unfair love | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


「07」



 恋は先に落ちた方が負けだとよく言うが、その恋に落ちた私も受け止めた貴方も貴方だ。
 いつからだろう。分からない。ただ、自分は何も知らない間抜けなピエロだったのだと。今はそう思うだけだ。

「今日のランチファミレス行く人〜!」
「いいなぁ、行こうぜ!なっ、海も行くぞ!」
「えっと、私……」
「いいじゃねぇかよ、行こうぜ!」
「はっ、はい!」

 リヴァイが出張に出かけてから体調を崩したりもしたが、皆の支えて海は孤立することなくみんなと打ち解けていた。
 いつも、1人テントでお昼を食べていたが、そんな1人の海を気遣いメンバーに半ば無理やりランチに連れてかれた海。
 仕事の合間のチームでの語らい。いつまでも断らず、たまには顔出そうと海は班のメンバーと席についた。
 休憩時間はきっかり60分と前の会社ではそうだった。しかし、ここは多少はランチタイムの都合などでズレても誰も咎めないし、本当に自由だと感じた。確かにリヴァイも自分が先に戻ったあと戻ってくるのが遅かったし。

「ペトラ最近綺麗になったんじゃないのかよ?」
「えっ、そう?」
「俺にはわかるぞ」
「何よ、気持ち悪いわね」

 話題は最近綺麗になったと話題のペトラ。たしかにいつもよりも、肌ツヤもよく、そして何よりも前に彼女に聞かれて海の愛用のグロスを扱っているショップへ一緒に行ったのだ。その時一緒に買ったグロスも彼女によく似合っている。

「そーだよなぁ〜ペトラが美人になったのはそりゃ男前の彼氏のおかげだもんなぁ」
「イザベルさんったら、違いますよ。」
「俺聞いたもん、わざわざ昨日日帰りで会いに戻ってきたんだろ?いいよなぁ〜愛されてて。」
「あら、そうなんですね。ペトラさんおめでとうございます、」
「ありがとう海」
「相手は誰なんですか?」
「うふふ、そんなに教えるような人でもないよ」

 そう言いながらも可愛らしい笑顔で幸せオーラいっぱいのペトラ。そんな可愛い彼女のためにわざわざ会いに戻ってくるなんて、遠距離恋愛でもしているのだろうか。しかし、意中の相手を同じ目で見つめていたペトラに恋人が出来たとわかった途端、ほっと安堵した海は素直にお祝いの言葉をかけていた。しかし、それなのに、安堵と裏腹に何となく嫌な予感というか、胸がざわめくのは何故なのか。ここにいない彼に会えないからだと言い聞かせて。

「(リヴァイさん、……早く、帰ってこないかな……)」

 どうして素直にペトラの恋を喜べないのか。しかし、彼に会えば、きっとまたキスをしてくれる。そしたら、こんな不安なんか力強い腕で早く吹き飛ばしてほしい。
 その日から海の指折り数える日々が始まった。いつも決めていた服装も乱れ、そして何よりも化粧が日に日に薄くなっていくようだ。
 今日なんか唇にすら何もつけていない。彼がいなければいくらどれだけ着飾っても何の意味もないからだ。早く会いたい。待ちきれない。何をするにも上の空で、仕事中なのに何も手につかない。ひとり初めてキスを交わしたテントで彼の清潔な石鹸の香りが微かに残るタオルケットに顔を埋めて眠る。しかし、次第に香りも褪せてきてだんだん自分の身につけている香水の香りに上書きされてしまった。
 香りが恋しくなるほどにとことん彼に溺れてしまっていると感じて、触れた重ねあった唇の温度が忘れられない。そして海は決意する。どんな結末が待っていても彼が戻ってきたら告白しよう。と。
 決意をし、卓上カレンダーに蛍光ペンで斜線をし、ため息ひとつ。やっとこさ6日目となったが、明日から海の日と混ぜて祝日になってしまう。でも、それを乗り切ればリヴァイはこのオフィスに戻ってくる。だから、それまでの辛抱だ。

「お電話ありがとうございます「海か?」
「へ……?」
「俺だ」

 突然鳴り出した電話。ディスプレイには携帯からの番号。聞こえてきたのは紛れもなく恋焦がれた海の今思考を埋めつくしていた最愛の人だった。

「しゅっしゅしゅ!? 主任!?」
「うるせぇな、お前は蒸気機関車か?声でけぇんだよ」
「すみません……」
「そういや、倒れたんだと、大丈夫なのか?」
「あら、聞いてたんですね。んでも倒れてはないんですよ。ただの熱中症でちょっと具合悪くしただけですので」
「バカ言うな、今年になって熱中症で何人くたばってると思ってる。お前に何かあったらエルヴィンに合わせる顔がねぇだろ。お前はこっちの暑さに慣れてねぇんだからちゃんと水分補給とか飴舐めたり自己管理しろよ」
「はい。すみません……」

 そろそろこの会話も仕事の内容に変わってしまう。ドキドキしながら期待感を胸に海は1瞬1秒だってこの会話を終わらせたくないと思うほどに久方ぶりの憧れで恋焦がれたリヴァイの機械越しの低い声を鼓膜に焼き付けようとしていた。

「戻ってくるのは来週ですよね?お土産楽しみにしてますね!」
「ああ。だが出張自体は今日で終わって新幹線でもうそっちに戻る予定だ。お前は?」
「へ?」
「飲むか?」

 まさかのお誘いに海はオフィスに誰も居ないのをいいことに小躍りしそうな勢いで立ち上がると二つ返事で頷いた。

「いいんですか!?ぜひ」
「ああ、今から乗れば夕方過ぎには着くはずだ」
「じゃあ駅についたら連絡くださいっ。私ショッピングモールでお買い物してますので!」
「そこだと駅から距離あるだろ。連絡しようにもお前の連絡先も知らねぇ」
「私も知らないです。この会社は班の連絡表とかってないんですか?」
「んなもんあるかよ。昔からある会社の個人の連絡先どころか血液型とかも書いてあるやつだろ?まぁいい、俺の番号だ。メモしろ」
「あっはい、」

 慌ててスマホを取り出し登録するともちろん自動的に浮かび上がるトークアプリの方にもプロフィール画像は無いが、彼の「levi」という名前。間違いなくそれは唯一の彼で。

「こっちの方でお友達になってもいいですか?」
「好きにしろ。」

 そうして承認してもらい、緑色の画面に表示された名前をお気に入り登録にして電話を切る。もしかしてそれだけのために電話をよこしてきたの?受話器をゆっくり置いて、海は突然の最愛の人からの電話に胸の高鳴りを抑えることが出来ない。そしてぼんやりなんかしていられない、憧れの上司からのお誘いに舞い上がり、これで仕事に身が入らなくなってしまった。お昼休みも明けたばかりでまだ時間もある。夜のためにトイレに駆け込むと海は薄っぺらの顔に慌てて化粧を施した。

「あれ?海、朝と顔が違うね!デート?」

 デートと聞かれて舞い上がりそうになるが、海はにやける頬を堪えて静かに答える。

「お友達とお出かけなんです」
「金曜日の夜だもんね!来週からまた主任戻ってくるから早く帰れるうちにのんびりハメ外しておいでよ」
「はい、ありがとうございます」

 すれ違いにペトラと別れ、カツカツとヒールを鳴らして海はビルを後にし、バスに乗り込む。見えてきた博多の街を眺めて早くリヴァイに会いたいと、ただ、それだけ。一途にそれだけを思った。
 この日までは。

 
To be continue…

2018.08.03
2020.07.19加筆修正


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