「エルヴィン、持ってきたよ――!!」
応急処置を受け、右腕を三角巾で吊ったハンジが空いた左手を振りながらエルヴィンの指示を受け多くの部下を引き連れて明るい声でこっちに向かってやって来た。
「ハンジ!! 大丈夫なの??」
「ああ、もちろんだよ、思ったより傷は浅かったし、何ともないよ」
「よかった……何か手伝おうか? 私も持つね」
「いやいや、いいよ! 重いし、君は力ないんだから無理しないで」
昨日受けた傷は思ったよりは深くはなく、まして寝込んでいる場合ではないとハンジは戦えない分知恵を絞って最終手段である自分達調査兵団の為に打ち立てた作戦を実行する。心配そうに駆け寄るウミも、元々力がないくせに、懸命に手伝おうとするが、その樽と火薬と縄の量の多さに驚いて立ち止まる。付け焼き刃で礼拝堂へ向かう時に慌てて用意した物よりもその量は圧倒的に多く、威力もけた違いだ。
「ありったけの火薬とロープとネット。まだ組み立てなきゃいけない。あああ!! あと「コレ!」向こう側にも同じ物がもう一つ。1回撃てば引き金が固定されて立体機動装置と同様に巻き取り続ける。で……砲撃はどうなの?」
「セミの小便よか効いてるようだ」
「じゃあ……本当に「コレ」使うの?」
モブリットが用意した「コレ」と言われた装置に目をやれば台車にぐるぐると巻きつけられた樽の先端には二対の鋭い刃が備え付けられ、立体機動装置と同じ射出するアンカーに持ち手にはアンカーを射出し巻き取るグリップが巻かれている。それを壁に手をついて立ち上がるであろうロッドレイス巨人の手に撃ち込んで起爆させてその体勢を崩すのが狙いだ。
ハンジが大量に用意させたその樽には見覚えがある。レイス家の礼拝堂の地下で対人制圧部隊相手に少数精鋭で対抗すべくアルミンが考案して準備した樽爆弾の材料である。
「では……リヴァイ、ジャン、サシャ、コニー。あちら側は任せた」
「「了解!」」
朝焼けが美しい空の下、ハンジとモブリットが用意した大量の樽を見つめながらエルヴィンは的確に指示を飛ばし、駆け足で行動を開始した。
時間が無い中で急ぎ作業へと取り掛かる。
「ウミは樽を担ごうと考えなくていい、とにかく縄で縛り上げ固定するんだ」
「うん、あ、はい、わかりました。団長、でも、これを纏めてどんなふうに作ればいいかな……エレンに運ばせるんでしょう?」
作戦を受け、名前を呼ばれなかったのもありエレン達の組に残ったウミ。作戦となれば彼女は誰よりも優秀な兵士となりどんな巨人が待っていたとしても臆することなく最前線へ果敢に挑んでいく。いつも頭の中でリヴァイの事ばかりを考えているわけではない。
ロープを腕にぐるぐると巻きつけながらもウミはこの樽をどのようにするのか、全体図が見えないのか戸惑うウミに対してエルヴィンが例えた分かりやすいその表現にウミもにっこり微笑んで張り切って準備に取り掛かるのだった。
「……そうだな……作り方は…大事な人への贈り物を包装するイメージだ」
「そうか……その例え。わかりやすい……!」
「君なら安易に想像できるだろう」
「そ、そうね……でも本人に樽爆弾はさすがに贈らないけどね……」
この樽爆弾をどんどん積み重ねて、格子状に編み上げたロープを絨毯のように広げて樽を包みこむようにひとまとめにして縛るのだ。そうして形成された巨大な爆弾を巨人化したエレンに持たせて、ロッド・レイス巨人の灼熱の体内へぶち込み内側から爆発させ、あの醜い肉体をバラバラにする。
あの巨体のうなじだけを狙うのは高熱の蒸気で全身を守っているのもあり、例えあの巨人殺しの達人集団の中でも化け物じみた強さを誇る調査兵団の精鋭の中のさらなる精鋭であるリヴァイでも至難の業である。ならばばらけさせた肉体の中からロッドレイス巨人の本体を探して仕留めればいい。
樽に巻く床に放られた縄を自分の腕に巻きつけながら、時期女王陛下でのみで在りながら当たり前のようにもくもくと作業に参加するヒストリアにゆっくりと近づいたのはエルヴィンだった。
「リヴァイから聞いたと思うが……。ヒストリア……ここを凌いだあかつきには、君にはこの壁の世界を治める女王となってもらう。当然こんな前線にいてもらっては困る」
「私には疑問です。民衆とは……名ばかりの王になびくほど純朴なのでしょうか?」
「……何か考えがあると……」
「そのことで私に考えがあります。自分の果たすべき使命を自分で見つけたのです。そのために今ここにいます」
そうしてヒストリアが願い出た考えとは。耳を傾けるエルヴィンにヒストリアは自分の考えを打ち明けるのだった。
――「私が巨人にとどめを刺したことにしてください! そうすればこの壁の求心力となって情勢は固まる筈です」
「君の考えは理解したが……戦闘への参加の許可は出来ない……。それならその役目は君の替え玉を演じた背格好が似ているウミに任せて君はすぐに避難してもらいたい。ウミなら君の代わりに成し遂げる筈だ」
「それでは意味が無いんです……!! 団長……どうか……お願いです! 私は自分の果たすべき使命を自分で見つけました! そのために今ここにいます!!」
「まぁ……もっとも……私のこの体では……君を止めることは出来ないだろうがな……」
リヴァイが出来なかった説得を今度は団長直々に行うが、ヒストリアはそれでも自分の意志を曲げることなく自分より何倍も背の大きいエルヴィンに自分の思いを懸命に伝えており、実の父との別れを前にしても其処には迷いは無い。しかし、そう言いながらも隻腕となった今の自分では彼女を引き留めることは出来ないと、自嘲気にそうヒストリアに横顔を向けたまま失くした腕に触れ、静かにそう告げるのだった。
――「撃て――!!!!」
例えその巨体に効き目がないとしても。駐屯兵団達によるロッド・レイスへの砲撃は休むことなく絶え間なく続けられていた。穴だらけの醜い身体を引きずり壁へ壁へと接近していく。
その轟音を真下で響かせながら壁上では急ぎ樽爆弾の作成が行われている。エルヴィンへ自分の思いを訴えるヒストリアに対してその様子を見ていたエレンは調査兵団を纏めるエルヴィンにも臆することなく堂々と意見を述べる成長したヒストリアの姿を対比して改めてエレンは自分の精神的な弱さと未熟さを思い知るのだった。
「(ヒストリア……本当に強くなったんだな……お前の事を弱いやつだと思ってたけど逆だった……弱いのは俺だ……。どこかで自分は特別だと思っていだんだ だから他の兵士がオレのために死ぬことも「仕方が無い」って受け入れた。巨人の力だってそうだ…あれほど憎んだ巨人を自分の体だとすんなり受け入れられたのも、その強さは自分のものだと思いたかったから……。それこそ弱いヤツの発想だ。これからどうする? 壁の穴が塞げるようになったからって……それで人類は救われるのか? オレは特別でも何でもないのに……。でも…本当についてないのは人類の皆さんだ……。)オレなんかが切り札でよ……」
アルミンが発案した樽爆弾は駐屯兵団の攻撃で作戦の通り、結局仕留められなかった最終手段として一縷の望み。それは全て残された最終手段であり奥の手であるエレンに命運は託された。
ぼんやりと吐き捨てながら、その真下の壁内を見下ろすエレン。乱雑に置かれた縄をグルグルと腕に巻きながら作業を続けるが、その心は何処にも無い。何も変わらない街の光景がそこにはあって。ふと、その下ではしゃいでいる3人の幼い子供達の姿が視界に入ってきた。
「なぁ……この街の子供達はまるで……あの日のオレ達みたいだな……」
その光景を見つめながらエレンはぼそりと、その三人にかつての五年前の自分達の姿を重ねていた。壁上から不気味に顔をのぞかせたあの超大型巨人、それが全ての悲劇の始まりであった。ウォール・マリアが破壊される前のまだ何も知らない。
無邪気に壁外の世界に思いを馳せていた頃の幼い無邪気な自分達の姿を思い出して近くの樽に居たアルミンへそう話しかけると、アルミンは樽に足を掛けて、ぎっちり縄を引いて固定しながら手は休めずにエレンの目線の先に居る子供たちへ眼を向けた。
「……ああ。まさか今日、あの壁よりでかい巨人が襲ってくるとは思っていないだろうから。あの日の僕達と同じ光景を見ることになるだろうね。でも……、あの日と違うのは、壁の上に巨人を迎え撃つ兵士がいて、それが僕らだってことだ」
「そうだ。端まで積み上げよう」
ハンジの指示を受け、重たい樽を軽々と肩に樽を担いだミカサがどんどん樽を積み重ねていく。身軽ではあるが、非力なウミも当たり前のように腕まくりをして手伝おうと意気込んでいるのをミカサが止め、ウミが持ち上げようとしている樽を取り上げる。
積み重ねた樽を縄で固定しながらエレンと「あの日」の話をするアルミンの言葉とミカサの姿にエレンの脳裏には母カルラが捕食されたあの日の生々しい記憶がふつふつと蘇るようだった。
移動を続けていたロッド巨人がとうとうオルブド区外壁の下まで到達した。真下へ照準を変え、駐屯兵団達は壁上固定砲を思い切り真下へ向け項めがけて狙い撃ち今度こそここで止めるのだと。
「よし!! うなじの肉を捉えている!! 次で正射で仕留めるぞ! 装填急げ!!」
真下からの砲撃を受ければ圧倒的にこっちの方が有利である、ようやくその醜い図体のうなじを狙い、その姿を捉えられそうな千載一遇のチャンスを手にしたその土壇場で、突如朝焼けから朝を迎えた空は急遽風向きを変えて、ロッド巨人が放つ熱風が今まで抜けていた風がまるで灼熱の嵐のように一気に待機している兵団の壁上目掛けて吹き荒れたのだ。
「うううっ!!」
「熱ッ!!」
「クソッ……まずいな。風向きが変わった!」
激しい熱風にあおられ、その灼熱の熱に兵士達から苦悶の声が上がる。リヴァイ達にもその風は容赦なく吹き付け、リヴァイは突如として変化したその風向きに忌々し気に眉を寄せた。
「隊長!! 何も見えません!!」
「構わん! 目標はすぐ下だ!! 撃て―――っっっ!!!」
次の砲撃態勢に入っていた駐屯兵団達が熱を孕んだ白煙に包まれる中でとにかく撃てと、真下に居るロッド巨人目掛けて打つが、放たれた高温の蒸気から立ち上る白煙によって完全にその視界を塞ぎられてしまい、照準を狙い定めて撃つことが出来ない状況だ。
「遅かったか……」
それでも何とか狙い定めて壁上固定砲が火を噴くもそれは無駄撃ちで終わってしまった。時すでに遅しだった。エルヴィンが冷静にその光景を見つめながら呟くと同時に ロッド巨人の巨大な手が壁上を掴んだ。
もう片方の手も壁を掴み、両手をつくと、その衝撃で壁上の破片が砕け、下の民家へと落ちていく。今までずっと伏せて進んでいたその巨大な上半身を起こし、壁に手を掴んで起き上がるように、咆哮を上げて醜い全容を露わにしたのだ。
「巨人だ……!」
エレンが見ていた三人の子供達の目にもその光景が見えただろう。顔の肉どころか顔の部位は引きずり続けて前進してきた事で皮膚事全て削げ落ち、脳味噌までもが剥き出しとなっており顔が無い。パクパクと何とも情けなくその口が動く。そして壁よりも大きく飛び出したその巨体はオルブド区の街をじっくりと覗き込んでいる。
まさしくあの日、エレン達が目にした5年前の「あの日」の悪夢の再来。情景が重なる。
今度は「あの日」の無力だった自分達と同じように別の幼い子供達が目にし、驚愕と絶望に震えていた。
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
グロテスクなその醜悪な姿には真の王家の貫禄はもう残されていない。地面を引きずり続けて進んで来たその顔はほとんど部位が遺されておらず、皮膚はそげ顔は血まみれで鼻も目も口もない。
そして同じように剥き出しの腹は臓器が露出しており、心臓が脈打ちそしてあばら骨はまるで牙のように蠢いており、赤黒い内臓が剥き出しになり重力に従う様に内臓がだらりとたれさがりそのまま壁上に落下しはじけ飛んだのだ。
それはまるで巨大な爆弾、その光景を目にした住人たちは忽ちパニックに陥りわれ先に逃げ出そうと説明をしていた駐屯兵団達を巻き込み阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだ。
「ううぅっ……」
「ウミ、大丈夫?」
「っ……大丈夫」
「確かにあんな大きい物……気持ち悪いですよ……」
食欲が昨日から無いと告げるサシャも、暫く口にしていない肉料理はもうしばらくは食べなくていいと思う程にそのグロテスクなロッド巨人の変わり果てた姿に絶句していた。剥き出しの内臓がビクビクと動き、そして巨大故に剥き出しの臓器からは血生臭い悪臭。目を覆いたくなるような醜いその姿。
兵士として多くの死体を見て来たが、それでもあんな巨大な臓器を見たことは無い、リヴァイが拷問した時と同様に血の匂いが同も駄目らしい。吐き気がこみ上げ、手で口元を覆いミカサの腕に顔を埋めて堪えていた。
「オイ、またゲロ吐いてんなよ」
「だ、大丈夫……」
「まぁ、確かにゲロしたくなるような絵面だな……。気持ち悪ぃ、」
故郷を奪われ、最愛の母が死んだ「あの日」と同じ超大型巨人が壁の中の自分達を覗き込んでいた光景が鮮明に蘇るようでたまらず目を伏せていた。心配そうに見守るミカサに擦り寄りミカサも震える手を伸ばしていつの間にか自分よりも小さなウミの身体を抱き寄せその小さな硬い皮膚に覆われたその手をぎゅっと握り締める。
「あの日」の絶望を知るミカサもトラウマを呼び起こされて怖いはずだ、それでも震えながらも黒曜石のような黒に染まる澄んだ瞳。エレンを守ると言う強い意志に変えて立ち向かおうとしている。
「しかしデケェな……」
「壁の高さが50mあるなら超大型巨人は60m……けど、あの巨人は桁が違う……120mはある筈だ……」
「120m!?」
その言葉に絶句するのも無理はない、ウミはますます蒼白した顔面をさらに青くしていた。ベルトルトの超大型巨人でさえ大きいと思ったのに。アルミンが呆然と蒸気に包まれ壁上を軽々と超えた巨体を眺める。
超大型巨人の比ではない。壁など軽々飛び越えてしまいそうに大きな巨体は全長120m。幾ら巨人殺しの達人集団でもあの大きさに太刀打ちできない。逃げ惑う人々の声が響く中で壁上の駐屯兵団達たちも急ぎ退避と叫びあちこちへと散り散りになり逃走する中で退避を呼び掛けた師団長は地獄絵図と化した町の光景に呆然としていた。ロッドレイス巨人の掴んだ壁が粉々に砕ける、この壁は完全に破壊し尽くされてしまう。
「クソ……突破される……俺の育った街が……終わりだ……」
絶望に暮れ肩を落とした駐屯兵の師団長の肩を突如誰かの手が置かれ、振り向けばそこに居たのは立ち上るロッドレイス巨人の蒸気に火傷しないよう全身に水を浴び濡れた衣服が彼の筋肉質な身体にピッタリと張り付き、普段セットされている黒髪を濡らしたリヴァイの姿だった。
「ひっ!」
「下がってろ駐屯兵団。後は俺達が引き受ける」
その後ろではリヴァイに続く様に樽に溜められた水を頭からかぶる調査兵団たちの姿がある。これからは調査兵団達が働く番だ。
「エレン、出番だよ」
「ああ、」
水を浴び濡れたアルミンの声を受け、エレンが肩をグルグルと回して合図を待つ。作戦開始だ、動き出したアルミンの背に迷いを吹っ切ったエレンが声を掛けた。
「アルミン。あの日と違う事はもう一つあるぞ」
「え?」
「頼りないかもしれねぇけど……人類には……切り札があるって事だ」
切り札。自ら口にしたそれは。その時、アルミンへ告げた言葉にエレンの先ほどまでの悲観に暮れていた表情は消えていた。やがて、眩い閃光とともにエレンの真下に巨人化の際の落雷が落ち、硬質化の能力を得て新たに進化したエレンが巨人の姿へと変えた。
「あれは……巨人?」
街を照らす光の中、子供たちが背後に感じたまばゆい光の中で確かに壁上に姿を見せた巨人化したエレンを見つけた。
「ウミ」
「どうしたの、エルヴィン?」
急いでウミも頭から水を被ろうとした時、突然背後からエルヴィンが声を掛けてきた。水をかけてくれという事だろうか、しかし、エルヴィンが手にしていたのはつい数日前に替え玉作戦の際にヒストリア役として変装した際に使用した金髪のカツラだった。
「これを使え」
「えっ、どうして?」
リヴァイに軽々と持ち上げられたように、可憐な見た目をした小柄で実戦経験も乏しい非力な彼女では空中分裂してバラバラに散らばった肉片の中から父親の本体であるうなじを探し出し仕留められると信じていいとは思えない。
しかし、確かに壁の王となる人間があの巨人を仕留めて住民を救えば確かに王としての確かなことは出来ない。エルヴィンはヒストリアの思いを組みながらも念には念を入れよとの事でウミにあの時使用したカツラを手にし、今だけヒストリアに成りすましてあのロッドレイスを仕留めろと告げる。
「さっきエルヴィンとヒストリアが話してた内容だけど……みんなヒストリアを過小評価しすぎだと思う……! あの子は見た目こそ可憐な美少女だけど、だからって成績も上位10番内に入っているし、非力で、そして誰かに守ってもらうような子じゃないよ。私が変装する必要はない。あの子は誰よりも優しくて強い子……だから。私はもうヒストリアの替え玉になることは無いよ、なる必要はない、あの子なら、ヒストリアなら必ずやり遂げる。それに――……親子同士でああして喧嘩するの、今までお母さんしかいなかったヒストリアにとっては初めてなんだよ? 私のお父さんはもう死んでしまったけど……もし、お父さんがあんな気持ち悪い怪物になってしまったのなら……私も自分の手でお父さんを眠らせてあげたいと、そう思うから……」
「それが君の意見か、ウミ」
「うん、そうだよ」
にこり、エルヴィンにそう微笑むと、ウミも準備に入るために置けを掴んで勢いよく頭から水を被り、全身ずぶ濡れの姿に華奢な肢体に衣服を張りつかせながらブルブルと顔を振り、勢いよく走り出していった。
「いつでも行けます!!」
先ほどハンジが用意させた「アレ」と手にしたサシャとアルミンが待ち構え、上記の中でエレンが巨人化した衝撃で動きを止めたロッドの手の近くで待ち構えていた。
「攻撃……開始!!」
エルヴィンの手には信煙弾が装備されている。全員が用意できたのを見届け、エルヴィンが信煙弾を上空に向かって撃ち上げた瞬間、赤の煙弾が撃ち上げられて白煙の中を突き抜け作戦の開始を知らせた。
「いっけぇええええ!!」
先ほど用意していた樽を積んだ荷車からロッド巨人が壁上に乗せていたその手に向けて発射した。アルミンとサシャから放たれたそれは勢いよくぶっ飛んでロッド巨人の手に見事命中し、爆発した。
「よし! 体勢が崩れる!!」
「エレン!!」
手に爆弾を食らった衝撃でロッド巨人の巨体はバランス感覚を失い、体制が崩れ始めた。その醜い顔が壁上に乗っかった瞬間、エルヴィンが声を張り上げてエレンに出番だと呼びかければ、蒸気の中を引き裂き背後から姿を見せた巨人化エレンが壁に顔面を乗せたままのロッド巨人に目掛けて綺麗に縄でくるまれてラッピングされた大量の火薬樽を縄の袋に詰めて肩に背負い一気にこの壁上を駆け抜ける。
その姿は街の住民達にも見えていた。作戦の全容を理解した調査兵団達も固唾を呑んでその瞬間を見守る。
「つまり……あの巨人を倒すには口の中に火薬ぶち込んで、あわよくばうなじごと吹っ飛ばそうってことか?」
「そうだ」
「確かに……あの高熱なら起爆装置が無くても勝手に燃えて爆発するだろう…。巨人が都合よく口をアホみてぇに開けといてくれればな……」
「うなじの表面で爆発しても効果は望めない。必ず内側から爆発させなければならない。目標はその自重ゆえなのか顔を大地で削りながら進んでいる。つまり「開く口」すらないのかもしれない。それが今回の賭けだ」
いつもエルヴィンが思いつく作戦は博打にも似た賭けにも似た作戦が多い。しかし、彼の博打はいつも必ず成功する。エルヴィンの読み通りにロッド巨人がこちらを見た際に見せた顔面は引きずりすぎて顔の原形は全て削り取られ、穴という穴のいたるところは血まみれで剥き出しになっていた。今回もエルヴィンの賭けは見事に当たったのだった。
――「大当たりだ!!」
壁上を駆け抜け、エレンはロッドの顔面の前に辿り着く。エルヴィンの読み通りだとエレンは勢いよく肩に担いだプレゼントの火薬をむき出しのその口だった器官目掛けて一気に投げ込むのだった。
解けた縄の袋から解き放たれた樽たちがバラバラに散らばりながら口腔内へ吸い込まれ、そして――……その瞬間、ロッド巨人の中を迸る高熱の蒸気にあてられた火薬が一斉に起爆、内部を暴れるようにボコボコと爆発した衝撃が膨れ上がり、そのまま巨大な火柱をあげてロッド巨人は内部の皮膚を突き破り爆発してその肉体が一斉に白い煙の軌跡を青空に描きながら空中へと飛散したのだ!
「総員!! 立体機動で止めを刺せ!!!!」
エルヴィンが左手をかざして一斉に合図を送った。その瞬間、その命令を受けてリヴァイ班達が一斉に立体機動装置を展開、アンカーを射出して壁上から上空に向かって街に散らばるロッドの肉片を追いかけて飛んだ!!
――これほどの巨体でも本体は縦1m幅10cmの大きさしかない。本体を破壊しない限りまた体を再生させ。高熱の盾を生み出す。この機を逃すな
作戦の最後のエルヴィンの言葉を受け一斉に離散したウミ達、ミカサ、リヴァイ。精鋭たちが上空で回転しながら肉片を斬り裂き本体を探す。
「(この中から本体を探すなんて――……)」
手にした左手の刃で切り裂き、そしてとっさに刃を射出してぶん投げた先に飛んできた肉片を刃が斬り裂くも、それは本体ではない。ウミは落下しながらも補充したガスを最大限に放出しながら逆回転する身体を操り周囲を見渡していた。いったいどこへ散ったのか。全員が血眼になりながら必死に探す中で最初から親と子のテレパシーかはわからないが、ヒストリアが迷わずにガスを蒸かして後を追いかけるように飛んだ。
「熱ッ!!」
「クソッどれだ!?」
爆発で飛び散る肉片を斬り裂いていくも、どこにあるのか本体を探すのに手間取っていたジャンとコニーの背後から何とヒストリアが姿を現した。ヒストリアはロッドの肉片を切り刻みながら、冒頭でのエルヴィン団長との会話を回想していた。
「ヒストリア!?」
ジャン達がまさか団長の説得も無視して自ら飛び出してきた少女に驚いているようだった。ヒストリアは真っすぐ飛びながら心の中で謝罪を口にしていた。
――「(エルヴィン団長、リヴァイ兵士長、……わがままを言って申し訳ありません。でも初めてなんです。親に逆らったの……。これは、私が始めた……親子喧嘩なんです……!)」
その時、ヒストリアの背後を猛スピードで黒煙を纏い落下していく他の肉片よりもひときわ大きな肉片を見つけたのだ。それが即座にロッドの顔だと瞬時に理解し、ヒストリアはアンカーを射出して一気に加速すると、その肉片に向かってまっしぐらに突っ込み、そしてアンカーを巻き取る勢いで回転しながらその声を張り上げ部位を切断したのだった。
その瞬間−突如としてヒストリアの記憶に向かってロッドの記憶の断片が、まるで父親の走馬灯の記憶がそのままスローモーションのように、一気にヒストリアの記憶の中に流れ込んで来たのだ。
――「父さん、話をきいてよ父さん! 巨人を今すぐ一匹残らず殺せばいいんだよ! 何で!? 何で分かってくれないんだ!?」
「僕ならきっと大丈夫だよ兄さん。どうか祈ってくれ、」
「アルマ……君だけだ僕を分かってくれるのは……」
「私に任せて父さん。先祖の亡霊になんか私は負けないから」
「……神よ」
これまでに「始祖の巨人」を継承してきたロッドの父、そして弟のウーリ、娘のフリーダ、そしてヒストリアの母であるアルマに縋るロッドのこれまでの記憶がヒストリアの脳内へと注ぎこまれていく。
飛散した肉片の中からうなじを切り裂き、自らの手で父親の末路に最後のとどめを刺したヒストリアはうなじを斬り裂いた衝撃で空中で爆発したまま吹っ飛ばされ近くの馬車の積荷にそのまま落ちていった。
「この街は救われたんだな……」
「オイ、大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「君があの巨人にトドメを刺したのか!?」
「(あれは……私の妄想? 私は……本当に……自分の意志で動いてるの? もう……分からない……けど、こうやって流されやすいのは間違いなく私……)」
落下したヒストリアに集まる民衆たち。落下した衝撃でヒストリアは意識を朦朧とさせいたが、ふらついた足取りでゆっくりと立ち上がりながらも自分を囲う様に集まってきた住人たちへ向き直ると、彼女はゆっくりと民衆へ高らかに告げた。
「……私は……ヒストリア・レイス。この壁の……真の王です」
私は、ヒストリア・レイス。だと。凛とした声で青い大きな瞳を携え、突如として姿を現したこの目の前の高貴な風貌を宿した美しい少女はオルブド区に突如出現した巨人を自らの手で仕留め、そしてそう告げた。佇むその姿に、誰もがあの巨人を仕留めたのがこんなにもまだ幼く可憐な少女だとは思いもしなかっただろう。
今ここに、導き手を失い混沌の道に堕ちた壁の世界の未来を担う為。輝く朝日を背に受けて、壁内初の「女王」として、偽りの王から真の玉座を取り戻したのだと、力強い眼差しを浮かべてヒストリア・レイスとして君臨していたのだった。
2020.04.27
prev |next
[back to top]