THE LAST BALLAD | ナノ
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#81 来ない夜明けを迎えに

 先にハンジを連れて礼拝堂から脱出したするアルミンとモブリット。ハンジを二人の肩に腕を回して支えながらも崩落し始めた礼拝堂の入り口から急ぎ飛び出すと一気に背後で音を立てて礼拝堂が崩れ落ちたのだ。

「礼拝堂が!?」

 脱出した三人の背後では礼拝堂が激しい轟音を立てて周囲の森や地面を巻き込みながらどんどん倒壊していく。それと共に今まで夜の静寂に包まれていた礼拝堂の周囲の地面までも地下の崩落に巻き込まれてそのまま地下の奈落へと吸い込まれたのだ。

「まずい!」
「とにかく、走りましょう!!」

 早く、もっと遠くまで。急いで離れないと倒壊していく礼拝堂と運命を共にする事になる。背の高いハンジを二人で支えながらも小走りでなんとか礼拝堂から離れた少しだけ高い丘まで逃げ切った安堵に、休みなく駆け回った疲労でそのまま膝から崩れ落ちるアルミンとモブリット。
 アンカーが右肩を貫通し、突き刺さった箇所からおびただしい量の血を流して投げ飛ばされた衝撃で気を失っていたハンジもその天と地を割る勢いで崩れた背後の景色とその轟音に意識を取り戻した。

「分隊長!!! 大丈夫ですか!!」
「ああ……一体何が……?」
「あっ」
「え?」

 礼拝堂を巻き込み大きく開かれた其処から這い出してきたのは何と…。灼熱の蒸気に包まれ超々大型の醜い巨人へと変態したロッド・レイスの姿だった。あれが真の王家の地を持つ正当な一族の長として変化したその姿はあまりにも醜く、とてもじゃないがあの姿からはこの壁の王の貫禄を感じられない。
 咆哮を上げて地獄から這い出てきた死者はとうとう地上へその姿を現したのだ。しかし、ロッドは通常巨人と違い、立つことなくまるで今までの自分の罪に申し訳が無いと言わんばかりに深く頭を垂れたまま、奇行種として這い出てきた。四つん這いで大きな手で地面を掴んではその巨体を引きずり地面を滑るように這いつくばりながら匍匐前進で進む。
 ロッドから放たれた蒸気は周囲の緑豊かな木々たちを燃やしながら周囲の芝を巻き込んで進んでいく。その様子は遠くの丘からも目撃したエレンとヒストリアを奪還すべく王都を出発しレイス卿領地へ向かっていたエルヴィン率いる調査兵団達にも見えた。

「な……何だアレは!!」
「この距離であの大きさとは……」
「目測でも超大型巨人の2倍はある……! 壁なんてあっという間に……」
「団長……!!」
「進め!!」

 あまりにも強大なその姿に誰もが唖然とする。あの巨人がもし壁に向かって進行しているのならば壁はひとたまりもない。止まらずに這いつくばって進むあの巨体は果たしてどこへ向かうのかなんて想像しなくても大体想定できる。「超大型巨人」を優に超える体躯にうろたえる兵士たち。
 冷静にエルヴィンが指示を飛ばす。隻腕になりながらもすっかり片手での乗馬に慣れ思う様に手綱を操っている。超々大型巨人の進行方向を追う様に、エルヴィン達はひとまずロッド・レイスを追いかけ馬を走らせた。まだ朝焼けは見えない、向かう進行方向先、その街で待ち受けるウォール・マリアで起きたあの時の悲劇を呼び起こさせた。

「エレン……エレン! エレーン!!」

 自分の中の見えない力に覚醒したエレンは皆を守る事で無我夢中だった。自分でもどのようにあの力を使ったのかはわからない、ただ分かるのはもう誰も失いたくない、例え父から受け取った力でも自分の力として皆を今度こそ救うのだという一心で。巨人化エレンの大きな背骨の先では本来の姿のエレンの肉体が残され、エレンは青の世界で静かに眠りについていた。
 力を使い果たした事による深い眠りの中で、エレンは何度も何度も自分を呼ぶミカサの声に導かれるようにゆっくりと静かに意識を浮上させた。

「エレン!!」

 操作装置に設置した刃を欠けさせながら、何度何度もジャンとミカサが立体機動装置の硬質化したうなじの中から、ようやくエレンを掘り起こした。

「エレン、大丈夫??」

 硬く硬質化したうなじから引きずり出されるように、エレンが無事なことに安堵したミカサが涙目でエレンの身体を大切そうに抱きかかえた。うなじの中から這い出てきたエレンの身体に目立った外傷はなく、初めは心配そうに駆け寄るウミだったが、エレンが無事に出て来たことで安心したように普段の笑みで微笑んだ。いったい何が起きたのか。
 そうして自分のうなじから掘り起こされたエレンの視界には彼の想像を遥かに超える世界が広がっていた。先ほどとっさに転がっていた「ヨロイ」と書かれた瓶を飲み込んでから起きた奇跡のような出来事。いつも蒸発して消えるはずの巨人化した自分の体は消えずにリヴァイ班達を守るように膝を着いてその原型をとどめている。その巨人化した身体からは幾重にも放射状に広がった青く輝く硬質化の柱が天まで伸びその崩落しかけた岩壁を支えている。その光景にウミは嬉しそうにエレンの手を取った。

「エレン、すごいよ。見て……この景色はエレンが作ったんだよ。エレンが巨人の力でこうして皆を守ってっくれたんだよ……!」
「オレが……?」
「うん、そうだよ……。ほら見てこれ!全部エレンがやったんだよ。綺麗ね……っ」

 興奮した様子でウミは嬉しそうにエレンの手を取りぶんぶんと振りながら微笑んでいる。エレン本人もこれを自分がしたのかと巨人化した時は無我夢中だったため、俄に信じがたい光景だが、今までずっと何度実験し、どう頑張っても出来なかった硬質化を使い初めて自分の力で全員を救った何よりの証拠がこうして目の前にある事に驚きを隠せずにいた。
 エレンは先ほどロッド・レイスのカバンから落ちた「ヨロイ」の薬瓶を摂取したことで硬質化を取得したのだと知る。

「硬質化ってヤツだろ。お前を巨人から切り離しても、この巨人は消えてねぇ。結構なことじゃねぇか……」

 背後から聞こえた低音に振り向けばそこに居たのはヒストリアとリヴァイ、全員の無事な姿がそこにあった。

「あの瓶は……。そうだ、オレ、とっさにヨロイの瓶を飲み込んで巨人に……」
「ロッド・レイスの鞄を見つけたけど……鞄の中も……飛び散った他の容器も……潰れたり蒸発したりしてもう残ってない」

 先程飲み込んだ瓶に何か硬質化の手掛かりがあったはず…。しかし、エレンは硬質化の鉱石に包まれる幻想的な周囲を探すが、残された手掛かりは何一つなく、残されたものはヒストリアが手にしたままのロッドが巨人化したことで蒸発し燃えカスのように消し飛びボロボロになった黒革の鞄の一部のみを残すだけだった。

「そんな……」
「イヤ……まだ他の場所にあるかもしれない。
 この瓶の中身を取り入れたお前はこれまでどうしてもできなかった硬質化の力を使って……天井を支え崩落を防ぎ、俺達を熱と岩盤から守った。お前は一瞬で、これだけのものを発想して造り出したんだ。まぁ……構造自体はデタラメだが……実際あの壁もこうして建ったんだろう。つまり……、これでウォール・マリアの穴を塞ぐことが可能になった」

 リヴァイは地面に力なく座り込むエレンへ目線を合わせるように自ら跪いてこれまでできなかった硬質化の力をようやく手にすることが出来たのだと、彼なりの優しさで不安そうなエレンに教えたのだった。

「敵も味方も大勢死んで、散々遠回りした不細工な格好だったが……俺達は無様にもこの到達点に辿り着いた……」
「(ウォール・マリアの奪還……。そうすれば、家の地下室は調べられる。でも……、親父の正体は……)」

 しかし、この巨人の力を与えた父親はここで多くの罪を犯したのだ。そんな父親は地下で一体何を隠しているのだろうか、何故五年前のあの日、レイス家を全員殺さねばならなかったのか。思い悩むエレンに上空からこの空気に似つかわしくないサシャの明るい声がした。

「兵長〜〜〜〜っ! 出口を確保しましたぁ!」
「アルミンも無事です!! ハンジさんとモブリットさんも!!」
「コニー、サシャ。よくやった」

 するすると地上からワイヤーを伝いながらサシャとコニーが降りてきた。出口を確認できたとの報告にリヴァイも労いの言葉をかけると、サシャとコニーの2人もエレンの無事な姿を確認し、二人も安心したように駆け寄る。

「エレン!」
「無事だったか!」
「おっかげでみんな助かりました……! でも正直言うとあなたが泣きわめきながら気持ち悪い走り方で飛び出したあの瞬間はもうこれはダメだ! 終わりだ終わりだ! このおばんげねえ奴はしゃんとしないや! ほんっとメソメソしてからこんハナ垂れが!        と思いましたよ……」

 エレンのお陰で助かった。と、わざわざ地面に膝を着いて三つ指を着くように頭を垂れて土下座するサシャだったが、普段同期に対しても礼儀正しい口調がよっぽど安堵したのか普段は隠している故郷の方言丸出しで何やらぶつぶつと口早に呟いている。

「おい、行くぞ。あのクソでかい巨人を追う」
「そうだ、あの巨人を追わなくちゃ……」

 リヴァイの言葉に安堵していた一同はまだ終わったわけではないと、幻想的な空間からロッドが出ていった後を追わねばならないと急ぎ地上へと脱出するのだった。外から見た礼拝堂の周囲がロッドが巨人化し、その大きさに耐えきれずに崩落したことで硬質化の成分と同じ洞窟が剥き出しになっていた。

「エレン……!」

 地下からようやく這い出てきたエレン。アルミンが安心したように手を差し伸べ、エレンがその手を取る。二人はお互いの無事を確かめるように互いの手をガッチリと強く握り締め再会を喜んだのだった。

「巨人は? どうなってんだ?」

 無事を確かめ合い喜んでいる暇は無い。地上に出て来たエレン達の目の前には先ほどとはまるで違う信じがたい光景が広がっていた。まるで世界の終わりのようだ。広い範囲にわたって崩落した地面、そして周囲をその体から放たれる灼熱の蒸気を立ち昇らせ、周囲の豊かな緑を燃やし尽くす勢いで巻き込みながら進む醜いその姿が遠くに見えた。

「この世の終わりかと思ったよ。突然地面が割れて陥没したと思ったら…あれが這い出て来たんだから」

 超々大型巨人へと姿を変えたロッドは這いつくばりながらも自分達や捕食対象のエレンなど無視して真っすぐにどこかに向かって移動を続けているようだった。

「あれが……巨人だって?」
「大きすぎる……それにあの蒸気……木が燃えてるよ、どうやったら倒せるのかな。それに…私たちなんかもう目もくれない……もっと何か別の場所を目指してるのかな……?」
「ああ、色々変だ。超大型巨人の倍ぐらいあるし、」
「奇行種……ってことか?」

 間近でその姿を確認したアルミンが冷静に分析する。ジャンはつまりそれはアニやライナー達と違い明らかな知性は感じられないが休むことなく進むその巨人を奇行種と分類した。

「元の人間の意志で操っていなければだけど…何があったの?」

 途中離脱したアルミンは皆にあの巨人は何なのかと尋ねる中でヒストリアはアレが自分の父親の姿で、自分は父親の期待に背き注射器を割ったことで父親は今までとりつかれていた呪いによって醜い巨人へと変身した事を黙り込んでいた。

「あの巨人を追うぞ、周囲には中央憲兵が潜んでいるかもしれん。警戒しろ」

 ひとまずはここに居ても仕方ない、後を追うぞとリヴァイの号令を受けそれぞれは待機させていた馬や荷台に乗り込み追跡へ乗り出した。

「タヴァサ、ごめんね、早速だけどまた一緒に走ってね、」

 急ぎタヴァサの元へと走るウミ。ふわりと優しく鬣を撫でて微笑むと、いつものように慣れた足取りで飛び乗ろうとしたウミだったが、ふと背後に近づく影に振り向くとそこに居たのはリヴァイだった。

「リヴァイ? どうしたの?」

 しかし、リヴァイは何も答えない。のんきに話している場合ではない、中央憲兵の残存の兵士がどこかに潜んでいるかもわからない、敵に追われる前に先に進行を続けるロッド・レイスを追わねばならないのに。

「用がないのなら……」

 顔を見ないまま暗闇の中でタヴァサに跨りまた離れようとするウミ。先程の光景がリヴァイの脳裏に焼き付いて離れないのだ、敵の策に負傷して動けないまま激しく柱に叩きつけられて血だまりの中で気を失ったままのハンジ、迷う事なくすかさず助けに行ったウミ、待っていたかのようにウミに向けて散弾を撃ち放ったトラウテ。
 ウミがニファと同じように撃たれかけた瞬間、飛び込んで来たケニーの真剣な顔。自分はただ仲間の負傷に呆然とするしかなかった。
 仲間の為にその身を犠牲にする事も厭わないその優しさがいつかウミを殺してしまう。あの時、血溜まりの中の出会い。光さえ閉ざされた地下の片隅で彼女は赤に染まっていた。
 森の墓標の中全滅した旧リヴァイ班達の壮絶な末路、その中で眠るように動かないウミ、ベルトルトたちにより連れ去らわれたウミ、替え玉作戦で犯人をおびき出すべく男に暴行され涙を堪えて必死に耐える姿、ケニーに撃たれ屋根から落ちていくスローモーションのウミの顔、そして。

「ウミ……。躾足りなかったようだな。てめぇは忘れたのか。俺との約束を。何としても生き延びろ、死ぬなと、」

リヴァイの怒りの矛先は仲間の死を恐れ犠牲をよしとしないウミへと向けられた瞬間。

「っ……!……」
「痛ぇか?」

 その刃は彼女へ。自分でも思った以上に低い声が出た。温度を感じられない抑揚のない声ウミは突然恋人に頬を打たれたそのショックに言葉を失っていた。

「俺以外の人間に殺されることは何としても許さねぇ。もう二度とヘマはするな。俺からの指導だ。これでわかったな?」
「は……い……」

 自分でも思った以上に抑揚のない声が出た。ウミのうっすら桜色に染まる頬を打ち、怒鳴りつけていたのだった。叩かれたショックに膝から崩れ落ちるようによろめいて、タヴァサにそのまま背を預けながらウミは突然起きた出来事、愛する人に頬を打たれたショックに俯いて顔を伏せた。
 いったい何が起きたのか混乱し、彼女のその目にはみるみるうちに涙が盛り上がって、視界が滲んでいく……。

「ごめんなさい……っ、でも、私、もうこれ以上誰かが死ぬのは……嫌なの……。もし、あの時あなたがケニーおじさんに殺されてたら……そう思って、その姿をハンジに重ねた……」

 ウミを平手打ちした音は周囲に反響し、やけに大きく聞こえた気がした。他の班員の耳にも届いただろう。しかし、これはウミへの躾だ。だからこそウミもそれを理解して黙り込んだ。お互いにもし殺されるのならいっそ互いの手で……そう約束したはず。
 不器用な自分は言葉より早く本能で伝える手段を見つけられない。あの瞬間どれだけ息が止まるかと思ったか。ウミを心配したのか、その気持ちを上手に言葉では伝えることが出来なかった。ケニーが居たからあの場は収まったが、もしこれが、これから起こる過酷さを増していく戦いでお互いのどちらかが死ぬことになって。
 この痛み以上にウミには自分がどれだけウミが自分を思う以上にウミの事を、愛しているのか、分かってほしかった。

「お前だけだ……もう、二度と、俺は見たくねぇ。お前の血なんか……あの時、山小屋で約束したはずだ、こんな訳も分からねぇままお前を失いたくねぇ……」
「リヴァイ……」
「お前だけは……何としても生き延びろと俺と交わした約束を……どんな時でも、二度と、見失うな」

 小さなウミのその手を取り、リヴァイは静かにその手に唇を寄せて懇願するように祈りを込め口づけを落とした。

「リヴァイ……」

不安に駆られ何とも彼らしくない言葉が拙いリヴァイの行動にウミは思わず口元に手を当てて最愛の彼に怒られた今度は泣き顔から恥ずかしそうに俯いた。愛しているのに守りたいと思うのにそれでも彼女は自分から離れていこうとする。不安は拭えない。こんなにも近いのに、

「見せしめに叩いて悪かったな」
「いいの……私こそ、後先考えずに行動してごめんなさい……。あの時どうしてケニーおじさんが助けてくれたのかわからないけれど……でも、リヴァイ……」

 不安そうな彼に今自分が出来ることを、ウミは去り行く彼の背中に縋りつき謝る事しか出来なかった。

「今度は無いと分かってる。もう、二度と…無茶はしないようにするから…そんな不安な顔、させないようにするから……私を信じて欲しい、」
「……ああ、信じてる。ウミ。お前だけを、」

 約束を忘れないで。例え果たせなくても、今は口約束でも安堵を確かめた。何としても生き延びると、そして、もし死ぬのなら、いっそその手で終わりにしてくれと、懇願し、そしてウミは理解したのだとリヴァイは確かめ静かに自分の馬の元へと向かうのだった。



「ダメだ、近付くな!!」
「燃えちまうぞ!!」
「付近住民の避難勧告を急げ!!」

 同じ時刻、あれから馬を走らせて追いかけていた調査兵団を率いるエルヴィンたちも何とかして超々大型巨人と化したロッド・レイスを制止しようとするが、近づくことはおろか、その周囲は放たれた蒸気で焼かれ、近づくことが出来ない。

「団長、こいつを止めるのは無理です。奇行種のようで、我々には目もくれません!」
「もういい、離れろ。巨人の進行方向を正確に割り出せればいい!!」

 その時、エルヴィンの背後で部下がエルヴィンに嬉しい知らせを持ってきた。

「エルヴィン団長、リヴァイ班です! エレンとヒストリア奪還に成功したそうです!」

 その報告と聞こえてきた馬の足音にエルヴィンが振り向くと、後ろの離れた場所で馬の嘶きが聞こえた。こっちに向かって走らせてくるリヴァイ班たちの姿を夜闇の薄明りの中で肉眼で確認した。どうやら自分が囚われている間に彼らも彼らで無事にエレンとヒストリアを奪還することが出来たようだった。
 エレンが自分の奪還作戦で窮地に陥った時に突如発動した巨人を操る「叫び」の力を使って巨人を操った時のように、ロッド・レイスの動きも同じように制止しようと、何度も何度も呼び掛けていた。

「オイ止まれ!! てめぇに言ってんだ!! 聞こえねぇのかこのっ、馬鹿野郎!!」

 暴言にも似た言葉達を次々を叫ぶも耳に届いていない、何度も大声で叫んだためにエレンが叫ぶ声はかすれている。ロッドには聞こえていないのか、無視して地面に顔面をめり込ませて変わらずに進行方向へ進んでいる。

「今すぐ止まれ!! ロッド・レイス、お前だ!! このチビオヤジーー……ッ!?」
「あっ、エレン……!」

 タヴァサを走らせていたウミが血相を変えて叫んだ時にはもうすでに手遅れだった。その背後で同じようにエレンの叫んだ「チビオヤジ」というワードにタイミング悪くヒットしてしまった調査兵団の「チビオヤジ」にまんま一致した馬に乗り荷馬車と並走するリヴァイの死んだ三白眼の目つきがエレンの背中に痛い位突き刺さっていた。無言でどこか睨むように見つめる人類最強。
 なんとも気まずい空気の中でハンジだけが冷静にその状況を分析していた。

「うーん……特に反応は見られないねぇ」
「あの時は叫んだ以外に何かやらなかった?」
「あの時は……必死で……」

 あの時はただ夢中でどうやってあの力が発動したのかなんて思い出せない。カルラを捕食したあの巨人は母親だけではなくハンネスまでをも捕食したのだ。あまりにも非情な光景に大切な人を二度も殺した、あの巨人への怒りと悲しみでただがむしゃらに拳を突きつけたことを思い出した事だけ。

「止まれ、巨人!!」
「反応は……無いね」
「止まれ!! 止まれ!!」

 手を伸ばしてきたカルラを捕食したあの巨人に向かって拳を突き出した時に発動したことを思い出し、何度も何度もシャドウボクシングをするように拳を突き出すも意味はなく空振りし続けるだけだった。

「リヴァイ」
「エルヴィンか?」

 暗闇の先で見えた姿よりも先に聞き慣れた美声が耳に響いた。リヴァイは自分達の先で待つエルヴィンの姿を発見し駆け寄る。

「みんな無事か」
「ハンジのみ負傷だ」
「オーイ! エルヴィン」

 荷台に乗せられ横たわっていたハンジがエルヴィンの姿を見つけるなり嬉しそうに手を上げ傷の割には元気だと手を振っているのを見て安堵しているようだった。

「エルヴィン……!」

 何処か頬を膨らませて怒ったようなあどけない顔でやって来たのはエルヴィンの身を案じていたウミ。

「よかった……本当に、心配したんだから……! もしエルヴィンが捕まってそのまま処刑されてしまったらどうしようって……」
「すまなかった。紙切れ一枚で何も言わずに心配かけたな」
「そうだよ……」
「それに、私の指示で酷い目に遭わせてしまったな……君も無事でよかった」

 首に巻かれた包帯がまだ痛々しく残るウミも捕えられていたエルヴィンが無事でいる事に安心していたようだった。離れていたのはたった数日の出来事なのに本当に濃厚な数日間だった。しかし、まだ終わらない。夜はまだ暗いままだ。

「大事には至っていないようだな。みんな、よくやってくれた」
「見ての通りエレンの叫びは効いてねぇ……報告することはごまんとあるが、まずは……」
「あの巨人は……?」
「ロッド・レイスだ。お前の意見を聞かねぇとな、団長」
「ともかく……ここで立ち話をしている余裕はない。ウォール・シーナに戻る」
「あのクソでかいのを……そこまで進ませるって事か?」
「そんな…エルヴィン……それじゃあウォール・マリアの時と同じことをシーナの人たちにも、王都も危ない目に……」
「いや、正確にはオルブド区だ。奴の進路は恐らくそこに向かっている」

 エルヴィンとの無事を確かめ合い、それぞれは馬を走らせながら並走してロッドを追う中で荷台に乗ったハンジは身を横たえながらも同じ荷台に乗るエレンとヒストリアの話を聞き情報を新たに整理していた。

「整理してみよう。えぇっと……つまりエレンの中にある巨人の力を仮に……そうだな「始祖の巨人」の力としようか……「始祖の巨人」の力はレイス家の血を引く者が持たないと真価を発揮できない。しかし、レイス家の人間が「始祖の巨人」の力を得ても、その「初代王の思想」に支配され……人類は巨人から解放されない……へぇ、すごく興味ある。初代王いわくこれが真の平和だって? 面白いことを考えてるじゃないか」
「つまり……まだ選択肢は残されています。オレをあの巨人に食わせれば、ロッドレイスは人間に戻ります。完全な「始祖の巨人」に戻すことはまだ可能なんです」

 グリシャに捕食され、「始祖の巨人」の力を奪われて死亡したフリーダのように、エレンがもしロッドにこのまま捕食されてしまえばエレンもフリーダと同じよう命を落とすと言う結末になってしまうという事になる…。

「……そんな!」
「それじゃあ……エレンがロッド・レイス巨人に捕食されてこのまま死んじゃう……って事になるの……?」
「そうみてぇだな」
「えっ……リヴァイ……!?」

 エレンの言葉にショックを受けたミカサといつも本心に押し隠した涙を流す姿を先ほど皆に知られてからはリヴァイの前以外では泣かないと決めたのに、エレンが犠牲になる未来を知りすっかり本来の情に脆い泣き顔に歪むウミにリヴァイが静かにそれを肯定した。
「始祖の巨人」そして――……初代王の思想に支配された事で今の窮屈で巨人にいつ襲われるのかわからない世界が未来永劫このまま続くのならエレンがその力を本来のレイス家へ返し、そしてこの悲劇の連鎖を終わらせる必要がある。出来るのかどうかの確証もない中で…。

「人間に戻ったロッド・レイスを拘束し初代王の洗脳を解く。これに成功すりゃ人類が助かる道は見えてくると……。そしてエレン。お前はそうなる覚悟はできていると言いたいんだな」
「……はい」
「待って……! もしエレンがあの大きな巨人に食べられて、ロッド・レイスにエレンが引き継いだ叫びの力が宿ったとして…何年も何代に渡ってもレイス家の引き継いできた初代王の洗脳は解けなかったんでしょ?? じゃあそれを今できるのかな…。それに、私たちが洗脳を解くよりも先に能力を引き継いだロッドによって私たちの記憶が改ざんされてしまったら? 今までのクーデターや私たちの苦労は皆無駄になるって事なんでしょう……そしたら今度こそウォール・マリア奪還作戦の悲願が潰えてしまう…」
「ウミ……」
「エレンの中に「始祖の巨人」の力を宿したままならその「初代王」も支配できないんでしょう?」
「力は使えなくなるけれどもし、洗脳が解けなかったら……そっちのリスクの方が大きすぎるんじゃないかな……硬質化もせっかく習得出来たのに……」

 それでもライナー達壁外の脅威からは逃れられないが、記憶の改竄が出来るその「始祖の巨人」の能力はウォール・マリア奪還作戦を何としても成し遂げなければならない自分達からすれば厄介な能力でしかない。
 エレンはその為なら自らがロッド・レイスに食われてもいいという、エレンが自らが犠牲になる覚悟をしているとリヴァイは確認した。迫る残酷な未来に重い沈黙が流れ、馬の蹄の音と荷台の音がやけに響く中で彼がどうにか犠牲にならずに済む方法がないか思案する幼馴染たち。
 ミカサはエレンが犠牲になる以外の道は無いか、何とかならないかと他の方法を探すも誰もが重たく口を閉ざす。エレンが犠牲になったとして、それでロッド・レイスに「始祖の巨人」の力が宿ればまた同じように自分隊は記憶を改竄されて歴史が繰り返されるかもしれないのに。

「選択肢はもう一つあります。まず……ウミの言う通りです。ロッド・レイスを「始祖の巨人」にするやり方にはいくつか問題があります。ひとつは確実にロッド・レイスの洗脳を解けるという確証がない事。彼をどう拘束しようと、力を得たロッド・レイスに人類の記憶を改竄されたら終わりです。つまり、「始祖の巨人」の力について未知の要素が大きすぎると思います」

 誰もが黙り込む中でヒストリアの凛とした声が響く。エレンが今有している「始祖の巨人」この力をレイス家の正当な血を引き、今も暴走を続けるロッドへ返せばエレンはロッドに捕食されその生涯に幕を閉じるのだ。
 すなわち、エレンが食われればエレンはそのまま死ぬことになる。あの巨人を止める。
 その為にウォール・マリア奪還作戦の足掛かりとして多くの者を犠牲にしながらせっかく硬質化の能力を会得したというのに。もしエレンを失えばウォール・マリア奪還作戦の悲願はここで終わる事になる。

To be continue…

2020.04.21
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