THE LAST BALLAD | ナノ
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#85 届かぬ声

 ケニーの死後から数日が経ち、ケニー率いる対人制圧部隊の精鋭たちはそれぞれ埋葬された。
 ウミの個人的な希望でウミの母親の遺体を回収次第彼女の隣に埋葬することを志願したが、ケニーがこれまで重ねてきた罪が許される事はない。ましてハンジの大切な部下たちはほとんど彼の手によって殺されたようなものだ。ディモ・リーブスを殺害し、その罪をエルヴィンになすりつけたのも全てその陰謀は彼が仕向けた事。例え血のつながった叔父だと知り、彼に見捨てられていたと長年誤解していた思いから解放されたリヴァイだとしても、彼もそれを拒み、認めなかった。
 今回のクーデターで旧王政側についていた殆どの貴族や中央憲兵達関係者は一斉に捕縛し、それぞれの収容施設へと送られる事になるだろう。その混乱の渦中に、2人はいた。

「ウミ!」
「あ、ヒストリア……女王陛下……」

 あの激闘の戦いからそれぞれの傷が癒えた頃、今日はオルブド区を襲撃した超々大型巨人を自らの手で沈めたヒストリアの戴冠式である。クーデター前にエルヴィンを吊し上げるはずだった処刑台。しかし、今はその姿を変えて、ヒストリアがこれからこの世界を担う王女として王冠を授けられる輝かしい歴史の舞台となる。
 兵団の礼典用の着慣れないロングコートを着たウミが初めて入る城内を歩いていると背後から声を掛けてきたのはすっかりこの壁を統治する美しい女王陛下となった今や遠い人になってしまったヒストリアだった。
 父親とのわだかまりから解放され、強い決意に満ちた彼女はもういい子のクリスタではないのだ。ひざ下の純白なロングドレスが凛とした彼女の洗練された雰囲気に美しく映える。
 元々華美な容姿をしていたが、身に纏う上質な衣服も手伝い、何処か近寄りがたい雰囲気すら感じる。凛とした美しい女王様として神々しい雰囲気さえ感じるヒストリアの眩さにどこか遠慮しがちのウミの態度にむくれるヒストリアの顔はあどけない少女のままだ。

「もう、いいったらウミ、急にそんな風にかしこまらなくても…ウミにそんな風にされるとこっちもなんだか寂しいよ」
「ご、ごめんねヒストリア…」

 これから世界はどんな風に姿を変えていくのだろう。不安もあるが、それでもこの国を統治するのは目の前のまだ小さな少女。今に固執するのではなくもっと先の方向を目指して。本当に重要なのはこれからだ。自分達には大役が遺されている。そう。まだウォール・マリア奪還は果たされていない。協力体制が整い、これから準備を進めて行くところである。

「今は公務じゃないからいいよ。誰も居ないし、普通にいつもの喋り方で…私もそっちの方が緊張も紛れるから…」
「う、うん…じゃあ…ヒストリア。いよいよ戴冠式だね。ヒストリアが王女様かぁ…緊張してる?」
「そうだね、何だかまだ実感がわかないよ、でも、ウミも見ててくれるから練習したとおりに出来そうだよ」
「そっか…それならよかった、うん、ちゃんと見てるからね」

 緊張をほぐすようにウミがそっとまだ小さくて訓練で少し皮の厚くなった手を握ってやるとヒストリアも安心したようにその手を握り返して微笑んでいた。

「ねぇ、ウミ、お願いがあるの」
「ん? どうしたの?」
「ウミが髪長い頃、よく訓練兵時代の時にくるくるって束ねてお団子みたいにして纏めてたでしょう? あの髪型、いいなぁっていつも思っていたの、王冠被るしまとめ髪の方がいいかなって思ってて…でも何度やってもうまく出来ないから」
「うん、いいよ。でも、私なんかでいいのかな……っ。だって、ヒストリア女王様の御髪に……一般兵の分際で……」
「もう! だから今は大丈夫だよ、」
「ご、ごめん……」
「ふふっ、いいってば」

 ヒストリアが自分に願い出た女王となったが年相応の少女らしいお願いにウミはにっこり微笑んだ。自分が過去にしていた作業の邪魔になるからとよくしていたまとめ髪を自分にもして欲しい。との事で。快く承諾し、嬉しそうに二人は彼女に用意された私室へと入っていく。
 リヴァイやミカサの黒髪も絹のような手触りだが、ヒストリアの金糸のような髪も艶があり、いい香りがする。たまらず匂いを嗅いでしまう。ユミルが居たら怒られるかもなと思いながらウミはその髪に櫛を通して撫でていた。

「ヒストリアの髪って本当にサラサラだね……いいなぁ、羨ましい」
「そうかなぁ? 私もウミの髪好きだよ。訓練兵団の時は伸ばせないし、立体機動装置で引かかるから伸ばせなかったし、女の子らしくていいなって思ってたの」
「そう、かなぁ……?」
「そうだよ。いつも笑顔で、身なりをきちんとしてて、いいなぁって。でも今思うと、ウミはリヴァイ兵長の為にいつも身なりを整えていたんだね」

 泥と擦り傷が絶えず、おしゃれなんてもってのほかで。女子としてではなく兵士として過ごしてきてロクに出来なかった訓練兵時代の通過儀礼を今はこうして未来を担う上王として彼女は変わろうとしている。

「うん……、そう、だね」
「いいなぁ、私も……いつかウミみたいに、心から好きな人とかできたりするのかな」
「ヒストリア……」

 ヒストリアの言葉にウミは思わず言葉に詰まらせてしまう。彼女のこれからの未来。ヒストリア女王として彼女は恐らくはもう自分の自由には…死ぬ確率が高い兵団でも恋愛にのめり込む者が居ない中で、調査兵団からは抜け出せたが今は国の未来を担う者として自分の望んだ相手との恋愛やこうして手を繋いで街を出歩くことも今後は気軽には出来なくなるのだろう。
 そんな彼女の心の支えはユミルの存在だった。しかし、もう彼女はいない。

「ウミは、結婚しないの?」
「え?」

 突然ヒストリアの口から飛び出した結婚の二文字にウミは思わず作業の手を止めていた。

「ウミ達やエルヴィン団長やみんなのそれぞれの頑張りのお陰で私は今こうしてここに座っていられる。調査兵団の存在を脅かす悪い人も居ないし、ウォール・マリアの奪還作戦が始まってしまえばその準備に追われる毎日が始まって兵長も忙しくなるだろうし、……良かったらこのお城を使って盛大に……パーッと、やろうよ! ね!?」

 自分とリヴァイよりも周りが冷やかしながらも半ば急かすように結婚を促すのはこれから厳しい戦いが待ち受けているから。かもしれない。兵団を上げて祝うと言われた時もあった、リーブス商会もその時はぜひ呼んでくれとまで言っていたのがまだ記憶に新しい。嬉しそうに、自分よりも何故かヒストリアが喜んでいるから、それがおかしくてウミはくすくすと笑い声をあげていた。

「ふふ、そんなそんな……一般の兵士がこんな立派な女王様を差し置いてそんな大々的な事……出来ないよ。それに、私達はもう長い時間を一緒にしているし、もう今更結婚式、とかそんな格式ばったことはしなくてもいいから……」
「ウミ」
「いいの、もう十分、彼の傍に居られるだけで、それで私は十分幸せだし、満足なの」

 神聖なる場所での愛の誓い、一生に一度、女に生まれたのなら誰もが憧れる、それは純白のウエディングドレス。彼との誓いなら今もここに存在している、改めてそれを確かめ合う事もない位に離れていた期間を抱き合い埋めた。彼と今こうして傍に居られる、生きている。
 例えこの先の戦いで命を落としたとしても、彼と愛し合った幸せな記憶に包まれてそれだけでもう十分幸せなのだ。まるで言い聞かせるように聞こえたかもしれない、だけど自分の素直な気持ちに正直でありたい。
 揃いの指輪が何よりの誓いの証拠だ。地下街でも結婚式の真似事のようなことも。今となっては懐かしい遠い思い出だ。あの頃からは想像も出来ない場所へと自分達はこうして辿り着き、そしてまた更に未知なる場所へと向かおうとしている。

「はぁい、出来たよ」
「わぁ……ありがとう、ウミ……」
「うん、ヒストリア…すごく綺麗だよ……とっても似合う、」
「私、女王様に少しは見えるかな?」
「うん! うん! 何言ってるの? あなたはもう、誰が見ても立派なこの壁の女王様、だよ!」

 我ながらうまく出来た気がする。ウミは自画自賛だがヒストリアの美しい金糸が綺麗に映えていると満足した。
それに鏡を見ないで自分で髪を結うのと、誰か別の女の子にしてあげるのとでは訳が違う。もし、自分に子供が居たらこんな風にしてあげていたのだろうか、それで娘の恋の話に一緒に付き合ったり、買い物をしたり、いつか自分とリヴァイとの出会いの話もする日が来て。そこで彼女の思考が停止した。
 叶いもしない願いだ、娘どころか子供を産むことさえできない女として欠陥品の自分が。
 ミカサはエレンに切れと言われるがまま髪をばっさり切ってしまったし、短いなりにたまにヘアアレンジをしてあげたいとは思ったが、あいにくそんな暇などないまま兵士として一緒に今は激しい戦いに身を投じ、まして彼女はあんなに素材に恵まれているのに年頃の少女と少し違うのか、着飾る事を好まないのでウミもこうして誰かにヘアアレンジをしてあげられたことを、満足そうに微笑んでいた。
 色素の薄い優しい眼差しの先。巨大なドレッサーの大鏡にヒストリアの凛とした佇まいが見えた。自分よりも小柄なはずの頼りない印象だった彼女が今はとても頼もしく見える。今の彼女なら…ひょっとしたら、

「そうだ……。あの、それでね、リヴァイ兵長の事でウミに最初に言っておかなきゃいけないことがあるの、」
「ん?」
「……あのね、この戴冠式が終わったらなんだけど……」



「準備、整いました」
「よし! 下ろせ!!」

 大きな舞台に相応しいナイル師団長の指示によりばさりと降ろされたベルベッドの大きな垂れ幕にはこの壁を守るシーナ・ローゼ・マリア三人の女神。その中心に大きく描かれた剣を交差した王家のシンボルマークの紋章が並んでいる。誇らしげにそれを見上げるナイル。
 ヒストリア女王戴冠式の為の舞台は着実に準備が進められていた。ミットラスには個々の利益を今まで占領していた旧体制を滅ぼした真の女王誕生の瞬間を少しでも見ようと多くのローゼの住民だろうがシーナの住民も関係ない、この先貧富の差は解消されて、残された壁内人類がにらみ合い一触即発状態の危機はヒストリアの統治により脱していくはずだ。
 人目うら若き女王のお姿を見ようと壁内の市民たちが続々と広間に集まっており、その輪の中にはカーフェンの手により負傷した怪我の治療で現在兵団から離れているハンジの姿もある。
 あの時報復を恐れずに真実を公表したベルク新聞社の2人やそれに、リーブス商会の今は亡きディモの意志を受け継ぎ今や立派な代表者であるフレーゲルの姿も。今回のクーデターで活躍した者達も嬉しそうに晴れ渡る空の下で今か今かと待ち焦がれている。

「お待たせ、」
「遅ぇぞ」
「ごめんなさい、お城の内装が素敵で迷子になっちゃったの」

 兵団の正装のロングコートを着たリヴァイが振り向いた先に駆け寄ってきたウミにリヴァイがじろりと睨む。もう間もなく戴冠式だと言うのに勝手にほっつき歩いて……。
 しかし、リヴァイの表情はどこかこれまでよりも晴れやかで、ケニーを埋葬した時の涙はもうない。
 あの後二人は片時も離れずにケニーの死を悼んだ。リヴァイも幼い頃のトラウマが昇華され、その言葉は変わらず粗暴だが、それでも見つめる眼差しは優しかった。

「リヴァイ、始まったよ」

 彼の隣に並んで袖から出て来た赤い豪奢なマントを肩にかけ、ウミの髪型がヒストリアの持つ華美な高貴さを引き立たせているようだった。

「あの髪型……お前だな」
「ふふ、分かっちゃった?」
「だいたいわかる」

 時折年相応に見えないあどけない微笑みを浮かべるウミの手を無意識にリヴァイは握り締めていた。

「お前には本当に救われた」
「え? 何? 聞こえないよ……」

 わざとウミに聞こえぬように、そう呟いたのだ。口にしなくても伝わる気がするし沢山の感謝の言葉を贈ったが、それでも感謝しきれないのだ。今ここでこうして居られるのは多くの者達の力があったからこそ、危機的な状況を何度も何度も乗り越えてたどり着いたのだ。
 今回のクーデターで幾度も危機に晒され、何度も引き離されそうになりながらも抱き合い確かめ合うように寄り添い今こうして生きてこの華々しい瞬間に立ち会うことが出来る。リヴァイはここまでついてきてくれた部下たち、そしてウミへの感謝の思いでいっぱいだった。
 そして、今まで自分が抱えてきた置いて行かれる悲しみの中で自分がケニーに見捨てられたのは自分が未熟だからだと思っていたが、実際はケニー本人の問題であり、そうではなかった。ケニーは自分の父親ではなかったが、叔父だったとしても、それでもリヴァイにとってはケニーが自分を育て、生き抜く術を与えてくれた偉大なる父のような存在であることには変わりない。
 自分は一人ではない、ウミの手を握りしめたまま、その場に跪いてザックレーから王冠を授けられる新たな女王誕生の歴史的瞬間を片時も逸らさずに見届ける。
 綺麗にウミの手に編み込まれたシニヨンヘアの金糸の頭上にその王冠が授けられた瞬間、周囲からは割れんばかりの喝采と拍手が沸き起こった。

「あの少女が、壁の倍もある巨人を倒したんだって!?」
「あぁ、多くのオルブド区住民が目撃してたんだ!」
「……あんな小さな体で……我々を巨人から救ったのか……」

 ざわめく民衆の中でオルブド区でのヒストリアの活躍を見ていた者達が口々に彼女が当時その自らの手で暴走を沈めた瞬間を事細かに説明している。

「影の王である父親の暴走を、自らの手で鎮められたのだ!!」
「わが壁の真の王よ!」
「「ヒストリア女王!!」」

 フレーゲルが嬉しそうに見事に新しい女王となったヒストリアに向かってそう呼んだのだ。
 民衆から絶え間なく沸き起こる歓声の中にはマルロとヒッチの姿もあった。壇上の舞台には頭を垂れ、その様子を見守る回復したエルヴィンの姿もある。ヒストリアが無事に新しい女王として誕生した瞬間を見届けながら、エルヴィンは心の中でその姿を見て民衆からの注目を一身に浴びる彼女が自分に提案した内容を思い返していた。

――「私が、巨人にとどめを刺したことにしてください! そうすれば……この壁の求心力となって情勢は固まるはずです!」
「(まさか本当に仕留めてしまうとはな……、)」

 彼女は本当にやり遂げたのだ。ウミの言う通り自分は彼女を非力な新兵だと思っていたが、彼女はれっきとした訓練された兵士である。壁よりも何倍もある巨体の分散した肉片の中から父親の本体を親子の絆で導かれるように見つけ出し、そして破壊した。
 ロッド・レイスが女中のアルマに安らぎを求めたその結果、生まれた時は、この世界に生まれたことさえも否定され、潰えてしまいそうな儚い命だった。しかし、今は立派な女王として恵まれなかった境遇から解き放たれ確かにここに君臨している。
 この壁の王となる証を授けられたヒストリアが凛とした力強い眼差しで敬礼をし、組み立てられた舞台のその上から民衆の前に姿を見せた。堂々としたその立ち振る舞い。女神と例えてもいい位に美しく華やかな容姿の彼女の姿に民衆は大いに興奮し、大喝采の雨を受け、ここにヒストリア女王が誕生したのだった。
 白の礼服に映える豪華で華美な赤いマントもよく似合い、その神々しささえも思わせる出で立ち。
 もう訓練兵団時代の彼女からしたら霞んでしまいそうな場所にいる。その立派な姿をユミルにも見せたかった。あの時、ヒストリアに別れを告げ、ライナー達を助ける為に自らの意志で残った彼女は今、何をしているのだろう。恐らくもう生きているのかもわからない、だけど、叶うならもう一度会いたいと思う。
 彼女のヒストリア女王としての即位が終わり、若き女王ヒストリアを守るように廊下を歩くリヴァイ班の面々たちは先ほどの威厳ある立ち振る舞いから打って変わって元の104期生の表情に戻ったヒストリアはこれから女王としてこの国を引っ張っていかなければならない重要な役割を担いながらこれからやろうとしている、ある恐ろしい命知らずな計画に不安の色を浮かべていた。

「待てよ……本当にやんのかよヒストリア?」
「うん……やる……! 何よ……エレンだって、ミカサだってやっちまえって言ってたじゃない」
「ありゃ−……リーブス会長の遺言っていうか……ミカサのも冗談だろ? なぁ、ミカサ」
「ヒストリア。殴った後であのドチビにこう言ってやればいい……。「殴り返してみろ」って、」
「お前もな……別に恨んでねぇなら無理しねぇでやめとけよ……」

 人類最強を殴るなんてどうかしてる。散々その人類最強にボコられたエレンだからこそどんな結末が待っているかと怯えている。
 青ざめながらも今からヒストリアがやろうとしていることは命知らずの人間がすることだと危惧して何とか思い直せと説得するも、戴冠式という大役を終えてようやく公務の正装から軽装へ姿を変えたヒストリアはこれから自分が戦わねばならない畏怖の対象に脂汗を浮かべながらも、勇ましくもその歩みを止めない。

「こうでもしないと女王なんて務まらないよ」
「いいぞ〜ヒストリア、その調子だ」

 自らを鼓舞してそう言い切った彼女を立派だと、さすが女王様は違うとジャンが褒めちぎりながらもミカサに便乗して煽るように彼女を鼓舞した。あの人類最強と呼ばれる自分達の上官を殴ろうなんて誰も思いもしないことを。
 しかも、あの時リヴァイに女王になれと脅された時の恐怖は生々しく記憶に残っている筈だ。前代未聞のことを彼女が今からやろうとしている。果たして殴られたリヴァイ本人は女王様に殴られてどんな反応が見せるのか、見て見たい好奇心もある。

「でも、そんなことしたらウミが飛んでくるんじゃないですか?」
「あ、俺はそれに賭ける」
「コニー、サシャ、それなら大丈夫、ちゃんと兵長の奥さんの許可は貰ったから」
「へ? 奥さん??」

 と、ヒストリアはウミの事を「奥さん」と、そう呼んだのだ。長いベルベッドの廊下を突き進んでいた104期生のその先にはリヴァイ兵長とウミが沈みゆく西日を背中に受けて自分達を待っていた。
 暮れなずむ逆光に照らされ、人類最強と呼ばれる兵士が今どんな顔をしているのか、こちらから表情は伺えない。
 だから、余計に怖い。一同、待機していた醸し出されるオーラに当てられて自分達よりも小柄な体躯なのに小柄な割にぎっしりずっしりとその身に詰まったリヴァイの持つ人類最強と呼ばれるそのオーラに押し負けてしまいそうになり、ヒストリアの緊張が同期達にも一気に伝わりその表情が強ばる。

「……っ……うッ……」

 まさか向こうから先に姿を見せるとは思わず、ヒストリアの全身を悪寒が襲う。背中からは冷や汗がどっとあふれ、先ほどまでの王冠を被り民衆の前に姿を見せたあの威厳ある姿は消え、人形のように愛らしい気品ある顔を恐怖で滲ませ引きつらせていた。しかし、あの時ディモ・リーブスと約束をし、そして今は自分で決めたのだ。あの時のように胸ぐら掴まれ脅かされているような自分ではない。

「(大丈夫だよ、ヒストリア……!)」

 その為にウミにも許可を貰った。よく見ると、リヴァイの後ろでウミが頑張れと自分に向けてガッツポーズを見せている。やるなら今だと。そして…ヒストリアは逃げ腰になりがちな自分の足を叱咤し、恐怖と根性を見せてやると気合が入り混じった複雑な表情を見せながら、とうとう両腕を突き上げると、大きな雄たけびと共にそのまま真正面のリヴァイに向かっていく……!

「うううっ……うあああああ!!!!」

 叫ぶことで自分を鼓舞しながら、リヴァイに向かって彼の肩に衣服から埃が出る勢いでそのまま拳を打ち付けた!

「あああっ!」
「「うおおおおお〜!!!!!」」

 ボクッ!という音と共にリヴァイに命中し、ヒストリアがとうとうあの「人類最強」を殴った!!とその様子を見ていた104期生も達全員もウミもたまらず歓喜の声を上げている。それを見ていたミカサとウミだけが何やら嬉しそうに微笑みを浮かべているのだった。

「ハハハハハハ!! どうだ――! 私は女王様だぞ――!? 文句があれば――」

 リヴァイの服越しでもわかる筋肉で覆われた逞しい腕に勢いよくパンチを決めたヒストリア。ガッツポーズを決めて殴り返してみろと言い掛けた言葉が止まる。

「ふふ……」

 ヒストリアの目線の向こう、そこには初めて見せるリヴァイの穏やかな笑みがそこにはあったのだった。いつも涼し気で表情筋が死んだような顔をしているのに、その姿に一同が驚愕した。まるで今までの憑き物が落ちたかのような、自分の過去にも決着をつけ、そしてここまで文句を言いながらも導いてついて来てくれた部下や最愛の少女。そんなリヴァイの晴れやかで穏やかな微笑が感謝の言葉を告げた。

「お前ら、ありがとうな」

 そして、リヴァイは後ろでヒストリアがリヴァイを殴り大興奮ではしゃいでいるウミの手を引くとそっと自分の隣へ彼女を引き寄せた。

「そうだ、お前らにも報告しておこう。俺達の話だ」
「え?」

 穏やかな微笑を携えて、リヴァイはそっとウミの手を取った。これまでの長い期間を共に苦楽を駆け抜け死地を生き延びた最愛の少女に。

「この騒動が落ち着いた頃にウミと結婚する」
「え……っ」

 そっとウミの肩に手を回し、少し強引だが、それでも彼らに向けてリヴァイは報告した。

「俺の班員としてここまでついてきてくれたお前らにも報告しておかねぇとな。…これからも俺の班としてよろしく頼む」
「リヴァイ……」
「おお――っ!!!」

 リヴァイからの言葉に泣き崩れるウミの華奢な肩を抱え今度は104期生達が輪をかけて歓喜の声をあげて驚くのだった。
 


仲間達に囲まれて、結婚を報告した以上は必ず果たさなければならない。その前に、リヴァイは彼女を引き連れある場所を目指していた。

「リヴァイ、ここは? 誰の家? 勝手に入ってもいいの?」
「問題ねぇ……。ここはだいぶ昔、アッカーマン家が所有していた屋敷らしい……。だが、結局は王政に逆らいその立場を奪われてからは別の貴族の屋敷になっていたそうだ」
「そうなんだね……」
「旧王制から新女王の誕生でこれからは大きく変わるだろう……。そのうちのひとつであるアッカーマン家の復興もそのうちの一つだ」

 リヴァイの話を聞きながら近くのソファにゆっくり腰を下ろしたウミは一息つきながらリヴァイの話に耳を傾ける。アッカーマン家の復興がもたらすもの。それは、言葉にしなくても分かる事だ。しかし、自分にはアッカーマン家の血を引き継ぐ子供を産むことはもう出来ない。それなら同じアッカーマン家の血を持つミカサが適任だろう、エレンと結婚でもして彼女がアッカーマン家の当主になればいい。
 彼は自分に何を求めているのだろう。もし、結婚しても子供を残せない自分では役不足だと言うのに。あの時ハンジだけに打ち明けた思い。悲願の故郷を取り戻して自分はこの壁内の人間ではなく、この壁の向こうの世界を望んでいた。しかし、一度消えた彼の前から二度、消えると言う思いをケニーが亡くなったあの日見せた彼の流した涙、消え入りそうな弱々しい姿を見て誰よりも置いて行かれることを恐れている彼にこれ以上の孤独を与えるなど、これ以上の酷な事を、出来るはずなど無い。

「ウミ……お前の考えてることはみんなお見通しだ」
「リヴァイ……」
「愛してる。もう二度と離さねぇ……。お前は俺の全てだ、ウミ」
「こんな高い指輪……だめだよ、受け取れないよ……、リヴァイ」
「もう待てねぇよ……5年だ、もう二度と離れねぇように、お前とずっと、またいつかこうしてお前を失う前に。お前をこんなモンで繋ぎ止めれられるのなら、安いもんだ。それでもお前がどっかに行っちまうってのなら、お前の両足の骨を折ってでも行かせねぇ」

 リヴァイが前に告げた言葉を受け止めながらウミはリヴァイの逞しい背中に腕を回して答えた。

「リヴァイ……いいよ」
「は?」
「私の両脚を、折って……離れないようにして……も……。そうしたら、私、もう何処にもいかないよ……」
「ウミ……」

 背中に腕を回されて、ウミもリヴァイの首に両腕を回して二人はどちらともなく見つめ合った。玲瓏な顔に見つめられて、ゆっくりと目を閉じると、リヴァイの甘く優しい口付けがそっと唇に落とされた。それはまるで優しく降り注ぐ優美のように穏やかで、二人は幾度も幾度も優しく唇を重ね合わせようやく取り戻した平穏、しかしこれは嵐の前の静けさを噛み締めていた。蕩けるように幸せでたまらずお互いの瞳からは涙が溢れた。

「私、今が一番幸せ……忘れない、一生……例え、私が罪を犯したとしても……」

 リヴァイがくれた、今までで一番、甘くて幸せなキス。その言葉にリヴァイは一体何の事だ。と、ウミに目線で問いかける。よく見れば外で憲兵がウミの名前を呼んでいた。

「ウミ、」
「リヴァイ……、ごめんなさい……私、やっぱり、あなたに相応しい女じゃない」

 突然ウミが告げた言葉に動けない、動くことが出来ないままリヴァイから離れていくウミ。何度も交わして離れまいと結んでいた手を離すと、ウミはそっと俯きながらリヴァイに打ち明けた。
 この2人きりの空間、他の誰も、知らなくていい思い。あなたと、私と、そして、神様だけが知る交わした誓いを二度と繰り返したりはしない。リヴァイはウミを行かせはしないと離れかけた腕を掴んで確かめ合うように二人は抱き合い何度もキスをし続けていた。
 生活に困窮していたとはいえ、中央憲兵と通じていたウミ。彼女が横流しした壁の秘密を知ろうとした者を事細かに密告し、彼女が中央憲兵に密告したことによって消された人間も居た。その罪を償わなければならないと。彼を愛しているから、だからこそ自らの足で進むと決めたのだ。もう逃げも隠れもしない。

To be continue…

2020.05.05
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