MISSYOU | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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MISSYOU

01

 今も忘れられない、彼がいなくなり、長い歳月が過ぎたと言うのに。それは海の誕生日の日の事。一匹の黒猫が突然海の元に舞い込んできて、そうして海は彼によく似たその猫を見て感じたのだ。そして、お腹に宿った新しい命を思っていた。それだけが支え、そのはずだった。

 あの頃の2人は死んだんだと。そうして彼と引き替えに海はその猫にリオンと名前を付けたのだ。リオンは死んだのだ。もう二度と会うことは無い、そう言い聞かせても海の瞳からは涙が出なかった。どうしても信じられなかった、最後、海との約束よりもマリアンの命よりも、初めて彼が口に出した後悔。

 リオンが使命を全うして戦って死ぬなんて、だけど、今確かに感じることが出来た約束。だけど、今はもうエミリオの温もりを、鮮明に思い出すことは出来ない。記憶も、愛さえも風化してしまうのだろうか。

「海、お前は、他の男と、幸せになるんだ。僕のことは、忘れて、良いから……」

 覚めるはずのない夢だと信じていた。でも、どんな眠りから逃げても、覚めない夢はないのだと。そうして、貴方が居ない現実がまたやってきて、一人の孤独が、ただ重くのしかかってきて。
 貴方が消えてしまって。海はまた独りになった。まるで、幸せな夢から覚めたように、この世界は容赦なく現実を突きつけてきた。絶望的な未来しかもう待っていない。ただ、それだけを願っていた。いつも、いつも思うのは彼だけだった。あんなに愛した人は居ない、身も心もすべてを捧げてきた愛しい人。

 貴方はどこへ消えてしまったのだろう。
 気付けば、あれからこの世界は止まる事無く流れ続けいつの間に、本当にあっという間に、海の心を置き去りに3年の長い歳月が流れていた。

 胸に空いた空白、この寂しさを埋めるために、海はリオンの温もりや笑顔であふれるこの家を引き払い、唯一の肉親である米国で刑事を続けていた母の元に向かった。

 父親の事故、そして、奪われた家族の空白の時間を取り戻すように。海は思い出の濃く残る日本を捨て、渡米したのだった。
 孤独な海外での慣れない生活は確かに辛いことの連続で、より海を虚しい気持ちにさせた。
 夜の終わらない異論夢が詰まったこの華やかな街は海の深い傷や孤独を膨大に余すだけの時間が癒してくれた。不思議な事だ、煽るように酒を飲み干し海は手にしたピアスを耳に付けた、リオンと繋げたピアス。それは何年経とうが色褪せることなく彼女の耳を彩っていた。リオンのくれた指輪、どんなに時が流れても、海のリオンを思う気持ちは変わらない。

「海、ただいま〜」
「あっ、お母さん……お帰りなさい」
「ただいま、あら、出かけるの?」
「うん、そうなの、今から友達がお祝いしてくれるんだよ!」
「あらぁ! もしかして!」
「うん!」

 海はリオンが居なくなっても自分一人で生きていくと、そう決め、ちゃんとリオンとの約束を形にしたのだ。
 この3年間、仕事を辞めて渡米し、そうして慣れない語学や何もかもが未知の世界、しかし、甘えることなく猛勉強の果てに手に職を掴むために。一人でも満足に将来食べて暮らして生きていける歯科衛生士の資格という一生物の資格を取得し、そうして得たのは確かな証。海が母親に見せた資格取得の証である証書を見て母親は嬉しそうに声を上げ愛しい娘の頑張りを褒めたたえ、小さな身体を抱き締めた。

「きゃー! おめでとうっ! さすが私のかわいい娘ね!」
「ありがとう、お母さんが色々協力してくれたからだよ! 本当に、ありがとう」
「いいえ、そんなこと無いわ。私はダメな母親だったわ、あなた達に、今までたくさん不自由な思いばかりさせてしまった。妹…あんたの叔母さんにさんざん恨まれても仕方ないわね。結局、お父さんの事が受け止められなくて、日本から、あなたを残して私は逃げたんだから」

 出かける前だったが、仕事明けで戻ってきた母にもしっかり報告しておきたかった。海がまたこうして前を向いて歩けたのはリオンのおかげだった。
 リオンがいなくなり、乱心のあまり極寒の海に飛び込み死のうとした自分。移ろいさまよう思考の中で、彼が確かに自分に生きろと、叫んでいたのを確かに海は感じていた。
 彼が残した気持ちや愛しさや温もり、ふつうの何気ないカップルなら叶えられる願いさえも海には叶わない願い。
 そしてタイミングを計るかのように。リオンは、いや、あのころの2人は…死んだのだ。

 会いたい気持ちはなおさら募るばかりだ。
 どんなに明るく華やかな場所で寂しさを紛らわせても、そうして支えてくれた仲間や家族や友達の存在が離れ、独りで帰ってきた部屋に届かない呼びかけにまたしても海は。
 今の自分は彼の誇れる自分になれて、いるのだろうか。リオンの居ない日々など、当たり前に感じたくなかった、寂しくても、いつか、彼にまた出会えると信じて居たかった。
 異文化の飛び交うこの国で海は強く生きていくことを決めた。一人で、生きていこう。そう、決めた矢先の出来事たっだ。

「最近物騒になってきたな」
「え?」
「この国は、銃刀法無いからお前も気を付けろよ。最近、斧持った筋肉男が人を襲っているらしい」
「えっ、そうなの?」
「お前も銃のひとつやふたつくらいは所持してた方がいいんじゃねぇか?」
「そ、そんな、私には無理ですよ、怖くて使えません……!」
「確かに、お前なら自分の足撃ちそうだしな」
「ひ、ひどいです……っ!」

 日は変わり、用意された豪華なディナー、器用に肉を切り分け食べる海の真向かいに居たのはかつての自分を雇い、働く機会を与えてくれた和之だった。リオンが居なくなってからも、会社を退職しても、海を何か時に掛け、そして海が歯科衛生士になったお祝いにとはるばる遠く離れたアメリカまで会いに来てくれたのだ。ここでなら父親の治療も最先端の医療を受けられる、そんな選択をした海を彼は見守っていた。

「そうだ、親父さんの治療は順調か?」
「はい、お陰様で、そうだ、友里ちゃんは元気ですか?」
「相変わらずだな、そう言や佐竹」
「え?」
「いや、何でもねぇ。今度電話してやれよ。本当はあいつも行きたがってたんだよ」
「そうだったんですか……ええぇ、私も、会いたかったなぁ……!」

 和之はリオンが居なくなったあの日から、海が仕事を辞めたあともずっと海に連絡を取り、支えてくれていた。
 そんな優しさは、苦しい喪失感に暮れる海の気持ちを昇華させようと身近で力になってくれた。彼を失った痛み、もう二度と、永遠に彼に会えないのだと、消えない痛みだと思っていた。しかし、少しでも前を向こうと力を与えてくれた彼を海も信頼していた。

「リオンが居なくなって……もう三年か」
「っ、そう、ですね」

 不意に、和之が今晩の夕飯でも決めるみたいにいきなり話題に出した彼の名前に海は戸惑ったように、思わず口にしていた牛フィレ肉を零してしまったのだ。

「…なぁ、リオンはいつ帰ってくるんだ?」
「あの、それは…」
「お前も鈍い鈍い他人に言ってたけど、お前が一番鈍いよ。俺が気付かないとでも思っていたか?リオンと、もしかして」

 ずっと、目を背け続けてきた、悲しくて悲しくてたまらなくてもリオンはもう目を覚まさない。リオンは、もうどんなに望んだって帰ってきてはくれない。
 永遠に彼には会えない。元の世界に帰ったのか、それとも、彼は残りわずかの命を全うして、永遠の眠りについたのか。
 だから、このことには、誰にも触れて欲しく無かった。しかし、次から次へと流れ落ちる涙が真実を受け入れていた。
 あの日、リオンは何の前触れもなく消えてしまったのだから。最後に愛してると、優しい嘘と、甘い口付けだけを残して。
 泣くつもりなど無い、涙なんて邪魔なだけ、こんな感情なんてみんな丸ごと消え去ってしまえばいい…。

「海、俺は知ってる」
「やっ、は、離してください…!」

 これ以上問い詰められたくなくて、海は一目散にその場から逃れようとしたが、手を掴まれてしまい、慌てて手を振り払おうとしたら、そのまま和之に抱き締められた。ぽろぽろと涙が溢れ、視界が滲む。まるでドラマのワンシーンみたいに、身を捩っても、痛いくらいに抱き締められて身動きが取れなかった。

「ねぇ、もう止めて! お願いっ! もう、嫌」

 拒む事すら許されず、悲しくて、悔しくて、涙だけが零れていく。リオンと離れて食欲もあんまりなくなってしまった海の身体はより華奢に見えた。

「海。お前一生そうやってあっという間に過ぎちまう若い時期をリオンのことを思いながら生きていくのか? あいつ、何で会いに来ないんだ、俺は……もう三年も、このままお前の傍に居るつもりはねぇ。海が一人で泣いてるのを黙って見届けなくちゃならないんだよ!」

 吐き捨てられた言葉に海はただ、涙を流して和之が手渡したその箱に全てを悟った。

「海、俺と結婚を前提に付き合って欲しい。今すぐにとは言わない。けどよ、海の母親はいつまでもリオンを思い続けて海が一生独身のままなんて、悲しいと思うぞ」
「いいえ、リオンは、必ず帰ってきます…そんなことない……っ!」

 しかし、その涙は言葉とは裏腹にしっかり現実を受け入れていた。感情だけでは受け入れられない思い。それでも、リオンはもう二度と、微笑んでくれない、愛しげに抱きしめて、キスをすることもない。永遠に2人の未来は隔たれたのだから。

「前向きに検討しておいてくれ。俺は、いつでも待ってる。もし、リオンを忘れられないのなら、それもひっくるめて俺が受け止める」
「和之さん」
「もう、俺はお前の上司じゃないよ、急に驚かせてごめん。けど、ずっと海が好きだった。リオンとお前がどんだけ愛し合っていても、海が、好きだった。お前が放っておけなくて、守ってやりたいとそう思っていた」

 おばあちゃんになっても、変わらず一生独身でいて、エミリオのことだけ、愛したかった…でも、おぼろげな記憶をたどりながら海は和之と別れたあと何とかアパートにたどり着いた。
 ベッドに身を投げ出し、まどろむ空気。お気に入りのアロマを焚いて落ち着こうとしたが、なかなか涙が止まらない、悲しくてたまらなかった。余計に1人だと、実感させられてわかりきった解答だけが海の胸をただ締め上げて、苦しかった。
 苦しい、悲しくても、現実は変わらない。リオンの強く、穏やかな眼差しはもう夢でさえも、そう簡単には夢に自分が会いたい人にも簡単に会わせてはくれないのだ。
 静かになった空間。慣れたくなかった孤独の空間、寒くもないのに空気がもの悲しさを募らせて、海は膝を抱えて座り込んだ。頬を次から次へと流れ落ちてゆく涙。こんなに自分が泣けるなんて、思いもしなかった。

「会いたいよ……エミリオ」

 叶わないのなら、せめて、あの日宿った命を、どうか。繋ぎ止めていたかった。しかし、残念ながらそれをあざ笑かのように宿った命は自然に淘汰されてしまったようだった。
 同じ場所に連れて行って欲しかった。そうでもしなければ、苦しくて、今にも潰れてしまいそうだった。
 リオンは自分の幸せを何よりも願っていてくれた。彼のためにも、幸せに答えなければいけないのかもしれない。
 しかし、海には出来なかった、リオンをこんなにも愛しているのに、忘れて他の人と幸せになるなんて、背徳が常に付きまとうし、やはりこんな中途半端な気持ちではリオンも、和之にも申し訳ない。
 結婚するならピアスも、指輪も、リオンとの証や写真もみんな、みんな捨てなければならない。
 今は、まだそこまで考えられない、いや、もう何も考えたくない。やはり自分は無理だ。リオン以外の人と付き合うことなど、その幸せなど考えたくもないし失いたくない。
 悩み疲れていつの間にか海は眠りに落ちていた。
 深夜……居なくなった彼の温もりを忘れない様、ふたりで温もりを分かち合ったベッドでうずくまり、眠っていた。

「ん……」

 願えども願えども、リオンが夢で微笑むことはない。代わりに、海は得体の知れない夢を観たのだった。
 辺り一面に広がる血、血、血。それを辿ってたどり着いた先は、すべての始まり、ふたりで出会い、涙を流した海辺。にも似た風景で、独りの男がたたずみ、此方を見つめて手を差し伸べて笑う、そんな、白昼夢のような感覚。また無色の世界に身を置く。リオンが消えたあの日から、世界から色が消えたというのに。

「……夢、だったのかなぁ」

 何やら得体の知れない胸騒ぎを抱いて海は目を覚ました。
 こんな風に不安を抱くなんて思っても見ないこと、海は不安に駆られ、思わずまだ夜も明けない、空を見上げていた。時が止まる気がした。
 まるで今がチャンスだと海の背中を押すかのように海は藁にもすがる思いだった。今のリオンの気持ちを知りたい、自分の迷いだらけの気持ちに優しく叱ってほしい。

「エミリオ」

 無駄なことはわかっている、今までだって何度かけても繋がらないのだから。しかし、あの夢で見た、扉が開く音、海は祈るような気持ちで耳に当てた。

 
***


 傷つき、罪を背負う彼に届くように僅かな祈りを込めて。時は変わり、周囲はいつの間にか漆黒の闇…風はそよぎ、黒衣に身を染めた彼を追い立てた。
 何故、自分はここにいるのだろか。あの時、確かにミクトランを倒し神の眼に突き立てたソーディアンと共にこの世界に堕ちた筈だ。
 それが、なぜ自分は今も生きながらえているのか。振るった剣にはいくつもの血がこびり付き、彼は苦しげに、身を隠すために身に付けた偽りの素顔を隠す仮面越しの紫水晶の瞳を歪めた。彼は生きていた、あのとき、死に間際に現れた白いローブに身を包んだ世にも美しい聖女と名乗る女と、やがて、抱き上げられて望んだ言葉がはじけたと思ったら、気付くとリオンは、この場所にいた。

『坊ちゃん!ここは逃げましょう!』

 目が覚めたらまさか、自分がかつて暮らした世界であるのに、自分を取り巻く環境はすっかり変わり果てていた。ひとまず竜の骸骨で素顔を隠した彼は、自分が嘗て裏切り者として死んでから、18年というあまりにも長い歳月が過ぎていたことを知ったのだった。
 ファンダリア、クレスタ、そして、かつて暮らしたダリルシェイドは、すっかり面影を無くしていた。あの戦争が何もかもを変えてしまった。
 自分が引き起こしたとも過言ではない、よりにもよって仲間の一人だった歳の近い少女の故郷を奪ったのだ。アルメイダにハーメンツ、ノイシュタットの桜の木はすべてが枯れ落ちた。知れば知るほど思い知る現実。自分が裏切りの汚名を着せられたのは構わない、甘んじて罪を受け入れよう。あの選択を悔やむことは、今までの。全てを否定するのと同じこと。
 自分自身いまだに実感が湧かないほどの長い時間が流れていたことに次第に受け入れつつある中で、突如として嵐はやってきた。
 記憶を戻して、彼のマント越しで光を放つ、古より伝わる英知を持つとされる物言う剣ソーディアン・シャルティエが彼を奮い立たせた。

『坊ちゃん! 早く〜逃げましょうよ!』
「ああ……そうした方が良さそうだな」

 リオンは…あの日、光に包まれ姿を消した。
 目を覚ませば自分は裏切り者として歴史に名を残し、世界はエルレインの思惑通りに動き出していた事を知った。その証としてかつての友は命を落としていた。黒衣に刻まれた十字架を纏い、自分の生きた世界に身を置き、1度感じた温もりは激しい雨によって打ち消されていくように。

「(海……)」

 いつも、夢で会えたらと強く願っていた、叶わない願いだとわかって尚も、しかし、夢から覚めると、そこはいつもと変わらない、しかし、未だに抱きしめたぬくもりは確かに感じられるようだった。
 思えば、あれは、夢だったのだろうか。だが、夢にしてはやけに現実味を帯びていた。ドラマのようにきっと夢と現実の狭間で、お互いの夢意識が、確かに再会していたのだ。

 もう、二度と、次、生まれ変われるのならば、今度こそ離したくなかった。あのまま、ずっとこの腕に抱きしめていたら、今度こそ連れ帰れると言う願いは叶わなかった。海が幸せになるその瞬間、いつかそんな日が来ることは分かっていたが、それでも認めたくなかった。海が他の誰かのものになるなんて、その幸せを自分は決して知ることはない。海が自分との想いを捨てなければならないなんて絶対に認めたくなかった。

 
To be continue…

 2020.08.04
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