THE LAST BALLAD | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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side.K "Can you hear the calling"

――それが、俺が今まで生きてきた人生の中で初めて感じた敗北。だった。お袋泣かせの親父にボロボロになるまで殴られた時に感じたあの屈辱のような……。
 ああ。これが、敗北……っていうヤツか。この世に俺より強ぇヤツがいるなんて思いもしなかった。これが巨人か……壁の外なんざ知らねぇ、まさか本当にいやがったとは。それも、壁の中に……。

「ウーリ!! そのまま捕まえておけ!!」

 ナイフを振り回し、いつものように自ら身に着けた処世術で障害となり立ち塞がる邪魔な相手をこのままひねりつぶせばいいと、手にしたナイフは何の意味もなさないまま、俺は逆にその身体を捻り潰されていた。
 いつものように、俺の障害となる存在をこの身(ナイフ)一つで切り抜けてきた。銃を構えたまま、俺は真の王家とされる「アッカーマン」の一族を迫害するそもそもの原因となったレイス家に喧嘩を売った、俺の前に敵はねぇ。そう、思った筈だったってのに。
 真の王様の正体は何と巨人だと……??
そう知らされ、巨人化したレイス家の男に俺はそのままアバラが軋むほど掴まれ、身動きが取れなくなっていた。上空に持ち上げられる経験なんぞ今まであった事のない経験だ。銃を向けた気の弱そうな男が巨人に掴まれて動けずにいる俺を、そのまま散弾で撃とうとした瞬間だった。

「待てロッド。撃つな。我々の存在を彼に漏らした者が……議会関係者にいるようだ。それを明らかにしないといけない」
「ならばその「力」を使ってこの刺客を喋らせろ!」
「それが叶わないのだ……察するに彼は……アッカーマン家の末裔、ではなかろうか。であれば……私に刃を向ける理由は……彼自身にある」

 呑気に喰っちゃべりやがって…。俺は隙をついて手にしていたナイフの刃先を回して向きを変えると、そのままそいつの首に向かって勢いよくナイフを投げつけてやった。

「ウーリ!!」

 そのナイフが刺さった箇所から首から噴水みてぇに血を吹き出していつものように殺してやった、その筈だったのによ……。どういうことか、俺が確かに投げた筈のナイフはそいつがとっさに出してきた左腕で防がれてしまった。ナイフの腕は確かなのに、そいつの左腕に深々と突き刺さりながら、そいつは痛みに叫ぶどころかまるで全てを超越したかのような目で俺を見つめていやがる…。

「お前がやらないのなら俺が殺す!」

 もう一人の野郎が俺に銃を向けた時、俺は自分の身一つで切り抜けてきた処世術が何ひとつ効かねぇことを悟り、あまりにも強大なその力に俺はこれまで生きてきた人生の中で、初めて味わったのだ、敗北という名の屈辱を…。

「あぁぁクソッ!! 許してくれよ〜! あんたホンモンの王様なんだろぉ〜? 放してくれよぉ〜見逃してくれぇ〜! 俺を逃してもう一度チャンスをくれよおぉぉ!! 今度はちゃんと寝こみを襲いますからぁぁぁ!! いたぶり殺して、てめぇのその頭ン中にクソを詰めようと思ったのは実際ナイスアイデアだし!! そんな俺のクリエイティブなセンスがまずかったんです!!」

 圧倒的な強者を前にした俺は脆かった。なんせ文字通り握り潰されるのは初めてだし、これまで生きてきた中で暴力が全てだった俺はその支えを失っちまったんだ。今思えば、一族の恨みなんて大して感じてなかったのかも知れない。ただ、これ以上憲兵の喉を掻っ裂く事にもうんざりしていたし、普段気の強いあいつがしおらしく自分の身体に流れるこの血を恨んでこれ以上泣かなくて済むように、生き別れた妹がもう身体を売らなくていいように……。
 それなのに、巨人になった王様は何故か手中に遭った今殺そうと襲い掛かった俺をそのまま捻りつぶすことなく地面に下ろしやがった。てっきり俺は自分がこの壁の中で一番強いとおも混んでいた中でこのまま捻りつぶされて敗北を感じたまま惨めに殺されるかと思っていたのに。

「え?」
「……な!? バカな……ウーリ!!」
「おわあああ……足がぁ」

 そのまま地面に降ろされた瞬間、ちっとも寒くねぇのに俺の足は勝手にガタガタと震えて勝手に地面に崩れ落ちやがった。うっかりクソでも漏らしたかと思っちまったじゃねぇかよ……そんぐれぇ、俺の想像の世界の人物だと思った巨人の存在に俺はすっかりビビっちまっていた。

「オイ! ウーリ!! 何のマネだ!? アッカーマンだぞ!? こいつの記憶は消せない!!  殺す他無いのだ!!」

 驚きの声をあげながら銃を引き続き俺に向けたままの王様の兄貴……確かロッド・レイス。
 そいつの声を無視して弟である王ウーリ・レイス。あいつは俺がとっさにぶん投げたナイフを受け止めた際に腕を貫通して刺さったままだと言うのに泣き叫ぶ事もなくさっきの巨人と繋がったままの皮膚を引きちぎるとそのまま巨人の中から出て来やがった。
 いったいどうなってやがる。巨人になると痛みも何も感じなくなるのかよ。そのままスタスタと俺のもとへとそのまま歩み寄ってくる。とっさに懐に隠してた銃を向けた俺の前に、突然座り込むこの世界で一番偉い王様であろう人間が俺に向かって頭を下げやがったのだ。
 王様とあろう人間が地下街のゴミ溜めンの中で生きてきた人間に頭を垂れるなんて聞いたことがねぇ。

「我々が……アッカーマン一族にもたらした迫害の歴史を考えれば……君の恨みはもっともだ。だが……私は今……死ぬわけにはいかないんだ」

 よく見ればそいつの目には涙が浮かんでいる。何だ?何故泣いてやがる。泣きてぇのはこっちだってのに。まさか俺に対しての同情か?お涙ちょうだい的な同情でも誘って許してくれってか?いきなり頭を下げられて俺も訳が分からなくなった。

「どうか許してくれ……こんな小さな壁の中にさえ、楽園を築けなかった…愚かな私を…」

 王はそのまま地面に手をつき深々と下等の人間に頭を下げたのだ。王が頭を垂れるなんぞ聞いたことがねぇ。そいつに俺は予想すらしてなかったそんな光景をただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
 あれほどの力を持った王が、下賤を相手に頭を垂れやがる。巨人にも度肝を抜かれたがそれ以上に自分の中の何かが……大きく揺らいだのを感じた。誰よりも強い巨人の力を得たその余裕がそうさせたのか?なぜこいつが俺に頭を下げたのか、その理由を知りたくなった。あわよくばその力をぜひお恵み頂きたいもんだ。

 俺はその場で「力になりたい」と伝えれば、ウーリは頷いた。

 それから……次の議会の席では俺にレイス家の情報を吐いたやつが消えて。そいつに吐かせたヤツ(俺)が、レイス家の犬になってふんぞり返っていた。
それが俺の新しい仕事。ちと情けねぇ格好だったが、こうしてアッカーマン家の迫害は終わった。俺もあいつも、これで晴れて青空の下を歩ける……ようになった……。わけではないが、敵は減り続けるだろう。
 これで妹も腹のガキと地上で暮らしていける。俺は暫くして、離れていた間に娼婦として売られてしみったれの宿で落ちぶれていたすっかり痩せちまって見る影もない女を迎えにいった。はした金で女は俺が買い取り、俺のモンにした。女に、もうお前ぇは俺が買った。お前は俺のモンだ、もう怯えて暮らさなくてもいい。
 そう告げれば女は嬉しそうに微笑んだ。普段意地っ張りで生意気で、何考えてるか分からねぇこいつも俺が迎えに来た事を知ると嬉しそうに笑った。ああ、そうやって笑えば多少可愛げがあるってもんだ。
 俺はそいつを連れて妹を迎えに二人係で妹の手掛かりを探し回り、そして見つけた。俺の妹と一緒に働いていた女のお陰で源氏名がわからなくて苦労したもんだが、妹は変わず「オランピア」の名で働いていやがった。

「クシェル? あぁ……オランピアのことなら……だいぶ前に病気もらっちまってから売りもんになってやせん」
「何ですって??」

 病気だと???俺も女も互いに顔を見合わせて心底驚いた。どうやら最近娼婦の間で流行っている病を客からもらっちまったらしい。
 歯の抜けたマヌケな面しやがる店主に言われるがまま、クシェルに宛がわれていた部屋に繋がる廊下を進む。ノックをした。が、返事がねぇ。ゆっくり扉を開くと、そこには髪も抜けて歯も剥き出し、ガリガリに痩せ細った妹がベッドに横たわって動かなくなっていた。昔は美人で評判だった俺の妹は見る影も無いすっかり変わり果てた姿で。

「嘘でしょ……? クシェル……!」
「……おい、おいおいおいおい……何かずいぶんと……痩せちまったな……クシェル」
「死んでる」
「あ?」

 クシェルと一緒に働いていた期間が長かった女はその立ち込める死臭に顔を歪めながら驚きを隠せずにいるようだった。かつて共に働いた娼館の同僚が死んでいる、死後何日かは経った府は異臭が立ち込めるその匂いの中確かにガキの声がした。そうして部屋の端をよく見りゃあそこにの壁際の陰で座り込んでいる影を見つけた。
 女が駆け寄った其処に其処に座り込んでいたのは、ガリガリに痩せ細った今にも死にそうな全身汚れて虱まみれの黒髪のガキだった。全身の皮膚が削げたように目玉だけがぎょろぎょろと飛び出し、そいつは死んだような眼で俺達を見ていた。女が口元に手を当てながら思案する。

「クシェルの……子供(ガキ)ね」

 そうか、こいつがクシェルの…俺の妹が遺した…。どんだけ俺達が止めても耳を貸さずにあの人の子供だから産みたいと、そうして堕胎を進めていたのに強行突破してガキを産みやがったのか。妹を孕ませやがった、あの相手のいけすかねぇ代々医者の家系の貴族。
 家計の貴族の男が俺達のような地下の人間を本気で愛する筈がねえ、騙されてると知りながら。

「お前は? 生きてる方か?」
「………」
「おいおい……勘弁してくれよ……わからねぇのか? 名前は?」
「……リヴァイ。…ただの……リヴァイ」

 愛を込めてクシェルはこの忘れ形見に名前を付けたのか。そう告げたガキも栄養失調で餓死寸前まで来ていたらしい。そうか、ただのリヴァイ。それがお前の名前かよ…。「アッカーマン」の名は、明かさなかったのか。

「そうか……クシェル……。そりゃ確かに……名乗る価値もねぇよな……」

 自らの姓がこの壁の世界で散々忌み嫌われ迫害を受けてきた俺達アッカーマンとしてこれまで受けてきた屈辱を思えばそりゃ名乗りたくないに決まってるよな。自分の姓を知らねぇこのガキの言葉に俺は力なく向かいの壁にもたれかかりそのままズルズルと床に座り込んで俺も自己紹介をした。

「俺はケニー……ただの……ケニーだ。そいつはただの俺の連れだ。そんで俺達はクシェルとは……知り合いだった。よろしくな」

 愛想のねぇ死にかけのガキ。クシェルの忘れ形見はそれだけだった。
その時、今まで黙って座り込んでそのガキを見つめていた女がいきなり懐から取り出したナイフを手にそのガキの髪を掴んで三角締めにするとそのまま床に押し倒したのだ。

「呪われた血は私たちの代で全て断ち切る……!!」
「オイ!! てめぇ! 突然何に目覚めたんだよ……こいつは俺の妹の……クシェルの形見だぞ!? 殺すかどうかは身内の俺が決めるこった、勝手に殺すんじゃね!」
「うるさい!! いいじゃない、どうせこの子はもう餓死寸前……! どっちみちこの子も私たちと同じ、いつかアッカーマンの血に目覚めたらきっとロクな人生なんか歩めない……。アッカーマンの一族はみんなロクな結末を迎えられやしないわ、この子は普通のまともな人間になんかなれっこない。地下で生きていくにはあまりにも、それに、この忌まわしい「力」が目覚めてしまえば戦いからは逃れることは出来ないし、平和な暮らしなんて……出来っこないのよ!」

 女はクシェルの壮絶な末路を目にしてやはり自分達の身体に流れる忌々しいこの血を心底嫌悪したらしい。ガキが苦し気に呻きながら突然覆い被さって冷たく光るナイフを突きつけてきた女に怯えている。
 抵抗する暇すらなく、放っておけばすぐに散りそうな幼い命を心優しいこの女は自らその苦痛を断ち切ろうとしてやがる。確かにそうかもしれない。

「それとも、クシェルの代わりにアンタが親になるとでもいうの? なれるの?? 暴力ばかりの男に男と寝て稼いだお金でおまんま食わしてもらって、仲良く捨てられたくせに。ロクな親に恵まれずに育ってきた私たちが……地上に出て、今もマトモに暮らしていけているのかしら??」

 女は俺にそう問いかけてきた。が、俺はその言葉に返事をすることも出来ず、だが、このガキを見捨てる事も出来なかった。
 慌ててガキから女を引きはがせば、女は普段の木の強い顔から一転して、ボロボロと大粒の涙を流して悲痛に訴えて叫んでいた。
 尚も暴れる女をたまらずひっぱたき、何とかガキを引きずり出せばガキは怯えも震えもなくただその自分と同じ血が流れている女を澄んだあの世の底みたいに深く色の黒い眼差しが無言で見つめていた。
 俺は女から引き離すように栄養失調寸前のガキを連れて地下街の酒場へとりあえず連れて行くと餓えたガキに食事を与えた。
 こいつを見殺しに出来るほど人を捨ててねぇが、親に代われるほど出来た人間じゃねぇ。
 俺が教えられることは多くねぇが…。ようやく出会えたクシェルの忘れ形見、俺にデキる事はこのガキが生きて自らの力でいつか地上に出る事を。
 まずはナイフの握り方、それとご近所付き合い、挨拶の仕方、身の振り方とナイフの振り方。
 要はこの地下街で……生き延びる術を教えたまでだ。ここから出て地上に行きたきゃ勝手に行けばいい。ただし……そん時は、お前自身の力でな。
 俺と女はそのままレイス家の傘下に入り、真の王家のレイス家が夜な夜な謁見の間で繰り広げている集まりに顔を出すようになった。俺と女は、もうお互いの身体に流れるこの血に心底うんざりしちまって、冷えた空気の中で確かにあった女を幸せにしたいと思う感情よりも、ウーリが持つあの世界を盤上ごとひっくり返す巨人の力にすっかり溺れちまっていた。

「祈りましょう。世界の真の平和の為に」
「中央憲兵? あぁ……あんたらがそうなのか。わりぃな友達いっぱい殺しちまって」
「そんなお前をも王は服従さ使えさせた。そこが王の果てしなさよ……」
「……サネスさんよ……ずいぶん心酔されなさってるようだな」
「だから俺はどんな仕事もこなしていける。お前は違うのか? なぜ王の元に降った?」

 真の王家が持つ巨人の力はどこか神々しささえも感じさせるのか、無能な王が玉座に咳を置く中で、あの力に誰しもが魅了されたって事なのか、すっかり心酔している御様子の若き日のサネスに尋ねられて俺は静かに答えた。

「……俺ぁ……。さぁな……。多分……奴が一番強ぇからだ」

 そう……この世で一番偉いのは、この世で一番強いヤツのことを示す。だから俺はその事をクシェルの忘れ形見の心身に教え込んでやったんだ。アッカーマンの力を持って生まれた、弱いヤツになんかなり下がらずにこの醜悪の巣窟である地下を生きていけと、今にも飢え死にしそうだったクシェルの忘れ形見は俺の教えに従いめきめきとその力をつけていった。

「いいか? わかったかこのデカ野郎!!」

 力さえありゃいいんだよ……。
 少なくともリヴァイ、お前ぇは俺の妹みてぇな最期を迎えることはねぇだろうからな。
 馬乗りになり、地下街のゴロツキを俺が教え込んだ処世術で叩きのめすすっかり一人前になった後姿を見ればもうこいつは一人で何でも出来るようになっていた。もう俺の教える事は何一つねぇ。後は好きに生きてそんで……そのまま地上へ出るなりすりゃいい。
 お前は俺のような力に溺れてそれしか生きがいを見つけられねぇような男になるんじゃねぇ。別れの挨拶なんかいらねぇだろ、俺はリヴァイに背を向け、そのまま地下街を去って行った。
 それからの事は分からねぇが、あいつはそう簡単にくたばる様な人間じゃねぇ。女もいつの間にか俺の前から姿を消していた。
 気付いた時にはあいつは裏の顔を捨てて、いつの間にか地上の、調査兵団という組織の一員に加わり俺とは別の真逆の、苦労も人間の醜悪もこの世の地獄も何も知らねぇような優男と寄り添い合う様に幸せそうに笑っていやがった。

「私、もうすぐ結婚するの」
「ああ、そうかよ……」
「アンタはアンタの夢がある……。欲しいんでしょう? あの力が……。だけど、その夢に、私はいらない……。私は……力なんか一番要らない、こんな力なんかいらなかった。戦いたくないのに、止められない。叶うならこうして普通に生きていきたかった。だけど、この思いは叶わない。今も戦いからは逃れられない、だから、この子には平穏な道を歩んでほしいのよ。普通に成長して、結婚して子供を産んで、普通に、死ぬときは冷たい土じゃない、普通に人生を終えて……」

 調査兵団で巨人を殺しまくっていたあいつの名前は中央まで届いていた。何年振りかに呼ばれたかと思えば、女が指定したのはストヘス区の酒場だった。相変わらず何を考えているのか分からねぇ女だ。呑めない酒の入ったグラスを揺らしながらまだ平たい腹を撫でる。
 さんざんこの血を拒んできた女はいつのまにか俺じゃねぇ男のガキを孕んで、クシェルのガキを殺そうとしたあの手は今は愛おしげに撫で続けていた。女はこの血がいつか絶え果てる事を、そう望んでいた。

「おかしいでしょう? この血を絶やしたいのなら結婚なんかしなければいい、子供なんか作るなって思うでしょう? 本当はこの命も絶やすべきなのに……。それなのに、いざ自分のお腹に命があると思うと……どうしても、愛する人との子供がお腹にいると思うと女って、不思議よね……これが母性なのかしら。愛おしくて仕方がないのよ。ねぇ、私とあの人がもしいつか巨人に食われて死んだら、お願いよ。この子を守ってあげて。普通の、ささやかな幸せが送れるように、血なんかと関係ない世界で。クシェルの命を助けたお礼だと思って、」

 妹を引き合いに出して女は静かに笑った。俺の弱味でも握った気になりやがって。それなのに、それでも拒めないのは俺は未だコイツへの未練を捨てきれないからだろうか。
 俺は招待された結婚式の招待状を破り捨てた。あいつが他の男のモンになる瞬間なんか、見てられるか。あのうさんくせぇ笑顔の優男、生まれたガキも、そりゃあ、あいつによく似た女には似ても似つかねぇメスガキだった。

「私はもう……長くない」
「……んなもん誰だって見りゃわかるよ」

 どいつもこいつも、俺に何を託しやがる。俺が欲した力の根源は俺に静かにそう告げた。あれからどれだけの時が過ぎたか、最初に出会った時よりも王はかなり老け込み、今は猛杖なしには歩けないほどに年老いちまっていた。

「バケモンのクセに老いと病にはかなわねぇと……てめぇにゃガッカリしたぜ……」
「少し違う……」
「あ?」
「この力はロッドの子達に引き継がれる。私はその子らの記憶の中で生き続けるだろう……」
「……そりゃどういうことだ? 力が引き継がれるだって?」
「ケニー……この世界はそう遠くない未来、必ず滅ぶ。そのわずかな人類の黄昏に、私は楽園を築き上げたいのだ。お前は暴力を信じているな? それは避けがたいこの世の真実だろう。だが……滅ぼしあう他無かった我々を、友人にしたものは一体何だ?暴力か?」
「……はッ、知らねぇよ……ただお前にバカでかい腕でつまみあげられなければ俺は……お前の頭にクソ詰め込んでただろうな。それこそ友人とやらになる前によぉ……」

 俺の言葉に、ロッドは静かにそう微笑んでいた。まるで最初から自分の死期を感じ取っていたみてぇに。最強の力を手にした余裕が見せた慈悲か。強い人間は皆こうなっちまうもんなのか。

「……あぁ……、避けがたい真実だ……それでも私は……あの時の奇跡を……信じている」

 奴とは……最後まで同じ気分にはなれなかったが……奴の言うとおり、バケモンは受け継がれたらしい。目を見ればすぐに奴がいるとわかった。
 ロッドの娘も、人々の愛がどうしたとか、平和がどうのこうのとか、似たようなことをほざいている。どうしてお前はそんな暇なことを言ってられる?お前に力があって、余裕があるからか? その力を手にしさえすれば誰でも同じなのか?……例えば……俺でも――……。
 ウーリ・レイスが死んで、その力は兄貴ではなく兄貴のガキに、しかも長女に引き継がれてそれから姿が見えなくなった頃、とうとうあの優男が死んだ。女は何故か、よりにもよって人類の最前線のシガンシナ区に居住を構えて巨人の餌に暮れてやった足を抱えながら娘と暮らしていた。

「動くな」
「オイオイオイ……何なんだよ物騒なモン持たせやがって……」
「誰?? 正体を見せなさい、さもなくば殺す……」

 娘は俺を見るなりまるで凶暴な獣のように鋭いナイフを手に俺の背後を取るように立っていた。
 ますますあの優男に似てきた。女の方の腹ん中にいたのにその面影なんかまったく感じられねぇままの娘。
 よりにもよって、クシェルの忘れ形見とのガキを腹に宿していた。いったいどこであいつと、このガキが出会っちまったのか。
 俺たちの未練が受け継がれたのか、太陽の下と薄汚ぇ地下で、360度の全く異なる世界で生きて来た人間同士が…まして、俺はあの時ガキに教えた筈だ。俺のようにはなるな、だから女にだけは心を許すなと、それなのに…。それも俺達と同じようにあいつらにも流れているアッカーマンの血が、そうさせたのだろうか。
 俺は自分の目的を果たすべく、王を守る為とは名ばかりの組織を築き上げていた。名乗りをあげるべく創設した「対人立体機動部隊」。だが、それは調査兵団に対抗する組織と言いつつもあくまで上っ面向きの顔だ。本当の目的は…。そう、俺は未だウーリが手にした景色を見ようと思っていた。

「俺はケニー・アッカーマン。「切り裂きケニー」なんてダセェ呼ばれ方もしたな。お前らみてぇな憲兵のエリートの喉を飽きるほど掻っ切ったりしてきた罰なんだが……ま、色々あってこの新設された「対人立体機動部隊」の隊長を務めることになった。よろしくな。

 憲兵の中でもとりわけエリートの中央憲兵さらにそん中から犯罪者逮捕歴実績の多い奴らを中心に集めて編成した俺の新しい夢の形。栄えあるエリートを名誉ある俺の隊に引き入れたのに、その割に兵士たちは偉い立場を得たと言うのに生気を感じさせない雰囲気で俺の話にもリアクションが薄い。

「あん? まあわけがわからんのも分かる。兵団にいたこともねぇ殺人鬼がお前らのボスだって言われてもよろしくねぇだろうよ」
「構いません」
「ん?」
「壁が破壊されて2年……巨人の相手は諦めて……人間と残された領土をめぐり争いあう。それが我々の存在意義ですね? この壁のルールに従い我々が兵団組織を上り詰めた結果がこれです……」
「構いませんよ。全ては無意味です」

 俺の顔を見て抑揚のない声でそう告げた一人の女兵士がそう告げた。こいつらはそうやって功績を上げても意味のない世界に自分達の価値を見いだせなくなっちまっているのだと知る。

「ヒッ、安心しろぉ。「調査兵団」の対抗組織なんて大義名分。この隊を作る際に俺が考えた建前に過ぎねぇ。議会のクソ共を頷かせるクソ用の方便だ。苦労したんだぜぇ? 豚のご機嫌取りやら根回しやらなぁ、じゃあ何の為にそこまですんのかって? そりゃあすべては……大いなる夢のためだぁ!」

 神にも等しい力だ。それを手にした奴はみんな慈悲深くなっちまうらしい…。こんなクソ野郎でもそうなっちまうのか? 知りてぇ…。なぁ、ウーリさんよ。一体どんな気分なんだ?
 そこから見る景色ってのは……一体どんな景色が見える?俺のようなクズにも……本当にお前と対等な景色を見ることができるのか?なぁ……?ウーリ……。

「愛してるわ、ケニー」

 もう聞こえねぇ筈だった、最後に聞こえたのは…忘れた筈の女の声だった。ミナミ。何だ、お前も……そこにいるのか。俺も今からそっちに行きそうだ。
あの日、言えやしなかったあの言葉を、今なら言っちまいそうだ。

To be continue…

2020.04.28
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