穏やかな波が打ち寄せるこのあの日あの時の君との出会いの場所で。 ただ君の幸せな笑顔を独占できるそんな、あまりにも幸せすぎる日々をただ、愛しく思う。 「………」 雪が吹雪く浜辺。 そこに座り込みすっかり冷たくなった指先を温めるように息を吹く1人の少年が居た。 「…寒い、全く…海はいつまで僕をこのまま待たせる気なんだ。」 凍てつく寒さにイライラしながらも自分のためにクリスマスの準備に燃える海の笑顔がやけにちらついて… 「あいつには適わないな。」 苦笑しつつもその顔は穏やかだった。 寄せては返す波。 孤独で寂しさだけが彼を支配していたあの頃が嘘のように穏やかで海のように満ち足りた幸せな日々。 それを与えてくれたのは紛れもなく海。 長い時を越えて巡り会えた奇跡をひしひしと噛みしめれば 寒さで凍えていても胸の内は暖かくて… 「!…」 物思いに耽っていたとき、ジーンズのポケットで鳴り響く携帯電話に伏せた顔を上げた。 掛けてくる相手なんてただ1人。 すぐさま黒のシンプルな携帯を不慣れな手つきで取り出せば揃いで付けたスカルと王冠をモチーフにしたストラップが雪に反射して鈍い輝きを放った。 ディスプレイには彼女の名前。 電話をかけてくるその相手は間違いなくただ1人。 「もしもし?エミリオ?」 受話器の向こうで息を切らしながら笑う声。 弾むようなその声に黒髪をさらりと筋張った繊細な指先でかきあげ、ふわりと紫紺の瞳が緩やかな弧を描いた。 「終わったか?」 そう訪ねれば海が笑顔で笑ってるのが安易に想像できた。 「うん、待ってるから早く帰ってきてね。」 「ああ。」 携帯電話越しに幸せそうに笑う海にリオンもつられて笑みが零れた。 氷のように冷めた紫の瞳の彼はもうそこにはいない。 電話を切ると降り積もった雪を踏みしめるように足早に歩き出した。 「ただいま。」 逸る心を押し殺してドアを開ける。 しかし、そこには笑顔で迎えてくれるはずの海の姿はどこにも見あたらない。おまけに不気味なくらい辺りは静まりかえっているではないか。 「海?」 テーブルに並ばれたおいしそうなオードブルやチキン。 リオンの大好きなキャラメルプリンケーキまであるのに肝心の海がいない。 嫌と言うほど味わってきた孤独。 その不安に駆られて海を探し回るリオンが勢いよくクローゼットを開けたその瞬間だった。 「メリークリスマス!!」 クラッカーと共にリオンの視界にまばゆい笑顔と柔らかな温もりが飛び込んできたのだ。突然の驚きに目を見開いたまま硬直するリオンなどお構いなしにサプライズ大成功と笑う海の姿があった。 「どうかな、びっくりした?」 「……おい、寿命が縮まったらどう責任をとるつもりだ?」 苦笑しながらも脅かされたのとまんまと海のサプライズに引っかかったのが重なって不機嫌な表情を浮かべながら海を抱き寄せた。 「つっ、くしゅん!」 くしゃみをした海に視線をやればやっとその変化に気がつく。 「……どうしたんだ? その格好…」 「かわいくない?…おかしくないかな?今日のためにねド〇キで買ったんだ。」 そう言われて改めて見る海の服装はよくTVで女性たちが着ているような赤いサンタクロースのワンピース姿。オプションで白い袋を持ち、背中はざっくりと開いていて覗くムダ毛ひとつない綺麗な背中が艶やかしく彼に魅せつけられていた。 ずっとその姿のまま自分を待っていたのかと思えば、嬉しさと驚きで混乱する思考の中、海の細い腰を抱き寄せた。 「エミリオ?」 「いなくなったのかと思って少し、不安になった。」 「…え…っ?」 「だが、そんな …可愛い姿で迎えられたから許してやる。」 ¨可愛い¨ 着飾った自分をいつも褒めたことなどなかったリオンが今、自分の目の前でそう面と向かって言ってくれた事。 海はあまりの嬉しさに白い袋に手を伸ばした。 「あのねっ、クリスマスプレゼントがあります!!」 「プレゼントだと?」 「うん!確かこの中に…」 そう言っておもむろに漁る海のまぶしい背中を黙って見ていた。色白ですべすべで甘い匂いのするいつものように触れたらきっとイルカの腹の様にしっとり貼り付くみずみずしさなんだろう。 「ひゃあー!!」 「!? 何だ?いきなり大きな声を出して…」 そう言って振り向いた海の顔は真っ青だった 「ケーキに服も準備したのに肝心のプレゼントを買うのを忘れてたの…」 「!な、何だそれは…本当に…おまえは見てて飽きないな。毎回必ず何かを忘れて…」 クックッと瞳に涙を浮かべて笑うリオンに海もただ照れ笑いを浮かべるしかなかった。 「うぅ…じゃあ、待って…!プレゼントは明日!明日買ってくるから!」 「いや、プレゼントなどいらないさ。」 「えっ?ど、どうして…」 ふと気がつけば海はそのまま抱き抱えられ、ベッドに優しく倒された。 「だから、今夜はお前が欲しい。」 「…!」 そう言うと、2人は言葉もなく口づけを交わした。 すっかり暗くなった部屋に差し込む月と星の光を受けて輝きを増す雪。ケーキに灯されたキャンドル。 君がいれば…君がいるから 最高のクリスマスだ。 「好きだ、」 「そんなのでいいなら…いくらでも、どっ、どうかなっ…」 「言ったな?」 満たされてゆく気持ちに比例して、リオンはひしひしと幸せを感じて瞳を閉じた。 そんな最高のクリスマスの奇跡。 今までXmasなんてイベントあの世界には存在しなかったし、知らなかったから。 教えてくれたのは紛れもなく海の存在だった。神様が降らせる雪は温暖なセインガルドには降らなかった雪、と言う物がこんなに甘く優しく降り積もるなんて。 雪が降った大地は静かに車の雑音を消し誰もが聖なる夜に祈りを捧げる。 fin. prev |next [読んだよ!|back to top] |