SHORT | ナノ
「それでも世界は美しい」
SHORTSTORY
調査兵団の大事な任務。壁外調査。お金も人員も全てを総動員して私達は人類のために戦い続ける。壁の外はそう、私たちにとっての自由。
今回の壁外調査・・・思い出したくもないほど本当に酷い、有様だった。
あの悪夢のような雨の日を生き延びた私とリヴァイはあの日から調査兵団で心臓を捧げる決意をした。幾つもの死線を乗り越え、仲間の屍を踏みしめて尚も進まなければならない。そう、全ては巨人のせい、人類をこの壁に閉じ込めた【巨人】をこれからも掃討し、駆逐してゆく為に、彼と共に駆けるのだ。
多くの犠牲を見てきて、自分の心が壊れそうになりながらも今もなんとか私の隣にはリヴァイが居て、ずっと出会った時から、お互いに支え合い、唯一の仲間として生きていた。けれど・・・今回の壁外調査、私が足を引っ張ってしまったせいで分隊長ひっくるめて全滅し、私も危うく食べられそうになった時、助けに来たリヴァイは私を助けるために躊躇なく口内に飛び込み大怪我を負ってしまった。
怒号が聞こえる。ああ・・・みんな私のせいだ。だから、なんと責められても全て仕方ない、みんな、仕方ない。ただ受け止めることしか出来ない。
「申し訳ありませんでした・・・」
「何が調査兵団だ!お前みたいな子供が何で無傷で分隊長が犠牲にならなきゃならないんだ!返せよ、俺の息子を返せ!」
「すみませんでした・・・」
今回の小規模の壁外調査。見たことも無い奇行種の群れが来たのが全ての失敗だった。そもそも調査兵団は成功したことがあるのかな?そう思うほど調査兵団はいつもボロキレのようになって無念の帰還を果たしているというのに。
勿論、出発前に見守ってくれていた人達の帰ってきた時の変わり様。冷めた瞳を忘れたわけじゃない。
分隊長を失った父親に石をぶつけられ、皮膚の薄いおでこからとめどなく流れる血に視界が遮られた。一瞬、私から流れた血に狼狽えていたが、分隊長の父親は私を睨むとまた居なくなってしまった。これには流石に応え、私は涙を隠して謝ることが出来なくなってしまった。逃げるように列に戻ると荷台に居たリヴァイが低い声で吐き捨て私の額に触れた。
「ひでぇことしやがる。」
「リヴァイ・・・」
「帰ったら俺の部屋に来い。」
「うん、・・・。」
短くそう告げ、リヴァイは血が滲み見るからに痛む肩を包帯に包んでいるのになんてことは無いとすたすた歩き始めたので慌てて肩を貸してやる。
ファーランの居ない部屋、リヴァイは1人になって何を思ってここで、過ごしているのだろう。
ベッドに二人並んで腰掛けると、リヴァイがおでこに消毒を施してくれた。ガラの悪そうな見た目の割に几帳面な彼はきっちり処置を施してくれる。いたわるような優しい声、触れる手つきも。けど、けれど、その優しさがさんざん責められた今は辛い。沢山の人を見殺しにした自分がのこのこ生きていてもいいものなのか、底なしの強さの彼を慕う人達が出てくる中、人を惹きつけるカリスマ性のある彼を尊敬や羨望の眼差しで見つめる民衆も増えてきた。この調査兵団を背負うであろう彼の隣に私なんで、ふさわしくないんじゃないかとさえ、感じてしまう。
「ねぇ、リヴァイ。お願いだからもう優しくなんてしないで・・・優しくされると・・・余計にみじめになっちゃうのよ・・・」
「・・・優しくなんてしてねぇ。お前の心配をして何が悪い。それに、お前の父親とも約束をした。嫁入り前の身体に傷跡なんか残せるか。」
「そんな・・・大丈夫だよ?私のお父さんはそんなことで怒ったりたりしない人だよ。」
「・・・お前は知らねぇんだよ。あの男の恐ろしさをよ・・・ついでに、お前の母親にも念を押されたからな。」
労わるように優しく触れてくれるリヴァイ。まるで本当の兄の様、というか私にとっても彼はいつでも頼りになるリヴァイの兄貴だ。彼を慕う気持ちは変わらない。
けど、私はこのまま生きててもいいのかとさえ、迷ってしまいそうになる。さっきの分隊長のお父さんみたいになじってくれればそっちの方が気が楽だ。
「ねえ、あの時。どうして私だけ助けたの?分隊長を先に助けることも、出来たのに・・・お前が死ねばよかったんだって・・・言ってよ。私が、分隊長の代わりに死ねば・・・」
口に放り込まれそうになった時、分隊長も手を伸ばしていた。俺も助けてくれと、その瞳が訴えていたのに、リヴァイは躊躇いもなく彼を踏み台にして迷わず私を助けた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ・・・お前、ふざけるなよ。お前まで死んだら俺はどうなる・・・!?お前まで失ったら・・・この先、誰とこの苦しみを分かち合えって言うんだ?俺は、何人死のうが俺の率いる隊が全滅しようが、お前さえいてくれればそれで構わ「なんて事を!そんなの!ダメ!!」
自嘲する私をいい加減にしろ、と。叱りつける普段冷静な彼の突然の怒号に思わず竦んでしまった。けど、言いかけたリヴァイの言葉を遮る為に私も負けじと叫んだ。そんな物騒なこと、誰かに聞かれでもしたら・・・。
「私だって・・・!リヴァイが大切だよ!だから、私のために無茶しないで、傷つかないで・・・!」
「お前が隣に居てくれりゃあ、俺がどうなろうがそんなこと知るか」
「ば、ばかっ!何てこと言うの!?あなたは、人類の希望で、近い将来調査兵団の未来を背負う人だって、みんな期待してるのよ?どんどんみんなが死んでゆく中で、私は、お父さんとお母さんが有名な兵士だったからってだけの・・・名前だけの、それだけの存在なの。でも強さは遺伝しなかったし、私のせいで私より価値のある人達が死んでゆくなんて、耐えられない。」
「ふざけるな!お前は価値のねぇ人間じゃねぇ、少なくとも俺にはお前が必要なんだよ!」
「どうして?私なんて、あの時リヴァイに助けられてなかったらただの家畜に成り下がってただけの女なのに・・・!」
急に視界が反転して、見上げた先には天井とリヴァイの鋭く鷲みたいに真っ直ぐなグレイの瞳が飛び込んできて。
「黙れよ。父親から無理やり引き離されて地下街に連れてこられて、きたねぇ淫売宿に売られて、ボロきれみたいに助けてくれと、泣いて俺に縋ってきたのはお前だ。・・・お前を娼婦になんてさせてたまるか。俺以外のきたねぇ豚野郎共がお前に触れるなんてゾッとする。」
そして私はリヴァイに言葉を塞がれるように唇を奪われていたことに気付いた。突然のキスに戸惑い呼吸なんて上手にできなくて、苦しくて思わず胸板を叩くと怪我をした傷に触れたのかリヴァイも苦痛に呻いて唇を離した。
突然のキスにうまく息ができない。いつもキスをするのは、男だから命の危機に瀕する生存本能が子孫を残そうとする為の衝動的なものだと思っていた。そして、言葉にならない悲しみを散らす為に衝動的に抱いてるのだと思ったのに。リヴァイは無言で私をベッドに突き飛ばした。
「っ・・・」
「あの日、・・・お前を抱いたのは怒りや悲しみをお前にぶつけて発散したかったワケじゃねぇ。俺にだかれた時、お前はどう思った?」
「・・・私、は・・・」
「言えよ、海。」
するりと首筋の青々とした脈に触れられ、リヴァイはまるで目の前の私の生を確かめるように触れた。あの日、・・・イザベルとファーラン、私の父親、みんなが死んでしまった日。いつも強くて落ち着いているリヴァイが最初で最後に私に見せた涙。
私を抱きしめ声を枯らして喪失に泣いた日。泣きながら私を求めたリヴァイを受け止め私も泣いたんだ。
あの日を境にリヴァイは壁外調査や人が死ぬ度、夜な夜な私を呼び出して私を激しく抱いた。いつも人類の期待を背負い戦う彼の唯一の捌け口になるならそれでもいいと、そう思っていたのに。
「・・・髪、」
「ん・・・?」
「あの時よりだいぶ伸びたな。」
「ああ・・・リヴァイ誘拐事件の時から伸ばしてるもんね。」
「なんて名前つけやがる。喋る余裕があるならもう1回ブチ込むか?」
「遠慮します!!」
リヴァイは怪我をしているのに血のにじむ包帯なんて気にもせずにいつも通りさんざん私を抱いたあと、身体は繋がりあったまま抱き合いベッドで横たわりながら優しく頭を撫でて吐き捨てるように呟いた。
「どんくさいお前に向いてねえ調査兵団なんかさっさと辞めろ。とっとと俺の子孕んで、俺の女になれ。」
「え・・・っ!?ええ!?」
思いがけない言葉に目玉を丸くするとリヴァイは止血した私のおでこにキスをくれる。てっきり私が手頃な女だから抱いてるのかと思ったのに。
「あの・・・意味、わかって言ってるのかな・・・?」
「毎度命削らして疲れて帰ってきて・・・好きな女抱いて安心して癒されたいと思って当然だろ。」
「え?」
「抜くぞ。」
ゆっくり、私の中に埋めていた自身を引き抜きリヴァイはさらさらと流れる私の髪に触れていた。
「お前みたいなおっちょこちょいの危なっかしい女、いつくたばっちまうか心配で俺の心臓がいくつあっても足りねぇよ。どうする。」
「ええっと、私の・・・服、かえして、」
「俺の言うことを聞きゃあ返してやる。一言わかったと言え。」
「ちょっと待ってよ!裸で女子部屋になんて戻れないよ!」
「なら選択肢はひとつだけだ。わかったか?」
「えっと、あの・・・」
「俺が嫌いか。」
「そんな!」
馬鹿なことを。彼を厭う理由なんてどこにも無い。むしろ逆なのに。恥ずかしくてたまらないから黙ることを覚えた私にリヴァイは有無を言わさずにぐいぐい迫ってくる。
調査兵団を辞めてリヴァイのお嫁さんに、そして母親になる。それもいいのかもしれない。けど、けど、この残酷な世界で生まれた子供は果たして幸せになれるのか・・・。
「ごちゃごちゃ言ってねぇでとっとと俺の女になれ。」
「・・・うん。でも、調査兵団は辞めないよ。」
「どうしてもか。」
「危険な壁外調査を続けるあなたの帰りを壁の中の安全な所でひとりお腹の子供と待ち続けるなんて私には出来ない・・・それに、あなたに守って貰おうなんて私はこれっぽっちも思ってないから。自分の身は自分で守るわ。」
それに・・・
「お腹の子供も、リヴァイも守ってみせるから。」
「は・・・本当に、お前には適わねぇよ。」
未来がこの先どうなるかなんて、今の私たちにはわからない。でも、同じ痛みを知るこの人とならきっと幸せになれるって、本能が分かる。
「お前・・・何者だ?」
「好きよ、リヴァイ。あの日、私を見つけてくれて、ありがとう」
父と母がこの世界で出会って、そして私を産んでくれたように、私は生まれたからリヴァイと言うかけがえのない、大切な人に出会えた。うん、貴方の居るこの世界は今日も明日もこんなにも、美しい。
Fin.
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