アルミンと同じく普段声が小さくて控えめだったベルトルトも息を吸い込み大きな声でアルミンの言葉に答えた。
あの時、トロスト区奪還作戦の際、巨人化したエレンが岩を抱えて自分達が苦労して破壊したトロスト区の壁の穴を塞ぐ決死の作戦の中、マルコに自分たちの正体がバレた。
こんな時にどうしてそんな大事な話をして、そして聞かれるようなヘマをしたのか。怒るアニにこじつけるようにライナーはアニにマルコの立体機動装置を外せと指示した。
自分達は話し合うことなくマルコを巨人に食わせて。見殺しにした。マルコが食われていくのを……ただ見ていたのだ。
優しくて気の弱いベルトルト。彼を言いくるめるアルミン。ベルトルトはあの日のことを悔やみ、話し合いに応じる。あの日、マルコとは話し合おうともせずに、自分達の手で殺せるが、仲間と過ごした情が顔を出し、それをすることなく、巨人にマルコを喰わせた。あの日の後悔は今も壁外から来た三人に暗い影を落としていた。
――「ベルトルト!! 話をしよう!!」
「話をしたら!! 全員死んでくれるか!?」
「なっ……!!」
「僕達の要求はわずか二つ!!
・エレンの引き渡しと!!
・壁中人類の死滅!!
これが嘘偽りの無い現実だ、アルミン!! もうすべては決まったことだ!!」
「だっ…! 誰が!! そんなことを決めた!?」
しかし、ベルトルトから返って来たのは…。彼の非情な返答にその様子を見守っていた同期たちの表情は険しい。
「…僕だ」
「…何だって!?」
「僕が決めた!! 君達の人生は、ここで終わり!!」
「っ…それは残念だよ!! 僕はもう!! アニの悲鳴は聞きたくないっていうのに!!」
そして、あの時と同じ彼の動揺を誘うべくアルミンは彼が一番心を乱すアニの名を再び口にしたのだ。
「アニを残虐非道な憲兵から解放させてあげられるのは、もう君しかいないんだよ!? このままじゃアニは家畜のエサに「すればいい!!」
アニの名前に一瞬動揺したベルトルトだったが、大声でそう叫ぶとそのまま屋根から飛びおり、アルミンの元へ向かう。
「アルミン!!」
離れた場所で二人の話し合いに耳を傾けていたが、危険を察知したミカサはすかさずアルミンの元へと急いだ。エレンも動こうとしたが、エレン巨人が超大型巨人に通用しないことを理解し、止めさせる。今にも飛び出していきそうなエレン巨人に、ジャンが冷静な言葉をかけた。
「下がれ。エレン!! わかってんだろ? お前と超大型(ヤツ)じゃ分が悪いって……!!お前の出る幕じゃねぇぞ…」
「(クソッ……アルミン……何で今になって!?)」
屋根から降りたベルトルトにアルミンも追いかけるように屋根から着地する。
「ブタのエサにでもすればいい!! 本当にアニを捕まえているのなら!!」
「クッ…!!」
追う様にアルミンも剣を引き抜きそ行動したがあっという間に上背のあるベルトルトに距離を詰められて追い詰められてしまう。
「ッ!!」
「どこに行くアルミン? 話をするんだろう!? アニの話を出せば……!! また僕が取り乱すと思ったか? おとなくて、気の弱いベルトルトなら、言いくるめて隙をつけると思ったのか!?」
普段の彼しか知らない同期達からすればベルトルトの低い声、今の姿はまるで別人が乗り移っているようだ。もうあの時泣きながら叫んでいた彼は存在しない。吹きすさぶ風に沈黙が痛い。
「分かってるんだ……、ただの時間稼ぎだろう。僕の周りを兵士で囲い、別の兵士にライナーを殺しに行かせるための…無駄話……!! 僕にはわかる、そうやって震えているうちは、君は何もできやしないって……!!」
「……そこまで見えていて……何で僕の話に乗ったの?」
「……確認したかった…。君達を前にした途端に、また泣き言を繰り出し、許しを請うんじゃないかってね……、でも……。もう、大丈夫みたいだ。うん、君達は大切な仲間だし、ちゃんと殺そうと思ってる……」
「それは……僕達が「悪魔の末裔」だから?」
「いいや……。君達は誰も悪くないし、悪魔なんかじゃないよ……。でも、全員死ななきゃいけない……。もうダメなんだ……」
――「だッ…誰がッ!! 人なんか殺したいと!!! 思うんだ!! 誰が好きでこんなこと!! こんなことをしたいと思うんだよ!! 人から恨まれて、殺されても…当然のことをした。取り返しのつかないことを…。僕らは確かに君たちの世界を壊してたくさんの人を……でも……僕らはその罪を受け入れきれなかった……。でも、「戦士」ではなく「兵士」を演じてる間だけは…少しだけ楽だったんだ……嘘じゃないんだコニー!!ジャン! みんな! 確かに皆、騙した…けどすべてが嘘じゃない!本当に仲間だと思ってたよ!! 僕らに……謝る資格なんてあるわけない……。けど……誰か……お願いだ…誰か僕らを見つけてくれ……!!!」
静かに。どこか、感情さえ感じられない眼差しでそう語るベルトルトの背後を音もなく忍び寄り姿を見せたミカサの刃が切りかかった−!しかし、ベルトルトは背後から迫るミカサのただならぬ気配に即座に反応し、そのまま、振り向きざまにミカサの右から飛んできた太刀を受け止めていた。そして、すぐさまミカサのもう左手の刃がベルトルトの首を狙う!とっさに巨体を傾けて寸前で致命傷を避けたベルトルトだったが、そのまま耳をスライスされてしまい、そのまま避けながら屋根の縁の上でミカサへ強烈な回転蹴りを見舞ったのだ。
「くっ……!!」
すかさず獣よりも早く察知してミカサは左腕でその蹴りを受け止め防御しようとしたのだが、体格はベルトルトには敵わない。長身から繰り出された強烈な蹴りの勢いを受け止めきれず屋根上から吹っ飛ばされてバランスを崩してしまう…!
「ミカサ!? ッ――!?」
と同時に切り取られた耳からおびただしい血を流して無防備なアルミンへ襲いかかるベルトルト、しかし、ミカサが吹っ飛ばされた際に飛ばされなかった右手のブレードを射出する勢いを利用して投げつけた。
が、それもベルトルトに遮られるも、アルミンを守る為にガスを噴出しミカサが目にも止まらぬ速さで接近して彼に斜め方向へ切りかかるが、それも避けられ、ベルトルトはアンカーを射出してその場を離れていった。
「ああっ!!」
「アルミン!! 追わないで!!」
追いかけようとするアルミンをミカサが制止する。
「彼がいつ巨人になるかわからない……。距離を取らないと……またあの爆風に巻き込まれる」
「それが、ベルトルトは…あの爆風を起こす気は無いらしい……。瀕死のライナーが剥き出しのままじゃ自分で止めを刺すことになるから……今なら、ライナーを人質にして……白刃戦に挑める」
「……そのハズなんだけど…。彼には……、何か考えがあるように見えた……。というか、あれが本当にベルトルトなの? 私には、まるで別人に見えた……」
「……僕もだ」
▼
ハンジの指示を受け急ぎ戦闘不能状態のライナーへ再度へ永遠の眠りを与えるべく、急ぎ立体機動装置で街を駆ける中、ライナーは尚も息をしていた。
ベルトルトの言う通りだった。
「急げ!! 鎧は虫の息だ!!」
「早く止めを――」
「なっ……!? 仰向けになってる……!?」
「これじゃ止めが……」
「鎧の巨人」は本体を守るように仰向けに倒れている為、そのうなじを狙うことが出来ない。それはライナーの作戦だった。ベルトルトとの今作戦始動前に交わした会話の通りに、動いたのだ。しかし、それを確認することなくベルトルトも最初はライナーの元へ向かおうとしていたが、途中で巨人化する事に決めた。
「(すごく変な気分だ……恐怖もあまり感じていないし、周りがよく……見える……。きっと……どんな結果になっても受け入れられる気がする。そうだ……誰も悪くない……。全部仕方なかった。だって世界は……こんなにも――残酷じゃないか……)」
ベルトルトはこれまでの起きた出来事を振り返りながら、そのままガスを噴出しさらに上昇していく……それに気づいたハンジがまさかここで巨人化するのかと焦ったような声を上げる。
「飛び上がったぞ……まさか!?」
「しかし、ライナーはすぐ近くですよ!?」
「――……ッ、一旦離れろ!!」
そのまま、上空で光り、巨人化するベルトルト。周囲が眩い金色の光に包まれた、次の瞬間!爆発が起きて周囲が吹っ飛んだ!
「ハンジさ――」
その光は壁上のエルヴィン、そしてリヴァイの目にも映る。モブリットがハンジに危険だと叫んだその瞬間、周囲を照らすベルトルトが巨人化し、光が激しさを増して広がっていく。その瞬間、光は一気に灼熱の熱風となりシガンシナ区を眩く照らし、そして一気に炸裂したのだ。全てを巻き込み飲み込まれていくハンジ達やエレン達。
「エルヴィン!!」
その爆風は大きなうねりとなり、エルヴィンとウミにもその威力と熱風が襲い掛かる。とっさに隻腕の自分を守るように大人と子供くらいの体格差があると言うのにエルヴィンを守ろうとするウミ。しかし、ウミはせいぜいその爆風に吹き飛ばされないように踏ん張だけだ。逆にウミをエルヴィンが左腕一本で支え。爆風が止むのを待った。
やがて、爆風が去りようやく顔を上げる…しかし、見つめたシガンシナ区の変わり果てた姿、まるでこの世の地獄を一気にこの街に閉じ込めた様な絶望的な風景が広がって居て……。
その光景に固唾を呑んだ。そしてシガンシナ区から立ち上る不気味なきのこ雲。それはまるでこの世の終わりのように終末を知らせ、もくもくと広がって居たのだった。
「嘘、でしょう……」
ゆっくりと立ち上がる超大型巨人の巨体から醸し出される蒸気。壁上の真下は既に超大型巨人の高熱の蒸気が建物を燃やし、壁上にいるウミ達にもその燃え盛る業火の熱が伝わってくる…。肺が熱い、あの蒸気を絶えず放ち続ける体内へ飲み込まれ、彼の為との思い出の証である伸ばしてきた長い髪を失い、カラカラの喉に重傷を負ったウミはまだ痛む肺にあの時の光景がフラッシュバックしていた。
「……みんなは……どこ……?」
目に見える景色に仲間達の生存は絶望的だ。ショックのあまり呆然と立ち尽くすウミは硬直してその場に釘を打たれたかのように、動けずにいる。
ずっと隠れて様子を窺い、とうとう正体を見せた超大型巨人と対峙するウミとエルヴィン。
そして、エルヴィンはその後ろを振り向き、肩越しに行動を起こすことなく鎮座して小型の巨人を仕留める自分達の抗う姿を高みの見物でもするかのように不気味な笑みを浮かべてボリボリと指先で器用に耳をかく「獣の巨人」へと鋭い目線を送るエルヴィンの姿があった。
「(さぁ……どうする?「獣の巨人」すべては作戦通りか?)」
壁上から見渡す故郷シガンシナ区に立ち上る巨大なきのこ雲。それは地獄の釜の蓋が開いた証だと言うのか。
ウミは絶句した。彼らは故郷を奪うだけでは気が済まず、自分達の思い出さえも全て燃やし尽くすつもりだと言うのか。何故ここまで自分達壁内人類は追い込まれなければならないのだろう。もくもくと上空へ黒煙が立ち上り、風向きで猛烈な熱風としてこっちに流れ、その先にいるはずの仲間達の安否を確認することさえも許さない。
視界を黒煙に奪われ何も見えないのだ。今見えるのは燃え盛る家々の中からゆっくり立ち上がりその巨体を見せた超大型巨人。あの日と同じ、壁の上から自分達を見下ろしていた。自分の帰る場所を奪った…。
自分達の背後には馬が居る。瓦礫をまき散らして自分達を囲んで逃げられなくさせて火あぶりにするのか、そして逃走するにしても必要な馬も燃やすつもりか。
あの爆発に巻き込まれた仲間達を救出しに行きたいのに、燃え盛る瓦礫をまき散らしシガンシナ区を闊歩する超大型巨人を突破しようとしても、今にもこちらまで燃やし尽くされかねない紅蓮の業火の中に生身で飛び込むとは命知らずだ。
どんなスピードを持ったとしても、ウミの力を以てしても、とてもじゃないが、この黒煙の中を飛び越えて彼らの元へ救出には行けない……。
ベルトルトの巨人化で全ては一瞬にして吹き飛び、灰燼と化した。燃え盛る業火に焼かれるシガンシナ区。幼少の頃より慣れ親しんできた美しい街並みは一瞬で地獄絵図と化したのだった。
「お前ら生きてるか!?」
「わかんねぇよ!! お前は!?」
「ま……まだ何とか……」
射程圏内だったが、ハンジ班が鎧の巨人へ止めを刺しに接近する中で上空で巨人化したベルトルトから少し距離があった事と、巨人化したエレンと家屋に守られ何とか生き延びることが出来た104期生達。
「ミカサ!! アルミン!! 無事か、お前ら!?」
「大丈夫」
とっさに飛行していたアルミンとミカサだったが、ミカサがアルミンと共に建物に彼を突き飛ばし、隠れていた事で爆風から免れたミカサとアルミンも無事にジャン達と合流を果たしそれぞれが無事を確かめていた。ミカサが機転を利かせてアルミンを抱え建物の隙間に飛び込んだのだ。
「ハンジ班は!?」
「ベルトルトの近くにいた……」
その言葉に誰もが青ざめていた。周囲を見渡しながらジャンが静かに呟いた。
「……まさか……生き残ったのは……俺達だけか……?」
ジャンの絶望的な声が響く。蒸気と黒煙の中からその巨体を見せた超大型巨人化したベルトルトが燃え盛る家を撒き散らしてエレンたちの住み慣れた街を無惨に破壊していく。
「お……おい……家が…降ってくるぞ」
「空から……家が……」
「私達の位置はわかってないみたい」
「あぁ……火のついた瓦礫をバラ撒いて……。シガンシナ区を火の海にするつもりだ……!!」
その言葉を受け、エレンが怒りを露わにする。街を破壊の限り壊しつくし、そして追い込むつもりなのだろう。
「(あの野郎、今度は……オレの街に火をつけやがった……!!)」
「アルミン、どうする!? このままここに燃える家が降ってくるのを待つか!?」
「なっ……なぁハンジさんは!?」
「本当にみんなさっきの爆風で死んだんですか?」
「わからない……でも、ベルトルトが私達に救出させる猶予を与えることは無い。ともかく。私達の指揮権は今……アルミン……あなたにある」
誰もが信じられなかった。さっきまで同じ目的を持ち行動していた精鋭たちがあの超大型巨人の爆発に巻き込まれて全員消し飛ぶなんて。誰もがこの現状で右往左往するなかでミカサはアルミンの肩に手を置いた。
ハンジが生死不明の今、頼りになるのは参謀としてこれまで幾度もその知恵で危機を乗り越えてきたアルミンだけだ。即座に同期達は判断を求める。しかし、アルミンは先ほどのベルトルトとのやり取りで自分の判断に対して完全に自信を失ってしまっている。寒くもない、しかし、道しるべの無い荒野に突然放り投げられた不安から全身震えて止まらない。
心ここに在らずのアルミンは完全にこの窮地に飲み込まれている。自分達だけでは…早く壁上で待機しているウミを呼ばねば。今猛烈に先ほど別れたばかりのウミの笑顔に安堵を求め、あの笑顔がアルミンの脳裏に浮かんだ。アルミンの声にはいつもの張りが無く弱々しい。
「こ……これより撤退……団長らと合流し指示を仰ごう。「超大型巨人」は当初の作戦通りに消耗戦で対応する。ウミが壁上で待機しているから、ウミにもこっち側の援助をお願いしよう……ウミなら……目標本体が露出するまで……巨人の力を使わせるんだ。あの巨体は壁をこえることはできないから…力尽きるまでシガンシナ区の檻の中に閉じ込めてやればいい」
しかし、その言葉に現実をよく見て判断が出来るジャンがすぐに待ったをかけた。
「……イヤ、待て。アルミン、ベルトルトを団長達のいる壁に近付けるのはマズい……」
「え!?」
「ヤツは手当たり次第に火を撒き散らしてんだぞ? それは壁の向こう側に繋いである馬の頭上だって例外じゃねぇよ」
「あ……」
「内門の建物まで燃やされちまったら、馬が殺される…どころか、団長達は今「獣の巨人」と背後に迫る超大型巨人の炎で挟み討ちにされちまう。確かに超大型を倒すなら消耗戦が最善策なんだが……立体機動のガスが限られてるのは俺達も同じだ。やっぱ…時間は俺達の味方をしねぇよ……」
「そ……それじゃあ……ベルトルトはここで倒さなくちゃいけないの……!? 今ここにいる 僕達だけの力で……」
退路を断たれ、残りのガスもどれだけあるのかわからない絶望的な状況下で超大型巨人は腕を振り回し、一気にシガンシナ区の街の建物を破壊し、その高熱の蒸気から放たれる炎が燃え、次々と瓦礫から建物へ引火していくではないか…。その引火した建物を次々空中から散布し、一気に炎が激しさを増してどんどん黒煙が明るい朝の景色を暗黒の世界へ変えようとしている…。
「アッ、アルミン!! 火がもう!! 指示を!!」
「はよせんと!!」
サシャとコニーがアルミンへ指示を仰ぐ。このままでは火が回り自分達まで焼け死んでしまう。切羽詰まった状況下でアルミンの頭の中ではさっきのベルトルトの言葉が響いていた。
――「僕にはわかる。そうやって震えているうちは何もできやしないって…!」
ハンジ班は壊滅した。頼れるのは自分達、そして、自分の判断がこの戦局を勝利に導かねばならないのだ。このままではこの奪還作戦の本当の最終目的であるこの壁の秘密を知るエレンの家が燃えてしまう…!
彼の言葉の通りだ。対峙した時自分は何も出来ず、ミカサに守られた。ミカサに守られていなかったら自分はあの時ベルトルトに殺されていたかもしれない。アルミンは自分の無力さを思い知らされ、ジャンへすがるように目を向けていた。
「ジャン……代わってくれないか……?」
「……は!?」
「ぼ、僕にはわからない!! ……どうすればいい!? さっきだってベルトルトの読みをハズしてこのザマだ……!! ジャン……!! 君の方が、向いてる」
燃え盛るシガンシナ区。逃げ場を失いただその場に立ち尽くす若き兵士達。ジャンはアルミンのただならぬ顔色を見て、ひとまず視界の向こうに見えた水のある川辺へ向かおうと決断した。今のアルミンはいつもの冷静に物事を見極めそこから作戦を練り誰もが思いつかないような発想でこれまで幾度も命を救ってきた頼りになる彼ではない。完全にこの状況に飲み込まれてしまっている…。
「……川だ! 川に移動するぞ!! 全員エレンに乗れ!! ガスを節約しろ!!」
ジャンの声に導かれ移動を開始し、何とか川岸まで逃げることが出来た。図体の割にベルトルトは自分達の居場所を未だ知らないのか悠々と燃える瓦礫を払い上空からナパーム弾のように粘度の高い鉄の雨を降らせていた。家に隠れながらジャンがエレンへ呼びかける。
「エレン。あるタイミングでベルトルトを引きつけなきゃならねぇが……それまで見つからねぇようにしろよ。アルミン…俺は状況は読めるが、この場を打開できるような策は何も浮かばねぇ……。最終的には、お前に頼るからな……」
ジャンの指示通りにエレンは体勢を低くして建物伝いにまだ火の遠い川辺へと向かう。移動を開始する。今は亡き親友であり自分の一番の理解者だったマルコが言っていた。マルコよりも自分の方が指揮官に向いていると彼は言った。彼の死によって自分は今ここにこうして居る。
――「ジャンは強い人ではないから、弱い人の気持ちがよく理解できる。それでいて現状を正しく認識することに長けているから、今何をすべきか明確にわかるだろう? まぁ…僕もそうだし大半の人間は弱いと言えるけどさ……それと同じ目線から放たれた指示なら、どんなに困難であっても切実に届くと思うんだ」
自分は現状を見て的確な判断が出来ると、それを知っているからベルトルトとの対峙ですっかり戦意喪失してしまったアルミンこうして今自分は頼りにされているのだ。しかし、自分は判断は出来るし、この現状も理解している、しかしそれだけ。いつも窮地に閃くアルミンの聡明な頭脳があるから。誰も想像しない斜め上の方向からアルミンはあらゆる突破方法を思いつくのだ。今までそうやって自分たちを救ってきた。
ジャンは彼らの狙いがエレンであると気付き、作戦を思いついた。このままエルヴィンの居る壁際に彼を近づけてはいけない。
「アアアアアアアアアア!!!!」
「叫べエレン!! もうこれ以上、ベルトルトを壁に近付かせるな!!」
ガスを節約するため全員巨人化エレンに乗っかりエレンはありったけの声で咆哮を上げ壁に向かい闊歩するベルトルトへこっちを見ろと注意を引く。
「気付いた!!」
ベルトルトは遥か下から聞こえたエレン巨人から放たれた叫び声を聞き、エレンたちの姿に気付いてこっちを一瞬見る。しかし、その次の瞬間にはまたエレンに流し見た目を再びエルヴィンとウミの居る壁上を目指しそのまま壁の方向へと前進してしまったのだった。
「んな!? あの野郎、無視かよ、俺達が嫌がることをわかってやがる……!!」
「オイどうすんだジャン……!? このままじゃ――」
「わかってるよ!! エレン!! ノッポの足を止めるぞ!!」
「けどよ!? どうやってアイツを倒せばいいんだ!?」
「蒸気の熱風で立体機動は無力化される……ですよね!?」
「わかってるっての!! だから今は――……何でも試すしかねぇ!! 奴の弱点をあぶり出してやれ!!」
ジャンの言葉を受け、速度を増してエレンが大股で走る。シガンシナ区の大地を揺らしながら大きな足音を立て壁へ向かうベルトルトを追いかけ走る。
「私がやる!! 皆で注意を引いて……! コニー、雷槍を」
「オウ!」
まだ残されていた雷槍をコニーは肘から外し、すべて撃ち尽くしてしまったミカサに手渡す。ここで戦力の不足を補うのならば経験は浅いが、リヴァイ班の精鋭として、今では多くの精鋭を失った兵団には大きな戦力として活躍している兵士100人分の戦力に匹敵する実力を持ったミカサに頼るしかない。
「アルミンは少し離れた所で奴を観察しろ!! もうベソをかくんじゃねぇぞ!? 必ず手掛かりがあると信じろ!!」
「うん……!」
「今だ!! 散れぇ!!!」
ジャンからの励ましを受け、アルミンの蒼白した顔色に少しだけ温もりが戻る。合図を受け全員で一斉に周囲の建物へと散開し、超大型巨人を倒すべくその行動を開始した。
故郷をこれ以上破壊されて、奪われてたまるか。エレンは憎しみを抱き怒りを露わに自分達を無視して進む超大型巨人の右足へと勢いよく飛びついた。
「(見下ろしてんじゃねぇよ……てめぇは――)アアアアアアアア!(……ただデケェだけだろうが!!)」
全長60mの体格からして超大型急である超巨人の右足に体当たりで挑む15m級のエレン巨人。叫びと共にエレンが必死にその行動と止めさせるために必死に食らいつく。エレンがありったけの力で押すと、その勢いに押されて蒸気を放ち、ゆっくりと歩を進めていた超大型巨人の踏み出した足がエレンに抑えられ止まる。
「お……!? 押してる!?」
「行け−!!! エレン!! 倒しちまえ!!」
「(きっと何か……手はあるハズだ……!!)」
エレンがそのまま鎧の巨人との取っ組み合いで追い詰めた時のように。超大型巨人の右足にしがみつき、そのままの勢いで畳みかけるように思いきり体重をかける。その隙にミカサが背後に回り込んで雷槍をうなじに命中させればいい、それか、出来ればそのまま押し倒してしまえばいい。あの鎧の巨人の鋼鉄の身体も砕いたのだから…。誰もがその光景に手ごたえを感じた。筈だった、しかし……。
「あ……」
「……あれ?」
アルミンの声と共に、エレン巨人の身体はまるで欲しい物を買ってもらえず足にしがみついて駄々をこねる子供のようにそのまま超大型巨人がまとわりついて離れないエレンがしがみつく右足を振り上げそして。
「エ……エレ――ンッ!!!」
そのまま、五年前にシガンシナ区の壁を蹴り壊した時のように、超大型巨人に思いきり蹴り飛ばされてしまったのだ!思いきり真後ろへ吹っ飛ばされ、そのまま壁上に打ち付けられた衝撃をもろに受けたエレンは意識を混濁させたまま動けなくなってしまったのだ。
攻撃を仕掛けようとしていたミカサの慟哭だけが、虚しくシガンシナ区の街に響いていた。最後の希望であるエレン、しかし、超大型巨人との相性は悪く、全く太刀打ち出来ないままその巨体の前に故郷を奪った忌むべき憎むべき相手に敗れ去ったのだった。
エレンが思い切り壁まで吹き飛ばされてしまった。その衝撃的な光景はエルヴィンやその壁を挟んだ獣側のリヴァイ達にも見えるだろう。ミカサはエレンがやられた事にショックを受け完全に戦意消失しかけている。
「……は……っ……エレンが……動かない……」
「死んじゃいねぇよ!! 目の前の怪物に集中しろ!! ありゃ、さすがに突っ込みすぎた…。あの巨体に無策で挑めば、ああなっちまう……。何かッ、一発逆転の策でも無い限り、この奪還作戦も、俺達の命も…人類の未来も……すべておしまいだ……だからって、このまま大人しく皆殺しにされてたまるか!! 攻撃を仕掛けるぞ!!」
ジャンの声を合図に雷槍を装備したアルミン以外の四人がベルトルトに向かってアンカーを放ち飛んでいく。
「奴はまだ「雷槍」を知らない!! 俺とコニーとサシャで気を引く! その隙にミカサが打ち込め!!」
「「「了解!!!」」」
ジャンの指示通りに三人が応える。一気に遥か高くまで上昇し、そのままジャンとコニー・サシャは超大型巨人の顔面目がけて攻撃を仕掛ける――!!
「オイ!! ウスノロ!! その目ん玉、ぶっ潰してやる!!」
「この……!! バーカ!!」
「変態大魔王!!」
それぞれが超大型巨人の本体であるベルトルトへの悪口で呼び掛ける。しかし、ベルトルトの目は一切の感情が見えない、揺らがず静かに前を見据えている。
「……見え透いた陽動だろう……奴も背後のミカサに気付いているハズだ。だが……このために開発された新兵器の「雷槍」を喰らえばお前だって――……!」
超大型巨人の背後へ回り込んだミカサが回転しながら遠心力を賭けて装備していた二本の「雷槍」を項めがけて一気に連続で放つ!!
それは確実に巨人達化能力者の本体が居るベルトルトのうなじへと命中しかけた…しかし、雷槍がうなじに命中しようとしたその瞬間、超大型巨人が後方から目を光らせると一気に熱風の蒸気を放出したのだ!その蒸気の熱さと爆風に晒されるジャン達。
エレンを奪われた調査兵団が敗退し、歯が立たなかったように。発射した二本の「雷槍」もものの見事に跳ね返されてしまう……!
自ら狙い定め放ったミカサ自身にそのままの勢いで飛んでくる雷槍。衝撃に備え両腕を交差したミカサだったが、蒸気で吹き飛んだ起爆アンカーが吹っ飛び、その背後で大きな轟音と共に派手な音を立てて爆破したのだ!熱に負け超高温の皮膚に射しこんだアンカーは熱と蒸気により無理やり断ち切られ、ジャン達もそのまま落下して熱風に吹っ飛ばされてしまう……!!
「みんな……――!!!(やっぱりダメか!? この熱風は発射した雷槍さえも跳ね返す。その上アンカーが抜かれて立体機動で近付くことさえできない……!!)」
激しい暴風に晒され、その衝撃で吹っ飛ばされてしまった一同、なんとか屋根に着地したが、コニーはもろに超大型巨人の高温の蒸気を吸い込んでしまったのかウミ程ではないがかなりの熱傷をもろ気道に受けてしまった。心配そうに見守るサシャ。
「コニー!!」
「クソ……!! 息吸ったら喉が焼けたぞ」
ミカサも雷槍の爆発をもろに間近で受け熱に服から蒸気を立ち昇らせながら屋根に膝を着いて苦し気に呻いている…。
「ミカサ……!! 血が!?」
「大丈夫。雷槍の破片を少し受けただけ……それより……どう?」
「……え?」
「何か……反撃の糸口は……」
ミカサが苦し気に傷を押さえながらアルミンに問いかけるが、アルミンから帰ってきた言葉は何も無かった。
「……何も」
最終兵器でもある「雷槍」も超大型巨人の持つあの熱の蒸気に跳ね返されて、アルミンでさえもまだその反撃の糸口を見つけられないまま、絶望するしかなかった。誰もが絶望した、その時−超大型巨人の背後で聞こえた音に振り向けば、其処から姿を見せたのは、決戦前、ベルトルトに指示された通りに余力で体力を残し、仰向けに寝た事で超大型巨人の爆発から難を逃れ復活を果たした鎧の巨人が足音を立ててこっちに向かって接近してきたのだ…!
「あの野郎……本当に生き返りやがった……。あいつ、どうやったら死ぬんだよ……。俺達にあれをどうしろってんだよ……!!」
ハンジ班は壊滅、残されたのは自分達だけ。まだ三ケ月前は新兵の自分達にあの二体の巨人を倒せと言うのか…かつての仲間を自らの手で…。
頼みの綱のエレンも蹴り飛ばされて戦闘不能に陥り未だに動けずにいる…雷槍も効かない、完全なる孤立無援の中で逃げ場は炎に遮られて応援も来ない。絶望的なこの目の前の地獄絵図に熱傷を喰らい負傷した自分達、アルミンのひらめきは未だ打開策を見いだせない。これが本当に絶望だと言うのだろうか…これまでも幾多も切り抜けてきた、しかし、今回ばかりはもう…。ジャン達はただ。項垂れるしか無かった…。
2020.06.19
2021.03.16加筆修正
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