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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「君がいるからX(Eve)」

異常気象に見舞われ、秋なのにやたらと暑かった今年、急激に寒くなり待ちわびた初雪が街を覆う頃、世間では12月になり、恋人や仲間内ではクリスマスの話題が耐えない。

「いただきますっ」
「あんた、それリオンが作った弁当!?」
「うんっ。そうなの。」

職場でもカレンダーは最後の一枚になり、雪がちらつく窓を見つめ海はいつものようにリオンが持たせてくれる彼が作ったお弁当を食べていた。

職場で唯一リオンの存在を知る先輩に指摘され、しれっと答える海が憎たらしくも感じる。
リオンと面識があり、彼を知る彼女は正直、あのリオンが作った弁当を食べられる海が心底羨ましかった。

突然、此処とは異なる世界から来たと話す海から来た美少女、ではなく、中性的な顔立ちの美少年、リオン・マグナス。

彼を介抱したのが海だった。しかし、最初からふたりがすんなり暮らすわけもなく、初めはさまざまなことがあり、好みや価値観も違う、お互い衝突したし喧嘩ばかりで嫌な思いだってした海もよくここで落ち込んだり自分に泣きついたりしていた記憶が新しいがそのふたりになにか変化でもあったのだろうか。

「へぇ、もう大丈夫みたいね?仲良く暮らしてるんだ。」
「うん…心配かけちゃったもんね、」
「全くよ、でもよかった。順調みたいね。」

今は落ち着いたのだろうか、あのリオン・マグナスが弁当を作るなんて…ここにシャルティエがいたら泣いて喜んだろう。
やっと付き合いだしたのか、しかし、それは違かったらしい、そう問えば海はなんのことかわからないと首をかしげたのだから。

「え…?誰が…?」
「えっ、て?はぁあ!?あんた達一緒に暮らしてるのになんもないの!?進展してないの!?だって、同じ空間にいるのに?」
「うーん…無いかなぁ。リオン君もそうだよ。」

またご飯を一口含むと海は平然としたまま微笑みを投げ掛ける。

「私がリオン君と付き合うなんて、絶対にないよ…」

海の脳裏を占めたのは、出会ったばかりの頃、熱にうなされていたリオンがうわ言の様に口にしたマリアンと言う名前の女性だった。
リオンはきっとそのマリアンと言う大切な女性がいるのだろう。

「それに、リオン君、きれいな見た目に惑わされたら痛い目見そう、ね。」
「ふふっ、あぁ、確かに。あいつ短気だもんね〜でもさぁ、今年のクリスマスって、三連休じゃん、うちら土日休みだから今年は仕事ないし、だからふたりでたまにはどっか行ったりしたら?友達としてさ、」
「えっ、どこか…行くの?
でも、クリスマスが休日なら余計にどこも混むんじゃないかな、行きたいけど無理かなぁ。」
「その前にあいつがアトラクションではしゃいだり耳つけたりするか全く想像できないわ、あいつ人混みとか苦手じゃん、例えば…温泉とかどう?」
「うーん…」
「どうしたのよ、」
「あっ!」

しかし、親友の問いに海はお茶を飲みながら片手でいじっていたスマートフォンでなにかを見つけて嬉しそうに笑ったのだった。

「私、ここ行ってみたいと思うんだけどどうかな、」
「ここって…どこよ、って!
え〜!ら、ラブホじゃない!」

海が見せたのはにこにこ笑う顔からは不似合いな場所だった。
あどけないからか、まさか妹みたいな存在の海からラブホに行きたいと口にするなんて、信じられず、思わず口からサラダをこぼしてしまった。

「あんた!ちょっとー!ラブホの意味わかってるの!?
ビジネスホテルみたいに言わないでよ!」
「うんうん、わかってるよ。でも私、未成年だからダメだって元カレに言われてたから…」
「まさか、あいつといこうとしたことあるの?なに、まさかリオンとすでにヤッちゃたとか!?」
「まさか!!リオン君は16歳だよ!?
それにね、ラブホって未成年、18才未満の利用は禁止されています。御注意ください。だって、知ってた?カメラついてるし、通報されるよ…!」
「あのね、今時中学生だってやることやるわよ。で、なんでラブホなのよ、」
「あのね、最近のラブホテルっておもしろいんだね、今特集で見てたんだけどね、ほら、アメニティが持ち帰れるの!
今のラブホって恋人だけじゃなくて女子会とかも流行ってるんだよ。カラオケもあるし、泊まれるし、」
「なんなのそれ、ラブホも売り上げ厳しいのね」

何だか勝手にラブホの話題をまさか海から持ってこられるとは全く予想しない変化球だった。
ふたりの関係を勝手に解釈して盛り上がってるこちらがバカじゃないか、恥ずかしくなってくる。

好きな人にはいつも健気で一途。純粋に笑う海からは全くそういう気配が感じられなくて、スマートフォンに釘付けの海を横目にいじらしい彼女の年頃があったなと思いながらタバコを吸おうと姿を消すと、海はお弁当を食べる手を止めた。

「それに…リオン君と私が恋人になるなんて…絶対にありえないよ、ねっ、」
「ねっ、て、あんた女と見られてないんじゃないの?」
「リオン君は年下だよ?私だって男だって思わないもん!」
「はいはい、わかったわかった、タバコ吸ってくるわね。」

それでも最新のラブホはどうしても気になる。カラオケやゲームや料理やジャグジーつきのバスルームに中世時代の王室を再現した様な可愛い天蓋つきベッドに憧れる気持ちは紛れもなく女の子の憧れ。

「リオン君も男〜うーん…ぜんぜん女の子なんて見向きもしない感じだもんなぁ。
なんて説明しようかな、あ、結局、未成年だから行けないか。」

行く気なのは変わらないらしい海の気持ちと裏腹に今頃呑気に午後ドラを観るリオンに思いを馳せた。

海が午後の仕事に入るなか、考え通り案の定リオンは洗濯と掃除を終え、今再放送中の亭主関白な父親が会社をクビになりそこから専業主夫に転身するドラマと同じ生活を送っていた。
ぼんやりと思い返しながらソファに腰掛けテレビに釘付けになる。

あの世界では知らないままだった、ここは何の苦しみも悩みも、柵もなくて。
海が帰ってくるまでただ流れるときに身を任せるこの時間がたまらなく好きだった。

「……ん、」

日々懸命に働いている海の代わりに今だ嘗てしたこともない慣れない家事で疲れているからかだんだん眠くなってきた。
睡魔が襲ってきてふとソファに身を委ね横たわると上げた両手が何かを掴んだ。

「何だ…」

ぴらりと両手に揺れるそれ、訝しげに見つめると視界に飛び込んできたのは間違いなく海がたたみ忘れたのか身に付けている可愛らしいブラだった。

「うっ!あ!あの女……本当に、無防備過ぎる…」

思わず食べていたリンゴを丸飲みしてしまった。
全裸を見たわけではないのに下着でいちいち顔が熱くなる自分が情けないが、今はひとりだ。
普段なんの恥じらいもなく下着も一緒に洗濯している海、全く、いちいちそれを毎回どんな反応で干したらいいか、冷静に振る舞うリオンの身にもなってほしいものだ。

下着を適当に放り投げ、る訳にもいかず。リオンは仕方なく教えてもらった畳み方で彼女のタンスの上にそっと置いておいた。

「全く、世話が焼ける。女の癖に恥じらいがないし、何よりこんな不埒なものを身に付けるなんて……まるで危機感がないんだ。」

やがて、ドラマは終わり、うかれた耳障りな明るい音楽と共にクリスマスのケーキ予約のデパートの光景を説明するアナウンサーの声がリオンの耳に届いてきた。
クリスマス、聞いたことのない単語に首をかしげるが、見に覚えもないし興味がない。

「恋人と甘いひとときだと?馬鹿馬鹿しい、」

下らないことをこの世界で平和をもて余す奴等は考えるんだなと、そんなこと、城に遣え、父親の魔の手からマリアんを守るために剣を振るい、戦いに明け暮れていた自分には全く、理解できないと、リオンはソファーに身を横たえた。
戦う必要もない、それが何だか無性に違和感を感じた。
剣がなければ、自分はこの世界では海の庇護なしには生きていけないなんて情けない。

瞳を閉じると脳裏をめぐるのは¨甘いひととき¨と言うワード。
ぼんやりとそのことを考えると、リオンの頭の中を占めるのはその言葉に結び付く、純真で、優しく包み込んでくれる海の笑顔だった。

「リオン君、」

彼女の優しい声が聞こえた気がした。クリスマスが大切な人と過ごす日なら…思い立つより早く、リオンは海のパソコンを開く。

調べたのはもちろんクリスマスについて。気になったことは片っ端から文献をあさりなんでも調べて自分がすんでいたあの世界から途方もないほど発展しすぎた異世界についての知識を蓄えていた。

「お疲れさまでした。」

夜になり、仕事も終わり、海は帰ろうと制服から私服に着替えていた。

「あんた、ホントにラブホにいくつもりなの?」

他の住人もいるのに。いきなり背後からそう叫んだ彼女に思わず飛び上がり人差し指を当てた。

「しっ!静かに…みんないるのに!」
「あんた、今さらなに恥ずかしくなってんのよ!何よ?やっぱりリオンのこと、男として意識してるの?」
「やっ、やめて、純なリオン君を汚さないで!」

女性が主な職場でラブホと言う単語がまさか職場でどちらかと言えば大人しい海からは俄に信じがたいとざわつくのは当たり前だ。
真っ赤な顔で海は狼狽え、黙り混む。
いま思えば何て恥ずかしいことを…ラブホに行きたいなんて、まるで欲求不満の女じゃないか。
昼間と変わり、海は逃げるように職場を後にした。

「はぁっ…は、恥ずかしい…もう、」

気持ちを落ち着かせて夜の街灯の下を歩き出す。すっかり冬になり辺りは真っ暗で空気はすんでいるがとても寒い。歩いてここから十分はかかる。

赤らんだ頬はきっとリオンを僅かながらも意識しているからで。
かつて寄り添いあった彼がこの部屋を出ていったあの日から、もうこの気持ちを抱くなんてないと思っていたのに。
リオンが好きだと、実感すれば簡単に素直になれるのに。
柔らかな髪をふわりとかきあげ、諦めたように歩き出す。ふと気づくとその街灯の下、見慣れた後ろ姿を見つけた。

「え…リオン、君?」

声をかけると瞬きと共にリオンが振り返りこちらの視界に鮮やかな紫紺の瞳がかちりと交わった。
こんなに中性的な顔立ちの美形な彼を見間違うはずがない。

「…リオン、君。どうしたの?
迎えに来てくれたの?」
「別に、」
「そ、そぅ…だよね、」
「たまたま立ち寄っただけだ。」
「私は、大丈夫だよ。それよりも綺麗な顔の男の子がこんな薄暗い場所にいたらリオン君の方が危ないよ?」
「僕は平気だ。男だからな」

そういいながら見せた玲瓏な顔は寒さで赤らんでいた。素直じゃない、心配してわざわざ寒い中迎えに来てくれたに違いないのに。
何気ない彼の優しさが秋も終わり、寒くなって行く空気に反して心地よく染みて温かった。

「リオン君、今夜は寒いから、温かいのが食べたいな。」
「やはり、お前ならそう言うと思った。」

一足先を行く彼に着いていく形で歩みを進める。
思わず、触れてみたリオンの手、それは冷たくて、ずっとリオンが自分の仕事が終わるのを待ってくれていた何よりの証で。
拒まないのか、リオンはその小さな手をなにも言わずに触れていた。

「リオン君、背、伸びた?」

一回り、また一回り、広くなって行く肩幅、襟足が隠れるくらいにまで伸びた彼の黒髪、そして身長も。

「別に、気のせいだろ。」
「そうかな、髪の毛もだいぶ伸びたし…「触るな。」

ぴくりと、小さく触れた手を遮る様にリオンはその手を振り払いスタスタと先を歩き出してしまったのだ。

「リオン君…」

触られるのが嫌だったのかもしれない。思わず呟いていた。

「マリアンさん、だったら嫌じゃなかった…なんて?」
「何故、彼女の名を…」
「あの、前に、譫言で…それに、大切な人なんでしょう?とても、」
「……そうだが、いや、だが…僕は…」

微かに震える唇。リオンはなにかを言い出そうとしたのだがその先を聞くのがどうしても勇気がでない、怖くなり、海は首を横に振ってしまった。

「別に、いいのっ!」
「…海、僕は。」
「いいの、ごめんね、早く帰ろう、荷物持つから。ねっ?」
「馬鹿、重いからいい、」
「きゃっ!」
「そら見ろ、」

リオンの買い物袋を片手で持つと意外に重たくて地面に落としてしまいそうになった。奪い返すようにリオンが持つ、暗闇のなか、黙りこむ2人の間には気まずい空気が生まれていた。

「人の気も、知らないで、」

海にも聞こえないような声で、リオンはそう呟いていた。

不意にいいかけた言葉、結局言葉にする勇気もなくて、リオンは諦めたように睫毛を伏せるしかなかった。

気まずい空気のまま、帰ってきたふたり。リオンが出掛ける前まで暖めてくれていたのだろう、家のなかは冷えきった外の空気よりも暖かかった。

分かり会えない思いがある。
口にしたら簡単に今までの生活は壊れるだろう。
結局、イレギュラーの身で、自分はいつか彼女の前から消えてしまう、ならば、口にしない方がいいに決まっている。
消えるその時まで、墓場まで持っていく勢いでいればいいじゃないか。

彼女には未来がある、この世界では自分みたいな存在なんて、たかが知れている。
それでも、駄目だ、と狂い始めた思いを封じる術など無かった。
こんなに胸が苦しくなる思い、知らないままでいれたらどれだけよかっただろうか。

「ごちそうさま。美味しかったよ、リオン君。お弁当もいつもありがとね、」
「別に…ついでに作るだけだ。料理も、そんなに嫌いではないからな。」
「うん。今流行ってるもんね、えっと…料理男子って言ってね、料理が好きな男の子なんだけど、やっぱり料理って男の子の方が向いてるんだよね。リオン君も器用だもんね。」
「お前よりはな、」
「むっ!いいもん、クリスマス。色々ご馳走してあげようと思ってたのに。」
「クリスマス…だと?」
「あっ、クリスマスって言うのは…」
「イエス・キリストの降誕を祝うキリスト教の記念祭だろう?だが日本では恋人と過ごしたい奴が多いんだろ。」
「詳しいんだね。」

パソコンで調べたなんて言えるはずもなく、リオンはそっぽを向くと皿を片付け洗い始めた。

「じゃあ、私お風呂入ってくるね。」
「あぁ、」
「あれっ、どうしてここにブラが置いてあるの?」

すると、着替えを取りにいった海が不思議そうに畳まれていたブラを手にこちらに来た。洗濯を畳むのは海の役割で海はいつも下着をソファで畳んでいる。

「ねぇねぇ、リオン君は知らない?私、ちゃんと畳んだのに…」

なんだかんだ言いながら大きな声で自分を呼ぶ些細な声にも反応してしまう。

「お前が畳み損ねてソファに置き去りにしたんだろう。まさか僕が勝手に持ってたとでも思うか?誰が好き好んでそんな下着に、」
「そう、だよね…うん。ごめん、なさい…純なリオン君には目の毒だよね。」

ありがとう、ごめんなさい、いつも口を開けば相手の機嫌を伺うような声で、小さな彼女がますます小さく見える。
儚くて、いたいけで、傷ついた瞳をしている、本当は誰よりも愛されたがりな君。

そんな彼女にいつの間にか惹かれていたなんて、昔の自分が知ればどれだけ馬鹿馬鹿しいのだろう。

今までは、マリアンのくれた優しさが心地よくも、マリアンで占められた世界だった、愛されなかった自分は孤独で、唯一の友は物言う剣・シャルティエだけだった。

それだけでよかった、仲間など要らない、マリアンが無事で笑顔でいてくれればそれで構わなかった。
しかし、知ってしまった。
居なくなった彼を思い泣いている海の静かに涙を流す姿に、同じ似通った気持ちを重ねて、やがてそんな一途な気持ちを向けて欲しいなんて、誰よりも傍にいたいと誓うようになっていたなんて。

「止めろ、」
「え…っ、」
「お前は、何も悪くないだろう…そうやって自分を必要以上に責めるな。
謝られるのは、嫌いだ。」
「…リオン君。」
「それに、言ったろう、僕はお前が思うような男じゃないって、」

優しくしてやりたいだけで、泣かせたくも謝られたくもないのに。

しかし、今さら散々海と対立しておきながら優しくする勇気もない、気持ちを伝える勇気さえない臆病な自分が嫌いだ。

「くそ…」

こんな血にまみれた手が触れていい存在じゃないって理解しているはずなのに。
海に調子を狂わされている。
全くいつもの冷静じゃ居られなくなる。
こんな気持ちを、抱えたまま一緒の空間にいるのが辛い。こんな気持ち、生まれて今だ嘗てなかった、初めてだ。

「海に、思われたい。」

彼女を悲しめたあの男が憎い。
彼女を捨て、他の女と暮らしているあいつが許せない。
自分だったら、そんな思いなどさせない、自分がこの世界の人間だったらどれだけよかったか…リオンは悔やむばかりだった。

海が風呂から上がり、自分も風呂に入る。
彼女の後のお風呂は海がいつも使っている甘いシャンプーの女独特のいい香りが漂っていた。海の肌も、きっとこんな風に柔らかいのだろうか。

「上がったぞ、」

声をかけてリビングのドアを開けると、寒さに耐えきれず引っ張り出してきたこたつの中ですやすやとスマホを片手に眠る海の無防備な寝姿だった。

「おい、海、起きろ。
寝るならベッドに行け、」
「ん……」

連日の仕事で疲れているのだろう、自分と暮らしているから余計な出費を海に出させてしまっていて、なおさら申し訳ない気持ちが溢れて止まらない。

悶々と考え込むせいで、いつも毎日買い占めて食べるくらい日課にしている楽しみのプリンも全く喉を通らなかった。

「海……」

今にも消え入りそうな声で呟いた名前、それはやけに自分の耳に鮮明に響いた気がした。
そうして思い出すのは夕飯の準備をしていたとき、スマホを片手にやってきた海の弾む声だった。
声は落ち着いているのに、どこかたどたどしいその話そぶりがリオンは嫌ではなかった。

「ねぇねぇ、リオン君。」
「なんだ、」
「もうすぐクリスマス、なんだけど、なにか予定ある?」
「別に、ないが…」
「そぅ、よかったぁ…ねぇねぇ、よかったら一緒に行かない?」
「何か、あるのか?」

「うんっ、街は混んでるから、気晴らしに温泉街でもぶらぶら行かないかなって、温泉行きたかったんでしょ?」

スノーフリアでの女湯事件以来(リオンside参照)あまり温泉に対していい思い出はない、しかし、海が望むなら、それに前みたいなことにはならないだろう。行くにしろ運転や出費をするのは海だ。
自分は拒否権などない、拒否する理由もないが。

「全く、世話が焼ける。」

呆れながらも全く起きる気配のない海を起こすのはかわいそうだがこのままこたつで寝かせたら風邪を引いてしまう。
そっちの方がかわいそうだと思ったのかリオンは無言で海の華奢な腕をつかんだ。

まるで間だあどけない少女のような安らかな寝顔を浮かべて眠る小さな海。
まだ発展途上の過酷な鍛練により平均男子よりも小柄なリオンですら簡単に抱え込める。
立ち振舞いや考えは大人びているのに、体型や話し方はこんなにまだ幼い少女のような海。

この寝顔をあの男も独占していたのかと思うと腸が煮えくり返ってたまらなかった。
こんな自分の煩悩なんか気にも留めず眠る海、本当に庇護欲をそそる寝顔だった。

「重い。」

文句をいいながらもそっとベッドに転がせばもぞもぞと布団にもぐる頭をなで、リオンも気付けば同じベッドで眠っていた。

「温泉か……」

流れる緩やかな髪を撫でながらリオンはただ海の寝顔を見つめていた。これが幻でも見続けていたい、やがて朝日が射す頃に眠る寝顔を見るのが自分でありたい。

To be continue…





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