THE LAST BALLAD | ナノ
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side.? "I can hear the calling"

――「なぁ、約束だ。ミナミ。お前はお前の幸せを手にしてそのまま暮らしていけ」
 去り際、男が告げた突然の言葉に、私は目の前のこの男はいきなり何を言い出すのか理解に苦しんだ。相変わらず勝手な人だ、勝手に現れては、勝手にいなくなる。本当にいつもその挑発的な笑顔の裏で彼が何を考えているのか、最期まで私にはわからなかった。
 私たちは、幼い頃から今まで。時には離れながらもそれでも、彼とはこれからも交わるこの道の先で必ずあなたと私は繋がっているんだと確証もなく信じていた。
 たとえ、もしまた彼と離れても、必ずどこかに私たち二人が交わる道があると、この人とはもう一生離れることはないのだと。そう、信じていたかった。
 だけど、離れないでと、どれだけ愛しても、誓っても、願っても。お互いはお互いという名の個体のままで、どれだけ永遠を望んでも重なることは無い。

「俺がこの世界を盤上ごとひっくり返しちまうような壮大な夢を必ず叶えてやる……」

 私を初めて愛してくれた彼は力が全てだと。そう、私に言っていた。どんな世界においても力のあるやつが偉いのだと、力さえあれば負けないし、虐げられる事もない。何とでもなる。その考えの通りに彼は誰に屈する事もなくどんな強大な敵が相手でも臆することなくその身一つで切り抜けてきた。

 そして、アッカーマンの迫害を終わらせると、今の王が偽りで、本当の王家は地方貴族のレイス家だと情報を得た彼はまた私から姿を消した。
 そしてその日を境に何もかもが……全てが変わってしまった。彼は穏やかな私との暮らしよりも、この壁の真の王であるウーリ・レイスの神にも等しいその力を目の当たりにした、壮大な自分の夢を追いかけるようになった。
 彼の描くその夢の先に、私一人の存在は霞んでしまう程、彼にとって私は視界にも映る事のない、必要のない存在へと変わっていた。
 私はもう彼と……、この先この道が交わることは無いのだと感じていた。去り際に確かに聞こえた声。それがあの人と交わした最後の約束だった。あの日から何年の時が流れたのかわからない。もう瞳を閉じてもあの懐かしい悪ガキみたいに。どこか無邪気さを感じられたあの日の声はもう私の耳には聞こえない。

 一生一緒。命を賭けて、とか簡単に口にするものじゃない。人はどうやったって自分が一番で、自分の人生にしか責任が持てない。1人の人間を一生愛し続ける事が出来るほどこの世界は優しくはない。散々思い知って来たのに。生まれた時から死ぬまで人は一人、そして自分が一番なのだ。
 それでも彼はいつも私に手を差し伸べてくれた。困った時はいつでも俺を頼れ、今の俺には不可能なことはねぇ、この壁の世界で何でも出来ると、そう言っていた。去っていった私の事をそうして大切に今も変わらずにいてくれるその優しさが何よりも嬉しくて、救いだった。
 彼と錠前破りの泥棒の真似事をしたり、面白おかしく暮らしたあの日々は幻のように消え、今は一人で静かに昇る朝日から沈む夕日をこの四角の窓からいつも眺めて祈りを捧げていた。これが私の望んだ形。望んだ幸せ。地下で掃きだめのゴミのように生きていたあの日とは無縁の明るく眩しい壁に囲まれたこの世界。
 いつもと変わらない日々、いつもの朝の光景、壁外にさえ出なければいつまでも平和は続くと思っていた。そう、信じていた。このまま暮らしていくのだと、この世界で初めて手にした自由、愛した人、私はこの街を愛していた。
 あの人とはこの先の長くもない人生の道でもう二度と会うことは無い。あの人の目にもう私は映らない、それでもその背中をひたすら追いかける事に心底疲れ果てた時、私はもう一人のあの人に出会った。
 地下の片隅で、見た事もない苦くて焦げたような不気味な、だけどいい香りのする奇妙なコーヒーという飲み物を私に飲ませながら彼は言った。

「なぁ、お前は信じてくれるか?? 俺はな、壁の外から来たんだ。マーレって大国だ」

 と、まるで今日の天気でも話すかのように、彼は私にそう告げた。今となってはあの笑顔から口にした言葉が本当かどうかわからない、図体は大きいのに小動物みたいな屈託のない眩い笑顔。だけど、私を抱き締めるその腕に今までにない力強さと安心感を感じていた。
 あなたの太陽のような笑顔の傍に居たら私にも明るい景色が見えるのかしら。気付けば私はあの人の背中を追いかけるように自由を求めて伸ばしていた手。そのまま引き上げられていた。

「調査兵団って万年人手不足なんだな、さすがにいつまでも隠れらえねぇからな…。なぁ、俺みたいな素性も知れない人間でも調査兵団は引き入れてくれるか? なぁ、協力してくれよ。お前みたいに中央憲兵のエリートが調査兵団に異動したいって言えばなら喜んで異動させてくれるんじゃねぇか??」

 仄暗い地下の底から抜け出して手にした自由は言いようのない感動を私に植え付けた。
 閉鎖された暗い地下の街ではない、求めた本当の自由がそこにはあった。手にした自由の中で感じた風、壁所から一緒に見る景色は本当に眺めがよかった。この壁の向こうには私の知らない景色がある、一緒に行きたい、そう思った。
 一角獣のマントを自由の翼にすり替えて、あの消えない喪失感が癒えた頃、その中で、私はある日、自分の身体に違和感を抱いた。この違和感には前にも覚えがあった。
 身体が怠くて熱くてたまらない。何をしても眠い。壁外調査ではいつ死ぬかわからない中で私は眠すぎて乗馬の揺れの心地良さに居眠りをしてしまい、危うく巨人に頭から食べられそうになった時はキースに死ぬほど怒られたっけ。
 自分の身体がまるで炎のように、まるで熱を持って発火したように冷めない。明らかにおかしいから直ぐに医者に行けと言われて、そこで前にも感じた事のある違和感を覚えた。違和感がすぐ確信に変わった頃、あの時淘汰された命がまた私の身体に戻ってきてくれたのだと感動した。
 だけど、その感動も次第に変化する自分の身体の違和感と共に不安へと変わった。私たちの間に生まれる子供について数え上げればキリが無い。
 壁外から来た彼は本当にこの壁の世界に住んでいると言う証拠が見つからなくて、私も、地下の街の片隅でマトモな親から産まれたわけではなくからどんな親になればいいのかなんて手本が無いから分からない。そもそも戸籍上お互いがこの世界には存在しない。そんな二人の間から生まれる子供が将来どんな目に遭うか。想像するだけで居た堪れない。

「それでも……お前が授かった命に罪は無ぇだろ。これから生まれるこの子が女でも男でも生まれたことを悔やまないよう、迷惑をかけないように親の俺達はこの子が安心して暮らしていけるように最大限の努力をしよう。俺が何とかする。お前も、生まれてくる子供もみんな俺が守る。だから、お前は安心して俺達の子供を産んでくれ。調査兵団を辞めて、壁外に一番近いシガンシナ区で暮らそう」

 と。涙交じりに嬉しそうに微笑んでいた。案ずるより産むがやすしとはよく言う。今後の事はとりあえず生まれたら考えればいい、と。嬉しそうに笑ってくれた。
 本当に目の前の彼はあの人とは真逆の人。あの人は力を何よりも欲して、その姿はまるで飢えた獣そのものだった。戦いを心の底から楽しんでいた。アッカーマンの一族として生きている限りこの戦いを求める本能からは逃れられない中で私はもう過去の私には戻らないと誓った。子供が生まれたら普通の暮らしをして家を守ってほしい、
 その誓いの後に私は退団を決意した。生きて調査兵団を退団したのは私が初めてだと言われる中で最期の壁外調査。私はもうすぐ子供が生まれると喜んでいた兵士を庇い両足を巨人に食われた。両足を喰われながらもお腹の中にいる私の子供を守るように私巨人の口から引きずり出してくれたのはエルヴィンだった。
 太腿から下の両脚を失い、私は一生を車いすで過ごす事になり、もう二度と自由に走ることは出来なくなった。だけど、それでも私は大切な宝物を得ることが出来たから命があるだけでも感謝しなければ。
 強制的に引き離された、戦いとは無縁の日々の中、私はようやく望んだ幸せを手に入れたのだ。あの人と、私、そして愛しい宝物を抱いて。このシガンシナの空の下で、永遠に穏やかに暮らしていくのだと。そう信じていた。

「お母さん、私、調査兵団に入りたいの……!」
「お母さん、行ってきます!」
「お母さん、私の……赤ちゃんは……? 大丈夫なんだよね??」
「お母さんの言う通りだったね、だから……私の赤ちゃん、死んでしまったのかなぁ……!?」

 この身体の中に流れる血の本能は私の望む平穏な日々へ歩むことを決して許してはくれなかった。確実にこの身体に流れる私の血は途絶えることなく娘へと引き継がれていた。
 娘は私とは違う、戦いとは無縁の血の匂いのない普通の人生を歩んで幸せになって欲しかった。
 アッカーマンの血が目覚めてしまえばこの子もいつかは戦いの渦中に飛び込み、このまま調査兵団なんかに居たら私と同じ末路を迎える事になる。本当に、心から愛する人とは幸せになることは出来ない、今の私のように。だから、私は私たちの背中を見て確実にその力を目覚めさせつつある娘に遊びと言いながら本気で娘に手ほどきをしている父となった彼と激しい口論になった。

「オイ、やめろ、この子から絶対戦いを切り離すな!! せめて自分の身は守れるようにしねぇと駄目だ! いつかこの壁の世界が終わるときに何にも出来ずに死んじまってもいいのか!? 何のために俺達がここに家を建てたのか……この壁の世界が終わった時、即座に壁外の国に逃げれるようにする為だ!」

 彼が何を言っているのかわからなかった。彼は重大な秘密を隠していた。この壁の世界はいつか滅びる、だから壁外に一番近いここに居住を構えた。すぐに壁外へ逃げられるように。
 歌と花が好きなおっとりした愛くるしく優しい子、だから。だからこそこの子は普通の人生を歩んでいてはすぐに殺されてしまうと、この子は強くなければいけないと何度も説いていた。
 彼の娘に対する訓練は端から見てそれは遊びには感じられなかった。対人格闘術、乗馬、立体機動装置を勝手に与え、その訓練は明らかに巨人や、あらゆる危機を想定していた。女の子の顔に容赦なく彼は拳を叩きこんだ、真っ白で汚れのない素肌は耐Gベルトの痣が痛々しく残っていた。
 本来なら訓練兵で過ごす過程を飛び越えて、気付けば戦いの渦中に飛び込んで、私の猛反対を押し切って自由の翼を手にして、そして求めた自由の翼はもぎ取られて、地へ堕ちていった。

「誘拐された。俺達の、あの子が……調査兵団を恨んだ人間の犯行だと……いつまでも成果の出ない壁外調査を続ける調査兵団をこれ以上存続させるな、即刻解体しろと、さもなければあの子を地下の街で奴隷として売り飛ばし、あらゆるこの世の地獄を見せてやる……だそうだ」

 あの子が私たちのせいで調査兵団の存続と私と彼の存在を疎んだ中央政府の手によって誘拐されたのだと知った時にはもうあの子は地下で売られて行方が分からなくなっていた頃だった。私達は何度も何度も捜索を依頼した。だけど、ここでも中央憲兵が絡んできて、全て揉み消された。
 地下街はあの子が生きていける程優しい世界ではない、一度迷い込んだ人間はもう二度と出る事は叶わない。まして女という貧弱でしかない生き物があの地下でどんな想像を絶するような末路を迎えるか…。
 地下街では力を持たない人間は女子供問わず襤褸切れのように扱われてやがて殺される。遺体が見つかればいい方だ。運が良くても奴隷や家畜のように扱われ朽ち果てる。そうしてすべて奪われて最後はむごたらしい姿になって殺される。
 女は弱い、どれだけ強かろうが男の力には到底かなわない。ようやく過去の呪縛から逃げられたと思っていた過去の業は私自身ではなく、最愛の娘へとその矛先を向けた。明るい太陽の光の下でこれからは生きていけると信じた私への罰は私ではなく娘に落とされた。
 万年人手不足の調査兵団の中で人材を派遣して危険な世界へ探索に乗り出すことは団長が強化するはずがなかった。ならば自らの足で、でも、今の私には足が無い。私は自らの足を巨人の餌にした事を悔やむしかなかった。足のない今の私にできる事、それは娘の無事を信じる事だけ。こんな状況で別れた彼(ケニー)を頼る事は出来なかった。
 それから娘の無事を信じ続けて何回の眼の季節が巡った頃、地下街で立体機動装置を操る窃盗団が居ると言う噂を耳にした。その集団に接触の許可を求めたのはエルヴィンだった。
 入った頃はロクに乗馬も出来なかった彼が今や分隊長としてその手腕を発揮しつつあり、今にも団長を追い抜く勢いだ。そして、その集団に接触する為にとミケやあの人達精鋭を引き連れて地下街へ潜入することが許された。立体機動装置を巧みに操る窃盗団のリーダーの男…。もしかしたら…娘もそこに居るかもしれない。どんな理由があるにせよ、万年人材不足の調査兵団には欲しい逸材。

「エル……!」
「大丈夫だ。俺が必ずあの子を取り戻してくる。だから、どうか君は信じて待っていてくれ」

 そうしてエルヴィンは地下へと赴き、約束を果たしてそして娘は帰ってきてくれた。蝶よ花よと育てられいつまでもあどけない少女だった娘は見ない間にすっかり成長し、美しい女性に成長していた。まるで脱皮した蝶のよう、そんな蝶は思いもしない番を連れて来た。

「お母さん、紹介したい人がいるの」

 忘れもしない、あの地下で見た危機に瀕した私を見つめていた黒く生気のない虚ろな眼差し。
 ガリガリの今にも折れてしまいそうな栄養失調寸前の痩せた身体。忘れもしない、クシェルが遺した形見。忘れたかった過去は何処までも私を付け狙うように外堀を固めて追い込んで来た。

「リヴァイさん、私の命の恩人。地下街で私を助けてくれたの」

 向こうは私の存在に気付いたのかは分からない、いや、気付いた筈よ。顔もロクに見ないまま、私は二人の交際を認める返事は出来なかった。寄り添う2人はまるで過去の自分達を見せつけられた気持ちになって、とても見ていられなかった。
 あの人が死んだと、そう聞かされたのは燃えるような夕日の射し込む夏の日だった。引っ越しを終えた夜の屋根の上、いつも二人で見上げたシガンシナのあの美しい星空を見上げる事はもうできない。
 リヴァイが引きずり出したあの人の物言わぬ亡骸。巨人に食われたはずなのに、綺麗に残された損傷のない身体は温かさを感じられるのにあの人はあの笑顔で笑わない、喋る事もない。止めてと言っても死ぬまでやめなかった煙草の香り、私はただ、彼がそのまま眠っていて、起きてくれることを信じていたかった。
 私を置いて死んだりしない、死んだなんて、約束してくれた彼が先立ってしまうなんて、信じたくなかった…。これ以上誰かに置いて行かれることが無いように、怯える私を置いて行くことは無いと、そう、約束してくれたのに。あの微笑みが一瞬で凍り付いてしまった。
 そうして肉体は一つも巨人に持って行かれなかったのに、その肉体は確かに私の目の前にあるのに、もうあの人は私に微笑んではくれないのだと知るとその絶望はより深い喪失感に視界を奪われ、私はただ、泣くしかなかった。

 そして、

「ねぇ、お願いよ。サネス……アンタにしか頼めない、」
「本当にやるのか……」
「ええ、そうよ。私の娘のお腹の子供はこの世に出てきてはいけない存在」
「お前……本当に、実の娘の子供を殺すなんて恐ろしい女だ……」
「殺しはしない、……あの子には育てられない……一時の快楽に流されただけ、それだけ、あの子は初恋に幻想を抱きすぎたから本当の男の欲望がわからないだけ、あの男はあの子の無垢な心に付け込んでそして、奪ったの。だから、引き離すだけ。産んだらすぐに私が受け止める。その分の代償は必ず支払うわ」

 同じ血が流れる種族同士は呼び合うように本能に導かれ、そして惹かれ合う。たまたま地下で出会った相手が同じ種族だっただけ、私とケニーのように。其処に愛なんてものは存在しない。
 本能には抗えない。だけど、この子はその事実を知らない。私もこの事実は明かさない。
 そうすればこの子はいずれアッカーマンの血に覚醒する。同じ血が流れるクシェルの産み落とした形見とあの悪夢のような地下で愛しあったというの? まだこの子には愛とか恋とか、男と女の営み……そんなの早いと教えなかった間に……。

「あなたは許されないことをしたのよ……! よりにもよって結婚もしてない素性も知れない地下の薄汚れた人間と本気で愛し合った?? 子供を作るなんて……馬鹿よ。何の病気持ちなのか、わからないじゃない」
「あの人はそんな人なんかじゃない!!」
「病院に行きましょう! すぐに堕ろすのよ……まだ間に合うから……」
「嫌だ! どうしてそんなこと言うの!? どうして喜んでくれないの、お母さん。それに、もう遅いよ……堕胎なんかしない、私、絶対に産むから! お母さんと親子の縁が切れてもいい!」
「はぁああ?? 馬鹿言うんじゃないわよ! 子供が子供産んでどうすんのよ!!! 戸籍もない地下のゴロツキとの間に生まれた子供がどうマトモに育つのか分からないでしょう」

 違う、そんなの嘘、アッカーマンの同士で結ばれた子供がどうなるかわからないからだ。そうして、私は奪った。
 娘が大切に温めて宿していた小さな小さな命を。アッカーマン同士の間に宿った子供の事実を知った娘が嘆くその前に。ウミは逃げるように調査兵団を去った。幸せそうな二人を私が引き裂いた。
 貴族の乗る馬車に轢かれたあの子はお腹を押さえて蹲って泣いていた。あの子が選んだ人と幸せになってほしい、そう願うのが親なのに、選んだ相手がよりにもよってどうして同じ血が流れる一族同士なの……?
 私があの人と結ばれなかったように、それは許されない事なのよ…。普通の何でもない普通の男性との間に宿った小さな命なら、それでよかった。だけど、例え親族じゃないとしても、同じ血が流れる人間同士が強い血の間に生まれた子供を知れば娘はこの先嫌でも知ってしまう……。
 遅かれ早かれ私がアッカーマンの一族の末裔で、あの子の選んだ人も、アッカーマンの一族の人間だと。

「やっぱりあの時、殺しておけばよかった。リヴァイ、まさか、今こうして私の娘に手を出すなんて思いもしなかったわ、よりによってアッカーマン同士で子供を作るなんて、どんな化け物が生まれるか……」

 虫の息のような小さな命、摘み取るのはたやすい。だけど、そのまま生まれ落ちた小さな命を、娘の大切な宝物を殺すことがどうしても出来なかった。黒髪の綺麗な顔をしたまだ殆ど開かない愛らしい目をこちらに向けて、必死に泣いていた。自分はここにいるのだと、生まれ落ちた命、最後まで非情にはなれない私の甘さ。
 アッカーマンの一族の血を引いた新たな命が生まれた。だけど、いつかこの子も私たちのようにきっと苦しむことになる。この悲しみの連鎖が消えるなら、ここで消さなければいけない……。
 産声を上げた娘の大切な宝物、まだ生きている。こんなにも叫んでいる、自分はここにいるのだと。
 泣いて、泣いて……。私は、その命を潰すことが出来ないまま、その命を大切に抱えて、そしてどうかこの子が私たちとは違う光ある道へ進めるように、アッカーマン一族の事や戦いを知らない世界で生きて欲しい。そうすればクシェルや私たちのようになる事もないでしょう。

「あなたはどうかアッカーマンの血とは無縁の世界でどうか普通の子として、生きて」

 娘から生まれ落ちた命を殺せない。だけど、この命を娘に託すことなくいつかこの罰を受ける事を承知でその命と娘とあの男を全て引き離しそしてアッカーマンの血をこの代で終わらせた。
 だからこれは罰。いつかこの罰を受ける覚悟はとっくに出来ていた。
 アッカーマンの血に永久的に縛られていたのは私だけだったのかもしれない。この血の所為で今まで受けてきた不遇を血のせいにして、そしてその血をそれで娘の人生さえも壊した。
 娘は自分の不注意の所為で子供を死なせてしまったと責め続けた。何も言わずに調査兵団を辞め、塞ぎこむように毎日泣いている娘を見てこんなの私の望んだ形ではない、娘はアッカーマンの血に支配された私に人生を破壊されたようなものだ。
 だからこそ、私は彼が死んだことでそれを知ったケニーがクシェルの恩を感じて今も私との約束を守ろうとしてくれていた。
 もし私が死んだら、この子は一人になる。だから、この子を守ってほしいと。懇願するように。最後に抱き合い確かめながら、ああ私はこの人に出会えたことでこれまでの人生を生きてあの人と結婚ができ、家族を築くことが出来た、そしてこの子が生まれたんだと、感謝さえ抱いた。
 これまで生きてきた人生の中で、生きてこられたのは…彼に確かに助けられたこの血があったからで。
 それは、私に力を与えてくれた。自分でも信じられないくらいの、絶対的な力。だけど、私たちは不死身ではない。自分の身に迫る危機を本能で感じ取る事が出来るからこそ、私は甘んじてこの罰を受けた。私の人生は燃え行く夕日の中に包まれた喧騒のような世界で終わりを迎えた。今はもうこの街のはしゃぎ声も活気も聞こえない。
 突如として彼の恐れていた悪夢は襲来した。街はあっという間に地獄絵図と化したあんなにも騒がしかった周囲の逃げ惑う人々の声はもう何処にも届かない、恐らくは皆喰われたはずだ。
 巨人が壁を破壊して攻めてきた。だけど私にはもう逃げる足が無い、あの人と選んで建ててもらった家はもう飛んできた壁の破片で破壊された。私の身体は瓦礫に押しつぶされていた。遠のく意識に頭はぐっしょりと濡れていて、それが自分の頭から流れている血だと気付いた時にはもう自分は死の淵に居た。
 今は不気味なほど静かな静寂に包まれていた。もう何も聞こえない声、小さく息をしながらもだんだん視界が狭まっていく。遠のく意識の中で私はもうすぐ死ぬのだと、迫る死の恐怖とその思いに突き動かされていた。

――「死ぬのは怖いか?」
 生きてきたこれまでの人生で、そう尋ねられていても、私は答えられなかった。大丈夫、だけどもうこの世に未練なんかない。騒音と軋む巨人を追い払うためのなんの意味もなさない砲弾の激しい音しか聞こえない。これが、この壁の世界の終わり、末路なのか、分からない。だけど、これが私の呪われた血に支配された結末なら、甘んじて受け入れて目を閉じよう。
 遥か昔に失ったこの下肢ではどこにも行けない、私の魂が楽園に向かうことは無い、どうかこの呪われた血の一族による苦しみがこれ以上生まれないことを望むだけ。だからすべてをあなたに託して祈りの代わりにそっと願う。
 
――あの日の声はもう今の私達たちには響くことは無い。

「あぁ、どうか、私の死と引き換えに、許して……ウミ……それでもあなたを産んだ私を……」
 
To be continue…

2020.04.30
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