unfair love | ナノ
「05」
誰もいない真夜中のオフィスビル。まさかこんなところにあこがれの上司と二人きりでいるなんて。出会ったばかりの時の海には到底考えられなかった。
お酒に酔っているのか、この雰囲気に酔っているのか。分からないが、海はオフィスの引き出しを探すも見つからない自分の家の鍵を必死に探し回った。バックの中に入れていたのに、しかし見つからない。飲み屋に忘れてきたのかもしれない。色んな可能性が浮かび上がるが酔っている為か思考が回らない。
「おい、まだ見つかんねぇのかよ。」
「それが……どこにも見つからなくて……」
「お前って奴は本当に……とっとと探せ。俺はもう寝てぇんだよ」
「ひえっ、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「もう待てねぇ。勝手にしろ」
ついに大人だが、根は元ヤンの男はもうこれ以上は付き合いきれないと怒りを露に眉間に盛大に皺を寄せ屋上のテントに向かってしまった。慌てて追いかける海。ヒールで転びそうになりながらも一緒にテントに向かうと、そこには可愛い夢の国のプリンセスの人形とひとくくりにして束ねた鍵を見つけたのだった。もちろん国産車ナンバーワンのエンブレムの輝く自分の愛車の鍵もそこにある。
「見るからにこれだろ」
「ああっ!こんなところにあったのね!良かったあ〜っ!」
「チッ」
歓喜に打ち震える海にリヴァイはもう付き合いきれないと舌打ちし、簡易的なマットに寝そべった。いい感じに酔いも覚め、今なら熟睡できそうだ。この女がいなければ、の話だが。
「見つかったならお前はとっとと家に帰れ、テントに2人は狭いんだよ」
しっしっと人見知りの猫から能天気の犬ころみたいな海を手で追い払う仕草をする。しかし、海は鍵が見つかるなりいきなり睡魔に襲われ眠くなりそのままリヴァイの隣に寝っ転がってきたのだ。嫌でも香るすっかり覚えた海のジャンヌアルテスの香りと微かに日本酒の香りにこっちまで酔いそうになる。
「海……ったく」
うとうと眠たそうに瞳を瞬かせて。夜が明けたら絶対にここを徹底的に掃除させると決意しリヴァイは何度も海を起こそうとしたが諦めた。
「主任……」
「起きてるなら帰れよ」
しかし、ここまで着いて来てまたこんな夜中に家のあるアパートまで歩かせて万が一、内面はさておき見た目は悪くはないレベルの海を一人きりで帰らせて何かあったら向こうの地元に居る彼女の親や友人やましてエルヴィンに申し訳が立たない。
なんだかんだ悪態づいてもやはり部下思いのリヴァイは上司としての責任感として海をここに泊まらせることにした。たしかに狭いが、ごつい男ではなく小柄で細身のだいぶ前に成人しても未だ少女みたいな体躯の海ならそんなに狭さもない。
「ガキみてぇに無防備に寝やがって」
仮にも男である自分と二人きりなのに海は無防備すぎる。お互い異なる性別の女と男ということを、理解していないのだろう。
半開きの唇から漏れる吐息を聞きながらリヴァイはシャツのボタンを緩めると鍛え抜かれた逞しい首筋から胸板の鎖骨のラインが浮かび上がった。
「主任はどのくらいしてませんか?」
「何をだ」
「何って、チューです」
夜中だからそういう類の質問かと思えばなんと、キスのことだった。突然の言葉に思わず肘から崩れ落ちるリヴァイ。しかし、それを可愛らしい単語にすり替える海は無防備に男を誘うのか、それとも本当に無邪気で、純粋で、恋愛経験が乏しいのだろうかリヴァイは余計に海と言う存在に疑問符しか浮かばない。
「お前はどうなんだ」
「本当に無いんです。でも、この前酔った時に年下の女友達にキスしてしまって、そしたらその子にその後すっかりヘロヘロになったって言われて」
「つまり、お前のキスがダチの足腰を立てなくさせたってことか?」
「うん、」
何なんださっきから、遠回しにキスしろと、その先を仄めかして誘っているのか?酔いが回った海は口調もいつもと違う。これが心を許せる相手にしか見せない海の態度なら。
何も考えていないようで何を考えているのかだんだん分からなくなってきた。海は近づくリヴァイの鋭い目つきの整った顔をじっと見つめていた。薄暗いビルのテントの中、行き交うのはふたりぶんの吐息。
海はむくりと起き上がり、リヴァイの肩をそっと掴むと、なんとも大胆に自らの唇に引き寄せてきたのだ。近づく海の顔に、リヴァイは静かに瞳を閉じ、2人の唇が静かに重なって。
海の伏せられた長いまつ毛がリヴァイの頬に触れ、そして包み込むような優しい香りに酔いしれる。人工的な香水の香りは好きではなかった。しかし、体臭と混ざり合い香水は人工的な作られた香りから時間を経て海の香りとして染み付きリヴァイを誘った。
戯れる軽い小鳥のようなキス。しかし、そんなもので終われるほど、もうキスだけで満足するガキではないのだ。リヴァイは少し離した唇を眺めて嘲笑う。潤んで、2人の濡れた口唇から伝う唾液を親指で拭って。
「ほぅ、こんなものか?お前の足腰立たなくなるほど上手いってのは」
「違い、ます……」
「こんなもんじゃねぇよ……」
そして、今度はリヴァイから。再び重なって、そして口の中に彼の舌が伸びてきた。何度も何度も、繰り返されるねちっこいキス、まるで蛇のように絡みつく舌に子供同士のかわいいキスではないのだと、彼は大人で自分も大人だと、認識させられた。
「っ……んん……」
「鼻で呼吸してみろ」
鼻でうまく息を逃せず、苦しそうな海の声。しかし、普段よりも高い海の声すらもリヴァイの情欲に火を灯すだけ。さんざん煽ったからにはそれ相応のものが来るかと期待するリヴァイに海はまるで違う生き物のように突然侵入してきた舌にびっくりするも力強い腕に抱かれどうすることも出来ない。
マットに押し倒され、覆いかぶさる逞しい身体。されるがままにリヴァイからの突然の深く激しいキスにどうすることも出来ない。ただ胸がドキドキして心臓が爆発してしまうのではないかと言う不安しか浮かばなかった。
「ヘタクソだな、そうじゃねぇよ」
くらくら回る視界ほんのり感じる大人のブランデーの味。口内を味わうようにぐるりとリヴァイの薄く開いた唇から覗いた舌が歯列をなぞり、そのあまりの卑猥さにゾクゾクと身震いが止まらなかった。
「は、ァっ、はぁっ……んんっ」
シャツの隙間からゴツゴツした無骨な男の手が柔肌を探るように伸び、そしてその手に収まる海の胸。触れてしまったが最後、抗うことすらも出来ずに翻弄されるまま。
リヴァイはキスだけなのにもう顔はゆでダコのように赤く、クタクタになった海の濡れた表情に満足すると彼女に、今のキスを忘れるなと言わんばかりにゆっくり余韻を楽しむように唇から離れ、そのまま横になると、背中を向けてしまい、リヴァイの表情は見えなくなった。
そのまま力尽きるように瞳を閉じた海はぐったりしたまま起き上がることも出来ない。
キスがこんなに恥ずかしいものだと思わなかった。こんな、卑猥なキスをするなんて、しかも、慕い始めた憧れの上司と。
海は明日からまともに彼と並んで仕事をする事は到底無理だと思った。
越えてはいけない領域を、そして触れてしまったが夢中の後、もう戻ることは出来ない。
実感してしまった。そして人は欲深い生き物だと、触れてはならない領域に触れてしまった事で、身をもって知るのだった。
To be continue…
2018.08.03
2020.07.19.加筆修正
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