THE LAST BALLAD | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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#100 あなたと共に見つめた楽園は

 エルディアの民への迫害は永劫止まらない。憎しみ悲しみの連鎖は断ち切られる事無く、それは古から続く。エルディアには犯した罪がある限り。巨人になれるという異質な体質により世界がその存続を許してはくれない。悲劇の連鎖を食い止めるため、マーレはある計画を密かに進めていました。
 ジオラルド家。彼らは始祖ユミルが初めて巨人化した素体である「原始の巨人」になれる遺伝子を持つ人間をこの世に、蘇らせる研究を始めたのです。始祖ユミル・フリッツだけが干渉することの出来る「原始の巨人」が持つ能力をこの世に甦らせるために。
 その為にはジオラルド家の女児が必要でした。どうしても始祖ユミルの遺伝子を持つ人間を蘇らせるには異なる性別では意味が無いのです。ジオラルド家は極秘にマーレに残った王家の末裔と子供を作りました。
 しかし、産まれてくる者は何故か、皆男児でした。
 そしてついにジオラルド家に女児が生まれることはこの800年で一度たりとも、ありませんでした。
 しかし、とうとうジオラルド家に待望の女児が生まれたのです。始祖奪還計画と同時進行で密やかに進められました。
 カイト・ジオラルド。
彼は悪魔の末裔の未来を憂い、エルディアに寝返りました。彼はマーレに欺き、「原子の巨人」再生計画から逃げ出したのです。何としても彼が楽園に逃げ込み、その壁の中で築き上げそして授かった女児を連れ、マーレに帰還せよ。

 奪われたマーレの希望を、栄光を再びこの手に取り戻すために。そして、今度こそあの悪魔の末裔の島を我らの手に。悲劇の連鎖を断ち切るためにエルディアの民を根絶やしにするのだ。



 調査兵団が命を賭して目指した真実への進撃。その行く末、敵が逃亡したことによりほぼ強制的に自分達の勝利と共に終わりを迎えた。しかし、それは束の間の楽園にもたらされた黄昏の時間だと思い知らされた瞬間でもあった。
 グリシャの地下に残されていた真実は想像を絶するものだった。もし、彼が今も生きていたら、その歴史的瞬間に立ち会えたのならば、彼は微笑んだのだろうか、自分と父親の仮説。命を賭けて証明しようとした今は物言わぬ躯となり、死に絶えたウォール・マリアに置き忘れにした団長を。
 グリシャ・イェーガーが生前書き記した三冊の手記と「写真」と呼ばれる絵ではない若かりし頃のグリシャが映る紙には壁内人類が知れば誰しもが混乱する驚愕の事実が書き綴られていた。エレンが小脇に抱えた三冊の本が物語るのは壁内人類が知らない、真実の物語。
 そこには、グリシャの生い立ちと壁の外には人類がある事を知らされていった。自分達は既に五年前のあの日から、我々の民族は壁外人類により、侵攻されていたのだ。壁の外には、人がいた。最後の瞬間まで真実を求め続けていたエルヴィンの反応を知る事は、もう出来ない。

――「あの幼き日、私は、この世の真実と向かい合った」

 グリシャが命を賭けて記した真実の書が三冊。それが今回の大きな成果、そして、壁内人類にとってはまた新たな敵との戦い、そう、世界がこの島を狙っていることを知るのだった。
 人類は滅んでなどいない、それどころか、この島は何百年もの沈黙により他の世界よりも文明が停滞したまま悪魔の末裔として侵攻対象となっていたことを。
 明かされた真実は、巨人ではない、今度は、人間達との熾烈な戦争だ。新たな戦いの始まりでもあった。
 その真実を手に、調査兵団がウォール・マリア奪還作戦を見事に成功させ、あんなにも多くの兵士が旅立って行ったのに戻って来たのはたったの11人と言う想像を絶する結果、壮絶な戦闘を経て帰還したとのニュースは、瞬く間に壁内人類全土へ駆け巡った。
 壁上に並んだ兵士たちの姿に街の者達は歓喜し、温かな拍手に包まれた。ボロボロの姿で帰還する度石や罵倒が飛んできたあの頃の調査兵団の姿はもう何処にも無い。彼らの帰還と成功を喜びざわめき立つ壁内。が。その街の片隅ではウォール・マリア奪還を成功させ帰還した英雄たちを一目見ようと集まる中すれ違いに一人、何故か鎮座する自分の名前が刻まれた墓石の前で少年は独りごちた。

「オイオイオイオイ、なんだよこれ。なんで、俺の墓石が有難く先にご用意されてるんだよ。まだまだ子供なのに。誰だよ、俺を勝手に墓に埋めたヤツは」

 悪態混じりの溜息をつき、その墓石に軽く蹴りを入れる少年の色素の柔らかな瞳、グレイの冷めた鋭いナイフの様な瞳は遥か遠くを見つめている。

「調査兵団が帰ってきたぞ――!」
「ウォールマリア奪還作戦成功だ――!」

 口々にそう叫び、すれ違い様に叫ぶ子供たちを見ても彼は年相応には見えない笑みを浮かべながらそのまま墓石を睨みつけると忌々しげに唾を吐き捨てた。

「英雄の帰還? そりゃあおめでたいことだな。俺には関係ねぇけど」

 親に捨てられ孤独に生きていた。そしてそんな彼を薄汚い地下の暮らしから光あふれる眩い地上へと連れて来てくれたのはこの壁内をまだ齢15歳で統治することを決め、女王として凛とした面差しを残した少女。
 そしてそんな少女が経営する王立の孤児院で今彼は暮している。言葉が足らず文字書きも苦手な彼だが、ヒストリア女王との出会いにより彼の人生には微かな光が見えていた。安全な内地で南の空ばかりを見つめていた少女の背中を見つめていた。
 英雄の帰還と聞き子供たちは瞳を輝かせ、きっと、ずっとかつて共に駆けてきた同期達が無事に帰還した事を知った女王は安堵の表情を浮かべているだろう。

「戻るか、孤児院(うち)に」

 今の彼の家は、この冷たい墓標ではないのだ。



 例えるのなら、まるで散弾銃のようだ。粉々に飛び散ったあの時から抱いたこの心のありどころは何処へ行くのだろう。
 果たして、それは誰にも分らない。帰還したエレン、ミカサ、そしてウミを待っていたのは上官に逆らい刃を向けた重い現実。たった10人となった調査兵団。ここを出発する前は確かに210人いた自由の翼を背に立ち向かい、そして奪われたその地平を取り戻した。
 しかし、その犠牲はあまた、少数精鋭となった調査兵団。これからはこの作戦の顛末を急ぎ報告書に纏め、そして何より今後の対策を急いで女王も交え決めなければならない。侵攻か、戦うか、そして負傷した兵士たちの治療をしたり。忙しなく、人手不足も重なり猫の手も借りたい状況の中で三人の兵士が欠ける事になる。しかし規律と秩序を維持するためには兵規違反を犯した新兵とベテラン兵士を罰しなければ組織として示しがつかないのだ。
 私利私欲で団長を生かすべき選択に最後まで抗った三人を押さえつけ、そしてリヴァイが選択したのは。フロックが吐露した本心に込められた思いだった。
 自分のエゴでエルヴィンをこの先も続く終わりなき地獄ではなく多くの仲間達が待つ楽園へと。永遠の眠りへと向かわせたのだ。
 エレン、ミカサ、そしてウミの親友であり同郷の幼馴染である幾多もその頭脳で調査兵団を救ってきたアルミンを蘇らせると言う選択肢。
 現の地獄へ再び舞い戻ろうとした団長の魂を永久的に安寧の眠りを与えるというもの。そして、どんないかなる理由があれども、兵規違反の償いは果たさなければならない。「獣の巨人」による投石攻撃を受け壊滅したマリア側の兵士達と、そして「超大型巨人」を仕留めるべく奮戦した際に巨人化の際に発せられた超高温の熱風により消し炭となったハンジ班達。犠牲になった調査兵団の損害は計り知れない、調査兵団は自由を取り戻すその代償としてはあまりにも大きすぎる犠牲の末に少数精鋭へとなりながらも報告書を見ても、街の住人が聞いても、皆が口をそろえてきっと同じことを思うだろう。
 何故団長が死に、そして何の肩書もない新兵のアルミンが生きているのだと、その裏で囁かれる言葉もアルミンはすべてこれから背負い続け生きていくのだ。あの時、自分が死ねばよかったと、そう。その十字架をこれから永遠に彼は自問自答を繰り返しながら背負うのだ。
 兵法会議の末に行われた顛末。懲罰房での収監を命じられた三人は特に重症のウミの治療を継続しつつ、それぞれ独房に入る事になる。
 だが、今も心は尚もウミを求めている自分がいた。
 否定はしない、例え刃を向かれても、それでも、どんな時でも、エルヴィンとの誓いの通り、病める日も健やかなる日も互いの心臓を捧げたあの瞬間の幸せはこれからも彼から消える事はない。
 自分を残し衰弱した母、そして自分から去って行ったケニー、地下街で共に暮らしたイザベルとファーランを失い、そしてエルヴィンを失った尚も、彼の心の片隅には満開の花のように笑うウミの微笑みがあった。
 彼女を愛すると決めた男の思いは簡単には揺らいだりはしなかった。どんな時でも彼女を愛すると決め、そしてその過ちさえも、自分を組み敷き刃を突き付けて凄んだ彼女の迫力に圧倒されながら。本心はお互いに刃を向けた事を悔やみ罪悪感に駆られていた。こんな顛末を、望んではいないとリヴァイはウミを帰還してから彼女が兵規違反で収監される前に束の間の愛を交わした。
 ウミはもう何も言わない、抵抗など彼の前では等しく無なのだ。地下街で彼に命を救われて彼の女になったあの日から。
 五日こうなる事をお互いが望んでいた。
 そうして言葉が拙い二人は孤独に寄り添い合うように愛を着実に重ねてきたのだ。言葉など無くてもまるで獣のように。本能で求め合った。二人きりになればお互いの間に行き交う言葉はもう必要無い。お互いの剥き出しの心と身体が二つあればそれでいい。
 愛していたはずの彼女が今はまるでどこか他人の女のように感じられた。それはウミもそうだった。エルヴィンを失った心の穴を、何かに求めたとして、もうどうやっても埋まることは無いのだと。
 ウミは投石攻撃や自分との激しい揉み合いの末に負傷した傷が触れる度に己がエルヴィンを見捨てアルミンを選択したことを悔いているのだろうか。空が白む頃、乾いた頬に光る涙の跡、力尽きるように、そのまま横たわるように眠りについた。
 明日からは忙しくなる。まだウミは安静にすべきだ。しかし、ウミは自分には安静に横たわる場所はこんな暖かなベッドではないと理解していた。自分の罪が彼との温もりを遠ざけた。自分は最愛だった、地下に堕とされたあの時から全ての希望だった筈の彼に刃を向けたのだ。
 リヴァイとウミは、いつも、互いの目を見ることだけで言葉を交わさずとも分かり合えていたと、そう信じていた。どんな時でも繋がっている。幾多もの夜を重ねそして時には寄り添いそして愛を深めて思いを確かめてきた、だけど、あの日々はもう遥か昔の記憶に感じた。そして、

「ハンジ、お前の気が済むまで殴ればいい。俺は俺の独断であいつの命をここで終わらせたその事実は否定しぇね」
「もしミカサやエレンや……まさか、あの子が、ウミがアルミンを選んだのは本当に驚いたけども、だとしても君ならあの場で迷わずエルヴィンに使った筈だ。今更アルミンに注射器を使ったその理由で君を問い詰めたところでエルヴィンはもう死んだ。二度と彼は帰って来ない」

 エレン、ミカサ、そしてウミの本心に感化されたフロックが吐露した思いが彼を動かしたわけではないが、「今一度地獄に呼び戻す」その言葉にリヴァイが注射器を打つ相手をエルヴィンではなくアルミンにした本当の意味。たった二人きりの幹部となった。共に戦い抜いてきた歴戦のベテラン兵士達は居ない。今回大いに活躍した新兵達だけ。

「正直、兵規違反で三人全員を牢に閉じ込めただけでは済まされないと思う。申し訳ないけれどこれは私の判断だ。それはきっとあの子も理解してくれる。そして君も同じ気持ちだと、私は信じて14代目団長として、ウミを処分させてもらったよ」
「あぁ、お前の判断に従おう。ハンジ。いや、団長」
「それ、わざとでしょ? ちょっと待ってよ、本当に。皆して急に団長、団長って言うけど……まだ私は彼がいないこれからの調査兵団の事も考えないといけない。もうどれだけ君たちを責めたとして、生き返らせたのはアルミンだ。そして、この部屋の持ち主の代わりに与えられたこの部屋をこれからは自分の場所にしていかないといけないと思うと。ね、まだ、本来の13代目団長を弔うことも出来ていないのに」
「あいつの遺体は必ず俺が持ち帰る。誰にも触れさせねぇように厳重にあの場所に置いてきた。さすがに馬の数も足りねぇし、あのでかい図体を運ぶのもなかなか大変そうだ」
「確かに。ウミの父親の時もミケが運んだけど大変だったもんね。細身に見えるのにね。君も背の割に重いし」
「それは言うんじゃねぇよ」
「あはは、ごめんごめん」

 主の居ない団長室は不気味なほど静まり返っていた。彼が生涯独身を貫いたのは思いを寄せていた女性を同期に譲ったからではない、調査兵団に所属した以上、長生きできることは無いと本人も理解していたのか、身辺整理は常に。
 彼の部屋には遺書すらもも残されていなかった。そう、自分たちはいつ死ぬかもわからぬ身。後に残すものなど、何もない方がいい。
 そう、自分達はこのちっぽけな島からすれば外の世界は海の向こうの世界は本当に広大で、そんな世界地図のちっぽけな島の人間でしかない。名もなき壁の兵士がこの先この壁の世界に未来を託すその為にこれからが本当の戦いの始まりになると言うのに。
 そもそも、光さえ差し込まないあの地下のゴロツキが今こうして光あふれる地上で生きているのは、紛れもなくウミであり、そして自分をスカウトしたエルヴィン、紛れもなく彼がその今のリヴァイを取り巻く全てを形作った。
 今は兵士長である自分が本来、望むものではなかったのだ。愛する人と手を取り歩む楽園など、いつ崩れ去るかわからない砂の塔のようなただの幻想を束の間でも夢見た。
 本当に叶えられると、信じていた。ウミの笑顔をもう一度この手に取り戻す為なら、どんなことでもすると、そう強く願った思いは決して嘘ではない。
 エルヴィンの居ない団長室。その一室で、私物は装身具だったエメラルドグリーンの宝石が輝くループタイ、彼の私服、筆記用具。その程度であっという間に片づけが終わった。彼だけがまだここには戻らない。彼を回収できるのは恐らく彼の姿形も無くなり朽ちた頃。冷たい土のベッドで息絶えた兵士たちよりもまだ彼は幸せな方だろう。

「懐かしいよ、あの頃、たった数カ月の出来事の間に私たちはあまりにも多くの者を失いすぎた」

 ここでよく語らい、つかの間の夢を話したものだ。懐かしいあの頃の日々、幹部の皆で集まっては時にはこっそり手に入れた酒も手にとりとめのない話を繰り返していたことを思い出す。
 あの時語らっていた仲間達。今はもう、誰も居ない。

「残されたのは、私とリヴァイだけか……」

 自分とハンジだけ。残された人数はあまりにも少ない、犠牲の果てに手にした自由、しかしその自由も一時のものだけと知る。
 無言の箱の中、ハンジは容赦なくリヴァイの顔面を殴りつけた。その一発にどんな思いが込めらえているのか理解しているからこそ、腹心の部下でもあるモブリット・バーナーを失い、更に自分へ次期団長を託していた彼の命じるまま団長となり今まで感じた事のない重圧を受け、隻眼となりその不安定でバランスもうまく取れない中で支えは同じ痛みを抱えるリヴァイだけだった。

「リヴァイ……」
「ハンジ、俺は黙って居なくなったりしねぇよ」
「よかった、君ならそう言ってくれると思ったよ」

 リヴァイを殴ったのはこれが初めてではない。ウミが妊娠した事実を知った時、兵士であろうといつも振舞っていた幼い彼女が他の男のものになったことをどうしても受け止めきれない中でのハンジの強がりだった。そして、無くなってしまった小さな命をその罪の重さからウミは姿を消してしまった。シガンシナ区へ追いかけることも出来た。だけどそれはしないと調査兵団で決めた。
 彼女は兵士ではない普通の道を歩んで欲しい、彼女の父親、そして母親の望みを突っぱね調査兵団分隊長からようやく自らの足で調査兵団を離れたウミを追いかける事だけは止めよう。誰もが彼女の平穏を望んでいた。正直、彼女は兵士に向いていないと誰もが思っていたからだ。そしてその通りに身体は彼女が兵士であることをひたすら拒んだ。彼女はもう、ずっと前から本当は悲鳴を上げていたのだ。

「ウミを、もうこの世界に巻き込むことは止そう。あの子がどんな状況で助かったのか、想像を絶するよ。その通りにフロックは今も新兵達から浮いてしまっている。フロックの心も心配だし、そして、あの子にはもう今後は普通の女の子に戻って、何も知らないままでいい、余命まで……そうやって過ごして欲しい。その間に治療方法が見つかればって言う希望。私は諦めてないからね。中央がまだ隠してるとっておきの医学がこれからどんどん、明らかになるかもしれないし」

 鼻をすすりながら涙交じりにそう語るハンジの弱さをリヴァイだけが知っている。新兵達の前で気丈に振舞いながら、本当は自分の部下を失い続け、そしてエルヴィンを失い誰よりも生き返らせたかったモブリットが居たから今の自分はある、片眼を失い隻眼となり上手く未だ歩くことも定まらないが失われた光はもう戻らなくても、それでも自分達は残された者の責務として、この世界の真実を手にしたその現実を、死よりも過酷なこれからの人生を生きていくのだ。

「とにかく、ザックレー総統に報告書を纏めないと。君のお咎めはその一発でひとまず、後は手伝ってもらうよ。なんせたった9人の組織からの再スタートだからね」
「あぁ、」

 縋るように、ずっと壁外の人類について真実を求めていた彼はこの残酷な真実を、これから待つこの世界、「パラディ島」に待つ未来を知らぬまま安らかに眠りについたのは、彼にとっては良かったのだろうか、彼を看取り弔ったリヴァイにもそれは分からない。ハンジに殴られた事で思いきり口の端を切ったがその痛みに比べれば……。ハンジの受けた痛みを甘んじてリヴァイは享受した。
 お互いの心に通い合っていた温度をもう感じる事は出来ない、それでもリヴァイは無心で殴られた顔のまま懲罰を受け独房で静かにその時を待つ彼女の元へと足は出向いていた。
 こんな事をしても。なんの意味もない。それなのに、どうして自分たちは言葉で上手く伝えられないのだろう。動物のように、檻から解き放たれればまるで傷つけあうように無心で抱き合い埋まらない溝を無理矢理重ね合い紡ぎあっただけ。
 本当ならもっと早く、お互いに気付いていたんだ。抱き合うだけで満たされていたあの頃にはもう二度と戻れないことを。二人を引き合わせた運命の男はもう二度と微笑むことは無い。
 誰よりも自分たちの門出を祝福してくれた彼は。二人はどうしようもないこの虚無を埋め合う言葉を探しても見つけられなかった。
 お互い、もう生きる道は違っていたのだ。もっとそれに早く気づいて、そして、離れるべきだった。
 こんなことをするために、愛していたはずじゃなかったのに。どうして間違えてしまったのだろう。あんなにも愛していたのに。今も、たまらなく胸が苦しくなるほど、愛してやまない人なのに。
 もうこれ以上ひとつになれないという程に抱き合い続けて。確かめた脆い絆は完全に亀裂が入り、そしてもう修復不能なほどに破壊されたのだ。
 目と目を見てもお互いの気持ちが通じ合っていた安心感を感じられないのだ。もう目と目で通じ合えないのなら、二人の間に愛がないと、感じるには十分なほどこの先の2人の未来はもう無いと、答えは出ていた。
 お互いにもう見つめる先は違う。
 ウミは自分の人生にもう残された時間が僅かでその間に知りたい真実を追い求めると決めた。
 リヴァイはあの日の誓いを果たすべく「獣の巨人」をこの手で殺すと決めひとり歩む過酷な道を選んだ。
 それでも、ウミはリヴァイに寄り添い。対話ではなく、身体を交わす事で、孤独の中で生きてきた彼を愛そうとした。お互いの不器用な愛し方だった。だけど、それでいい。この間に通った思いだけがあれば、これからも生きていける。
 愛して愛され確かに輝いていたあの煌めきの中で感じた幸福感に包まれて。確かに愛されていたのだ。自分達は孤独ではない、一瞬でも愛が自分の体を貫いてくれた。自分はこれからも一人ではない。愛された思い出を瞬間を胸に抱いてこれからも生きていける。

「ウミ。お前はもう俺とは違う世界で、これからは悔いのない人生を。心のままに、生きろ」
「生きて……リヴァイ……」

 抱き合うだけ。言葉の拙い二人が無言で温もりを分かち合う夜をいくつも越えてゆく。もう彼だけの身体はまるで彼の求めるまま順応に応える。だけど、それだけだ、日を増していくたびに心が何も感じなくなるのをウミは知らないふりをした。
 自分にはもう子供を宿す機能など無いのに、それでも自分を抱くのはどうしてなのか。自分の問いかけに彼は無言で何も答えない。それでも自分を抱くのは何て無意味で何も生産性のない行為だけを繰り返すのだろう。全ては無意味だと言うのに。
 日を増すごとに彼の頬の傷が癒えていくように、ウミの身体の傷も癒えていくのだが、心にぽっかりと空いた傷は次第に拡がりを見せていく。
 それでもリヴァイが自分を手放さないのは、お互いに離れてもう一度重ね合ったから、まるで重力のように引き合い離れられないのだ。もうお互いがお互いの目を見つめる事もないのに。
 健康な女性が羨ましい、兵士であれ、そう自分を戒め幼少から自由の翼を背に果敢にこれまで挑み続けてきたと言うのに。そうだ、子を宿せないのだから。
 所詮自分は彼の欲望のうっ憤を晴らす為だけの道具にしかすぎないのだ。と、そう吐き捨てれば男は今までにない剣幕で彼女を咎めた。
 アッカーマン家の復興だとか、そう言ったものは、もう自分では出来ない。彼はいずれは自分ではない、子を生せる女性を妻に迎え、そして所帯を持ちアッカーマン家の家督を引き継ぎその血に秘められている力を末代まで引き継がねばならない。彼の未来に何も残せないこの先の命も短い自分はそもそもこの先の未来を、エルヴィンとの誓いだけを果たすべく歩むと決断した彼の隣にいる資格は無いのだと。


 もう一つの独房ではミカサとエレンがお勤め中だった。
 奪還作戦後、地下室へたどり着き手にした真実は恐らく誰もが望んでいた形とは違っていた。それどころか恐ろしい真実が記されていた事を知る。この壁の楽園は世界から恨まれ狙われていると言う事。
 五年前、壁を破壊しやってきた「超大型巨人」を見たあの恐怖はほんの始まりに過ぎなかったのだ。
 グリシャの手記を読んだことでグリシャの巨人の能力を引き継いだエレンは巨人化の際に欠如した記憶を思い出しては夜な夜な、うなされる日が増えた。混濁する記憶を整理すべく、アルミンはエレンが夢と現の中で見た継承者の記憶と繋がった過去の話を記した。その中で、言葉を紡ぐエレンは解散式の夜のような若さゆえの猪突猛進死に急ぎ野郎としてまるで捕食者のように自由を奪われた怒り憎しみを抱いた目つきからどこか落ち着いたようにまるで別人になってしまっていたかのように感じた。

「フクロウはそれを「ユミルの呪い」と言っていた」

 並んだ懲罰質の冷たい牢の中、ベッドの上に座るエレンは力なくおぼろげな声でそう呟いた。同じ牢の中、蝋燭の温もりの中、アルミンはエレンの言葉を聞き逃さぬように、漏らすことなく一字一句拾い上げすらすらとペンを走らせてその内容を書き記しながらその隣の牢の中。エレンの声をミカサが膝を抱えて耳を澄ませていた。元々東洋人特有の色の白さを持つミカサのその顔色はいつもより青白く見えた。

「13年は始祖ユミルが力に目覚めてから。死ぬまでの年月に相当する時間だと」
「これも……おじさんの手記と記憶が一致したんだね」
「あぁ」
「レイス家の継承期間がこの13年を目安にしてたことからも……間違いないみたいだね」

 すらすらとペンを走らせていた手を止めてアルミンが呟く。捨て身の覚悟で「超大型巨人」へ向かっていったアルミンの命が今も途切れることなくこうして続いているのは、満身創痍の兵士の中で何の後遺症もなく寝食が出来るのも紛れもなくベルトルトから引き継いだ「超大型巨人」の巨人化能力者が残された13年の命を期限として差し出した代わりに得られる恩恵だ。

「僕はあと13年……。エレンは、」
「オレが親父から継承したのは10の時、残り8年…も無い「違う。これは……何かの間違い……。間違ってる」

 幼馴染であり大切な同郷の友人二人の余命に限りがある。そう長くない未来に、二人の命は喪われる。永遠に。ミカサは信じたくないと言わんばかりに残酷な現実に耳を塞ぐように一人ブツブツと耳を塞ぐように衰弱した虚ろな目をしてつぶやいた。

「「九つの巨人」を宿す者が、力を継承することなく死んだ場合。巨人の力はそれ以降に誕生するユミルの民の赤子に突如として継承される。あたかも「ユミルの民」とは、皆一様に見えない「何か」で繋がっていると考えざるをえない。ある継承者は「道」を見たと言った。目に見えない道。巨人を形成する血や骨はその道を通り送られてくる。時には記憶や誰かの意思も同じようにして道を通ってくる。そしてその道は――……すべて一つの座標で交わる。つまりそれが…「始祖の巨人」だ」」

 エレンの記憶の中と、クルーガーがあの夕焼け空の下でリンクする。全てに通じる道、そして「進撃の巨人」の継承者であるクルーガーからグリシャに打ち明けた言葉が重なり、そして現在その巨人を引き継いだエレンが告げた。

――「その巨人はいついかなる時も自由の為に、戦った。 名は「進撃の巨人」」
「何してるの?」

 少しの沈黙と思い地下牢のじめついた空気の中手を抑えていたエレンの声が反響した。その時、突如としてエレンの会話は途切れる事になる。先ほど自分達の余命を確認しあったとは思えない暗い雰囲気を壊すような明るいハンジの声。二人エルヴィンの死を悼み彼の遺した思いを馳せる中リヴァイの前で弱音を吐露し、いつもの明るい調子に戻った兵団の正装着を纏ったハンジが問いかける。そしてウミを本当の意味で自分の執着心から解き放った事で心の底ではどこか後悔しながらも、本来の孤独に歩んできた自分には何のしがらみもない守る者も信念も残されたのは旧友であるエルヴィンとの誓いだけとなりその誓いに向け突き進むだけとなった憑き物が取れた様な顔つきのリヴァイの姿があった。
 壁に凭れ、同じ体勢で先程自分が継承した巨人の名前を口にしたエレンの真似をするハンジは大まじめに先ほどのエレンの声のトーンまで再現しようとする。

「「進撃の巨人」ってやってたよね? 今」
「いえ……」
「えぇ? やってたよねぇ!? 二人共、今の見たでしょ!?」

 明るく問いただすハンジの言葉に応えず無言のまま懲罰房の鍵を開けるリヴァイにアルミンが事情を説明しようとする。エレンは継承者の過去の記憶と記憶をリンクさせていたのだと説明しようにもそんな非科学的なもの、どう説明すればいいのか理性的な思考のハンジに対して上手く答えられない。

「……えぇ……。でも……まぁ……それは……」
「ほら! やってたよエレン! 今のは何だったのエレン!?」
「いえ……別に……」
「君の巨人の名前でしょ?  何で誰もいないのに独りで喋ってたの?」
「もういいだろハンジ…こいつは15だぞ? 「そういう時期」は誰にでもある」
「はぁ? 何だよ「そういう時期」って? 誰もいないところで空を睨みつけながら独りごちる時期なんて私には無かったよ?」

 つまり、当時地下街で生きていたリヴァイにもそう言った時期があったのだろうか。黙り込むエレンにまくしたてるようにどこか早口なハンジからの矢継ぎ早な質問に俯くエレンを庇うようにアルミンがフォローに入るがエレンは小刻みに震えながら羞恥のあまり堪え切れずに声を張り上げていた。

「ハンジさん……その、後で僕が説明しますから。本人の前では、もう勘弁してあげて下さい。うまく説明できるかわかりませんが…」
「はぁ? 何それ? どういうこと?」
「何しに来たんですか!?」

 ガシャンと重たい錠前と金属の扉を開くリヴァイが背丈の割に逞しい背中で聞こえた声に振り返るとエレン達へ釈放を指し示した。

「出ろ」
「懲罰ならまだ10日ほど残っていますが……」
「終わりだ。10日分の罰なら今ハンジが与えた。形だけの懲罰でも組織に示しをつけるのは大事だ。たとえ9人の組織でもな」
「かと言って時と場合を考えなくてもいいってことはない」
「ザックレー総統には掛け合ってるから安心してよ。鎧と超大型巨人を地に伏せた英雄を牢に入れていてはそれこそ示しがつきません。ってね、加えて君達が逆らった上官は鎧と獣を取り逃がしたノロマときてる」
「そんなことは……」
「要はこの数少ない兵団はお前らを罰してる余裕も無いってことだ」
「あぁ……本当に……途方に暮れるとはこのことだろうね……」

 今回のウォール・マリア奪還作戦により兵士の大半以上が殉職したことで調査兵団は今や情報処理で錯綜しており、傷を癒す暇も無くジャンもハンジの右腕として負傷した腕を吊った状態でその手腕を発揮している状態だ。コニーは「鎧の巨人」との死闘で負傷したサシャの看病にずっとつきっきりで、ハンジとリヴァイもロクに眠れていない。
 兵団の数が圧倒的に足りないし、今まで腹心の部下であるモブリットがつきっきりでサポートしてくれていたがそんな彼も居ないし、今後の舵取りも全て自分達でやらなければならない。元々エルヴィンから次期団長として声を掛けられていたハンジはそれなりの覚悟は決めていたが、リヴァイに支えられ何とか団長として調査兵団を建て直そうと躍起になっている。そして忙しくすることで短期間で失った自分の班の仲間達の死を乗り越えようとしていた。
 隣の牢ではアルミンに扉を開けて貰い、久方ぶりの自由によたよたと覚束ない足取りで痩せた身体に張り付く軽装の灰色の寝間着姿のミカサとエレンが久方ぶりに互いの顔を確認し、目を合わせる。牢屋越しの声だけのやり取りの繰り返しだった事もあり本当に久しぶりの対面だとお互いに懐かしささえ感じられる中、相変わらず寝癖が酷い髪質のミカサはエレンと久しぶりに牢屋の冷たいレンガ越しの声ではなく、肉体と目と目で対面を果たした。エレンはミカサを見るなりどこかやつれたような彼女に声を掛けていた。

「……少し……痩せたか? 飯は十分食えたのに…」

 ミカサはエレンに無防備な姿を見られたことに対してそれがどこか気恥しいのか、エレンへ痛烈な思いを寄せている寡黙な少女は。戦闘となればひとたび戦士として鍛えられていたライナー達を差し置いて堂々と104期訓練兵団を首席で卒業したその戦闘力は兵士100人分に匹敵するずば抜けた戦闘力を持つ天才と称されながらも、中身は年頃の少女と同じ。彼へ思いを寄せる乙女心故か照れくさそうにそっと軋んだ髪に触れるのだった。

「エレンは……元気そう」
「まぁ……な」
「行くぞ。身支度を急げ」
「何をするんです?」
「謁見だ。女王陛下がトロスト区にお越しだ」



 ヒストリアが窓際の椅子に腰かけながらそっとハンジがライナーから受け取った銀の箱に大事に保管されていた中身が彼女の目に映る。彼女の目に映るもの。それは訓練兵団時代よく見慣れた大切な存在であるユミルの字に違いなかった。ゆつくりと大きな青い目がその文字に目を通す。その傍で控えていたジャンとハンジが固唾を呑んで見守っていた。

――親愛なるヒストリアへ

 今、私の隣にはライナーがいる
 私が恋文をしたためる様子を覗き見ている
 悪趣味な野郎だ 絶対にモテない

 だが、お前にこの手紙を届けると約束してくれた
 あの時、コイツらを救った借りを返したいのだと

 あの時はすまない
 まさか私がお前よりコイツらを選んでしまうなんて

 私はこれから死ぬ でも後悔はしてない
 私には名前がなかった
 どこの誰が私を産んだのかもわからない

 物覚えのつく頃から大勢の物乞いの一人だった
 だがある日 私に名前をつける男が現れた

 私はその日から「ユミル」と呼ばれた

 お前は別に珍しい名前でもないと思うだろうが
 そこではその名を名乗るだけで立派な寝床と食事が与えられたんだ

 それだけじゃない
 それまで私に見て見ぬフリを決め込んでいた大人達が 一斉に膝をついて私を崇めた
 私に名前をつけた男も 身なりが豪華になるにつれご機嫌になった

 私も気分が良かった
 与えられた役を演じるだけで皆が喜び幸せになれる。そう信じた
 だから「ユミル」を演じ続けた

 気がつけば私は悪魔と呼ばれるようになっていたが それでも「ユミル」を演じ続けた
 私に名前をつけた男は「私に騙された」のだと言った

 私は「ユミル」を演じ続けた
 それで皆が助かるならいいと思ったんだが

 この世には、ただ存在するだけで石を投げられる人達がいる
 私はその象徴として石つぶてを全身に受けた

 どうもこの世界ってのは ただ肉の塊が騒いだり動き回っているだけで特に意味は無いらしい

 そう、何の意味も無い。だから世界は素晴らしいと思う
 再び目を覚ますと そこには自由が広がっていた
 私はそこから歩きだし好きに生きた、悔いは無い

 そう言いたいところだが、正直心残りがある
 まだお前と結婚できてないことだ

 ユミルより

 ライナーがあの時大事に肌身離さず持っていたのはユミルがヒストリアに充てた最後の手紙。ほぼ遺言だった。自分は彼らの仲間であるマルセルを捕食したことで無垢の巨人として半永久的にさ迷っていた中で突如として知性巨人「顎の巨人」として二度目の生を得てヒストリアと言うかけげえのない孤独に生まれ疎まれてきては死に場所を探し求めていた儚い自己犠牲でいい子の振りを続けていた少女に出会ったのだ。
 自由を得た、だからこそ、彼らの友人を奪ったその代償として。手土産として。あの時ライナーとベルトルトを救出し、そして一緒にマーレへ帰還したのだ。
 ライナーとベルトルトと共にマーレへ渡ったユミルは、自らの意志でかつて自分が二度の生を受けた起因となった「咢の巨人」能力者であり今回の「始祖の巨人奪還計画」の実質的なリーダー的存在でもあったマルセル・ガリア―ドの弟でもあるポルコ・ガリア―ドに捕食され死亡したのだ。

 中途半端な形で終わりを告げた手紙の中に言葉を探すヒストリアだったが。その時、突然彼女の脳内を稲妻のような光が一瞬にして駆け抜け、ジンと深く、そして全身をビリビリと痺れるような感覚と共に一斉にユミルの見た記憶が脳内を埋め尽くすように流れ込んで来たのだ。

――「それが、始祖の巨人だ」

 色んな景色がまるで走馬灯のように一気に流れ込んでくる。これはユミルの見た記憶だろうか。最後に聞こえたその声は紛れもなく、聞き慣れたエレンの声だった。
 そして、レイス家の地下でエレンが囚われの身となっていた時と同じ祭壇のような場所で両腕を拘束され虚ろな目をしてその瞬間を待ち、やがて捕食されたユミルの姿を最後にその記憶は消えた。

「……何、今のは」
「どうかした?」
「あっ……いえ、」

 手紙の裏面まで、この先の言葉の続きが無いか。くまなく文面を確認するヒストリアにハンジとまだ完治には至らず包帯姿のジャンが彼女の変化に問いかける。改めて小さな銀の箱の中身に秘められたメッセージを探すヒストリアは確認の為、もう他にないのかとハンジ達に問いかける。

「……これで全部ですか?」
「うん……もちろん私達に有益な情報を書いたりはできなかったんだろうけど」
「何かお前にだけわかるメッセージは無かったか? 暗号とか」
「……わからない。でも多分、そんなことはしてないと思う。はぁ――バカだなぁ、ユミルって……バカだったんだ。照れ臭くなるとすぐ、ごまかす。これじゃあわかんないよ」

 ユミルの遺した手紙、そして彼女の最初で最後のラブレターとなってしまったその手紙を見つめてヒストリアの大きな瞳からはぽろぽろとまるで雪解け水のように美しい儚くも消えそうな涙が零れて頬を伝う。
 あれが、彼女との最後に交わしたやり取りとなってしまったのだ。そう思えばそう思う程、ヒストリアの眼からは涙が溢れて止まらなかった。

――「ゴエンア(ごめんね)」

・ユミル
 かつて壁外から楽園送りにあいパラディ島で無垢の巨人として彷徨っていた。知性巨人「顎の巨人」能力を保持していたマルセル・ガリア―ドを自身が捕食した事で知性巨人「顎の巨人」の能力を得る。その後、マーレに渡りマルセル・ガリア―ドの実弟ポルコ・ガリア―ドに捕食され死した亡。彼女の持つ「顎の巨人」の能力はそのままポルコに継承された。



 ヒストリアの押し殺したような嗚咽が響く空間を裂く様にコンコンと。ヒストリアの流れた涙を遮るように背後で扉をノックする音が聞こえる。やがて姿を見せたのはリヴァイに連れられたエレンとアルミンとミカサだった。ヒストリアは三人の他にもある人物を待ちわびていた。しかし、そこに探していた、無事を案じていたウミの姿はなかった。恐らくはミカサとアルミンとエレンもそうだろう。しかし、その事実を知るのはハンジとリヴァイのみだ。

「連れて来た」
「入れ」
「陛下」

 ギギ……とまるで軋んだマネキンのようにぎこちなくかつての同期からあっという間にこの壁を統治する女王へと。今や手の届かない存在となってしまったヒストリアに深々と最敬礼をするエレン、ミカサ、アルミンの姿を見たヒストリアが照れくさそうに慌ててそれを止めさせた。

「や、やめてよ。まだ公の席じゃないんだから」

 やはり三人もぎこちなくて恥ずかしいのか、何となく照れくさそうに頭を上げていた。無事を確かめ合い生きて再会を喜び合うかつての同期達に懐かしい空気が流れ出す。ヒストリアの瞳から先ほど拭ったばかりの涙がまた溢れた。

「本当に……色々あったね……。私は壁の真ん中で南の空を見てただけ」
「君が生きてることは大事な努めだよ」
「あぁ、そうだ」
「うん」
「みんなが……思ったより、いつも通りでよかった」
「それは……まだ誰も実感できてないだけだな」

 あれからまだ数週間しかすぎていないのだ、懐かしみ感動の再会に浸る余裕もなくハンジが手短にと本来どうしてトロスト区にヒストリアが来たのか、意味を知らせる。「そろそろ行こうか」の掛け声に促されて机に置かれた「ユミルの手紙」をハンジとジャンがまとめて片付ける。そして誰も振り返ることなくその部屋を後にした。
 今からトロスト区の本部で兵団幹部や王政の関係者たちを集めこの壁に隠された真実を持ち帰った成果としてザックレー総統や3兵団の幹部たちを集め報告と今後の方針を決めるべく会議をを行うのだ。その中にウミがいないことは誰も気にも留めていなかった。サシャの勘病をしていたコニーもやがて合流し、一方でコニーの献身的な看病を受けたサシャはお留守番だ。情藩士を起き上がれるようにまで回復した彼女の食欲は健在なのか、病室のベッドの上でリンゴを食べながらヒストリアもかつては自分達の帰還を信じて見守ったように、窓の外を眺めているのだった。

 そうそうたる顔ぶれの並んだ会議室にはグリシャの手記と写真が置かれており、現壁を統治するヒストリア女王陛下とザックレー総統ならびにエレン、ミカサ、アルミン、ジャン、コニー、フロック、リヴァイ、ハンジ団長ら調査兵団サシャとウミを除く8名と、憲兵団からはナイル師団長、駐屯兵団からはピクシス司令ら最高幹部たちが全員顔ぶれを揃えて集まっていた。誰もここにウミがいないことに対して、口にする者はいなかった。

「この三冊の本の存在を知る者は現在この部屋にいる者のみである。それぞれ「グリシャ・イェーガー氏の半生」「巨人と知りうる歴史の全て」「壁外世界の情報」であった。これは彼ら調査兵団10名と、ここにはいない199名の戦果だ。幾千年先まで語り継がれるべき彼らの勇姿を讃え、弔う場はまた後に設けさせていただくとして、本日は女王の御前で、今一度我々の状況を整理し、この会議の場で意志の共有を図りたい。調査兵団団長ハンジ・ゾエ」
「は、我々調査兵団はエルヴィン・スミスを含め多数の英雄を失うことと引き換えに、ウォール・マリアを奪還し、「超大型巨人」を仕留め、その力を奪うことに成功しました。ですが我々「壁内人類」は極めて危険な状態にあることに変わりありません。敵が巨人という化け物だけであればどんなによかったことでしょうか。しかし我々が相手にしていた敵の正体は、人であり、文明であり――言うなれば」

――「敵は何だ!?」
「敵?」
「そりゃあ言っちまえば、せ――「世界です。
 手記によれば、我々は巨人になれる特殊な人種「ユミルの民」であり、その「ユミルの民」は世界を支配していた過去があり、再び支配する可能性がある。だから世界は我々「ユミルの民」をこの世から根絶するのだと。イェーガー氏はその後、使命を果たし「始祖の巨人」は壁の王から息子エレンに託されました……。しかし、クルーガー氏にはわからなかった「不戦の契り」が何なのか、今の私達にはわかります。「始祖の巨人」がその真価を発揮する条件は、王家の血を引く者がその力を宿すこと。だが。王家の血を引く者が「始祖の巨人」を宿しても145代目の壁の王の思想に捕らわれ残される選択は自死の道のみとなる。おそらくそれが「不戦の契り」しかしながら、過去にエレンは「無垢の巨人」を操り、窮地を逃れたことがあります。なぜあの時だけそんなことができたのか…未だわかりませんが王家の血を引く者ではないエレンにも「始祖の巨人」の力を使える可能性があるかもしれません」
「(――……そうだ、あの時は一瞬だけすべてが、繋がった気がした)」

 ハンジとザックレーの会話の中でエレンは自分が敗北し、ベルトルトとライナーにウミと共に連れ去られ、その際にカルラとハンネスを捕食した巨人であるグリシャの記憶の中で出てきたカルライーターその元の王家の血を引く人間だったダイナ・フリッツに拳を放って彼女と接触した瞬間に突如としてその力が爆発したのだと、当時の事を思い返すエレン。

「(どうしてあの時……あの時だけだ。どうして……あの一瞬だけ……)」

――「私はダイナ・フリッツと申します。王家の……血を引く者です」

 グリシャの記憶の中から得た情報、蘇った言葉。思わず会議中の静まり返った訓練兵時代、授業中に居眠りをしていたところを怒られて勢いよく立ち上がっていたコニーのように勢いよくハンジの後ろの席で立ち上がるエレン。

「まさか!?」
「びっくりした。どうしたの突然?」
「あ、あの……今」
「続けたまえ、我らの巨人よ」

 大きな音を立てて立ち上がったエレンに一斉に視線が注がれる。全員の注目の的となったエレンにザックレーが話を続けなさいと促す。言うべきか、この事実を、しかし、脳内で葛藤した後結局エレンは確信が持てないのにこんなことを着やすく言う者ではないと、昔の彼なら言っていたかもしれないことを、今は違う、グリシャの記憶の中に入り込んだことでまるで別人のようになってしまったまま言葉を飲み込んだ。

「何でも……ありません。お騒がせしました」
「あ?」
「会議を妨げて、すいません……」
「あぁ……なるほど。そっか」

 結局悩んだ末に言わないことを決め黙り込んだエレンにリヴァイが怪訝そうに彼を睨む中、ハンジはエレンのただならぬ様子を見て察したのか、ハンジなりのフォローを入れたのだった。

「申し訳ありません、何でも彼は今まだ15歳の少年。「そういう時期」にあるようでして、突然恰好つけたり叫んだりしてしまうようです」
「……あぁ、そうか。それは気の毒に。そうだな、年頃だしな」

 黙り込み何か思い出したかのようなエレンだったが、その言葉を閉ざすようにおとなしく座り込んだエレンにアルミンがそっと問いかける。

「エレン?」
「(あのことは……ウミにも、二人にも話してない。母さんとハンネスさんを殺したあの巨人が、親父が前に結婚してた相手だったなんて。何より、こんなことを話したら……ヒストリアは……王家の血を引く者を巨人にして俺が接触すれば…「始祖の巨人」の力を扱える…かもしれない……そうだ……まだ、「かもしれない」だ。だが、その可能性があると言えば、兵団はヒストリアをどうする? 記憶違いかもしれないんだぞ? とにかく、こんないい加減なこと……ここで言うべきじゃない…)」

 明かされた驚愕の事実に誰もが言葉を無くした。戸惑う者、絶望する者、取り戻した地平は結局すべて仕組まれていたのだ、そしてこれからもそうだ。全世界がこの三重の壁に囲まれた島を恨み、そして破滅を願っているのだ。

「敵は……世界。しかし、このことを公表すれば、壁は大混乱に陥りますぞ!」
「そうだ。我々でさえ、事の大きさを計りかねている状態にあるのだ」
「ならばまた民衆を騙すか?レイス王がやったように、何も知らない民をこの壁の中で飼おうというのか? ならば、我々には何の大義があって、レイス王から王冠を奪ったのだ?」

 クーデーターを起こした事実、あの時の行動があったから今があると、ピクシスの迫力ある言葉に口を噤む幹部たちにそれまで黙って話を聞いていたヒストリアがそっと口を開くのだった。凛とした彼女の声が広い会議室に反響する。

「公表しましょう。100年前、レイス王が民から奪った記憶を100年後の民にお返しするだけです。我々は皆、同じ運命を共にする壁の民。これからは一つに団結して力を合わせなくてはなりません」

 この国の最高権威である女王自ら民にこの明かされた三つの事実を公表することを決め、誰もがその彼女の凛とした眼差しに頷き、そして公表される運びとなったのだった。
 ユミルの手紙を読み、最後の彼女からの愛の告白を受け、ヒストリアは女王として強くあろうと、もう泣くのは止めるのだ、守ってくれた彼女の思いを胸に歩み続けると決めた彼女にはもう昔のクリスタの面影は消えていた。彼女はこの三ケ月で多くの事を経験し、そして強くなった、それは他の同期達も同じ、その中で。唯一、エレンだけが知ってしまったその事実に打ちのめされていた。



 御前会議の結果、壁内の最高権力者でもあるヒストリア女王により壁内人類へ壁外情勢と壁内人類に隠された事実の公表を正式決定した。

・巨人の正体は人間であり、壁内人類は我々と同じ祖先を持つ民族「ユミルの民(エルディア人)」である。
・壁の王は約100年前、三重の壁に囲まれた楽園を築き、巨人の力で民衆の記憶を改竄し壁の外の人類は滅亡したと洗脳した。
・壁外の人類は「ユミルの民」を「悪魔の民族」と呼び、敵は侵攻を開始している。五年前に起きた「超大型巨人」らの出現はその始まりに過ぎない。

 と、言う。あまりにも信じがたい衝撃のニュースはあっという間に壁内人類へ拡散し、誰もが周知の事となった。今回の新聞の記事を書き上げたのも偽りの王政を暴いたベルク新聞社だった。
 ヒストリアが決めた決断は正しかったのかどうかは分からない、しかし、いつか来たるべき時、もう戦争は始まっているのだ。これまで行われていたのは人間と巨人の攻防戦だった、しかし、次の敵は、待ち受けるは世界。
 知らぬふりをして逃げ隠れていてもいつかこの壁の楽園は終わりを迎えるのだ。全世界がこの壁の島を狙っている。
 攻め滅ぼされる前に、自ら動き出さねば自分達の悲劇の歴史はまた繰り返される。
 悲しい歴史を繰り返させないためにも、自らこの迫る脅威を、真実を知り、そして戦わなければならないのだ。
 壁内人類たちに強い衝撃が駆け巡る。配られる新聞や王政の掲示板などで明かされた壁内人類がこれまで旧王政府により抹消され隠蔽されていた本当の真実を知った壁の民たち。明かされた世界の真実、そして、ウォール・マリア奪還作戦成功で歓喜したのもつかの間、次の脅威が今にもこの壁内に迫っている事実に誰もが皆その内容に驚きを隠せない。

「アニ……久しぶりだね」

 長い戦いが終わり、ウミはストヘス区の地下で今も硬質化の水晶体の中で眠り続け、未だにその結晶を砕く術もなく厳重に管理されているアニの元に居た。
 アニにはあれからアルミンは頻繁に会いに行っているらしく、今回の戦いで彼女の同郷であるベルトルトを捕食しその巨人化能力を得た事も報告しているのだろう。ヒッチも同期でありまさかこんなことになるとは思わなかったとアニの姿を見て、驚いていた。

「私、もうきっとあなたに会うことは無いから。これが、お別れかもしれないけれど、アニは……アニの道を選んで、それで、リヴァイ班の大切な仲間達を皆殺しにしたのなら、それは、もうどれだけあなたを許せなくても、あなたにはあなたの正義があって、そして、故郷に、帰れることを、本当は誰よりも望んでいたんだよね、あの時流した涙の意味が知りたいの、これまでの大勢の人を殺した後悔か、故郷に帰れないと悟ってしまった、涙、なのか」

 ウミの問いかけにアニは何も答えない。永遠の沈黙の中で眠る彼女はまるで囚われの姫君のように、王子様からの目覚めのキスを、今も待っているのだろうか。とてもそう言う物語に出て来るヒロインには例えられないくらいに彼女は守られなくても強いが。

「アニ、どうか元気で。ひとまずここに居れば大丈夫。いつかまた、眠りから覚めたら、会える日を、待ってる。だけどその時にはあなたの本当の仲間達があなたを目覚めさせるのか、それとも、本当に王子様があなたを目覚めさせるのかはわからないけれど……あなたがした事、一緒に過ごした仲間達を殺されたのは本当に、憎いけれど、あなたがそうしたように、私も、そうするから。もう私がこうして戦うことは無い、でも、訓練兵団の時に助けてくれたアニには、本当に感謝している。調査兵団に長くいるからね、家族から恨まれるのは慣れっこだったんだけど……けど、見捨てないでくれたこと、ありがとう」

 自分が本当に兵団の人間じゃなくなる日が来るとは、思いもしなかったとウミは笑う。悲しみをひた隠しにして笑うのは、もう慣れっこだ。兵士に涙は許されないのだ。どんな犠牲も覚悟の上で、仲間の死に立ち止まって死を悼んでいる場合ではない。涙も全て剣で拭いてここまで仲間の屍で出来た道を走り続けてきた。
 兵士としての資格が無ければ、ここに立ち入る事は民間人が許されるものではない。明かされたこの壁に隠された恐るべき事実と、やがて迫る脅威。
 逃れる事は出来ない、間近に避けられない戦争の足音が近づいている。壁外へ馬を走らせ巨人を討伐している場合でも奪われた地平線を眺め巨人を憎む場合ではなかった。

「最後にありがとうございました」
「本当に、いいのか」
「はい、お世話に、なりました」

 声が響いている。色んな人たちの嘆く声、不安におびえる声、たくさんの声が聞こえる。ざわめく街を動揺が駆け抜ける。その人並みの間を縫うように、ウミが軽やかな足取りで通行人にぶつかる事なく揺蕩う水の中を泳ぐように、ひらひらと人波をすり抜けていく。
 彼女も通りすがりに渡され手にした羊皮紙に印字された今回の壁内人類の情報を綴った新聞記事には目もくれず、ただ前を向いて歩く。その彼女の足取りは幾分か軽い。小柄で細身の肢体。どこからどう見ても街を歩く年頃の女性達と何ら変わりないというのに。
 彼女がかつて調査兵団で分隊長として名を馳せ、あの死者を多く出したウォール・マリア奪還作戦の帰還兵だとは傍から見れば思いもしないだろう。
 あの頃より胸上まで伸びた髪の毛で隠しているが、今も「獣の巨人」の投石攻撃を受けその一部の投石が頭部に突き刺さったまま引き抜くことも出来ない部分に違和感を齎す。まだ痛みは消えない。

「調査兵団として最後まで戦えて。私は本当に、幸せでした」

 自由の翼を手にしたあの日から、全ては始まった。この翼が無ければ自分は何処へも飛び立てなくて。何処にも行けなくて、そんな自分の折れた翼を癒し、もう一度はばたくきっかけをくれたあの人ももう、居ない。しかし、もう彼女が兵団を振り返ることは無いのだろう。後悔はない、心から、そう言える。確かな愛を心に一つだけ、愛された記憶がこれからの彼女を支えてくれる大きな存在となる。
 彼女は愛し愛された。親や家族がくれる無償の愛とはまた違う愛の形を知り、そして本当の愛を手に入れた。だから、この先はその幸せな愛の中で余生を送っていける。
 愛を知った人間はとても尊いのだと。今は亡き母は教えてくれた。ウミの手にはリヴァイが好んで飲んでいた紅茶の缶が握られている。彼がくれた最後の贈り物、それはどんな高価な宝石や若者が好む服や、夜会で着たドレスではない。既に白い灰と化した雪のように儚くて淡い母の、生きた証。今は未だ迎えにはいけない。
 だからその一部だけをリヴァイは極秘で手にしてくれていたのだ。もう自分は彼に何も返すことが出来ない、彼も、そう、お互いの生きる道はもう違う。リヴァイはエルヴィンとの誓いを果たすべく、死よりも過酷な、孤独の道を選んだ。
 彼は「獣の巨人」を仕留めるその日まで永遠に生き続けるのだろう。戦えない自分はもう彼の傍に居られない、だからと言って、誓いを果たすべく奮戦する道を選んだ彼に、今は安らかな時間は彼の刃を鈍らせる。安心と温もり、もう彼にその思いは届かない。
 彼と家庭を築く未来を描いた過去はもうはるか遠くの忘却の空に解き放ち、そしてお互いは地下の薄暗い空間で寄り添い確かに重ねてきた愛を今はもう思い出としてこれから生きていくための記憶の一部としたのだ。
 そして、何よりもかけがえのない者達を思い、そしてこれからも抱き生きていくのだろう。不安が渦巻く壁の世界の中、彼女だけは信じている。自由の翼がある限り、この壁の世界は安寧に守られそして永遠に自由である。と。
 親や仲間たちが望んだ巨人のいない世界、本当にその世界が叶う時が来たのだ。
 心も身体も優秀な兵士へと成長していく彼らとは反対に小さな身体は人波の雑踏に紛れてしまえばあっという間に見えなくなる。
 行き交う者達のどよめき立つ姿を窓越しに眺めるリヴァイの目が静かに言葉なくその光景を見届けると、その手には空になったティーカップ。彼独特の鷲掴みにするような持ち方は健在だ。そして彼は再び用意されていたハンジの隣の席に座る。
 リヴァイは未だ失明した左目に包帯を巻いた姿が痛々しいハンジと共にベルク新聞社の記者であり調査兵団クーデーターに惜しみない協力を与えてくれたロイとピュレの元を訪ね今後の壁内人類に待つ未来を憂うしかない。

「人類を脅かす人喰い巨人の正体は人間であり、我々と同じ祖先を持つ民族「ユミルの民」だった。我々の王は100年前にこの壁を築き、巨人の力で民衆の記憶を改竄し壁の外の人類は滅亡したと思い込ませた。だが人類は滅んでなどおらず、我々「ユミルの民」をこう呼んでいる。悪魔の民族と。近い将来、敵はこの土地の資源獲得を口実に侵攻を開始する。それが五年前から始まった「超大型巨人」らの襲撃であると……」
「もう記事は世に出た後ですが…一連の話の信憑性は?」

 空になったリヴァイのカップにはティーポットで温められた紅茶が並々と注がれていく。紅茶好きの彼にとっては申し分のないもてなしにリヴァイは「どうも」と彼なりの謝意を言葉にし、冷まさず一気に紅茶を飲み干した。

「少なくとも、我々がずっと抱いていた疑問とは辻褄が合ってる。そりゃ信じたくないですよ……そんな話。それで…街の反応は?」
「……様々です。そのまま受け取る者、笑い飛ばす者、未だ兵政権に異を唱え陰謀論を結びつけ吹聴する者。あなた方が危惧した通りの混乱状態です」
「あぁ……でも仕方ないよ。調査報告が我々の飯代だ。情報は納税者に委ねられる。そこが前の王様よりイケてる所さ」
「あなた方を誇りに思います」
「え?」
「同じ壁に生きる者として。または……働く者として」
「あ……どうも」

 長きにわたり調査兵団の人間として生きて来たが、これまで飛んでくるのは失望を受けた民たちの責め苦、時には石も。誹謗中傷しか受けてこなかった調査兵団が今や壁の民に英雄として称えられるなど思ってもみなかっただろう。褒められたことに対し、気恥ずかしさから頬を赤らめ照れている様子のハンジに対しリヴァイは相変わらずいつも通りの表情だ。しかし、地下街から地上に上がってきたころよりその表情は幾分も柔らかさを持って、その口からは冗談が入り混じったジョークさえ飛ぶ。

「……あぁ……今度は調査兵団を担いで記事を書くといい」
「いいですね、リヴァイ兵長の結婚の記事などでも、ぜひ」

 テーブルの上に置いた腕を組んで平静な表情のままそう告げるリヴァイにキッとそんな彼のジョークに聞こえないジョークだと睨むと、ピュレが嬉しそうにもうじきであろう彼の華々しい結婚のニュースやアッカーマン家の復興の記事を書かせてほしいと願い出るが、その話題が出た途端、もう存在しない左手の薬指の隙間を少し冷えた風が通るように。リヴァイは、一瞬の沈黙の後、見た事もないような穏やかな顔で静かに首を横に振るのだった。
 言語力の残念な彼でも、その表情から全てを察することが出来た。そして、その表情から次にロイが不安そうに暗い面持ちで問いかける。

「……私達は、これからどうなります? 私達が巨人を恐れ、憎み、どうかこの世から消えてなくなれと願ったのと同じように、世界中の人々が我々を人ではなく有害な化け物とみなした。その結果、あの地獄が繰り返されるのだとしたら……」

 ティーカップを持つロイの手はこれから起こる未来を予期しているのか、これから迫る未知の恐怖にカタカタと震えている。

「我々が死滅するまで地獄は……終わらない」

 その言葉通りに、あんなにも憎んでいた巨人はかつて自分達と同じ民族で、そしてその血が自分達にも同じように流れているのだ、そう、知ってしまったのだ。自分達の領土を奪った憎んでも憎み切れない程に嫌悪していたあの食欲だけが全てで動く不気味な二足歩行の奴らにこれまで幾多もの人々が故郷を奪われ、家族や、仲間を喰われてきた。しかし、その憎んでいた巨人たちは自分達と同じ血が流れた元は人間だったと知らされて、そしてそんな自分達が世界中から忌み嫌われているこの残酷な現状に未来への希望など、抱けるはずもない。しかしだからと言ってこの壁に閉じこもっていては攻められて終わりだ。老若男女問わず全員抹殺されるのだろう。最後の一人になるまで悪魔の末裔は徹底的に根絶やしにされるのだ。

To be continue…part2

2020.12.02
2021.03.17加筆修正
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