――かつてアッカーマン家は王の懐刀だった。
エルディア帝国による民族浄化に心を痛めたフリッツ王は自らタイバー家と共謀して巨人大戦を仕組んだのち、僅かなエルディア人を引き連れて「地鳴らし」を引き出しにパラディ島に流れ着くとそのまま三重の壁に引きこもった。
アッカーマンの血が流れる一族たちは東洋の一族の末裔と共に王と運命を共にしたのだった。
しかし、王は島の住人たちの記憶を「始祖の巨人」の能力で改竄し、真の王家は影となりやがて偽りの王が玉座に腰を据える事になる。
それに対しアッカーマン家と東洋の民は反発し王と対立した。エルディア帝国の人間ではない二つの種族は王政府から追放され、彼らは壁の中で逃げる事も出来ずに一族が根絶やしにされるまで激しい弾圧を受ける事となる。
後にアッカーマン家の生き残りの血筋であるケニー・アッカーマンが後の真王・ウーリ・レイスの元に下るまでその迫害は続く。
なぜかつて自分の元に置いた王はアッカーマンを恐れ根絶やしにすべく追い込んだのか。
アッカーマン家は王の持つ「始祖の巨人」の支配を受けない。何故なら彼らは、巨人にその姿を変える事が出来るエルディア人ではないのだ。
そう、彼らは人工的に作られた人間、アッカーマンとはすなわち、巨人化せずに強力な力を己の意志で引き出せる、人知を超えた神にも等しい脅威的な力を持つ巨人と同等の存在だった。
▼
「ん……?」
仕組まれた陰謀に巻き込まれたのは何の罪もない子供達の存在。
しかし、その身体に流れる本能は紛れもなく本物。近づく危機を肌がひしひしと感じ取っていた。
まだ幼く、親の庇護元にある言葉もまだたどたどしい妹の存在は親に捨てられてきたとこれまで勘違いしたまま歪んで成長したアヴェリアにとっては初めて感じた血の繋がり、そしてこれまで感じた事の無い無償の愛おしさをひしひしと感じさせていた。
だから最近はヒストリアの居ない孤児院よりも本当のあるがままの家族の元に立ち寄りそして積極的に自ら妹の面倒を見るようになっていた。
父親に似ているアヴェリアの面差しは感情表現は乏しいものがあるが、だが、彼なりに慈しむように妹を大切に思っていたのだった。
そして父親譲りなのはその鋭い眼光だけではない。その本能に流れるその血、両親双方にその血を受け継いでいる中で彼は早産で生まれて未成熟な肺でありながらもかろうじて息をし続けそして命を繋いだその血は確実に自分にも流れているのだ。
ぞわっと、本能で全身に感じた得体の知れない、殺気の様なものが。そして確かに母親の声がしたのだ。
「こんばんは……。おねんねの時間にごめんよ〜だいじょうぶ、すぐに済むから」
本能が目覚める、受け継がれた血も「人類最強」の父が不在の今、母と妹を、家族を守れるのは自分だと警鐘を鳴らす。
妹が寝ていて正解だ。まだ幼い妹に隠れていろだなんてそんな芸当が出来る訳がない。寝つきの良さは母親に似ているらしい先ほどから荒々しい足音が階下からこちらに向かって迫ってきているのを確かに感じるのに妹は全くそんなこと気付かずにすやすやと寝入っている。どうかこのままで居てくれ。
アヴェリアはベッドの下と一瞬迷ったが、真っ先に探すのはベッドの下だと決まっている。寝室の棚に眠ったままの妹を隠すと、何か手ごろな武器は無いか周囲を見渡した。
そして、急ぎ武器の代わりを取ると扉が開かれたそのタイミングと同時にまるで動物のように家具伝いに剥き出しの天井の梁へ飛び上がって闇夜の獣は父親と同じ眼差しで身構えるのだった。
「こっちにおいで。なぁ、出てきてくれよ。おじさんと一緒に遊ぼうぜ」
「あぁ、そりゃあ喜んで。楽しませてくれよ!!」
残念だが襲う家を間違えたらしい。こんな夜更けになんの用があって押し入ったのかだ。身近に迫る危機を察知し、アヴェリアは待ち構えていた。
妹を隠し、そして押し入って来た不届き者を父親の代わりに成敗すべく。気休めのフライパンを強く握り締め、自分を探していた男の元に飛び降りそのままあらん限りの力で金属の塊で勢いよく殴り飛ばしたのだ。
子供だと侮っていた男は大の大人相手だろうと恐れはしない少年の目つきを見て戦慄する。
「ヒッ、あっ、な、で……あんたが、リヴァイ」
「あ? 何と勘違いしてやがんだよてめぇ」
まだ少年でありながらも体に流れるアッカーマンの血は既に覚醒している。その通りに殴りつけたフライパンはものの見事に変形していた。
そして、ありったけの力で殴りつけたその衝撃で倒れ込み自分の目つきに驚いた男を冷めた目で見つめながらアヴェリアはよろけた男に向かって真下から顎に向かって勢いよく瞬きさえしない速さで蹴り上げた。
男はそのまま勢いよく仰け反りそのままひっくり返った。
自分の顔に疑似感を抱いた男は戦慄したのだ。その目つきは紛れもなく。彼の目が父親のリヴァイと酷似していたから。
「俺はアヴェリア。それは親父の名だ。ここには居ねぇ。こんな夜更けの晩に遊びにきてくれるとはありがてぇ大人もいるもんだな。母さんは早く寝ないと親父みたいにチビになっちまう、大きくならない、そればかりだから……。寝込みを襲われるのは地下街で慣れてる。お前を捕まえれば俺も訓練兵団の過程をスルーして王女の側近になれるのか?」
「な、何を言ってやがる……」
「とにかく、お前は襲う人間の家を間違えた。それだけだ」
階下にそっと、耳をすませば確かに聞こえたのは食器の割れる音。
そして、自分との絆を取り戻そうと、これまで自分を捨てたと思って憎み続けていた母も自分を死んだと思ってこれまで贖罪の日々を過ごしてきたと知りようやく家族として絆を取り戻しつつある最愛の実母の悲鳴だった。
急がねば母親が危ない。アヴェリアはフライパンが変形して使い物にならなくなるくらいにまで押し入ってきた男をボコボコにし終えると、周囲を確認して駆け出したのだった。
▼
――「いいか? くれぐれも動くなよ……もし動いたら……お前の目の前でガキを殺す」
気を失っていた女を犯すのは趣味じゃないのだろうか。ウミは思いきり首を絞められ今にも消え入りそうな声なき声で叫んで強制的に低迷していた意識を浮上させられた。
図体のでかい男が荒々しい息を吹きかけのしかかる。その体格は見るからに差は明らかで、そして今現在リヴァイとの子供を妊娠中で今体調不良により弱り切っているウミはその悪臭に吐き気を催していた。
先ほどまで息子と水入らずで食事していたダイニングテーブルへと叩きつけるように押し倒されていた。
自分が大声を出し、そのうちに誰かが助けに来ないようにと、元兵団の人間でもある彼女を動かさせないようにして口元に猿轡を噛ませた。
誰か――。
声なき声で必死に抵抗する、ウミ。だが、その伸ばした手は絡めとられてしまい、リヴァイではない男に伸しかかられている。
そんな彼女の抵抗はまるでさざ波のように、容易くあしらわれて意味がない。抵抗すれば大切な子供たちが殺されてしまう。
いくらあの子が父親のリヴァイに似て喧嘩が強く屈強な年上の相手にも難なく挑んでも負けなしでも所詮子供の力が大人に勝てるはずがない。
そして、今の自分はお腹に宿る命を守るためにこんなところで相手の機嫌を損ねるようなことはしてはいけない。分かっている。幾ら、どれだけ自分が元兵団の人間で対人格闘技の心得があったとしても本当の男の力には到底かなわないことなどこれまでの経験で嫌って程身に染みてきたではないか。
そして、この身体にも流れているアッカーマンの血。
しかし、目覚めていない自分には母親やミカサやリヴァイのような非人道的な脅威的な力が目覚める事はない。
まして、自分はジオラルド家が「始祖ユミル」になるために研究した末に完成した遺産により自分は巨人化能力を得た知性巨人の能力者。
自分が巨人であることはジークとその側近のイェレナしか知らない。ここで正体を明かすわけにはいかないのだ。
「そうそう、いい子にしてろ……楽に逝かせてやらねぇからな……どうせならリヴァイ兵長の女だ、楽しませてだろう、なぁ」
男に惨めに這いつくばるしかなかった地下街の時とこれではまるで同じ状況だ。ようやく地上に上がれたと言うのに自分はまた奈落の底へ落とされると言うのか。
あの時は自分を守り抜いてくれた絶対の存在が居た。だが、今は違う。あの時から彼への気持ちは何ら変わりないのに、しかし、今その絶対の存在は自分以外の女を副官として片時も傍に置き、そして今自分は目の前の素性も知れぬ突然押し入って来た男に組み敷かれている。
動いたらガキを殺すと脅されれば母親としての自分は元兵士であり身に着けてきた技術を披露することを堪えて受け入れるしかない。子供の命には何にも代えられない。無言でどうか子供達だけは助けてくれ、自分は何でもするからと涙を流して懇願した。
「泣くなよ、旦那が居ないんだ、夜は寂しくて仕方ないんだろう」
「っ、くっ……!!」
「普段ほとんど家に帰らないあんたの旦那よりも満足させてやるからさ、欲しいんだろ? 望んでるはずだ」
ふーッ、ふーッ、と声なき声で息を荒げるウミ。だが口元を覆われて何も言葉を発することが出来ず、乱れる彼女の息遣いに男は酷く興奮していた。
彼女の夫が誰か、理解している。だからこそのこの凶行なのだが。彼女の夫が居ぬ間にあの男の唯一である彼女をこうして力で屈服させること程気持ちのいいものはない。忍び寄る背徳感でどうにかなりそうだ。それに今夜の事が露見することは無い、自分がリヴァイ以外の男と、そんなことリヴァイに知られたくないと彼女はきっと今夜の事は伏せ泣き寝入りを決め込むのだろう。
その前に彼女はさんざん自分達が好きに可愛がった後に処分していいと言う依頼主からのお達しなのでその言葉のままに従うのみだが。
人類最強の妻。その存在に少なからず興味を抱くだろう。完全無欠の英雄の妻の割に華のある容姿ではないと思っていたが、悪くはない。
あの人類最強に愛されている存在そのものが気になるのだ。彼女の精神の安泰なのだろうか、愛に満ち足りた者にこそ放たれる美しさを彼女からはひしひしと感じ取れる。
「なぁ、旦那には秘密にしておいたままにするから」
押し倒された反動でダイニングテーブルに置いていた紅茶のカップが音を立てて床に落ち水滴が波紋のように広がった時、階上で響いていた足音が消え、沈黙が訪れていた。
嫌な汗がウミの肌を伝った。ウミは自分の産み落とした子供達がこのままでは殺されてしまうと必死に抗うが、肌をひやりとしたものが伝うと。
「そそるな、」
ナイフの刃を返して、ウミの着ていたネグリジェの胸元のボタンの留め具をナイフで切り取り胸元を露わにした。そして男は自分の仲間がいつまでもおりて来ない事に苛立ちを覚えそのまま彼女に動くなと目配せすると、じっくり楽しむた目、いつまでもおりて来ない仲間に苛立ち上に様子を見に今一度姿を消すのだった。
その一方で、上に押し入って来た男を仕留めたアヴェリアは階下に見つからないように降りて来て様子を窺っていた。男に押し倒されている大切な母親の姿を見て今にも怒もしここに父親のリヴァイが居たら、あの男の命は無いだろう。自分もそうだ、沸点の低いアヴェリアの怒り爆発寸前の状態だった。
母親の元へ、急ぎ駆け寄ろうとした瞬間、背後からいきなり飛びかかってきた男に不意を突かれてそのまま羽交い絞めに拘束されてしまったのだ。いくらアヴェリアがアッカーマンの血に覚醒していたとしても不意打ちを喰らい大の大人に捕まれて抵抗することが出来ない。
「何だ、クソガキ。邪魔しやがって。お前も交ざるか?」
「ぐっ、(てめぇ……!! 母さんを侮辱しやがって……ブチ殺してやる)」
「もう一人仕留めたから俺も仕留められるとでも思ったか、甘いんだよ!!」
しかし、男は知らなかったのだ。本当に恐ろしいのは。最愛の我が子を手に掛けようとした男へ。もう我慢ならなかった。男は今まで助けられていたのだ。子供の存在の為にいくらでも反撃へ身を転じることが出来る彼女が甘んじて男を受け入れ身を捧げようとしていたウミが、今子供が殺されそうになったのを皮切りに動いた事を。
「ぐあああ!!」
「ふんっ!!」
そして、動いたら子供を殺すと脅されていたウミが、そして拘束されていたアヴェリアが。厨房から持って来たナイフをその男の背中へ向かって一直線に投げ、そしてアヴェリアは自身の動ける足をつま先へ叩き潰す勢いで踏み抜いたのだった。
突然の双方からの激痛に男は悶絶して下品な声で叫ぶと、アヴェリアを突き飛ばすようにその拘束から引き離した。背後から飛んできたナイフに驚いたように振り向く。
「いてぇな。何だ、前戯か?」
「幼い子供の前でそんな下品な言葉を使わないで!!」
猿ぐつわを外し、乱れた胸元を隠すように。拘束から逃れたウミが大人しくしているはずもない、子供を守るために立ち上がり、手にしていたのは立体機動装置のブレードだった。
彼女は今も今は民間人でありながらも秘密裏に立体機動装置を有事の際にと持ち合わせていたのだ。もちろん兵団に知られたらどんな処罰を受けるか理解しての事だ。そうじゃなければ、人類最強の妻など、名乗れやしない。たとえ退いたとしても今も変わらず自分は調査兵団の自由の翼を捨てた覚えは一度もない。
過去の栄光に縋り付いているだけと思われたくなくて、妊娠が分かるまで彼女は己を研磨し続けていたのだ。
「元・調査兵団が何をできるってんだ? みっともなく這いつくばる事しか出来ねぇじゃねぇかよ!!!」
その言葉に対して首を傾げたのは親子共々だった。
「てめぇ、さっきから何を言ってやがる、母さんは今も現役だ!! この店の傍らで訓練兵団の臨時教官もこなして教鞭振るってんだよ!!! 馬鹿がぁ!!」
「この家にそもそも押し入ったのが全ての間違いなんだよ……私の子供達によくも手を掛けたわね……夫が不在だから私達なんて簡単に殺せるとでも思った? 卑劣な手段でしか相手を貶める事しか出来ない卑怯な奴に屈するくらいなら!! この子たちにもし手を掛けようとしたのなら、もう泣いたって、土下座したって、許さない、覚悟しなさい!!」
ガスなど無くてもこんな男など、自分のこの手で一網打尽にできる。殴りかかってきた大ぶりの拳を難なく受け止めるとウミは息子に叫んだ。それに、ここに居る二人だけではない、自分にはもう一人守るべき存在が居る。それは、お腹に宿った命。この命を何としても、守らねばならないのだ。
「アヴェリア!! あなたは二階へ行ってなさい、エヴァと一緒に居て、」
「母さん!!」
「いいから言う事を聞いて。あなたには見せたくない!!」
その言葉がどんな意味を持つか、アヴェリアは即座に理解したようだった。実はこんな夜は今日が初めてではない、前にもリヴァイの家族の店だとは知らずに酔っ払いが入り込んできたこともあったし、リヴァイがたまたま家に居て助けてくれたこともあった。そんなこともあってか人の侵入には一般の家庭よりも慣れている。それにシガンシナ区決戦から取り戻したこの地の復興もまだ道半ば。空き家もまだ多い中で家財を狙ったコソ泥も居て治安も悪い状況下でそれなりの身を守る術は欠かさずに対策してきた。
妊娠していたとしてもこんな男など、巨人を相手に、地下街では薄汚い犯罪者集団を相手に戦ってきた自分には敵ではないのだ。
「何だよ、ガキには見せられないってのか? 俺にヤラれちまうところをよ、」
「……違う、私があなたを……ヤル所だよ……!!」
最愛の彼との間に生まれた最愛の子供たち、二度と自分の女としての機能は果たされないのだと絶望に暮れた日々を越えて、子供たちは世に出て来てくれた。
そんな子供たちを囮に自分を陥れる卑劣な男に向けられるのは怒りすら超えた、激しい憎悪。
ウミのきつく握り締められた手には刃こぼれしていない立体機動装置の超硬質ブレード。名前を呼ぶより早くウミは飛び出していた。現役時代と相違ない目にも止まらぬ速さで男の背後に回り込み、刃を振るうことなくその腕を捻りあげ、そのまま体重をかけて前のめりに倒すと、ブレードをその男の喉元に当てれば、男から小さく悲鳴が漏れた。
一体彼女のどこにそんな力が残されているのか、得体の知れない力に骨がミシミシと軋む。
「誰の差し金か答えなさい!!! 今ならまだ間に合う、言えば、せめて命だけは見逃してやる……。この家の敷居を跨ごうだなんて馬鹿な考えを二度と起こさないように全身に刻み込んであげる。激しいのがお好きなんでしょう?? いいわよ、望み通りに今まで感じた事の無いような飛び切りの楽園を見せてあげる……」
ウミは怒りに我を忘れ、湧き上がる憎しみに支配されていた。我が子を殺そうと押し入ってきた連中をこのまま逃したところで、許すつもりなど無い、まして、この状況に自分達を追いやった張本人・黒幕が居る。そいつだと分るまで、徹底的に尋問するつもりだったのだ。だからこそ、この状況に持ち込み、そしてまだ子供で多感な時期でもあるアヴェリアにこんな母親の姿を見せてはいけないと、そう思っていたからだ。まだ理性は残っている。
「はっ、知らねぇよ……誰に頼まれたわけでも、ぐううっ、」
「黙れ。余計なことは喋らなくていいんだよこのクズ野郎……」
静かに、ゆっくりと押し当てられたブレードが首元に赤い筋を垂らしていく。背後から
伸しかかられ、全身で体重をかけて尋ねるも、そっちもプロの道を行く雇われた殺し屋だ。簡単に吐かないだろう。だが、間違いなく証拠はなくとも今日去り際に意味深に戸締りをしろと告げ、そして自分を明らかに敵対視して自分の大切な存在でもあるリヴァイをあの手この手で奪おうと影で画策しているアリシアの存在だった。
まさか殺し屋まで雇いこうして差し向けて来るとは彼女の狂気じみた恐ろしい執着心、何故自分が巻き込まれるのか不審でしかない中であまりにも理不尽な彼女の思いに巻き込まれた自分の子供達に申し訳なくて泣きそうになる。
「本当に、私があなたを殺せないとでも思った? 調査兵団が起こしたあのクーデターの際に関わっていたこともあるのよ。本当に、言わないのなら……直接本人に伝えるまでね」
まして、巨人の正体が人間だと知った時、自分が浴びてきた巨人の返り血は生きて巨人にされた者達の血だと言う驚愕の事実を知った時はそれはそれは酷い吐き気を催したものだ。
自分が忌み嫌って憎んで散々飛び回って殺していた巨人の正体は人間だと。
そして、そんなに気が長い方ではないウミは口を割らない男に向かって手刀を叩き込むと、男は情けない悲鳴を漏らして失神したのだった。当の本人は自分達が強盗に襲われ殺され処分された所に失意に暮れるリヴァイに付け入る気らしいが、残念ながらそうはいかない。
自分は彼に不釣り合いなんじゃないか、彼の前からいずれ姿を消す自分、ならば彼をそれでも愛してくれそうなあの子に託すべきか、内心そこまで考えた。彼の元から去り、身を引くことを、彼女なら自分には全く似ていない確実にリヴァイの遺伝子が濃い子供達も愛してくれるのでは、そう思っていた。
だが、その考えは間違いだと気付いた。こんな卑怯な手を使い、子供達さえも手に掛けようと。しかし、自らの手は汚さない彼女をウミは激しく軽蔑した。
捕まってもいいからあの綺麗な顔を思いきり拳で殴りたい。思った以上に自分は頭に血が上っていたようだ。
「今だ!! やれ!!!」
「な……!!」
「馬鹿が!! 外に見張り役でもう一人居たんだよ!!!」
気付いた時には遅く、振り向いた瞬間、目に飛び込んだのは自分に向かって振り下ろされようとする刃。
もう一人の見張りの男がニヤニヤした下品な笑顔で切りかかって来たのだ。目前に迫る己の死の予感にウミはせめてお腹だけは守ろうと、お腹に腕を回して強く目を閉じたが、その時、予想しえなかった事が起きた。
「どけよ!!」
妹の無事を確認し降りてきたアヴェリアがウミを守ろうと、切りかかってきた男に思いきり体当たりをしたのだ。
「この……糞ガキがぁっ!!」
「やめてっ!! アヴェリア――!!!」
ウミの伸ばした手は最愛の息子に届く事無く、その凶刃は大人顔負けでもまだ幼い子供。胸に秘めた初恋の為にただひたむきにかつての歴史をなぞるように。壁の王を傍で守る為の懐刀として。夢で溢れる小さな体を切り裂き血潮を溢れさせ、ゆっくりとまるで映画のワンシーンの様に血を溢れさせながら床に倒れ込んだ。
「い、いやっ……アヴェリア、アヴェリア……」
「母さん……俺は、大丈夫だよ……」
倒れ込んだまま、それを最後にアヴェリアは瞼を震わせてそっと双眼を伏せてしまった。笑う男達の姿にウミは声なき声で息子を抱き締める。
息はある、まだ――まだ――。
「お前ら……全員、生きてこの家を出られると思うなよ……」
ウミの握り締めたグリップに尋常ではない強い力が宿った。
▼
――トロスト区
兵団本部ではもうじき滞在期間を終えてひとまず話し合いは保留となりアズマビト家がヒィズル国に帰国後の返答待ちとなった。
長く続いた話し合いは平行線を辿り、結局自分達がこの島を守るために全力を尽くし、こうして自分達の島に眠る財産を狙う国しか助けてくれないかもしれないという結果だった。どうすれば、争いなくアルミンの望む「話し合い」は出来るのだろうか。
この島を守る事、それはこの島でこれからも平穏に暮らしていく自分の家族の平穏にもつながると信じリヴァイは今日も歩み続けるのだ。
「大丈夫? リヴァイ、少し顔色が優れないんじゃないかしら……」
思い悩む夜もある、離れたばかりの妻の面影を持つもう一人の女の元にリヴァイはこうして足を運んでは「友人」として話相手になり酒を提供してくれるかつて自分と腹違いに生まれた娼館で母親の客の相手だったかつて死んだクライスの父親。そのクライスの恋人だったレイラ。クライス亡き今は住み込みでこの店で今も働いており、リヴァイに酒を提供し話し相手にもなってくれるのだ。
マーレに伝わる電話という離れた相手の声が聞ける素晴らしい機械がもうすぐこの島にも完成するが、その間離れた愛しい妻の声が聴けるわけでもないし、酔えないと時折思い悩むと彼がグチグチと店で弱音を吐くわけではないが、黙って酒を飲んでそんなに眠りの深くないショートスリーパーはそれで最近悩みすぎてどうしようもなくなり眠るのを忘れてしまうので、こうして酒で眠気を引き出すのだった。
「平気だ、」
「そう、無理しないでね。なかなかウミの前じゃ見せられない不安とか、そんなことでいいから」
もしこれが愛する妻とも良き友人でもあるレイラじゃ無かったらどんな目に遭っていただろうか。お互い深い絆で結ばれているから離れていたとしても信じあえるが、それでも時折こうして不安が襲うのだ。自分が居ぬ間に何かあったら、と。
レイラの申し出もありがたいが、だが自分は彼女じゃなければダメなのだと理解している。
「リヴァイ兵長!! たっ、大変です!!」
空になったショットグラス。マーレからやって来たワインという酒は自分の口には合わないなとやはりウィスキーだと思ったその時、リヴァイだけでなく調査兵団がこの酒場に行きつけなのはお決まりで、部下の兵士が酒場のドアを開けてなだれ込むようにリヴァイに告げた。
「奥様が、奥様が!!」
「ウミが? どうかしたのかしら、あっ、リヴァイ!!」
懐から今晩の飲み代を差し出そうとした手を遮る白く細い自分達とは違う無垢な手が触れて包むように安堵させる。
「お金はツケで構わないから。早くウミの傍に行ってあげて」
あの子は寂しがり屋さんだから。早く迎えに行ってあげて。にっこりと微笑む彼女の存在に背中を押されてリヴァイは駆け出す。調査兵団の本部へとたどり着くと、そこにはリヴァイには信じがたい光景が広がって居た。
床に転がる事切れた男たち、そして、明らかに彼女から流れた血ではない……血に染ったウミが、壁を背に自分の副官であるアリシアを拘束し首元になぜ持っているのか分からない立体機動装置の硬質化ブレードを頸動脈に押し当てた恐ろしい顔つきで近付けばアリシアの首を跳ねる勢いで立っていた。
2021.08.31
2022.01.30加筆修正
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