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「final 夏の終わり、恋の終わり」



 あの日を境に、リヴァイは完全に海に業務の事以外で話しかけることはなくなってしまった。
 背中合わせの2人、ああ。本当にこれで終わりだと、そう思えば振り返るほどそんなに辛くはなかった。あと少し、あと少しで地元に帰れると指折り数え家族や地元の仲間との写真を眺めなんとかやり過ごし、作り笑いも慣れてきた頃、誤魔化し続けた胸の痛みもだいぶ癒えてきた気がして。お盆が終わり、9月になり、ついに、業務最終日となった。

「なぁ、海」
「ファーランさん、どうしました?」
「いや、もう海も今日で終わりだと思うとな、歓迎会やったし、送別会もと思ったんだけど厳しい……よなぁ?」
「えっ、と……はい。そうですね・・・向こうとの兼ね合いもあって、明日には行かないといけなくて」

 違う、明日には行かないと行けない。それは大きな嘘。海は1人小さく微笑み頭を下げた。

「皆さん、本当にお世話になりました。あっちに帰っても皆さんのことは忘れません」

 菓子折を渡し、イザベルに抱き締められ、そうしてみんなに見送られて旅立つのだ。小さく笑う海にはとても辛いことだった。最後に嘘をついた。

 これは精一杯の強がり、そして最後の嘘だ。

「ねぇ海、ちよっといいかな?」
「ペトラさん」

 そろそろ行こうか。ちょうど、リヴァイもいない。しかし、海が立ち上がろうとしたタイミングを見計らったかのように、急に背後から声をかけてきたのは、ペトラの優しい笑顔だった。一体、なんの用だろう。やはり、二人の関係は彼女にも伝わっていたのか、バレていたのだろうか。

「何だかね、主任が元気なくて……私が聞いても何か言うような人ではないんだけどね。海は何か知らないかなって……」
「そうですか。すみません。でも、私には、何も、関係ないですから……」

 高層ビルの群れの並ぶ廊下でペトラは静かに今の気持ちを吐露した。しかし、海も今更何も言うことはないと揺るがない無表情でその疑問に無関心を貫いた。

「そっか。わかった。うん、ありがとうね、もちろん海もわかっていると思うけど、この部署には主任が必要なの。だから、主任にもっと優しくしてあげて欲しかったの」

 彼に優しくしてあげて。いいえ、それは、私ではなくあなたの役目だからと。海は少しだけ瞳を潤ませた。

「……そうでしたか。そうですよね、大切な、人ですもんね?」
「え?」
「あなたのアッカーマン主任を見つめる目はいつだって、真っ直ぐでしたよ。ペトラさん」
「海……」
「大丈夫です。私は、もうここから、いなくなりますから……どうか、お幸せに」

 リヴァイに愛され、そして愛する彼女の真っ直ぐで一途な眼差しに海はただ小さく微笑んでいた。

「さよなら」

 これが、最後だ。海はリヴァイが戻ってくる前にそそくさと、ドアにベタっと貼られたリヴァイ班と言うドアの張り紙に頭を下げ、そのまま、エレベーターに乗り込んだ。
 家にはもう帰らない。何故なら、引越しの荷物はとっくに家に送り、そして、残りの荷物は空港のコインロッカーに閉まっておいたからだ。
 そして、

「海!」
「ユミル、クリスタ、」

 最後、空港まで見送りに来てくれたのはこの2人。2人には事前に連絡していたのだ。突然だが、仕事後終わり次第、今日帰ると。そして、仕事を切り上げて駆け寄る2人は海の腰まであった髪が顎下までバッサリと切り揃えられていたことに驚いておりその姿はまるで別人のようだ。

「ええ〜!?海、どうしたの?」
「あんなに伸ばしてたのに切ってよかったのかよ?」
「ふふ、いいの」

 失恋、しちゃったし。
 と、大切に伸ばしてきた髪さえ切り落としたくなるほど重たくのしかかった感情を振り落とした決意。
 悲しく微笑む姿にこっちが胸を締め付けられそうになる。結局、彼女の恋は叶うことがないまま、ここを離れていくという結末にクリスタは海との別れもひっくるめて彼女の痛々しさに悲しくてたまらなかった。
 しかし、この土地を、彼と出会ったこの街を恨むことはしない。それでもこの街が海には全てで、彼と出会い、彼と歩き、そして、彼を愛したこの青の空を忘れはしない。

「元気でね、今度は2人でこっちにおいでよ。田舎だけど」
「必ず行くからな!それまで、早くいい男見つけるんだぞ?」
「またね、海、気をつけてね。」

 スタスタと、背中を向けて。夏の終わり、夕暮れ海は飛行機に乗り込む為、搭乗口のゲートの中に入った。飛行機の離陸を待つまでの間もゲートの向こうのガラス越しのユミル、クリスタはもう会話が届かないのにまだ口を開けて何かを伝えようとしている。
 スマホの電源も落としたから何も届かない。そろそろ飛行機に乗り込むために海が最後に手を振った時。海は確かに見たのだ。
 2人の背後でこちらを見つめるスーツ姿の、男を。

「どうして……?」

 今日帰ることなんて、誰にも伝えていなかったのに。しかし、海はただガラス越しの彼の姿に今にも泣き出しそうになってしまう。
 駄目だ。駄目だ駄目だ。必死に言い聞かせる。しかし、もうゲートをくぐった戻ることは出来ない。
 しかし、最後の最後までこの人は……。泣き虫で、寂しがり屋を押し隠して生きる海には彼の優しさは本当に堪えるのだ。堪らなく泣きたくなるもそれは許されない。リヴァイの差し伸べた手を取ることは出来なくても、彼をきっとこれからも、忘れることはないだろう。
 本当は明日もこれからも、夏が終わっても、彼のそばに居たかった。忘れたくないと心が叫んでいた。痛いくらいに切ない気持ちをどう言葉にしたらいいのだろうか。

「さよなら、主任。……いえ、リヴァイ……さん」

 リヴァイの口が微かに動いた気がした。しかし、もう二度と会うことは無い。
 スマホも、番号も変え、あのトークアプリも削除し、もう、彼と海を繋ぐものは唯一残る思い出だけ。
 しかし、頭の中でリヴァイの番号は今も忘れていないし、帰ってからもきっと電話を掛けることも出来る。しかし、この苦い思い出も、あの日々も、時の流れと共に記憶の中からきっと褪せてゆく。海は涙を流して嗚咽に震えながらも必死に一歩、また一歩踏みしめて。
 そして、振り返ることなく、都会の空に別れを告げた。さよなら、それが、2人の最後となった。
 リヴァイの伝えたかった言葉も自分の思いも、何もかも。
 不器用な2人は最初から最後まで嘘だけを残して。

 
Fin.

2018.08.18
2020.07.20加筆修正



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