夥しい量の汗が枕を濡らし、窓を開けると春の香りが彼女の柔らかな髪の横を駆け抜け苦しむ彼の汗で張り付いた漆黒の艶がかった絹糸の様に美しい黒髪を流れた。
身体が酷く重い。見えない誰かが上から押さえつけている様なそんな気がして仕方なくさせる。
節々や筋肉が軋み頭が割れそうに痛い。しかし生きていた事実に押しつぶされ焦るリオンに反しふと緩やかな手付きで髪を梳くその暖かな、汚れを知らない、その手付きの心地よさにただ酔いしれ、そしてまだこの微睡みの中に身を置きたいと浅ましく願うもう1人の自分が居た。
見ず知らずの女に何を求めている。酷く、この手を無意識に浅ましく縋り付きたくさせる。
「大、丈夫? リオン、君? ちょっとお熱計るから耳、貸してね?」
しかし、問いかけるにも身体は先程無理したからか、鉛の様に動かない。スタンに切られた傷口が激しく痛むが、それでも必死に口を開き、見ず知らずの女。確か海、(しかし呼ぶまでもない。)に問いかけた。
終わり無き自問自答が彼の脳内をループする。どうして、何故、自分は、生きているんだ、今まで仕えてきた王城に欺き国宝でもある「神の眼」を盗んだと知られたのならば結局生きながらえたところで、間違いなく死刑台送りだというのに。自分は相当神に見放されている様だ。
違いない、リオンの犯した罪の数は最早、地獄に堕ちても償いきれそうもないというお導きか、生きてこの罰に苦しみ、そして温もりを求めることなどあってはならない。こんないたいけな少女を巻き込むなんて。
「え! さっ、38度!? たっ、大変、熱酷いね」
耳から離れた冷たい変な雑音がするあの不可思議な機械で僕の体温を測定するとは
この世界にそんな発達した文明が存在していたと言うのか?
神の眼はどうなった、リオンの疑問符は先程から浮かんではまたとめどなく浮かんでくる。
「おい、お前に聞きたいことが……」
「えいっ!」
「うっ!」
しかし、彼の気持ちなどお構いなしに海はぱたぱたと機敏に動き回り急に厚い布団を僕に覆い被さる様に掛けたのだ。
「リオン君……大丈夫だよ、怖がらないで。私、貴方を食べるために貴方を海から助けた訳じゃないから、ね?」
馬鹿か貴様は、何が、怖がらないでだ。リオンはますます訳がわからなくなり目を泳がせた。凶器を突きつけた自分自身に対し怯えている癖に。
リオンは内心悪態付くも、不思議とその空間に順応になじもうとする自分にまた違和感を覚えた。
「お前、」
「え?」
「僕が、怖くないのか?」
束の間の静寂が流れるこの部屋で。うっすら瞳を開ければリオンの髪を変わらずに撫でるその女の顔を初めてリオンは目の当たりにした。
自分を驚いた様に見つめる大きな瞳。不思議な、顔立ちだと思った。美人とも可愛いとも十人並みだがあの世界の女共とは違う、落ち着いて睫毛や鼻の高さや唇の形も、シャープな顔立ちの女は少し長い前髪を顔に掛けながら静かに赤い唇が微かに震え、しかし彼の視線を逸らしたまま海は静かに呟いた。
「ごめんなさい。本当はすごく、怖かった。此処に刃物を当てられた経験なんてないもん」
やはり、この女は。リオンはとっさに察知し理解したかの様に彼女を見つめると言うよりは鋭いまなざしで睨みつける。殺しを知らない。
戦いとは全く無縁の世界で生きてきたと俄に感じ取った。
「なら「でも、すごく……怯えた悲しい目をしていたから、きっと私には全くわからない、リオン君はあの海ですごく怖い思いをしたんだね」
ふわりと、穏やかに自分を見つめる海の無垢な瞳はリオンには猛毒の様で。しかし、絆されてたまるか
眉間に盛大に皺を寄せまた寝返りを打ち彼女に背中を向けリオンは瞳を強く閉じた。マリアンの言葉が欲しい。
マリアンの温もりが欲しい。
――「僕は、リオンだ、リオン・マグナス……ヒューゴの道具さ……要らないんだよ……! エミリオなんて人間誰も必要としていない……僕は、っ……ひとりぼっちだ………!!」
「自分は道具だなんて言っちゃ駄目!!」
ヒューゴの駒としてでしかない自分を否定してくれたのはマリアンだけだった。違う、こいつはマリアンじゃ無いのに、マリアンの面影をこいつに見出そうとしているもう1人の自分が酷く苛立って仕方なくさせた。
「あっ、お薬? ん〜その前にお粥だよね、」
緩やかな髪が踊る様に揺れる。
「じゃ、じゃあ待っててね。今お粥作るから、」
女と不意に視線が交われば女はまた穏やかに、眩しすぎる笑顔を浮かべて部屋を出ていった。再び訪れた静寂、
己の髪に触れた柔らかくいい香りのするあの震える指先の温もりがどことなくマリアンの姿と重なり懐かしくさせた。
ただ、その笑みが、その温もりがこの胸に染み込み消えてゆく様だった。リオンはあの女から殺意や、身を滅ぼす得体の知れない気配を感じないと確かめ、傍らに手放さずに護身用にもなりはしない千枚通しをそっとベッドの下に落とし瞳を閉じた。
今の彼は未だ知らない、このベッドで何れ抱き締め感じる温もりを。彼を助けたまだ小さな少女が、彼の、――不意に口唇に触れてみればやけに温かく感じた。
不規則に聞こえた彼女が不意に口ずさんだ歌と野菜を刻む音が響き、やがて懐かしい香りが鼻腔をすり抜ける。頭痛と高熱に魘されながら暫く、思考を張り巡らせていた。
裏切り、最後まで僕に手を伸ばした仲間達は果たして。姉さんは無事だろうか。ヒューゴに、あの男に殺されては居ないだろうか。
マリアンが無事ならもう、自分はどうなろうが構わない。マリアンだけだ、マリアンと、シャルだけがいつも側に居て、支えてくれた。客員剣士に就任した同じ日、16歳の誕生日を迎えた日。
あれから、全ては軋む音を立てて崩れ落ち、運命の歯車は、終末へ向かい回り出した。見返りなんか知らなかった。
ただ、自分のこの自分でもわからない感情が"無償の愛"だと信じて疑わなかった。届かない愛と知りながら、あの痛みさえ愛しかったんだと。
だから、マリアンへの思いをずっと抱いていて眠りに落ちたい。叶わなくて、構わないから。
その苦しみも切なさもひっくるめて欲しかったんだ、愛が。
一途すぎた、純粋な少年の愛は彼を深い希望と絶望を等しく与えたのだ。リオンはそんなことを思い一頻り考えた後、マリアンと踊ったワルツを思い出しながら微睡んでいた彼女の良い香りを漂わせた何かと、あの女の歩く小走りの足音に素早く意識を浮上させた。
振り返れば短い人生、今までぐっすり眠った記憶がない。うっかり深く眠ればその隙に誰かに殺される、そんな気がしていたから。
いつからだろう、ぐっすり眠れなくなったのは、いつからだろう、怖い夢しか見なくなったのは。
「リ、オン君、大丈夫?」
――最悪だ、お前じゃないとリオンは内心彼女の苛立ちを覚えた。助けてもらったくせにと思うが、残念ながら助けて欲しいと自分は彼女に縋った覚えはない。
「今、熱さまシート貼るからちょっとおでこ失礼」
だから、その「君」付けは止めろ。
ましてや、気安く名前を呼ぶな。リオンは不快と疑問に爆発しそうな思いを必死に押し殺しながら眉間にますます皺を寄せ柳眉を歪める。
さっきからこいつは仮にも彼は大国セインガルドの客員剣士と言えば普通は"様"付け呼ばわりなのだが。馴れ馴れしく「リオン君」と、そう呼ばれ、何なんだこの女はと海の優しい笑顔に微笑まれてやや顔から火が出そうにもなった。
気怠くて仕方ない、動けない身体に無視を決め込めば構わず海はリオンの前髪を気安く掻き上げるとそっと、相変わらず声は無理矢理平気な振りをしているが微かに震える指先は未だ自分に怯えている。そしてそのまま冷たい何かを勢いよく彼の額に貼り付けたのだ!
ヒヤリとした感覚にこれにはさすがのリオンも飛び上がった。急に人体急所の一つでもある額に何か、得体の知れない何かを貼り付けられ、これには流石に驚きが隠せない。肩を跳ね上げ情けなく声を漏らしてしまった。
「うわっ!」
「あ、冷たかった? ご、ごめんなさい。そんなに、睨まないで」
からかう様な海の口振りにリオンはまた彼女を睨みつけた。落ち着け、いちいちこれしきのことで動揺していたら身が持たないだろう。
なんだ?冷たいだけではない、やたらと肌に張り付き何処かプリンの様に柔らかくて…気持ち悪い。
「おい貴様!! いきなり何をする!!」
「そんな潤んだ瞳で睨まれても怖くありません……! 落ち着いて、これはね、熱さまシートって言って熱を冷ましてくれるの」
熱さまシート?便利だよね、と少し凄みを感じさせられる笑顔で。熱覚ましとシートをかけるとは馬鹿の考えることだ。
「じゃあ、食欲ある? お粥食べさせるからちょっと起こすね。」
「いらん、そんなもの。」
しかし、その言葉と裏腹にリオンの腹は飢えており、静寂に聞こえたのは確かに空腹を訴える音。海が微笑みながら蓮華を突き出しても彼は黙りを貫くばかりでその口を開こうとはしない。
「あ、あの、リオン君、食べたくない気持ちは分かるけど食べないとお薬飲めないからちょっとでも食べよう、ね?」
「食欲がない、寝てれば直に治る。だから、僕に構うな。」
倒れていた彼を介抱してここまで連れてきた海はいい加減に怒鳴り声を張り上げたくもなったが必死に唇を噛みしめ努めて笑顔の仮面を張り続けた。
怒りは後悔で終わるのだから必死に耐える。内心は怖い。横目で睨まれれば海は盛大に肩を跳ね上げ盛っていた蓮華を落としかけるがしかし、それでもにっこりと無邪気に笑いずいずいと蓮華に盛られた茸や葱や香辛料の香りがする梅肉が絡んだ粥を押しつけてくる。
リオンはそれを迷惑そうに呑気に笑みを浮かべる海を睨みつけてシャルがあればこんな女今すぐ切り裂いてやる。と思った。
感じたことのない味わうことのないそれは恐ろしい目に遭わせてその浮かれた笑顔を曇らせてやる。
「だめだよ、食欲が無くても食べなくちゃ。
お薬飲めないよ?」
「煩い、黙れ。」
「駄目なものは駄目よ。ゲーしてもいいから食べて。」
駄目だ、こうなったら仕方ない。
仮にも自分を助けた海の小言に耳を塞ぐ様に静かに気怠い身体を必死に揺すり起こしベッドボードに背中を預けた。
やはり熱は思った以上に酷いらしい、怠くて思うように動いてくれない。
頭が殴られた様に、まるで第二の心臓がある様に早鐘を鳴らし痛くて仕方ない。
「汗びっしょりだね、潮臭くない?後でシャワー浴びた方がいいね。」
お前は何様だ。
リオンの意見や睨みにも笑顔ですり抜けてみせるから眉間に盛大にシワが寄る。
どうやらルーティの姉さんの様なざっくらばんとした気の強いさばけた女ではない。
かと言ってフィリアの様な淑やかさや清廉さは皆無。
チェルシーの様な背伸びをした小生意気な子供ではなさそうだ。
蓮華に息を吹きかけ冷ましている女を見つめてみる。
伏せられた長い睫毛が影を落とし、結われた髪が垂れた後れ髪を残し、彼の住む世界には無い不思議な顔立ちが幼い顔立ちをしているのに時折見せるしとやかな色香を感じた。
マリアンと同じ仕草や、時に厳しく、そして穏やかな笑顔で辛さや悲しみを受け入れてくれる瞳。
無意識に彼女から目を反らせなくなっていたことに気が付いた。
そしてひとしきり何かを考え込むと差し出された蓮華に盛られた粥を、
「はい、あーん♪」
!?
それは、満面の笑みで蓮華に盛られた冷めた粥を口に近づけたのだ!
内心、驚いた様な彼の姿に笑みを乗せた。
「はいっ、食べれないでしょ?」
「い、いい!」
「遠慮しなくて良いから、ね?」
「や、やかましいッ!貴様の施しなんぞ受けん!」
見ず知らずの女に食事の世話をされるなど。やはり遠慮すると首を振り怒号を張り上げ拒むが、熱がある所為で視界が滲む、いつもの様に弱者共を威圧する貫禄をまざまざと見せしめることが出来ない。
こうしている間にも女の笑顔は更に近づくばかりで、今にも唇と鼻が近付いて触れてしまいそうだ。
彼の気持ちに反し益々熱を帯び更に頬に赤味が増した気がするのは。
「遠慮しなくていいよ。
ほら、あーん、ね?」
満面の笑みで、リオンの気持ちなどお構いなしに笑う海の愛らしい笑顔が、下らぬ情に絆された奴らとの馴れ合いが大嫌いな彼にとって本当に心底苦手な存在だった。
嬉しそうに笑い楽しそうな彼女の笑顔と湯気の立つ粥が早く食べてくれと催促する。
拒みたいのに、そんなもの、振り払ってしまえばいいのに、其処にはその優しい花の様な戦意すら奪う笑顔があり、それを拒めない自分が居た。
仕方なく無理矢理差し出した海の「あーん」でお粥を食べ始め、こみ上げる羞恥に彼の中で何かが崩れ落ちてゆく。
やがて、恥ずかしいのも具合が悪いのも構わずにどんどん一気に食べ続けた。
「よかった、食欲はあるんだね。」
「ああ、」
お前が、無理矢理押しつけるからだ。
内心毒づきながらも気付けばリオンは土鍋一杯だった粥をいつの間にやら完食していたことに気が付いた。
にこにこと無邪気に、リオン君の為に作ったんだ、と笑う女の笑顔とマリアンの優しい笑顔が重なる。
「よかった、全部食べてくれて。
いつもは、ねっ、私が具合悪くして作って貰っていたから、ちゃんと、おいしく作れるか不安だったの。」
一瞬だけ、悲しく睫毛を伏せたその声が、心なしか震えて今にも凍り付いて粉々に砕けて消えてしまいそうな気がした。
「あっ!お薬飲まないとね!」
しかし、次に顔を上げればまたいそいそとトレイに土鍋を乗せ、そう告げて趣ろに立ち上がると、女は薬を取りに小走りで居なくなってしまった。
走る度にゆらゆらと揺れる彼女の触れたら柔らかそうな長い髪、折れてしまいそうな程に華奢な後ろ姿、ふわりとした甘い砂糖菓子の様な雰囲気に包まれた彼女の笑顔。
潜り込んだ毛布からは柔らかな花の香りが再び深い睡魔へとリオンを誘う。
意識が落ち掛けたその狭間、彼女の小さな背に、同じ何かを感じた気がした。
深い、深い孤独の闇を。
自分が生きていることにまだ動揺は隠せない。
「マリアン・・・教えてくれ
何故、どうして僕は生きているんだ」
その答えは、誰も答えちゃくれない。
虚しく静寂を引き裂くだけだった。
向けられる媚びた胡散臭い女共の笑顔にはうんざりしていた彼に笑うあの女の弾ける様な笑顔。
微睡みの中、少しだけ穏やかな気持ちを取り戻せそうな、そんな気がした。
そして、彼はやがて驚愕の事実を知るのだ。
「はい。」
「すまない」
「ちょっぴり苦いんだけど、よく効くからちょっと我慢してね。」
苦くて不味そうな粉条の薬が彼女から手渡される。
薬は苦手だが、こんなに世話になっているのにもう子供じみた我が儘も言っていられない。
それに、見ず知らずの女に頼り駄々をこねて甘えるなど絶対に嫌だ。
顔を盛大にしかめ、意地で無理矢理薬を飲み込み、吐き出しそうな気持ちを堪えて水で一気に流し込んだ。
「あっ、だ、大丈夫っ!?」
たまらず嗚咽間に襲われたが背中を優しくすりすりと小さな手が擦る感触が鬱陶しくてたまらず女を睨みつけた。
こんなので本当に治るのか?
即効性が無いのなら切り落としてやる。
リオンはあの旅以上の怒りにただ顔を歪めて女に背を向ける様にベッドに転がった。
「よし、じゃあ、後は寝ててね。
何かあったら呼んでね。
夜になったらまたお粥でもプリンでも持ってくるから、ねっ」
ふわりと笑い、優しくリオンにそう微笑み笑う彼女が部屋を後にしようとした瞬間、無意識だった。無意識のうちに女の手首を掴んでいた。
「えっ?
どうしたの?」
「なぁ、ここは・・・一体どこだ?」
そして、抱いていた胸の不安をたまらず口にする。
そうだ、流れ着いたのなら
世界を回ったなら此処が何処かだなんて容易く解る。
だから、熱が下がったら、セインガルドへ行こう…暫しの休息に瞳を閉じて。罪を償わねばならない。それならばその前にマリアンにもう一度会いたい、無事でいてくれ…!!
しかし、その言葉は呆気なく、打ち砕かれ、リオンは一瞬にして奈落の底へ突き落とされたのだった。
「え?どこって、日本、だよ。」
「二本?」
「うぅん、に・ほ・んっ!」
日本・・・だと?
否、そんな地域も場所も、今まで世界を巡ってきたが、それでも知らない国が存在していたなんて。回る思考回路に高熱が重なり混乱してしまいそうになる、
「ねっ、ねぇ、リオン君はセインガルドの人なんでしょ?ネットで調べたんだけど出て来なくて・・・セインガルドってどこらへんにあるの?」
下を向いたまま、ぼそりとかつて自分が旅した世界の名を呟いた。
一か八か、本当にあり得ない話だが。もしかしたら、嫌な予感が駆けめぐる。
どうして、こんなに胸が騒ぐのか。現実にそんなこと、あり得るわけがないじゃないか。
全く聞き覚えのない国名なのか?
女は忽ちその顔を曇らせてゆく…。
「お前、そんなことも知らないのか?世界で一番栄えている国だぞ。セインガルドの王都は・ダリルシェイド、僕はその国に使える剣士だ。」
「僕がこんなことを望んで居ると思うのか!僕の眼差しが物欲しそうに見えるか!
どいつもこいつも…哀れまれる程弱くはない!見くびるな!」
「エミリオ…」
「エミリオ…?
ふっ、そんな名前の人間は居ない。
僕はリオン、リオン・マグナスだ!!
エミリオか…くっ、いらないんだ…っ!!
くっ…うぅっ…いらないんだよ…!
エミリオなんて誰も必要としていない!
…いらないんだ…僕は、僕は…っ
ひとりぼっちだ!」
やはり、予感は的中した。
まさかと、未だ俄には信じられない。
あの大国を知らないなんて…
「おい、なんだこの地形は!」
そして、更なる疑惑は確信と化した。
まさか、そんな馬鹿な。
復活したダイクロフトは地形をこんなに…まるまる、180度も変えてしまったというのか!?
ましてや、神の眼を奪い姿を消したリオン・マグナスはきっと裏切り者として、烙印を受けたに違い、ないのに。
「何だ、ってこれGoogleEarthだよ?
うぅん…やっぱり、索引でセ行とダ行を調べてもそんな国も地形も全く見つからないよ、それに、ほら。」
ふわりと、綿菓子の様に揺れる髪が頬を擽る距離に僕に地図帳を見せる彼女の綺麗な色白の指先が滑る様に頁をめくってゆく。その手を制した。
「あ、あの」
小首を傾げて真っ赤な顔で彼を瞳に映す彼女の瞳にたった一つの確信を告げた。
本当に有り得ない、俄に信じることが出来ない。
「落ち着いて聞け」
「うんっ」
夕暮れが射し込む柔らかな空間が一瞬にしてリオンの掠れた声により紡がれた事実に凍り付いた。
「僕は。この世界の住人ではない。
日本などと言う国も、この体温を測る機械も、僕の世界にはない。
ましてや…僕は死んだ筈なんだ。海底の底にある洞窟で、崩落して、そのまま濁流に飲み込まれて。だから、絶対に、有り得ない。生きている筈がないんだ。」
いきなり放たれた衝撃の一言に女は小動物の様に目を見開き、口を半開きのまま彼を見つめた。
夏の陽炎の様な、
彼女のリオンを見つめる眼差しがどうしてそんなにも悲しく、儚くて脆いのか。
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