THE LAST BALLAD | ナノ
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#103 leaving for the last time.

 現在では二児の父親である彼が唯一笑顔を見せた存在。最愛の女性が暮らすシガンシナ区に頻繁に通いながら愛を深めていることなど誰も知りもせずにいるのだろう。
 彼の笑顔を偶然見かけたマーレ兵は信じられないものでも見たかのような目をしていた。



 調査兵団達が初めて海を見たあの日から。 マーレ軍内部の反体制派がパラディ島に上陸し、技術供与を受けたパラディ島の文明は瞬く間に発展を遂げていく。
 銃火器などの兵器なども新たに開発され、立体機動装置も中央憲兵達が使っていた対人立体機動装置からヒントを得て改良された。
 やがてパラディ島に港が完成し、その年の自分の誕生日にウミと再会した。全ては自身と無き盟友と交わした誓いの為に。
 一度は断ち切った筈のその縁は再び二人を結び付けた。それは彼女の間に宿った二人の命。
 孤独で在ろうとした男は孤独の淵の果てにもう一度呼び戻された。一度離れた事で二人はお互いを深く愛しているのだと、嫌でも気づかされたのだ。
 そして、この島で暮らす彼女たちの平穏を守るためにより一層戦いに身を投じる決意を固めた。一度は別れを選んだウミと、絆を取り戻した二人がもう一度寄り添うようになったその年、リヴァイは殆ど周囲から強制的に兵団でも立場のある彼だからこそ、周囲にも知らしめる必要があると、マーレの文化を取り入れた最新の結婚式を軍幹部や島の人間たちに披露することになる。

 人を喰らう脅威であった巨人に支配されていたこの壁で覆われた島の発展は目まぐるしいものだった。
 何千年も止まっていた文明や時間達の変化の速さはあまりにも早く、あっという間にこの島は変貌を遂げた。
 変わりゆく島の光景を見てイェレナはとても満足しているようだった。
 この島で不自由ながらも義勇兵として島の人間たちの交流を行う中、イェレナもとうとうこの島の女性たちと同じことを口にするようになる。
 この壁内は今ある「二人の」人物の話題でもちきりであった。

「……エレンの他に、ぜひもう1人会いたい女性が居るんですが、いつか許しが出るのならばその機会には恵まれるでしょうか」
「女性……ですか? ヒストリア女王でしょうか??」

 自らの出生、そして出身やその過去さえも偽り、謎深き整った金髪にスラリとした長身の女が求めた存在は紛れもなくこの島で今は戦いとかけ離れた生活を送る彼女の存在であった。
 例え、リスクを犯したとしても何としても彼女との接触をはからねばならない。あの男の監視の目を掻い潜る必要があるが、焦らずとも彼女の方から自分に接触してくるだろう。イェレナには確信があった。自分達は初対面ではない。

「いえ、ウミ・アッカーマン。いえ、ウミ・ジオラルド。彼女です」
「ウミ……ジオラルド、ですか?」
「えぇ……。この島で有名人でもあるリヴァイ兵士長の頑なな心を射止めた女性です。一体どんな女性なのか……興味を持つのはこの島の人間で彼を知る者なら誰しもがそうじゃありませんか?」

 ジーク・イェーガーに心酔し、彼の為ならどんな手段も厭わないイェレナがただ求めたのは。紛れもなくリヴァイの愛する唯一無二の存在であった。



 ハンジから半ば強制的に休暇を与えられたリヴァイはウミとともにウォール・ローゼ北の城壁都市であるユトピア区で結婚した時期から少し遅れたがハネムーンを満喫していた。
 子供達はレイラと孤児院に預け、自分達を知る者はいないこの地区で温泉というものに浸かり、そしてサウナを楽しみながらも美味しい料理を満喫し、新しい兵器の導入に伴う技術班とのすり合わせや義勇兵たちとの交流、港が完成すればこれからますます、多忙を極めシガンシナ区で暮らすウミの元に帰るのもなかなか難しくなる前に、彼にとってはほんのつかの間であったが、夫婦水入らずの喧騒とはかけ離れた穏やかな時間を満喫していた。

「ウミ……身体は辛くないか」
「はい……大丈夫」
「昔みてぇな口ぶりだな。「殺してやる」と物騒な言葉で生意気に俺に噛み付いて来たあの時みてぇに」
「それは……言わないで……私もあの時は必死だったんだから……」
「あぁ、そうだったな」
「そうだよ、本当に、殺されるかと思っていたんだからね」

 流れる湯が張り詰めていた心までも解していく。自分がどれだけ日々の喧騒に追われて疲弊したのかを嫌でも感じた。
 湯の中で微睡みながらも日々の育児や仕事の疲れもそのまま湯気にとけていきそうな温かな湯船の中、

「ふぅ〜……でも、気持ちいいねぇ……これが温泉って言うんだね。ユトピア区……初めて来たから。こんなに素敵なところだったなんて知らなかった」

 ユトピア区に来ることなどないと思っていた。自分には縁のない場所、エレン奪還作戦の時にアルミンが咄嗟にベルトルトの隙を突くために叫んだ嘘の地区の名前しか思いつかなかった。
 新婚旅行も行けていなかった自分たちを見兼ねた団長が自分たちのために権力を行使してまで高級宿を貸切で予約してくれたのだった。
 背後から硬い身体が自分に覆い被さる。
 ここに来てから彼は誰もいないのをいいことに自分を何度も求めてきた。骨の髄まで求められ、そして許された空間に咲くまさにここは名前の通り理想郷(ユートピア)だ。

「連れて行ってやるって言ったのになかなか連れて行けなかったからな、14代目団長の寛大な計らいに感謝しろだと」
「うん……でも、本当に良かったのかなぁ? 仕事も育児も投げ出して二人で夫婦水入らず、だなんて」
「仕方ねぇだろ、家族四人で行くかって話したのに、アヴェリアが行かねぇって言うもんだから」
「気、つかわせて遠慮させてしまったね」
「いや……あいつはあいつでまだ俺たちを正式に親だとそう簡単に認められねぇだろう、仕組まれていたとはいえな、」
「うん……」
「心配するな、時間はこれから腐るほどある。少しずつ家族、親子の関係を築いていけばいい。お前ならどんな人間の頑な心も、解かせる」
「あなたの心、みたいに……?」

 地下街で出会った時から気が遠くなるような時間をかけて、そして今がある。信頼出来るのはイザベルとファーラン。仲間の存在だけ。女に心を許すことなどないと。しかし、そんな自分の考えを根底から覆したのは目の前の少女だったウミ。
 お互いに何も身に纏わない、ありのままの姿で強く抱き合い、そして寄り添い合う。これこそ、本来のありのままの自分達らしい。
 人払いが済んだ宿の貸切の露天風呂には誰もいない。地下街の片隅でこうして足も伸ばせないバスタブの中で愛を深めた記憶が鮮やかに蘇る。

「オイ、目を反らすんじゃねぇ……俺を見ろ」
「ん、」
「顔が赤いな、」

 湯あたりかそれとも恥ずかしいのか、真っ赤な顔で俯くウミにリヴァイは表情を変えず、だが、その眼差しは至極優しかった。ウミには分かる。言葉が拙くても表情筋が死んでいると言われても彼が自分を思ってくれていることを。

「……(私は、恐らくはもう残り寿命も少ない、もう長くない……これで残りの誕生日も。きっと、あなたを看取れない、生きる人生の先まで生きられない……。だけど、この人に、寂しくならないようにたくさん家族を作ってあげたい。あなたが1人迷う時、あなたを守る翼になりたい……)」

 そっと、祈りを込めてこの呪いを受け入れた身体ごと愛してくれた彼を抱き締める。

「そろそろ出るか、のぼせちまいそうだ」
「はい、……」
「この続き、も、してぇしな」
「……ッ!! リヴァイ……本当に? 冗談でしょう? だってさっきもあんなに……」
「俺はいつも大真面目だ」

 その言葉には言葉数少ない彼からすれば色んな意味が含まれていることを。ウミはよく知っていた。彼が伸ばした手を取る。いつかこの手がどこにも行かないことを願うように。
 朝から晩まで。空が明らむまで片時も離れずに強く抱き合い、彼の腕の中で誰よりも幸福な時間を味わう、何よりの至福だった。
 そして夜明けを眺めながら眠りについて、そしてまた起きれば睦みあう。離れていた期間がより愛しさを募らせるように、二人の離れていた期間を埋め合う様に。
 与えられた宿の個室のベランダから見える景色は壁だが、それでも星は頭上にきらめいていた。リヴァイとともに再び地上に上がった時に見上げた夜空をウミに思い起こさせた。
 風に吹かれ、すっかり伸びたウミの髪が風に揺れて純白のカーテンが背後から包み込むように自分を抱き締めるのだ。
 ふと、そのカーテンと共に自分を抱き締めるずっしりとした重みを背後から感じて振り向けばそこに居たのは普段セットしている髪を今は温泉とサウナでしっとりと濡れており垂れ下がった髪を揺らしたリヴァイが居た。

「どうした、眠れねぇのか」
「あ……、リヴァイ」

 清潔な石鹸の香りと共に包まれる自分の夜風で冷えた体温に彼の温度が重なる。結婚式を二度も挙げ、二人の間にはもう子供も二人授かっていると言うのに、それでもお互いの慕情は消えない。むしろ深まるばかりに互いに呆れる程夢中で抱き合っても足りない。

「うぅん、何でもないの、ただ夜風にあたりたくて」
「だとしても勝手に居なくなるんじゃねぇよ」
「うん、ごめんなさい……」

 雨のように降り注ぐ彼からの惜しみない愛が溢れる先ほどの行為とは真逆の気遣うようなキスに普段の彼しか知らない人間たちは驚くだろう。
 人類最強と名高いこの男が今は愛する人の前では素直に甘え、そしてこんな風に蕩けるように微笑むこと。
 彼の力強い温度に包まれて。先ほどまで無防備に眠っていたが、存在の不在には幼い子供よりも敏感に察知して自分を呼び戻しに来たのだ。
 有無を言わさずに抱きかかえられ、彼の腕により再び寝室に連れ戻された。ほんの少し離れていただけ、夜風にあたりぼんやりしたいときもある、しかし、そんなことは許されないのだと彼の思いを感じ取りウミは彼の腕に再び身を委ねる事にした。

「今は、夫婦水入らずじゃねぇか、勝手に俺から離れるのは許さねぇ」
「でも、ずっとここに来てから離してくれないじゃない……女には一人になりたい事情もあるの」
「1人になりたい事情だと?なんだそりゃ」
「そ、それは……」
「クソでもションベンでも一人では行かせねぇ」
「なっ!?もう!まだそっちのお世話になるつもりは無いです!」
「冗談に決まってんだろ。それに、年齢的に世話になるのは俺の方が先だろうな」
「まだ若いじゃないですか」
「もう若くねぇよ……」

 彼は自分が少しでもどこか別の場所に離れるのを酷く嫌がっていた。例えば夜家族で並んで眠っているとき、喉の渇きを覚え階下に降りた時もそう。
 お互いに知ってしまったのだ。愛し愛される喜び、しかし、その中で愛の間に存在する孤独を。
 お互いに永遠に抱き合っているわけにはいかない。どうしても離れる期間はある、その孤独、寂しさがより一層互いにその寂しさを募らせた。
 結婚しても、家族となっても、今まで一人で乗り越えてきた、どんな苦境に陥っても決してつらくは無かった。寄りかかるものが無かったから。
 孤独に生きて来たのに、彼と、彼女と出会い、そして孤独に生きて来た二人は本当の二人になってしまった。2人になり、そして今まで気付かなかった一人の辛さを、独りではないからこそ、あの一人がどれだけつらいのか、その辛さを知ってしまった。

「お前の居ねぇあの日々にはもう二度と、戻りたくねぇんだよ……」

 そんな夜更けの晩に抱き合い睦みあう2人には。ひたり、ひたり、と迫る影があった。

「いいな。もう二度と、勝手にどこにも行くんじゃねぇぞ……」
「うん……行かないよ、離れないから……」
「本当に、約束しろ。もし離れるようなことがあっても何度だってとっ捕まえて、そんでお前に骨の髄まで教えてやる。お前の帰る場所は、ここだ」
「リヴァイ……」
「お前が俺から離れようとする限り、何度でも教えてやる」

 一生の誓い。これは宣約、もう二度と離れないように、お互いを強くこれ以上もう埋めようのない肌の温度の中で確かめ合うように二人は強く抱き合い揺れていた。

「このままお前を閉じ込めて誰の目にも触れられなくさせればいいのか」
「そんなの、嫌だよ……まるで」
 ――「そんなの家畜と同じじゃねぇか」

 なぜこんな時にかつては自由を渇望していた少年を思い出したのだろう。
 いつまでもいつまでも、永遠にこの時が続けばいいた と、星空の下で確かに二人の永遠を願っていた。
 互いの唇が触れ合う距離で、次第に互いの身体の水分が乾くほどに求め合い、熱を分け合った。
 戻らない時の中で結び合う2人の姿はたとえ家族となっても変わらず地下で寄り添い育んできた温度のままだった。

「(あと、11年……)」

 眠りに落ちた彼の隣で、ウミは彼の髪を梳きながら迫る別れの時期をただ思い馳せ、まだ平たい腹に触れる。
「アッカーマン家」の人間として、自分がなさねばならないのは彼の子供を産み育てること、間違いなくこの先自分は寿命を先に向かえるのだろう。彼の老後を看取る事は出来ない、彼を看取る事無く自分が彼の前から姿を消すことになる。

「(でも、この巨人の力は誰に引き継がれる事もない、きっと……)」

 遺伝子レベルで作り替えられた自分の肉体が朽ちる瞬間、自分はもうひとならざるものだ。しかし、ジーク・イェーガーがあの不可思議な空間で自分と対話した内容が本物なら、彼がいつかあの男を打ち滅ぼす瞬間が。
 抱き合い見つめ合うだけで、それだけで幸せだった何でもないあの日々が今は懐かしい遠い忘却の中にある。

「(大丈夫……あなたは私を、いつか思い出さなくなる……その日が来るから……きっと、だから、今だけは)」

 離れていても、2人の間に行き交うその見えない絆を信じている。
 ウミは人知れず頬から涙を落とし、愛しくて仕方のない孤独に生きてきた彼の境遇に寄り添うように寝具に潜り込むと彼を裸の胸に抱く。

 安心したようにリヴァイが目を閉じれば。いつでもその柔らかな温度に彼女を感じることが出来た。
 かつて自分を産み落とした母の温もりはきっとこんな感じだったのだろうか。
 こうして寄り添って抱き合い、たわむれながら互いに今過ごしているこの瞬間がまるで今後も永遠に続く、そんな気がしてならない。
 しかし、これは紛れもなく仮初の平和であり、今こうしている間にもこの島を覆う脅威は続いているし、進軍の準備も行われているのかもしれない。
 この島が戦場になる未来が見えているのかもしれない、今このユートピアで行われている幻想、その仮初の幻想の中で作られたほんの少しの夢。だからこそ堪能したい。

 リヴァイの刃がこの先振るわれることは無い。
 戦いの中でしか己の存在価値を見いだせない自分は、何が何でも、盟友であるエルヴィンの夢の代償に誓った。
 ジーク・イェーガー。あの男を殺す為に生きていたのに、しかし、あの男はマーレを裏切りこの島を救うと、その条件を提示してきた。
 だが、自分だってあの男が提示したこの島を救う「秘策」に対して、それが本当のこの島を、愛する家族たちを救うのか、にわかに信じがたい。
 これまで心臓捧げ多くの仲間達が死に追いやられた中で生き残った自分には彼らの捧げた心臓の行方を見届ける義務がある。
 どうやらあの男を自らの手で殺す事は出来ず、残り僅かの寿命をこの島であの男は終える事になりそうだ。
 あの男の寿命が尽きるのを指をくわえてじっと見つめるしかないという拷問のような日々の中で、リヴァイの精神は確実に疲弊していた。

 しかし、調査兵団から退団したウミはその小さな身体抱えきれない彼に振り注ぐ矢を見ることは無い。
 その事情は知らない。それに、一応今は民間人としてかつて巨人の返り血に染まっていた幼かった少女は今は大人の女性として子を産み育て、奪われた故郷で静か人穏やかに暮らしている。
 そんな彼女にはもう戦いとは無縁の世界で生きて欲しいのだ、たとえ自分がこの先戦いの果てに命を落としても、ウミには幸せに生きて欲しいからこそ兵団内の内部事情や情勢などは決して話せないし、むしろ巻き込みたくないからこそリヴァイは兵団で今起きている出来事の話は固く口を閉ざすのだった。

 それが寂しくもあったが、だが、ジークを殺したくても殺せなくなってしまった。エルヴィンと交した誓いの果てに。
 彼はまるで鞘をなくしてさまよう刃のようだ。
 自分がそんな彼の行き場のない刃なれるのなら、ウミは心底そう思った。
 抱き合い求め合って。そして眠りに落ちる間際リヴァイは自分の髪を梳きながら優しく囁く。

「ウミ……もし、この世界から全てのあらゆる戦いが終わったら。一緒に何もかも捨てて、兵士とか、アッカーマンもねぇ、ただの男と女になって、ガキも連れて、余生を静かに暮らそう……」

 そう、夢のような事を口にする彼の表情にウミはただ微笑み頷くのだった。お互い、それが叶わぬ夢だと知っているかのように。この一瞬しかないのだと、熱く激しく貪るように求めあった。まるで、愛し合う寂しい獣のように。



 束の間のハネムーンから帰還するとリヴァイはすぐに自分の本来の「兵士長」としての自分に戻った。
 港が完成を迎え、リヴァイとウミの結婚式が行われてすっかり調査兵団は時のこの壁の国では英雄として称えられていた。
 1人孤独の道を歩んでいた愛と一番かけ離れていた孤高の男、「人類最強」その称号をほしいままにしていた男が歩んだ軌跡。
 そんな彼のお眼鏡にかなった女性は言ったどれほどの存在なのか、世間の話題をさらったのは何処にでもいる一軒普段着を身に纏えば年頃の女性にしか見えないウミを世間は温かく迎え入れた。
 そして、ウミも同じように彼と同じ称号を与えられるのに時間はそう、かからなかった。

「人類最強」の妻、だと。まるではやし立てるように。そして彼女の店には一度人類最強の男を射止めた女はどれほどのものかと品定めをするようにこぞって人が訪れた。
 リヴァイが独り身となってウミと離れていた時期は孤独を歩むリヴァイとあわよくばお近づきになりたいと男女問わず名乗りを上げていた者達も居たが、彼には心に決めた相手がいた事、一本の槍のように頑なに誓いを立てていた。

 そして、彼が地下から上がってくるまでの間にまだ幼く巨人の血に穢されても身も心も純粋だったウミと共に居た事。
 地下で過ごし密やかにその愛を築いてきた物語の前では誰も二人の仲を引き裂くことは出来ないのだ。

 初めて見た海が広がる景色の中で兵団の正装をした調査兵団達と、そしてスーツ姿のイェレナ率いる反マーレ軍の兵士との対面式が完成した港で初めての式典となる。

「エレン、一年前君に船ごと担ぎ上げられて以来だね。これからよろしくお願いします」

 エレンに手を差し出そうとするイェレナに対し、厳しい顔つきでエレンとイェレナの接触を遮ったのはエレンより頭一つ分また背丈が離れたリヴァイだった。

「いいや。今後もお前らとの接触は無い。顔を見せたのは最大限の譲歩だ」
「それで充分です。そういえば、リヴァイ兵長。シガンシナ区で店を切り盛りされている元調査兵団の奥様とのハネムーンは楽しめましたか?」
「あ??」

 何故全くそういう情報が入らない場所に居る筈のイェレナがそれを知っているのか。疑問を投げかける中でイェレナは不機嫌そうなリヴァイの返答には答えぬままふっ、と静かに微笑みを浮かべた。

「いえ。今日はめでたい日になる。港が完成して初めて外国の要人を迎えるのだから。パラディ島唯一の友好国。ヒィズル国。その特使、キヨミ・アズマビト」

 そして、水平線の向こうに見えた大きな船が見えてきた。その船に乗っているのは自分達は異なる顔立ちの背筋が伸び凛とした雰囲気を纏う女性。規律を重んじ、そして自己犠牲が美学とされる美しい島国。他国と歴史的に強い結び付きを持ち、そして一国の外交に多大な影響力を持つ。
 島に上陸するなり自分達とは全く違う人種であるキヨミ・アズマビトの顔にミカサはかつての母の面影を見出していた。キヨミもミカサの顔に何か思い出したかのように、持参した家紋を見せた。

「この家紋に、見覚えはございませんか?」

 刀で三角形を形作る家紋と呼ばれる紋章を見せられ、エレンとミカサはその家紋に心当たりがあるのか、その家紋を目にした瞬間ミカサはふと右手首を掴んで驚きを隠せず、元々言語力が伴わない寡黙な少女は黙り込んだ。

「それは……!!」

 戸惑いながら隠すように右の手首を押さえるミカサに、

「見せるんだ。ミカサ」
「でも、これはお母さんが秘密にしてろって……」
「子供の頃、俺には見せただろ。その秘密はきっとこの日のためだ。さあ……」

 とすっかりこの一年でますます大人びた顔つきをした、自分が身も心も心酔しているエレンに促されてはミカサもおとなしくエレンの言われた通りに今までエレン以外に、風呂でも外さなかった秘密を露わにしたのだ。ペリッと腕の包帯を外すミカサにその腕を見てキヨミたちは驚いた。

「この印は……死んだ母の一族が受け継いできたものです。私も自分の子に託すように言われました」
「なんと……健気なことでしょうか……」

 そしてミカサを抱きしめるようにキヨミは過去にアズマビト家に起きた出来事を語り始める。それはミカサの母親の更に祖先の話でもあった。

「およそ100年以上前ヒィズル国はエルディア帝国の同盟国でした。アズマビト家に御祖にあたる我が国、将軍家子息はフリッツ王家と懇意にしており、このパラディ島に逗留しておられたのです。そして「巨人大戦」後ヒィズル国は敗戦国として立場を追われ……その混乱の最中。将軍家の忘れ形見はこの島に取り残されたのです。そして……それから100年あまりが経ち……この島で唯一東洋の血を引くあなたとお会いすることが叶いました。あなたは……我々が失った一国の主の末裔。ヒィズル国の希望です……!」

 ミカサの肩を抱き感涙に震えるキヨミの話を聞き、その後用意した対面する部屋の外でそのミカサの件について話し合う幹部やハンジ、そしてエレン達はミカサの隠されていた出生の秘密について考えていた。

「アズマビトの話が本当なら、ミカサはヒィズルでは相当権力を持つってことだよね?」
「私に聞かれましても…」
「国の一番の偉い血筋の生き残りなんだろ?」
「そもそも「国」ってのがまだよくわからんな……」
「とにかくヒィズルが利用できるようなら何でもするんだ!」
「待て! これが敵の罠だったらどうする?」
「やはりイェレナ達の意見を聞くしか……」
「いや、それこそ敵の思う壺だろう!!」

 さまざまな意見の中、あちこちからこそこそと聞こえる幹部たちの声を遮る様にピクシスが姿を見せた。

「一つ確かなことがある。我々は海で繋がる世界において、ヨチヨチ歩きの赤ん坊に過ぎんということじゃ。今は黙って耳を貸すのみ、としよう。ほれ、これ以上客人を待たして恥を重ねてはならんぞ」

 中座から元の部屋で再びテーブルに着くように促すピクシスの声に兵士達もおとなしく部屋へと歩む中で自分の突然明かされた出生に折ろ土器や戸惑いが隠せないミカサにヒストリアが歩み寄る。

「ねぇミカサ。その印、何でエレンだけには見せたの?」
「え……」
「だって、手首の包帯、訓練兵団の時からウミにも誰にも、見せなかったじゃない」
「これは……その」

 ヒストリアに問われてエレンとの共有した秘密が今更になって恥ずかしいのか、言語力が残念な彼女には珍しく動揺して頬を染めて口ごもるミカサ。そんなミカサに対逢咲いて嬉しそうに普段の素顔の笑みで話しかけてくるヒストリア。

「何か嬉しそうだな」
「嬉しいんだよ。私達は生まれのことで重い荷物を背負う者同士なんでしょ? ミカサが一緒なら、こんなに頼もしい人いないよ」

 ポスン、と。可愛らしい音を立ててミカサの腹に軽くパンチをするヒストリアにニコニコと微笑まれ、恥ずかしそうに頬を染めて尚も戸惑うミカサは同勘定を現したらいいのかわからない。
 そして、生まれの事で重い荷物を背負うのは、ヒストリアとミカサの二人だけではなかった。この島には差し出すべきいけにえとなる乙女たちが多い。
 そんな二人の嬉しそうなやり取りを見つめてエレンは珍しく穏やかな顔で二人を見つめているのだった。

 2021.06.17
 2021.06.24加筆修正

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