MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

03

 街中を駆け抜けるバルバトス、それを追いかけてくる親子をバルバトスは時折振り返りながら、海の必死な様子を見てニヤリと不気味に笑う。

「美しいなぁ、家族愛だな。しかし、あの女……本当によく、似ているな。名前も同じだしな、そうか、そう言うことか。異なる世界の異なるあの女によく似たあの女とあの男を呼び出すのがあの男の……ククッ! フフッ!」

 あの、その、この、抽象的な言葉ばかりを並べるバルバトス。しかし、その足取りは軽く、肩に担いだ斧も全くブレない。常人離れしたこの男の正体がこの世界の人間じゃないことなどすんなり分かるほどにその容姿は異質で、通りすがる人々は仮装だと思うだろう。

「ハァ、ハァ、っ、ごほっ、ごほっ!」
「海、無理しないで! あなた、喘息持ちでしょう? ここはお母さんに任せて安全なところに!」
「私は大丈夫……だからっ、気にしないで!
 早く捕まえないとお父さんへの手掛かりがなくなっちゃう!」
「海」
「これは事件とかそんなんじゃないよ、家族の問題だよ!」
「そうね……」

 どれだけ走り続けただろうか。体力のない海が一度はふらついたが、強く遙か先にいるバルバトスを睨みつけ、美波の心配も構わずまた走り出した。
 しかし、海美波もヒールの高いパンプスを履いているせいでなかなか追い付けずにどんどんその距離は離されてゆく。
 バルバトスはまるでこの街中から離れ、逃げ場を奪いそのままこの親子を始末せんとばかりに巧みに街から遠ざかってゆく。
 このままでは危険だ、しかし、見逃すわけには行かない。らちがあかない、美波は冷静に動いた。

「止まりなさい! 止まらないなら撃つわよ!」
「お母さん! 挟み撃ちしよう! キリがないよ!」
「海、どいて! 撃つのが先よ!」

 キュッと地面を鳴らしてその場に立ち止まると走りつづけて海を先に行かせて美波は取り出した愛用の銃で久方ぶりに発砲した。

「海、間違って当たらないでね!」
「う、うん! でも、本気で撃つの?」
「相手は斧よ! 銃で対抗しなくてどうするの。」

 しかし、鍛錬を怠らなかったのでその射撃精度は抜群だ。火花とはじけた鉛玉は容赦なくバルバトスの肩を掠め、大きな音に海はハリウッド映画のように後ろから飛んでくる流れ弾を喰らわないように細い道に迷わず駆け込んだ。

「ぶるあああ! 貴様ぁぁ!」
「お母さん!」
「私の旦那をどうするつもりよ! ぶっ潰す!!」

 怯えて隠れる海と反して果敢に立ち向かう美波。ついには撃たれた怒りをむき出しにして逃避行をやめ、斧を振りかざして襲いかかってきたバルバトス。

「土下座しても生き延びるのかぁぁ!」

 バルバトスの豪腕から繰り出された斧をなんとかわしてゆくがひとつ当たってしまい、美波は派手に吹っ飛ばされ、そのまま壁にたたきつけられてしまった。

「お母さん!」
「次はお前だ!!」
「キャー!」

 胸元から血を流して倒れた美波に駆け寄ろうとした海にバルバトスは容赦なく海に向かって軽々と小枝のように斧を振り回して襲いかかってきたのだ。

 次は海に照準を定めたバルバトス、海は背中を向けて慌てて海岸近くの道を駆け抜けた。
「ぶるぅあああ!まぁーてぇー!」
「お母さん、お母さん……どうしよう、どうしよう……!」

 母親も心配だがそれよりも自分の身が危ない。
 ひたすら逃げ場を求めて走りつづけてたどり着いた先は海、もう逃げられない。万事休すだ…海は必死に傘を握り締めてバルバトスを引き離そうと懸命に走るが、海は諦めたくなかったが体力が精神を超えることが一般市民の海にあるはずもない。

「おっとっと!きゃあっ!」

 ついには鈍足も相まって深い砂浜に足を取られて転んでしまった。転がるパンプス、リオンとよく歩いて走り回ってはしゃいだあの砂浜を彷彿とさせたが、涙を浮かべても、もう誰も助けてくれない。
 海は初めて感じる殺される恐怖、バルバトスから放たれる得体の知れないオーラにただ戦慄いた。寒くもないのに震えが止まらないのだ。

「残念だったなぁ…この地域はどうやら海沿いに面しているから逃れられないぞ。さぁ、観念するんだな! たっぷりかわいがってやるよ! 海!」
「どうして私の名前を!!?」
「知っているからさぁ……貴様によく似たあの女にお前はよく似ているからよ!」

 海は振りかざされた斧に慌てて尻餅をついてなんとか避けた。砂浜は振り下ろされた斧によりパックリと地割れを起こしている。

「ほう……のろまそうに見えて俺の一撃をよけるとは…なかなかやるな」
「誰なの?私が誰に似てるの、私の…見た目で判断するなんて所詮ただの変人ね!」
「ならば俺を倒すのも他愛ないだろう!ぶるぁぁー!」

 自分を見下したような台詞、貧弱だとしてもその一言に負けじと海も言い放った。
 本当は足がすくむほどの恐怖。今すぐにでも逃げ出したい、しかし、叫んでも泣いても誰も助けてくれない、リオンは呼んでも帰ってこない、わかっていた。
 しかし、それでも動くことができるのはリオンへの未練か、また彼と会いたいと抱きしめあいたいと言う強い強い未練だった。
 それを突き動かす父に対するバルバトスへの憎しみ、そして必ず帰ってくると約束してくれた愛しい人と無事で再会したいからという決して揺らぐことのない気持ち。

「やだ、こんなおじさんに殺されるなんて!」
「おじさんじゃぬえぇえええ―――!!! 俺はまだまだ現役づどぅぁぁあ!! ほう……どうやらこの俺を本気で怒らせたようだな……貴様はこの場で血祭りにあげるとしよう!」
「いやぁっ!」

 死にたくない!
 叫んだ声は恐怖により風にかき消された、目の前の男は不敵に笑い、思い切り海の頭をまっぷたつにせんばかりにそのままの勢いでブワッ!と振り下ろしたのだ。

「助けて―――エミリオッ!」

 海はそれでも、傘を強く握りしめ、そのままバルバトスの攻撃に身構えた。
 このまま頭をかち割られるくらいなら、せめて、最後にやり残したことを、

 エミリオ。そう、海が愛しげに彼の名を叫んだそのときだった。

「ニャー!」
「ぐおおっ!!」
「リオン!」

 その瞬間、黒い陰が空を飛び、そうして目を見開いた海の目の前には海を守るようにその顔面に飛びついた可愛らしい鈴をつけたリオンと引き替えに舞い降りた海の大切な飼い猫だった。

「ぶるわああ!」
「リオン!どうして……」

 バルバトスの顔に張り付きそのまま覆い被さるリオンに散歩に行ったきりだったリオンがなぜ、こんな風に自分の危機に現れたのか。
 本当にこの子はリオンの生き写しなのだろうか。そんな夢見がちな錯覚さえ抱いてしまう。
 口元を覆い、感激に胸を震わせ立ち尽くしていた彼女にさらなる追い打ちをかけるようにいきなり後ろから機嫌のよろしくなさそうな、呆れたような声が響いた。

「知るかよ、俺についてきたんだ」
「………え?」

 背後から聞こえた低い、聞いたことのない男の声に海は振り向いた。

 カツン、カツン…。
 やがて砂浜へとその足音はかき消された歩きやすそうなエンジニアブーツを鳴らし、そうして現れたのは。海が落としたパンプスを拾い、そうして月の光を背中に浴びているためにその素顔は伺えないが、バルバトスもそうなら彼もかなり上背があるし、海でもわかるほどその体躯は衣服の上からでも厚く相当鍛えられていることがわかった。

「このっ! こざかしい猫めぇぇぇぇ!!」
「リオン! やめて!その子に手を出さないで!」

 しかし、顔をひっかかれた怒りは簡単には収まらない、バルバトスは容赦なく子猫のリオンさえも斧で切り裂いたのだ!

「キャ―――!」

 黒猫のリオンから迸るのは鮮血。不気味な月明かりに鈍く光った凶刃の前にか弱い動物たちだろうがお構いなしの非情な一撃は下された。海は我を忘れて斧の前に飛び出したのだ!

「いゃぁあー!」
「チッ……馬鹿な女だ……どの世界でも」

 リオンは腹部を深く切り裂かれて息をするのもやっとなのか弱々しく海の手を舐めていた。

「私はいいのに!どうして!どうして追いかけてきたのっ! ごめんね! ごめんなさいっ!」

 こんな状況でも未だに自分を癒そうと懸命に海の手を舐める黒猫のリオンに海はただ、ただ、ショックと混乱で今にも気を失いそうだった。出血は止まらずリオンの黒い毛並みが瞬く間に染まってゆく。
 唯一の味方だった、リオンが居なくてもこの子がいれば頑張れた、しかし…自分がふがいないせいでこの子まで傷つけられてしまった…

「りお……ん、ひど、い、どうしてこんなひどいことが出来るの? 人間じゃない……リオン、ごめんね、痛いよね、苦しいよね……」

 必死に呼びかけるも虚しく海は人間、猫の言葉がわからない、こんなのあんまりだ。言葉さえ苦痛さえ訴えられずにリオンは今まさに命の灯火を儚く散らす間際で、海は大切な拠り所を、あまりにも急すぎる別れにあふれる涙を抑えきれなかった。

「たかが猫一匹で泣くんじゃぬぇぇえ! 貴様も道連れに殺してやる! ベルクラントではなく、俺の手でぬぁぁあ!」

 振り下ろされた斧。しかし、斧と同じ動きで大振りな一撃は海から見てもスローに見える。傷つき血だまりに手を埋めて海はリオンの小さな身体を抱き上げ、観念したように瞳を閉じた。
 唯一、リオンが居ない不安だらけの夜もこの子がいたから今まで生きてこれたのに、それすらも奪われ、家族もバラバラにされて、海は失意のさなかにいた。

「え?」
「ぐおおおおっ!」

 しかし、響いたのはバルバトスの醜い雄叫びだった。海は自分の身体の浮遊感気が付き、目を開くと其処には……。海を片腕で軽々と小脇に抱え、腹部から腕を回して抱き上げたまま空いたもう片方の手でさっきの男がバルバトスにダーツ投げの要領で鋭いナイフを投げつけていたところだった。ナイフとを投げた男は海に呼びかけていた。このまま、ここで死ぬ気かと。

「おら、さっさと、立て」
「え……」
「お前……死にてぇのか、死にたくねぇのか? ハッキリしろ、来い」
「あの……」

 生きるか死ぬか、なかなか普通ならばそんな問いかけなど答えたことなどは無いが、戦場で生きてきた彼には当たり前のようだ。いきなり問われたことなんてない一般市民に聞く質問ではない。生きるか死ぬかも考えた事もない環境で生きて来た海。ポカンと口を開けたままの海に男は懐かしそうにただ、瞳を細めていた
 バルバトスに、そうして突如現れたこの男が破壊と希望の両極を手に海の目の前に現れた。男は肩につくまで伸ばした右目が隠れる前髪、暗めのダークレッドの髪を輝かせ、そして、リオンによく似た深い深い紫の輝きを封じ込めた瞳が海を選択肢の用意されていない道を指し示していた。

 夜風に靡きながらそよぐ髪から見えた彼の素顔は鼻筋がスッとしており、まるで美しい彫刻のように玲瓏で、そして精悍な顔つきはさながら中性的でどこかリオンを彷彿とさせた。
 思わず魅入ってしまったが頭を軽く叩かれ我に返る。男に抱き上げられたまま、ナイフを投げるなりバルバトスに背中を見せて走り出した。

「あっ、あの! 降ろして下さい!」
「いいから黙ってろ」
「でもっ……! 好きでもない人にお姫様だっこされるなんて!」
「ああぁ?」

 見かけよりなかなか重たい海を軽々と姫抱きしながら走りつづける彼は息ひとつ乱れておらず、海はそのことにも驚いたが、こんな見ず知らずの美形にいきなりお姫様だっこされたのは、幾ら緊急時だとしても、リオンの温もりだけを刻み込んでいた海。彼しか知らないままで今まで保ち続けてきたこの身体は拒絶反応を示していた。

「この場に居もしない恋人の名前を呟く前に少しはどうにかしろよ。海」
「え? どうして私の名前を?」
「簡単なことだ、この世界にも俺の世界にも同じような人間がだいたい三人くらいはいるらしい。お前もその1人だ」
「ドッペルゲンガー? って、こと?」
「多分、それ」
「お前ぇえええ!! またしてもまた俺の邪魔をするだけじゃ気がすまねぇのかぁぁ! 死ぬぇえ!クライス・アルフォード!」
「危ない!」
 「クライス!逃げて!」
「私、ミクトランが許せない…家族を奪った…そして、」
「クライス、私、クライスが好きなの。どうしよう……ダメなのに、止められない! 私はピエールがいるのにぃっ……!」

「チッ……どいつもこいつも」

 しかし、そこで会話は途切れ、男ー、クライス・アルフォードと呼ばれた男は海の声にとっさに気を取られてしまい、そのまま背後から飛んできたレーザーにバランスを奪われ海と共にそのまま砂浜に投げ出された。
 為すすべもなく夜の浜辺に投げ出された身体。
 海は柔らかな砂浜にそのまま背の高いクライスから振り落とされる形になり、顎を強打した。
 必死に庇ったリオンは海に包まれなんとか息をしてはいるがもう限界だ。早く手を打たなくては。

「どうしよう…っ! クライスさん! クライスさん!」
「ああもう気が散るなちくしょう! お前も急にその声で、俺を呼ぶな……!」
「え?」
「あっ、わた、し……あの、」

 海に名前を呼ばれてこんなに動揺するなんて。
 1人、何かを察して、ゆらりと立ち上がったクライスだったが足下はふらついているし、何よりも額からはコンクリートに打ち付けたらしく血を流している。しかし、クライスは動揺し、何よりも畏怖すら抱くように海を見つめていたことも海は知らない。

「あっ! クライスさん、血が出てますよ!」
「これくらい、平気だ、この程度で」

 クライスは海を見ているが、懐かしそうに、愛おしささえ感じるような甘い顔で。
 しかし、勝手にさっきから自分の名前を知って以来勝手に名前を呼ぶ海の中に海ではない誰かを見ていた。先ほど話していたドッペルゲンガーと言うことか。
 海に似たもう1人の海がきっと、何か鍵を握っているに違いないのだ。

「クライスさん……?」
「確かに、お前は海だ、だが、俺の守りたかった海は、こいつじゃない、約束を果たせば、海を蘇らせると、言ったはずだったのに、なぜ、バルバトスがいる。」

 海が転んで脱げてしまったパンプスをまるで跪き、シンデレラにガラスの靴を履かせるクライスの洗練された動きに海はぼんやりとその様子を見ていた。
 リオンも、こうして靴が脱げてしまった海の足に靴を跪いて履かせてくれた。

「何故だと? ふん…哀れだなクライス! さんざん女をたぶらかしてきたあげく、俺の裏切りをディムロスに密告したのはお前だったな! 海を亡くしたのは因果応報と言うものだ!」
「……エルレイン、まさか………ハメやがったのか!」
「察したところでもう遅いいいっ! 俺は俺の目的のために蘇ったのだぁあ! 武器をなくしたお前に勝機はない! ディムロスを殺す前に蘇ったモノ同志、俺の手で引導を渡してやろう!!」

 浅からぬ因縁の狭間に海はどうしたらいいのか全くわからない。
 狼狽える海を無視して男たちの会話は進む。

「知るかよ。テメェの自業自得だろう、地上軍から天上軍に寝返るのを黙って見過ごすほど俺は腐ってねぇ、あいつが死んだのは俺の責任なのは認めている…だから、エルレインの手を取りここに来たんだろう……」
「えっ! っと……どういうこと?」
「あの女の目的など知らん! 俺はただ貴様を英雄と共に闇に抹消してやる! 最後はこれで終わりだぁぁあ!あいつから貰った晶術でな! はははは!」
「晶術? まさかー……」

 海の記憶が過去を辿る。聞き慣れた単語、それは彼が存在したあの世界特有のものならば、この2人は、そうして父親をどんな理由があれ奪った…。

 「晶術とは、…つまり、ソーディアンの力の源であるレンズに宿る晶力を収集し、思いのままに具現化するそれらの技術をそう呼んだ。
 普通のレンズでは微々たる晶力しか集まらないがソーディアンに使われたユニットには 膨大な晶力を封じ込められて、強力な晶術を扱うことができる。ソーディアンにはそれぞれの属性が備わっていて、火を放ったり、氷の雨を降らせたり、地面に敵を叩き伏せる術もある」
「晶術か…いいなぁ!魔法が使えるなんて、ゲームみたいだね、私も使えるなら使っててみたいなぁ…」
「威力はこの世界では考えられれないようなものだ。くれぐれも、驚いて転ぶなよ?」


「灼熱のぅ…バーンストライク!」

 バルバトスの構えた拳に見たこともない光が宿る、力を集めているようで、次第にその禍々しい光は強く不安を齎してゆく。海の叫びに呼応するかのように、そんなやりとりの中、二人は出会った。男は痛みさえ感じないのか平然としたまま立ち上がり、何を始めるかと思えばいきなり彼の身体は眩い光と共にその姿を変えてゆく。クライスが身体中から輝きを放った瞬間だった。

 
To be continue…

 2020.08.05

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