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「想い人待つ光の海の先で」

 思い人待つ光の海の先で
 の真夜中Ver.
 2019年12月25日。
 令和最初のクリスマスと名前が付けば何となく誰もが新たな元号で迎えるクリスマスを特別なものにしようと誰もが急ぎ足で駅の雑踏を駆け抜けていく。

 街は華やかな光に包まれ、そして人々は寄り添い合う。
 木々には電飾が施され煌めきながら街を彩る。
 五大都市のひとつであるここの駅前は巨大なイルミネーションツリーが輝くその下を今日の主役は急ぎ足で駆けていた。

 こんな日に生まれ合わせるとは幸運なのか、または不運なのか。
 何とも奇妙な話だ。
 男は歩きながら懐かしい過去を思い返していた。
 生まれながら病弱だった母の代わりによく自分の面倒を見てくれたのはお世辞にも上品とは程遠いような風貌に口調をした母の兄であり、自分には叔父にあたる人間だった。

 ――「ケニー。帰ってきた、お疲れ様」
「よォ、リヴァイ。いい子にして待ってたな」
「母さんとの約束だからな、」
「ははっ、あぁ、よしよし宿題も済ませてたな。お前ぇの誕生日とクリスマス、一緒にまとめて祝えんのは俺的には楽でいいなぁ、楽でよ、」
「そうか。なぁ、ケニー、どうして俺の誕生日はサンタが来る日と同じなんだ?」
「あん? そんなのお前の母ちゃんに聞け、俺が産んだんじゃねぇんだからよ。
 ま、一緒に纏めてちまうのが嫌ならさっさと可愛いお嫁さんでも迎えてどっちも祝って貰えりゃいいなぁ、」
「お嫁さん……それは何だ?」

 ▼

 イルミネーションの光に包まれついつい過去の思い出に浸ってしまった。
 家庭的とは程遠い叔父が用意した料理。色とりどりの皿にどかどか並んだチキンとスープとパンとサラダとピザとケーキ。ケーキには「お誕生日おめでとうリヴァイ」と描かれたチョコレートプレート。

 少しだけだからなと、酒を一口貰い、それは歳を重ねるにつれてどんどん量が増えて、割と早い年頃の時に童貞を捨てた時は「よくやった」と「これでお前も男だな」と、ワイン1瓶を1人で開けろと言われるムチャぶり。
 懐かしい夢の中で男は静かにふ、と目を覚ました。

「(海)」

 暗闇の中で伸びた手が触れた先。愛しい物の名をそっと、声なき声で呼んで、そうして抱き寄せる自分よりも小さな身体。
 無造作に伸びた長い髪がシーツに散らばり、真っ白い淡雪のような色白の肌に流れるのがたまらなく…愛しく、どこか艶やかに映えた。

 遠距離恋愛生活を続けながらこうしていつも大きなキャリーバッグを転がしながら自分の元に会いに来てくれる大切な自分には似合わな愛らしい年下の恋人と会えた夜はそれはそれは気持ちもお互いの会えた喜びも大きい。
 仕事の疲れも構わず、いや、疲れているからこそむしろ癒して欲しい。
 三十路半ばの培ったテクニックで恋しい女をこうして抱き寄せて。

 未だ、隣ですやすやと枕に顔を突っ伏して眠る剥き出しの真っ白な海の背中に触れる。するとその体温は剥き出しのままだったからか思った以上に冷たくて一瞬、ほんの一瞬だけ息が止まったのかもしれないと、別の意味でも心臓がドクドクと音を立てて、そして激しく心が揺さぶられた。

「ぅ…ん〜?」

 自分が海の背中に触れた手が思った以上に冷たかったのか、身動ぎしながら海の甘い声が微かに漏れ、ううん…と俯せから仰向けになりながら起き上がる。揺れた長い髪の隙間から見えた一糸まとわぬ姿の自分とは違う柔らかな胸が揺れながらこちらを向く。
 小さな口が開かれ、耳に優しく響く甲高くない甘くないソプラノボイスに酸いも甘いも散々味わってきた男の心は揺らいだ。しかし、あくまで平静を装い男はゆさゆさと海を揺さぶった。

「海、起きろ、」
「ん……あ、リヴァイさん…?
 あっ、そうだ……今日は……リヴァイさん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ……」

 まだ寝起きのぼんやりした思考の中でまぶたをゴシゴシと、小さな手が擦りながらリヴァイにそう朝の挨拶の前にたどたどしい口調で告げ、愛おしげに擦り寄り甘えて来る。
 天気も良く、輝かしくも祝福された愛しい彼女と二度目の至上の日をその微睡の中で迎えた。

 人生史上最高の朝。

 ロマンス映画ならばそのまま恋人同士らしく朝から愛を交わしまた唇を重ねるだろう。昨年のようにそのまま朝の生理現象に従い幸いにもお互いに裸である。いっそなだれ込むように抱き合うのもいい。
 しかし、リヴァイは寝起きの人間の口は便器よりも汚いと知っている為に最愛の海でもそのキスをさりげなく避けながら筋肉の鎧に覆われた逞しい彼の肢体が素肌の海を抱き締めた。

「あの……どうか、しましたか?」
「あぁ、いい眺めだな」
「えっ!」
「オイ、隠すんじゃねぇよ……」

 お互いに何も身に纏っていない状態の中で、自分と違い華奢で色白の胸には去年自分が送り付けたネックレスと不器用な自分の拙い言葉では伝えられない思いを刻んだプレートが揺れていた。

「海……」
「っ…駄目、です、今日も仕事早いんですよね」

 リヴァイの指先がツウ……と背中の真ん中をなぞるその手つきに海はビクビクと肩を震わせながら俯いた。その顔は耳まで赤く染まっている。

 どんな肖像画の裸よりも朝日に映る肢体が艶やかしく見える。
 本人は自分が住んでいる日本列島から離れたこの県は美女が多いから離れている間が心配だとむくれているが、こちらから言わせてしまえば海の住む県は美肌ランキング上位だし、その艶やかな肢体を過去の男達も見たのかと思うととても、いや、かなり妬ける。
 いい歳して何を……しかし、止められない。
 恥ずかしそうに俯いた海はリヴァイの熱い目線を流しながら背中を向けて落ちていた下着を拾い集めようとする見つからない。
 恨めしそうに振り向いた海に男は普段見せない穏やかな微笑みを浮かべていた。
 何故なら昨晩はお互いに風呂上がりの状態で着替えないまま再会を確かめ合う様にもつれ合い抱き合ったからだ。
 寝覚めから愛する女の刺激的な姿を見せられるのは大いに歓迎、しかし、彼女はそれを知るなり恥ずかしそうに毛布で胸元を隠すように俯いた。

「そんなにビビってんじゃねぇよ。もうガキじゃねぇんだ。いきなり寝起きを取って食いやしねぇよ」
「っ……」

 朝からこのまま昨晩の余韻を思い出してもいい、が、残念ながらリヴァイの誕生日はまだその日を迎えていない。
 ようやく顔を洗い、歯を磨き、そしてさっぱりした海がパタパタとスリッパを鳴らしながらこれから出勤で仕事という名の戦場に向かう自分の元に駆け寄ってくる。
 去年二人で迎えた聖なる日。
 そして幾多のすれ違いの果てに愛する者とようやく結ばれた。
 人生で1番の最高の誕生日。
 叔父の言う通りだった。誕生日とクリスマス、同時に祝ってくれる最愛の運命の相手に今どうしようもないほどに自分は溺れている。

「あの……今夜は早く、帰れそうですか?」
「……ああ、大丈夫だ」

 師走、それはその名の通りとても忙しく慌ただしく過ぎていくものである。
 そして迎える年末、正月休みの為に人は今年の仕事は今年のうちに済ませようと奮起する。
 それはリヴァイも等しく。
 仕事柄混雑する五十日に重なる誕生日に正直このまま仕事を放ってしまいたくなるか、役席者の立場であるが故手当も貰ってる以上そう簡単に仕事に穴を開けられるポジションでは無い。

「お前の好きな、何だ?あのアニメ、」
「はい、これです」

 そうして海がリヴァイに手渡したチラシは駅前にあるデパート8階で今日まで開催している1974年に始まったアルムの山に住む少女をその少女を取り巻く者達との穏やかな暮らしを描いた名作アニメの特別企画展だった。
 コラボカフェや限定グッズもあるそうで、どうしても行きたいとお願いされていたのだ。
 せっかくこっちに海が来てるし、その特別企画展がちょうど今日まで行われているのなら……すべて海の望みだ。叶えてあげたいと男としては純粋に思う。
 自分はこのチラシのようなのどかな雰囲気とは真逆だし、全く似合わないが、嬉しそうにそのアニメのオープニングを歌いながら自分の周りをヨーデルを歌いながらスキップする、昨晩は女のカオをしていたが、今はまるでそのアニメを楽しんでいた少女時代を懐かしむ海を見てて微笑ましくなる。

「行ってくる、」
「行ってらっしゃい、リヴァイさん。
 駅前の大きなイルミネーションツリーの前で待ち合わせですよ。気を付けて下さいね」
「あぁ、必ず時間までに終わらせて行くから待ってろ」

 愛おしげに、いつの間にか習慣となった出かける前の行ってらっしゃいのキス。
 確か毎日すると寿命が伸びるとかストレスに強くなるとか、そう理由を並べる海に男は笑った。
 とりあえずお前はキスがしたいだけなんだろう。と、
 なら遠回しな事を言わずにいつでも素直にそう言えと。
 愛する者に求められることがこの世界で至上の至福で。こんなにも喜ばしいことはない。
 今日は、今日こそは何がなんでも定時で帰る。
 部下たちもきっとそうだろう。それぞれが今日(25日)この日に思いを込めているのだから。

「リヴァイさん……」

 睫毛が触れるくらいに近い距離で顔を寄せ、そうして交わしたキスに小さな声で恥ずかしそうに俯いた海の頭にポンと手を置いて。
 いい歳した三十路の男がこうしてただ1人の女に心を奪われるなんて思いもしなかった。だが、今は誰よりも目の前の海を幸せにしたいと思う。
 これまで泣かせて傷つけ悲しませてばかりだったから。その償いを一生を賭けて、そして自分の手で海の事を幸せにしたいと思う。
 靴の踵を鳴らしてバス停に向かう。
 去年は無理を言わせて長い長い年末から正月休みを貰ったことを思い出す。
 インフルエンザの猛威に倒れたりもしたが、本当に最高の休みでその後の仕事に身が入るまでかなり時間がかかった。
 去年は連休があったが、平成から令和に変わってから今年からは祝日がない12月となった。
 よりにもよって五十日が誕生日の自分。
 子供の頃は冬休みだったが、今は生憎だがもうかなりいい歳をした大人である。
 今更三十路になってから祝ってもらうなんて気恥しい。
 海と出会うまでは部下や友人たちが自分の家に押しかけてきたものだが、今は部下や友人たちも今までマトモな恋愛をしてこなかった自分がようやく成就した恋を大切に見守ってくれている。
 早く帰れるように脳内で既に段取りを組んで。男は夕方に望みを託して戦場に向かった。

 ▼

 リヴァイが出かけたマンションのリビングダイニングでは、海がそのアニメではない別のアニメの歌を歌いながらスキップしながら叔父と二人暮らしの割には大きくでかでかと輝く前面鏡張りの冷蔵庫から昨日買い占めた食材を順番に取り出し、ズラっとダイニングテーブルに並べていく。

「よし、」

 どこの家庭もそうだが、クリスマスはなぜか24日にお祝いを済ませてしまうので、25日になるともうほとんどのクリスマス向けの料理は片づけられてしまい、クリスマスセールは軒並み終わってしまうので買い出しは前日のセール品が勝負なのだ。
 高い物は夕方のお勤め品の時間帯を狙って手に入れるのだ。
 一カ月以上前から考えていた今夜のメニューは定番のカプレーゼと、ヴィシソワーズ。クリスマスらしく七面鳥の中に詰めるものは小食の彼の食欲を誘う様に、カレーピラフでも詰めて焼こう。
 後は、リヴァイは自分の父親とは違い大食いでもないし、そんなに油っこいものをそもそも好まないので、揚げ物はフライドポテト程度くらいにしてウィスキーに合う冷製のオードブルの盛り合わせを中心にした方がいいか。
 後は……。
 海は昨年の夏より伸びてきた長い髪をハーフアップにし、サンタの帽子が乗ったカチューシャをしたサンタのエプロン姿のままスマホを手に取ると、秋に紅葉を見に行った時にリヴァイとインカメで撮った写メを待ち受けにした画面上に指を滑らせ、こちらに出発前に空港で別れたきりの父親に電話をかけた。

「もしもし、お父さん?」
「ああ、なんだよ!? こっちはなケーキ作りの仕込みで忙しいんだよっ!」
「あっ、ごめんごめん、あの頼んでたケーキなんだけど、ちゃんと今日届くかな?」
「ああ、大丈夫だ、ちゃんと着払いでお前の彼氏の家に送っといたよ」
「お父さん、ありがとう、えっ!? 着払い?」
「ははは、嘘、だっての、冗談だ。ちゃんと元払いで今日指定で送っといたからよ、」
「うん、ありがとう!」
「盛大に祝え!俺からも伝えといてくれ、」
「うん、」
「しっかし早ぇよな……お前らがホテルのブュッフェから帰ってきた途端「海さんとお付き合いさせていただいています」ってなっていたとはさすがに……気絶しかけたけど、俺はお前らは付き合うと思ってたぞ」

 自分に気遣いなかなか嫁に行かなかったのか、ようやく娘の貰い手が見つかり安心している父親も1年の中で一番忙しい日を迎えて奔走していた。
 予約がいっぱいのクリスマスケーキの中から食べられそうなものをガチガチに凍らせてリヴァイの誕生日だからと送ってくれたのだ。
 アドベントカレンダーと共に父親力作のシュトーレンはもう食べ尽くしたので、今日は届く予定のそのケーキが自分の料理に彩りを添えてくれるはず。
 だから自分は自分の料理を頑張って作るのだ。

「よし、」

 リヴァイと駅前での待ち合わせの時間までまだまだある。
 さすが五大都市の中のひとつの大都市である。
 冬になり初めて来てから駅前の華やかさには本当に驚かされたものだ。
 自分の住む地域が長閑で駅のない田舎なのでリヴァイの住む街がたちまち好きになった。
 まして、最愛の人と出会った街なのだ、嫌いになる理由がない。
 リヴァイも自分のために早く仕事を終わらせようとしてくれている。
 自分も今出来る準備をしようと、海は張り切りながら早速部屋の飾り付けをしつつ料理の下ごしらえも始めた。

 ▼

「リヴァイ課長、こちらの書類に承認印をお願いします」
「そこに置いとけ、まだ処理かかるだろ、後で持ってく」
「ありがとうございます、」

 チラチラと無心でロレックスの腕時計と睨めっこしながら定時間近だと言うのに職場内は25日だと言う事もあり昼間の処理に追われて未だ今日の締めに間に合わずにいた。
 それぞれ約束でもしているのか女たちは普段よりも髪も肌も爪もきれいに磨かれ、そして職場のオフィスメイクには似つかわしくない少し濃い目の化粧をしている気がした。

 しかし、今日が女にとってどんな日か理解しているリヴァイは早く帰ろうと自分以上に殺気立つ者達のオーラを感じ取り次々回ってくる書類にひたすら決定の捺印をしていた。
 こうして部下からのお伺いを毎回承認する自分は常にその場に居なければ仕事は進まない。何においてもゴーサインの指揮を取るのは上司である自分の役目だ。

 約束の時間まで残り1時間。
 しかし、このままでは絶対に間に合わないだろう。いや、そもそも帰れない。
 自分がこの職場の鍵を持っているのだ。
 皆が仕事を終えて帰るまでは自分だけ置き去りにして帰るわけにはいかない。
 確かに出世すると給料や貰える手当やボーナスは増えるし、海が働かなくてもきっと養っていける。
 しかし、稼ぐためには自分は役席者としての務めを果たさなければならないのだ。
 仕方ない、リヴァイはすっかりぬるくなった紅茶を手にスマホを取り出すと、無難なロック画面を解除し、この前こっそひ撮っていた愛らしい笑顔に大人かわいい水着姿の海の写メをタップして電話ではなく、メッセージを送った。

「終わらねぇ。
 先に家に帰れ」

 ひねり出して思いついた何とも素っ気ない短文。
 もっと気の利いた言葉は無いのか。
 しかし、そんなの求めるくらいなら最初からあの子がこんな自分に惹かれ、好きになることはなかっただろう。
 絵文字なんか携帯電話というものを手にしてからこの方マトモに使ったこともないし普段断然電話派の自分がこうして海にメッセージを送るとは思わなかった。
 海が今日の日のために作ってくれた弁当は全て完食したし、中身は深い海の愛に溢れていてそれはとても美味しかった。
 早く帰りたい、早く二人でこのかけがえのない時間を共有して過ごしたいし、それに、一刻も早く、この感謝の気持ちを伝えたいのだが…。
 自分の誕生日でもあるこの日だが、それよりも昨年散々回り道の果てに結ばれた海とこうして大切な一歩を歩み出した日でもあるのだから。
 海は親の愛情を沢山受けて育ったのか穏やかだし、素直で誰にでも優しいが、少しだけ強情で……そう、融通がきかない一面というか...頑固な部分があるから自分が来るまで絶対に大人しくあの駅前の大きなツリーの下でいつまでも待ってるような性格なのだ。
 自分の言いつけを守り、忠実なのはいい事だが、その待っている間に誰かに絡まれたり、そのまま誘拐、補導でもされたらと思うと心配でいても経っても居られない。
 まして見知らぬ土地で。
 あの子を1人で出歩かせるのも本当は心配でたまらない。
 海は言いつけを守るだろうか。
 リヴァイは早く部下達が帰れるようにと発破を掛けることにした。

 お前らも帰りたいだろ、俺にもなにか手伝えることはあるか?。と、

 ▼

「遅いなぁ……」

 巨大なツリーの下、海はスーツ姿でいつもキメている彼に釣り合うようにと、花柄とボタンが可愛らしい空色のワンピースを着ていた。
 コートも着ずにカーディガンを羽織っただけ薄着で寒々しいと別の意味で帰宅途中のカップルや会社員の注目を浴びているが、雪国生まれの彼女は特に寒いとは思わない。
 時計と睨めっこしながらサンタ風のコスプレをした女性がはしゃぎながら通り過ぎていくのを遠巻きに眺め、そしてブーツを履いて髪をシニョンで纏めそれに似合うナチュラルなメイクに口元にローズカラーのルージュを施して。鏡で何度も何度も自分の顔はおかしくないか(造形は仕方ない)確認しながら本日の主役を待っていた。

「(ま、わかっていたけど…25日に定時で帰れた事なんて今までもなかったもん……)」

 一人で先に特別企画展に行って観てしまおうかとも思っていたが、もしかしたら来るかもしれないと、はやる気持ちを押し殺してリヴァイが来るのを待っていたが、彼は一向に現れる気配がない。
 ――……約束の時間はもうとっくに過ぎているのに。
 電話を掛けようかと思ったが、仕事中にわざわざ電話をするのも気が引けた。
 男は仕事が命。
 彼女の分際で彼の仕事の邪魔にはなりたくないと思うから。
 それならば。と、どうせ彼は忙しくてスマホを触る暇もないと思っていたがひとまずメッセージを送ろうといつものメッセージアプリにメッセージが届いていないかと確認すると、やはり、そこにはリヴァイからのメッセージが届いていたのだった。
 ああ、やっぱり、そうか。
 相変わらず絵文字もスタンプも無い彼なりの心配り。
 スマホをしまい期待外れの現状にただ、帰る気にもなれず自分だけを残して華やかなこの世界にただ、呆然としていた。
 以前同業者であった海も彼の仕事の忙しさなら理解している。
 責める気はないし、五十日だし仕方ないか、と。
 どこかで理解していたかのように聞き分けのいい女を演じるために静かにため息を零して俯いて気持ちを切り替えた。
 仕方ない、これではっきりしたのだから遠慮なく自分だけでもそのアニメの特別企画展に行ってこようと思う気になったのだ。
 そして駅前に聳えるデパートの8階に向かったのだが…。

「え……やって、ない??」

 何とチラシで書いてある時間を見ながらまだ閉館時間の午後20時そして最終受付の7時半までは時間があると思っていたのだがやっていない。
 そして展示されていたチラシをよく見れば…。

「ええええ! 嘘っ……! そんなぁ……最終日は17時閉館って……そんな……もっと大きく書いてくれればいいのにっ……! リヴァイさんもお仕事遅くなるって25日だし年末前なんだし…っ、こんなことなら最初から一人で行っておけばよかったよ……はぁ……ヨー〇フのハンカチ欲しかったよぉ……」

 親世代のアニメだが、そのアニメに出て来る大好きな可愛いセントバーナード犬のキャラクターに惹かれてアニメを見ていたのに…何と言う事だ。
 がっくりと大きく肩を落として項垂れる海。
 もう踏んだり蹴ったり、これで完全に浮かれた街から離れる決心がついた。
 どうせならこの華やかなイルミネーションの下で彼と並んで歩きたかった。
 シャイな人だからきっと手は繋いだりしないだろうけど、さりげなく道路から歩道側に自分を引き寄せて歩いてくれる彼の力強い腕が好きで。
 とりあえず彼に心配をかけないようにと海はバスに乗り帰路に着く。
 それにしても本当に今年は暖かい気がする。
 そもそもこの地域自体、豪雪地帯で北陸育ちの海からすれば本当に暖かい地域だし、コートを着なくても全然問題ない。その代わり夏は地獄のように暑いが…。
 バスに揺られながら静かに昨年の聖夜に思いを馳せる。

「リヴァイさん……」

 昨年彼がくれた輝く繊細なチェーンの美しいネックレス。そして、自分の誕生日にくれた指輪。
 女性なら誰しもが憧れるこんな夜にも光を放ち続けるそのブランドだけが許されるカラー。
 名前で呼べと言われたのに、どうしても付き合う前の会社員時代の癖が抜けずに彼の事を何度も「さん」づけで呼んでしまうのは年上である彼の事を尊敬しているし、何よりも彼の事を愛しいから。だから自分はこれからも敬愛の意味を込めて「さん」と呼び続けるのだろう。
 マンションに帰るとダイニングテーブルには先ほど急いで完成させた、二人では到底食べきれない量の今日の為のディナーが所狭しと並んでいる。
 そしてサプライズにと火災が心配なので火を使わないLEDのキャンドルが人工的な光を放ち続けている。
 一緒に特別企画展を観終えた後にそのまま帰ってきた彼を目隠ししてこの光景を見せて驚かそうと思っていたのに。
 もう彼が帰ってくるのは諦めた方がよさそうだ。
 明日も彼は仕事だ、誕生日は来週の年末年始休暇にゆっくり紅白でも見ながら二人で祝えばいい。
 とりあえず暖房をつけて海はこっそり用意していたクリスマス用にと行きつけの下着専門店で「彼氏さんとの素敵な夜にどうぞ」とホイホイ勧められるがままに購入したサンタ風の下着をせっかく買ったのだからとお風呂に入り、綺麗になった身体に身に着けてみた。

「どうかな……おかしくないかな?」

 寝室の姿見で確認しながら海はそのままリビングに戻りソファに腰かけるとそのまま寝そべり、リヴァイの香りがするブランケットにくるまりながら大して面白くも何ともないバラエティー番組を見ていた。
 どんどんと次から次へとチャンネルを切り替えテレビ族の為とりあえず何かつけていないと寂しくて。
 それに、大好きな俳優祭りの月9も終わってしまいもう世間は年末に向けて特番特番のバラエティばかりで観る番組が無いのだ。

「ん〜面白くない……」

 仕方なく海はリヴァイのテレビが録画している番組を観る事にした。
 あまりテレビに関心のない彼は果たして何の番組を録画したりしているのだろう。
 そして録画リストを見て見ると、そこには結構昔にやっていた大好きな恋愛映画が録画されている。
 その録画された映画を再生すると、エンドロールで、どうやら最後まで観ていると言う事はリヴァイはこの映画を一人で観たと言う事だろう。当時は自分はDVDを借りて父親と観たのだが、いい話ではあったが突然のラブシーンにはお互い気まずくなって何を血迷ったのか突如早送りをし始めた父親を思い出し吹き出した。

 それさえもかき消すほどの愛溢れる物語に涙を流さずにはいられなかった。
 願うなら自分も、こうして愛する者と歳を重ねて生きていきたいものだ。

 父親は海が幼い頃に病死した母親のことを思い出して涙ぐんでいた。
 父親は誰とも再婚することなく自分を育ててくれた。
 自分はもう最愛の人と出会った、この先の出会いなんかもう2度と無くていいのだと、一途に死んだ今も母を思い愛している。

 自分がもし、今死んだとして、リヴァイもそう思ってくれるのだろうか。
 いいや、自分は彼より先には死んではいけないとそんな感情を抱いた。
 彼はもう既に一番最初に愛を注いでくれた愛する女性(母)に置いて逝かれる苦しみと悲しみを一度味わっているのだ。
 昨年の葬式の時に見た、美しい彼の母の死に顔が焼かれて骨になり、その確認から戻って来たリヴァイが崩れ落ちて言葉なく一人泣いていたことを。
 リヴァイの母の兄である彼の叔父は妹の姿に葬式に顔を出すことも出来ずにいた。
 男の弱さを知ったのだ。

 女と違い、愛する者に先立たれた男は長生きできない。
 例外もあるが、基本はそうだ、芸能人でも今年も先立たれた妻の後を追う様に亡くなった方も居た。

 自分は何としても、これ以上彼に悲しい思いをさせたくはないと、心からそう思う。
 出来るならばいっしょにこの映画のように歳を重ねて眠るように彼と逝きたいとそう思った。

 二人が会社員で上司と出向先から来た去年の夏頃、自分がこの映画を好きだと言えばリヴァイは「俺は知らねぇ」と言っていた。
 だから「この映画を観たことが無い人がこの世にいるなんて!だから主任は女の人の何たるかを理解してないんですね」と冗談交じりにそう言えば思いきりライフルで撃ちぬかれるような衝撃を額に食らったかと思えば、それは彼からのデコピンだった。

 あの後テレビでやっただろうか、まさか衛星放送を繋いでまでムキになって録画してまで観たのだろうか。
 なんだかあの頃を思い出して嬉しかった。
 最愛のリヴァイがこうして自分が世界一好きだと言った映画を観てくれる事が…。
 懐かしむようにその映画を最初から観始める海。

 そう、先ほどデートの待ち合わせに着ていた海のレトロなデザインのワンピースは、そのワンシーンでヒロインが着ていたワンピースによく似ていると思って購入したものでずっと大事にしていたもの。
 ここぞの時に着ようと思っていた物だった。

「……あぁ、」

 暖房が効いてきた。
 ブランケットの温もりに包まれながら懐かしい映画をぼんやりと観ている間に海はそのままテレビもキャンドルも、用意した料理も片付けないまま、革張りの立派なソファの上でそのまますやすやと眠りについてしまったのだった。

 ▼

「海、遅くなってすまなかった。帰ったぞ、開けてくれ」

 結局いつも以上に業務が遅くなり、最後の施錠までしてリヴァイが帰路についたのは21時だった。残業代は出るがこれではあんまりだ。
 部下達にもそういえば今日はリヴァイ課長の誕生日だと、お祝いをしてもらいつつ、仕事から帰りマンションへ急ぐ。
 あれから海からは既読にはなったが返事がなく、リヴァイはきっとさすがに今日の日を一緒に過ごせなかったことで海を怒らせてしまったのだと罪悪感に駆られていた。
 オートロックを解除してもらおうとエントランスで海を呼び出す。
 しかし、インターフォンで呼びかけても答えは返ってこない。
 やはり怒ってるのだろうか。
 仕方なく普段バッグの中から入れっぱなしの鍵を取り出した。
 最近海がいる時は海が開けてくれるのでわざわざ鍵を取り出さなくても良かったのだが、やはり怒って締め出してるつもり、なのだろうか。
 詫びと言っては足りないだろうが一応海の好きな地酒は買ってきた。
 そして、もう1つ。これは果たして喜ぶかどうか、だが、誰よりも涙脆い海の事だ、きっと彼女なら理解してくれる、許してくれる。
 そう信じて男は自分で鍵を開けてエレベーターに乗り込むと海の待つ部屋へ向かった。

「海、」

 自動点灯された玄関から廊下が明るく照らされリヴァイは革靴を脱ぎスリッパに履き替えて薄ら灯りが透けガラスから見えるリビングダイニングのドアを開けると、何と言う事か、赤と白の透けレースの派手なベビードール姿の海がブランケットを抱き締めてすやすやと眠っていたのだ。
 サテン地のツヤツヤした布がめくれて柔らかな太ももがむき出しで、太ももからは蝶結びの下着の紐が見えた。
 テーブルに並んだのはそして大きなブッシュドノエル。しかし、ずっと出しっぱなしで暖房の熱で溶けかけてドロドロになってしまっている。
 そして、付けっぱなしのテレビ画面では前に海に勧められてたまたま深夜にやっていた海の好きな映画が流れており、タイミングのいい事に2人が情熱的に結ばれるシーンが流れていた。
 今の心身ともに疲れきったリヴァイには結構酷だった。

「おい、何寝てやがる……起きろ、」
「んん…あれ、私……リヴァイさん……?」
「待ちくたびれて寝てたのは構わねぇがベッドで寝ろ。お前身体強くねぇだろ。風邪引いちまうじゃねぇか……」

 どうやらこの日の為にそのサンタクロース風のランジェリーを用意していたのだろうか。彼女の意図は分からないが、きっとそうに違いない。普段はただキスをするだけで恥ずかしがってどこかに隠れようとする癖に時に大胆な海。
 リヴァイはそのまま海を起こして抱き締めながら謝罪を口にした。

「結局お前の行きたかった特別企画展……間に合わなくて……遅くなって悪かった。これで許してもらえるか……?」

 愛しい彼女でもあり将来添い遂げると決めた恋人にせめて…、そうして男が海に用意したのは海のネックレスと指輪を購入したブランドでもある鮮やかなスカイブルーに白いリボンの紙袋。

「リヴァイさん……」

 今日の主役はあなたなのに――……。
 言いかけた海の口を塞ぐように、リヴァイからキスが贈られた。
 そして、海の心身冷えた身体に自身が着ていた背広を羽織らせる。
 平均男子より小柄な体躯だが、それよりも小柄で華奢な海は彼の背広に包まれた。

「ぶかぶかですね、」
「無ぇよりマシだろ、仕事終わりで汚ぇので申し訳ねぇが…」
「そんなことない、汚くなんか、無いです。
 リヴァイさんが仕事を頑張っている証拠です。
 それに…リヴァイさんの匂いならいつもいい匂いで大歓迎です」
「海……」
「せっかくの誕生日なのに、お仕事お疲れさまでした、お風呂にしますか?」
「いや、風呂は後だ。この映画でも観ながらお前がせっかく作ってくれた飯を食っちまおう」
「はい、じゃあ今急いで温めますね、」

 そう言い、立ち上がろうとした海の腕を掴んだリヴァイが静かにネクタイを引き抜きながら問いかける。

「お前も、いいか?」
「ん?」
「お前のその服……わざわざ今日の為に用意したんだろ? せっかくだ、もっとよく、じっくり見せてもらいてぇもんだ……」
「あ、これは……そ…の…」
「今夜は酷く疲れたんだ、なぁ、癒してくれよ」
「え??そう、言われても…ど、どう癒せばいいんですか??」
「簡単だ、……そうだな、もっと、こっちに来い」
「はい?」

 そうして始まる2人だけの静かな晩餐。
 聖なる夜と終わりの始まり、流れたテレビでは記憶を思い出した年老いた女がかつての若き頃の美しい恋物語に浸り、そして愛する男と共に寄り添いそして静かに瞳を閉じた。

Fin.
Happybirthday with love


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