千年前、天地戦争終戦後のクリスマス。 「ふぅ〜…今年も素敵なクリスマスになりそうですね。」 「ああ、」 銀髪の小柄な青年の隣で緋色の髪を揺らした青年が白い吐息と共に白く降り積もる雪が差し出した掌にひらひらと舞い落ち、やがて静かに消えてゆく、そんな幻想的な雪の世界で1人静かに今か今かとある1人の女性を待ちわびていた。大切な人と交わした約束。必ず勝って戦争が終わったら二人きりで過ごすと約束した静かなる夜の聖なるクリスマスのイヴを、と。 「ク、クライス…お待たせ…」 そして不意につんつんと腕をつつかれ、振り向けばふわりと甘い香りが彼の鼻腔をくすぐった。 「海」 「どっ、どうかな?いろいろ準備してたら遅くなっちゃって…」 自分の為に一生懸命着飾ってきたのだろう。ふわふわの髪に純白のコートを着た海はまるで可愛らしい自分だけの雪の妖精に見えた。 それと対照的に黒のレザージャケットを着たクライスが静かにその大きな手を海に差し伸べ、海も恥ずかしそうにその手を取れば二人は静かに手を繋ぎ、そして笑い合う。 「じゃあなピエール!良いクリスマスを!」 「はいっ!クライスと海も素敵なクリスマスを!」 クライスは同じく恋人を待っていたシャルティエにひらひらと手を振り、海も結局この世界に来て最後まであまり馴染めなかったシャルティエに小さく会釈したのだった。 「さぁ、行こうか。今夜は俺に任せてついて来い。」 「うっ、うんっ!クライスの手…冷たいね。ずっと待ってたの…?」 自分の小さな手をすっぽりと包んでしまう彼の大きな手に海は安心しつつも彼の手があまりにも冷たいから…心配そうに問いかける海にクライスは寒さなど余裕だとニッと妖艶に笑い強く海の手を導いた。 「楽しみすぎて朝から待ってたのは本当の話。」 「えっ!?あっ朝からー!?だって待ち合わせは20時って…」 「まぁ、細かいことは気にするな。行くぞ、ホテルを予約してある。」 「ホ、ホテル!?」 「ああ、しかもスウィートルーム」 「はわわっ、ス、スウィートルームかぁ…」 その言葉に海はこれから始まる彼との素敵なクリスマスイヴの夜への期待に胸を弾ませ、楽しそうに彼が持ってくれた荷物の奥底に隠した彼へのプレゼントを渡す瞬間を静かに窺っていたのだった。 「海。メリークリスマス。」 「メリークリスマス、クライス。」 ホテルに辿り着くと早々クライスは慣れた手つきでルームサービスでピンク色の可愛らしいシャンパンを注文し、海と乾杯を交わして静かにそのシャンパンを口に含めば甘いフレッシュな香りが口いっぱいに広がる。 「駄目だな、俺にはこの酒は強すぎる」 「あっ、クライス…あのね。」 「あぁ?」 今が彼の為に用意したプレゼントを渡すチャンスだと海はその様子を窺っていたのだが、クライスは頼んだ酒が気に入らないのかルームサービスのリストを舐めるようにそれは集中力を極限まで高めて眺めていたのだが、急に話しかけられたことによって集中力を損なわれ、顔を上げたその目つきはまるで阿修羅と化しているではないか。 「ひゃあっ!」 つり上がった紫紺の瞳にギロリと睨みつけられ、そのあまりの怖さに海がベッドに隠れればクライスはしまったと手を口で覆う。ただでさえ男を極度に嫌う内気で恥ずかしがり屋な彼女に近付く際は人一倍優しく振る舞っていたのに…これでは今まで築き上げてきた関係が台無しじゃないかとクライスは慌てて精一杯の笑みを浮かべた。 「悪い悪い。ほら、んな顔すんなよ。こっちに来い、急に何もしたりしない。」 「…うっ、うん。」 そして後ろのキングサイズのベッドに足を組みどっかりと座り込んだクライスが隣をぽんぽんと叩けば#海はちょこちょこと静かに彼の隣に座り込んだのだった。 「海」 「っ…」 肩を抱き強く彼の腕に抱き寄せられれば腕の中に抱き締められる温もりが、こんなにも愛しく感じられた。自分だけが感じる腕の中の幸せな世界、仄かに香る香水には海の彼の肩越しに見えた夜景に僅かに唇を震わせた。あのベルクラントの被害など嘘だったかのような綺麗な色とりどりの光が海達の二人の世界をより一層輝かせる。 「そう言えば、その手に持っているのは何だ?」 「え…あの…っはい…!」 「俺に?」 そして、海は彼に渡しそびれた"それ"を静かに震える手を堪えて彼に手渡したのだった。 「…サンキュ、開けても…いいか?」 そして問いかければ海は何度も何度も首を縦に振る。それは海にとっての了承の合図。クライスは静かにそのサインを受け止め、そして手渡されたそのプレゼントの紐をゆっくりと解き、そして紐解かれたプレゼントの中身に驚きと感激にらしくもなく目を一気に見開いた。紐解いたプレゼントの中身は彼が密かに自ら手に入れようと企んでいた無骨なデザインのエンジニアブーツだった。 「これ俺の欲しかった奴じゃねぇか、しかもサイズまで…」 「うん、ほら、クライスこういうブーツ好きだから… だから、クライスが寝てる間にサイズをこっそり調べようと思ったんだけどいつも私が気が付いたら先に寝ちゃってて…だから、イクティノス少将に教えてもらったんだ。」 「くそ…よりによってあのムッツリ野郎に聞くとは…俺に直接言ってくれればすぐに教えたのによ。」 「ううん、クライスには内緒にしたかったの。 だってクライスってあんまり驚いたりしないし…だから、驚いてくれて良かったぁ・・・。」 真っ赤な顔で呟いた海にクライスまで伝染したように頬を赤く染めた。キスをするだけで約1年もかかった海が今はこうして反らさずに自分を見つめてくれている。その事実をひしひしと感じとればクライスはまた1人嬉しそうにプレゼントごと海を強く抱き締め、自分が用意したプレゼントを彼女に手渡す。そのプレゼントとは果たしてー… 「海、」 「…?」 そして広げられた彼の両腕が何を意味するのか、鈍感な海には全くわからなかった。 「クライス…?」 そして紡がれた言葉を海は一生忘れないだろう。 「俺を好きにしてくれよ。俺の全部、お前にやる。」 「え…」 クライスは指輪やお金で簡単に買えてしまうものでこの愛が永遠だと確認したくも信じたくもなかった。愛するただ1人の海と言う存在をいつか失わねばならない。遅かれ早かれ自分が彼女を見つけた時点で出会いと別れは隣り合わせで別れは静かにやってくる。 だから、この瞬間を一生忘れぬ為に。クライスは自らのすべてを賭け海に差し出したのだった。 「い、いいの…?」 「あぁ、お前が俺を望むなら…」 「クライス…」 それは今まで物や薄っぺらい言葉で信じ込み惑わされその度に傷つき、やがて男性を頑なに拒み続けていた自分に再び信じる勇気を与えてくれた彼からの最高の贈り物だった。 「っ…!クライス、クライス!…っ」 嬉しさのあまり広げられた彼の広い腕に飛び込めばクライスは手に入れた大切な宝物を壊してしまわぬようゆっくり、優しく、抱き締めたのだった。 「クライス…大好き…」 「あぁ、知ってる。」 クライスは今までに、言葉で思いを伝えたりした事がなかった。それは態度や行動で十分に海への思いを海にたくさん伝えているから。そして左胸に耳を澄ませばクライスの胸の高鳴りがこんなにもダイレクトに伝わってくる。だから、海は心の底から彼を愛し、信じていた。 そして今の願いはクライスの願いでもあるのだろう。そう、海の本当に欲しい物は、豪華な指輪でも、何でもない。あまりにもありふれた。 しかし、絶対に形に残らぬ貴重なプレゼント。 「クライス…」 「ん…?」 「キスして、クライス。いっぱい、いっばい…」 「…そうか、分かった。」 海のおねだりにクライスは満足そうに笑い、そしてそっと海の顔にかかっていた前髪をかき分け、その端正な顔を近づけ、海が目を閉じたのを合図にそっと口づけ、低く甘い声でこう囁いたのだった。 「窒息するまで…キスしてやる。」 交わしたキスは大人のほろ苦いSevenStarsのフレーバーがした。やがてそのキスは次第に熱を帯び、海はそのまま真っ白なシーツと彼の手に身を委ねるままに瞳を閉じたのだった。 Fin. prev |next [読んだよ!|back to top] |