リヴァイには理解できなかった。あのハネムーンの夜に、どうして彼女は泣いたのか、幸せだと涙したのか。涙の理由を誤魔化したその理由も、其処に秘められた彼女の秘密も。
そう、ただ、自分には背負うものがあまりにも多すぎたのだ。
何時だって自分が彼女を守ると誓ってそう決めていた、だが、守られていたのは、今となっては自分だったのかもしれない……。
あのハネムーンが二人にとって最後の夫婦の時間だったのだ。そんな事さえ、気付かなかった。気が付いた時に、彼女はすでに自分の腕の中からするりと抜け出しまた姿を消した。
残されたのは言いようのない後悔と、そして自分がこの島を守るべき存在、彼女が命懸けで産み落とした大切な二つの宝物だった。
無事に帰還した二人はしばしの夫婦水入らずを楽しんだ後またそれぞれの現実へと戻っていく。
ウミは居住区と酒場のあるシガンシナ区へ、そしてリヴァイはパラディ島の中枢があるミットラスへと。それぞれ壁を挟んだ場所でそれぞれの現実を生きていく。
互いに同じ家族でありながら、見る世界はまるで違う。
お互いに自由の翼を纏い同じ自由を求めていた時とはもう違うのだと。ウミはお腹に確かに感じた新しい命の息づきに、気付きながらもまだ彼に明かすのは止そうと思っていた。
しかし、思っていた以上に初期の頃からその状態は悪くなっていた。
どうしても思い出してしまう、もうだいぶ前の話だが、中央憲兵の思惑により早産で予定日よりも早く産み落とした我が子を医者が新生児重症仮死状態から蘇生できずに死亡したとして早産時でありながらも本当は生きていたアヴェリアを奪われた過去を。
寝込む程でもないが微熱に浮かされながらもウミは仕事着に着替え、店に立つ。
ウミが働かなければこの店は成り立たない、頼りになる従業員は居るが、オーナは自分、自分の店がシガンシナ区の憩いの場となりつつある今、此処で安静にして休んだとして自分の居場所がなくなってしまうと危惧していたからだ。
巨人化能力を持つ自分が出産の際巨人化を抑え込めたのは今度こそ無事にこの手で子供を自らの手で受け止めたいと言う思いが強かったからである。
「さぁ、また今日からバリバリ働かなきゃね」
「ウミさん、そういえば新婚旅行中にあなた宛てのお手紙が届いていたんですよ」
「手紙??」
「これです、あと見て下さい、手紙の他にこーんな花束まで!!」
そして留守を預かっていたリヴァイに心酔しているれっきとした男だが男でありながらも同じ男であるリヴァイを明らかに恋愛的な面で慕っている従業員がウミに差し出してきたのは一通の真っ白な封筒の手紙と、そして、生まれてこの方貰ったことのないような、結婚式のブーケを思い出させる色とりどりに咲き乱れる寒色系でまとめられた花束だった。
「「いつも影ながら見守っております。あなたのお店のファンとして、心ばかりの支援をさせていただきます……」って……?」
そして、その封筒には美しい文字で綴られた筆記体の文字と、それと一カ月は暮していける程の札束が一緒に添えられていたのだ。自分が調査兵団で稼いでいたお金と両親の僅かばかりの遺産、それで建て直したこの自宅兼、店は毎月支払いが残っており、その支払いを売上金で賄うのだがそうなれば生活資金やまだ幼い娘のミルク代が賄えない、その分の貯金を切り崩しながら生活していたのだが、確かに生活は厳しかったのだ。
自分の洋服などもうシガンシナ区に来た時から買って居ない。
リヴァイからは生活費を貰っていたが、ウミは彼が今後生きていくために困らないよう、彼と彼との間に授かった二人の子供、そして今腹に宿ったもう一人の子の為に一切手を付けずにコツコツ貯金していたのだ。
自分もエレンやアルミン達と同じ「知性巨人」の一人となったことで発動した「ユミルの呪い」により残り僅かの寿命を全うすべく。いずれこの島に来るであろう危機に備えるべく、自分の願いを叶えるための人生を謳歌したいと思ったのだ。
「熱烈なファンですね! さすがウミさん、ウミさんの旦那様があの人類最強だろうとお構いなしにこんな花束と現金で露骨にアピールしてくるとは、結婚してもモテモテ!!」
「こらこら、全くどこの誰かもわからない人からの差し入れだなんて、逆に怖いよ。この人もきっと、用があるのは、私じゃないよ。きっと、リヴァイとあわよくばお近づきになりたいだけだよ。私の存在も、このお店も所詮オマケでしかない」
「えっ、じゃあ僕に下さい!!」
「それは……ダメ!! それはそれ、これはこれでとりあえず貰っておこうかな」
「やっぱりなんだかんだ言って欲しいんじゃないですか!」
「もぅ! いいの!!」
しかし、その贈り物は一度ならず、二度あることは三度ある。その宛名の無い送り主の不明な贈り物は彼女の危機を助けるように、またしても知らぬ間に彼女が店を閉め子守に励んでいる頃に密やかに店の看板の下に置かれているように、いつの間にかそれが彼女の日常になるのだった。
その送り主の正体が誰かもわからないまま季節は巡る、緩やかに、そして次第に三人目の命を授かったウミの身体には今までの妊娠とは明らかに違う違和感を連れてくるのだった。
***
「私達は、貴女の元気な御姿が見れただけでも有難い思いでいっぱいです」
リヴァイ達はとうとう自分達が住むパラディ島に港が完成した同年に今まで国交さえ閉ざされていたこの国で初めての客人を迎える運びとなった。
そして初めて訪れた外国の要人である東の島国からやって来たヒィズル国の顔でもあるキヨミは嬉しそうに歓喜に声を震わせ、遠い祖先にヒィズル国の将軍家の血を引くミカサとこうして出会えたことに感謝し、笑みを浮かべているように見えた。
だが、自分達パラディ島の面々が世界からはどんな目で見られているのか、まだその真実を知らずにいる中で唯一の交流国となるはずのヒィズル国の代表が何の見返りも無しにこの島に訪れる筈は無いのだと改めて思い知らされるのであった。
その胸の内に秘めた卑しい心、聡明で勘の鋭いミカサはすぐに見抜いていた。この島で暮らす自分達が世界から恨まれても尚も生き残る術を模索する中で、それでもこれまで外交してこなかったツケとして、アズマビト家に縋るしかない事。
この島がこの先も繁栄していく道を探すならば、自分達は「始祖」「進撃」そして王家の血を持つ人間、ジーク・イェーガーの存在が必要なのだと言う事実、そしてその為に犠牲になる存在が居る事も。
「ただ……今後のことにおきましては、これだけお見知りおきください。アズマビトの者はいつでもあなたをお待ちしています」
「……はい」
キヨミはミカサはこの島の中でも特段ヒィズル国にとっても特別な存在なのだと切実に訴え、キヨミからの誘いにも似た言葉に静かに答える。
まるでこの島が滅ぶ時はいつでもこの島を捨てヒィズル国の将軍家の末裔である彼女は生きて欲しい。
だからヒィズル国はいつでも歓迎すると言わんばかりに。
彼女はこの島で生まれ育ちこれからもこの島の為に、ただ一人、この島で出会ったエレンの傍に居たいと誰よりも望んでいるのだからその言葉がミカサにとってはただの上辺の口約束でしかないのに。
「本日は両国にとって歴史的な日です。この日を迎えられたのは私たちを引き合わせてくれたジーク・イェーガーの存在が不可欠でした。私どもは彼と密会しミカサ様への取次を条件にある取り計らいに賛同しましたことを、報告させていただきます。
そもそも世界中から恨まれているであろう自分達の身体に流れるエルディアの血、そして等しくその血が流れているマーレに暮らす知性巨人でもあるジーク・イェーガー。彼はマーレにやってきたキヨミと密かに会っていたのだ。
――『えーっと……その武器は何て言うんですか? 腰に付けた……飛び回るやつ。う〜〜ん……同じ言語のはずなんだが……怯えてそれどころじゃないのかぁ。つーか……剣とか使ってんのか……やっぱ、うなじにいるってことは知ってんだね。まぁいいやぁ。持って帰れば』
そして彼がキヨミに見せたのは自分がパラディ島に秘密裏に上陸してコニーの村ラガゴ村の住人たちを巨人化させ一時パラディ島を脅威に陥れたあの時、彼は調査兵団のミケ・ザカリアスから奪っていた立体機動装置を用意周到に取引の材料として提示したのだった。
――「まずは、こちらをご覧ください……」
「それは……!」
「あれ、ご存知でしたか。マーレの機密案件でしたが? この立体機動装置はパラディ島で開発された巨人を殺す兵器です。私が個人的に調達したものですので、ご安心を。こちらを差し上げます。しかし、この兵器を動かすには、ある特殊な燃料が必要です。それを彼らは氷爆石と呼んでいます。いまだパラディ島以外では採掘されたことがない未知の地下資源です。その兵器の中にも痕跡が残っているでしょう」
ジーク・イェーガーの話を聞きつけ、大きな戦争で財政が傾いている自分達ヒィズル国がパラディ島と交流すればその財産を手にしてまた建て直せると裏でそれをもくろみこうしてはるばる危険を承知でやって来たのだ。
自分達悪魔の末裔とただで仲良くするはずがない、甘い蜜に誘われたのだ。
「ジーク・イェーガーは、自分の計画に協力するなら、傾いた国家が大国に返り咲くほどの産業を手にするでしょうと提案してきたのです。まだ埋蔵量も調査したわけではございませんのにねえ。ですが、それが事実なら、この近代化の時代において金銀財宝に等しい資源が眠っておられるのです」
衰退を極めている敗退した島国でのこれからの繁栄を思うと思わずよだれが出てしまうのもうなずける、キヨミの張りつけた様なわざとらしい笑みの裏で思わず唇の端から垂れたよだれを舌なめずりをして、そのいやらしい顔つきにミカサの表情が陰りを帯びる。
ミカサは暗く凍えるほど冷たいその同じ漆黒の目を彼女に向け、そしてなぜはるばるこんな島まで彼女たちが訪れたのか、ハンジも隻眼を曇らせ、ピクシスもそしてその理由を知るのだった。
「(私はダシに使われただけでは……)」
「(アズマビトは金の匂いに鋭いから交渉はうまくいくってイェレナが言ってた……)」
「(やはり、儲け話もなしに、この島に来る危険は冒せんというわけじゃな)」
この数年でヒストリアはこの壁の国を統べる者として貫禄を放っていた。裏事情を知りながらもあくまで壁の王としてヒィズル国の話に耳を傾ける。
そもそもジーク・イェーガーは何を目的にキヨミ・アズマビトと接触したのか。
「それで、ジーク・イェーガーとの取り計らいとは、いったい何でしょうか」
「ご存知のとおりジーク・イェーガーは秘策があると主張し、それにはヒィズルの介入が不可欠だとしています。こちらは地鳴らしでこの島を守るために必要な3つの過程です。
まず、
――ひとつ目は地鳴らしの実験的活用。
その力の一部を公開し世界に破壊力を見せつけるのです。
――ふたつ目がヒィズルの介入。地鳴らしが必要なくなるまでこの島の軍事力を世界の水準並みに底上げすることが目的です。
そして、
――その期間における「始祖」および「王家の血を引く巨人」両者の継続的な維持
これが3つめの過程。
ジークは獣の巨人を王家の血を引く者へと継承。その者は13年の任期を終えるまで可能な限り子を増やすこと」
ジーク・イェーガーはこれまでの長い歴史の中で閉じこもりすっかり文明が衰退しているこの国をヒィズル国が支援する代わりにこの島の資源をヒィズル国にもたらし、そしてこの島を守るための秘策を提示したが、その内容は想像を絶するものであったのだ。
エレンが悔し気に歯を食いしばりその紙を破りそうな勢いで握り締めている。
これしか残されていないのだと。
「(他の兵器が発達しても地鳴らしは強力な兵器だ。手放すことができなければ、何世代にもわたり検証は繰り返されていく……。今私たちが助かるためなら、こんな解決不可能な問題を未来の子孫たちに残していいのか? いいわけがない。しかし……)」
この島が今取り囲まれている事実はあまりにも重い。しかし、このままではいずれマーレに攻め滅ぼされる未来が待っている。
自分達の兵器では対処しようがない。イェレナが持って来た武器や向こうの戦力の前に皆最新の兵器に殺されてしまう。やはり自分達この島はあまりにも非力で、守ってもらわねばどうにもならない現実が横たわっているのだ。
その為には、また自分達の祖先が、腹違いの姉が辿ってきた連鎖に戻らねばならないのだ。ミカサの存在だけでなく、もっと誰よりも自由であることを切望したエレンとかつて同じ気持ちを分かち合い自らの意志を取り戻したヒストリアは決意したようにその目は覚悟を決めゆっくり力強い眼差しで頷いた。
「わかりました。私は獣の巨人の継承を受け入れます。地鳴らしが我々の存続に不可欠である以上……」
それはヒストリアの犠牲だった。それだけしか自分達が生き残る道は無い。誰もが悲痛に顔を歪めていた。
一度は亡き「始祖」の血を引く一族でありヒストリアの実父でもあるロッド・レイスに促され自ら巨人化薬を打ってエレンの中の「始祖の巨人」を引き出そうとした、だが、彼女はそれに反発して今の地位があるのだ。
だが、今一度彼女は自ら受け入れ一度は拒んだ巨人として呪われた寿命、13年を生き抜くことを決めるのだった。
「ヒストリア、」
この国の王としてなさねばならないことがある。ヒストリアは覚悟を決めて自らの運命を受け入れているようだった。ミカサの悲痛な声を遮り、エレンが怒りに震える身体を抑えきれないまま立ち上がった。
「……壁を破壊し蹂躙されたあげく、家畜みてえに子供を産まされ殺されて、やっと生きることが許されるっていうのなら、俺は……ジーク・イェーガーの計画は到底受け入れられません!!!」
誰よりも不自由を嫌う少年だったあの日のエレンの目は今も変わらずに自由を見つめていた。
外国からはるばるやって来た相手に対してもエレンの態度は変わらなかった。ヒストリアを犠牲にしてまでこの島がやっとその存在を許されるのかと、エレンはどうしても許せなかった。
「地鳴らしの維持に我々の命運を委ねるのは危険です。残された時間の限り、あらゆる選択を模索するのが、我々の取るべき最善策ではないでしょうか」
ヒストリアを犠牲にするなどあってはならない事だと、これでは昔と同じ歴史の繰り返しになるだけだ、そう告げるエレンの言葉に本心は女王であるから受け入れざるを得ない運命にだが、本当は自らの意志で「獣の巨人」の継承を受け入れたわけではない、たまらず堪えていた涙を浮かべるヒストリアにキヨミは静かにエレンの言葉を聞き入れていた。
「えぇ…まだ結論を急ぐときではないでしょう。我々も引き続きジーク・イェーガーとの仲介に協力いたします」
キヨミは一瞬残念そうな顔をしたが、エレンの意志、誰も犠牲にさせることなくこの島を守るのだという強い瞳に、ハンジも涙を浮かべていた。
自分達はこの狭い世界で巨人相手に戦い続けていたが、かつてユミルがエレンに言い掛けた言葉の通り、敵はあまりにも強大だったのだ。そして、ジーク・イェーガーは未だ秘策を用意していたのだ。
「そして、もう一つ。ジーク・イェーガーから提案がありました。かつて、マーレで巨人科学に貢献した末裔がおりました。彼の名前はカイト・ジオラルド」
その単語にピンと来たのはごく一部の兵団関係者と、そしてエレンとアルミンだった。
かつて調査委兵団副団長として名を馳せ、後に巨人に襲われ、リヴァイの腕の中で最後まで娘の幸せを誰よりも願いそして命を落とした男だ。調査兵団でも彼を慕う者は多かった故に彼の死後副団長は永遠に彼だけの称号として調査兵団は今日まで副団長がいなかった。だが今その存在を知る生き残りはハンジとリヴァイ、そしてウミと幼なじみのアルミン・エレンだけだ。
「カイト・ジオラルド……名前は知っていましたが、まさかファミリーネームは……初めて耳にしました。だが、彼の娘は今も存命です。彼女も結婚妊娠を機に退団しましたが、それまではシガンシナ区での決戦においても馬を引き連れ果敢に新兵を導いた元調査兵団の精鋭でしたので……」
「まぁ、そうだったんですね。まるで初代ジオラルド家の生き写しのように勇ましいお方で。女性でありながら果敢に巨人と戦い、そして大国マーレに勝利をもたらした女傑……。ジオラルド家はかつて遥か昔のエルディア帝国を滅ぼした大国マーレの英雄となった一族でマーレでは高貴な一族として崇められているのです」
ウミはジオラルド家について、もちろんリヴァイにも、そして誰にも明かさずにこれまで黙り込んでまして今彼女はジオラルド家の遺産であるかつて始祖ユミル・フリッツがなったとされる巨人「原始の巨人」を受け入れ寿命が尽きるその時まで生き抜いてこの世界に秘密を抱いたまま残り寿命を全うして消えようとしていたのだ。
この島で生まれ育った自分の父親がまさか、敵国であり自分達の壁を破壊した彼らと同じ国の人間だったと、口には出来なかったのだろう。
ウミは優しさ故にそれとも、自分達と敵対する国の人間であることが後々この島で暮らすことに、支障が出る事を頑なに隠していたのかもしれない。
しかし、この中で唯一ジオラルド家を知っている人間がいた。
「エレン?」
「……何でもねぇ、だから、誰も犠牲にならずにどうにかならねぇか、その方法を探す事を考えましょう。彼女に言う事はオレは得策だとは思えません。間違いなく彼女はそれを受け入れてこの島を離れる事を選ぶはずですから」
エレンだ。恐らく「進撃の巨人」の能力だろう、彼は過去の継承者でもあるグリシャを通じて未来から過去の記憶を見つめていた。だから、ウミの名前がここで出た事で確信を抱いた。紛れもなく彼女はマーレの人間ではあるが、だが彼女の祖先を辿れば彼女は紛れもなく自分達と同じエルディア人である。
彼女の父親は自分達エルディアの未来を憂いてマーレが用意していた島の始祖を奪還しなくてもマーレで遺伝子操作で作り出そうとした「始祖再生計画」に関する研究資料を燃やしてこの島に亡命してきたのだ。
全てはこの瞬間の為。静かにその会話に耳を傾け、それでも隠してこの島で一生を終えるつもりでようやく結ばれた彼との子供を産み幸せに暮らす笑顔が崩れる瞬間を、エレンも憂いた。
当たり前のようにヒィズル国の使者であるキヨミはウミが隠していた事実を皆に知らせてしまった。
「ジオラルド家は聡明で、始祖ユミル・フリッツと深いかかわりを持ち、今世に渡るまで始祖ユミル・フリッツの巨人化の原理や始祖ユミル・フリッツの遺伝子を用いてこの世に彼女を生き返らせようと中心的存在として研究しておりました。しかし、カイト・ジオラルドはマーレ人の血を持ちながらエルディア人に興味を持ち。そして、研究成果をすべて証拠隠滅をするようにマーレから亡命しました。恐らくその娘でもあるウミ……様はこの事実については知らないのか、それとも、知っていて今の今まで黙っていたのかも、しれませんが、それは直接ご本人に確かめるしかないと思います。その娘でもあるウミ・ジオラルド。彼女の存在がマーレとパラディ島を繋ぐ架け橋となるのです」
「ウミが……?」
今この国に来たばかりだと言うのに、キヨミが口にした意外過ぎるその名前に誰もが顔を見合わせた。
この場に居ない筈のウミの名前がまさか飛び出すとは。
常に死と隣り合わせの、そしてこれからますます大国マーレを相手に戦争を回避しなければ過酷さを増していくであろう自分達兵団組織とは今は無縁の世界でこの場からようやく離れることが出来たのに、これまで戦い続けてきた彼女がようやく安息を迎えられたシガンシナ区で暮らす日常からまた彼女は大きな戦いの渦中へ、引き戻される運命だと言うのか。
本人の意志がどうであれ、キヨミは告げる。
「言うなれば彼女は、マーレ大国においては私のような存在であると言う事です。急ぎマーレに渡り、直接、大国マーレへパラディ島との和平の使者として、交渉するのです」
聞けば、ジオラルド家には初代ジオラルド家当主が遺した遺言があるらしく、ジオラルド家に女児が生まれれば、彼女がかつての初代ジオラルド家のように再びマーレに栄華をもたらすと言い伝えられていたそうだ。その名の通り、それから何百年以上にも渡り、ジオラルド家には男児しか生まれず、そしてこの時代でようやく亡命したカイト・ジオラルドがこの島で暮らすミナミ・アッカーマンとの間にウミを宿したのだ。
この島を救うために、ジオラルド家の当主としてウミが島を離れマーレに渡る。その事実に誰もがこの場に居ないリヴァイに待ち受ける永遠の別れに言葉を無くした。
彼女がマーレに渡る、それは……。彼女にも辛い別れとなる。どちらにせよ自分達は犠牲が無ければ存続できない民族だと、知るのなら、自分達は壁の外の世界など、知らなければよかったのかもしれない。
あの日、海を見た時の感動が今はもう遥か昔の夢物語のようにすら感じた。だが、待っていたのは決して明るい未来などではなかったのだ。
彼女に事実を打ち明ければ、この島を守りたいと願う気持ちは皆同じ、彼女もヒストリアが「獣の巨人」の継承を受け入れたように、自分も和平交渉の使者としてマーレ人として生きていく覚悟を固めるだろう。
マーレ人になる、それはつまり、エルディア人とアッカーマンの血が流れこの地で生まれ育ったリヴァイと、その彼と愛し合い結婚してようやく結ばれたのに、その間い二人の子供も授かり、さらに彼女が今また新たな命を腹に宿している、
その事実を知りながら全てを置いて単身行かねばならないウミに待つ選択に胸を痛め、真っ黒に染まる瞳を涙で潤ませるのだった。
2021.07.07
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