巨人大戦に勝利したジオラルド家の当主は何代にも渡り語り継いだ。
女児を産めばすべてのエルディアの巨人化の起因となった「原始の巨人」となったユミルになれると信じていた。
わざわざあの島の悪魔の王を攻める必要は無い、自らがユミルになればいいのだと。
――そして私は生まれた。
原始の巨人となる為に。
始祖ユミルは私の遺伝子を通じて
現世に再び蘇るのだ。
その為にジオラルド家の女児を私に捧げよ
そして、とうとう何千年も生まれなかった女児が悪魔の住む島で産声を高らかにあげるのだった。
優しい色彩にそして意思のある凛とした眼差し、まさしくウミの面影は、その姿は、初代ジオラルド家当初の「戦乙女」そのものだった。
▼
エルディア帝国の英雄の末裔であり、かつて英雄へーロスと、そして、ジオラルド家と共にかつてのエルディア帝国を討ち滅ぼした一族がいた。
秘められた真実の歴史とともに今日まで語り継いできたタイバー家。
9つの知性巨人そのひとつ「戦鎚の巨人」を受け継いできたエルディア人でありながらマーレの政権を掌握する「救世主の末裔」
そんな彼らがとうとうその秘密のヴェールを脱ぎ捨て、突如マーレ軍の本部に来訪したとの知らせは普段戦士隊を束ね、冷静な判断を併せ持ち、エルディア人に対しても平等に接するマガトも驚いていた。
高貴なる一族の来訪の知らせを受けたマガトは部下と共に待機しているタイバー家の長に会うために彼らの待機している部屋へ向かう途中、見知らぬ背格好にすっぽりフードで顔を覆い隠した奇妙なロングワンピース姿の女と廊下の曲がり角でぶつかってしまった。
「大変……!! 大丈夫でしょうか?? 大変失礼致しました」
「ああ、」
その拍子に彼女のフードがぶわっとまくり上がる。流れるような背中まである淡く優しい色彩の髪を揺らした少女とも、女性とも取れる風貌の、見たことも無い女。
「ん? マガト隊長、今の女性は」
「マーレ兵の誰かの家族だろう。腕章もつけていない、マーレ人だ。それよりも今はタイバー家一行の元に向かわねば」
「りょ、了解です」
そうだ、今のは恐らくは軍の家族かでなければ軍の関係者だろう。
それより今はこの国の最重要人物のタイバー家が重要だとタイバー家がマーレ軍の他に自分達に手配した赤い兵服を纏った屈強な体躯に上背もあり、最新の銃を携えたタイバー家を守護するべく腕利きばかりが集められた近衛兵たちがずらりと並んでマガトたちを出迎えた。
「急にすまないな。私がタイバー家当主ヴィリーだ」
「戦士隊隊長テオ・マガトです。お初お目にかかり光栄です、タイバー候」
「よろしく、マガト隊長」
先祖代々「戦槌の巨人」を受け継ぎ守り抜いてきた一族との対面。ずっとベールに包まれていた高貴なる者達の姿を焼き付け、その当主であるヴィリーは思ったより気品のある金髪の髪が美しい紳士だった。快く差し伸べられた手を取り、二人は固い握手を交わした。
「では、我がタイバー家一族を紹介させて頂こう」
ぐるっと輪を囲う様に。ヴィリーは丁寧に自分の家族を一人一人紹介していく。手前には女性が立ち、奥には老婆と老人恐らく彼の両親だろう。そして若い女性を囲う元気いっぱいの彼の4人の子供達。年齢の割に若いのは彼が子孫を残す為だろうか。
賑やかな子供たちの笑い声絶えず響く中で、平和な家庭を築いているように見える。与えられた領域の中、腕章を外すことは許されずに静かに自分達の先祖の罪を償う時まで質素に暮らすエルディア人とはまるで違う優雅な暮らしぶりだ。
彼の立ち振る舞いも高貴さがにじみ出ており、紳士らしく洗練されていた。
全てはこの瞬間、このタイミングで自分に接してきたヴィリーの話に耳を傾けて。
彼と妻の間には多くの子宝が、いずれは子に「戦槌の巨人」を受け継ぐために、幾らでも多くの子供を増やして今世まで繁栄してきたのだと悟った。
陽もとっぷり暮れた頃、バルコニーへ向かうヴィリーとマガトの姿があった。中庭には綺麗にライトアップされたマーレの英雄へーロス像が飾られている。どうやら、ヴィリーは最初からこうしてマガトと二人きり静かな空間での対話を望んでいるようだった。
「結成当初より戦士隊を束ねるあなたなら、一族の誰が「戦鎚の巨人」か見抜けましたかな?」
「いいえ、見当もつきません。本当にここにお越しになっているのかさえも、」
この中の誰かが「戦槌の巨人」の能力者であることを、その正体は誰か、その問い掛けをすり抜けマガトは普段と変わらぬ冷静な態度で彼らを見つめていた。
「ハハ……噂に聞いた通り思慮深い。確かに我々は殆ど姿を見せない。「戦鎚」の正体を明かしてはマーレ上層部でも一部の者だけだからな。しかし、居ますよ「戦槌の巨人」は、この中に。ここにはへーロスの像を見に来たんだ。100年前、人間でありながら大地の悪魔を撃ち破り、世界を救ったマーレの誇る英雄。へーロスの勇姿を。見事だった。勇ましく、美しく、傷一つ無い。まさにマーレの魂そのものだ」
100年前に人間でありながら大地の悪魔を打ち破り、世界を救ったマーレの誇る英雄の像を見つめるヴィリーはまるで当時の事をよく覚えているように懐かしい眼差しで巨人の上に立つ彼を見つめていた。マガトはにこりともせず、相変わらず誰に対しても変わらない表情で答えたのだった。
「えぇ、まさしく。銅像の中は空洞ですし。そして、その一部の者に含まれるであろう本部の主人は、上からの命令で今朝本部を飛び出して行きました。とても珍しいことです。なので今、私が主人の代わりに貴方と話している。これは貴方の御一行が突然お越しになった理由と無関係なのでしょうか?」
「隊長殿は手厳しいな。噂では、マーレ人の徴兵制復活を働きかけているとか」
「マーレ人の戦争とは新聞の活字にみ存在します。字を読むだけで領土が広がるのだから楽でいい。鉄砲玉を浴びるのが手懐けた悪魔の末裔なら尚のこといい。実際マーレ人に弾が耳の横をかすめる音を聞かせたところで、マーレは自壊するまで戦争への歩みを止めないでしょうが。もし、マーレを裏から操る者がいるなら言ってやりたい。とうに手遅れだと。」
「本当に容赦が無いな、隊長。立つ瀬が無い。お察しの通り、このマーレという国はタイバー家の権限下にある。だが、マーレが軍国主義の道を歩んだのはあくまでマーレが選んだことだ。我々はマーレへの贖罪として自由と力を与えた、我々の先代がな、」
「見てきたかのように仰いますな」
「あぁ、見てきたよ、「戦鎚の巨人」と共に記憶を紡いできた。それがタイバー家の務めだ。我々はただ見ていた、エルディア人を檻に入れ、マーレに好き放題やらせるのを。その結果、エルディアもマーレも闇夜に投げ出された。その責任は我々タイバー家にある。巨人の力は時代に遅れをとり、パラディ島からは不穏な動きがある。我々は来る「祭事」において、世界にすべてを明かすつもりだ。そこにすべての望みを懸ける。英雄像を見に来たのは嘘ではない。マーレには再びへーロスが必要なのだ、その為に私が居る。テオ・マガト。今一度この手を握ってくれまいか?」
と、先ほど交わした握手のように、手を差し出していく。ヴィリーは来る「祭事」にて、世界にすべてを明かすつもりだとマガトに協力を依頼するのだった。そして、彼はそっとある人物を紹介した。
「タイバー候、失礼します。連れてきました。どうやら一度部外者と間違えられて帰られてしまったようで、それで気付けば施設内を迷っていたそうです」
「そうだったか、すまなかった。一人にさせて心細かったろうに」
「いいえ、大丈夫です。こちらこそ、一度、お会いしたのにすみません」
彼が連れて来たのは、先ほどすれ違った年齢不詳の女。深くフードを被っていた女は、どこか強い意志を秘めた眼差しでマガトを見ていた。
女は深々と被っていたフードを仰々しく外し、澄んだ大きな目が彼を見つめていた。
「初めまして、マガト隊長。先ほどはすれちがったのに気が付かずにすみませんでした」
そして、澄んだ目をした女性は静かに自らの名前を名乗るのだった。
「私の名前は……ウミ・ジオラルドです。父……カイト・ジオラルドがこの度は……私はパラディ島で生まれ育ちました。その中で四年前ジーク・イェーガー戦士長と出会い私は自分の父が犯した事実を知りました。そして私はその償いの為に、私はタイバー家と共にかつてのようにともにマーレに繁栄を取り戻すため、あの悪魔の島から、亡命してきたのです」
「まさか、あのジオラルド家の末裔が今も、確かによく似ている。かつて投手を殺し屋敷に火をつけそしてそれ以来行方をくらませていたあの破綻した「始祖再生計画」の一翼を担っていたジオラルド家が今も……そう簡単には、信じられませんな……」
「それが、あり得るんですよ。マガト隊長。彼女は私の古き良き友人、カイト・ジオラルドが自らの屋敷に火をつけ、始祖の巨人を奪還するのではなく古の技術でこの世に蘇らせる「始祖再生計画」を自ら破棄した。そして、その情報はすべてあの島に逃亡して尚も隠蔽していた、それを持ち込んだのはあの島で家庭を築いていた彼の娘が全てを差し出してきました。
今回の祭事には彼女もぜひ、と賛同してくれましてな。自分の親の起こした出来事を自ら償うために、あの悪魔の島から彼女はやって来たのです。それが現実です。そして彼女がこの国に返って来たこと、つまり「始祖再生計画」は完遂されたも同じ。そして「始祖」の始まりである始祖ユミルが最初に大地の悪魔と接触しそこからなったとされる「原始の巨人」と共に、この地・レベリオにて催事を行う事にする」
ウミ・ジオラルド。
引き結んだ唇からは何を語るのだろう。なぜ彼女は自ら愛した彼との姓も、命懸けで産み落とした腹を痛めて十月十日守り抜いた最愛の我が子を捨ててまで。
それでも、彼女はあの島を静かに、たとえどんなに離れた場所でも絶えず見つめていた。
そして、自らをこの世界に差し出すことで、今も変わらずに剣を捨てた身分だが、今度は別の方法で彼女は戦いの道を選んだのだ。今も歩みを止めずに。進撃を続けていた。
「しかし、信用できませんね。これまでパラディ島で暮らしていた人間が、今更パラディ島側からすれば敵国でもある我々に力を貸すとは…。それが事実なら、どう証明するのか。ジオラルド家の末裔が」
「私は、父が遺した「遺産」を自らに投与しました。知性巨人を束ねる真の存在「原始の巨人」それが私の持つ巨人の力です。さすがにこの場でお披露目えする事は出来かねますが……万が一始祖奪還計画頓挫したとしても、私が保険になります。私の存在が、この国にどれだけ貢献するか、想像してみるだけ利用価値はあると思います、ただ、その能力をお見せすることは大きな混乱を招きますので。今この場ではかないませんが」
マガトとヴィリーが対話を果たし、そしてヴィリー・タイバーとは切っても切れない縁であるジオラルド家にとっての今の長であるウミとの協力体制が整い始めていた。
なぜ彼女は、愛する家族を捨てそれでも海を越えたのか。自らの死を装って。その真相を知るのはごく一部の者である。
▼
マガトとヴィリー。そしてウミ。
三人の出会いは後に大きな変革をもたらすことになる。
そして、それがこの地レベリオに悲劇をもたらす起因になる事も。
世界の為、この地区は見捨てられるのだ。
かつてのあの島のシガンシナ区のように。
――それから一カ月後。
着々と準備は進められていた。マガトはヴィリーの命令で秘密裏に軍の内部事情を探り、その成果をある一冊の手帳に認めていた。
「巨人は南からやってくる……」
軍議会議ではマーレ軍とエルディアの血が流れるマーレの戦士達、そしてその中で唯一のパラディ島帰還者であるライナーを筆頭にパラディ島制圧作戦の会議が行われていた。
しかし、いざ会議となれといくら自分達が巨人化能力を持ちこれまで大国マーレで戦果を挙げてきたエルディア人だとしても、流れる血が結局はマーレとエルディアの間に見えない壁を作り、作戦会議も区切られて終わってしまった。やはり歴史の中で虐げられた歴史は変わらない、差別は会議室でも行われた。過去に犯したエルディア人の罪が聞く耳すら持たない、とでも言うのだろうか。
決定打となる情報を得られなかったと、純粋なマーレ軍幹部は「エルディア人」に喋らせたのがそもそもの間違いだったとライナーを見切り、行われていたパラディ島上陸作戦を踏まえたマーレとエルディア人戦士隊の会議は進展がないまま終わりを迎えるのだった。
「パラディ島作戦は順調だな。上官方は大変聡明であられる。どんな作戦を告げられるのか楽しみだ」
「例えば……あの五人の子供達に全てを託すとかね。これからどうなるんだろう……私達エルディア人は」
バルコニーからは自分達の世代から次の戦士となるまだ幼い彼らが訓練している光景を眺めながら息苦しい会議室で吸えなかった空気を思いきり吸い込んでいた。
戦士候補生の中で今一番優秀でこのマーレの為に自らを犠牲にする事も厭わない大胆不敵な行動と勇気で時期鎧の継承者に相応しいと呼び声の高いガビと、そして素性の知れぬ孤児のアヴェリア、二人を先頭に、まだ若い戦士候補生たちはライフルを抱えて装甲訓練に明け暮れているようだった。
その姿にかつての自分達を懐かしみ、そして思い出を重ねる現・マーレの戦士たち。
「ん? お……」
ライナーの目線の先には、ガビとアヴェリアを追うファルコが決死の走りでとうとうガビを追い抜き、そして、それを見ていたアヴェリアが気付かれぬようにゆっくりペースを落としてファルコへ一番を譲ると、そのままの勢いで真っ赤な顔をしたファルコは淡い思いを寄せるガビを巨人にさせたくないとその一心でその誓いをしたライナーが見ている場面で堂々とゴールを決めたのだった。そんな彼の姿に密かに彼を応援しているゾフィアとウドも褒め称えている。
その光景を見たポルコが鼻で笑いながらも微笑ましく見つめていた。
「フッ、一度勝ったぐらいであの騒ぎだ……全く、こっちの気も知らないで」
「あいつ……」
「いや、ファルコが今更どんな成績を残そうと、ガビの優位は動きませんよ」
ファルコの見せたその意地に対してライナーは彼を見直したように、もしかしたら彼は本当に自分達エルディアに新たな可能性を齎すかもしれない。と、希望を抱かせる中で弟の奮闘する姿に対して実兄コルトは冷静だった。
「それはどうだろうな。戦士候補生の巨人への選考基準なんて曖昧なもんだぞ、なぁ。ライナー」
今は亡き兄の巨人を引き継いだポルコが双ライナーへわざとらしく声をかける。かつてマルセルの印象操作によって「戦士」を獲得したライナーに向かってポルコは戦士の選考基準など曖昧だと呟く。その言葉からは自分が本来選ばれるべき人間だったという彼の当時の言葉にならない複雑な心情が露わになっていた。
「そんな、いくらマーレ軍でもそんな判断しませんよ。それに、ファルコまで巨人にならなくたって……」
「気を付けろよ、コルト、何処で聞かれてるかわからないぞ、俺達戦士隊の名誉を軽んじる気か?」
「……すみません、ジークさん、軽率でした」
巨人継承の名誉を軽んじるコルトの発言に注意勧告するジーク
コルトもまた弟を守りたいと、ファルコが巨人になることを懸念していたようです。
「まぁ……弟を巨人にしたくない、それが兄貴ってヤツだろ」
同調する想いがあるのか、弟を思い、ガビにその胸に抱いた淡い思いを抱えたファルコがガビの代わりに鎧の巨人になる事を内心よく思っていないコルトへそう促すジークもまた。例え産みの母親が違えど、れっきとした兄であった。父親の元で洗脳された悲劇の腹違い、だが同じ姓である弟を思っていた。
▼
未来の戦士を担う候補生たちは日々の日課である訓練を無事に終え、レべリオ収容区の関所へ向かうガビたちの日常がそこにはあった。
浮かれ交じりではしゃぐウドはファルコがガビに勝ったのがよっぽど嬉しいのかいつもよりもかなりテンションが高かった。
「オイ、チビ共。今日はどうした?」
「ファルコがついにガビに勝ったんだ!!」
「へぇ……成績が上回ったのか?」
「ううん、かけっこで勝っただけ」
のいつもの門兵達に、ファルコが初めてガビに勝ったと嬉しそうに報告するウドとゾフィア。
それを遠巻きに見守るアヴェリア。振り向くとその後ろではガビは明らかに不服そうに顔を歪めているではないか。
「ファルコが初めてガビを負かした歴史的快挙だよ!!」
「もうやめてくれ……恥ずかしくなってきた」
「そりゃスゲェな次の鎧の候補はボウズで決まりだ!!」
「……そんなわけないでしょ!!」
後ろでは恐ろしい顔つきで不機嫌そうに怒りに顔を歪めていたガビが後ろからファルコに頭突きを食らわせた。
当たり前だ、命をかけてこのレベリオを救うために単身危険を顧みずに時には命懸けで挑む彼女からすればその覚悟は並大抵のものでは無い。
今まで築き上げてきたものをファルコに奪われた気がした彼女は憤慨していた。
「いってぇ!!」
「今更あんたが私の比較対象になるわけないから!! 私は戦果を挙げて祖国に貢献したんだから」
「……そうだな、でも軍はまだ鎧の継承者を発表してない。その日が来るまでオレはやることをただやるだけだ」
「オイ、あいつカッコつけてんぞ」
そう告げて一人恰好よく立ち去ろうとするファルコ。
しかし、ガビは引きさがらずに大声で叫んだ。
「あんたの家は、兄貴が獣を継ぐんだからもう名誉マーレ人になれるのに!! 何のためにそこまでするの!?」
兄コルトが「獣」を継ぎ名誉マーレ人になれるのに何故、何のためにそこまでするのかと問うガビに対し、ファルコは肩を震わせていた。
「(そんなの、分かりきってるじゃねぇか……本当に、わかんねぇんだな、)」
「お前のためだよ!!」
振り向くと、顔を赤らめ、ファルコは大声でそう叫んだ。
「あらぁ」
「言っちゃったぜオイ〜」
ついに言ってしまった……!!早鐘のように心臓が波打つファルコ。その言葉を受けたら普通少女は顔を赤らめるシーンだが……。
「はぁあぁ? 私のために私の邪魔して私のためだって言いたいわけ??」
残念ながらファルコの想いはガビに届かなかったが、それでも。秘めたる思いは変わらない、胸の中で淡く燃える彼女への思いがファルコを突き動かすのだ。
「(もしガビを守りたいなら オレが何としてもガビを超えるしかない。)「鎧の巨人」を継承するのは、ガビじゃない!! オレだ……!!」
そう告げたファルコはガビに向かって高らかにそう、宣言するのだった。ファルコのやる気は十分だ、しかし、そんなファルコに対してガビは辛らつな態度を崩さず、ファルコへいきなり強烈な頭突きを見舞ったのだ。
「ッい!?」
「私を超えたいなら、やってみろ」
「……おう」
戦果を挙げ命を懸けて祖国に貢献した自分を超えようなどと、そして自分と違い成績も戦果上げてないくせに今更比べる余地もないと。
ガビは自分が持つ以上の覚悟を見せて見ろと言わんばかりにファルコを挑発したのだった。
ファルコは改めて決意を胸にガビを巨人にはさせないと心に決める。これからの時代にはきっと巨人の力は通用しないのだ。巨人大戦の名残をいつまでも抱えたこの国に自分のみを捧げるなど死にに行くようなもので。
翼を持たない少年の小さな決意の証だった。その道のりがどれだけ険しくても彼らは行くのだろう。
「はぁ、伝わんなかったか〜」
「は? 何? あいつ!なんなの!?
どこにいくの?」
「さぁ、またあの病院じゃない?」
ファルコは今日も変わらずにいそいそとまたある場所へと、足を運んだ。
毎日の訓練の後、日課となりつつあるある場所へと。レベリオ収容区の外のポストへ嬉しそうに向かうファルコの姿がそこにはあったから。
彼は負傷兵のクルーガーと病院でのやり取りを繰り返す中でとある頼まれごとをいつも受けていた。
――「オレがここに無事にいるって、家族に伝えたいだけなんだ」
訓練の帰りに病院に足を運び、自分の背中を押してくれたクルーガーへお礼を込めて、話の終わりにはいつも家族に手紙を送りたいが仮病とバレてしまうので、収容区の外のポストに投函してほしいとファルコに家族宛ての手紙を託すようになってだいぶ期間が過ぎて。
自分がガビへの淡い思いを貫く勇気をくれた、背中を後押ししてくれた彼の役に立てるのならお安い御用だと。隻眼で隻脚の不自由な負傷兵のクルーガーに代わり、ファルコはレベリオ区外のポストにクルーガーの手紙を投函することを自ら申し出たのだった。
――その手紙の行き先がどこへ向かうのか、その手紙が後にここレベリオを深紅に染める大きな混乱を巻き起こす事になるとは、知らずに。
▼
病室の庭で。そろそろファルコが来る時間だろうか。外のベンチで腰かけいつものように外を眺めていたクルーガーの元に二人の来客が訪れていた。
一人は背中に届くまで伸びた髪を靡かせた女がそっと彼のベンチに腰掛け、あくまで自然な距離で。たまたまそこに腰かけたように振舞っている。
「まるで……別人みたいね、」
「お前こそ……すっかり変わったな」
「そうだね、だって、もうあれから何年が過ぎたの? あなたが髭面の薄汚い負傷兵になるのと同じくらい、私だってそれなりに年を取るよ」
「……そうだな、」
「大きくなった、本当に。お母さんに似てると思っていたのに、今は、違う人、みたい」
「お前に言われくない……好きでもない男と結婚しようとしている、お前に……」
「そう、だね、でも、そう簡単に決めたわけではないの、分かってほしいとは、言わないわ」
こうして言葉を交わすのはいつぶりだろうか。かつて淡い恋情を抱きそして奪われた初恋の相手はまるで別人のような笑みを浮かべていた。何を考えているのかわからない、そんな表情をしているのはお互い様だが、お互いの目的はあの時から、何一つ変わっていない。
「手紙に書いたよ、お前の事」
「そう……。それじゃあいずれは時間の問題ね。それに、いつの間にお前だなんて生意気な口きくようになって、すっかり、別人。今のあなたを見たら、天国のお母さんが悲しむかもしれないね」
「かもな、」
かつてその目に宿した怒りの炎、「あの日の少年」だった彼の面影はもう無い、背も伸び、髪も伸び、虚ろな感情の無い瞳が自分を黙ってウミを見つめていた。そんな二人に背後から近づく人の気配、感じて振り向けば、そこに居たのは。
「やぁ、お集まり頂いてありがとう、二人とも、マーレの生活はどうだい?」
クルーガーはかつての面影を無くしていたが、面影は紛れもなくかつてあの島で「巨人を一匹残らず駆逐してやる」と、自ら母親を奪われ、故郷を奪われて、怒りと悲しみにに震え決意を秘めたエレン、そのもの。
そしてウミは静かにジークへ向き直ると無言で深々と頭を下げていた。しかし、その目は笑っていない。
彼女は自分達の同胞を彼の巨人化能力が持つ投石能力でウォール・マリアの地に沈めたかつての敵だった男を完全に信頼したわけではないのだ。
しかし、彼の手を取ったのは紛れもない事実だ。そう、自分は捨てたのだ、あの島をあの生活を、そして、愛する人たちを裏切り自分はジオラルド家の末裔としてこの国で生きている。
「いいよ、別に。君はただそのままジオラルド家のご令嬢として振舞って居てくれれば。さて、久しぶりだな……少し、父親と似てきたようだな……。まずは、ウミ、エレン、俺の話に応じてここまで来てくれてありがとう。俺の考えはイェレナから聞いた通り……それを分かってくれたから……応じてくれたんだろ? あの計画に……賛同してくれるのか??」
姿を見せた腹違いの兄の姿を見て、三人は適度に距離を取りながら移動した。
クルーガーと自ら偽りマーレに長年負傷兵のふりをして潜入していたから本来のエレンは、かつてはあの三重の壁に覆われた島で平原を挟んで対峙していたとは思えない口ぶりで静かに4年前のシガンシナ区決戦後に起きた自分の思考を根底から大きく変えたそもそもの起因となった出来事を語り始めた。
「4年前……あることをきっかけに、親父の記憶が開いた。親父が壁の王家一家を皆殺しにした時の記憶だ。まだ小さな子供達を……虫みたいに潰して回った。見ただけじゃない、その感触も残ってる……壁の王から「始祖の巨人」を完全に奪うために親父は子供たちを殺した……すべては勝利のため……エルディアに自由をもたらす勝利の為……」
「……それで、どう思ったんだ……エレン?」
かつて敵同士だったのが今では嘘に感じられるほど、ジークは優しくエレンに問いかける。はたから見れば二人は似ていない。だが、母親は違えど、父親は紛れもなく同じ、グリシャ・イェーガーの血が流れる息子だ。
「レイス家の子供たちが生きていればオレはすんなり食われ「始祖の巨人」は王家の手に渡り「不戦の契り」に縛られたまま、オレ達壁内人類は心中を迫られただろう。子供たちの死はオレ達を生かした」
「そうか……あの父親は正しかった。そう思ったのか?」
「……いいや、親父は間違っている。そして……その親父に育てられたオレも間違いだった。そもそもエルディア人が生まれてこなければこの街の住人もこれからオレ達の計画に巻き込まれて死ぬ事もなく、苦しみもなく、死にもしなかった。この世に生まれないこと、これ以上の救済はない。だから、オレはやる。オレの手で巨人が支配した二千年の歴史にケリをつける。その日を迎えるまで、進み続ける、そうだろ、兄さん」
「あぁ……その通りだ。そういえば、アッカーマン家について聞きたいことがあるって、いったい何が知りたいの?」
3人の会話はやがてパラディ島の謎でもあるウミの身体にも流れている「アッカーマン一族」の話へと繋がっていた。
「かつてあの力に俺も追い込まれかけたからね。見たでしょ、ウミちゃんも」
「リヴァイがあなたを殺そうとたった一人奇襲攻撃をかけた瞬間、私は落馬した衝撃で息も出来なかったから、残念ながらリヴァイの雄姿までは見られなかった」
「残念だったね」
「本当に、マーレでは最強の巨人と言われていたあなたが地に伏せる瞬間、それはたいそう見ものだったんだろうなって思うよ」
ウミもリヴァイのあの驚異的な身体能力と細い見た目の割に重量のある体躯、そして、幾度負傷しても忽ち回復してしまう驚異的な回復力、何よりも彼の人類最強と名の通りの実力、身体能力は完全に人間とは違っていた。
それがまさか巨人科学により生まれた副産物だったとは。マーレに来たことで自分の身体に流れる血の本質を知る。
そして、ミカサをたびたび悩ませる突然起きる頭痛について、それもアッカーマン家の特性から来ているのではないのかとエレンはジークに尋ねていた。そしてミカサがどうして自分にばかり執着するのか、純粋に確かめたかったのだ。
ミカサの気持ちがそうさせるのか、それともそれもミカサの身体の中に流れるアッカーマンの血が、そうさせるのか、と。
その中で、リヴァイにもミカサと同じような症状があったのか、尋ねてもリヴァイ自身には頭痛と呼ばれるような異変や症状は今まで長い間一緒に居ても感じ無かった。
ウミとエレンの質問を受けジークは思い当たる事が無いのか不思議そうに首をかしげていた。
かつてシガンシナ区決戦でリヴァイに危うく命を奪われかける寸前まで追い込まれたジーク。今も目を閉じればリヴァイの声が鮮明によみがえる様だった。
――「さっきはずいぶんと、楽しそうだったな――……もっと、楽しんでくれよぉおおっ!!!」
軌跡を描く緑の信煙弾を潜り抜けて姿を現したリヴァイのあの血走った目つきがよほどトラウマらしく、そして彼の身体に流れるアッカーマンの血、かつては王を主君とし、その力を発揮し、その力を持ってして自分達を守護していた戦闘一族に危うく命を奪われかけるとは何という皮肉だろうか。
シガンシナ区を追われ命からがらピークの巨人のお陰でライナーと共に帰還してきたジークは真っ先にアッカーマン家について調べたのは言うまでもないことだ。
「うぅん……アッカーマン一族に特有の症例(頭痛)があるなんて……巨人学会やクサヴァーさんから聞いたことないな」
「例えば、アッカーマン家は主君に仕える事でその人的ではない力に目覚めるとかは? リヴァイが言っていたの、ある日突然バカみたいに力がわき出したって……その瞬間がミカサにもリヴァイにもあった。って……私には無かったし、その血の元である私の母にはもう聞けないけれど」
「う――ん……宿主を守る習性?…そんなもの無いと思うぞ? つまり、エレンはそのアッカーマンの女の子が……お前に向ける好意の正体を知りたいんだな? 俺が思うに……なぁエレン、その好意には正体も習性もやむにやまれぬ理由もない。ただお前のためなら巨人をひねり殺せるくらい、お前が好きなだけだ」
野球ボールを上空へ投げては再び器用に受け止めて。腹違いの弟の真剣なミカサのひたむきな思いの理由の意味に答えるジークが嬉しそうにどこか弟へそう告げていた。
「オレは長生きしてもあと4年しかないんだぞ、オレが死んだ後もずっとあいつらの人生は続く……続いてほしい。ずっと……幸せに生きていけるように」
それはエレンの切実な思いだった。例え見た目がどれだけ変わったとしても、エレンの本心は昔のまま、何も変わらないのだ。
エレンの本心を知るからこそ、彼の思いを成就すること、それは自分の思いにもつながるだろう、そう信じて。
「やろう、固い握手でも結びたいところだがまぁ……今俺達三人が接触するのはマズいよな……代わりにこれを受け取ってくれ……。エレン、そして、ウミちゃん、必ずみんなを救ってあげよう」
人知れず行われていた密会の中で、クルーガーと名を変えたエレンは静かに握手の代わりにジークから受け取った野球ボールを落としてしまった。
「落としちまった。病院暮らしで身体が鈍っちまったかな」
「大丈夫?エレン」
「あぁ、悪ぃな。ウミ」
「いえいえ、はい。どうぞ」
ウミが拾い上げてその白球をエレンに渡す。エレンはウミから渡されたその白球をとても大事そうに、落とさぬように握り締めるのだった。
そして2人はジークに見られぬよう、言葉を発することなく口を動かし、そして何かを呟いた。
▼
「クルーガーさん!!」
ウミ達が去った後、自分達の秘密のやり取りなど何も知らない、淡い思いを寄せる相手の解放を願い自ら決意を秘めた少年がまた自分の元を訪ねてくる。
無邪気な笑顔はエレンにかつての自分達を彷彿とさせた。そう、三年間過ごした訓練兵団での日々の事、何も知らなかった訓練兵団での日々。しかし、それはもう今は遠い過去の出来事で、そしてもう二度と、あの宝物のような日々が戻ることは永遠に無いのだ。だからこそ、進まねばならない。
ファルコに手紙を託すこのやり取りもあと僅かだろう。開幕のカーニバルは近い、戦士候補生の少年とのこのベンチでの交流も、終わりに近づくにつれてエレンの中にも寂しさがあった。この終わりはまた新たな幕開けとなる。
「やったじゃないかファルコ」
「クルーガーさんのおかげですよ。正直、ガビ、今からガビの成績を上回るとは思えませんが、それでも迷わずにあの日クルーガーさんが言ってくれた言葉の通りに突き進めそうです」
自分のお陰で訓練でガビに初めて勝つことができたと、ファルコはその報告を真っ先に自分へしてくれたのだ。素直で可愛らしい無邪気な少年の笑顔を見てエレンも労いの言葉を与えていた。
「そうか……感謝したいのはオレの方だがな。何度も家族の手紙のやり取りを手伝ってくれて」
「そんな、大したことはしてませんよ」
「おかげで助かった」
「そういえば、さっき髪の長い女性と話していたように見えましたが、お知り合い、ですか?」
ジークは先に戻ったが、その少し後にこの場を去ったウミと偶然すれ違ったらしい、ファルコにそう問われ、エレンは静かに答えた。
「あの人は……俺の見舞いに来てくれた人だ、たまたま、ここに家族が入院していたらしくてな……あの人は俺の、昔憧れていた人だよ」
遠くを見るような目で、クルーガーはその女性の事を憧れの人だとそう、告げた。その言葉に確かに嘘はない。彼女に確かに自分は憧れを抱いていたのは事実だ。
しかし、その憧れはもう過去の話。憧れのままで終わりを迎え、そして彼女は今は自分ではない男の腕の中にいるのだ。その男と、彼女は永遠と誓った筈だった、しかし、今彼女はまた違う他の男の腕の中で微笑んでいる。何を考えているのかわからない微笑みを浮かべて。
「そう、だったんですね……」
「だが、今はもうオレじゃない。他の男のものだ。オレにもファルコと同じ年頃の時に同じような気持ちを抱いたよ。けど、憧れは、憧れのままで終わっただけだった……」
失意の中で見た目はよく見れば悪くない彼が触れる事が叶わなかった存在があったことを知り、驚くファルコ。
「それは……家族の方からですか?」
ふと、エレンの横に置かれた野球のグローブとボールに気付いた。
「病院の生活は退屈だろうと言ってよこしてきたんだ。……やはりこの身体には難しかったが、オレもファルコを見習って前に進まないとな。何時までもここに座ってる訳にもいかないから祭りが終わったら故郷に帰るとするよ」
「……そうですか、」
ファルコが尋ねればエレンはこれは「家族」から送られてきた物だと告げると、自分も今準備中の祭りが終わればこの病院を離れる事にするとファルコに告げた。その言葉に名残惜しむように浮かない表情のファルコ。すると、話し込む二人の前に、白衣を着た年老いた男性がやってきた。どうやら彼の診察を担当して居る医師らしい。
「先生が来ます……オレ、行きますね」
「あぁ、またな、ファルコ」
少し気まずい様子で立ち去るファルコが入れ違いに去り、男性がエレンの隣に座ってもいいかと尋ねた。
「隣に座ってもいいかね?」
「えぇ……どうぞ」
「では失礼するよ」
男性エレンの座るベンチの横に腰掛けた男は静かに自らの名を名乗った。
「区の診療医のイェーガーだ。ここにはたまに茶を飲みに来る」
「初めまして。クルーガーです」
隣に腰かけたその男性は、なんと、エレンの父親であるグリシャの実の父親だったのだ。エレンは一瞬黙り込むと、その表情で全てを悟った。どうやら理解しているようだった。
「よろしくクルーガー君、君が覚えているのはその名前だけだと聞いているよ」
「えぇ……」
「先ほどの少年とよくここで話しているらしいが、仲がいいようだね」
「えぇ……」
「そうか……私も少年と気が合いそうだ。話し相手を探すうちにこのベンチに腰かけたのだから」
実の父親の父親、つまりエレンからすれば祖父にあたるこの男は、静かにファルコの生まれながらの悲惨な生い立ちを語り始めた。
「あの少年の叔父はエルディア復権派の幹部であった……それは、まだ少年が生まれる前に発覚した事件だが……復権派は「楽園送り」にされ、その家族も例外ではなかった。関与の否定を証明できない家族は皆、あの島に送られ、潔白を示すためにはマーレ軍への奉仕に全てを捧げる必要があった。あの少年ら兄弟も家族を守るために戦士に志願し、彼の兄が「獣の巨人」の継承権を獲得したことによってようやくグライス家は潔白を証明され、安泰となった。その「獣」の継承の事で私と顔を合わせづらかったのだろうが……」
「なぜ、そんな大事な話をオレに?」
「あの子にお使いを頼むのはおやめなさい。おかしな疑いをかけられてはグライス家のこれまでの努力が無駄になってしまう。そして心が健康なら家族の元にお帰りなさい。もう会えなくなってからでは……後悔を残してからでは遅いのだ」
ファルコ・グライス。彼の叔父のグライス氏はかつて自分の父親をスカウトしたエルディア復権派の幹部だったのだ。そして、その家族も関与の否定を証明できない者は皆「楽園送り」となったこと、その罪を背負わされグライス家を守るために、コルトとファルコの兄弟は戦士に志願したと言う衝撃の過去を持っていたのだった。
そして、その話を聞いたエレンは静かに自分の祖父へ語り掛ける。
「後悔……ですか。あなたは家族に悔いがあるようですね」
「後悔しない日など無いよ……。あの日……息子は妹を連れて壁を出た……私が……普段から厳しすぎたんだ。医者を継げと……だって息子があんなことをするわけが……私だ……すべては、私がぁぁぁ……あぁ、あああああ……あぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、エレンの言葉に今まで抑え込んでいた感情を突如爆発させ半狂乱になり突然奇声を発たのだ。そんなグリシャの父の様子を見つけて慌てて駆け寄る病院の看護師や医者が声をかける。
「イェーガーさん、勝手に出歩かないでください」
「すみません、少し目を離した隙に……」
「ああああああああぁぁああ!!!!!」
「きっとよくなりますよ」
泣き叫び後悔をあらわにするグリシャの父。彼の精神も異常をきたすほどに。今は亡き息子を壁の外に追いやった自責の念から壊れた彼の心が戻る事はもう無いのだろう。
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「あら、おかえり!小さな天使ちゃんたち!」
「ガ〜ビ〜聞いたぞ〜ガビ〜お前は俺たちのぉ救世主だガビ〜」
「いや、私ゾフィアなんで」
「えぇ?」
「何してんだい、昼間っから酔っ払って女の子に抱きついて!このジジイ!」
「うるせぇこの死にぞこないめ!英雄を称えてなにがわるい」
「あんたに讃えられちゃあ縁起が悪いよほら、とっとと母ちゃんの所へ帰んな」
「さぁ、あんたらはこれを持っていきな。たんと食べて、ブラウン副長みたいにおおきくなるんだよ!」
「ありがとうございます!!」
ファルコが最近自分達と別れた後に病院に行くのが恒例行事だと浸透しつつある中で、残された四人は広場で間近に迫る「祭事」に向けて着々と建設されていく舞台を眺めていた。舞台と言うよりはまるで、大きな劇場だ。
「本当にこの収容区の中で宣戦布告をやるのか……」
「何だが劇場みたい」
「ここに世界の偉い人を集めて「お祭り」っていうのをやったらそれが終わる頃には世界中のみんなが味方になっているんだってね」
「それじゃあマーレの問題は全て解決して最高だな」
「よかった――」
「さぁ、果たしてそれがエルディア人に特になるかはわからないけど」
どうやら、ヴィリーはエルディア人の居住するレべリオ収容区の中で、宣戦布告をする事にしたようだった。タイバー家の考えでは、この「祭事」が終わる頃には恐らくは全世界の皆が自分達マーレの味方になっていると話すが、しかし、果たしてそれはどうなのか、と外の国から来たウドは不信感を露わにしている。
「無理だって思ってるの?」
「ガビは違うのか? 先月まで殺し合いしてた中東連合の国々も含まれるんだぞ? どの国もマーレの寝首をかこうと血眼になってる状況でだ。俺らの一家は外国の収容区からここに移って来たんだからわかる。酷い目に遭った……外国のエルディア人に対する敵意はマーレの比じゃない。収容区に呼び出されるってだけで諸外国にとっては国辱ものだ」
「うん……」
「じゃあなおさらこのまま何もしないわけにはいかないでしょ? この収容区を選んだのはきっとエルディア人を理解してもらうためでしょ、私たちは悪魔じゃありませんって」
「どうやって?」
それでもこの収容所を選んだのは、自分達は悪魔じゃないと理解してもらうためだと頑なに信じるガビ。彼女は今もマーレの洗脳教育で自分達が正しいエルディア人だと証明すればきっとわかってもらえると、その一心で戦い続けている。
しかし、エルディア人は所詮、何処に行ってもエルディア人なのだ。巨人に慣れる忌まわしき血の流れる……。
「笑え。あんたの見返したい気持ちはよーくわかるど卑屈にしてたらまず無理だから。ゾフィアはそのわけのわからない自己演出をやめろ」
「イヤ私これ素だから」
「……お前はどこを直すんだ?」
「は? 私はありのままで問題ないでしょ? かわいいし、頭もいいもんだから偉い人篭絡しまくりでこの作戦でも成果を残して評価はより確実になるね」
得意げにふんぞり返るガビに対し、アヴェリアは思わず背後からガビを蹴っ飛ばしたくなるくらいに自分に対する自己評価の高さは一体どこから来るのか不思議でならなかった。そしてそんな彼女を好きなファルコもファルコだと、思った。
「ガビが悪魔に見えてきた……」
「あんたら今度ファルコを贔屓したら、泣かすから」
「やっぱり悪魔じゃねぇかよ! あ……マガト隊長が!!」
「ほんとだ、珍しい、……誰と話してんだろう」
ガビに両腕でラリアットを喰らいながら苦し気なゾフィアとウドを遠巻きに見つめ、アヴェリアは自分達の目線の先に、マガトがいることに気づくが、こちらからその様子はうかがえない。まさか「戦槌の巨人」を先祖代々引き継いでいるこの国の芯の支配者であるタイバー家の主と会話しているとも思いもせずに。
▼
用意された舞台の観客席に腰掛けたヴィリーは一般人を装うかのように深く帽子をかぶり、静かに新聞に目を通していた。ごく自然に、その横に立つマガト。どうやら一か月前に彼に依頼したある件について密談しているようだった。
「舞台は順調ですか?」
「あぁ……自分にこれほど演出家の才能があったことに驚いている。そちらはどうだ? 家の増築の件だ」
「こちらに」
と、一般人の装いで在りながらも気品溢れるヴィリーはそうマガトに尋ねた。そんな彼に対して、マガトはそっと手元にあった手帳を手渡すのだった。
マガトに促されるまま高級な黒革の手帳を開くヴィリー。
「ほう、大変大がかりな解体工事が必要だと……」
「老朽化が深刻でしたので」
手帳を護衛に手渡し、そしてマガトに向かってヴィリーは彼をこう呼んだのだった。
「おめでとう元帥殿。軍はあなたのものだ」
手帳を読み終えたヴィリーは、突如マガトをマーレ軍の「元帥」に任命したのだ。kの一か月間、ヴィリーは軍内部の調査をマガトに依頼していたようです。
「いいえ、タイバー候。軍は国家のものです。だが軍はあなたに全て託した。あの日、我々は手を取り一カ月が経つが……決して気の進む仕事ではなかったろう」
「上官の命令に背く者は軍事ではありません」
「はは……私は上官でも軍人でもないがな」
「ですが、この国の最高司令官はあなたです、ならば国はあなたのものだ」
「この国は……私のものではないな。国民のものだ。マーレ人とエルディア人の。私は総舵輪を握った者だこれを先代の誰も握ろうとしなかったのが分かる、重すぎる。今すぐにでも手を放したいところだが、握らざるを得ない時代が来てしまった。私はたまたまなんだ……たまたま順番が回って来ただけの男なんだよ……」
戦士隊を束ねるマガトを元帥に指名したのは建物に例えながらマガトはマーレの軍はすでに崩壊しつつあることを危惧していた。
この二人は結託してこの国を作り替えるべく行動を開始していたのだ。
「家は倒壊寸前でしたが、まだ使える柱も残ってました。その者共によると……我が家には既にネズミが入り込んでいるようです」
意味深にヴィリーへ、マガトは報告した。すでに入り込んだネズミ、それは一体誰のことを意味するのか。そのネズミたちは既にその舞台が開幕する日を待ちわびていた。
それぞれの思惑が渦巻く中、舞台は静かに築き上げられていく。これから起こる壮絶な悲劇に向かって、舞台は華々しく幕を開ける。
――そう、これは最後の大舞台だ、そして、断頭台となる。
一人、また一人と、皆がその場から立ち去り、ジークから受け取った野球ボールを手にするネズミとは彼の事だった。もといエレン。
彼はそのボールに何を思うのか。島には存在しない球技に使用するボール。エレンは軽く上空に放り投げると、重力に従い落下していくその白球を黙って見つめるのだった。
2021.03.22
2021.06.24加筆修正
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