THE LAST BALLAD | ナノ
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#82 BARRICHESTRA

「確かに……。今のロッド・レイスがエレンを食べてまともに元に戻るのかってこと自体何ひとつ確証が無い……」
「むしろあの破滅的な平和思想の持ち主から「始祖の巨人」を取り上げている今の状態こそが、人類にとって千載一遇の好機なんです。そう…あなたのお父さんは…初代王から私達人類を救おうとした。
 姉さんから「始祖の巨人」の力を奪い、その力を引き継ぐ者が居ないように、レイス家の血を引く子供たちを一人残らず殺害したのも…それだけの選択を課せられたから」
 ロッド・レイスが自分に触れたことで失われた5年前の出来事が今は鮮明に思い出せる。
 あの時、ヒストリアが自らの身体に投与しようとしていた者と同じ巨人化出来る注射器を持ち涙を流して自分にこの力を与えた際に叫んでいた父親の必死の声が響く。父親は理解していたというのか。この始祖の巨人の力がある限りこの壁の世界で巨人に怯えて支配され暮らす自分達は永遠にそのしがらみから逃れられないと。だからこそ自らの身を犠牲に暴挙に及んだと言うのか。

「手を出しなさい! エレン!! いいか、ウミやミカサやアルミン……みんなを救いたいのなら、お前はこの力を……支配しなくてはならない……!」

「父さん……」
「そうだよ! あのイェーガー先生が何の考えもなくそんなことするわけがないよ!」
「そう……! レイス家の血がなくてもきっと人類を救う手立てはある! だからグリシャさんはエレンに地下室の鍵を託した」

 そうだ、ミカサの言葉にエレンはウォール・マリア奪還作戦の真の目的を思い起こさせた。瓦礫の下に埋もれた自分の家の地下に眠るこの世界に秘められた真実を手にする為だ。

「エレンだからこそ、誰でもないエレンに託した。エレンならきっとこの力を使いこなせるとグリシャさんは信じて託した。ミカサの言う通りだよ、エレンがその地下室に繋がるとされる重要な鍵を持ってるんだもん、エレンが食べられたらそのカギの事も地下室の事もみんな忘れちゃうんじゃないかって…私もそう思う。このままエレンを犠牲になんてさせたくないよ…それに、エレンは硬質化の力を手に入れたんだよ!?」

 エレンをこのまま喰わせたくはない。ロッド・レイスを洗脳する「始祖の巨人」が引き継いできたこの世界の起源を知る「初代王」の支配から逃れてロッド・レイスが自分達に力を貸すかどうかも確証はないとアルミンと、そしてエレンが犠牲になる未来にどうにか回避できないかと普段寡黙なミカサも必死の剣幕で訴えている。

「地下室って? あぁ……あれですね!? つまり大事ですよね?」
「あぁ……、うん」

 ウォール・マリア奪還作戦の本来の目的であるエレン家の地下室の話題についていけていないサシャとコニーがとぼけながらも何とか話について行こうとしているが誰も気に留めない。ジャンもウミの意見に同意するように愛馬のブッフバルトを走らせる。

「ウミの言う通りだ。エレンが硬質化の能力を身に着けたから…こうして壁の穴を塞ぐ目処がようやく立ったんだ。こうなったら選択肢は一つしかねぇだろ」

 最初、エレンが本気で死に物狂いになって硬質化の力を手にする為にと敢えて新兵でありエレンの同期で104期生を中心に編成すると決めた時、そして決めてからの今までの出来事を通して最初は自分の考えや、その暴力に傾いた力を使うやり方に反発していたこのメンバー達も王政へ反乱を起こし革命の中短期間に起きたこれまでの様々な辛い経緯を経て時にその手を血に染めながらも新兵達は確実にこの短期間での成長を果たしていたことにリヴァイは気付いていたようだった。
 もうあの山小屋でふざけていた彼らの面影は感じられない、1人の兵士としての顔つきがあった。特にジャン、彼の成長には目を見張るものがあった。

「少しはマシになってきたな」
「私もそっちの選択に賛成だ。けど……いいのかい? ヒストリア。用がなければあの巨人をこの壁の中で自由に散歩させてあげるわけにもいかない。あのサイズじゃあ拘束もできそうにない……つまり……君のお父さんを殺すほかなくなる」

 先程より顔色も回復し、表情も戻りつつあるハンジが同じ荷台に揺られるヒストリアに「始祖の巨人」の力をエレンに宿したまま生かすならば、奇行種へと変異して暴走を続ける父親を葬らなければいけなくなることを告げる。
 そうだ、もしエレンを生かすのならば奇行種となりこの壁の脅威となり果てたロッド・レイスをあのままにしてはおけない。ヒストリアは先ほどの眠りの中で父親と数年ぶりに再会した時、抱き締められ謝罪を受けた時のことを遠い目で思い出していた。抱き締められたときに流れた涙は決して嘘ではなかった。
 今まで生きていることを否定され続けて、それでも実の父が自分を迎えに来てくれたことを知った時、純粋にとても嬉しかった。だから自分は父親がこうして必要としてくれたことが嬉しくてその力になりたかったと純粋に思って巨人化の注射を打ち、父親に褒められたかったのだ。今まで触れたことのない父性に答えたい気持ち、それだけだった。

「……エレン。ごめんなさい……。礼拝堂の地下で私はあの時巨人になってあなたを殺そうと本気で思ってた。……それも、人類のためなんて理由じゃないの。お父さんが間違ってないって……信じたかった。……お父さんに……嫌われたくなかった……」

 俯き唇を噛み締めるヒストリア。しかし、それはただ父親に嫌われたくなくて言われるがままに動く自分の意志のない人形のような考えだった。ケニーに父親の真実を見抜かれてもそれでも心のどこかでは違うと信じたかった。

「でも、もう……お別れしないと」

 自分の本心を押し隠して父親に従おうと言いなりになっていたヒストリアに胸を張って生きろと道を示してくれたユミルの思いが偽りだらけの自分を本当のヒストリア・レイスとしての自分を確立させた。もうヒストリアの大きな瞳に宿る意思には一切の迷いは無い、今の彼女ならきっとあの時恫喝したリヴァイにも立ち向かえるくらいの気迫さえ感じられた。
 巨体を引きずりながらオルブド区へ進行を続けるロッド・レイス。地獄絵図にも似た光景をオルブド区の壁上から見つめる駐屯兵団達が青ざめている。まさかこんな北の壁上に巨人を見る日が来るなんて思っても居なかっただろう。

「あれだ……この街に向かってる……」

 オルブド区外壁からロッド巨人の姿を確認する兵士たちはこの世の終わりのような顔でどうすることも出来ない。その一方ではロッド・レイスがこの壁を壊して襲い掛かりこの街が混乱と化す前にどうにかベルトルトの「超大型巨人」よりも脅威となるヤツの巨体を止めなければと先回りしてオルブド区に入ったエルヴィンとハンジがオルブド区の警備を担当している駐屯兵団に状況を説明していた。

「ロッド・レイス巨人の現在の位置がわかりました。オルブド区の南西を進行中。やはり、夜明け後にオルブド区に到達する見込みです」
「わかった。エルヴィン団長。君の腹案を聞かせてもらおうか。どうやって住人を避難させるつもりだ」

 オルブド区駐屯兵団師団長はてっきりこの街の住人を避難させ、それから対策し、討伐をするのだと思い込んでいたが、それは見事に裏切られるのだった。問われたエルヴィンは無言で首を横に振った。

「避難はさせません」
「何??」
「住人にはこのまま、オルブド区に留まってもらいます」
「正気か……!? 何を考えているエルヴィン!! 住民を避難させず街に留めるだと!? 夜明け時にはもうあの巨人はここに到達するのだぞ!!」

 何の前触れもなくある日突然シガンシナ区の壁を破壊した「超大型巨人」が攻めて来た時と違い迫ってきている巨人の姿は猛肉眼で見えるし、今なら避難を開始すれば間に合うと言うのになぜその事実を知らせないのだ。
 自分の故郷であるオルブド区外壁を破壊されればあの巨人に滅ぼされてしまうと言うのに……。エルヴィンのマントを掴み、非難する師団長に肩を押さえたハンジが見た事もない巨人の姿にパニックに陥る師団長へ冷静に説明をした。

「あの巨人は奇行種です」
「それが何だというんだ!?」
「目標の巨人は、より大勢の人間が密集する方へと吸い寄せられる…。いわゆる「奇行種」それも、小さな村ぐらいじゃ目もくれずに、この城壁都市に反応するほどの極端な子です。なので、今から急に住民をウォール・シーナ内へ避難させれば、目標はそれに引き寄せられウォール・シーナの壁を破壊し突き進むでしょう。果ては最も人々の密集した王都・ミットラスに到達し、人類は破滅的被害を被ることになります。ここに戻る途中、エレン・イェーガーの中にある巨人を操る力を試しましたが、ロッド・レイス巨人には通じませんでした」

 巨人を操ったとされるエレンの噂はここにも届いていたが、しかし、そのエレンの力が通用しないと知りこの絶望出来な状況に誰もが言葉を無くしていた。このまま非難をすれば王都が危機にさらされ、この壁の中枢が破壊されればまた更に多くの犠牲が生まれる。しかし、だからと言って避難せずここに留まると言う選択肢は多くのオルブド区に住んでいる住人たちが犠牲になり巨人の恐怖を植え付けれらる事になる。

「つまり……あの巨人はこのオルブド区外壁で仕留めるしかありません。そのためには囮となる大勢の住民が必要なのです。ただし…民の命を守ることこそが我々兵士の存在意義であることに変わりはありません。目標を仕留め損なったとしても、住民に一人として死傷者を出さぬよう尽くしましょう。オルブド区と周辺の住民には緊急避難訓練と称し、状況によってオルブド区内外へ移動させやすい態勢を整えます」
「……やるしか……ないようだな」

 エルヴィンの気迫に駐屯兵団達も故郷を、このオルブド区を守る為、あの超々大型巨人と戦う覚悟を決めた。

「目標はかつてないほど巨大な体ですが、それ故にノロマで的がデカい。壁上固定砲の砲撃は大変有効なはずですが、もし…それでも倒せない場合は…調査兵団最大の兵力を駆使するしかありません」

 エルヴィンの告げたその言葉に駐屯兵団の目線は真っすぐにエレンに注がれていた。周囲の目線を肌で感じてエレンはその気まずさに耐えきれずに静かに目を伏せた。

「(そんな目で……見るんじゃねぇ……。オレは、救世主でも何でもねぇ……特別でも何でもねぇ……ただ親父から力を貰っただけの……存在)」

 エレンは今まで巨人になれる自分は特別なのだと信じていた、だからこそこの力を支配して戦おうとした。この力で壁に空いた穴を塞ぎ、そして故郷を取り戻して父親が自分の家の地下に残した秘密が眠る地下室に繋がるこの託された鍵を使うために、母親を捕食し、自分達を裏切ったライナー達と最後の決着をつけるために。
 しかし、その特別な力は自分の父親がレイス家から奪い手に入れたものであって、自分は何もしていない、ただ父親からその力を与えられただけの存在で、ヒストリア・レイスとして自分の運命に勇敢に立ち向かう彼女と対比して自分は父親に言われるがままこの力を手にしただけの人間。
 エレンはそっと耳を塞ぐように全てを遮断した。今の自分では何もできる気がしない、こんな自分がこの状況の最終切り札だなんて。自分は特別でも何でもないのに。蘇ったグリシャの記憶は、今のエレンにただ深く暗い影を落とすのだった。
オルブド区での迎撃戦が始まる。
 壁上から見渡す景色の下。壁外に近いウォール・ローゼよりも内地であるウォール・シーナ内の守られた安全、平和、いつもの朝が崩されるかもしれないのに。松明を持ったオルブド区を拠点とする駐屯兵団達が夜な夜な住民達を叩き起こし、避難訓練の為に広場に集まれと呼び出した通り、眠い目を擦りながら住民たちが不満げに気だるそうに説明を受けていた。
 巨大な壁に遮られて住人達には分からないのだ。もう間近にその脅威は迫っているのだと。知る駐屯兵団達は口早煮まくしたてるように退避を促す。

「この訓練では、巨人の模型や大砲なども使用します。大変大掛かりで、予想を超えたことも起こるでしょう。ですが、パニックにならず、落ち着いて我々の指示に従って下さい」
「兵士さん……もう店の仕込みを始めんといかんから帰らせてもらうぞ」
「今日は絶対に客は来ません。休みにしましょう」
「何じゃと小娘」

 エルヴィンの指示通りに住民達には被害が及ばないように最善を尽くすべくいつでも避難出来るようにと告げるが、こんな朝に、しかも、巨人出現の確率の低い内地で何をするのだと、更に、きっぱりと今日は客が来ないと告げる女性兵士に対し怒りを露わにする住民。口々に兵団に対する不満の声が上がっていた。

「こんな北の内地で訓練だって? 何のつもりだ」
「王都が兵団におとされた直後にこれだ、つまりそういうことだろう」
「どういうことだ?」
「兵団が民衆に自分たちの力を誇示しようとしてるんだよ。偽物の王の次は俺たちがお前らの主人だとな」
「じゃあ……俺達は今、意味のねぇことに付き合わされてんのか?」
「あぁ……こんな調子なら、偽物でも無能でも無害な王様の方がずっとマシだ」

 先日起きたばかりの王政クーデターで現王政が偽りであり、そしてその王の側近たちの立場を転覆させ、今この壁内の最高権力となった兵団組織が今度は何をしようとしているのだと、不信感に満ち溢れた住民たちの間では不満が募り、投げ込まれた火種が今度は兵団への反発として今にも爆発しそうだった。

「お!?」
「おい……! アレを見ろよ」
「……煙?」

その疑惑の中、住人たちは強大なこの壁の向こうから確かに見えた。見えるはずのない立ち上る白煙。ありえない光景に指を指してその方向へ眼を向ける。安全である筈の内地で何故巨大な蒸気のような白煙が立ち上っているのか。と。



 エレンはこれまで自分が信じていたものすべてが剥がれ落ちていくような現実に立ち尽くしていた。どこか思い上がっていたこの能力は父親が命懸けでレイス家から奪い、そして命を賭けて託された力だと知り絶望に暮れていた。思い上がりも甚だしい。今になってエレンは自分が特別でも何でもないただの思春期で反抗期の塊の若造だと、思い知ったのだった。
 明けない夜は無い、だがその言葉はあまり好んでは口にはしない。それならば暮れない昼も無いし、慰めに使うにはこの世界はあまりにも残酷で、経験しなくてもいい体験までこの短期間で散々味わい続けてきた。
 鏡に映る顔つきがいつもと違う気がする、最初は明るく朗らかな笑顔で山小屋での生活をしていた頃の自分達にはもう二度と戻れない、血を流し痛みの伴う改革の果てに自分達はやっと無実を証明できたが、それでもこの手が同じ人間達を殺したのだ。
 明けない夜の長い激動を超え、果てのない夜に黄金色の光が射しこみ夜はまた朝を連れてきた。しかし、それでもまだまだ長すぎる夜が明けても目の前の現実が夜は終わらないと迫る。


 
 夜明けが来る。オルブド区外壁に射しこむ眩い太陽に照らされた地平の先には異様な光景が広がっていた。
 超々大型巨人へ変態したロッド・レイスは巨人の活動が抑えられているはずの夜でもお構いなしにここ、オルブド区を目指して前進を続けており、もう間もなくこのオルブド区外壁へと到達しようとしている。
 休む暇なく作戦の準備に取り掛かる兵士たち、ずらりと並んだ壁上固定砲。いつでもロッド・レイスを足止めできるように照準は地平の先から向かってくる彼に向けられている。多くの駐屯兵団がずらりと並んで固定砲と壁下の大砲をロッド・レイスに照準を合わせるその光景は圧巻だ。
 避難訓練を行うと説明し早朝からたたき起こされた住人たちは家から連れ出され眠たそうにその説明を受けているようだった。
 野戦糧食を食べながらウミは今から始まる戦いの舞台となる壁上で静かに対峙していた。
 他のリヴァイ班達も同じだったのかぼんやりと登る朝日。蒸気を絶え間なく発して今も変わらずに進むロッドの姿を壁上から眺めている。

「こんな早朝に叩き起こされて避難訓練だって言われりゃ…今日暴動が起こったって不思議じゃないな」
「しかも王政が兵団に乗っ取られた直後と来てる」

 彼らは自然と集まりその光景にそれぞれが複雑な思いを馳せる。王政が転覆しクーデターは成功との号外はここオルブド区にも配られているはず、そんな中での避難訓練に今まで信じてきたものが偽りだと知らされ、不安を隠し切れない中で突然避難訓練に駆り出されて誰もが不満そうに駐屯兵団の話に耳を傾けているようだった。

「サシャ? まだ何も食べてないみたいだけど……」
「えぇ……食欲が無くて……」
「本当か……!? 大丈夫かよお前……」

 ウミが持って来た野戦糧食を口にしないままのサシャにミカサが心配そうに尋ねれば、目がくらみそうな壁上に腰を掛けていたサシャからは普段の明るく食い意地の張った元気な姿を感じられない。かねてより訓練兵時代から真っ先に誰よりも食べ物を狙って、隙さえあれば兵士になってからも芋やパンをくすねようとしていたくらいだったのに。
 しかし、そんな彼女の口から聞こえた信じがたい言葉にエレンが驚く。エレンはこれまでリヴァイ班に加入した同期達がこの短期間で自分たちを助けるために否が応でも味わされた彼らの苦い体験を、眠れぬ夜を知らないのだ。

「俺もだ、」
「……! え!? お前らまで……どうしたんだよ……??」
「大丈夫、エレンが気にする事じゃないの……」

その言葉に同調するコニー。しかし、フォローしたウミの言葉を遮ったジャンがそう告げたのだ。

「あぁ……何だろうな。さっきまで散々人殺しまくってたせいかもな」

 エレンとヒストリアを助けるまでに元は人間の巨人ではない、本当の人間を手にかけた。苦く辛い二度とはもう戻れない体験がまだ若い少年少女達には多くの傷を残しただろう。
 ウミも人を殺すのは初めてじゃなくてもまだ鼻につく血の匂いが抜けないまま。自分達がエレンの元に辿り着くまでの経緯を知らないエレンに聞こえるようにジャンはそう告げる。ウミはエレンは気にしなくていいと彼女なりのフォローをしたつもりだが、敢えてジャンはそうエレンに伝えたのだった。

「色々あったんだよ……あんだけ色々あってもまだこの一日が終わらねえなんて……。ここさえ凌げば先が見えてきそうなのに……。しくじりゃあの巨人とこの壁ん中で人類強制参加型地獄の鬼ごっごだ。あの王様がバカやんなきゃこんなことにはよぉ……」

 それでも、エレンの持つ巨人の力は必ずこの世界には必要なのだ。エレンの力を狙い、その為にこれからもエレンは狙われ続けるのだろう、そして多くの犠牲がこれからも増える。しかし、それでもエレンには腐ることなくその能力を行使して世界をこの壁の楽園の平穏の為に立ち止まらずその犠牲さえも受け止めて戦い続けなければならない。
 嘆く様にジャンは頭を抱える中で、凛とした声が響いた。

「それ、私のせいなの」

 何と、今回作戦には参加しない筈のヒストリアが金色の髪を結い、強い意志を宿したまま、華奢で小柄な肢体に巻かれた立体機動装置のベルト、立体機動装置を身につけた完全武装された出で立ちで背後から颯爽と現れたのだ。

「ヒストリア……お前……その恰好……っていうかダメだろここに来ちゃ!」

彼女もこれから戦うと言わんばかりの姿に時期女王となるべくして今はもう調査兵団ではない正式な王家であるレイス家の地を持つ王族の彼女が今回の作戦に加わるなどあってはいけない事だ。もう彼女はいつ死ぬかわからない危険隣り合わせである調査兵団の一員、そしてロッド・レイス討伐作戦からは強制的に外されたはずだ。

「オイオイオイ、何をしてる。お前は戦闘に参加できない。安全な場所で待機だとさっき命令されたはずだ。そりゃ何のつもりだ?」

 慌てふためくジャン。危険な最前線に時期女王のヒストリアが何故ここにいるのか。リヴァイが決意を胸に歩み出したその大きな覚悟を秘めた瞳に厳しいく言葉を投げかける。玉座を取り戻し、真にこの壁の王となる人間が居てもいい場所ではない。同じく作戦指揮者として待機中のエルヴィンとハンジは何をしているのだ。ふと、武装したヒストリアの姿を満足そうに見守る一人の女性の姿にリヴァイは舌打ちしてその女を睨む。

「ウミ……てめぇの仕業か?」
「ひっ……! ごっ……、ごめんなさい……」

 蛇に睨まれた蛙のように、ウミの肩が微かに跳ねるのをリヴァイが見逃すはずがなかった。慌ててミカサの後ろに隠れる彼女に湧き上がる怒り。そう、ヒストリアへ装備を提供した犯人はウミだったのだ。リヴァイの鋭い目に射貫かれウミは申し訳なさそうに下を向くが、次期女王陛下の頼み、そしてヒストリアの頼みとあればお人好しのウミは断ることも出来ない。

「私がウミにお願いしたんです。ウミは何一つ悪くありません。私は自分の運命に、自分で決着をつけに来たんです。その為にここにいます」
「……あ?」
「逃げるか戦うか……あの時、選べといったのは、リヴァイ兵士長。あなたです」

 この革命の始まり。あの時リヴァイがヒストリアにこの革命の顛末を話した際、女王様になれと指名したのはリヴァイだ。今拒絶した彼女を従わせるために胸ぐらを掴んで持ち上げ嫌がる彼女を従わせるように恫喝したことを思い出していた。あの時の回答が今ここで戻ってくるなんて。
 リヴァイは覚悟を決めた青の前に、もう何も言い返すことが出来ずに怖い顔で黙り込んだ。人類最強に恐れず意見を述べるなんて。誰もが戦慄しながらもヒストリアはその真剣な眼差しで少し背の高いリヴァイを上目遣いで見つめる。本人の意志と関係なしに女王になれと脅され怯えていた時のこの世の終わりのようなヒストリアの表情はもう何処にも無い。本当の自分を取り戻し、偽りのない姿に覚醒した今のヒストリアにはもう何も怖いものは無いのだ。

「リッ、リヴァイ……とりあえず、準備しようよ……ね?」
「あぁ……クソ……時間がねぇ……来るぞ」

 リヴァイのあの時の言葉を今になって引き合いに出してきたヒストリアに対し周囲の方がリヴァイが何も言えなくなっている。リヴァイがまたあの時のような暴挙に及ぶのではないかと誰もが固唾をのんで見守る中。
 例え長い期間共にした最愛の伴侶であっても、昨夜リヴァイとあんなにも誓いあい、約束を破って無茶をしたウミも躊躇い遠慮がちにリヴァイに今はもう彼女を説得している時間は無いのだと仲間達の代わりにおずおずと声を掛ける。
 ヒストリアを引き留める時間はもうなかった。迫るオルブド区の外壁に超大型巨人ロッド・レイスはもう間近に迫っていたから。

「ヒストリアが女王になったらあのチビを殴ってやればいい」
「ミカサ……」

迫る絶望を引き裂くように。それぞれ動き出す中でミカサはリヴァイにもウミにも聞こえないような声でヒストリアに小声でそう呟いていた。前にもどこかで耳にしたその言葉、思い起こせば、今は亡きこの革命の犠牲者であるリーブス会長がケニーに殺される直前に自分にそう言ってくれたことを思い出していた。



「撃て―!!」

 師団長の合図を受け一斉にロッド・レイスに向かって砲弾が放たれた。ドドドドドド!と周囲に響き渡るその轟音が戦いの激しさを知らせている。容赦なく降り注ぐ砲弾がロッド・レイス巨人を真っ向から迎え撃つ。
 次々と休むことなく繰り出される砲撃、しかし、どれだけの砲弾が貫通して穴だらけになってもロッド・レイスは決して止まらずに進撃を続けていた。射程傾度が悪く、弱点である項には命中せず、立ち上る白煙は多少の時間稼ぎにしかならない。どんどんその巨体はオルブド区外壁の目と鼻の先に迫っている。昨夜は暗くてよく肉眼では伺えなかった、間近に見えてきたロッド・レイス巨人の異様なその姿。今まで巨人どころか砲弾すらまともに扱って戦ったことのない内地に常駐しているオルブド区の駐屯兵団達は恐怖に顔を青ざめていた。

「さぁ…どうだ?」

作戦の指揮を執るべくその最前線に立つエルヴィン団長率いる調査兵団とリヴァイ班達もその光景に固唾を呑んで見守っていた。
 どうか砲弾で足止めできないだろうか、しかし、そんな淡い期待など巨人相手に抱くだけ無駄だと散々思い知っている。まして彼らは人類の最前線にいる南の駐屯兵団達と違って実戦経験も皆無。どれだけ有能な固定砲だとしても射角が悪くうなじに全く命中していない。
 あんなにも強大なロッド・レイス巨人の前に通用しないことは理解している。周囲には白煙が立ち込めて何も見えない。長い沈黙に黙り込む一同。最終防衛地点はロッドレイス巨人の進行を許し、醜い咆哮を上げてとうとう蒸気を纏った巨大な手で壁を掴み立ち上がる勢いだ。
 あんな巨体が立ち塞がればオルブド区は完全にパニックに陥るだろう。

「くッ……、撃てぇぇぇ!!」

 師団長は諦めず、故郷を絶対巨人に奪わせないと言う決意を胸に引き続き休まず撃てと合図をし、次々と放たれる砲弾の雨。壁上固定砲の真上からの攻撃が通じないのにその下で装備された大砲などまるで歯が立たない。これでは意味がない。エルヴィンが冷静に状況判断し、リヴァイは忌々しく舌打ちをした。

「地上の大砲は更に効果が薄いようだ」
「当たり前だ……壁上からの射角にしたって大してうなじに当たってねぇじゃねぇか。どうなってる?」
「寄せ集めの兵士。かき集めた大砲。付け焼き刃の組織。加えここは北側の内地だ…ウォール・ローゼ南部最前線の駐屯兵団のようにはいかない。だが、今ある最高の戦力であることには違いない」
「あぁ……そりゃ重々承知している。何せ今回も俺ら調査兵団の作戦は博打しかねぇからな。お前の思いつくものはすべてそれだ」

 全身に砲弾の雨を受けて穴だらけになりながらも、うなじ以外の攻撃を即座に修復し、蒸気を纏い進むロッド・レイス巨人。このままではあの巨体は壁を突き破るか乗り越えてオルブド区を蹂躙し尽くすに違いない。

To be continue…

2020.04.23
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