THE LAST BALLAD | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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#80 どうか悔いなき選択を

 エレンとヒストリア救出の為に調査兵団リヴァイ班は対人立体機動部隊との人対人の熾烈な戦いを繰り広げていた洞窟内は今は静寂に包まれていた。ハンジ負傷によりその傷の度合いに衝撃を受け、戦意を喪失した隙をつかれた最終防衛地点へ後退されてしまった。
ようやくその後を追い掛けながら最終防衛地点へ到着するリヴァイ班。負傷したハンジはアルミンと合流してきたモブリットに任せ二人の肩に支えられるように運ばれていた。
 ガス欠の心配も考慮しつつ急ぎ対人立体機動部隊の後を追い掛けたが、そこには自分達の行く先を遮るように、自分達のこの武器では到底切断出来ない太い縄のカーテンで遮られてしまっていた。水たまりを踏みしめ先へ続く道を寸断されたリヴァイが忌々し気に舌打ちをする。

「あっ!」

 アルミンが何かに気付いたように天井を見上げればそこはぽっかり穴が空いているではないか、先ほどまで剣を交えて戦っていた同じ人間であり敵の仕業が。自分達の追跡を断つためだろう。地下のあらゆるところに作られた裂け目や穴などの抜け道は全て太い網で塞がれてしまっていた。早くしないとエレンとヒストリアが…。それに。ケニーが連れ去ったウミも気がかりだ。
 殺されることは無いが彼女の頃だから暴れてまた大怪我をしているかもしれないと思うと生きた心地がしなかった。ただでさえ今のウミはあの時負傷したままの脇腹を包帯できつく固定してただ抑え込んでいる状態だから…。何故ケニーはウミを連れ去ったのだろうか。自分の部下で仲間であるはずの対人立体機動部隊の人間がウミを狙い殺そうとした時も迷わずウミを守ろうとした、下手すれば自分が撃たれていたかもしれないというのに…。こんなところで足止めされてたまるかと、誰よりも先に血を流しながら去っていったケニーを追いかけるも、その思いは寸断され、リヴァイは忌々しげにその拳を握り締めた。

「(塞いであるってことは……抜け道か……クソッ、爆薬を残しとくんだったな)」

 あの時ケニーに投げなければよかったと悔やむももう遅い、それにあの時とっさに投げなければ自分は千載一遇のチャンスを失い対立するかつてのケニーに一矢を報いることが出来なかったかもしれない。
 恐らく奴等敵兵たちも自分達が来るであろうその先で待ち伏せしており、自分達が抜け道を突破したその瞬間、間違いなく狙い撃ちにするつもりだろう。

「ここは絶対越えさせるな!」

 ケニーを祭壇へ行かせ、自分達は儀式の邪魔をされないようリヴァイ班を待ち受ける。
 トラウテは厳しい顔つきでケニーの夢が叶うその瞬間を信じ全力の全ての力でリヴァイ班達と真っ向から戦い、引き続きせん滅するつもりだ。

「ここさえ守れば、後は……!!」

 しかし、その瞬間、そのトラウテの背後で眩いばかりの黄金色の閃光が放たれたのだ。

「うっ!?」

 あまりの眩しさに目がくらむ程、最終防衛地点までその強い光は届き、これには縄のカーテンに遮られたリヴァイ班達の視界もその眩しさを直視できずにいた。

「これは……!!」
「巨人か……」
「エレン!!」

 その眩い光に包まれながら誰かが巨人化したと気付いたリヴァイ班達と対人立体起動部隊のメンバー達、ミカサの悲痛な叫びが響いた。その先で何が起きているのか、果たして巨人化したのは誰なのか、エレンなのか、それとも……。
 儀式の間では巨人化の薬を口腔から口にしたロッドがまばゆい閃光に包まれてみるみるうちに骨が
 形成され巨大な骸骨に筋組織がついて規格外の大きさへと変貌した。瞬間、激しい熱風が荒れ狂いながら巨人化し、その風がエレンとヒストリアとケニーそして最終防衛地点に居たリヴァイ班やトラウテ達にも襲い掛かる!

「うぉ!?」

 ヒストリアが注射器を破壊したことで潰えた筈だったが、ロッドレイスが代わりにその薬液を摂取し、巨人化した事で荒れ狂う猛烈な風に煽られるケニー。アンカーを打ち込み何とかバランスを保っているが、規格外の巨人の大きさにとうとう天井が崩れ始め、支えとなっているワイヤーとてもじゃないが意味はない。まして、腕に抱えた彼女まで守り切れるか…。
 このままではこの崩落に巻き込まれ自分さえも生き埋めになるかもしれないというのに。
 父親の期待に応えたい。それが純粋なヒストリアの思いだった。しかし、それは自分の心を殺しその意識を全て悪魔に委ねる事になる、そうなれば自分という存在は消えてしまう。
 ヒストリアの迷いを取っ払ってくれたのはあの日、崩れ行くウトガルド城でユミルと交わした約束。ユミルの言葉に彼女は覚醒し、本当の自分クリスタ・レンズでもないヒストリア・レイスとして立ち上がったのだ。
 そんな彼女の起こした行動にショックと受けた今まで彼女を遠ざけていたロッド・レイスは自分たちのレイス家の復興の為に用意したシナリオを破壊され理性を崩壊させた一族の末路は男が自ら選んだのだ。

「来るぞ!! 飛ばされるな!! ……うっ!!」

 荒れ狂う熱風にこんな非力な身体ではあっという間にこの嵐に吹き飛ばされてしまいそうだ。
 アンカーを岩壁に打ち込み何とか耐えるトラウテや体制を低くして衝撃に備えるリヴァイたちだが、明らかにこの洞窟を超える体躯の巨人と化したロッド・レイスの体積に洞窟がその形状を保てる筈がない、とうとう天井から細かい破片が崩れ礼拝堂の地下が崩落を始めたのだ。

「こ、これ……まさか、崩れるんじゃ……!?」

 崩落を危惧するサシャの言葉通りに足場も崩れ落ちていく。その時、先ほど縄で塞がれていた穴が剥き出しになり其処から抜け出せることをリヴァイにアルミンが指し示した。

「兵長!! 穴が!!!」
「アルミン、モブリット! お前たちはハンジを外へ連れ出せ!!」

 あの抜け道がどこに繋がっているのかはわからないが、いつまでもここに留まっていても崩落に巻き込まれるだけだ。リヴァイの指示に従い、ハンジを連れたモブリットとアルミンは先に脱出し、残りの全員がその抜け道を目指して一斉に飛んだ。エレンとヒストリア、そしてケニーに連れて行かれたウミが無事かどうか、それが気がかりだ。早く助けに行かなければ。

「ロッド・レイス! あの野郎!!」

 祭壇ではケニーがこの防風を巻き起こした男への恨みを口にアンカーを固い岩に射出し、叫んでいた。ウミを抱え何とか態勢を保ちぶら下がっていたが、今にも吹き飛ばされる勢いでワイヤーだけでは支えきれないだろう。このまま崩落に巻き込まれるのは時間の問題だ。
 ケニーのトレードマークだったハットも飛んでいってしまい、片手でバランスを取りながら片腕でウミを抱きかかえたまま踏ん張るもとてもじゃないがウミまで守れない、両親に似ず小さな身体で暴れて叫んでいたからやかましくて気を失わせたのだが、その事を後悔した時、抜け穴から黒い影が飛び出してきた。そうしてケニーの視界に飛び込んで来たのは先ほどまで死闘を繰り広げていたリヴァイ本人だった。

「リヴァイ!!!」

 ケニーはあらん限りの声で暴風を突き破ったリヴァイを呼ぶと、それに気付いてこっちを睨むように目を向けたリヴァイに向かって…ウミの力を込めれば折れてしまいそうな細い腕を掴んだ。

「時間がねぇぞ! おら!! てめぇの大事な女だ!!! 返すから受け取れ!!!」

 なんと、ケニーは自らの命を賭け、その命を託すように勢いよくウミの腕を掴んでぶん回すとそのままリヴァイに向かって勢いよくぶん投げてきたのだ!

「チッ……人の女を奪ったくせに荷物みてぇに投げて返すかよ……!!」

 これにはさすがのリヴァイも青ざめた。かつての浅からぬ因縁と自身が今まで抱いてきた強迫観念を植え付けてきた張本人にウミを取り戻す、その為に再び戦いは避けては通れないと覚悟していたが、緊急事態に向こうの方からウミを再び寄越してきたのだ。真っ向から飛んできたのは気を失ったままの最愛の女性だった。アッカーマン家の血を引きながらも身軽な体躯はケニーの剛腕と共にそのまま暴風に乗って勢いよくこっちに向かって飛んでいく。突然のケニーの行動に驚きつつリヴァイは向かい来る自分よりも一回りも小さな身体を既の所で何とか受け止めるのだった。

「ウミ」

 連れ去っておきながら危険だと判断してまさか自分に送り返してくるとは…。しかし、もうそこにはケニーの姿は無い。こんなところで争っている場合ではない、出口を目指して脱出してそれから再戦となるか…。それよりも今は早くエレンとヒストリアを。

「クソ、もう勝手に行動するんじゃねぇよ……クソが、本気で……心臓が持たねぇ……ウミ、」

 リヴァイは気を失ったウミをいつものように抱きかかえては腕が使えないと、仕方なく肩に担ぎあげ、ため息をついた。
 本当にこのままウミが奪われた事に対しての怒りが沸き上がり先走りそうになる、普段抑え込んできていた冷静さをこうして失うのはこの状況では自殺行為であり自分は仲間達をこれ以上死なせることだけはしたくないのに。
 リヴァイは安堵から再び一人の男、ではなく普段の冷静な人類最強の兵士の顔つきへと戻り、急ぎ最深部を目指した。
 巨人化したロッドの超大型巨人を優に超える規格外の大きさに崩落を始め崩れ出した礼拝堂地下の洞窟は熱風と暴風が吹き荒れており、一刻も早くこの場を離れなければ明らかに危険なのはわかる。
 しかし、今も拘束された状態のエレンが逃げる術はない。このままでは巨人化し肉体を形成しつつあるロッド・レイスにエレンが食われてその先に待つのは最悪のシナリオだ。ヒストリアは今にも暴風に飛ばされそうになりながらも、エレンの腰に腕を回して踏ん張り、態勢を低くして片手で足の枷の鍵を外そうとしていた。

「もういいヒストリア! レイス家が巨人になったんなら……オレがこのまま食われちまえばいい!! お前は逃げろ!!」

 ヒストリアは片手で鍵を探りながらエレンの鎖の鍵を必死に外し、今まで仲間達に(特にジャン)「死に急ぎ野郎」と比喩されていた面影は何処にもなく、すっかり半べそ状態でただ喚く様にヒストリアへ自分を置いてもう逃げろと懇願するエレンに反発するように、いつも誰にでもいい子の振りを止めたありのままの鋭い声で叫んだ。

「嫌だ!!」
「だから何で!?」
「私は人類の敵だけど……エレンの味方。いい子にもなれないし、神様にもなりたくない。でも……自分なんかいらないなんて言って泣いてる人がいたら……そんなことないよって、伝えに行きたい。それが誰だって! どこにいたって! 私が必ず助けに行く!!」

 ユミルとのやり取りを思い返しながら、ヒストリアは幼い頃、母親に疎まれ、あまつさえ父親は最初は自分を消そうとしていた。自分なんかいらないと、そう否定され生きてきた、だからこそエレンの悲痛な思いに応えるように、真っ向から否定する。ヒストリアのその瞳には強い意志が宿り、過去の抜け殻となったヒストリアはもうどこにも居なかった。
 ロッドのカバンの中に入っていた鍵の束からエレンの右足を拘束していた枷がようやく外れた瞬間、ヒストリアはもろに強烈な熱風を全身に受け、身軽な身体で踏ん張れるはずもなく、そのまま勢いよく後方の強固な壁へ吹き飛ばされてしまったのだ!

「ヒストリアー!?」
「あああっ!!」

 小柄で身軽な身体はその衝撃に耐えきれず吹っ飛んでそのまま地面を何度も転げ回ってあわや硬質化された硬い壁に激突…しかけたヒストリアの小さな身体を寸前で抱き止めたのはこの風にびくともしない程の重量でエレンを探し求めて突き進んだ、この世界には珍しい黒髪を揺らしたカサだった。

「うっ……!!」
「無事?」
「ミカサ!?」

 二人、手を取り合い喜び合うも束の間、エレンの前ではどんどん巨人化ロッドの骨格が巨人の姿を作り上げる。
 早くここから逃げなければ、抜け穴を使い間に合ったリヴァイがエレンとヒストリアとミカサの間に着地しようとした時、ウミをサシャに託したリヴァイが着地すると、急ぎミカサが手にしていたエレンを拘束している鍵の束を投げて寄越せと指示した。

「鍵をよこせ!」

 ミカサは吹き荒ぶ熱風に逆らいながらも懸命に腕を伸ばしてその鍵の束をリヴァイに手渡した。鍵の束からいくつか探りつつ見つけ出した鍵で解錠したリヴァイに続いて、ジャンと身軽だがすばしこいコニーとサシャに抱き抱えられた囚われの身となっていたウミも一緒に、アルミンとハンジはいないが、全員がエレンの元に駆け付けた。ようやく救出対象でありこの世界の希望であるエレンとヒストリアの居る最深部までやっと辿り着いたのだ。

「へい、ちょう……!! みんな!!」

 全員が駆け付けたことに安堵し、感涙にボロボロと大きな瞳を潤ませるエレンの声には普段の巨人を駆逐してやるという死に急ぎ野郎の影は何処にもない。何とも情けない姿を晒してまで額にはケニーに切り込みを入れられたところから溢れた血が固まっているし、おまけに上半身は裸というあられもない姿。
 リヴァイがエレンの左手を拘束していた枷を難なく外すともう左足の枷を解錠していたコニーに鍵の束を手渡す。

「コニー、急げ!」
「オレはいい、兵長!早く逃げてくださいっ!」

 エレンの悲痛な声に反発したのはジャンだった。あまりにも情けないその姿を叱咤するようにジャンは今までの苦労は全てエレンとヒストリア救出のためだというのに、その苦労をしてまで辿り着いた場所で自分を見捨てて逃げろと促すエレンの態度に怒りを露わにした。

「うるっせぇ!! いいか半裸野郎!? 巨人だけじゃねぇんだぞ!? 鉄砲持った敵も飛んで来てんだ!!」

 エレンが逃走を促す中でジャンが黙れと言わんばかりにエレンに悪態づく。これまで自分達がしてきた苦労、そして自らの手を血に染めて。
 そうしてここまで来たのにみすみすエレンを見捨てて逃げたりなどしない。それをひっくるめ暴言を吐き捨てる中でコニーがもたつきながらもリヴァイの叱咤で何とか解錠したのか嬉しそうに声を上げ今度はジャンへ鍵を渡した。

「外れた――!!!」
「イヤ……その前に、天井が崩落する」

 敵が襲ってくるよりも先にここは持たないだろう。リヴァイから見ても今自分たちの状況はクソだと言うことがわかった。そんな危機的状況の中、リヴァイは冷静に突っ込む。吹き飛ばされないように壁に張り付いたままのミカサとヒストリアとサシャたちがどんどん大きくなっていくロッド・レイスの姿に青ざめていた。

「ん……暑い……」

 そうこうしているうちにウミもさすがにこの熱い熱風が吹き付ける中飛ばしていた意識をようやく起こした。

「あっ、ウミ! 起きましたね! さすがの眠り姫のウミでもこの状況で失神してられませんもんね」
「ウミ……無事!? 大丈夫なの!? あの年寄りに何か酷いことは……!?」
「うぅん。私は何ともないよ。大丈夫だけど……これは一体どういう状況……? あの巨人は……?」
「何か……ベルトルトの「超大型」より大きいですよ……あれ」

 その時、形成されたロッドの骨格が天井にぶつかり激しい轟音と共に洞窟内が一気に崩れ落ち始めたのだ。

「……天井が……? 危ない!!」

 天井が崩れ落ちる中で降り注いだ岩壁がエレン達に向かって落ちてきた中で間一髪でジャンがエレンの施錠を外し、エレンの拘束が解放されリヴァイが叫んだ。

「ッ!! 下がれ!!」

 天井が崩壊し、エレンの繋がれていた場所に瓦礫が落下する直前でリヴァイの声に一斉にエレンの腕を掴みエレンを急ぎ引きずりながら後方へ下がると、先ほどまでエレンが拘束された台座は粉々に崩れ落ちたのだった。
 しかし、崩落はもう止まらない。ロッド・レイスは片膝を立て俯いたまま骨格に筋組織が次々と形成され見た事もない巨大な巨人になろうとしている。

「あれが……ロッド・レイスがヒストリアに押し付けようとしていた巨人なんだね……?? 大きい……大きすぎる……ベルトルトよりも……。まさかヒストリアじゃなくロッド・レイス……が自ら巨人化するなんて」
 
 一体自分がケニーと揉めてる間に何が起きたのか。今まで逃げ続けてきたその罪に首を垂れる様な姿に動揺するウミに対し、申し訳なさそうに肩をすくめるヒストリア。
 おそらく、このサイズは長年調査兵団に居たウミですら見たことがない規格外のサイズだ。体高60mのベルトルトの超大型巨人より大きい。それがさらなる激しい熱風と光を巻き起こしながら形成されていくのだから…!ここはもう持たない、しかし、このままどう脱出しろというのだ。
 その一方でウミをリヴァイに渡すことで身軽になり、崩落する洞窟内を逃げるように飛び回るケニーがロッドに向かって忌々しげに皮肉を漏らす。

「……オイオイオイオイオイロッド!! 下手こいてくれたなっ!! 結局てめぇも巨人に無知だったってことはよ〜〜くわかったぜクソが!!」
「アッカーマン隊長!!」
「バカ!! 来るなお前ら――!!」

 何とケニーを心配した部下たちがケニーを助けにここまで熱風を潜り抜けて駆け付けたのだ。ここにいては崩落に巻き込まれるというのになぜ自分を置いて彼らは脱出しなかったのだろう。
 予想外の展開に叫んだケニーの声は崩落する岩壁に巻き込まれて消えた。



 とうとう壁際に追い詰められたリヴァイ班たち、エレンとヒストリアを取り戻したまではいいが、このままでは全員生き埋めだ。逃げようにもその逃げ道はロッドの巨体に塞がされ追い込まれてしまう。

「オイ、このクソみてぇな状況は何だ……」
「世界の終わり……?」

 呑気にそう言っている場合じゃない、何とかしなければここで自分達はエレンとヒストリアもろとも生き埋めになり死んでしまう。

「まずい! 逃げ道がねぇぞ!!!」
「(なんで……? 俺を食うんじゃなかったのか……? このままじゃみんな、死ぬ……!! 巨人化するか? イヤ……地面が落ちてくるんだ……巨人の体程度じゃ防げない……みんな潰れてしまう……)っ、ううっ……」

 ここまで、危険を冒してまで助けに来てくれた大切な仲間達の顔を見渡しエレンはどうにもならない現状に絶望し、先程まで止まっていた筈の涙が再び流れ落ちその場にしゃがみ込んでめそめそと泣き出してしまった。

「――ッく……ごめん。みんな……っ、ううっ、っ……、オレは、特別な人間なんかじゃない…役立たずだったんだ…そもそもずっと最初からっ……! 人類の希望なんかじゃなかった……っ」
「エレン……」

 打つ手なしと大粒の涙を浮かべたエレン。涙を流してまるで子供のように泣いている。その姿はまるで昔の壁の外の世界に憧れていた無邪気なエレンのままで…慰めるようにウミも膝を着いてエレンに寄り添うように励ました。
 しかし、今こうしてエレンを宥めてもこのクソみたいな現実は変わらない。すっかり弱気になったエレン。リヴァイが睨んでいるのもお構いなしにエレンを慰めるように伸ばしてきた手を受け止めてウミに擦り寄ったその時。
 ふと、横に目をやると。ロッドの鞄から転がったものなのか(ヨロイブラウン)と、未知なる文字で書かれたラベルが巻かれた何やら怪しげな瓶が落ちているのを見つけた。

「(ヨロイ……?)」
「何だ? 死に急ぎ野郎……今度は悲劇の英雄気分か? てめぇ一回だって自分の力一つで何とかできたことあったかよ?」
「弱気だな……初めてってわけじゃねぇだろ、こんなの、」
「別に慣れたかぁ、ねぇんですけどねぇ!」

 すっかり別人のように心が折れている弱々しいエレンの発言にこれまで共に協力して数々の修羅場を掻い潜ってきた104期生達はらしくない事を抜かしてめそめそ泣くエレンを叱咤し、そして三年間の付き合いのある絆で彼らなりにエレンを励ましたのだった。

「まぁ……あの中飛ぶのはさすがに厳しいけど!」
「エレンとヒストリアを抱えなくても脱出は厳しい」
「私がエレンを……」

 ミカサがエレンを抱える事に名乗りを上げ、目を覚ましたウミもふらついた足取りでヒストリアの手を握り締めて微笑むが、すかさずサシャがそれは無理だと突っ込んだ。

「なら……、私、ヒストリアを抱えるよ……!」
「いやいや……ウミじゃ無理ですよ、さっきの樽爆弾も持てなかったじゃないですかっ」
「いいって、俺がヒストリアを抱える。多分気ぃ遣ってる余裕ねぇから死ぬ気でつかまってろ」
「うん」
「無理だ……もう逃げられない……」

 もし立体機動装置をつけていない二人を仲間達が抱えて飛んだって見渡す限り天井まで届くくらい大きなロッド・レイスの巨体に塞がれ、どこにも出口はない。それでもどうにか突破口を探すが見つからず、エレンは涙を流してもう無理だと、諦めかけ弱気な言葉を口にした。
 そんなエレンに迷いを断ち切り自分として生きる覚悟を決め、弱い自分を捨て強くなったヒストリアが凛と強い眼差しでゆっくりと問いかける。

「じゃあ何もせずにこのままみんなで仲良く潰れるか、焼け死ぬのを待つの?私達が人類の敵だから?」

 これまで誰にも望まれず期待されずに虚無的に生きてきたヒストリアが自身の最大の決端を乗り越えどうしようもない絶体絶命な状況でも、もう死に場所を探すことなく生きることを諦めずにこの状況を打破しようとしている。この一瞬の出来事であっという間にヒストリアは頼もしい女性へと、王となるべく芯の強さが現れていた。

「お前にばかり……すまなく思うが。エレン、好きな方を選べ」

 あの時と同じ言葉がリヴァイの口から零れた。リヴァイ班との巨大樹の森での女型の巨人との死闘を思い出していた。あの時もエレンは同じように選択を迫られていた。リヴァイ班を信じて進むか、自分の力を信じて巨人化して女型の巨人と戦うか。

――「お前は間違ってない。……やりたきゃやれ。俺にはわかる。コイツは本物の化け物だ「巨人の力」は無関係にな。どんなに力で押さえようとも、どんな檻に閉じ込めようとも……コイツの意識を服従させることは……誰にもできない。エレン……お前と俺達の判断の相違は経験則に基づくものだ。だがな……そんなもんはアテにしなくていい。選べ……自分を信じるか、俺や、ウミや、コイツら調査兵団組織を信じるか。だ。俺にはわからない。ずっとそうだ……自分の力を信じても……信頼に足る仲間の選択を信じても……結果は誰にもわからなかった……だから……まぁせいぜい……悔いが残らない方を自分で選べ」
――「進みます!!」

 悔いなき選択を今自分は迫られている。あの時の記憶は今も鮮明に残っている。自分が信じて選んだはずの悔いなき選択。
 それは仲間を信じて進むことだった。しかし、それが悲劇の幕開けだった。一ヶ月間巨人化するかもしれない自分への恐怖をいつからか信頼に変えて共に訓練を重ね絆を深めてきた巨人殺しの達人集団で選抜された旧リヴァイ班のメンバー達の無残な亡骸が転がる悲劇の森。
――ペトラ、オルオ、グンタ、エルド・
 みんな、変わり果てた姿で、あまりにも残虐でむごたらしい最期を迎えた。みんな原形をとどめつつも無惨な姿で殺されてしまった。あの時の苦く悲しい帰還、自分たちの潜伏先の城に戻るも、もうその空間にはオルオの得意げな話も、可愛い顔をしているがオルオには手厳しいペトラの突っ込みも、真面目なグンタの時折ふざけたジョークやエルドの落ち着いた声も、みんなの笑い声の響かない空間にただ後悔しか残らなかった。
 残されたのはリヴァイとウミとそして自分だけというあまりも最初の壁外遠征は辛い記憶となってしまった。
 あの時の選択を悔やみ続けてきたエレン。そうして今現在新たに編成され誕生した新生リヴァイ班。リヴァイが何故自分の同期達を中心に選抜したのか、今なら理解出来る気がした。訓練兵時代104期生としてかけがえのない時間を過ごしてきた同期達、そして。
 もう旧・リヴァイ班壊滅の時のような今も消えぬ後悔、皆がここで死ぬ未来などしたくない、もう二度と、自分の前で誰も失わないように、旧リヴァイ班のみんなのように、同期たちを同じような目に遭わせたくない、誰も死なせたくない。
――「(オレが…選択を間違えたから……オレが仲間を信じたいと思ったから皆死んだ…オレが最初から自分を信じて戦っていれば……最初からこいつをぶっ殺しておけば!!)
「うぁあぁぁあぁぁぁ!!」
「エレン!!」

 決意したエレンは先に走り出していた。衝撃で吹き飛ばされて地面に転がるロッド・レイスが所持していたカバンから転げ落ちていた「ヨロイ」と書かれた薬瓶を手にして。エレンが行ってしまう、置いて行かれる不安に手を伸ばしたミカサの制止を振り切って巨人化しつつあるロッド・レイスの元へと涙を流しぐちゃぐちゃの酷い顔のまま走り出したのだ…!

「(ごめんなさい……最後に一度だけ……、許してほしい……自分を信じることを!!)」

 自分が信じた悔いなき選択を今こそ。もう二度と間違えたくない、もう誰も失いたくない、死なせたくない。だから――……。
 そう、自分を信じて走り出したエレンはそのままヨロイの薬液の瓶に歯を立てそのまま勢いよく噛み割ったのだ!その瞬間、エレンの身体からまばゆいばかりの光が溢れ、その強い光がまるでこの世界、命の終わりに立たされて窮地に追い詰められていたリヴァイ班達をロッド・レイスの巨人化による熱風から守るように優しく包み込んだ。
 ロッド・レイスの光よりも強い光に包まれたエレンがそのままエレン巨人へと姿を変えるが、いつものエレン巨人の姿ではない。

「なっ!?」

 リヴァイ班を守るようにエレン巨人は真っ向から吹き付ける風の前に膝を着くと、エレン巨人の身体から青く光る何かがどんどん枝分かれして、それはどんどんエレンから出てくる。まるでそれは格子のように。エレンを中心に硬質化と同じ成分で出来たその柱が大きな森になるように、生い茂り水面の波紋のようにどんどん広がっていく…。

「な……んだ?」

 それはまるで暴風から自分達を守る大きな木。戸惑いながらも見た事もない光を放つエレンに呆然としていると、リヴァイがあれが硬質化ならエレンは何処でいつ取得したのかはわからないが、アニと同じように硬質化を身に着けたという事になる。

「全員! エレンの陰に入れ!!」

 リヴァイの声に頷き、急いでエレンの陰に走っていくリヴァイ班達が隠れたのを最後にどんどん崩落する洞窟の天井からは降り注ぐ硬い鉱石、その中、取り残された優れた者達の中からケニーが選んで選抜し、編成された対人制圧部隊の精鋭たちもこれには一溜りもない。崩れ落ちた硬い鉱石たちが容赦なく降り注いだ。

「うっ……!!」
「カーフェン!! ぐあっ!!」

 上空を見たケニーはどんどん崩落して来た岩壁に悟った。崩落に巻き込まれた自分の部下たちは降り注ぐその岩の雨に地面へと次々堕とされていく…。ケニーが生き延びるためにむしゃらに上空に向かってアンカーを射出した。やがて、焼け付くような熱風の渦の中で超巨大な体躯をした巨人となったロッド・レイスが立ち上がったことでレイス家の礼拝堂地下は完全に決壊した。
 エレンから伸びた硬質化の鉱石はまるでエレン守るかのように連なる。ロッド・レイスが立ち上がったことでエレンにもその残骸が降り注ぐ中でエレンが最後の咆哮を上げると、エレンの身体はアニと同じ硬質化の硬く青い輝きの中に包まれ、其処で意識が途絶えた。

To be continue…

2020.04.19
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