THE LAST BALLAD | ナノ
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side.R Not a hero

――「俺は……帰れなくなった故郷に帰る。俺の中にあるのはこれだけだ」
――「僕は……安全な内地に勤務できる憲兵団狙いで兵士を選んだ。君は……何で兵士に?」
――「俺は……殺さなきゃならねぇと思った。この手で巨人共を皆殺しにしなきゃならねぇって。そう、思ったんだ」
――「巨人と遭遇した後もその考えは変わらなかったって事か……。お前ならやれるはずだ。エレン・イェーガーだったっけ? ウミ、お前もいつか故郷に帰れると良いな、応援するぜ」

――「嘘つき。大嘘つきの大量殺人者。どんな大義名分で罪もない壁外の人間を殺したの?」
「っ、待ってくれウミ、俺は!!」
「そんなに死にたきゃさっさと死んじまえ、お前はいつまでも泣き虫ライナーなんだよ」

 はるか遠く。壁の向こう。見果てぬ「海」の果て、何処までも澄み渡るこの空の下で互いに異なる生まれで在りながら同じく純粋な疑問を胸に空を見上げる不自由な境遇を呪う二人の少年がいた。
 自分達は、生まれた時から何よりも不自由だったのだ。この世界の広さを知らずに生まれ育ち、そしてこの島で出会った。重ねられたその手は、静かにまた再び重なる事となる。

――「はぁ……何か起きねぇかなぁ……」
「エレンーー!! ここにいたんだ!! 早く、ウミが探してたよ」
「あぁ、またウミかよ、今日も無事に壁外から帰って来たんだな」



 呪われた末裔と忌み嫌われ、腕にはその悪魔の血が流れる証である腕章と、そして収容区と、そして高い壁に囲まれ巨人に支配されたこの島。
 生まれた生い立ちは違えど自由を、解放を求めていた。
 部屋のベッドに一人横たわるライナーはかつて幼き頃、眠りに落ちる前よく母に抱きかかえられ聞いていたやりとりを思い出していた。
――「ライナー私達は見捨てられたんだ……だから壁に囲まれた収容所に住んでいるんだよ。私たちには悪魔の血が流れているからね。お前にお父さんがいないのもそのせい、お父さんはマーレ人だからね。マーレ人はエルディア人と子供を作ることを固く禁じられているか……だから……このことは秘密だよ?」
「うん……」
「私達が悪魔の血を引くエルディア人だから……あの人とは一緒にはいられないんだよ。マーレ人に生まれていれば……」

 ライナーは母の話を子守唄に眠りに落ちるまで、繰り返し繰り返し、自分達と異なる血が流れる父親の事を思い返していた。自分の身体の半分にはマーレの血が流れている。そして、もう半分の血は目の前の母親と同じ、エルディアの血が流れている。巨人に慣れる忌まわしき血が。

「(そうだ……あの頃、俺は。母とマーレ人になるために戦士を目指してたんだ)」

 厳しい訓練にも耐え、仲間にバカにされながらも必死に幼い頃の彼は母親の願いを叶えたくて、ただ必死だった。必死で罵倒されながらマガトの厳しい叱咤を受けても戦士候補生になるしか名誉マーレ人としての称号は得られない。
 マーレ人と堂々と肩を並べて生きていくなら、戦士候補生になるしかない。その道をライナーは懸命に走り抜けた。

――「母さん!! オレ、戦士候補生に選ばれたよ!!」
「ライナー!! よくやったわ!」
 抱き合う親子、喜びに涙を浮かべる母は嬉しそうに自分を抱き締めて、喜んでくれた。
「これで……名誉マーレ人まであと一歩ね……」
「うん……僕が必ず、九つの巨人を継承してみせるよ。そして、父さんと一緒に暗そうね」

 ただ純粋に母親に喜んで欲しい。その言葉の裏に、母カリナのかつて愛した男に捨てられたこの身体に流れる忌まわしき血への呪いが存在していた。
 戦士候補生として、集った同じ血が流れる後に九つの巨人を継承する目的を持つ仲間たち、ライナーは母親の期待に応えるためにがむしゃらに鍛えてきたライナーは戦士候補生の最年長でもあり頼りなる兄貴分であるジークからある日とんでもない事実を聞かされ、人生の転換期を迎えた。

――「お前ら知ってるか? あと数年で……パラディ島に攻撃を仕掛けるってさ。俺達が巨人を継承する時が来たんだよ。もうじき南との戦争にめどがつく。そして我らの戦士にも任期が迫ってきている。そこで軍の新体制の中で戦士隊は再編成されるらしい……俺達7人の戦士候補生から、一挙に6人だ」
「やったぁ……これで……マーレ人に……なれる」
「はぁあああ? 何がやった。だ。お前はこの中のドベだろうが……一人余るんならお前だろ」
「……なんだと!?」
「お前の長所は何だよ。体力か? 頭脳か? 射撃か? 格闘術か? 違うな。お前が評価されたのは試験で綴ったマーレへの忠誠心だろ?「島の悪魔共はボクが必ず皆殺しにしてみせますぅ〜」ってな」
「島の奴らは世界を恐怖に貶める悪魔だろうが!! 奴らを殺さなきゃまたいつか殺戮を繰り返すんだ!!! お前は俺達の任務を馬鹿にするのか!? それともお前はフリッツ王を支持するエルディア復権派の残党か!?」
「は……!?」
「そうだろ!! 間違いない!! 俺が隊長に報告してやる!!」
「てめぇ……!! ふざけんな!!」
「ポルコ、やめろ!」
「島の恨み節くらい誰だって言えんだよ!! てめぇは一人で留守番して大人しく13年待つんだな!!」

 ガリア―ド兄弟の弟であるポルコにライナーはよくバカにされてはいつも悔しい思いを繰り返していた。
 ライナーは訓練兵団時代、皆より年上で、成長期に目まぐるしく背が伸びたのもあり元々の体格も良く、何でも器用にこなし、すぐ皆からの信頼を得て、104期達の兄貴分として頼りになる存在だったライナーをアニとベルトルトはどんな心境で見ていたのだろう。
 彼は、いつも自分達を引っ張って行くガリア―ド兄弟の兄貴であるマルセルを重ねて演じていただけ。
 戦士候補生時代の彼は母譲りのあどけない顔立ちに体力も低く、まだ成長期途中の小さな身体は不器用で、なかなかいい成績を残せないまま戦士候補生にはかろうじてなる事は出来たが、当時の同期達よりだいぶ後れを取っていたのだった。

「泣き止んだらすぐに来いよライナー。遅いと俺がマガト隊長にどやされるんだからさ」

 いつもガリア―ド兄弟の弟であるポルコには馬鹿にされて、ライナーは悔し気に俯いていると、それを見かねたベルトルトが優しく声をかけてくれる。誰にでも親切な彼、正直彼がこれから九つの内のひとつの一番の破壊力を持つ破壊の化身「超大型巨人」を引き継ぐ存在には見えない。

「……立ってよ ライナー」
「なぁ、ベルトルト。俺は13年も……待ってられない」
「え?」
「俺は……マーレ人になって母さんと父さんと、三人で暮らしたいんだ」

 ライナーはポロリとベルトルトの優しさの前で、何故自分が例え上には上がいて、自分はその中でも底辺の人間だとしても、それでも必死に食らいついて戦士候補生から九つの巨人能力者として名誉マーレ人になりたいのか。

「でも……いいの?」
「え?」
「そんな目標があるのに……九つの巨人の能力者になったら、残りの人生、たったの13年しか……無くなるんだよ?」
「13年で、英雄になるんだろ? 母さんが言っていた。あの島には、世界を脅かす悪魔が住んでいる。あの悪魔を成敗すれば俺達は自由になれるんだ。自由にこんな狭い世界じゃないもっと広い世界で誰にも恨まれる事もなくエルディア人を……いや、俺は、世界を救うんだ。そしたら俺は 母さんにとっても、世界一の自慢の息子になれるのに……」

 自分の願いは、ただ一つ。
 ただ、母親に笑っていてほしい。母親に認められたいという思いだけだった。それだけが彼の戦士候補生としてのアイデンティティのひとつ。例え、母親が自分の先に結ばれる事無く子を成し捨てられたマーレ人の父親への未練を残していたとしても。
 禁忌と知りながらマーレ人と関係を持ち、やがて自分を身ごもり捨てられた自分の過去を恥じ、彼女は妄信的にマーレのへの忠義を尽くしてその教育はライナーにも受け継がれていた。
 彼は知らなかった、パラディ島には忌まわしき悪の末裔が住んでおり、根絶やしにするのが自分達の為なのだと、あの島の悪魔とこの大陸の自分達とはまるで違う。
 本当にあの島に、悪魔が住んでいれば、良かった。それからまた月日は流れ、ライナーはまた違う姿で戦場に立っていた。母に恥じない息子になる、その誓いを胸に。

「素晴らしい。こいつは予想以上の仕上がりだ」

――「女型の巨人」
 こいつは何でもできる凡用性が強みだ。高い機動力と持続力に加え、硬質化を交えたレオンハートの打撃技は凄まじい破壊力だ。範囲は狭いが「無垢の巨人」を呼び寄せることができる。
――「鎧の巨人」
 見ての通り、硬質化に特化した巨人だ。マーレの盾となり、攻撃を引き受ける巨人には 我慢強いブラウンが合っている。
――「顎の巨人」
 強襲型だ。小振りな分。最も素早く、強力な爪と顎で大抵の物は砕ける。機転の利くマルセルに託した。
――「獣の巨人」
 相変わらずだ。他より多少デカイってだけの巨人がまさか……投球技術でここまで恐ろしい兵器になっちまうとはなぁ……。何より、奴の血には秘めた力がある
――「車力の巨人」は他とは並外れた持続力で長期間の任務に対応できる。用途に合わせた兵装が可能で、作戦の幅が広がる。判断力のあるピークで間違い無いだろう。

そして……。
――「超大型巨人」
 まさしく、破壊の神だ。フーバーなら使いこなせるだろう。島の悪魔共には同情しちまうよ。ある日突然アレが殺しにやって来るんだからな。

 そして、一挙に戦士候補生の中から、選ばれライナーは見事に守りの要である「鎧の巨人」の能力者となり、名誉マーレ人となったのだった。
「獣の巨人は敵国に睨みをきかせるため本国に必要だ。本作戦には今回は参加しない。鎧・超大型・女型・顎で決行する。マルセル、ベルトルト、アニ、ライナー。任せたぞ。何としても「始祖奪還計画」を成功させ、そしてマーレの英雄でありながらパラディ島へ寝返った「ジオラルド家」カイト・ジオラルドその血縁に関わる者、その一族の血がカギだ。必ず連れて帰ってこい」
 彼らの背後では悔し気に睨みつけるポルコの姿があった。候補生の中で唯一九つの巨人の候補から外されたのはまさかの自分、何故自分ではなく成績の悪いライナーが選ばれたのだと、納得がいかないと言わんばかりにライナーへ突っかかって来た。

「おかしいだろ!! 何でドベのお前が選ばれるんだ!? どんな手を使いやがった!?」
「ドベはお前だった。それだけだろ? ポッコ」
「てめぇえぇぇぇぇ!!! 泣き虫ライナーがどうやって取り入ったんだ!!」

 ポッコ。
 ポルコ自身が忌み嫌う幼い頃の愛称をバカにしたようにこれまで馬鹿にされてきたライナーに呼ばれて怒りの沸点に達したポルコが胸ぐらを掴んで今にも殴りかかってきそうだ。

 成績下位である落ちこぼれの彼が巨人能力者となり、自分より上位に立ったことでライナーはにたりと彼を見下せば、ポルコは自分より下位だと思っていた人間に侮辱された怒りのままに拳を上げていた。そこに飛び込んで来たのはやはりジークの不在の間みんなのまとめ役でもあるポルコの兄のガリア―ド兄弟の兄であるマルセルで。

「ライナー……すまない」

 しかし、自らの実力が評価されて巨人能力者となったのだと、誇らしげに胸を張り、得意げなライナーへ依然と同じように、ただ呟くのだった。
 なぜ、ポルコではなくマルセルが謝るのか。自分に対して、何を誤ることがあるのだろうか。
 自分は自分の意志で母親の為に戦士候補生を望み、自分の実力で「鎧の巨人」の継承者に選ばれたのに。それで、何の間違いもない筈。なのに。

「パラディ島始祖奪還計画」のメンバーとしてライナー・マルセル・アニ・ベルトルトら戦士隊は出発が迫る中、馬車に乗り街中をパレードする日が来た。民衆たちは自分達がこれまでエルディアの穢れたちの流れる民として忌み嫌っていた者達だったのに、自分達がこの国を救う英雄となれば手のひらを返したように歓声を上げ自分達の旅立ちと成功を見届ける。
 生まれてこの方こんなにも街の住人からの喝采を浴びることがあっただろうか。手を振るライナーに歓喜する街の人々にライナーは嬉しそうに人混みの中で自分の姿を見て誇らしげに涙する母・カリナの姿を見つけた。息子の華々しい活躍に涙を浮かべていながら、その涙の影で、息子が戦士となり巨人化能力を得た事でこの先、若い盛りの中でもしかしたら結婚も出来ぬまま13年しか生きられないのに。母親はライナーを戦士にする事で自分を捨てた男とまた一緒になれる未来を願っていたのだ。
 そして、ライナーはふと自分を見つめている一人の男性の姿を見つけるのだった。

「父さん……そうなんでしょ? 母さんは僕が産まれる前、この兵舎で働いてた。そこで母さんと……カリナ・ブラウンと出会った……顔を見かけて……もしかしたらって……」

 感じた視線を辿るように追いかけそしてライナーは彼が自分と母を捨てたマーレ人の父親だと知るのだった。マーレ人の人間がエルディア人と子供を作る事は禁忌とされ、知られれば死刑は免れない。駆け寄るライナーに背を向けたまま父親でもある男はただ迷惑そうにライナーを見つめていた。

「ほら……見てよ。僕と母さんは名誉マーレ人になったんだ。申告すれば塀の外を自由に出歩くこともできる」

 与えられた証でもある左腕の勲章を指差しながら話すライナーに父親である男はわなわなと拳を震わせていた。

「父さんと母さんと、一緒に暮らすことだって――「ふざけるな!! あの女に言われて来たんだろ!! あいつを捨てた俺に復讐するために!! クソッ!! よりによってガキを戦士にさせるなんてどれだけ恨みがましい女なんだ!! お前の認知はしてやったがな、出生が詳しく調べられたら俺の築き上げたこの家はおしまいだ!! 俺を絞首刑にしてぇんだろ!? 俺は逃げ切ってやるからな!! お前らエルディアの悪魔の親玉から!!」

――「お前なら必ず任務を果たせるよ。きっと父さんもお前の成功を祈ってくれているから」
――「我がエルディアの選ばれし、戦士達よ!! 島の悪魔からみんなを救ってくれ!!」

 見送る人々を背に出航の日を迎えた。生きてまたこの大陸に戻って来られるのだろうか、過ぎる不安、そして出航する船はこれから遥か昔の巨人大戦の時代に敗北し、それ以降島に逃げてから沈黙を守り続けている悪魔の末裔達の暮らすあの三重の壁の世界へと向かうのだ。

「(そうだ……もう、父さんなんかいなくても俺は「鎧の巨人」を託された選ばれし戦士。これから向かう。島の悪魔から皆を救い、そして世界の英雄になるんだ……)」

 母親が自分をマーレの優秀な戦士へと差し出すことでマーレへの忠義を示しているとも知らずに、ライナーは純粋に母親が自分を認めてくれていると信じていた。
 母は、そんな自分をマーレへの忠義の為の道具としか、見ていなかったのに。

――「ここがパラディ島だ。楽園の境界線、日没後。北に向かい進行しろ。後は作戦通りに動け、マーレ軍は望月の日。ここに停泊する。始祖奪還はそれに合わせて進行しろ」
「了解です!!」
「では……任務を果たし、必ずや始祖と共に全員……誰一人欠けることなく帰ってこい」

 厳しくもマーレ人でありながらも自分達エルディア人だからと態度を変えることなくいつも接してくれたマガト隊長に背中を押され、それぞれは島へと上陸した。

「やっぱり夜道はあまり進めなかったな」
「雲が出てきたから仕方ない」
「でも、巨人に遭遇しなくてよかった……。でも、本当に……壁を破壊しても壁の王は不戦の契りで「始祖の巨人」の力を行使しないのかな…」
「オイ、今さら何言ってんだ、ベルトルト! マーレの研究結果を信じろよ!」
「明日俺たちは壁を……破壊するんだよな……」
「何だよマルセル? まさか、島の悪魔を殺すことをためらっているのか? 連中が俺達マーレに何をやったか忘れたのか? かつて世界を蹂躙して地獄を作った悪魔の末裔だぞ? 今だって世界を脅かしているんだ。何も着にすることは無いだろう、この島に住んでいる奴らは悪魔の末裔、俺達は世界を代表して悪魔を裁くべく選ばれた戦士なんだから」
「……ライナー……すまない」
「え?」
「本当は……お前は戦士に選ばれるはずじゃなかったのに……。俺が……お前を持ち上げたり弟を貶めたりして……軍に印象操作した」
「は?」
「俺は……どうしても弟を死なせたくなかった。兄弟そろって13年の寿命しかないなんて、母さんに申し訳ない……俺はただポルコを、守りたかった……その為に俺はお前が巨人化能力者になるように仕向けたんだ。ライナー、本当に、すまない」
「なんで……今、更その話を持ち出すんだよ……何で、あやまるんだよ……」

 ライナーは襲撃前夜に知ってしまったのだ。自分は元々の実力で戦士に選ばれた訳ではなかったのだと。まるで悔いを残したくないと、最後の夜マルセルからの耳にした本心とそのの思いがけない言葉に困惑するライナー。

――「(俺は――「鎧の巨人」を祖国マーレに託された選ばれし戦士なんだぞ)」

 呆然と歩き出すライナーの背後で、姿を見せたのは、後に訓練兵団で出会う、ユミルの巨人体だった。そして、ライナーを庇いユミル巨人に捕食されるマルセルは叫びと共に、後悔を抱えそして、その生涯を終えた。

 ーー……マルセル・ガリア―ド
 パラディ島始祖奪還計画に作戦前夜に無垢の巨人に捕食され死亡。

「(俺は、島の悪魔を成敗し、皆を救う英雄になるんだ)」
 しかし、彼は希望を胸にこの島に上陸したはず、だったのに、上陸と共に彼は、生きる目的と友を失ったのだった。ライナーを庇いユミル巨人に喰われてしまったマルセルを後に、初めて対面した迫りくる醜い無垢の巨人がはびこる無法地帯の壁外で。恐怖から走り逃げるライナー、ベルトルト、アニの三人だけが残された。

「……ベル……トルト……アニ……マルセル」
「(マルセルが、食われた……巨人に……俺を庇って。俺のせいで……みんな……食われたのか!? 覚えてない、頭が真っ白だ……あぁ、どうすれば。いや、ここにいたらダメだ……俺も食われる……今日ここで……死ぬんだ)」

 次の瞬間−−勢いよくくライナーの腹を自慢の蹴りで思いきり蹴っ飛ばしたアニに、変声期前のライナーは女のような何とも情けない悲鳴を上げて草原に這いつくばった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……やるじゃん。長距離……走で……あんたに負けたの……初めてだよ、体力なくていつも息切らして怒られてたくせに」

 息を切らしながら話すアニ、その背後を追いかけてきたベルトルトも無垢の巨人との生まれて初めての遭遇でどこから巨人が襲って来るかもわからない恐怖でさ迷い、ようやくふたりに追い付き、疲れたのか息を切らしそのまま膝を付いた。

「あんが、馬鹿だね。本当に、何であんたが選ばれたのか不思議で仕方なかった。すぐに……マルセルを食った巨人を……あの場で押さえておけば……「顎の巨人」を……失わずに済んだのに。あんた達が逃げて……私も……わけがわからなくなって……クソ野郎、もう……マルセルは……帰らない」
「だって……あんなところで巨人に会うなんて!! 壁に近付かないと……巨人はいないって」
「ライナー……絶対じゃない。すべての巨人が……人間の仕掛け通りに行動するわけじゃないって……この島に来る前に散々教わったじゃないか」
「…もういい。帰ろう……」
「え?」
「「顎」を探して帰る。どこかで人の姿に戻ってるはずだ……どの道マルセルの指揮がなきゃ「始祖奪還計画」なんて果たせっこない。すでに作戦は……失敗してる。ここだって……またいつ巨人が現れてもおかしくないんだから」
 ――お前なら必ず任務を果たせるよ。きっと父さんもお前の成功を祈ってくれているから。

 このまま何の成果も得られないまま帰る。あんなに盛大に見送られ、その沸き上がる歓声の中でライナーの脳裏に母の言葉が浮かんで。そしてライナーは思いとどまった。

「……待て。ダメだ……帰れない。作戦を続行する」

 再びここまで歩んで来た道を引き返すように歩き出した作戦は続行負荷だと判断したいつも冷静なアニとそれに従うベルトルトを呼び止めるようにライナーは阻止した。

「確かに……あんたはこのままじゃ帰れないだろうね。このままマーレに戻ればあんたはこの失態で「鎧」を剥奪され、次の戦士に食われる……。私の知ったことじゃないけど」
「責任は俺だけだと言いきれるか?」
「……は?」
「「3人共逃げた」その責任を俺だけが問われるのか? 自分達だけは粛清されないと確信持って言えるか? それに……「顎」の回収も得策じゃない。もしそいつに「顎の巨人」を使って逃げられたりしたらどうするんだ? 顎のあの俊敏な走力じゃピークの「車力の巨人」でもない限り、俺らの巨人じゃ捕まえられっこないだろ!?」
「……そんなすぐに巨人の力が使えるもんか!」
「お前はすぐに「超大型」を難なく使いこなしただろうが!! とにかく……!! 下手にマルセルを喰った巨人を追ってここで巨人の力を使い果たせば巨人に食われちまうし……このままマーレの停泊船に失態だけ持って帰っても!! どちらにしても俺達はおしまいなんだよ!! 俺達が……再び家族の元に、故郷に帰るためには……何か……成果を…この島の「始祖」を獲得しなきゃ……もう故郷には帰れないんだよ」
「あぁ……何で……その冷静さの百分の一でも発揮してくれれば……「顎」も……マルセルも失わずに済んだのに。自分の身を守るためなら私達を脅すってわけ? あぁ!?」
「……わからないんだ……俺は――」

 ライナーが戸惑うように這いつくばっていたその顔を上げたその瞬間、ライナー顔面を忌々し気に蹴り飛ばすアニの彼を責める恐ろしいまでの憎悪に満ちが顔があった。

「アニ!?」
「それじゃあ、あんたがマガトに弁明しな!!「すべて自分の責任です」って言え!!! 何が「名誉マーレ人」だ!! 選ばれし戦士だ!! マーレもエルディア人も全員嘘っ吐きで!! 自分のことしか考えてないくせに!! 私もそうだ!! 帰りを待っている人がいる、何としてもこの作戦を成功させて生きて帰んなきゃいけないんだよ!! お前さっき死ぬハズだったんだろ!? 悪いと思ってんなら死ねよ!! 罪を被って、死ねぇえええ!!」

 幼少期の頃より鍛えられ、戦士候補生の中で一番小柄で在りながらもその培ってきた技術で格闘技に磨きをかけ、汎用性のある「女型の巨人」としてこれまで戦果を挙げてきたアニの蹴りやすい位置でボッコボコに蹴り飛ばされ、顔面中から血を流し、すっかり顔の原形が無くなるまで蹴られたライナーは無言で地面へ倒れ込む。彼への失態とその怒りにアニが後ろを向いたその一瞬、ライナーが突如としてあんなに死ぬ一歩手前まで蹴られたというのに血塗れの顔で起き上がると、彼女の体格を抑え込むように背後からアニの首を抱えたまま。スリーパーホールドを決めて草原へ倒れ込んだのだ。

「なら、こうしようぜ……ライナーは死んだ……マルセルが必要なら……俺がマルセルに…なるから…」
「もう、止めてくれ……二人とも……ライナー……わかったから、このままじゃあ、アニも死んでしまう」

 思いきり首をホールドされみるみるうちに血管が紫色に腫れあがりパンパンになりアニの眼には涙と太い血管が密集する首を極められて見る見るうちに充血していく。どうして仲間同士でこんな争いをしなければならないのか、不毛な議論を繰り返し傷つけあう2人にベルトルトは大粒の涙を流して震えていた。

「これが…俺達が故郷に帰る唯一の手段だ…」
 背後から思いきり気道を圧迫され、本来人間に備わっている呼吸を奪われ苦し気に足をじたばたと羽交い締めするライナーの腕にギリギリと爪を立てて。彼女の目にも彼女の帰りを待つ大切な人が浮かんでは消えて。しかし、息さえできずに苦しむアニへライナーは呪いの言葉を囁いた。

「帰ろう……みんなで……故郷に……」



 そして、運命の日は訪れた。エレンが自由を望みそして巨人への憎しみを募らせた「死に急ぎ野郎」として、そもそもの因果の過去の前にこんなやり取りが行われていた事も知らずに。
 パラディ島の一番東の突出区であるシガンシナ区はいつもの日常が今日も終わると傾く太陽が壁の外へ沈むものと疑わずにいた。
「女型の巨人」となったアニはライナーとの押問答の末に作戦続行を決めた。ドウドウドウと、勢いよく大地を揺らして走るアニの叫びで無垢の巨人を引き連れ、シガンシナ区へと向かう。ライナーとベルトルトはアニの首元から落ちないようにと必死に捕まっていた。しかし、能力を行使しながらひた走るアニの体力はもうとっくに限界だ。本当は未だ彼女の出番ではない、しかし、マルセルはもう居ない。アニは残り僅かな巨人の力を使い果たしてでも達成しなければならないのだ。
 知性巨人の能力者である自分達は無垢の巨人にとっては再び人間に戻れるまたとない機会なのだから。

――「ウォール・マリアを破壊し巨人侵入の混乱に乗じて住民に紛れ込む。そして、壁の王……フリッツの出方を見て「始祖」と、ジオラルド家の末裔カイト・ジオラルドへの手掛かりを探る。何よりもすべては……壁を破壊できなきゃ始まらない……。頼む……ベルトルト」

 破壊の化身、超大型巨人と化しウォール・マリアの壁から街を覗き込むベルトルトそのベルトルトの視界の下では、畏怖の目で自分を見上げる、まさにこの島にとって悪夢の日となったあの日、シガンシナ区の住民達が、そしてまだ幼いエレン・ミカサ・アルミンの姿があったのだ。

 ベルトルトが壁を蹴っ飛ばして破壊するとともに力を使い果たしたアニとベルトルトを壁上へ置いて、ゆっくりとシガンシナ区の方へ壁を下りていく。

「(俺は戦士になりたかった……母の願いを叶え、父と三人で幸せに暮らせると思ったから。でも……そんなことを望む父はどこにもいなかった。母は叶わないとわかっている夢を……俺を戦士にする事で見続けていた。母さんは俺の事なんかちっとも気にしていなかったんだ。俺は選ばれるはずのない戦士で、本当は、今日死ぬはずだった……。何で謝った……何で俺なんかを助けた……マルセル。嫌だ――。まだ、終わりたくない!!! 俺は、まだ何も、わかってないんだッッッ!!!!!」

――「アニ…ベルトルト…ごめんな。マルセル。俺…本当の戦士になるから」

 何とかマルセルの犠牲にしながらも命からがら第一段階のウォール・マリアの壁を破壊することに成功し、壁内へ侵入した三人は傷ついてボロボロだった。その隙を縫う様に壁内を彷徨う無垢の巨人だったユミルがマルセルを捕食したことで「顎の巨人」となり同じように壁内へ侵入したユミルが居た。

 ウォール・ローゼに辿り着いたアニとベルトルトを抱き締めながら、三人は誓うのだった。その誓いの背後では今回の犠牲により故郷を無残にも破壊され失意に暮れ、ウミと抱き合うエレン達の姿があった。
 そして、壁内に辿り着いたこれまで非力で気弱だったライナーは死に、ライナーはまるでマルセルの代わりを演じるように自分にないものを持つマルセルになったつもりで立ち振る舞う様になった。
 嘘に嘘を重ね、虚構の自分を作り上げたライナー。彼の精神はどんどん分裂していく……。

――「……そうか。やはりあのフリッツ王は影武者だったか」
「あのじいさんだけじゃなくて家ごと別物だった。何の権限も無い木偶人形だけど、おそらく「ユミルの民」じゃない。百年前フリッツに媚びた他人種系エルディア人が壁の中央を仕切ってる。ジオラルド家については、わからないままだ」
「じゃあその家に取り入ればいいんだ。本物の壁の王に通じてるはずだ」
「……どうやって?」
「使用人として雇ってもらうとか?それとも私がその家の男に擦り寄って嫁入りするとか?」
「アニが!? そんなのダメだよ!!」
「そう、これは無理。奴らは「ユミルの民」じゃないから権力の中枢にいられるのに 家系に「穢れた血」を感染させるようなヘマはしないよ。壁が破壊されてからは侵入者を警戒して新たな使用人は雇ってない……そもそも私に男をたぶらかせるような魅力は無いし」
「そんなことないよ!!」
「それはどうも」
「そうなると、付け入るスキはあそこしか無いな。兵士になって、中央憲兵に接近するんだ」
「……私に言われたくないだろうけど、ここまで調べるのにもう2年掛かってる。巨人を継承した私達に残された時間は残り10年……その10年を兵士ごっこに費やせって言うの?」
「壁を破壊して2年経つが……壁の王は動かなかった。タイバー家の情報が正しかったのなら壁の王は「不戦の契り」とやらに縛られている」
「……だったら、ちんたらしてないでさっさとけりを付ければいい!」
「あぁ……。ローゼもシーナも、この壁をすべて破壊するってことだろ? そうすりゃさすがに「始祖の巨人」が姿を見せるかもしれんが、いくら牙を抜かれたって言われても一度「始祖」が叫べばすべてがひっくり返るんだぞ? そうなりゃ俺達は尊い戦士の任期を全うすることなく世界と共に死ぬ……。人類の運命は俺達の手にかかっているんだ」

 そして、845年のあの日から導かれた三人はある場所へとたどり着く。少年少女たちの運命、全て始まったこの場所から。

――「問おう!!! 貴様らは何しにここに来た!?」
「人類を救うためです!!!」

――「ただ……やるべきことをやる。ただ、進み続ける。それしかねぇだろ。巨人を一匹残らず駆逐するんだろ? お前ならやれる。エレン」
 そして重ねられた手が触れ合う。故郷を、自由を奪われた少年とその故郷を奪い自由を求める二人の少年の手が触れた、この瞬間から、また。始まるのだ

――「そうか……。きっと……ここに俺は、長く居すぎてしまったんだな。バカな奴らに囲まれて3年も暮らしたせいだ。俺達はガキで……何一つ知らなかったんだよ…こんな奴らがいるなんて知らずにいれば……俺は……っ、こんな半端な……クソ野郎にならずにすんだのに…!!)」

 この壁の人類には未来が無いと知りながら、兵士としてかかわるうちに戦士としての自分の感情は消え、そして情が芽生えてしまったのだ。
 母親からの洗脳教育に支配されていたライナーは変わった。この島には、悪魔が居るとそう思っていたのに、この島には過去の自分を知る者はいない。
 何より心地よかった。マルセルのように振舞えばみんなが自分を兄貴として、慕ってくれた。
 そんな自分を蔑んだ目で見つめて一人夜な夜な中央政府への足掛かりを探るアニのように、最初から誰ともつるまずに孤独であり続ければ、そんなアニでさえも共に過ごしてきた仲間であるマルコの死に後悔して、そして仲間達の死に謝罪し、そして後悔の涙を流していたのに。

 自分達はこの壁の世界で出会った人間やこの世界で暮らす人間も。自分達と同じだと。すっかり慣れすぎてしまった。
 壁内の人類はずっと悪魔の化身だと幼少期より洗脳される形で教え込まれてきたのに、彼らも自分達と全く同じ人間で普通に暮らしていた存在だと、かけがえのない仲間達にも出会って淡い恋心を抱いたりもしてしまった。

「そういえば、ウミの父親は調査兵団の副団長だったらしいな、名前は、なんていうんだ??」
「お父さんの名前はね……」

 戦士ではなくこの壁の兵士として居られれば。戦士としての自分達に課せられた死ぬよりも重い運命。その役目や寿命の事や立場の故郷のことなど考えられずに居られたのに。罪の意識に押しつぶされライナーの精神は兵士と戦士で分断されてしまったのだ。
 戦士の自分。
 兵士の自分。
 どっちが本当の自分でどっちが偽り自分なのか。
 彼らは悪魔なんかじゃない、自分達と同じ、それなのに自分達はもう彼らと絆を深めるより前にもう取り返しがつかない事をしてしまっているのだ。

――「もう俺には……何が正しいことなのかわからん……!!」

 兵士として。
 戦士として。
 どちらの自分が正しいか罪の意識に押しつぶされたライナーはもうマトモな精神ではなかった。
 まるで故郷に置き去りにしてきた母親のような暖かな存在だったウミが、今泣きそうに顔を歪めてこちらを見ていて…、正直その眼差しに、揺らいだ。

「ねぇ! ライナー! 嘘、だよね……嘘でしょ? 嘘っ、嘘だって言ってよっ!!」
「嘘じゃねぇ……ウミ、あの時、よくも邪魔してくれたな」
「らい、な……」
「ニコニコ愛想振りまいて誰にでも優しくて……いい姉ちゃんだなって思っていたが……本当は……本当のお前は兵士で、その目は紛れもなく巨人殺しの達人だ。上っ面の笑顔で見てたんだろ。俺達が。敵だと、生き埋めのままの母親の仇だと知れば躊躇わずに殺せるんだろう?」
「っ…」
「ライナー!」

 自分の父親がこの島の外でどんな大罪を犯したのか知りもしないでこの壁内で巨人を殺して殺しまくっていた女。ようやく出会えた。この女がカギだと。残念なくらいその要旨はジオラルド家の歴代の人間と同じ顔をしていた。歴史の教科書に載るあの「英雄」に本当に生き映しで間違いがなかった。
 彼女も自分達と同じ、偽りの戸籍でこの壁内で何も知らずに生きていたのだ。

――「ただ……俺がすべきことは自分のした行いや選択に対し、戦士として……最後まで責任を果たすことだ!!」
「ライナー……!! やるんだな!? 今……! ここで!」
「あぁ!! 勝負は今!! ここで決める!! アニを連れて故郷に帰るぞ!! ベルトルト!!」

 ▼

「俺はあの島で軍隊に潜入したんだ。あの島はまさに、地獄だった。島の連中はまさしく悪魔で、残虐非道な奴らだったよ。本当に……どうしようもない奴らだった。便所に入るなりどっちを出しに来たか忘れたと言う馬鹿だったり、自分のことしか考えてねぇ不真面目な奴、人のことばっかり考えてるクソ真面目な奴、復讐しか頭にねぇ死に急ぎ野郎に、何があってもついて行く奴ら……別れた筈の一人の男が忘れられないと未練がましく執着し続ける夜な夜な放浪する淫売女……それに……色んな奴らがいて、そこに俺達もいた。そこにいた日々はまさに……地獄だった」
「ライナー?? 色んな奴らって何…? あの島に住んでいるのは皆、悪い奴らでしょ?」
「そうだよガビ……島にいるのは悪魔だ。世界を地獄にして屍の山に自分達の楽園を築いた悪魔だ。でも私達は違う、私達この大陸のエルディア人は生涯を捧げてマーレに及ぼした凄惨な歴史を償う善良なエルディア人なんだから。島の奴らは、いつ強大な巨人で世界を踏み潰し進撃して来るかわからない。それを阻止するのは私達善良なエルディア人でなくてはならない。私達を置き去りにして島に逃げた奴らに……制裁を与えなくては ならない。私達を見捨てた奴らに……いいねガビ、あなたがその役目を果たすんだよ」

 素直で純粋な心。ただこの国の為に自分達の民族の為に、島には悪魔が住んでいると母親からの教育を真摯に受け止めひたむきに戦果をあげ、自分の後を追いかける少女にかつての自分を見ているようだ。
 何も知らずに居られた無邪気なあの頃の自分、彼女はそんな自分にひどく酷似していた。悪夢の日々は終わりを迎えた、しかし、まだ自分は生きている。今もあの悪夢にうなされている、それなのに、自分はまだ死ぬことさえ許されない、死んで楽になる事。ベルトルトもアニも二度と故郷の地を踏めない、自分のあの日招いた事。それが生き残ってしまった自分の罪の証なのだ。

2021.02.06
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