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「真紅」
SHORTSTORY

※私があなたを愛する理由series TIME
拍手お礼文その後。
 2019.10月某日
 CSファーストステージ・第3戦目

「ああ〜……!」

 試合が終わった。相手のピッチャーの完璧な抑え、そしてマウンドを満足気に去っていく。
 試合終了の声が響きわたった瞬間、海は祈るように組んでいた手をぱたりとおろした。
 自分が応援しているピッチャーが先発の今日、互いに今日負ければここで終わりという瀬戸際で逆転のチャンスは幾度も訪れたが向こうも同じく今日負ければ先に進むことは出来ない。恐ろしい打線の前に相手打者の短期決戦の男にそれはあっという間に。ヒットを許し、投手陣はことごとく攻略されてしまった。さすが元ピッチャーなだけある。相手監督の作戦勝ちだった。
 今年の雪の中開幕してから今まで繰り広げられてきた激闘のシーズンに終わりの文字が浮かんだ。
 ああ、今度こそ、本当に終わったのだ。落胆のため息が止まらない。来シーズンもあるが今シーズンはもう二度と味わうことはない。そう思うとまるで夏の終わりのような寂しさを抱いた。
 逆転勝利に強い球団の逆転劇を期待したが、それは叶わず、はるばる敵の本拠地まで応援に駆け付けたが、圧倒的に応援も本拠地ではないが為に完全なるアウェー戦で勝利した瞬間に飛ばす予定の風船だけが虚しく残る中、応援席側は落胆とそして、今シーズンの長きに渡る激闘の戦いに「お疲れ様」と敵地を去る選手たちへ慰労の拍手を選手達へと送ったのだった。
 そもそも彼女の地元に存在しない球団。そこで親子で応援している県外の球団が今回進出をかけ対戦相手の本拠地であるこのスタジアムにて試合を行うと聞き同じくその球団を応援している父親がCSファーストステージのチケットを買い占めていたのだ。
 さらに、敵の本拠地はすったもんだありながらもお互いに誤解の果てに無事に結ばれ、そしてただ今遠距離恋愛中の元上司そして現恋人が暮らす街である。
 彼と出会った大切な思い出の街の球場で海は今は応援している選手の背番号を刻んだユニフォームで全身を赤く染めていた。
 本当は毎日会えない彼に会いたくてたまらない。しかし、役席者の立場であり、最近は更に仕事が忙しくなり、その顔は明らかに疲れているのにそれでも強面の人相がお世辞にもよくない彼から「寂しいから週一で会いに来い」だなんて、滅多に口にしない男からの甘いその言葉に胸が高鳴って、自分よりも大人な男性なのに、愛しくてたまらなくさせるのだ。
 飛行機のチケットからデート代まですべて出してくれる自分と違い大人の男性である彼にこのタイミングで試合の後に彼と会う約束をしたらきっと情に絆され離れられなくなる。
 まして今自分は対戦相手の本拠地に住んでいる彼の球団とこの先に控える優勝を目指し試合をしているのだ。
 そんな切迫した状況でのんきに逢瀬なんかしてられない。
 それに、いざ会えばせっかく父があらゆるコネを使い買った倍率の高い試合のチケットよりも彼との時間を優先したくなるに決まってる。そんなことをしたら代わりに見届ける約束を破ったと父親を落胆させてしまうかもしれない。
 だからこそ敢えて今回は彼に会わないと決め、そして彼に見つからないように密やかに、そしてはるばる飛行機でここまで来たはいいが、結局勝利を収める姿もヒーローインタビューも見ることは叶わなかった。そして1日目にまさか会社の部下に連れられたまたま観戦に来ていた彼に何の連絡もなしに嘘をついて実は来ていたことが見つかってしまったのだ。しかも夜の速報のニュースで大口を開けでかでかと応援している自分の姿が映ったのだ。
 もう逃れようがない。

「残念だったね、海……」
「いいの、仕方ないよ…。負けられないのは向こうも同じだし…向こうの監督の判断もよかったし……打線がね、本当に強力だったもん……」

 敵の本拠地で多くのプレッシャーをその背に背負って最後まで投げきった投手達を今は褒め称えたい。海は来シーズンまでお預けだなとため息ひとつ。深々と頭に被っていたロゴの入った赤い帽子を潔く外し、長く帽子をかぶっていた為汗と湿気ですっかりペシャンコになった後ろでフィッシュボーンに束ねて纏めていた髪を手ぐしで整えながら野球に全く興味のない中、仕事で来れなくなった自分の父親の代わりに対戦相手の本拠地在住ながらもこっち側で一緒に応援歌を澄んだ声で歌ってくれた女神のような美しさと気高さを持つ友人であるヒストリアに感謝した。
 CSファーストステージ敗退となり、ここで今シーズンが終わりを迎えればもう対戦相手の本拠地に用はない。今晩の宿探しに帰ろうと立ち上がり球場を後にした。
 仕事始めの月曜日から急に報告もなしに役席の立場の彼が仕事を抜け出せるはずもなく。今晩は突然仕事を抜け出せないということでまたヒストリアに中抜けしてもらっていたのだ。

「ごめん、海。私明日も仕事だし、ユミルが待ってるから……」
「あ、そうだよね……ごめん! もう帰らなきゃだよね!」
「あっ、違うの!よ かったら海もどう?」
「そんな! いいの……! 大丈夫っ。ほら、世間一般は月曜日の夜だもん。無理言って付き合わせたのは私だし……ユミルとの時間を邪魔してごめんね。ヒストリア」
「いいの、気にしないで、私は大丈夫だよ」

 ヒストリアとユミルはいつも一緒でこちらまで微笑ましくなるほどにお互いを深く想い合い、お互いをとても大切にしている。
 まるで前世から何か惹かれ合うかのように仲睦まじい姿を何度も見て羨ましいと素直に思い、そして、自分も早く彼に会いたくなった。
 三日間に及んだ激闘の中で、二日目はまさかの野球の知識はあるが、試合観戦に興味のない彼がハイボールが飲めるならと一緒に参戦してくれたのだ。
 とりあえずチームカラーの赤の帽子をひとまず被せたのだが、大人の彼には本当に似合っていなくて大爆笑してしまってそれから……。
 ぼんやり彼のことを考えながらドーム前のバス停に向かって歩いていると、その視線の先に見えた見慣れた綺麗に刈り上げられ綺麗にセットされた黒髪が見えた。
 自分よりは大きいが他の成人男性に比べれば若干小柄な黒髪のスーツを着た目つきの悪い三白眼がこちらに振り返る。
 傍から見たら無表情ではあるが、海には優しい表情を浮かべているのが見えた。

「あっ! じゃあ海、私こっちだから帰るね」
「えっ、ヒストリア?」
「またね!」

 そうしてにこにこと、慈愛に溢れた笑みを浮かべて小走りで去っていくヒストリアをぼんやりと眺めていると、ヒストリアは2人の邪魔をしてはいけないとさりげなく気を回していなくなると、愛しい彼の名前を呼んだ。

「リリリ、リヴァイさん!?」

 目の前のこの人はわざわざ試合が終わるタイミングを観て自分を迎えに来てくれたと言うのか……。

 言葉数も決して多くはないし、にっこり微笑むこともないが、彼は自分とこうして恋人として結ばれる前から本当に男らしい優しさに溢れている人なのだということは身をもって知っている。
 さっきのファーストステージ敗退のショックから一転して愛しい彼の元にもし海にしっぽが生えてればブンブン振る勢いで嬉しそうに駆け寄ると、リヴァイさん。と、年下の彼女に呼ばれた男は振り返り自分の腕の中に収まる愛しい恋人を優しく迎え、帽子をずっと被ってぺしゃんこの頭を優しく撫でてくれた。

「お仕事お疲れ様です……! ドーム、駅から遠いし、今日は無理して会わなくても大丈夫ですって言ったのに、バスで迎えに来てくれたんですか?」
「ああ。仕事もちょうどよく終わったし、女1人で試合後の酔っぱらいも居る中うろつくのは危ねぇだろ。中継で観てたがやられて残念だったな、」
「本当に。そちらの監督の作戦と短期決戦のエースに完敗ですね……! てゆか、リヴァイさん、お仕事中にナイターで観てたんですね!」
「残業で気が滅入るからせめて観せろってイザベルがうるさくてな。しかし、お前は相変わらず何度もメッセージ送って電話したのに気づいてねぇよな」
「え? 待ってくださいね……あら! 本当だ!」
「お前どこのオバチャンだよ、ババくせぇリアクションだな、」
「あらっ! 誰がおばちゃんですか! リヴァイさんなんてアラフォーに片足突っ込みかけてるオッサンじゃないですか」

 その瞬間、そう言われた元上司でもある彼の表情は酷く険しいものへと姿を変えてゆく……。

「ほぅ? 言うじゃねぇか……そんな生意気なこと言うヤツにはメシ抜きだな」
「ええっ!? そ、それは、嫌です……」

 その言葉に試合に夢中でビールも飲まなかったらしい海はぎゅるるるるとお腹を鳴らしてあからさまにしょんぼりしている。お腹を空かせている目の前の海の姿に男は冗談だ、と確かに微笑んで優しさも忘れない。
 いつものドイツの高級ブランドのスーツを纏った姿はどう見てもカタギには見えないし無愛想で粗暴で近寄り難い人だと思っていた。が、彼だって生き血の通った人間だ。とんでもない下ネタを口にしたり軽口や冗談を言うこともある。

「でも……、リヴァイさんは明日もお仕事じゃないですか!? もう9時ですよ? 月9始まる時間だし……帰らなくていいんですか?」
「オイ……月9観てぇのはお前だけだ。それに、お前が俺の明日の心配なんかしなくていい、」
「でも……、明日私は地元に帰るだけですし……リヴァイさん明日に備えて家に帰ったらすぐ寝たいでしょう? 私ならどこかカプセルホテルとか漫喫で泊まって明日朝の飛行機で帰りますから……」
「お前馬鹿か? あそこは女1人で夜を明かすような場所じゃねぇだろうが」
「そんな……大丈夫ですよ? 私なんてだーれも興味持ちませんって、美人が多い県民の中でわざわざ私をどうこうする人なんていないでしょうに……」
「お前の県は毎年美肌ランキングの上位だろうが、」
「そ、それはたまたまですよ。日本海側は日照時間が低いとかなんとか「チッ、ぎゃあぎゃあ言ってねぇでいいから来いって言ってんだろ、俺といるのがそんなに嫌か?」
「そんな事ないです……、むしろ、ご迷惑じゃなければ私……一緒にリヴァイさんのおうちに……その、お泊まりしたいです」
「そうだ、素直になれ。お前は素直に甘えりゃそれでいいんだ、馬鹿野郎」

 本当にこのクリムゾンレッドのユニフォームに身をくるんだ彼女は相変わらず見た目は大人しそうなのに一本筋の通った女で、素直に「うん」と言わない人間だ。遠距離恋愛中の恋人の彼氏の家に泊るのに何がそんなに嫌なのか。
 まさか自分が潔癖症だからと遠慮しているのだろうか。

「あ、だめっ、あんまり近づいたらだめです……!!」
「何だ」
「だって、私、すごい汗だくだから……っ、どうしてこっちはこんなにあったかいんですか? もう10月ですよ?暑くて倒れそう……」
「お前の田舎が寒すぎるんだよ」
「あっ! 今さりげなく私の地元を馬鹿にしましたね!?」
「電車が無ぇ、バスも一時間に一本、車は1人1台なんてまさに歌に出てくるような過疎地に住んでる地元じゃねぇか」
「んまあっ!!」

 海は美人が多い県民在住のリヴァイがどうして県外の凡人の自分を選んだのか?信じられないと言わんばかりに何度も確認するようだった。
 確かにテレビではこぞってリヴァイの住んでいる県民はみんな色白でスタイルもいいと報道されていたり、そして海が言う通り、ここ出身の芸能人はみんなスタイルも良く、美人が多い。
 あまり気の長くない彼は苛立ちながら遠慮しているのかもしかしたら自分の家に泊まりたくないのかとにかく言い訳を並べて遠慮する海に対して苛立ちを覚える。しかも自分に試合観戦の為に滞在していることが見つからなければ素泊まりでいいとのんきにカラオケボックスや漫喫で夜を明かしていたに違いない。
 無防備な海が今まで襲われなかったのは運がいいとしか言いようがない。
 遠慮せずに自分のマンションに泊まればいいのに翌日の仕事を見越して遠慮する海の手を問答無用でリヴァイは掴みバスに乗り込んだ。

「おら、奥に座れ」
「はい、」
「飲むか?」
「あ、すみません……」

 二人並んで座り、海を窓際にやると買っておいたペットボトルのジャスミンティーを手渡せば、海は余程先程思い切り応援して踊って喉が渇いていたのか、ミルクを求める赤ちゃんかってくらいに思い切り吸い付いて一気に飲み干した。
 バスに揺られながら激闘の熱が残るドームを去る。海はうとうとしながら長い睫毛が何度も何度も瞬いてこっくりこっくり舟を漕ぎながら応援疲れで眠ってしまいそうになっている。

「着いたら起こしてやるから寝てろ」
「はい……」

 バスの乗客のほとんどは皆リヴァイと同じ県民が応援している白地のユニフォーム姿の者達で溢れかえり、今日の試合の感想を口々に話している。
 相手投手の話なども飛び交うその中で、敵地のクリムゾンレッドのユニフォームを着た海と衣替えとクールビズが終わり普段のHUGO BOSSのスーツ姿の自分は明らかに浮いているが男はどうでもよかった。バスの揺れでもたれながら自分の肩に顔をうずめたまま、すやすやと子供のようにあどけない寝顔で眠る海。
 自分だけがずっとこの無防備な寝顔をこれから独占できるのだと、そう自惚れていたくなる……。
 無言で肩を抱き寄せ男はその寝顔をいつまでも見つめていた。
 明らかに周囲から浮いている2人はそのまま彼の自宅がある郊外のマンションまで戻るのだった。

Fin.
To be continue…Going under

2019.10.14
2021.04.12加筆修正
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