りがした。そして、母親のサイズにしては大きすぎる寝台のその両隣に置かれた小さな寝台には、

「母さん……やっぱりそうだったんだな」

 すやすやと長い睫毛が伏せられたまま眠る二人の幼児の姿にアヴェリアは無言で眠る二人を起こさぬように、孤児院に居た時にヒストリア女王に教えられた手つきで子供を抱き締めた。
 母親はこの国で極秘に子供を出産していたのだ。また一人あの体で無理をしたに違いない。
 それでも彼との間に宿した命を守るために。彼譲りの黒髪の男女の双子の兄妹。自分と同じ血の流れる大切な家族たち。

「絶対に生きてあの島に、親父の元に連れて帰るからな……。母さんとの約束だ」

 ふと、アヴェリアは背後のクローゼットが何故か意味深に開かれていたことに気付いて思わず駆け寄った。
 そこはウォークインクローゼットとなっており、其処にはあの豚が母親にこぞって贈りつけたドレスや高級な衣服たちが所狭しと並んでおり、そして、その奥、そこには自分が憧れていたあの装置が並んでいた。

「何で、ここに旧式の立体機動装置が……?」

 今は改良を重ねて進化した立体機動装置だったが、頑なに旧式にこだわっていた父親の姿を重ねた。
 父親だけはどれだけ装置が発展しても動きやすさや改良を重ねても旧式にこだわり、亡き戦友の調査兵団の象徴でもある自由の翼を模したマントを離さずにいたことを思い出していた。
 母親が調査兵団を退団したのは自分があの二人と親子関係を取り戻すよりもうずいぶん前の事だと言うのに。
 その際に身に着けていた立体機動装置も手放した筈なのに、あの島で生み出された対巨人兵器。その存在も装置の仕組みも全て謎に包まれたこの装置を母親は無断で他国へ持ち出していたと言うのか。
 自分が島の人間であることを忘れない為に。そして、父親と同じ旧式でこの地でたとえ調査兵団でなくても戦い続ける事を選んだ覚悟の現われのように。

「ガスは……あるな、確かに立体機動装置の方が移動には便利だ……けど、こんな代物。俺には使えねぇよ……」

 しかし、子供二人抱えてこの地から一人守りながら生きて逃げられるだろうか。そんな不安にさいなまれる中でアヴェリアはどうすることも出来ずに旧式の立体機動装置を手に呆然と立ち尽くすのだった。
 外ではエレン・イェーガーが襲撃し、壮絶な戦場と化して住民たちがパニックに陥っていると言うのにアヴェリアが守り抜いて極秘で産み育ててすくすくと成長している二人の兄妹は父親と同じ黒髪をして、外の喧騒を知らずに穏やかに夢を見ていた。
 ここに居ない、もう戻れない母親がまたその腕に抱いてくれることを心待ちにしながら……。



 一方、レベリオの地がエレン・イェーガー率いるパラディ島の悪魔により襲撃されたという知らせを無線を使い、幹部たちが全員やられた今、事実上望み通りにマーレ軍のトップとなったマガトが急ぎ知らせるべく幹部の居ない今、計画通り自分が先陣に立ち、指揮を取るべくマーレ陸軍と海軍へ援軍を呼び掛けていた。

『指揮系統が崩壊した今こそ!! 我がマーレ軍の力が試される時だ!! 特別警戒中の陸軍一個師団、全て山から降ろせ!! 沖の艦隊もだ!! 西と東から三万の兵力をここに集結させろ!! レベリオ収容区を封鎖する!!「始祖」を含め、島の悪魔どもを一匹たりとも逃してはならん!! そしてジオラルド家の令嬢を何としても死守せよ!!』

「始祖」が自らこの国に現れた、ジオラルド家の「始祖再生計画」と言う希望が自分達にはあるが、恐らくそのジオラルド家の令嬢も奴らは取り返しに来たに違いない。ジオラルド家を手放すわけにはいかないのだ。「始祖」を再生できる肉体を持つのは歴史で伝えられてきた通りならば間違いなく何百年にもわたり初代から生まれずにいた女児である彼女だけだ。

「(今のうちに暴れてろ……。もうお前たちに未来は無い。この虐殺事件を受け、式に参加した要人ら主要国家は当事者となった。ヴィリー・タイバーの思惑通り世界に「エルディア帝国」の脅威が知れ渡ったのだ。世界はお前らを生かしておけなくなった。しかし……ヤツらとてそんなことは承知のハズ……だとすると、何を考えて――」

 パラディ島の悪魔たちの思考が読めずにマガトが思案する中、建物に隠れて銃撃戦は繰り広げられていたが、立体機動装置を装備した彼らが自由自在に宙を飛び回る中なかなか狙いを定められず、マーレ人からすれば見た事もない装置で動き回りこちらに銃弾を撃ち込んでくる兵士達に苦闘を強いられていた。

――トン

「くッ――!!」
「ぐああああああ!!!」

 その時、施設内にある一つのものが窓から放り投げられた。建物に隠れて銃撃戦を続ける自分達へパラディ島の悪魔から送られたのは爆弾だった。
 マガトが急ぎ退避を促すも間に合わない、施設内は爆炎に包まれ隠れていたマーレ軍は木っ端みじんに吹っ飛んだ。

「悪魔どもめ!!」
「撃ち落とせ!!!」

 屋上で新しく開発されて、性能が増した立体機動装置で飛び回る長身の髪の長い男がマーレ兵に向かってアンカーを射出し、そのままワイヤーを巻き取る動きで引っ張り上げそのまま屋上から階下へ投げ飛ばすと、背後で建物から巻き上がった爆炎を見上げた。

「あいつら……」

 そう吐き捨てると急ぎその爆弾を投げ入れた者の元へ向かう姿に昔の面影は何処にも無い。
 104期生の中で一番背が伸び、訓練に明け暮れた肉体は厚みを増し、かつては安全な内地での活躍を希望していたが。亡き親友の思いを受け調査兵団へ自ら進みそして活躍の果てに己の見出す道を決めた少年から青年へと姿を変えたジャン・キルシュタインだった。

「オイ!? 収容区ごと燃やすつもりか!? 民間人への被害は最小限に抑えろ!! わかってんのかフロック!?」
「ジャン、ここにいるのは敵と、敵の住む建物だけだ!! 俺達「壁内人類」がどれだけ壁の外の奴らに殺されてきたか忘れたか!? シガンシナ区は破壊され、大勢の民間人が食い殺されたんだぞ!? まだまだこんなもんじゃ済まされねぇよ!!」
「お前まだそんなこと言ってんのか!?」
「見ろ、エレンは示した。「戦え」って。俺達はただ壁の中で死を待つだけじゃない。俺達には……あの悪魔が必要だ」

 そして、シガンシナ区決戦での壮絶な体験からすっかり変わってしまったフロックは完全にこの国へ復讐する覚悟で命令に背き民間人だろうと構わずマーレの人間は全員が自分達にとって排除すべき敵であるという認識の元に憎悪に取りつかれるままに民間人と軍の人間関係なく攻撃を仕掛けていた。
 彼を変えたのは紛れもなく悪魔をよみがえらせようとしたフロックの起因でもあるエルヴィンの存在だろう。
 フロックが示した先には巨人体のエレンの姿がある。



 エレンとようやく再会を果たしたにもかかわらず、無精ひげに無造作に伸びた髪、変わり果てた大切な家族の姿に、そして彼がここで起こした悲劇を目の当たりにしたミカサが悲哀に満ちた表情でエレンに呼びかけていた。

「エレン……あなたは……自分が何をやったのか……わかってるの? あなたは……民間人を殺した……子供も……殺した……。もう……取り返しがつかない……」

 エレンの傍にしゃがみ込み、彼を見据えるミカサの黒真珠のように美しいその瞳には彼女が普段見せた事のない悲しみが含まれていた。エレンとの再会を喜ぶよりも目の前の惨劇に、シガンシナ区で自分達が味わった悲しみそれ以上の惨禍を敵の国でまるでやり返したようなエレンの行動に、その惨劇を引き起こしたエレン本人へ対して堪え切れずに大粒の涙を浮かべてこの現状を嘆いていた。
 しかし、エレンは何も答えずに、涙浮かべるミカサを虚ろな目で見つめ返すのだった。

「ミカサ、まだ終わってない」

 涙を浮かべるミカサに対し、エレンは冷静に倒れ込んだまま動かなかった「戦槌の巨人」がゆっくり起き上がろうとしている姿を見つめていた。

「……そんな筈はない。うなじを完全に吹き飛ばした……」
「オレもうなじを念入りに潰した。だが奴は死んでいない」

 頭を押さえながらゆらりと起き上がった「戦槌の巨人」が突如「戦槌の巨人」の能力である高質化で新たにその手に作り出したのはボウガンのようなものだった。そこから幾重もの矢を射出してこっちに向かって飛ばしてきたのだ。
 危なくエレンの巨人化を貫くその前に、アンカーを射出し、ミカサがエレンを片腕で抱き抱えてその場から離れ回避する。

「(そうか……)「戦槌の巨人」……硬質化で何でも器用に作っちまうってわけか……わかってきたぞ。いくらうなじを潰しても死なねぇわけだ……ミカサ、奴の注意を引いてくれ。うまくいけば「戦槌の巨人」を食える」

 これまで巨人を一匹残らず駆逐してやると言い放っていたあの劇場化の彼の姿はもう何処にも無い、面影すら残さずエレンは変わり果てた。
 立体機動装置で飛び回りながら近くの見張り台に着地すると、エレンは突破口を見出したのか、涙ぐむミカサへ協力を依頼したのだった。



 その一方で、レベリオ収容区では突然の巨人の襲来による負傷者が大勢出た事で混乱を極めており、重症者と軽症者の線引きも出来ていない用で医者や看護師たちが院外の中庭に横たえられた負傷者たちで埋め尽くされ、あちこちを走り回っていた。
 踏みつぶされて頭からは脳味噌が飛び出しおびただしい量の血を流してぐちゃぐちゃで、虫の息である未来の戦士候補生であるウドをどうにか診てもらえないかと入り口の前でコルトも願い出るが、病院内は負傷者と鉄の匂いとうめき声で埋め尽くされ、既にウドはコルトの腕の中、その短い生涯を終えていたのだった。

「ダメダメ、ベッドは満杯だ!! その子もとっくに死んでるよ!!」
「……そんな!! ちゃんと診て下さいよ!!」
「君こそこの状況を見ろ!! 戦士候補生だろ!?」
「先生、お願いします!!」
「分かった、すぐ行く!!」
「くッ……」

 戦士候補生だからこそ、この状況下だからこそ、民間人の救える命を優先して救うべきである。医者からの言葉を受け、コルトは悔し気に自分の腕の中で冷たくなっていくウドを抱き締める事しか出来なかった。かわいがってきたウドが死んでしまった。戦士になる事もなく、その小さな少年の身体は幾多もの逃げ惑う人々の群れの中で踏みつぶされて……。

「ガビ……お前は家族と一緒に居ろ……どこが安全かもわからない状況だが、広場からできるだけ離れているんだ。広場の巨人は戦士隊のみんなが倒してくれる。俺はファルコを探しに戻るか「……私も戻る、ウドとゾフィアが何で殺されたのか……わからないから……!!」
「待て!! ガビ!! 行くな!!!」

 動かなくなったウドをコルトがそっと地面の冷たいシートに眠らせてやると、ガビに後は戦士隊に任せて今すぐこの場を離れて家族の元に行けと促すも、ガビの目は怒りと悲しみに燃えていた。
 それはまるであの日の少年だったエレンの時のように、激しい怒りと理不尽に故郷を奪われた憎悪に満ちており、その怒りのままにガビは目を剥き出しにして激しい怒りを連れコルトの制止も聞かずに激戦の地へ引き返してしまったのだ。
 その進行方向先では、ガビと同じように集まった兵士たちが軍の運搬車両に乗り広場へと向かっていた。

「オイ、止まれ!! こっから先は戦場だぞ!!」
「ガビ、ガビじゃねぇか!! 無事だったんだな!!」
「何してんだ!?」
「門兵のおじさん!! 私も戦うから通して!!」
「バカ言ってんじゃねぇぞガキ!! お前は家に帰って――」

 いつも訓練帰りの自分達を出迎えてくれた門兵達がガビに気付き、彼女に危ないから戻れと必死に止める中、すぐ近くを走っていた兵士たちを乗せた運搬車両が突如赤い火柱を上げて爆発したのだ。

「なッ!! 上だ!! 爆弾を落としてくるぞ!!」
「クソッ、何なんだこいつらは!?」
「うわあああああ!!」

 爆弾に巻き込まれて炎上する車両たち、真上を見上げれば夜の闇に消えそうな黒い装束を纏い、ワイヤーを器用に操って空を飛ぶ調査兵団達の姿がガビの目にも飛び込んで来た。

「くそっ、」
「上だ! 上に居る!!」
「逃げろ、ガビ!!」

 銃で応戦するが、ワイヤーを器用に操り縦横無尽に空を駆ける集団に効くはずもなく成す術もなく倒れていく兵士達、ガビを守ろうと門番の男がガビへ逃走を促す中、ある一つの弾丸が門兵の眉間を寸分の狂いもなく貫いたのはほぼ同時だった。

「な!? オイ、大丈夫か……!?」

 その時、もう一つの弾丸が命中し、門番の男達はガビの目の前で帽子を吹っ飛ばされそのまま絶命した。

「おじ……さん……!?」

 ガビが放たれた弾丸の発射元に視線を向けた時、彼女が見たのは黒い装束に身を包んだ髪をひとまとめにした女の兵士だった。相当の手練れなのだろう、だが、彼女にはガビが民間人に見えたのか、ガビを狙うことなく冷静にライフルの弾を装填していた。
 ガビにはその姿はまるで、血も涙もない悪魔の末裔の島から来た魔女のように見えた。
 去って行く悪魔の末裔達を横目に洗脳教育もあり「島の忌むべき悪魔」と教え込ま手育ったガビは故郷を滅茶苦茶にされ、顔見知りの比とも次々に殺された怒りによって憎悪に唇を噛み締め、門兵の持っていたライフルに手を伸ばしていた。



「この道も塞いだ。行くぞ。サシャ」
「コニー、明かりを灯すことをお忘れですか?」
「あぁ……そうだった」

 呆然と立ち尽くすガビには目もくれず、サシャ、そう呼ばれたかつて弓矢を手に戦っていたポニーテールの良く似合う活発な少女は四年の歳月を経て弓矢からライフルに武器を変え、狙撃兵として第一線で活躍する優秀な兵士へと成長を遂げていた。
 その彼女の元に駆け付けたコニーもまた、この四年間でリヴァイよりも小柄だったその体躯はすっかりと成長し、精悍な顔つきをした兵士となっていた。
 コニーはサシャに指摘されて慌てて今回の作戦の要でもある大事な意味を持つレイス領地の地下から発掘されたあの明かりを手に屋根のある棟の先端部分に括り付けた。

「ジャン、敵の増援は暫く来ないぞ」
「こっちもあらかた敵を制圧した。明かりの設置は?」
「すべて仕掛けました」
「作戦は順調か?」
「今のところは。な、時間までにあの「戦槌の巨人」を無力化さえすればな。だが……分からねぇ、何が起きたっておかしくねぇよ。この戦いの先に何があるのか、それを見極めるためには、生き残らねぇと」

 いつも三人一組で行動していたサシャ、コニー、そしてジャン。三人はいつも命知らずの調査兵団のメンバーにやっとの思いで突いていくのが精いっぱいだったが、これまでの経験で今では調査兵団の重要な戦力の要となって、見た目も成長したが、調査兵団を導く頼もしい存在へと精神的な部分でも立場的にも、立派な成長を遂げていた。
 ジャンが呟くその目線の先には、たったひとり最重量級の武器である雷槍をまるで紙のように軽々と扱い、次々と命中させると建物を駆け抜け、自分の手足のように立体機動装置で素早い動きとしなやかな身体で動き回りミカサが「戦槌の巨人」を相手に翻弄し、ミカサが華麗に「戦槌の巨人」と戦い、攻撃をかわしながらも追い詰めようとする、その様子を窺っていた。

「(――違和感の正体がわかった。戦槌の巨人が現われた時に感じた違和感だ。こいつは……足元から体ができていった。うなじからではなく、ステージ中央の地面からだ。戦槌の本体は……そこにいる)」

 エレンが地を蹴り、地面へ落下しながら再びその身が雷光へ包まれ、巨人体へ姿を変えた。
「戦槌の巨人」のかかと部分から伸びる白い紐のようなものを辿れば、それはステージの下へと繋がっているようだった。
 それを気付き、そのまま地面へ手を突っ込めば、目論見通り、其処には「女型の巨人」と同じ硬質化の結晶体に包まれた「戦槌の巨人」の本体であるラーラ・タイバーが意識のある状態で閉じ込められて身を潜めて居たのだ。

 バキバキバキバキと言う音と共に地面深くからその水晶体を引きずり出すエレン。「戦槌の巨人」本体と連結していた紐のようなものを引きちぎり地面に叩きつけると「戦槌の巨人」は動力を無くしてその場に倒れてしまう。

「……!? まずい、「戦槌の巨人」が食われる……」

 爆撃から辛くも生き残り、額から血を流したマガトが建物の影からその光景を目の当たりにし、呆然と呟いた。
 エレンが大口を開けて、「戦槌の巨人」を取り込もうとその本体で在る水晶体に閉じ込められたラーラ・タイバーを捕食しようとしたその瞬間、建物に張り付いていたポルコ・ガリア―ドがユミルからその能力を引き継いで変身した「顎の巨人」としてその隙を見てエレンの無防備なうなじへ一気に飛びつき、弾丸さえもものともしない鋭い爪を皮膚に突き刺し固定すると、そのまま大口を開けたのだ。

「(この瞬間を待っていた……!! 始祖を奪還する!!)」

 エレンが気付いて振り向いた時には「顎の巨人」は既にエレンのうなじに高質化で出来た強靭な牙を突き立てようとしていた。

「んな!?」
「エレン!!」

 エレンが危ない、エレンが「戦槌の巨人」を捕食する瞬間を見守っていた104期生達に焦りが生まれたその瞬間、夜闇を斬り裂く目にも止まらぬ速さでエレンのうなじに噛みつこうとしていた「顎の巨人」とエレンの間を一陣の風が駆け抜けたのだ。
 それあまりにも目には追えない俊足で、ポルコは一体何が起きたのかわからなかったがエレンのうなじをかじり取ろうとしていた強靭な顎からだらんと力が抜けてしまったのだ。その一瞬の風は「顎の巨人」の顎の筋肉を一瞬で断ち切ってしまったのだ。

「(ッ――!? 何だ!? 噛み切れねぇ!!)」

 その時、緑のマントが視界に飛び込み、空を舞う一人の男の姿を目に焼き付けたのだ。

「今のはこいつが!? まさか……アッカーマン!?」

 対峙したジークからも警戒しろと教え込まれていた人間の身でありながら、巨人と同等の力を引き出すことができるパラディ島の驚異の一族・アッカーマン家の存在をポルコに思い起こさせた。
 ガスを噴射し、旧式のりった機動装置に盟友のマントを身に着け颯爽と姿を見せたのはもう一人のアッカーマンであるパラディ島の人類最強と言う称号を持つリヴァイだった。

「(ここはマズイ!!)」

 リヴァイの一撃に隙をついてエレンが背面へジャンプし、ポルコを建物に叩きつけた衝撃でその拘束から逃れる事に成功する。エレンに髪を掴まれたポルコが即座にここでは分が悪いと体勢を立て直すべく離れようと俊敏に建物へ移動した瞬間、彼の眼前で雷槍がさく裂し、ポルコは背後からそのまま地面へ落ちていく。
 追撃をしたのは同じくアッカーマンの血を持つミカサだった。

――「王家の伝承のみの存在と思われていた一族巨人化学の副産物・アッカーマン一族と思わしき存在が、あの島には少なくとも…… 二人……。本当に、恐ろしい人間でした。……正直、奴にはもう会いたくありません」
「(バカな!? 俺は……巨人だぞ!? こいつら、人間の姿のまま、俺を……殺す気か!?  これが……パラディ島の……悪魔!!)」

 建物から地面へ叩き落とされたポルコの目の前を銀糸が飛び交い、いくつもの兵士たちが取り囲むように自分を覆っていた。その中心、そこに居たのはリヴァイの夜闇の中でもわかる鋭い眼光が島の悪魔の驚異的な攻撃に怯えた様なポルコを見据えていた。

 目の前にリヴァイの怒気迫る表情が迫る。死地を生き抜き研ぎ澄まされた男のその迫力と身も凍るような状況で死を覚悟したポルコだったが、その背後で突如散弾が容赦なく炸裂し、縦横無尽に飛び交い襲い掛かろうとしていた調査兵団達が一斉に散らばったのだ。
 その中には突如放たれた散弾を喰らい地面へと落下した調査兵団も居る。仲間の損害を出したくなかったというのに。
 誰よりも仲間の犠牲を誰一人出すことなく、この任務を終えるために。そう望んでいたリヴァイが忌々し気に舌打ちをして仕方なくその場を離れた。

「あぁ!!」
「――チッ」

 紙一重で回転しながら弾丸を交わしたリヴァイが弾丸をまともに食らい落ちていった仲間達を悼み舌打ちをするその先には自分もかつて対峙したあの巨人が屋根の上に居た。
 弾をかわして建物内へガラスをぶち破り逃げ込んだジャンも建物内のテーブルに身を潜めて弾丸から自分の身を守りつつその姿を見て悔し気に顔を歪めた。
 それだけリヴァイもジャンにとってもその巨人はシガンシナ区決戦で脅威をもたらし望みを奪った忌まわしき存在であった。

「クソッ!! こいつもかよ「車力の巨人」」

 目線の先、屋根の上、そこに居たのは、準備を終え、兵装した「車力の巨人」へと姿を変えたピーク・フィンガーの姿だった。

「(ピーク!!)」
「(何とか間に合った――。やはり、この重機関銃武装は立体機動にとって天敵。時間を使って準備した甲斐はある)」

 巨人体の中、巨人と本体の筋組織に繋がれたピークはポルコの危機に急ぎ駆け付け窮地を救った。
 その光景にを見ていたエレンの方で掴んでいた「戦槌の巨人」の本体の結晶体を見ると、本体であるラーラ・タイバーが目を光らせた瞬間、エレンは突如出現した「戦槌の巨人」が具現化させた大木のようなものに肉体を貫かれ拘束されてしまったのだ。

「エレン!!」

 ミカサが呼びかけるその背後で大きな足音が響く。ズシン、ズシン、と大地に響く重低音とその振動に忘れもしないと、リヴァイが憎悪に満ちた目で彼を横目で睨みつけていた。この四年間、その為だけに己の肉体を磨き、そしてそれだけの為に今まで腹の内で思いを燻ぶらせていた。彼の悲願でもある。忌むべき存在。かつて誓った友との約束。

「来やがった……「獣の巨人」……!!」

 ジャンの目にもその光景が見える。姿を見せたのは王の貫禄さえ感じさせる全身を毛でおおわれた猿のような巨体を持つ「獣の巨人」だった。

「ジークさん!!」

 集まってきた味方の巨人に立ち上がる「顎の巨人」そして駆け付けた「車力の巨人」拘束されたままのエレンだがその右手には「戦槌の巨人」本体のラーラ・タイバーが息をひそめる結晶体を掴んだままそうそうたる顔ぶれが出そろったとマガトもその光景を見つめている。

 その一方、門兵から拝借したライフルを手に。広場に向かって、たった一人小さな身体で銃を手に走るガビは怒りに満ちた声でこの街を地獄へ変えた忌まわしき存在の名を告げた。
――「殺してやる、エレン・イェーガー!!」



――『逃がすな、殲滅しろ』
――「死ぬな、生き延びろ」

 仲間達へ、そう呼びかけるリヴァイが先陣を切り、こちらに向かって走って来た「獣の巨人」に向かって飛んだ。
 四年前のあの忌まわしき戦いに今度こそ、自らの手で。

「(獣の巨人は――……俺が仕留める)」

 巡り巡ってきた、待ち焦がれていた再戦の日、自らの手でその宿命とも呼べる因縁にケリをつけるべく、自らの身を懸けて――必ず果たす。
 今ここにリヴァイ率いる調査兵団とジーク率いる巨人たちとの壮絶な再戦が悲劇の地となったレベリオで開戦した。

――ウド
――「進撃の巨人」襲撃に巻き込まれ逃げ惑う人達に踏みつけられ圧死。

2021.04.07
2022.01.31加筆修正
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