MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

02

 いつか帰ってくると、そう信じて。彼は約束してくれた。今はそれを信じ、そうして、やはり、断ろうと決めて。海はそう決めると鍵を手に、眠らない夜の街に向かってそのまま外に飛び出した。
 斧を持った変な男が彷徨いているとも知らずに、やはり海にはリオンを忘れて和之と結婚するなんてとうてい無理だ。
 純朴で一途な心はリオンの居ない暮らしに何度も折れそうになった、しかし、夢でも幻でも確かに聴いて感じた彼の声を疑うことなく海は信じ、そうして彼の確かな生を感じることが出来たのだ。リオンは生きている、きっと自分さえも知らない世界で、傷つき今も戦い続けている。そんな彼を信じて待つと決めたのに。信じてきて本当に良かった。海は張り裂けそうな胸をなで下ろし、スマホを握り締めて涙を浮かべていた。

「ニャー」
「あっ、リオン!もう、どこに行くの?こんな夜にお散歩なんて!帰ってこれなくなったらどうするの…?」

 ふと、海の足にするりとからみついてきた柔らかな毛並み。リオンが拾った子猫も今ではすっかり立派な青年ぐらいの年頃になった。リオンもあれから三年が過ぎて、果たしてどんな風に成長したのだろうか。海はこのときはまだ信じて疑わなかった、彼は死んでいなかったんだと。新たなる生を受けたことさえ、海はまだ知らない。
 リオンが好きなんだと、この三年が無駄ではなかったんだと改めて感じていた。リオン以外の誰かを愛せるはずもないのに、海が根っからのビッチになんてなれるはずがない。始まりも、終わりもすべて、リオンだったから。 彼は明日日本に帰る。ならば今日しか彼に伝えるすべなんてないのだから。海は慌ててタクシーを拾うと向かう場所さえ分からないまま和之にきっちり断るために連絡をいれた。しかし、和之は電話に出ようとしないのかコール音が虚しく響くだけ、やはりこれが運命だと受け入れなければならないのだろうか…思い悩む海にやがて今では聞き慣れた和之の声が確かに耳に届いた。

「あっ! あの、もしもし? あの、あのっ…!」
「どうしたんだ? 落ち着いて話してごらん」
「私、やっぱり……ごめん、なさい……和之さんとはお付き合い、出来ません……!」

 しかし、この三年間、やっぱり自分を支えてくれたのは誰でもない和之だった。こんなに自分によくしてくれる彼を振るなんて、しかし、でもリオンのまっすぐな言葉に海は背中を押されたのだ。

「私……やっぱり……リオンが、っ、あの人が……約束してくれたんです! 必ず、帰ってくるって、だから、私、やっぱりこんな気持ちのまま、リオンを忘れて幸せになるなんてできません。リオンが好きなんです、リオン以外の人じゃ、だめ、なんだって、気付いたんです」

 その間、和之は無言で言葉足らずな海のたどたどしい言葉を聞いていた。
 それでも受け入れる、しかし、受け入れたところでバカがつくほど、真面目な海が自分にさえ気遣ってしまうとわかっていた。
 別に形だけでも残った海との関わりを和之はどうしても失いたくなかった。

「……リオンが、確かにそう言ったんだな?」
「はい……っ」
「なら、俺はどうしても、駄目なのか…?」
「すみません……」

 嘘をつけない海だったからこそ、そんな真っ直ぐな海が、和之は大切で、そうして何よりも守りたいくらい大切な存在だったのだ。幾らリオンに気持ちが傾いていても、それでも海をこのままになんてしたくなかった。
 彼女の一途さがいつか彼女自身を滅ぼす様な気さえしたから。

「取り敢えず……わかったよ、なぁ、今、親父さんの病院に居たんだけど、よかったら海も来ないか?」
「お父さんのところに?」
「ああ、お前のお母さん……美波さんも居るよ」
「そう、だったんだ」

 母親公認の仲である彼と、こうして会うのは気まずさもあった。今彼は自分の母親と共に居て。自分はこれまで三年間もの間親身になってくれた彼からの求愛を断り、もう二度と会えないリオンとの思い出の中で生きていく、そう決めたのだから。
 彼を自分の将来のフィアンセだと勝手に勘違いして浮かれていた母親。きっと嬉しかったのだろう、自らの命を絶とうとしてまで思い悩んでいたもう二度と会えない、でも確かに愛し合った証であるリオンとの子供が自然に淘汰されてしまったことを知り、ほっとしていたのも本音だ。
 もう二度と会えない、ましてこの世界の住人ではないリオンとの子供など、親のエゴで産んだとして、子供は私生児になるのだから。
 確かに自分はもう結婚適齢期で、周りの人もどんどん結婚して、子供を育てている。
 自分もそれが当たり前だと思っていた、いつかは大好きな人とこのまま結婚して、そうしてまた新たな命を紡いでいくんだと、

 しかし……今の海には到底無理な願いだった。彼が一縷の希望だった。リオンを家族に紹介して、あれきりだった。もうリオンには会えないと心のどこかではわかっていて。しかし、母親にもうこれ以上嘘はつけない。自分はもう二度と会えない、それでも、自分はリオンに愛され、そして彼を愛した記憶だけで生きていきたい、そう思ったから。急いで病院に向かう海、父親であり今も植物人間状態の海翔の病室では、海翔はゆっくり呼吸をし、確かに生きていた。まるで夢の中で誰かと対話するかのように。

 あの凄惨な事故から何十年も若いままの状態、彼の身体だけが時間から切り取られて保存されて。二度と目覚めることはない植物状態となってもう何十年も眠り続けている海翔がいきなり目を覚ますなんてあり得ないだろう。しかし、前例がないことがありうるのも人の神秘。

「悪いな、楢崎海翔。俺の代わりに、千年前に行って俺の代わりに動いてくれ。あいつのために」

 まるで何かとリンクするように、海翔は驚いたように、静かに目覚める。目の前に姿を見せた男は紛れもなく。
 しかし、何十年振りの世界、眩い世界に言葉すら浮かばない海翔は言葉もなく酸素マスクを奪われ、その男の肩に軽々と、担がれたのだった。

 床から点々と垂れる赤い血、何よりも、活気に満ちている病院は昼間とは違って不気味なくらい静かで。海は恐怖のあまり声が引き絞ったように震えていた。何も考えるなと思う方が難しい。

「つっ!お父さん?お母さん?和之さんっ ……エミリオ……??」

 しかし、病室はいくら夜だといっても、あまりにも静か過ぎやしないか。そろそろと足を踏み入れた瞬間、海は思わずゴクリと息を呑む。

「海」

 ふと、足元に落ちていたのは…それは紛れもなく人間の流した血液だったのだから、そして周囲の不気味な静寂は誰もが和之が話していた

「いやあっ!」

 弾け飛んだように指先で掬って慌てて振り払ったのは確かに冷たい乾いた血液だった。
 驚愕した海に気づいた母親が急ぎ彼女の元へと駆け寄って来て、心配した海が急ぎ触れた母の手は赤く染まっていた。

「血が……お母さん これは、どういうことなの!? 説明してっ……!!」
「海! 早く逃げて、逃げるのよ!」
「えっ、どうして、何が……!」
「いい? 落ち着いて聞いてちょうだい。お父さんが誰かに連れて行かれたって、病院内は大騒ぎでとにかく、お父さんが、い、いなくなってしまったのっ!」
「お父さん、が……!? さら、われた? なんで、ど、どうして……そんなことが! じゃ、じゃあお父さんは?」
「それが…その瞬間、もう一人の男がいきなり暗闇から現れて……、いきなり和之さんとに襲いかかったの!」
「そんな! じゃあ和之さんは!?」
「とにかく逃げて! 私でもあいつに太刀打ちできない! 早く、仲間の応援を呼ばなくちゃ!」

 そう悔しげに言い放つ母の瞳に嘘はなかった。よく見れば海の手に触れる母の手は赤いし、着ていた服も全てボロボロだ。思わず母に抱きつく海。母はそんな娘を愛しげに抱きしめた。

「お母さん…」
「大丈夫よ、私があなたたちを守るわ。私はそのために刑事になったんだから。奴をおびき出した早く逃げなさい」
「お母さん、お母さん!」
「泣かないの。全く、相変わらず泣き虫ね。リオン君にも泣いてばかりじゃだめよ。リオン君は年下なんだから、あなたが支えてあげなきゃ……今は女が強くなくちゃいけない、独りで立てるくらいの女にならなきゃ、愛想つかされてしまうわよ?」
「お母さん……あの、あの、リオンは……」
「和之さん、からみんな聞いたわ。私としては…早く孫の顔が見たかったんだけど、こればっかりは、仕方ないわよね」
「ごめん、なさい……でも、私、どうしてもリオンが好きなの、忘れられないの……!」
「いいのよ。そうやって心の底から愛する人と結ばれることが出来たんだから……だけど、本当に、リオンは帰ってくるの…? お母さんは、それが気がかりなのよ」

 母親の言葉が今でも頭に焼き付いている。今まで、何一つ母親らしいことはしてくれなかった目の前の母親はそれでもいまま何ひとつ母親らしいことが出来なかったからこそ、自らの身勝手で子供の海を振り回した事を悔やみ、そしてこの三年間でその溝を埋めようと彼女なりに専念してきて。料理も出来ないし、仕事仕事でろくに仕事も省みなくて海たちを捨てたと思っていた。実際自分を引き取り面倒を見てくれた母親の妹は自分へかなりつらく当たった。母親に捨てられた自分、母親を恨んで生きてきた中で、しかし、それは歪められた真実だった。
 彼女は彼女で戦っていた、植物状態の父親、女手ひとつで自分たちを育てるために渡米した真実を叔母にねじ曲げられても彼女は凛としていた。
 自分も母のように強くなりたい、あの時つなぐことが出来なかったリオンの手を今度こそ手放さないためにも。

「お母さん…! 危ない!」

 その瞬間、親子の和解に水を差すように。いきなり暗闇から分かりやすい大きな足音に母の背後に振り下ろされた巨大な斧。海はとっさに母を突き飛ばした。

「きゃあ!?」

 海のお陰で大きく振りかぶられた斧はそのまま空を切るように空振りし、斧にこびりついたカサカサの血が辺りに飛び散った。

「……誰?」

 不意に広がる歪んだ闇、そうして現れたのは巨大な体躯に巨大な斧を持った…男のくせに波打ち揺らめく若芽のような髪型、尋常ではない浅黒い肌に浮かび上がる筋肉、その巨体。見せしめた異様な姿、鬼の形相をした男だった。

「我が名は……バルバトス・ゲーティア」
「バ?」

 聞き慣れない名前に海はますます不思議そうに、そうして焦ったようにその男から距離をとった。

「そいつよ! 海! 青い長髪に巨大な斧、そしてあのくどいソース顔…今、巷を騒がせてる殺人鬼! やっぱりあんたなのね!」
「ほう……威勢のいい女じゃねぇかぁ……久々に楽しめそうだなぁ……」

 斧を肩に担いで得意げに備え付けていた消火器をいきなり蹴り飛ばすと破壊された消化管から白い薬剤が弾け飛んだのだ!瞬く間に包まれる白い闇、母と離されうろたえる海にバルバトスと名乗る男は容赦なく斧を振り払った。

「……よくも……! 何の恨みがあるかわからないけど、お父さんをさらったのはあなたなの?」
「あいつとあの女の通りに、どんな女か見に来たかと思えば……こんな小娘の片割れ、倒すまでもいかないな。この世界には俺を満たす強い英雄はいないのか?」

 海はとっさにあった傘を手にそれをバルバトスに迷いなく向けた。
 しかし、そんな海をあざ笑うかのように、バルバトスはそのまま走り出したのだ。

「待ちなさい!よくも!よくもっ!」

 慌てて走り出そうと立ち上がった海。しかし、母にそれを咎められてしまう

「お母さん? 離して! 早く行かなきゃあいつを見失っちゃう!」
「だから、行くわよ! 海…そして、私はあなたにどうしても言いたいことがあるの」
「な、なに!? こんな時に……早くっ」
「……お母さんは誰よりも、海の幸せを一番に願うから。それしかお母さんは貴方に何もしてあげられない。だから、振り返らずに進みなさい。それが、いつか誰かを傷つけることになっても。自分の意志を…最後まで貫きなさい。リオンと、幸せになってほしい。ううん、リオンじゃなくても、とにかく、海が信じている海が決めた人と一生歩んでいきなさい」

 今となってはまるで先を見通したかのような強い強い海への願いが込められたたくさんの言葉。ゆっくり話していたいが、海は今はバルバトスを追いかけるのが先だと決め、頷きそのままバルバトスを追いかけるべく夜の静寂を走り出した。

 
To be continue…

 2020.08.04

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