THE LAST BALLAD | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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#87 彼女は彼女に殺された

 命の灯が消えるその瞬間まで。自分はきっと彼女に手を伸ばすのだろう。求めていた存在、最愛のウミと離れゆく距離、もうあの日々は戻ることは無い。彼女の願いはこの壁上からは見える事のない、はるか遠くにそびえる故郷の大地に立つこと。願いは果たされぬままここで潰えると言うのだろうか。
 その存在が、自分にとってどれだけ大切であり、何にも代えがたい存在だとしても。半身でもある彼女の大きさは何にも変えられない。
 そんな中でも自分は兵士長としてこれから始まるウォール・マリアの奪還作戦に向けて。最終調整とクーデターの間に放棄していた雑務の処理に追われていた。
 多くの苦難と共に、エレンが決死の思いであの時、身に着けた硬質化の能力は今までにない大砲や調査兵団の立体機動装置よりもさらに有効な対巨人兵器をこの世に生み出したのだった。トロスト区では今まさに歴史的新兵器の誕生を今か今かとすっかり興奮しきった様子のハンジが待ちきれないと言わんばかりに嬉しそうに待機している。

「いいぞ! もっと首を突っ込め……」

 その実験の瞬間にはリヴァイも立ち会っていた。万が一エレンが暴走すればそれを止めるのは自分の役目である。しかし、エレンの横で同じように新兵器の完成度を見つめるその目はどこかここではない遠くを見ているようだった。
 アッカーマン家復興のために手を取りこれから歩いて行こうと約束を交わしたその矢先、囚われの身となったウミ。
 あなたの為に生きたい。この心臓は、あなたのために捧げたい。と、そう微笑んでいた優しい彼女の犯した罪。互いに離れてからも男はウミの事を片時も忘れたことは無いまま。だが、もう月日が流れ作戦が進み調査兵団はもう誰に支配される事もなく自由。
 過去と決別し、叔父で会ったケニー、そして明かされた事実。腹違いの弟の存在。自分の手を離した彼女が今も冷たい鉄格子の牢屋の中で泣いているのではないかと思うと、やるせなくさせた。彼女をあんなうす暗い牢屋から出してやりたい、しかし、それは兵士長としての立場、身分では許されざる願いだ。今自分が出来る事はエレンが覚醒した事でようやく会得した硬質化能力。
 その能力を用いた実験である。ウォール・マリア奪還作戦の為の布石、準備作業は既に開始されている。順路開拓、そして新兵器の開発にハンジはすっかり夢中でハンジの興奮した声で多くの技術班が新兵器の開発に急ぎ駆けずり回っている。
 エレンの硬質化によって、作り出された蜘蛛の巣状に広がるその中に巨人の囮である兵士が待機しており、人間を捕食すべくやってきた巨人が顔を突っ込んでいる、そしてその上空にあるのはエレン巨人の硬質化の成分により生まれたものを大きくて長い丸太状のものが上空から罠にかかろうとそろりそろりと歩み寄る巨人を見つめていた。

「今だ!!」

 その合図と共に吊り上げられていた硬質化で出来た大きな丸太状の物がぶら下げられていた縄を斧で勢いよく切った。その瞬間、勢いよくその硬質化で出来た巨大な丸太がエサである人間につられてそこが自らの断頭台とも知らずに溝に首を突っ込んでいたうなじに向かって勢いよく落下したのだ。

「おおおお……!! うなじに当たったぞ…損傷の度合いは悪くなさそうだ……。よし、今度こそは……!!」

 手ごたえを感じ、ハンジは思わず拳を握り締める。固唾をのんで、その様子を見守る調査兵団。周囲には巨人から放たれる蒸気が立ち込めどうなったのか実験の結末は見えない。どうやら実験は上手くいったようだ。
 ハンジが嬉しそうに飛び跳ね喜びを露わにしたのだった。王政の革命、あれから二カ月が経過し、偽りのフリッツ王政が崩壊したことで壁内は急速にこれまで妨げられてきた技術の発展が急ピッチで進められていた。それは目まぐるしい程で、ハンジの顔にも嬉しさの中にロクに寝ていないのだろう疲労の色も濃く、風呂に入る暇もない程だ。

「やったぞ!!! 12m級撃破ぁああああ――はっはっはっ!!!」
「やった……」

 自分の硬質化の実験が自由に出来るようになり新に完成した「対巨人兵器」の誕生にエレンもその場に力なくへたり込む。その顔には緊張と安堵が入り混じりここに至るまで何度も硬質化により巨人の力を酷使したエレンにも疲労の色が現われていた。

「いいぞぉ……思った通りだ! これなら兵士が戦わなくても、巨人を倒していける!  大砲や資源も消費せずに日中フル稼働で巨人伐採しまくりの地獄の処刑人の誕生だあーっはっはっは!! さぁ!! 新聞屋さん方!! またまた人類に朗報だ!! 飛ばせ!! 飛ばせ!! 早いもん勝ちだ!!」

 嬉しさを前面に押し出しすっかり新聞社との親交を深めたハンジがこの明るいニュースを壁内人類にと知らせろとピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねている。

「やったなエレン!! これを大量に造って他の城塞都市にも――……」

 興奮した様子でまくしたてるように。ハンジが振り向くと、エレンは巨人の力を酷使し過ぎたのか、トロスト区で駐屯兵団の前で巨人化しようとした時と同じように鼻からボタボタと夥しい量の血が流れている。巨人化の負荷は未だ若い彼に重篤な疲労となってのしかかっているようだった。そんなエレンにそっと自分の真っ白で清潔なハンカチを迷わず差し出すリヴァイが様子を窺っていた。

「エレン!? どうしたの、大丈夫かい!?」
「おそらく巨人の力を酷使し過ぎたんだろ。このところ硬質化の実験ばかりだったからな。こいつが生み出す岩が無限にあるとは思わない方がいい。こいつの身を含めてな」
「……すまないエレン……」
「謝らないで下さいよ、ハンジさん。オレが疲れたくらい何だって言うんですか。こんなすごい武器ができたんですよ?」

 エレンが付かれているのにも拘らず実験に夢中で彼の負担までに気が回らずに興奮してはしゃいでいたハンジがリヴァイの言葉を受けて落ち着きを取り戻す中でエレンはハンカチで鼻血を押さえながら力強い眼差しでハンジに訴えかける。

「もっと増やしましょう。誰も食われずに巨人を殺せるなんて……後はウォール・マリアさえ塞げばこいつで巨人を減らし続けて、ウォール・マリアから巨人を一掃できる。早く……武器を揃えて行きましょう、シガンシナ区に」

 ウォール・マリア、そして故郷があるシガンシナ区への奪還に向けて。この壁のもっと先に待つシガンシナ区へ思いを寄せる。ただそれだけ、そして、早く壁の外へ行こうとエレンは自らを奮い立たせていた。その目に宿る強い意志、もう迷わない、何としても取り戻すのだ。

「リヴァイ、」

 成功により今日の実験を終えたリヴァイにハンジが声を掛けた。その表情には疲労が見えているが、これから地獄の処刑人誕生と新兵器の開発の関係で技術班の元へ向かわねばならないからだ。ウォール・マリア奪還作戦まで時間が無い、のんきに準備していつまたライナー達が壁を破壊しに来るのかわからないのだから…。
 振り返るリヴァイの表情にはいつもの近寄りがたい覇気を感じられない。

「その……顔色が悪いけど、ちゃんと休めてるのかい?」
「てめぇに言われたくねぇが…ロクに風呂も入ってねぇだろ、」
「いや……それは……まぁ、休める時はちゃんと休んでるから心配しないでよ」
「そうか……」

 リヴァイの隣にいたあの子の笑顔が無いそれが一番の原因であることは理解している。花が綻ぶようなウミが纏う笑顔にどれだけこれまでの激闘の日々に疲れた自分達が癒されてきたのか。

「エルヴィンにも掛け合ってみたんだけどウミの入ってる刑務所は厳重に管理されているみたいでさ…あ、でも、ウミが本当に中央憲兵と繋がっていて、そして壁内で壁の事実を知ろうとしていた人間を密告していた証拠も不十分で不起訴、扱いになれば収容所への移動はもしかしたら免れるかもしれないよ」
「……そうすればあいつは戻ってくるはずだ……」

 この二カ月、ウミとようやく堂々と歩けると思った矢先の出来事の中でリヴァイが受けた心の傷は五年前にウミが突然兵団から去ったあの時とリンクしてより深い傷を残した。

「あいつは……シガンシナ区で死ぬつもりだ」
「え!?」

 ハンジはサネスとラルフを拷問した時にウミを交わした会話を思い出していた。泣きながらこの世界から消えようとしていたウミ。子供を産むことができない身体でリヴァイと結婚して夫婦になる、それがたまらなく辛いと、結婚したからと言って子供を作らなければいけないわけじゃ無い。
 だが、それは一般の家庭であり、リヴァイとウミは普通の凡人の家庭ではない。アッカーマン家復興の役割が残っているのだ。アッカーマン家には特別な力が流れている。
 それは同じ姓を持つミカサもそう、人類最強と呼ばれる驚異的な身体能力を宿す一族。その血をこの代で絶やしてはいけないのだ。
 その為には世継ぎを残さねばならない。しかし、それはかつて一度宿したはずである彼の子供を失い、心身ともに傷を負っているウミには到底出来ない。しかし、それでもいい、自分は傍に居たい、お互いにもう二度と離れないように…。

「俺にはわかる、あいつも、「死に急ぎ野郎」と同等か……それ以上に……」
「リヴァイ……」

 自分がどれだけウミを離さないと手を伸ばしてもウミはすり抜けて自分ではない、この壁の果てを見つめている。今は亡き父親の出生、そしてその先が知りたいのだろうか。真実を求めて猛進する彼女にこの手は届かない。そして、彼女にはまだ大きな秘密がある。

「ウォール・マリア奪還作戦は近い、それまであいつはこのまま幽閉されたままで居れば……自由は無い、だが、あいつが生きてさえいるだけで、それだけで十分だ。そうすりゃあいつがシガンシナ区で命を落とすことはねぇ」
「うん……そうだね……。私も、その意見には賛成だ。でも、いい加減隠し通すのも限界があるよ、ヒストリアが何とかウミを牢屋から出そうと内通していた証拠が不十分だと主張しているみたいだけど…エレン達がこの事を知れば…」

 自分達の少し先を行くエレンの後ろ姿を眺めながらリヴァイは物思いにふける。ウミの捕縛は遅かれ早かれ何時からか流れた噂などでは知る事になるだろう、だが、これから始まる壮大な作戦、自分達の悲願であり壁内の人類の希望、それが全てまだ若く血気盛んな年ごろのあどけないまだ齢15の少年に圧し掛かっている中で…とてもじゃないが故郷を取り戻したい一心で身を削り続けるエレン達には「ウミが居ないその事実を」知らせないままで居たかった。



 連日の硬質化実験を終え、成功を果たしたエレンは疲労が残る身体を何とか叱咤しながら兵舎に戻って来た。この数カ月間、新兵器の開発と実験で忙しい同期達とは別で硬質化の訓練に日夜明け暮れ疲労が濃いが、これで作戦の準備は整ったと安堵する。
 食堂に行けばジャン達が自分の分の食事を用意して待っていた。この数カ月を通し、多くの調査兵団の幹部や精鋭が続けざまに犠牲になり、人手不足が否めなかった調査兵団。しかし、今回の革命を通して、ヒストリアが女王として即位したことで今まで後ろ盾もなく貴族に媚び入りながらなんとか兵団を維持するための資金繰りを繰り返してギリギリの状態で保たれていた自由の翼。
 しかし、自分たち兵団を潰そうとしていた偽りの王は消滅し、物資や技術などの公費を投じて、リーブス商会が味方になり、そしてウォール・マリア奪還作戦において多くの新兵の募集を始めた事で食堂には見慣れない顔ぶれや訓練兵団時代を共にしてきた新兵などで食堂は賑わい、活気に溢れていた。
 しかし、其処にもウミの姿は無く、エレンは本当にウミは何処に行ってしまったのか、リヴァイやハンジに聞いてもウミは別の訓練をしているとの一点張りでそれ以上の詮索も出来なかった。
 最初は居なくなってしまったウミの話題が多かったが、二か月間も音沙汰無しで、ジャンはいなくなったウミは実はリヴァイが片時も離さないんだ、人類最強が旦那で一生安泰でいいよな。余計な事話してるとまずいからそっとしておこうと言うのでそれからは誰もが口にするのをやめ、今じゃ新兵器の開発やウォール・マリア奪還作戦の進行状況の話題が中心になりウミの名前が出て来ることは無くなっていった。
 どこか上の空のエレンに対し、新兵器の開発実験が上手くいったようでマルロはその威力の凄まじさに大層興奮したように一人盛り上がっていた。

「勝てる……勝てるぞ!!」

 憲兵団から調査兵団へ異動願いを申し出ると言う、ウミの母親以来の選択をしたのはエレンやジャン達の志に感化されたマルロだった。今回の新兵器歓声を喜ぶかのように嬉しそうに周囲の目も気にせず興奮した口調で木樽のジョッキを片手に作戦の成功を噛み締めていた。

「新兵器があれば……巨人なんぞ紙くず同然だ!!」
「ったく……はしゃぎやがって。お前、何が嬉しくて今更調査兵なんかなったんだか」
「そうですよ。せっかく憲兵団になったのに。このまま憲兵に居れば出世間違いなしなんですよ? それに……ヒッチに止められたりしなかったんですか?」
「ヒッチが? なぜだ?」
「なぁぜって……二人は……うふふふふふふ」
「ぶふふ……」
「じゃないですか」

 サシャとコニーが何やら怪しげな笑みを浮かべている。なんだかからかうような口ぶりで突然出て来たヒッチの名前に一体何だと首を傾げるマルロはサシャとコニーの怪しげな笑みの意味を分かっていない。

「……よくわからないがヒッチには「お前は向いてない」だとか、「弱っちいくせにいきがるな」だとか散々なじられたよ…。あげくに俺達はこの体制転覆の功労者だからこのまま一緒に憲兵にいれば美味い汁が吸えるだとか言うばかりで少しは見直してたんだがな……「見損なった」って言ってやったよ」
「……クソがぁ……」
「は?」
「マルロはバカなの?」
「こいつはオカッパ野郎ですね……」

 ヒッチの言葉の裏に隠された意味を分からないマルロに対してミカサに抱いていた淡い思いをエレンに破壊されたジャンはマルロに暴言を浴びせた。誰から見てもヒッチのマルロに対するその言葉は彼の身を案じているのに…。

「何だよ、マルロは間違ってないだろ?」

 鈍感なマルロに皆からの非難が浴びせられる中で同じように鈍感なエレンがそう付け加えた。相変わらずミカサはエレン以外の事には全く興味が無いのか一人黙々とスープに手を付けて食事している。

「とにかく……よく見ろよマルロ、ハシャいでんのはお前と同じ、実戦経験ゼロの編入の連中だけ。歴戦の猛者なんて調査兵団には殆どいねぇんだよ」
「ああ、確かに俺は憲兵から異動してきた新米の調査兵だ。だがこの活気は入団直後にもなかったじゃないかっ!! みんなそれだけ新兵器に手応えを感じてるってことだろ?」

 これまでの自分達が入団してからのほんの数カ月で調査兵団のベテランや精鋭達はほぼ壊滅してしまっているのだ。この状況下での新兵達の招集命令に対してジャンは実戦経験も巨人と遭遇した事もない新入り達に目をやり、のんきに談笑しながら食事をとる彼らにこれから起こる作戦がどれだけ危険な物か。その意識の低さを懸念していた。
 そのジャンの前に、赤い髪の少年兵が姿を見せる。どういった経緯かは知らないが、駐屯兵団から異動してきたフロック・フォルスターだ。エレン達の同期でもある104期生の一員でもある。その取り巻きにはサンドラとゴードンも一緒だ。しかし、この短期間でトロスト区攻防戦での死闘や壁外調査、ストヘス区における女型の巨人捕獲作戦、そして今回のクーデターやオルブド区での迎撃戦と、地獄のような通過儀礼を駆け抜けてきたエレン達104期生達と彼らでは明らかな差がある。

「おおいおい、お前らすっかり歴然の猛者か?」
「お前らと比べられちまえばな……」
「ひでぇな……ジャン? そんなに駐屯兵団くずれは頼りにならねぇかよ。お前らと同じ104期だろ? それに……俺達だけじゃねぇぜ。兵員不足で募集をかけたのはこの短期間で大幅に人員が減った調査兵からじゃねぇか。世間全体が、ウォール・マリア奪還は目前に迫っている!今こそ人類復建を! 兵士よ集え! って煽りまくって盛り上がってるじゃねぇか」
「そうかい、」
「ん……? でも、確かにお前ら変わったよな。面構えっていうか……一体調査兵団に入ってから……何があったんだ?」
「……聞きたいか?」

 新たに入団したフロック達新兵は、これまでに味わってきたジャン達の苦難を知らないのだ。どことなく既に歴戦の兵士のような…訓練兵団時代とは明らかに違う貫禄を漂わせるジャン達のその目つきに言葉を失うのだった。

「……イヤ……、また今度にするよ」

 ジャン達から醸し出されるどす黒いそのオーラに圧倒され、フロックたちはこれ以上聞くのは止した方がいいと、察知して足早に去っていった。この革命の為に流れた血。自分達が汚したこの手。取り巻きがそれ以上絡んでくることは無かった。

「じゃあ、俺。先に行くぞ」

 フロックたちが去った後、一足先に食べ終えたコニーが立ち上がる。

「え〜〜も、もう? 明日は調整日なんだからゆっくりすればいいのに」
「あぁ……。だから明日は朝から俺の村に帰ろうと思って……。また何かわかるかもしれないしな。おやすみ」

 一緒に革命を潜り抜けた仲間達にそう告げ、もうすぐ激戦が迫る中でコニーは唯一の生き残りである巨人化したままの母親の元に訓練や新兵器の実験の合間を利用しては頻繁に訪れていたようだった。去っていくコニーを眺めながらサシャは小声でアルミンに問いかけた。

「コニーのお母さんを元に戻す方法…決して無いわけじゃないんですよね?」
「うん……これから巨人の解明が進んでいけば……いつかは……」

 その会話を聞きながらエレンはゆっくり食べかけのパンを口に運びながら、潜伏していた山小屋でリヴァイが明かした事実を思い返していた。

――「巨人の正体は、人間……!?」
「かもしれねぇ……って話だ。ラガゴ村の調査はまだ始まったばかりだからな」

 ユミルとベルトルトが話していたやり取りが事実なら…間違いない、巨人の正体は人間であることを。

「この……ユミルとベルトルトの会話……本当にエレンの見た夢じゃなければ……ユミルは壁の外をうろつく巨人だった…って事になる、」
「え……?」
「イヤ……? どうだろう、そんなこと…これは…エルヴィンに相談しないと」

――「60年くらいだ。もうずっと…終わらない悪夢を見ているようだったよ……」

「……悪夢か……」
「え?」
「色々あって……うやむやになってたけど……。オレ達が戦ってる敵は何なんだろうな……。ユミルが壁の外の巨人だった頃は悪夢みたいだったって言ってたって話だ。つまり巨人ってのは……悪夢にうなされ続ける人間……ってことなのか? オレも一時はそんな巨人になってたはずなんだがな。ちっとも思い出せねぇよ。あるのはオレに食われる親父から見た――」

 エレンとミカサの脳内にはあの五年前、母カルラを捕食したあの不気味な笑みを浮かべた巨人の姿が浮かんでいた。

「エレン!」

 ブツブツと呟き続けているエレンの言葉を掻き消すように珍しくきつい口調で声を発したのはミカサだった。ミカサがその会話を遮るように、あの時イェーガー家で過ごした思い出を重ねるように。いつまでも拭い去る事の出来ない思い出せない過去を引きずり出して無理をしなくていい、と。

「まだスープとパンが残ってるでしょう? おしゃべりは食べ終わってからにしなさい」
「あぁ……ごめんな……ミカサ、」
「……悪夢だけじゃないよ。きっと……壁の向こう側にあるものは……」

 ぼそりと、アルミンは壁の外の世界を見たいと願い続け、もうじきみられる筈の憧れの景色を思い起こしていた。

「ったくよぉエレン……お前は最近そればっかだぞ? 一人でブツブツと……。お前が思い出さなきゃいけねぇのは、「あの男」だろ? 見たんだろう? 洞窟で記憶を掘り返された時、あの日洞窟から逃げる親父さんと会っていた 調査兵団の男ってやつを」
「あぁ……あの日、あの状況で父さんと会っていたんだ……。必ず何かを知っているはず……。そもそもあの男、オレもどっかで見たことあるはずなんだ」

 飲み水を飲み頭を抱えるエレンにアルミンが心配そうに顔色を窺う。

「イェーガー先生の記憶じゃなくて 本当にエレンが?」
「……だと思うんだが」
「頭をどこかにぶつけてみては?」

 サシャの提案を受けながらジャンはこれまでエレンが思い出そうとして色々と心見ていた中で新兵時代からのアイドルで現女王様のヒストリアの頻りに握っていたエレンの事を盛大に皮肉っていた。

「そうだぞお前、思い出すためだっつって、ヒストリアの手ばっか握りやがって。教官の頭突きでも食らえばいいんだよ……」
「それで思い出せんなら……」

 その時、ジャンの脳裏にキース・シャーディス教官に頭突きされたあの痛みまでもが浮かんできた。

「あれ……?」

 その時、ジャンが口にした訓練兵団時代を共に過ごしたあの泣く子も黙る鬼教官、キースの顔が浮かんできたのだ。訓練兵の教官の頭を丸めたキースと、そして、五年前の幼き頃シガンシナ区で見かけた帰還する調査兵団、その先頭に居た…死亡した兵の母親に亡くなった兵士の遺体の一部を返還し、無念の謝罪をする団長のイメージがエレンの中でリンクした。

「(髪の毛……)」

 一致した記憶に思わずまだ残していたスープを揺らす勢いで長椅子から立ち上がるとエレンはその名を口にした。

「訓練兵団……、教官……キース・シャーディス……!」

 エレンの記憶の中に居た「あの男」それは訓練兵団時代の自分達を指導した教官であり、そして、壁が破られる前のシガンシナ区で見たエルヴィンの前団長の姿だった−。それが一致し、ようやく記憶が鮮明に映し出されていく…。早く行かねば、エレンはすぐハンジの元に向かうのだった。



 早朝、リヴァイが先陣を切って久方ぶりに愛馬を走らせ、その後ろをついて行く形でハンジ達は馬を走らせながらウォール・ローゼ南部にある三年間過ごした学び舎に向かっていた。
 事実がどうであれ確かめることに意味がある。エレンは5年前に確かに見たキース・シャーディスの元へと馬を走らせたのだった。 

「知らなかった? 訓練兵団教官シャーディスはエルヴィンの一つ前の12代調査兵団団長だよ。私達も会うのは久しぶりだ」

 キース・シャーディスはハンジが調査兵団に入団するきっかけとなった人物でもあり彼はハンジの尊敬する数少ない人間の一人である。馬を走らせ教官のいる訓練所へと到着したコニーを除く104期生とハンジとリヴァイ。訓練兵団の訓練で何度も訓練で登った岩山で現在の新たな新兵達を監督する上背のある見慣れたスキンヘッドにエレンは緊張した面持ちで背後から声を掛けた。

「シャーディス教官、」

 キースが振り向けばそこに居た訓練兵団時代を経て調査兵団として立派に成長した姿。しかし、サシャだけはさんざんキースに怒られ問題児扱いされたトラウマがあるのかジャンの後ろに隠れて怯えている。
 果たして彼は知っていたのだろうか。いつかこうしてエレンがあの時の記憶を辿り訪ねてくることを。キースはどこかつきものが落ちた様な表情で敬礼をするエレンを見ていた。
 場所を変えようとキースが自分の教官室へと全員を案内する。全員が着席する中でどうしたことか、サシャだけが青白い顔に脂汗を流しながら窓の付近で直立している。

「どうしたブラウス。座らんのか?」
「いいえ!! 私めはこちらで結構です!!」

 サシャは入団の際の通過儀礼で芋を喰っていたあの時からコニーと並んで問題児としてよくここに呼び出しを受けていたからなのか、その時のことを思い出しているのか同じテーブルには並べないと恐縮している。

「……確かお前はこの教官室に呼び出されてはよく絞られてたな……あれからたった数ヶ月。皆、見違えるように変わった」
「あんたを最後に見たのは確か、5年前だったか……。あんたも……その……変わったな……」

 この5年間の間に見る影も無くなったキースのすっかり禿げ上がったあ頭皮の事を言っているのか、言葉を濁している。しかし、それは彼の劣等感で出来たのものだとは誰も思わないだろう。

「調査兵団結成以来、団長が生きたまま交代したのは初めてだ。何時までも成果の出ない無能な頭を自ら有能な者にすげ替えたのだからな。私の残した唯一の功績と言えるだろう」
「シャーディス団長……。いえ、教官殿。ウォール・マリア奪還を目前に控えた我々が、今ここに詰め寄る理由を察しておいででしょうか?」

 憧れの元団長との久しぶりの会話だが、其処に懐かしむ情景や笑顔は無い。ハンジの言葉を受け、キースが長年閉ざしていた重い口を開いた。

「エレン……お前は母親とよく似ているな。だが、その瞳の奥に宿す牙は……父親そのものだ」
「話して下さい!! 知っていることすべて!!」

 やはり、彼は昔から両親であるカルラとグリシャとは断ち切れぬ深いつながりがあったのだ。思わず大きく音を立てて椅子から立ち上がるエレンの姿があった。

「何も知らない。結論から言えばな。だが、人類の利にはなり得ない話でよければ聞いてくれ。傍観者にすぎない、私の思い出話を――……」

 そして振り返る歳月、まだ若い頃の記憶へと遡る。それは20年前の出来事。そして、それはウォールマリアの壁の外での出会いだった。

To be continue…

2020.05.19
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