12月ー… 此処セインガルド王都ダリルシェイドの美しい町並みにも僅かながら雪が積もり、中世の煉瓦造りの美しい町並みを行き交う恋人達はどれも幸せそうな表情をしている。 そんな雑踏の中、ツカツカとブーツの踵を鳴らし街の女性達の視線を疎ましげにすれ違い、柄にもなく息を切らして早足で歩き続ける1人の少年。 手には密かに準備したプレゼントが大事そうにその手に握られていた。 「…はぁ…」 不意に吐き出した溜め息が白い吐息へと姿を変えれば辺りはすっかり日が暮れている。 忙しなく任務に追われる中、久方ぶりに与えられた休暇。 今頃だったらきっと自分の補佐として本人なりにがんばって尽くしてくれる彼女と暫し甘いひとときを過ごしていたに違いなかった。 しかし、浮き足立つ彼に突如舞い込んだのは此処、最近になって旅人を片っ端から狙っては更にその行為をますますエスカレートしてゆく盗賊集団のアジトをついに見つけたと言うめかし込んでいた最中やってきた兵士からの連絡。 そして海と共に至急討伐に向かえという指令だった。 不意に立ち止まり空を見上げれば、すっかり日の暮れた空は星が輝き、雪など降りそうにもないくらいの温暖な夜だ。 今朝の寒さがまるで嘘のよう。 ふと、雪を楽しみにしていた彼女は今、補佐の彼女を置き去りに任務の地へと赴いた自分の帰りをどんな気持ちで待ち焦がれているのだろう。 「…リオン…待って!私も行く!」 「いや、お前は来なくていい」 「え…?」 「ただの盗賊相手に補佐などいらない。 それに…せっかくのドレスが台無しだろう。 こんなに似合っているのに…また着替えるなんてもったいない。」 「リオン…」 「今は此処に僕とお前しかいないぞ。」 「そ、そうだよね…。」 「何だ?」 「あ、あのね… じゃあ、待ってるから早く帰ってきてね。」 「あぁ、じゃあ行ってくる。」 「うん、気を付けてね、エミリオ。」 ふと思い返すのは朝に交わした海とのやりとり。 彼女の行ってらっしゃいと告げたあの優しい声とはにかんだような笑みが未だにぐるぐると脳内を巡っていて。 1人思い返してはまた早く帰らなければとリオンが街角を通った瞬間… 「おい、さっきから僕の背後をつけ回るのは…っ!?」 不意に背後から迫る影に振り向こうとした瞬間、それよりも早く彼の鳩尾を鈍い痛みが一瞬にして駆け抜けたのだ! 「っ…」 まさかまだ盗賊の生き残りが居たのだろうか。 不意打ちに急所を突かれぐらつく思考の中、リオンは逆光で良く見えないその人物を睨みつけたまま肩に担がれ気を失ってしまったのだった。 「ふふふ…流石クライスですね。」 「当たり前だろ、軍人をナメるなよ?」 「ははは、僕も軍人ですよ。 それより本当に人間になれるなんて…信じられないや」 「な、 まぁ…お前のマスターには俺のマスターが随分世話になってるから聖夜の恩返しと洒落込もうか。」 「ふふっ、僕もですよ。 坊ちゃんを幸せにしてくれた海に感謝しないとね。」 なんと、リオンを襲ったのは裏路地でひそひそと語り合う怪しい男二人組。 「さぁ、最高の夜を始めましょうか。」 静かに降り出した白銀によく映えた髪を靡かせ、シャルティエは静かに気を失っているマスターを見つめて微笑んだのだった。 「う…」 水の流れる音が聞こえる。 次第に浮上する意識。 そして、慌てて起き上がればそこは自分の屋敷、しかも…いつのまに。 なんと、身に纏っていたのは普段の客員剣士の服ではなく、真っ白な燕尾服のタキシードだったのだ。 しかも髪まで綺麗にセットされ、鏡に映る自分はまるでホストの様にすっかり別人だ。 「…!?」 「ああ、さすがセインガルドの薔薇と言われるだけあって似合うじゃねえか。」 「当たり前じゃないですか! だって僕の坊ちゃんですよ!!」 そして、ふと顔を上げればそんな自分をそれは楽しそうな笑みを浮かべて見下す二人の男性。 どちらも見覚えのない顔。 しかし、その陽気なテノールに坊ちゃんと呼ぶ優しそうな男性と自分によく似ては居るがしかし、その乱暴なしゃべり口調の体格の良い長身の男性にそう言えば腰に帯びていた相棒がいつの間に居なくなっていた事に漸く気が付いた。 「誰だ貴様達、何処からこの屋敷に入った!」 「誰って…お前のマスターは相変わらずひっでぇ奴だな。」 「全くだよ、ひどいなぁ坊ちゃんたら。 僕だよ僕!一緒におねしょした布団を隠したシャ「それ以上言うな!!「……」 そして気付く、この二人の正体に。 リオンは確かに裏付けされた根拠もないまま二人の名前を口々に呟いたのだった。 「まさか…いや、急にソーディアンが人間になる筈ある訳が…「それが実際あったんですよ〜!」 銀髪の男性が興奮冷めぬまま立ち上がればその陽気なテノールが部屋に響き渡る。 間違いない、話し方やあのおどけたようなおしゃべりで皮肉たっぷりな性格を醸し出している彼はやはり、常に自分と一緒に居た相棒で俄に信じがたい事実に頬を抓れば当たり前だが痛い。 やはり、これは現実だ。 「しかし…ならどうして僕を襲ったり…」 「あぁ、それはですね…。」 よく見れば二人は赤い服にトナカイの着ぐるみと言う何ともおかしな出で立ちでしかも白い髭まで付け、すっかりサンタになったクライスは何かを企んだような笑みを浮かべて手にした白い袋を開けたまま徐々にその距離を詰めてきているのだからたまったもんじゃない。 思わず一歩後ずさるリオンにクライスはだんだんと距離を縮め… 「観念しろ…!」 「うわぁぁ!!」 「この野郎!逃げるな!ピエールも手伝え!」 「ええ、分かってますって!」 そして一気に自分より遙かに小柄なリオンを捕まえると、そのまま手持ちの白い巨大な袋に詰め込みやがて暴れるリオンが抵抗を止めたのを好機だと見計らって二人は顔を見合わせニヤリと笑ったのだった。 「うーん…遅いなぁ…」 リオンを見送ってからあっという間に半日が経ってしまったではないか。 流石にドレスを着たままでは落ち着かない所為か海はまだ寝る時間にも満たない時刻にも関わらず、自室のベッドに横たわり、何度も寝返りを打っては時折窓から彼が今にも帰ってくるんじゃないかと窓とベッドを何度も行き交い彼の帰りを一人辛抱強く待ちわびていた。 しかし、彼が一向に帰ってくる気配も無くて。 まさか彼の身に何かあったんじゃないか… やはり自分も我が儘を貫いてまでも彼に着いて行けばよかったと今更になって後悔の波が押し寄せてくるも、後悔とは先ではなく後に悔やむもの。 先には立ってくれないのだ。 「……」 1人孤独だけが支配する部屋で膝を抱えたその瞬間… 「ん…?」 ふとカタンと窓の方で音がしたかと思えば既にそこに人は無く… その代わり、窓際には一枚のメッセージカードが置かれていたのだ。 「…何だろうこのカード…」 慌ててその手紙に手を伸ばしてまじまじとその内容を読みとれば… 「…お前の大事なエミリオは預かった…返して欲しいならその服装のまま大至急ストレイライズ神殿の教会に来い…!?」 それは彼が人質に取られたと、遠回しに囁くようなあまりにも衝撃的な内容。 あまりにもショックな内容を目の当たりにし、指先からガクガクと力が抜け、海は力なく床に座り込んでしまったのだった。 「そんな…エミリオ…!」 しかし、こうしている間にも彼は… そうだ、一刻も早く彼を助けに行かなければ… 罠かもしれない。 用心するに越したことはないとすっかり忘れていた相棒の存在を思い出した##NAME1##が彼を捜した瞬間… 「#海、」 「…!」 「ルネッサー…あっ、違う! メリークリスマス、」 聞こえた声に驚き再び出窓に目をやれば、そこにいたのは紛れもなくサンタクロースに扮し…そして何故かまた剣から人の姿へと姿を変えた相棒の姿だったのだ。 「ク、クライス! そ、そうだ、大変なの!エミリオが人質に…! 早くエミリオを助けに行かなくちゃ…!」 「いや、その心配はない。」 「へ…?」 「さぁ、エミリオがお待ちだぞ。」 彼が人質に取られているかもしれないというのにこのサンタクロースは何故、彼が無事だという事が分かるんだ? 未だに混乱し、慌てふためく海に心配するなと、ふっと白い付け髭をつけたままクライスが笑うと当時に差し伸べられた手。 しかし、不思議なことだ。 身体は無意識のうちに勝手に動き出し、そしてその手に自分の手を重ねているのだから…。 「来いよ。」 「でっ、でもエミリオが…!」 「クッ、だからお前はなにも心配すんなって。」 そして自分の言葉を信じて小さく頷いた海が自分の手を取ったのを合図に、クライスと海は一瞬にして真っ白な光に包まれ、そのまま儚く消えゆく粉雪の様な輝きと共にその姿を消したのだった。 そして、眩い光と共にふわりと舞い降りた二人。 辿り着いたのは辺り一面すっかり静寂に包まれたストレイライズ神殿の傍に佇む神聖なる教会だった。 「あれ…クライス…?」 しかし、先程まで一緒に居たクライスはいつの間にか姿を消し、そして暗闇と静寂に包まれた教会に1人取り残され、海が不安そうに眉間に眉を寄せた途端、トナカイの着ぐるみを着た銀髪の優しい雰囲気を醸し出す青年が大事そうに白い袋を抱えてパイプオルガンの下から突然、姿を現したではないか。 「やぁ海!やっと会えたね!!」 突如現れたその声の主に慌てて伏せって居た顔を上げ、背後から近づく足音にふわりと身に纏っていた可愛らしいドレスの裾を翻せば、海の元まで走り寄ってきた青年は優しく海の不安をすべて包み込むような笑顔で笑い、白い袋をどん!と床に置いてまた優しく笑ったのだった。 「え…あの…あなたは…?」 「僕ですよ!ほら、ピエール・ド・シャルティエですってば!」 「あっ…シャ、シャルティエさん!?」 「えぇ、この姿では初めましてですね。 坊ちゃんがいつもお世話になっています。」 「…! いえいえ、こちらこそいつもシャルティエさんのマスターにはいつも助けられていて…」 優しい笑みを絶やさぬまま、くすくすと優雅に笑う彼の正体が大切な彼の相棒だと知り、納得した海も静かに頭を下げればシャルティエは白い袋の口を縛っていたリボンをそっと外して静かに歩き出してしまったのだ。 「え、あの…そうだ!エミリオは…!」 「ふふっ、坊ちゃんならちゃんと居るじゃないですか!」 「え…」 そして戒めを解かれ、漸くその口を開かれた白い袋を指し示す彼の指先に目を向けた途端、 「エッ、エミリオ…!」 なんと、やたら巨大な白い袋の中からもぞもぞと姿を現したのは紛れもなく海がずっと待ちこがれていた唯一無二の存在の張本人だったのだ。 しかも、驚いたのはそれだけではない。 なんと、彼が身に纏っていた服装は普段の客員剣士の服ではなく、美麗な彼によく似合う真っ白な燕尾服のタキシード。 しかも此処には今は誰もいない、そう、自分達しか存在しない秘密の場所、そして…。 「シャル…貴様は仮にもマスターである僕を突然こんな狭い袋の中に閉じこめてくれたな…」 「ひぃぃっ!ぼっ、僕は知らない!僕はただクライスサンタに脅されて仕方なくやったんですよ! じゃ、じゃあ邪魔者はサンタの元に…戻ります〜!!!」 ソーディアンは無くとも彼から放たれる怒気を纏った覇気を目の当たりにしたシャルティエは先程までの優雅な笑みは何処に消えたのか…情けない悲鳴を静寂に包まれた教会中に響きわたらせ、着ぐるみを着たまま慌てて教会の外へと向かって走り去ってしまったのだった。 そして、再び訪れた沈黙。 取り残された海とリオンが静かに顔を上げ、そして今のお互いの姿を見てまた二人恥ずかしさを押し隠せぬまままた照れたように微笑んだのだった。 「エミリオ…よかった。 無事だったんだね。」 「当たり前だろう。 僕を誰だと思っているんだ。」 「…! う、うんっ。 そうだよね。天下の客員剣士様だもんね!」 「全く…」 しかし、お互いがお互いの普段見慣れない服装に意識を奪われてしまい、なかなか思うように言葉と言葉のキャッチボールが出来ず煮え切らない思いをどうすればいいのかと悩む中、突然誰もいない二人だけしかいない教会で急にパイプオルガンが鳴り出したのだ! 「きゃあっ…!」 「なっ…!?」 あまりにも急な展開、しかも二人しかいないこの場所で独りでに鳴り出したパイプオルガンに驚き、とっさに自分の腰に抱きついてきた海にリオンは独りでに鳴り出したパイプオルガンよりも驚きを隠せなかった。 「海…おい…」 「あっ…! ご、ごめんなさいっ」 そして間近に迫ったあまりにも美麗すぎる彼の顔に驚き、海は漸く自分の行動の大変さに気づいて慌てて身を引くが、 「いや…」 「え…」 身を引いた海を今度はリオン自らの意志で再び海を抱き寄せると海は真っ赤な顔で戸惑ったような声を上げたが、また大人しく彼の腕に身を委ねたのだった。 そして、リオンは海を優しく抱きしめその温もりを静かに感じ取る中でちらりとパイプオルガンに目をやれば、海からは見えないが自分が見た位置では丸分かりの場所で今度は神父になりすました彼がパイプオルガンを弾いているのが見えた。 「あ…」 「どうした海…?」 「この曲…私の好きな歌だ…。」 そして今度は神父になりすましたクライスが弾いているのは海がよく口ずさむあの曲だった。 「…ふふっ」 「どうした?」 「何かね、こうして教会でエミリオと一緒に居ると… 結婚式みたいだねって…」 「海…」 「バカみたい…だよね…っ エミリオと結婚なんて…出来ないのに…」 教会の祭壇で向かい合わせの二人。 それはまるで未来の二人だなんてとんだおとぎ話。 二人の未来は…いずれは神の消滅と共に消える。 分かってはいるのに…それでも、そんな未来を簡単に受け入れることが出来なかった。 海が口にしたその言葉にリオンは否定したいのにその否定さえ出来ぬまま、ただ己の無力さを…ただ罵ることしかできなかった。 パイプオルガンの音はやけに儚くささやかな幸せの終わりを告げる。 その中で不意に思い出したようにリオンはスーツのポケットに忍ばせていたあれをそっと取り出し海に静かに手渡したのだった。 「…エミリオ…これ…!」 そして、リオンが海にそっと手渡したのはプラチナの輝きを放つ海を思ってリオンが密かに選んだのだろう。 それは可愛らしい指輪だった。 「海…」 「エミリオ…」 残酷でしかない真実には今だけは耳を塞いでくれ。 運命に逆らうように無理矢理彼女の左の薬指にその指輪を填めるとそのまま互いに静かに見つめ合った。 言葉もなく海が近づく容姿端麗な彼の顔に気が付きそれを合図にふと瞳を閉じればその拍子に溢れた抑えきれない涙。 誓いの言葉も何もない2人だけの結婚式。 相容れぬ事のない悲しい恋の歌をパイプオルガンの旋律の調べが静かな教会にいつまでもいつまでも響き渡っていたのだった。 それは、海底洞窟の悪夢の始まる4日前の出来事の話。 崩れゆく洞窟の中 リオンはただ1人、いつまでもいつまでも走馬燈のように思い出していたのだった。 fin. prev |next [読んだよ!|back to top] |