THE LAST BALLAD | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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#91 dearest.

――ウォール・マリア奪還さえすれば……。この世界は平和になると信じていた。

 ウミとリヴァイは懐かしの古城で二人だけの6日間を過ごし、心身共に穏やかで、愛に満たされる時間を過ごした。

「こんなところに教会なんてあるんだね……」

 リヴァイがエルヴィンに指定されてウミを連れてやって来た所は木漏れ日の光が射しこむ森林の中にあるウォール教の小さな教会だった。森の中に聳えるその建物は白壁で覆われ、新緑に包まれ清廉な雰囲気を纏っていて。
 木製で出来た両扉を開けば、其処は温かみのある木製の建物で、真っ白な美しい内装。
 その中心に向かってまっすぐに伸びたバージンロードには美しい白の百合の花弁が散りばめられていて、まるで最初からここに二人が来るのを分かっていたかのように。

「あ、」

 ウミが歩み寄ると、来賓たちが腰かける長椅子にはよく見ると正装のスカイブルーの色がウミに映えるプリンセスラインのチューブトップのドレス。現在髪が短くなってしまったウミへの配慮か、断髪前の緩やかな編み込みハーフアップのカツラが用意されていた。
 そして、リヴァイも普段の調査兵団の団服だが、彼によく似合う指し色にグリーンをベースにした真っ白なタキシードが用意されていたのだ。

「え、これって、その……?」

 この雰囲気にはその雰囲気にあった装いを。いつの間に。誰がこんなに用意周到に準備したのか。まるでこれから結婚式をここで上げろと言わんばかりにお互いの正装が用意されている。
 教会の神父側と新郎側のそれぞれには個室が用意されており、其処には大きな姿見も設置されている。
 リヴァイはまさかこの為にここに導いたのかと、自分達を送り出したエルヴィン達の思惑にまんまと嵌められたと思いながらもぼんやりとドレスを眺めるウミにさすがにこれを見なかった事には出来ないと、正直、夜会の時も正装は着たことはあるが、明らかに結婚でしか着用する機会のないタキシード姿など、生まれてこの方一度も着たことが無い。
 宛がわれた礼服に戸惑いながらもリヴァイはそれぞれに袖を通し、用意された鏡で髪形をオールバックに整え先にバージンロードの先の祭壇でウミを待っていた。
 この空間はこれからの2人の未来がより良い物であるようにと願うよう、青く澄んだ空の光に透けたマリア、ローゼ、シーナ三人の女神を模したステンドグラスの光に包まれ神秘的な空間に満ち溢れていた。バージンロードは神聖なる永遠への象徴。これからの2人を未来へ連れて行く道。
 開かれた扉から姿を見せたのは清廉な雰囲気を纏ったスカイブルーのドレスが木目の温かな教会によく映える、プリンセスラインを靡かせ、腰まである三つ編みハーフアップに整えた髪を揺らしたウミの姿だった。

「遅ぇんだよ」

 恥ずかしそうに、だが、その笑顔は今まで見た中でもひときわ神々しく見えて。彼女が戦場に舞い降りた天使のようだと比喩する人々の話の通り、今の彼女は天からの使いなのかと思う程に美しく、花嫁にしか出せない優しい幸せに満ち足りていた。
 転ぶんじゃねぇぞ、そう低く告げたリヴァイに微笑みながら、ウミはゆっくり、ゆっくりドレスの裾を踏んで転ばないようにと。バージンロードを一歩、一歩、ゆっくりと踏みしめるように、リヴァイの元へ向かうと、そのままもつれ込むように彼の胸の中に飛び込んだ。
 抱き合うように見つめ合う2人の間には至極穏やかな空気が流れていた。

「へっ、変じゃないかな……?」
「ああ……問題ねぇ。今まで見て来た中で……お前じゃないみたいに、めちゃくちゃ綺麗だ」
「リヴァイ……」

 素直にリヴァイの口から溢れたウミへのまっすぐな言葉。その言葉を深く深く心身に受け止め、ウミはそのまま瞳から零れ落ちる涙を抑えきれなかった。中央憲兵に追い詰められ、森の中でさ迷っていたウミを迎えに来たリヴァイ、その夜に交わした誓いの言葉、お互いの指に嵌めた指輪と、永遠の誓い。

――「私、リヴァイはウミを生涯の妻とし、健やかなるときも病める時も、老いても、もし死が二人を分かつとしても、あなただけを一生愛し続ける事を誓います。誰よりも大切にしていきます」
「私……ウミは…あなたを、リヴァイを生涯の夫とし、健やかなるときも病める時も、老いても、死がふたりを分かち、それでも、一生貴方だけを信じ、あなたについて行きます。あなたを誰よりも愛しています……リヴァイ」

 山小屋で交わした誓い。二人はどちらともなく見つめ合うと、リヴァイの目の前に恥ずかしそうに微笑むウミの姿。その姿があまりにも眩しく、直視できないくらいに幸せに満ち足りていた。

「あ、そういえば……リヴァイって誓いの言葉、いつの間に覚えてたの……?」
「さぁな、いつ覚えたのかも忘れた」
「えっ!? それ、質問になっていないか……ら……教えてよ、ねぇ……!」

 用意されたドレスとタキシード姿で仲睦まじく抱き合いながらお互いに静かに沈みゆく夕日を眺めながら、これから待ち受ける激戦の足音を感じながらも互いに抱き合いながら寄り添っていた。
 寒くないようにとリヴァイが剥き出しの肩が冷えないようにかけてくれたジャケット、その温もり、優しさに包まれながらもうこれ以上の幸せはここには存在しないと。今まで生きてきた中で一番の幸福に包まれていた。
 そんな二人の様子を遠巻きに見守るハンジとフレーゲルが嬉しそうにハイタッチしているとも知らずに。
 この永遠にも等しく尊い時間を刻み込むように、2人はいつまでもいつまでも抱き合い離れずに見つめ合い、激戦の前の束の間の蜜月を過ごした。永遠に離れることは無い、もしこの命が潰えたとしても、彼を愛し、愛された記憶だけは消えることは無いと、二人は幾度も乗り越えてきた夜をまた一つ越えた。
 


 二人で過ごすかけがえのない4日目の晩、突然迎えに来たハンジに連れられ、ウミは久方ぶりのトロスト区へ。ウォール・マリア奪還作戦成功と、その奪還作戦の前祝いとして会場へと繰り出したのだった。

「今日は特別な夜だが、くれぐれも民間人には悟られるなよ。兵士ならば騒ぎすぎぬよう英気を養ってみせろ」

 そうして辿り着いた酒場で。リーブス商会の手配で会食の舞台は整えられた。幹部がそう告げたが最後、目の前に並んだのは普段の食事2か月分、いやそれ以上に感じる豪勢な、前祝にしては今まで生きてきた中で見た事もない分厚いローストビーフや栄養満点のサラダにスープと、いつもパンとスープだけの質素な食事が魔法にかけられたように忽ち変化した食卓の顔ぶれにそんなに大食いでもないウミでも思わず腹の虫が疼いた。
 もちろん、幹部組には景気づけの酒まで用意されているようだった。

「ウミは残念だけどお酒は駄目だからね。血行が良くなりすぎるから……仮にも人妻飲ませて酔わせたら旦那さんに怒られるし」
「ハンジ……」
「君の旦那さん怒らせると、おっかないからね。ああ見えて嫉妬深いし、」
「そうなの?」

 何時も落ち着き払い冷静な彼が嫉妬するなんて想像すらもつかない。それに、彼が嫉妬するようなこともした自覚もない。それに、嫉妬深いのはどっちかというと自分の方だと思っていたが。
 ハンジがそう言うのならば、おそらくはそうなのだろうか。リヴァイが書類整理をしている間に食事の準備をしようとした矢先にハンジに有無を言わさず彼に何も言わずに出てきてしまったのだが。てっきり彼も後から来るのかと見渡すも、当たり前だがその場にリヴァイの姿は無くて。
 彼は景気祝いに参加しないのだろうか、自分の余命が間もないと知り、彼は無理して笑っているのがとてもよくわかっていた、奪還作戦が近づくにつれリヴァイの表情がどんどん険しくなり、今は彼は書斎に閉じこもるようになってしまっていた。恐らく彼の事だから今はどんちゃん騒ぎで楽しむ気分じゃないのだろうか。
 滅多に肉料理も口にできない中で、訓練兵団時代から質素な食事ばかりで成長盛りの胃袋を満たしてきた新兵達は目の前に並んだ切り込みが入り、食べやすい様にフォークが突き刺さったローストビーフに言葉を失い、混乱している。

「え……? お肉……? なに? これ……肉?」
「マジかや……」
「今晩はウォール・マリア奪還の前祝いだ!! 乾杯!!「うああああああああ!!!!!」
「あれ〜!?ちょっと…」

 思わず普段の礼儀正しい口調は消え、ダウパー村独特の方言が丸出しになるサシャ。しかし、乾杯の音頭もお構いなしに一斉に食堂は滅多にお目にかかれない肉の登場にあっという間に雄たけびと混沌渦巻く戦場と化したのだった。ここは壁内の筈なのに。巨人が出たと言えば違和感が無い程の騒乱状態だ。

「落ち着けよ、均等に分けるんだよ!!」
「オイそれはでけぇから2枚分だ!」
「ダメだ!! お前は槍がヘタクソだろ!? 期待できねぇから俺に譲れ!」
「何だと!?」

 マナーも乾杯の音頭もお構いなしに一斉に肉の争奪戦がはじまり、誰もが肉を食べ損ねて堪るかと血走った眼で醜い争いが各テーブルで展開していた。特に波乱に満ちていたのが……。

「てめええええぇ〜っ!!! ふっざけんじゃねぇぞっ芋女っ!!!! 自分が何してっかわかってんのか!?」
「ん――! ん――!」

 目の前の肉に正気を失ったサシャは何とあろうことか各テーブルに一塊の肉に勢いよく、まるで人間を捕食する巨人の様にかぶりついていたのだ。その目は完全に理性を失っているじゃないか。
 何とかやめさせようとコニーが背後からヘッドロックしているが、コニーの腕の血管が浮くほど力を込めているのにサシャは肉をそれでも口から放そうとしない…。このまま力を籠め続けたら本当にサシャの気道が圧迫されるか最悪、首の骨が折れる。こんな大事な作戦の前に肉奪還作戦で死者が出る勢いだ。

「やめてくれサシャ……! 俺……お前を殺したくねぇんだ……!!」
「ん〜! ぐうううう! ぐああああ〜!!」

 大事な班の仲間を絞め殺す罪悪に涙を流すコニーだが、もうかなりの力で首を絞めているにもかかわらずサシャは未だに意識を失わずにいる、もうその声は届かない…。

「一人で全部食う奴があるか!?」

 急いでジャンがサシャが食らいついて離れない肉を引きちぎるように奪い返すと心ここに在らずのサシャはあろうことか肉を奪ったジャンの手を肉と勘違いして噛み千切る勢いで噛みついてきたのだ。

「あああああああぃ!? 食ってる食ってる食ってる!!!」
「サシャ!? その肉はジャンだ!! 肉の種類もわかんなくなっちまったか!?」

 その様子を見つめながら兵団内で一番優遇されている兵団出身のマルコは周囲に肉争奪戦騒ぎを見つめて呆然としている。

「調査兵団は肉も食えなかったのか……不憫だな」

 マルロがムシャムシャと肉を頬張っていると、サシャが暴れ、その拳がマルコの顔面に命中したのだ。

「あっ」

 バキッと言う音と共にマルコ顔面に命中した鼻の太い血管でも壊したのかものすごい勢いで鼻血がまるで噴水の様に噴き出したのだ。

「コニー……、早くサシャを落として」
「やってる! けど、コイツ意識無いのに動いてんだよ!!」

 戦場と化す食卓の中でマルロは鼻血を吹き出しているにもかかわらず冷静なミカサが早くサシャの意識を落とせと、コニーに促す。しかし、唸り声をあげるサシャはもう誰にも止められない。
 そう言っている側からサシャの拳が今度はミカサの腹に命中するが、さすが人類最強に負けじと毎日筋トレに入念なミカサのバッキバキに鍛え抜かれた腹筋はびくともしない。

「オイ……負傷者が出てるぞ……」
「誰だ? 肉を与えようって言ったのは……、こんな大事な作戦前に……」
「すいません…奮発して2か月分の食費をつぎ込んだのがよくなかったようです」

 静かに何食わぬ顔でむしゃむしゃと肉を食べる幹部たちは遠巻きにその争奪戦の行く末を見つめていた。周囲は争奪戦と化しており、とてもじゃないが関わるだけ作戦前にこの争いで命を落としかねない程危険だ。

「大変、市民の人にこんなところ見つかったら……大事な作戦前に負傷者が出る。止めさせなきゃ……」
「ああ、いいよ、ウミ。それよりもめったに食べられないんだから好きにさせておきなよ」

 肉をめぐって兵士達でし烈な争いが繰り広げられる中、それを心配そうに見つめるウミにハンジはわざわざ巻き込まれれに行くことは無いと、それよりも今この目の前の肉を奪われる前に食べきろうと幹部組でひとまずは肉を食っていた。しかし、こんなところをもしリヴァイが目撃でもしたら。
 周囲を見渡しながら、ウミはリヴァイの面影を変わらず探していた。彼と二人きりで居て彼が居ないとこんなにも不安で仕方のない自分がそこにはいて。
 彼が居ないことを気にしながらも、栄養価の高いローストビーフは本当に美味だ。舌鼓を打ち、大事な作戦前だからこそ、最前線を走る彼にも栄養価の高いものを食べて欲しいと考えていた。

「どうしたの、ウミ? まさか美味しくない……!? 駄目だよ作戦前にちゃんと腹ごしらえしておかないと、ただでさえこの二カ月で痩せちゃったんだから……肉付き悪いとリヴァイの身体だと筋肉当たって痛いでしょ!?」
「ハンジ!! あ、うん……。ごめん、お肉はすごく、美味しいよ……柔らかくて……でも、その、リヴァイは……やっぱり来ないよね……って」

 いつ死ぬかもわからない、自分の余命の話や仲間や任務よりも自分の夢の行く先を追い求めるエルヴィン。そんな状況下で間近に迫る失敗の許されない奪還作戦、とてもじゃないがそんな思いを抱えて肉にかぶりついたり、肉を奪い合い、最後の晩餐会を楽しむ部下たちを遠くで微笑ましく見守るような気分ではないことは分かっている。

「あぁ、リヴァイなら大丈夫、リヴァイ達にも用意されてるよ、きっとエルヴィンと二人で食べて居るんじゃないかな」
「エルヴィンと……! そっかぁ……それならいいんだ、」
「せっかくの料理だしちゃんと届いてるはずだよ。ほら、リヴァイは静かに食事するタイプだろうし」
「そうだね、食事は静かにするのが好き……かも」
「もしかしてエルヴィンに嫉妬してる!? ははははっ、本当にアツアツだね。そんな顔しなくても帰りはちゃんと奥さん迎えに来るだろうし、二人の愛の巣でせっせと小作りしなきゃだもんね」
「は、ハンジ……っ!」

 からかわれて真っ赤な顔で否定するウミの小さな頭を撫でながらハンジは努めて明るく振舞っていた。ウミが今こうして病魔に蝕まれているなんて、とても信じられない、信じたくなかった。そんな話を聞かずに居ればどこからどう見ても幽閉生活で多少やつれたが全然元気に見えるのに。俄には信じ難かった。
 そんないつどうなるかわからない身体で彼女が作戦に参加するのを止めたのはハンジだったが、リヴァイはウミの願いが故郷に帰る事だと、だから連れて行くと悲痛なお面持ちで告げた。だからこそ、思案してエルヴィンと結託してウミとリヴァイをせめてこれまで出来なかった事を実行し、元調査兵団本部の古城に二人きりにしたのだった。

「ウミはいいのか? リヴァイと食べなくて」
「うん、いいの……。さんざんこの数日一緒に居させてもらえたから……今は私よりもエルヴィンと二人きり水入らずで落ち着いて食事して欲しい…から、」
「そうだよな、そもそもあのリヴァイが調査兵団に入ったのはエルヴィンがきっかけだったもんな……」

 そう。リヴァイにとって、エルヴィンの存在は彼が地上に出るきっかけにもなった。ウミの存在とはまた違うが、それ以上に彼に影響を与えた本当に大きな存在である。彼はエルヴィンとの出会いを経て調査兵団に入団し、そして最初はリヴァイは地上の居住権を得るためにエルヴィンの命を狙っていた。しかし、そのことが原因で彼は永遠に仲間を失った。
 そう後悔しながらもエルヴィンはリヴァイを調査兵団へ招き、そして自分が居なくなってからもリヴァイは調査兵団で戦い続け、そしてハンジや幹部たちと絆を深めて今があるのだ。
 強い信頼関係で結ばれたエルヴィンとリヴァイ、しかし、リヴァイの脅しにも屈することなく隻腕の状態でシガンシナへ向かう事がどんな意味を持つか。絶対など存在しない、二人でゆっくり過去の思いで話でも語らっているのだろうか。良き友人でもあるリヴァイの剣を振るう理由でもある彼と。2人の間にできた信頼関係、其処には誰も立ち入ることは出来ない。

「これでいいか?」

 負傷したジャンに代わりコニーはエレンの手を借りつつ、鍛えられた兵士二人で何とかサシャを柱に縛りつけた二人はしばりつけられてそのまま気を失っているサシャを見て安堵していた。

「やっと力尽きた……。しかしこんなクズでも以前は人に肉を分け与えようとしてたんだよな……」
「え? いつだよ」
「3ヶ月前……固定砲整備のあの日だよ」
「あぁ……」

 コニーが話し始めた解散式の翌日の訓練でエレンは五年前の悪夢を呼び起こされた。三カ月前の記憶を辿りながら、サシャと交わした言葉、そしてその後に背後から突如として現れた超大型巨人に扮したベルトルトめぐる記憶がもうだいぶ昔の事のように感じられ、その姿を重ね合わせていた。

――「上官の食糧庫から……お肉盗ってきました。大丈夫ですよ。土地を奪還すればまた……牛も羊も増えますから」
「あぁ……」
――「ウォール・マリアを奪還する前祝いに頂こうってわけか! 食ったからには腹括るしか無いもんな!!」
――「オレもその肉食う!!」
――「わ……私も食べるから! 取っといてよ…!!」
――「まただ……。また、巨人が入ってくる…!」
――「消えた!?」
――「気の毒だと……思ったよ……」

「オイ! エレン」
「あ、あぁ……あれから…まだ3ヶ月しか経ってないのか」
「まだ3ヶ月だ。でも、3カ月で俺達あのリヴァイ班だ。スピード出世ってやつだよな?」
「お前は天才だからな、」
「当ったり前だろ」

 エレンがコニーのスキンヘッドに手を置くと、コニーがエレンの腹をパンチしてお互いの成長を冗談交じりにたたえ合う。

「さ、食おうぜ、飯が冷めちまうよ」
「んんっ!? んん〜っ!!」

 そんな二人の会話を聞きながら建物の柱にぎっちり縛り付けられこれ以上肉と間違えて人を喰わないようにと猿轡を噛まされたサシャが目を覚ましていた事も知らずに…。2人が会話していたその一方では奪還作戦で前衛に出ると譲らないマルロに対し、実戦経験と共に死の淵に何度も足を踏みかけたジャンがそれは新兵なのだからと、無駄に死に急ぐなと諭しているようだった。
 彼も様々な困難に遭遇しながらも死地を潜り抜けてきた。マルコが遺した言葉の通りにジャンは強くないからこそ、同じ立場で人に寄り添う兵士へと成長していた。

「だからお前はまだ何の経験もねぇんだから、後衛だって言ってんだろ?」
「確かに俺はまだ弱いが……だからこそ前線で敵の出方を探るにはうってつけじゃないか?」
「何だ? 一丁前に自己犠牲語って勇敢気取りか?」
「しかしその精神がなければ全体を機能させることができないだろ?」
「あのなぁ……誰だって最初は新兵なんだ。新兵から真っ先に捨て駒にしてたら、次の世代に続かねぇだろ? だから…お前らの班は後ろから見学でもして、生きて帰ることが仕事なんだよ。まぁ〜、一番使えねえのは、一にも二にも突撃しかできねぇ死に急ぎ野郎だよ。なぁ?」

 その会話に耳を傾けていたアルミンに凭れかかりながらその奥に腰かけたエレンに明らかに嫌味を言うかのように、突然ジャンが絡んで来たのだ。

「ジャン……そりゃ誰のことだ?」
「お前以外にいるかよ? 死に急ぎ野郎は……」
「それが最近わかったんだけど……オレは結構普通なんだよなぁ……そんなオレに言わせりゃあお前は臆病すぎだぜ? ジャン」

 まるで3ケ月前の訓練兵団解散式の夜と全く同じような光景が広がって居る。睨み合うジャンとエレンは今にもお互いにまた取っ組み合いをおっぱじめそうな雰囲気が漂っている。

「いい調子じゃねぇか!! イノシシ野郎〜!!!」
「てめぇこそ何で髪伸ばしてんだ!? この勘違い野郎!!」

 終いには勢いよく立ち上がる2人、互いの胸ぐらを掴んで今にも殴り合いの始まりそうな雰囲気だ。

「おおい、なんだなんだ??」
「もう作戦は明日決行だぞ、顔以外にしとけよ〜」

 大事な決戦前だと言うのに相変わらずな二人。殴り合いに発展しそうになり、周囲も一体何だと服が破れる勢いで胸ぐらを掴み合う2人をぼんやりと見つめている。

「てめぇ!!!」
「破けちゃうだろうが!!」

 そんな二人の様子を冷静に見守るマルロに、また始まったと。アルミンは長いため息をついていた。こうなる前はフランツが喧嘩になりそうな二人を引き離して止めてくれていたことを思い出しながら、ハンジ達と同じテーブルに居るウミがまた二人を止めに入るのだろうと思っていた。

「あいつら何やってんだ?」

 訓練兵団時代からおなじみの光景を知らないマルコの問いかけに誰も答えず。エレンがジャンの腹に一発を見舞うと、それに続いてジャンもエレンに一発

「オラッ!!!」
「この野郎ううう!!!」

 とうとうエレンとジャンの喧嘩が始まり、訓練兵団時代からの名物である二人の殴り合いに周囲のやじ馬たちも盛り上がっていく。

「根性見せろ!!」
「腰引けてんぞ!?」
「下手クソーー!!!!」

 胸ぐらを掴んだ手は離さないまま、ボコボコに殴り合う2人を見つめながら周囲もヤジを飛ばしてその乱闘を盛り上げていた。

「おい、何か始まったぞ……?」
「騒ぐなって言ったのに……」

 遠くからその光景を見ていた幹部たちもいきなり始まった乱闘に眉を寄せている。市民に見つからないようにと最初にきちんと念を押していた筈だったのだが…。血気盛んな若者たちがそんなのを聞き入れるはずもなく。エスカレートしていく。

「全くあの2人は……」
「ウミ、ダメダメ、君は行かなくていいから。巻き込まれたら大変だし、もうそろそろお開きだから……」
「うん……でも、訓練兵団時代からあの二人の喧嘩を止めるのは日常茶飯事だし、それくらいなら大丈夫だから、」

 大事な決戦前にお互いが大怪我をしたらどうするのだ、エレンは巨人化能力を有しているから幾ら怪我をしてもいいと言うわけでもない。
 ジャンは自分自身が強くないと分かっているからこそ、彼目線で閃く作戦や知恵はこの先にも欠かせない。そんな二人を見かねてウミがたまらず立ち上がる。2人の乱闘を止めるのは今はウミの役目だ。
 ハンジに止められたが、ウミはゆっくりとアルミンたちの元へと近づいた。

「皆……」
「ウミ!」

 結局彼らには自分の罪を話すことがないままハンジに頼まれて古城に向かってしまったのでこうして104期の子たちと話すのは久しぶりだ。すれ違いのまま決戦間近まで来てしまったが、しかし、彼らはウミが捕縛された事、そしてその証拠が不十分という事で保釈されたとハンジから聞かされていたのだった。周囲には気まずい空気が立ち込めるが、今はそれよりも二人の喧嘩を止めねばならない。

「マジな話よぉ……」
「あぁ……?」
「巨人の力が無かったらお前何回死んでんだ……? その度に……ミカサに助けてもらって……!! これ以上死に急いだら――……ぶっ殺すぞ!?」
「――それは…肝に、銘じておくから!! お前こそ、母ちゃん大事にしろよ!? ジャンボォオオ!!!」
「それは忘れろぉおお!!」

 終いには殴りあう二人の会話はミカサに淡い思いを寄せるジャンの嫉妬に駆られた言葉やらが飛び交い最後にはジャンの母親のネタまでが飛び出しジャンは少し恥ずかしそうになりながらエレンのワンツーパンチを腹に喰らいながらもエレンにも一発お見舞いする。
 レバーに命中し、胃袋の中に収まった滅多に食べられない肉なのに思わずえずきそうになる。早く止めなければ、再会もそこそこに二人に向かって声を張り上げようとしたウミをミカサがゆっくり止めた。

「ウミ、いいよ」
「えっ、止めなくていいの?」
「……うん……いいと思う」

 そう言われて黙って二人の喧嘩を見守るミカサとアルミンとウミ。お決まりの2人の殴り合う光景が今は懐かしく感じられた。それを見守るメンバーもかなり減ってしまっている中で、今はこの変わらないそのやり取りを眺めていたいとさえ思っていた。

「ウミ……身体は、無事?」
「うん、平気、私は元気だから問題ない、大丈夫だよ」

 ミカサは元気そうなウミの久方ぶりの姿に安堵したようだった。はたから見ても彼女が余命幾ばくもない大病を抱えているようには見えなかった。

「(何で……誰も止めてくれねぇんだ……ウミがここらで止めてくれるはずなのに……)」
「(いつまで続くんだ? ……まずいぞもう肉が出てきちまう)」

 しかし、ミカサは気付いていた。最初に言われたのに宴会が盛り上がりすぎていると聞きつけリヴァイが現われたことを。
 いつも喧嘩両成敗していたウミが喧嘩を止めてくれないから誰も止めに入らないどころか煽る様に盛り上がっているこの状況に次第に辞め時が分からず内心困るエレンとジャン。決戦前に既に満身創痍の状態だ。しかし、これ以上殴り合っていたら本当にもう喉元まで顔を覗かせている肉が…出てきそうだ。

「やっぱり、ダメ、止めさせないと……」

 顔面蒼白のジャンの姿に、やはり止めるべきか。ウミが歩み出した時。それを制した影が低い声で二人を呼び止めた。

「オイ」

 するとどこからともなく現われた黒い影が大病を患うウミの代わりに喧嘩両成敗と言わんばかりに、繰り出した鋭い蹴りが容赦なくエレンの腹のど真ん中に命中し、そして。
 今度はその強烈な下段からの右フックがジャンの腹のど真ん中に命中し、人類最強と呼ばれるリヴァイの力によって二人はなすすべもなく強制的にその乱闘を打ち切られたのだった。腹に思いきりフックを喰らったジャンは喉元まで来ていた肉をオロロロロロと音を立てて盛大にリバースし床を汚してしまう。
 誰もがその光景とただならぬ雰囲気を纏うリヴァイのオーラに圧倒され、恐怖した。さっきまであんなに騒がしかった兵士たちは恐怖に委縮し、一斉に黙り込んだ。

「……お前ら全員はしゃぎ過ぎだ。もう寝ろ……あと。掃除しろ」
「……了解!!」

 そそくさと食堂から抜け出して兵舎に戻る兵士達。真っ青な顔で倒れ伏したエレンとジャン、それぞれを引きずりながら人類最強のひと声で宴会はお開きになったのだった。人類最強に前にひれ伏した2人の姿を見て命の危険を感じ、退出する兵士たちだが、唯一肉に理性を失い獣と化したサシャは柱に縛り付けられたまま置いて行かれそうになる。

「オイ、ウミ、何処に行く、帰るぞ」
「あ、うん……ちょっと待って、サシャを助けなきゃ……」

 リヴァイの機嫌がすこぶる悪いのはこちらから見ても明らかである。エルヴィンと何かあったのだろうか…。それとも決戦の前で猛ぶった心を抑えきれないでいるのか。彼の真意を測りかねるウミ。
 しかし柱に縛り付けられているサシャをこのままにしておくのはかわいそうだと縛られていたサシャを解放してやるとサシャは二カ月ぶりのウミとの再会。旦那様であるリヴァイのそれは鋭い目線を感じながらもサシャは半泣きでウミの身体に勢いよく抱き着いてきた。

「ウミ〜!!!! 助かりました……本当に、本当にウミは私の恩人ですよ……。ありがとうございました。そしてお久しぶりです……」
「うん、サシャ、相変わらずで安心したよ」
「元気そうでよかったです。急に会えなくなって、誰に聞いても教えてくれないし、本当に、心配したんですよ……」
「ごめんね、サシャ……黙って居なくなって…それで、実は……」

 自らの口でなぜ突然姿を消したのか、その経緯を説明しようとしたが、それを遮ったのはウミと訓練兵団時代から今に至るまで共に過ごした新リヴァイ班のメンバーだった。

「ウミ、もうお喋りはしなくていいから」
「全部ハンジさんから聞いたよ。ウミが大変な目に遭っていたのは…僕たちの所為で……本当に、ごめん……」

 気絶したままのエレンの腕を肩にかけて涙ぐむアルミンにウミはもうとっくにこの子たちは知っていたのだと、未だ若く未来のある少年少女たちは既に自分の罪や過ちを知ってしまったのだと噛み締めながら事実を知り優しい彼らがいつかこの事を思い出して胸を悼めるのではないか、その不安はもう既に受け入れられていた。

「ごめんなさい、」

 謝るばかりのウミを気絶した自分の嘔吐物まみれのジャンの腕を肩に担いだコニーは首を振る。輪になり誰も彼女を責める者はいない、彼女はエレンとミカサとアルミンを食べさせるために奔走していた。その肢体がいつも頼りなさげに見えたのは彼女の根っこの強い部分、無理してこれまで走り続けていたウミを見守る人類最強が居るからこの先何が起きても彼女は大丈夫だと、誰もが信じていた。
 彼女の余命が幾ばくも無い事実も知りながら、優しいからこそその事を口にはせずに自らの罪は正直に明かす、ウミの前では誰もが彼女がこれまで笑顔と優しさを振りまいてきたように、優しさが伝染して。
 穏やかな空気で満ちていた。これがウミが歩んできた五年間、彼女が彼らと強めてきた絆に自分は立ち入ることは出来ない、まだ半分残った酒が入った樽ジョッキを片手にリヴァイは静かにその場に背中を向けた。

「いて――……」
「しっかりして、エレン、ごめんね。幾ら巨人化能力を持ってるからってアバラが折れてるかも……私からもリヴァイにしっかり伝えておくから……」

 積もる話もあるし暫し新兵で談笑、という雰囲気ではないまま、またリヴァイが乗り込んできたら命の保証がないと明日も早いからとそそくさと解散した。ジャンはコニーとサシャとマルロに任せ、アルミンとウミに腕を肩に回して担がれたエレンは外の夜風を浴びてようやく目を覚ました。
 リヴァイに思いきり蹴り飛ばされた腹には大きなあざが出来ている。しかし、巨人化能力を有するエレンであれば何ら支障はない。ジャンはせっかくの肉料理をリバースしてしまっていたが。

「……自分で言うのもなんだけど、オレもっと大事にされた方がいいと思う」
「むしろケガしてもすぐ治るからな――……って思って見てたよ」
「ヒデェ話だ……」
「自分から仕掛けたくせに」
「でも……元気が戻ったね」

 ジャンと殴り合い元に戻ったエレンの表情にアルミンもにっこりと笑顔を見せている。エレン、アルミン、ミカサ、そしてウミ、四人で階段に腰かけ夜の冷たい風に吹かれながら見上げた星々の光が彼らの瞳を鮮やかに照らしていた。

「うん。教官に会って良かったよ……オレは……別に……、元気があろうとなかろうと、やることをやるつもりだ。でも……そうだな。楽になったよ。考えてもしょうがねぇことばかり考えてた。何でオレにはミカサみてぇな力がねぇんだって、妬んじまったよ……オレはミカサやリヴァイ兵長にはなれねぇからダメなんだって……でも兵長だってお前だって一人じゃどうにもならないよな…だからオレ達は自分にできることを何か見つけて、それを繋ぎ合わせて大きな力に変えることができる……人が人と違うのは、きっとこういう時のためだったんだ」

 腹をさすりながら今も痛むのか苦し気だが、その表情はレイス家の地下礼拝堂で自分は特別でも何でもない人間だと落ち込んでいたエレンの泣き顔は消え、どこか晴れやかだった。そう、この世界の命運を握っているのはエレンだ。ここで立ち止まっていてはそもそも彼なしにこの作戦は成り立たない。
 アルミンはいつも街の悪ガキたちに虐められ泣いてばかりでやり返すことも出来ずに屈していた弱かった頃の自分を思い返していた。

「うん……。きっとそうだ」

 その時、解散式と同じ、目の前を横切る駐屯兵があの時のハンネスに重ねて見えたエレンたちは思わずハンネスが帰って来たのかと錯覚してしまい掛けたが、ハンネスはもうこの世にはいない。もう、あの日と今は、違う…。ミカサが静かに普段沈黙している形のいい唇を震わせていた。

「ウォール・マリアを取り戻して…襲ってくる敵を全部倒したら……。また戻れるの? あの時に……」
「戻すんだよ。でも……もう全部は帰ってこねぇ……ツケは払ってもらわねぇとな」
「……そう」
「それだけじゃないよ……海だ。商人が一生かけても取り尽くせないほどの、巨大な塩の湖がある。壁の外にあるのは巨人だけじゃないよ、炎の水、氷の大地、砂の雪原。それを見に行くために調査兵団に入ったんだから……!」

 幼少の頃からアルミンが祖父の本を手にこの壁の外の話を言い聞かせていた。その夢を話すアルミンの青く輝く大きくて愛らしい瞳はまるで父親の仮説が正しかったと、純粋にその夢を追いかけるエルヴィンの瞳と重なって見えて、眩しく見えた。

「あ……あぁ。そう……、だったな……」
「懐かしい……アルミンのその話、お父さんに聞けばよかったね……」
「そうだね、でも、もうウミのお父さんはいない、……だから! まずはシガンシナ区を取り戻したら、僕たちで海を見に行こうよ!! 地平線まですべて塩水!! そこにしか住めない魚もいるんだ!! ウミもエレンもまだ疑っているんだろ!? 絶対あるんだから! 今に見てろよ!」
「しょうがねぇな。そりゃ実際見るしかねぇな」
「約束だからね!? 絶対だよ!? ウミも、一緒じゃなきゃ意味が無い、みんなで行こう! もしリヴァイ兵長が危ないからウミはダメだって言っても僕が連れて行くよ!」

 興奮したように立ち上がり言い聞かせるようにまくしたてるアルミンに対して何のことかわからないミカサだけが膝を抱えてぼそりと呟いた。

「……また三人しかわからない話してる」

 その扉の向こう。四人の様子を静かに見守るリヴァイの姿があった。



 今までの人生は全てこの瞬間の為、彼に出会うために自分は生きて来たのだ。城に戻るなり、リヴァイは早急にまたウミをいつもよりも大切に、いくつしむように抱いた。自分の欲のはけ口ではなく、丁寧に優しく。
 今まで感じたことの無い快楽で満たしたい……。きつくもつれ合うように、深く抱き合いながら2人は離れる隙間が無い様に今まで何百回もそうしてきたように、深く強く抱き合いながら何度も、何度も、空が白むまで深い口づけを交わした。

「リヴァイ…あなたに出会えて、本当に。よかった……」
「俺もだ……ウミ」

 このまま時が止まるなら……永遠に見つめ合っていたい。額と額を重ねてその両目に自分が映る。サラサラとした髪に触れ、互いの匂いを鼻腔に閉じ込め、肌の温度を重ね、もう二度と、永遠に離れないように、お互いの存在をもっともっと、五感で感じたい。もし、この命が潰えたとしても、これまで歩んできた証は消えない。
 世界でただ一人だけの存在であるお互いをこれからも忘れることは無い。

「お願いね、その時が来たら…あの子と同じお墓に埋めて欲しいの…これからもあの子と一緒に、あなたをずっと見守っているから、…アヴェリアと…一緒に…」
「懐かしいな…どっちのガキが生まれてもいい様に…考えた名前だ」

 死ぬことは寂しくは無い、いつかは楽園へ向かう暫しの別れだ。愛し愛された記憶の中でこれらかもこの幸せを胸に生きていける。



 そして。いよいよ来たるべき決戦前の最後の日没に照らされて輝く巨大な新兵器地獄の処刑人が輝く中で静かに作戦が始まった。壁上の上空を巡るこの太陽が夜闇に溶け、ゆっくりと沈んでいく中で、ナイルやピクシスたちが激励の意味を込めて。これから始まる戦いを前に幹部達それぞれが決死の奪還作戦へと向かう調査兵団に激励の心臓を捧げ、調査兵団達も敬礼を返しそれぞれ別れた。
 トロスト区の壁上からリフトで次々と馬や馬車がマリア領へと下ろされていく。その様子を見つめながら沈みゆく夕日を浴びてリフトでトロスト区壁上へ向かうハンジ達に向かってフレーゲルの大きな声が響いたかと思えば極秘で指導する作戦を聞き付けたフレーゲルがトロスト区の住人や危機を救われたシーナのオルブド区の住人も続々とトロスト区に集まりこれから決死の作戦へ向かう調査兵団達に向かって声援を送ったのだ。

――「うおぉぉい!!! ハンジさぁぁ〜ん!!! 頑っ張れぇぇえええ〜〜!!!!」
「フレーゲル、」

 リフト下では駆けつけたフレーゲルがハンジに声援を送れば、それを皮切りに次々と調査兵団に向けて声援が送られる。

「ウォール・マリアを取り返してくれぇぇ!!」
「人類の未来を任せたぞぉおおお!!」
「リヴァイ兵長!! この街を救ってくれてありがとお!!」
「全員無事に帰って来てくれよ〜!!」
「でも領土は取り戻してくれぇえぇぇ!!!」

 次々向けられる声援は紛れもなく今まで税金泥棒やいたずらに兵士を死なせる集団だと、三ケ月前無念の帰還を果たしたあの時とは180度違う。

「勝手を言いやがる……」
「まぁ……あんだけ騒いだらバレるよね」
「それが……リーブス商会から肉を取り寄せたもので…」
「フレーゲルめ……」
「うぉぉぉおおぉ!!」
「「任せろおおおおおおおおおお!!!」」

 市民たちからの声援を受けてその声にコニー・サシャ・ジャンの三人が呼応するかのように雄たけびで応える。
 その光景を見つめながら、思わず胸が熱くなりたまらずこみ上げる熱いものを感じながらウミは我慢できずに泣きだしてしまう。
 今まで生きてきた中でこんな風に調査兵団が民間人に罵声以外の温かな言葉を賭けられた経験などこれまで皆無だったから尚更胸いっぱいに染み込み込み上げるものを抑えきれなくなる。リヴァイ以外の前で泣かないと決めた筈なのに、本当に自分はいい意味で弱くなってしまった、彼のお陰で。

「チッ、泣くな。未だ作戦も始まっちゃいねぇのに」
「ごめん、なさい……」
「まぁ、でもウミが泣く気持ちもよくわかるよ。飛んでくるのは罵声か石ばかりだったもんな……これまで生きてきた中で調査兵団がこれだけ歓迎されるのはいつ以来だ?」
「さてなぁ……。そんな時があったのか?」
「私が知る限りでは…初めてだ。うぉぉおおおおおおお!!!!」

 幹部組達が贈られるエールを受けながら、エルヴィンも感極まったのか、住民達からのその声に大声で応えたのだ。思わず隣にいたウミがぎょっとして耳を塞ぐほど、エルヴィンも拳を突き上げ、万感の思いで叫んだ。普段常に落ち着いているエルヴィンも初めての声援を受け感極まったのだろう、サシャジャンコニーの三人の歓声を一人で食ってしまい、エルヴィンの姿にリヴァイやエレン達も一体何事かと言わんばかりの眼差しで見つめ驚いている。

「うおおおおおおおお!!!! ウォール・マリア最終奪還作戦――!! 開始!!」

 剣を高らかに掲げ、エルヴィンの掛け声で最後の奪還作戦が始まった。

「おおおおおおおおお!!!」
「進めえぇぇぇぇ―――!!!!」

 リフトが次々と降ろされ、次々と自由の翼を背に抱えた兵士たちは馬へ跨り先陣を切ってエルヴィンの掛け声と共に自由と取り戻す為、馬の嘶きが響き渡る中決戦の地であるシガンシナ区へ向かって進軍を開始した。
 沈みゆく夕日を見つめていたのは自分達だけではない、シガンシナ区の壁上。遥か遥か、ここではない、ここからは見えない遠くの故郷へ思い馳せ、南へ目線を向け佇むライナー・ベルトルトの姿があった。

SECTION.3 −Vorstoß ins Paradies−
NEXT SECTION To be continue…


 まずは半年間、アニメ2クール分のseason.1をも超えたseason.3をここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
 昨年の12月に開始した王政編、本当にここに至るまでゴールも遠く感じ、とても厳しく長い道のりでしたがようやく完結まで辿り着くことが出来ました。ここに至るまで本当に長かったです。しかし、こうしてなんとか形にし、終えることが出来てほっとしております。
 今ではMISSYOUに並ぶ拙宅の看板連載となりつつある「BALLAD」その中でも今回のseason.3がこんなにも長丁場になるとは思っていなかったので、管理人が驚いております。
 ここに至るまで筆が折れる事もありながらもコツコツ進めてきました。長くなりつつある中で、ここまでお付き合いいただき本当に皆様には感謝の思いでいっぱいです。
 衝撃展開の果てにとうとう別れの地でもある激戦の地へ向かう2人が少しでも穏やかな時間を過ごせるように。
 普段は無音で執筆しているのですが、個人的に今回のSECTION.では西野カナさんの「このままで」という曲とB'zの「Pray」をBGMに聴いておりました。とてもいい曲なのでぜひ。
 二人の結婚式や空白の時間を取り戻す六日間などの掘り下げた話は裏サイトや番外編などで追々補完していけたらなと思います。
 さて、次回からはシガンシナ区決戦に入ります。
 原作も最終回が近いと言う事で、原作と同時にこの連載夢も終われたらいいなと個人的に思いながら始めたのですが…自分でもこんなに長くなるとは思わず、いつの間にか100話目前まで迫る勢いで…応援してくださる方、メッセージを下さる方、本当に感謝の思いでいっぱいです。
 10年以上前に完結させたMISSYOUの時の熱量を果たして今の自分は超えられるのか…「リヴァイ兵長」を幸せにしたい、その思いで最後まで走り抜けますので…。まだまだ文章も稚拙で未熟な管理人ですが、今後も一層の事たゆまぬ努力を継続していきたいと思っておりますので、引き続きよろしくお願いします。それでは、シガンシナ区決戦でお会いしましょう。

2020.05.31
「ETERNITY」咲哉.
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