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「#ファンタジー」のBL小説を読む
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「君がいるからIV」

To You...

重ねたこの手を離せなくて、
どんな時でも、隣に変わらず笑みが溢れてて。

今なら素直に打ち明ける。
誰よりも大切な存在だと。

回り道の数、傷つけた数
そのすべてを…ただお前を愛したい、

彩られる街の中鮮やかに映る冬のある日、果てしなく未来は見えないけれど、変わらずには居られないけれど、2人の足跡を残していこう、

白い雪がこの街に優しく降り積もる。君とならどんな時も歩いていける。どんな願いも叶うだろう…

「…海…!」
「あ、お父さんっ…こっちだよ、」

銀色に染まる世界、異様に暑かった夏も過ぎ去り涼しさは形を潜めて。街はすっかりクリスマス一色に色づいている。今日はお父さんとちょっとしたデート。海はどんな人混みに紛れてもはっきりした父親の面影にバッグを持っていない方の指輪が眩しく煌めく左手を挙げた。

「悪ぃ、会議が長引いた、遅れたな。身体は大丈夫か?」
「うん、平気だよ。ちゃんと冷やさないようにしてるもん。
お父さんも、忙しそうだね…」
「仕方ないさ、クリスマスは稼ぎ時だからな。付き添ってやれなくてごめんな、」
「うぅん、いいの、気にしないで。」

ライトアップされた街中を歩く父親はこちらが寒そうなほど薄着だが、歳の割に若作りを意識した服装はとても彼に良く似合っている。

海は胸元までタートルネックで隠し高いパンプスのミニスカートはやめて温かそうなロングニットのワンピースにファーコートを羽織り手袋に踵の低いムートンブーツと言う徹底的な防寒ぶりだ。
身体を冷やさないようにと極力つとめそれにはまた海と父しか知らない深い理由がある。

しかし、それでも足りないと父は首を横に振ると自分が巻いていた千鳥柄のマフラーを巻いてやった。

「ママ〜!!」
「あ!」

その声に反応し、ふわりと髪を靡かせてとっさに振り向く海…だったが勿論その幼い女の子は親子2人をすり抜けその先の穏やかな笑みを浮かべる母親の元へと駆けていく。

「…おい、お前が反応すんのかよ、まだ気が早ぇぞ」

しかし、その言葉は彼女を呼んだものではなく彼女の前を歩く女性に呼ばれたもの。海は未だ子供は産まれていない。温かみのある母性は未だほんの少しだ。

「えへ…ママって呼ばれたらついつい」
「はぁ、テレビの観すぎだ、しっかりしろよ、お母さん」
「うん、」
「しかし…お前も結婚して嫁に行っちまったかと思えばついに…か、あの野郎…俺の娘をとうとう…」

彼女の隣を歩いていた柔らかな色彩の髪の男がまるで遠くを見通す様に漠然としたまま海の小さな頭を小突いて物騒なことを呟く父に海は頬を膨らませ否定した。

「も、もうっ!お父さんのバカっ!いつまでもエミリオをいじめないで…!」
「バカだとぅ!?はっ、男親だから娘に近づく男は旦那でも気にいらねぇんだよ。」

理不尽に夫である彼に対して相変わらず意地悪く吐き捨てる父親に海は真っ赤な顔で懸命に彼を庇うが父親は全く聞く耳を持たない。

「そんな…!私っ、もう子供じゃないわっ!結婚もしたし、赤ちゃんも…あ、そうだ、」
「あん?」

子供の様に娘の身を案じる大きな巨体をした父に。海は襟足を引っ張ると耳元で内緒話だと言葉を口にした。

「あのね、このことは私が話すまでエミリオには内緒にしててほしいの。」
「…何故だ?」
「もうすぐクリスマスでしょ?エミリオに喜んでもらいたくて…素敵なクリスマスプレゼントにしたいから、」
「海…」

昔から彼を一途に思っていた海、離れ離れになった2人、今はもう離れることはない…結婚をして、今は愛する夫となった最愛の彼のためにとサプライズを企画しようと人差し指を立てる姿は赤ん坊から変わらないのに、彼女も今は母親として少しずつ変わり始めている…、健気な娘の姿に愛おしさを募らせた。

それから2人は市役所に立ち寄り母子手帳と近くのかわいい雑貨屋さんで海好みのフリースと母子手帳カバーを手にスーパーに立ち寄って買い物を終えた。
今日は父親と海と彼で夕食を食べる約束をしていたのだ。

「今日はいっぱい買っちゃったね、」
「いいんだよ、食べ盛りは過ぎたがお前の手料理が喰えるんだからな。」

寒さが苦手で相変わらず顔立ちからもう既に不機嫌そうな父親の隣をにこにこと歩く楽しそうな海、父親の手には買い物バッグにぎっしりと詰まったどれも新鮮な食材ばかり。

それは一応子を宿した身である海の両手にも握られており、今日の買い物の量の凄さを物語っている。

「なぁ、こんなに買ってどうするつもりだ?」
「え?なに、ってお父さんとエミリオのためにキムチ鍋を作るんだよ、」

そう告げ帰宅前より早速やる気満々の海に父親も穏やかな笑みを浮かべた。

「なら、早く…げ、」
「あっ…!!」

しかし、父親の娘との和やかな時間、穏やかな笑みは瞬く間に崩された。
2人の眼前には仕事でやや寝不足で疲れ気味の儘、佇む海の最愛の彼の姿があったのだから。

「エミリオ…!」

大切な、愛しい彼の名前を呼ぶ、海は父親に買い物の荷物をすべて持たせると身軽な両手で母子手帳を見つからないようにバッグの奥にしまい込み両手を振り逢いたい気持ちを懸命に振り絞り暖かな笑顔を浮かべてその腕に腕を回し優しく微笑んだ。

「海…お義父さん…、」

しかし、海の笑みを見ても厳格で恐怖の対象である彼女の父親、エミリオに当たる義理の父親に見下されんばかりに睨まれても彼は疲労困憊の色を隠せずにいる…。

「大丈夫か?死ぬか?」
「お、お父さんっ…!」
「ジョークだよ、ジョーク、」

父親のジョークにも余裕なく微笑み頭を下げる彼の姿は余程今の時期の仕事量が辛いのか…

海も心配そうに眉を寄せ慌てて上背のあるエミリオの太い腕を組んでぶら下がる様にしがみついていた腕を離した。

「すみません、せっかくなのに…お義父さん」
「メシ喰ってんのかお前?ったく、出来るまで寝てろ、腐れ」
「お父さん…エミリオをいじめたらだめっ!!」
「…ハイハイハイ」
「返事はいっかいでいいの!」
「ったく口うるせぇマ…マ…!」

先程まで口にしないと約束したNGワードをほぼ口にした父親に海は飛び上がり父親も慌てて片手で覆い尽くせる口を塞ぐ。
良かった。どうやら父親のタブー発言は熟睡するエミリオには聞こえていないようだ、彼は食事が出来るまで僅かでも眠たくてたまらないらしい…成長し艶やかで玲瓏な顔立ちとなった彼の切れ長な瞳は今にも閉じてしまいそうだ。

スーツを脱ぎシャツのボタンを外すと泣く泣く姑、浅からぬ因縁と絆で結ばれた海の父親の助けを借りながらベッドに横になるなり直ぐに瞳を閉じ夢の彼方へ飛び去ってしまったから。

立て込む仕事にサービス残業の日々、多忙なエミリオだが妻の海のためにいつも辛いのを耐え懸命に働いてくれている…
だからこそ海は自分の家事と身の回りの事をとにかく完璧にこなした。
海とエミリオ、2人が海辺のチャペルで結婚してから漸く幸せを手にし順風満帆な新婚生活を送れるはずもなく直ぐに子供が授かったわけではなかった。

医者にも通う程悩みなかなか子宝に恵まれなかったが漸く念願かなって体調不良が続く中での妊娠が分かりつわりも酷いが吐き気防止のマスクを装備し海は2人のために夕食を振る舞い束の間の時間を楽しんだ。

その間にもエミリオはほとんど食事もせず寝てしまいそうな程疲れ切っていたが父親に無理矢理シャワーを浴びさせられ何とか眠りにつき2人はクリスマスツリーの飾り付けに取りかかった。

西日が傾いていた周囲はすっかり暗闇に包まれ、クリスマスツリーを引っ張り出し終えた頃にはもう時計は九時を示していた。

「お父さん、今日は本当にありがとう。ごめん、なさい、…空港まで送れなくて…」

父親は急に仕事が入った為妻と暮らす海外まで帰ることになった。

「気にするなよ、俺の身よりお前の身と腹の中の2人を大事にしろ、」
「うん…」
「何か分からなかったらお母さんに連絡な、あいつも泣いて喜ぶさ、」

2人とはそう、父親が指摘した通りに海は遺伝とは関係なしにおなかに新たな命を宿しただけではなく、その命はふたつ宿っていたのだ。喜びも倍となりしかし大変さもそれに伴い倍とはなったが海は満たされる幸福と母となる気恥ずかしさやくすぐったさに普段は見せないふわりと愛らしくこぼれる様な笑みを見せた。

父親の車を姿が見えなくなるまで見送り海は言われたとおり家中の戸締まりをするとお腹を撫で愛しい彼への、そして彼との間に宿った子供に幸せを隠しきれない。

しかし、いざ気を抜けばまた吐き気を催しトイレへ走った。双子だからか体質なのか、悪阻が酷く海はろくな食事すら出来なかった。西瓜が無性に食べたくなるが今は真冬、仕方ないと言い聞かせ空っぽの胃をさすった。

「ゲホッ!ゲホッ…!!」

エミリオは気づいていなかっただろうか…
不安に苛まれながらも妊娠という喜ばしいサプライズを疲れた彼も元気になれるクリスマスを成功させるために母親となるために、この試練を乗り切ろうと決意し、風呂を終え暖かいもこもこ素材のフリースを着て隣で眠る彼の綺麗な横顔にときめきながらベッドに身体を滑り込ませた。

「おやすみなさい、エミリオ…」
「ん…海、か?」
「なぁに、」
「もっと、来い…。」
「ひゃあ…エミリオっ、恥ずかしいよ…」

すると、相変わらず昔からの習性か、警戒心が強い小動物のように寝付きの浅い彼は、僅かな物音にさえ敏感で目を覚ましてしまったのだ。

縋る様に自分とは違う温かくていい匂いの柔らかな肢体を招き背中を向いていた海の首の下から腕を伸ばし反対の手で小さな身体を心行くまで抱きしめそして漸く深い眠りに落ちるのがエミリオの癒しだった。

「お前の服、気持ちいいな…安心する、…」
「やっ!エッ、エミリオ…っ、…急に…」
「……」

しかし、彼は悪戯に海の服に手を差し込むと体中を撫でくり回しそこまで進むともう蓄積した疲労も限界なのか動きを止めた。

ふわふわと流れる髪を撫でながら、アンニュイに笑むと海の唇を暗闇で探すと、そのまま優しく自分の唇を重ね優しく海の唇を挟んだ。

幸せな夜のひとととき、2人は小さな小鳥の様に唇を食べ合う様に何度も甘いとろけるようなキスをした。それだけで肌を重ねるよりも、もっとお互いを感じることが出来た。

「…エミリオ?どうかした?」
「………」

キスを交わし横向きになり見つめ合う、腕枕をしてくれる言葉数が少ない彼の姿に戸惑いを隠しきれない。そのまま寝そべると微睡みながらも仕事で疲れて彼女に甘えたいのかエミリオは長い睫毛を伏せたまま暗闇の中で心許りなく本音を口にした。

「子供、どうしていつまでも出来ないんだろうな…」
「エミリオ…」
「…僕じゃ、駄目なのか…なら、何が悪いんだ」
「…あの、……っ…だ、大丈夫だよ…ね、そんなに落ち込まないで。」

しかし、海のお腹の中には既に彼との子供を授かり、さらに双子だと不安を露わにした彼に打ち明け洗いざらい話したいが。
クリスマスまで、サプライズで彼を喜ばせるまでどうしても口に出来ず。
ただ震える彼を強く抱き締めてやる事しかできなかった。

新婚旅行もそうだった、こんなに努力を重ねても子供が出来ないならば…そのまま夫婦のままで居てふたりきりで幸せな家庭を築けばいいとも思った。

しかし、お互い、特にエミリオは生まれ育った環境から家族という存在に大いに憧れていた。
だからこそ海はその願いを叶えてやりたかったのだ。
今まで数え切れないほどに辛い思いをしてきた彼にどうか温かな家庭を贈りたかった。

「望まない妊娠か…僕たちはこんなに望んでいるのに皮肉なものだな、」
「エミリオ…っ」
「すまない、つい、
悪かった。弱気になるなんてらしくないな。もう寝よう、」
「うん…」

結局言えずじまいだったな…
海は眠りに落ちた彼の寝顔を見つめまたひとりごちそっと小さくキスをしてお腹を抱き締めるように眠りについた。

あれからキスを交わし抱き合ったまま眠りに落ち翌朝になったがエミリオの体調は疲労は癒えては居なかった。

苦しげに笑みを浮かべ寝たいのを耐えて仕事に向かう広い背中、

いつも、いつだって彼は自分を守る為に真っ先に背中を向け先を歩いてくれていた…。
そんな彼について行くだけでは駄目だ、自分からも歩みを早めて肩を並べて一緒に歩いていきたい。

「行ってくる、先に寝てろ。」
「…でも、あのね、エミリオ…」

慌てて追いかけ、小走りになっていた。海は話そうか話さないか迷いに迷ったがそんな海の姿を彼女が離れがたいのかと勘違いしエミリオはそっと海を抱き締めて胸に引き寄せた。

「ずっと胃の調子も悪いんだろう…?
あまり気に病む必要はない、医者も言ってただろう、お互い体の異状もないし子供が出来ないのはお前の所為じゃないから、な?諦めないで出来ることからしよう」
「…う、うん……」

伝えようか伝えまいか、しかしエミリオはこちらが恥ずかしくなるほど熱く見つめてくる為に惚れた弱みでうまく言葉に出来なくなってしまう。

「寂しいのは僕も同じだ、クリスマスは休み取れたから」
「えっ…本当、別に無理しなくてもいいのに…」

その為に仕事をぎちぎちに詰め込み無理をしていたの?もう過労で限界なのに、たかがクリスマスというイベントのためだけに…女でありながら恋人の行事を気にしない海は彼女なりの気遣いも含めてついそう口にしてしまった。

エミリオはまさかそう指摘されるとは思わなかったので彼も驚きを隠せない。

「え…?」
「あ…!
っ、」

和やかな空気が凍り付こうとした瞬間、海はまたこみ上げる吐き気に慌ててエミリオの太い腕から離れるとトイレに駆け込み胃液を吐いた。
体質もあるが水も飲めないくらい悪阻が酷く小さな海を苦しめた。

「おい、海、どうした…」
「っ、げほっげほっ…」
「お前…まさか……!?」

沈黙を引き裂く様に洗面所で口を濯ぐ海の肩を掴み優しくこちらに振り向かせると海は気まずそうに唇を噛み締め瞳を反らしていた。

「……っ…エミリオに喜んでほしくてクリスマスに驚かそうと思ってたんだ…ごめんなさい、内緒にしてたの。昨日病院に行ったら私…妊娠6周目に…入ってたの…」

嘘をついたことに対する申し訳なさと彼の喜ぶ眩しい笑顔が見たい…。
朝の冷え切った空気に漂う長い長い沈黙が2人を支配した。しかし彼は何も答えない…


お願いだから何か言ってくれ。切に願い期待を込めて伏せていた顔をあげた。
しかし、エミリオの表情には過去のあの一切の感情を殺した冷酷な笑みすら浮かばなかった。

「…嘘、だろ…」
「え…」
「お前…自分から約束、忘れたのか…」
「あっ、」

"「妊娠したら1番にエミリオに知らせるね…っ!そうしたら一緒に母子手帳をもらいに行こうね。」"

そして海の脳裏を過ぎったのは紛れもなく昨日のことだった。
なぜエミリオに隠してしまったのだろう、なぜ真っ先に父親を思い浮かべて報告する相手を誤ってしまったのだろう…今更後悔しても、もう後の祭りだった。

「母子手帳…市役所に一緒に取りに行く約束、忘れてたんだな」
「違うの、私、エミリオを喜ばせたくて…」
「約束を破ってまで、お前、クリスマスまでずっと1人で隠すつもりだったのか…悪阻も我慢して」
「………」

もう何も言えるはずがなかった。エミリオは悲壮に眉を寄せ容赦なく自分より小柄な海を見下し冷徹で低く辛辣な声調で囁く様に海をなじった。

「父親には何でも話す癖にな、僕には隠し事か…。」
「エミリオ!どうして…、どうしてそこでお父さんの名前が出てくるの…?」
「どうして…?
お前には分からないだろうな!」

お腹を抱え海は急に彼が吐き捨てた父親の名前に困惑した。それが彼の導火線だったのかエミリオはさらに激情を吐露し、彼女を揺さぶった。

「ー…いつも、お前が頼りにしている父親に劣等感を抱いていた…いつか越えたかった…だが僕はどんなに背が伸びてもあの人にはなれない…」
「エミリオ…」
「泣きたいのは僕の方だ…僕は結婚してもお前に1番に頼ってもらえないんだな…」
「やめて…お腹の子に聞こえちゃう」

彼の責め苦と冷たい眼差しは胃袋を締め上げキリキリと痛んだ…堪えきれずついに海は瞳を閉じる。閉じた瞳から涙が溢れ頬を伝い落ちた。

「…っ、またそうやって…狡い…お前が泣けば僕と向き合う事から逃げるんだからな。もう、いい…」

口にしたのはあまりにも痛々しいこの空気を決定づけた彼の言葉だった。

「え…ー」
「じゃあな。お前に頼ってもらえないようなら僕がお前と暮らす意味はないだろう。」

それきりだった。
冷笑を浮かべてそう吐き捨てたエミリオはまるで昔に戻ったように余りにも冷え切っていた。
海の表情が悲痛に歪みぎゅっと噛みしめた唇にその拍子に幾つかの涙の滴がついに頬を伝った…

伝えたかった海の想いは一方通行の単なる独りよがりとなってしまっていたのだから。
よかれと思って秘めたサプライズが逆に約束を破る形になり彼を深く悲しませてしまったなんて。

しかし、後悔しても、涙を流しても、もうエミリオの二度と見たくないと願った去りゆく背中…その姿を視界に納めることは出来なかった…早足で家を出ていったエミリオ。
お腹を抱いて海はその場に泣き崩れた、もう、クリスマスに笑いあい生まれ来る子供の未来を語らうヴィジョンは舞う粉雪の様に儚く砕け散ってしまった。

結婚したからといってすべてがうまく行くとは全くといって良いほど限らない。どんなに戸籍が同じになっても互いを深く思っても夫婦とは所詮他人でしかない。

理解し合えない互いの気持ち、


エミリオが家を飛び出してから約1週間が過ぎた。
音沙汰はなく、相変わらず海の悪阻は続き唾液が止まらず全く良くなる兆しが見えない。
病院の薬を飲み針治療を受けても精神的にも体力的にもどんどん削がれていくように。
海の愛し愛されて満ち足りた穏やかな笑みは消え鋭く緊張で張りつめた表情の儘だった。

2人で決めて2人で引っ越し2人で暮らし始めた家に通っている暖かな温もりは一切消えた場所にエミリオは帰ってこなかった。

どうにかして許してもらおうと何度も海は涙を堪え彼の携帯に電話を掛けたが電源が入っておらず繋がらなかった。

会社にも電話をしてみたが仕事や会議で忙しく彼方此方を駆け回りなかなかつかまらない。
想いだけがただ募るばかりで…

もう永劫訪れないと願った孤独で眠れない夜が再び海を夜な夜な苦しめ子供の様に涙を流した。
彼なしに、自分は安心して眠ることさえ出来なくなっていたなんて…

「リオン…!」
「リーダー、どうか、しましたか。」

それからエミリオは携帯の端末を切った。
海の裏切りをどうしても許すことが出来なかったから。
きっとあれ以上にたくさんなじって傷つけてしまったら…そう考えると泣かすまいと決めたのに海の涙を一方的に見たくないから。
仕事に明け暮れ海を忘れようと、つきまとう自分の適わない存在である父親の劣等感を拭いたくて有りっ丈の余力を注いでいた。
どんなに近い存在でも所詮他人は他人で海の父親は自分以上に娘をよく分かっている。
どんなに足掻いても自分は父親にはなれない、戸籍で結ばれただけの…
その恐怖から逃れたくてもう身体は限界なのに忙しく走り回っている間は憤怒や海忘れることが少しでも出来たから、不眠不休で彼方此方働き飛び回り張りつめて研ぎ澄まされた神経に対し体力はどんどん落ちていった。

海もお互いが離れて比例する様に悪阻も相変わらずひどくなる一方で…精神的に落ち込んでしまい子持ちの身でありながら海は体調管理すらろくに出来なくなりついに倒れてしまったのだ。

「海…が…」
「大変だ、もう良いから早く奥さんの元に」
「…」

それを聞いたエミリオはただ後悔した、しかし、いいのか?
さんざん海を傷つけた身で今更海とどう向き合えばいい。
もう、彼の脳裏中には離婚か破局の二文字しかなかった。
償う術が分からず困惑する彼を怒鳴りつけたのは上司でプロジェクトのリーダーだった。

「お前、何してんだよ!奥さんが倒れたんだぞ!迷う理由なんかないだろ?さっさと迎えに行けよ!!安産祈願のお守り買い占めてこい!!」
「…っ、はい…!」

その言葉にエミリオは漸く自分の躊躇いに対し怒り飛ばした上司の表情をまともに見た気がして息を呑んだ…恐怖の対象だった筈の上司。その上司はバツイチだったから。仕事の多忙さですれ違いになったが最後、奥さんは家を出て行ってしまった。

その言葉はほかの誰以上に重く彼にのし掛かった。背中を向け上司は吐き捨てた。

「クリスマスまでクビだ!!代わりに新しい仕事をやる!
おまえが家にも帰らず仕事ばかりしてたおかげでだいぶ片づいたからな。
奥さんの傍に居てやれ。」
「リーダー…!」
「ったく、夫婦喧嘩は犬もくわねぇんだよ、さっさと奥さんに謝ってこい。」

緋色の髪を靡かせタバコを吸いニィッと不敵に笑った男に重なる幻影。
エミリオは頭を下げると目もくれずに走り出した。
幾人かとぶつかりながらも足を動かし走り抜けた。前よりも伸び逞しくなった肢体を振り絞り息を切らして。

「…馬鹿なのは僕だ、
許してくれ…」

携帯の端末に手を翳した、が、元々の充電が切れていたために繋がらない。

目の下にはくっきりとくまが浮かび息も切れ切れに疲弊した身体を鞭打ちひた走る。
世界を敵に回した自分を追いかけてくれた愛しい存在、彼女と結ばれた日を一緒に浴びたフラワーシャワーを思い返し神社に立ち寄った。

失いかけた存在、二度離れた存在の大切な決意を胸に秘めて。

行きつけの病院で海は厳しいと有名な産婦人科の先生にさんざん叱られた後だった。

エミリオが居なくなり精神的に不安定なまま食事も水すら飲めないくらいに悪阻が悪化してしまい、絶対安静だと言いつけられ入院することになってしまったのだ。

子供が居るのに体調管理もままならない…母親失格だ、その痩せた瞳には微かに涙が滲んで赤く充血している。

「もう、貴方1人だけの身体ではないんですよ。
ましてや二人の命を抱えているからこそ身体の管理だけは怠らないで下さい。妊娠中毒症になる前に入院していただきます。」
「えっ…あの…っ!いったん着替えを取りに行くのも…だめでしょうか」
「海さん、今私が言った意味分かりますか?悪阻の進んだ妊娠悪阻なんですよ貴方。」
「…すみません」
「だいたい痩せすぎです、これ以上は痩せすぎないように。辛くてもなるべく食べるように意識してください。着替えぐらいあの美形な旦那さんにでも頼めばいいでしょうに、」
「…!」

辛辣な口調ではきはきとカルテを読む医者に痩せすぎだと指摘され海は無意識に下半身の肉をつまんでみる。確かに顔はそげ落ちた気がする。でも相変わらずお尻の肉はそのままだ。

旦那さん、そういい残し出て行った医者に海は悪態付くしかなかった。
しかし旦那の事情などおなかの中の子供には関係ないのだ。今大事な神経や器官を作るために胎盤を通し栄養を採らねば元気に子供が生まれるわけもない。

唇を噛みしめ海は手にした携帯を怒りにまかせ病室の堅い壁に投げつけた。

「人の気も知らないで、何が旦那さん…エミリオなんか…、っ…!」

瞳の奥が滲んだ言葉につまり苦しくて喉を詰まらせた。泣き出しそうな空と海の気持ちは荒んでいた。初めての妊娠に期待や喜びもひっくるめた反面、怖い気持ちもないと言われたら嘘じゃない。

しかも、1番に喜んで欲しい、喜んでくれると信じていた彼の見せた怒りや悲しみを露わにした表情がますます海のただでさえ不安定な気持ちに不安要因を膨らませたのだ。

約束よりもサプライズの方が喜んでくれるというのは単なる海の思い違いだったのか。
父親ごとき、順番ごとき、どうしてそんなくだらない理由で…悲しさを通り越し海は些細なことにすら過敏なエミリオに対し怒りすら覚えた。
しかし、エミリオはそれが辛かったに違いないのだ。どんな理由があれども…

「…」

彼に対する不満は正直数え上げたらきりがない、しかし、それは彼も同じだろう。自分には女の可愛らしさはあまり自慢できたものではない。

仲違いは彼が他人で、深く想い愛し合っているからこそ起こるものだから。夫婦になったからにはいつものようにそれを受け入れてあげなければ行けない。

ただ好きなだけで結婚したわけではない。彼と家族になるからには覚悟していた。

だからどんなときも協力しなければいけない。最悪の場合このままなら離婚してしかし、自分一人で子育て出来るほど世間は甘くないのだから。

観念するように海は大人になれと、母親になるための生半可な決意を捨て真剣に、経済的に関わらなければならない、頼りになる両親も海外にいるのだからやはりこんな事態を招いたのはお互いだと言い聞かせ投げつけた携帯を拾い外に飛び出した。

ダイヤルナンバーを出してかけてみる。内心、出るはずない、今まで何度も掛け直しても彼は電源を切り断固として怒りを露わにしているのか出る気配がなかったのだから。

「ん〜…出ないに決まってるけど毎日同じパンツは、嫌だもの…!
すぐカッとなるし…本当に子供なんだから、それで父親になんかなれるのか…」

しかし、数回のコールもなくすぐに海の独り言は打ち消されることになる。
途端一週間ぶりの懐かしく馴染み深い声が鼓膜をふるわせたのだから。思わず息を噤んだ。
彼が電話に出てくれた…しかし心と裏腹に暗転して暗く重い雲が上空に広がり北風が吹き抜けた。もうすぐ雪が降るのだろう、電話越しに聞いた彼の声は懐かしく胸に沁みた。

「海…」

懐かしい、耳に溶け込む低くて、優しい彼の声に海は北風の寒さも気にならなくなった。

今、今謝らなければ…どうにかしなければ。この隔たりを解き放って歩み寄りたい。

昔の16歳のままの時が止まった自分だったらきっと出来なかった…だが今は大人になって働いているー生きている。
あの世界を抜けた、理想だった月の向こう側のこの世界のリオンとして。

電話越しでエミリオは後悔した。安産祈願のお守りをせっかく買ったのに壊してしまいそうなくらい握り締め切迫した声調で海に語りかけた。

「海、あのな…」
「…いいの、もう…」

しかし、彼の謝罪を遮ったのは紛れもなく海の柔らかで、しかし相変わらずストレートな口調だった。

「私、今更…もう貴方にどんな顔で会えばいいか分からないのよ…私、馬鹿だから、貴方の前から消えるしか思い浮かばなくて…」
「な、…何だと………」
「私、言い訳しても…エミリオとの約束を破ったのは事実だから。…本当にごめんなさい…!」
「待て、おい!」
「悲しませないって約束したのに…お父さん居ないエミリオの前でお父さんに一番に頼っちゃって…もう約束を破った私に貴方の奥さんで居る資格はないよ…もう、二度とエミリオの前に現れないから…っ
赤ちゃん、一人で育てるね…」

静かな海の決意、母となり見せた見知らぬ海の表情にエミリオは戸惑い困惑していた。だからカッとなってしまった。海を信じてやれなかったのは自分だ、順番が何だ。タイミングが悪かっただけだと言い聞かせればこんなにも胸の内が収まるのに。

「鍵は…「ふざけるな…」

日没は早い、瞬く間に辺りは暗くなり足下がよく見えず曇天の空は漆黒に包まれていた。

低い声に海は肩を跳ね上げた、しかしその声は携帯からではなく背中に浴びせられていた。

驚きに瞬き振り返れば息を切らしスーツを脱ぎ真冬にも関わらず息を乱し手には大量の安産祈願のお守りや数珠や破魔矢を手にしたエミリオが此方に向かって歩み寄り、強く海をその広い胸に抱き寄せたのだ。

「エ、ミリオ…っ!」
「お前は僕との約束を破っておきながらさらに破るのか…ああ女々しいさ!たかが約束だとお前は思うだろう、クリスマスもいつも正直どうだっていいんだろう?
だが…破られたら悲しくて悔しくて!お前が好きなんだから!イベントをお前と二人で過ごしたいと思ったら駄目なのか…?」

骨がつぶれてしまいそうなくらいの腕力で抱きしめられ海は昔の小さくて非力だった彼と違うあまりの馬鹿力に改めて男の本当の一応戦闘経験のある自分では全くかなわない底力に恐怖心すら抱いた。

しかし、海の瞳から零れた熱いそれは彼にも同じ物が溢れていた。

「エミリオ…ごめんなさい、ごめんなさい…」
「何故謝る!!僕を絶対離さないと、僕を幸せにしてくれると言ったのも嘘なのか…そんなの許さない!」
「だって、だって…私、どうすれば償えるのかな、どうすればいいの?もう分からないよ…謝るしか思いつかないよ…」
「だからってあんな紙切れ一枚で無かったことにするのか?出来るのか?
違うだろう、そもそも僕らは最初から何もかも違いすぎたんだ、」

海の涙を拭いながらエミリオは次にその腕の力を緩め優しく頭を撫で、そっと海の足下に屈みそしてその未だ微かに膨らんでいるのが触れて分かるお腹を撫でた。

そう、思い起こせば出会った最初から2人にはれっきとした壁、大きくて分厚い隔たりがあったのだから…

これからも夫婦という紙切れではない、心の底から互いを思い結んだ夫婦という未だくすぐったい間柄。お互い生まれた街も場所もとより世界すら違うのだ。
衝突だってするし譲れない物もある、数え切れないくらい喧嘩もするだろう。

お互いに意地を張ればますます今みたいに拗れたりもするだろう。

だが、大事なのは先の見えない未来じゃない。限りある抱き合っているこの今だから。

「そうしたら何度だって話し合えばいい、僕らは動物じゃないんだから。
どんな偶然でも僕らは確かに夫婦なんだ。
子供もすぐに産まれてもっと、どんどん家族も増えていく。お前も僕もうまく言葉に出来なかったりするだろう…悪いが何度だって僕らはぶつかる。」
「でも、私、もうエミリオを傷つけたくない、」

エミリオは首を横に振りそっと肌寒い風が吹き抜ける暗闇の中で抱き合い腹部を撫でてやると怖がらせまいと笑みを浮かべた。先ほどの怒り浸透した姿はもうない。

「海、それが家族と言うものだ。僕らはもう他人じゃない、お互い我慢だって必要だ、」

海は瞬きを繰り返しながらまたも言いよどむ

「私、エミリオの奥さんでいてもいいの…?」

エミリオは何度も頷くとそっと海を抱き締めた。

「頼むから、居なくなるなんてもう言うな…僕を1人に、しないでくれ…結婚しても相変わらず好きも何も言わないし淡泊だが、お前の嫌なところもたくさん知ったけれど…だが、それすらひっくるめてお前を大切にしたい…」
「エミリオ…」

海の戸惑いさまよっていた腕が漸くエミリオの背中に回れば二人はまたしっかりと抱き合いどちらともなく見つめ合う。お互いの瞳に映る二人、言葉は要らなかった。
言葉が無くとも伝える何かがある。

言葉無く見つめ合うとエミリオが瞳を閉じそれを合図に海もおずおずと瞳を閉じた。

「愛してるよ…」
「私、も…」
「なら、僕の目を見て言え」
「うん…私も…愛してる…」
「海……」

エミリオの大きな手が両頬を包み込み2人がそっとキスを交わしたとき、瞼越しに透けた光がやけに輝いて見えた気がして慌てて目を開けると海は思わず彼の肩越しに見た世界に瞬きを繰り返しその拍子にまた新たな涙が落ちる。

「わぁ…」

辺りは眩いイルミネーションに包まれ白銀がきらきらと輝いていたのだ。
感嘆の吐息を漏らしそして上空を見上げれば…漸く曖昧な曇天の意味を理解した。

「…綺麗…!」
「なるほど、雪か、通りで寒いと思ったが……」

無邪気な海の笑みにエミリオも歯を見せクールで鋭さを見せた表情は変わり陽気な笑みを浮かべた。

舞い散る雪がイルミネーションに輝き優しく降り積もっていく。

毎年12月になると病院の中庭にはにはイルミネーションが輝くのだ。

光は優しく2人を包み、お互い暖かな笑みを浮かべて微笑みあい、帰宅中の夫婦や看護師の視線を気にしないでまたキスをした。

「…そろそろ寒いから部屋に戻ろっか。」
「そうだ…お前!倒れたって!!」
「そ、そんなに慌てなくても…そのための入院だから…」
「何故外にいた!早く戻るぞ」「きゃっ、きゃあ…!」

入院。そのことばに血相を変え慌てて樽を担ぐ勢いで海を抱き抱え駆け出すエミリオの姿を焼き付けながら海は彼が買い占めた安産祈願のお守りを抱き締めて淡く微笑んだ。

「夫婦水入らずのとこすみません、そろそろ面会時間……うっわぁ〜…」

これはそんなひとつだけしかない聖なる雪の日の物語。

「先生、どうします?」
「仕方ないからもう一枚掛け布団持ってきてあげましょうか。」

ひとつの病室のベッドに寄り添い会う海とエミリオは完全に熟睡していた。海は無意識に彼の胸に擦りより幸せそうに腰に回した腕に力を込めるとさらにエミリオは抱き締める腕の力を強めた。

回り道をし、たくさんすれ違い衝突した2人。しかし、それらがなければお互いを本当の意味で理解し合えることはきっと無かった。すべてを乗り越えそして叶えられた願い。
2人なら行けるはずだ、その先の未来も、

信じよう、信じられるから。
終わらないその絆はもう新たに宿した命が示している。

幸せな寝顔で安らかに眠るエミリオは知らない、##NAME1##が父親と過ごした年月など2人が夫婦となり歩む年月が簡単に越えて行くことも。


Fin.

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