MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

41

「ただいま。」

海がしっかりとリオンの手を握る。
リオンは微かに震えるその手を握り返していた。

「お帰りなさい、海!!」
「きゃぁ!」

すると、玄関から姿を見せた派手な化粧に派手な服を着たケバい女がいきなり海は飛びつかれた衝撃で床に派手に倒れ込んだ。

「な、なにするのよ〜、叔母さん!」
「見違えたわね、あら、そこにいるのはお友達〜?」

海の母の視線の先には黒髪の美少年。リオンは嫌みたらしいその言葉に明らかに歳の割に派手な風貌の叔母を睨みつけるように頭を下げていた。それでも、海の彼氏として振る舞おうとしていた。

「初めまして、海さんと以前からお付き合いさせていただいている、リオンと申します」

昨夜何度も打ち合わせした台本通りにリオンは恋人を演じきり、頭を下げた。

「………(エミリオ…人に頭を下げること、絶対にいやがるのに。私のために・・・本当は優しいんだね、私ってこんなに格好いい人と暮らしてるんだ…)」

その姿に海までも顔が真っ赤になるくらい格好良く、決まっていた。

「はぁ?…あんたみたいな子供が海…と付き合ってる?」
「はい」
「……海、海、ちょっと。」
「何?」

手招きする叔母に導かれ、2人は階段へ向かったのだった。

「あんた、馬鹿?」
「え?」
「私はワンナイトな関係じゃない、初めての人と結婚、純愛するって大見得きって家を飛び出したくせに、あっさり前の男に捨てられて今度は確かにイケメンだし、カッコいいけど、また、同じことを繰り返すつもり?本当、あんたのそういうところあの女に似てるわよね、旦那が死んでからさっさとアメリカに逃げたあの女みたいに、あんたも男が無くちゃ生きていけないのね、」
「叔母さん……」

煙草を吸いながら海をせせら笑う叔母に海はただ何も言い返せずにいた。そう、その通り、実際に叔母の言うとおりだったのだから。海は唇を噛みしめうつむくと、叔母は汚い物を見るかのように海に詰め寄った。

「あんた、アタシのことなんか感謝とかしてないんでしょ?どうせ、いいのよ。あんた育てるために使った金、全部返してからにしてよね。」
「どうして・・・どうしてそんなこと言うの!?そんなに私が憎いの!?私の人生を・・・私を捨てたのは母親じゃない、・・・あんたじゃないの!?」
「その顔で、その声でアタシに怒鳴らないでよ!あんたの母親・・・姉さんはね、アタシの好きな人を奪ったの、アタシの好きな男の顔なのに、声はアタシの大嫌いな姉さん。あんたを見てるとねぇ、何でも完璧な姉さん思い出して吐き気がするの!あ、お見合いの話は嘘だから。」
「は?」
「お金、ちょうだいよ……今必要なのよ」

相変わらず代わり映えのしない叔母に呆れたと言わんばかりに海はため息をついた。本当に、自分は馬鹿だった。このままだと財産ごとこの女に奪われる。

手切れ金ということか。しかも、きっとこの女が終わるまで自分は逃れられない。どうしようかと、諦めにも似た境地にとりあえず財布を手渡そうとした時だった。背後から聞き慣れた男の声がした。

「このピアスをやろう。純金だ、この世界ならこいつを売れはかなりの価値になるだろう。そのかわり二度と海に関わるな」

振り返ると、そこには土足で上がり込んだリオンが居て。叔母は手渡されたずっしりとした重量感。純金に驚きながらも受け取ることを渋ることはなかった。海が叔母と話している間に海はリオンが死ぬまで肌身離さず大切にしていたのだろうピアスを叔母に迷わず渡した彼への思いは募るばかりだった。そして自分を捨てた母親、そして、記憶から消えた残虐な事実を海はまだ知らない。

「行くぞ、海。」
「り、リオン・・・」

海の悲しみ幼少期の辛さ、全てを理解し、リオンは海の為にマリアンから誕生日に貰ったピアスを手放したのだった。

リオンは受け入れがたい真実を知る。
来たる別れの時は確実に迫っていた。

ーーーーーーーーーーー


夕暮れがあたりを照らす頃、2人は静かに戻ってきた。親の愛を知らずに育った自分が気づいたことは海もその愛を誰よりも求めていたという事。

「あっ、洗濯取り込まなくちゃ、」

買い物に出かけたリオンが帰ってくる前に取り込まないと、干しっぱなしの洗濯物は冬の夕暮れまで干したままになっていて、冬の匂いがした。

先に下着を片づけると海はベランダから此方を眺める1人の女性が視界に映った。
自分と似たような腰まであるゆる巻きのロングヘアのスーツを着た長身の目を引く肢体。

「誰かな、あの綺麗な人…」

それが、誰か知ることなく。海はリオンを出迎えるのだった。大切に持っていたピアスはもうリオンの手にはない。

「リオン・・・ごめんなさい・・・私・・・っ!」
「僕みたいな子供には任せられないと言うのは、まぁ、事実だからな。今も海の稼ぎに甘えているだけだ、だから、手切れ金にあれが役に立ててよかった」
「エミリオ……わ、たし……ごめんなさい、あれはマリアンさんからもらった大切なものだったのに、叔母さんに渡して……」
「いいんだ。お前との生活を守るためならば。僕にはそれぐらいしかできない、ヒモなんだからな。」

淡々と述べるリオンに海は申し訳なくてたまらなかった。しかし、泣きそうな顔をする海のためにしたのではない。向かい合って夕飯を食べていた2人、リオンは使い慣れた箸を置くとそっと海を向かい合わせから隣に腰を下ろした。

「お前は、いつも悲しく笑う…無理して笑う癖があると思った。いつも笑っていたが、落ち込んでいる時程、お前はいつも無理して笑っていたような表情だったから…」

リオンに背を向けたまま海は淡々とした口調で喋り続けた。

「どうして、……そう思うの?」
「…海は弱いから、僕もそうだ、僕らは弱くて、本当は誰かを求めていた。僕が求めていたのは……おい。こっちを見ろ」
「だ、駄目…」

無理矢理海の震える肩を掴み自分の方へ彼女を向かせれば海の瞳から大量の涙が溢れていた。

「…つっ…嫌…見ないで」

気がつくと海はリオンに抱き締められていたのだ。その腕はいつのまにか最初の頃よりも太く感じ、抱きしめる胸も大きく頼もしい物に感じた。弟がタイミング良く帰国したのもあり、今日は本当に目まぐるしい1日だった。変化のない日々に突然の変化は心身ともに疲労するばかり。

「今日は、こうしてやるから、泣くだけ泣け」

すっぽりと華奢なリオンの腕の中にですら収まる小さくて温かい身体。温かな温もりに海は子供のように泣きじゃくった。

海は今まで1人、涙を耐えてきていた。一度泣けばとまらなくなるから、弱さを人に見せたくないから…と幼い頃に必死に堪えた涙。だが、それを見つけてくれたのはやはり同じ孤独を抱えた彼だったから…。

二人は夕闇が暗く闇に染まるのも忘れ、抱き合って、キスを交わした。海の涙に揺さぶられた感情はリオンの心に確実に何かを残していた。この、温かい気持ちは何だろう…。自分の腕の中、涙を流す海を抱きながらそんなことを考えていた。

「……優しいね、エミリオ、」
「何がだ」
「リオンは私よりも年下なのにいつも冷静で、きっと、私よりも人生いろいろ辛いことや、大変なことを経験してるんだね。だから、優しいのかな。人の痛みがわかるから…」

そう言うと海はゆっくり起きあがり。落ちていた服たちを拾うと余韻の残るベッドから抜け出そうとしたがそれは叶わずリオンに抱きしめられ、またベッドに沈んだ。

毎晩毎晩、こんな風に堕落した生活でいいのだろうか。結ばれたあの夜からリオンはいつも海を求めてくれた。リオンも自分の着ていたシャツの袖で汗を拭い、海をそっと抱きしめた。

二人いつまでも笑いあえたら…かけがえのないこの時間を惜しむかのようにリオンは密かに願った。海をもっと知りたい。優しい笑顔をもっと近くで見ていたいと。知らない間に海との出会いでリオンは心に押し込めた笑顔を…取り戻していたのだ。

あの日から、なんだかリオンに会うのがとっても気恥ずかしい。海は仕事が終わり、当たり前のようにリオンに電話をかけた。何度も海を呼ぶコール音の後にリオンの低い声がして思わず受話器を落としかけた。ダイレクトに耳に届く彼の声。また声が低くなったような、そんな気がして余計に胸の高鳴りを抑えられずにいた。

「海か?」
「うっ、うん…あ、あのね、今から帰るからね、」
「ああ。どうした?」
「え?」
「いつもより声が、おかしい。何があった?友里にまたなにか変なことでも吹き込まれたんじゃないのか?」
「っ、そ、んなことないよ……」

リオンの声がまた低く変わったような気がして海はリオンを異性として意識しすぎて頭が混乱しそうだった。何やらぎこちないやりとりをし、電話を切ると、そのまま赤い顔をしながら家までの道を駆け出す。

「どうしたの?」
「いや、……見ない間に綺麗になったと思った」

今確かなのはこの温もりが変わらずに存在していること。海は冬が深まり寒さを増してゆくにつれ、リオンも失う、そんな不安が絶えず背後にいるのだと感じていた。冬が切なくなるのは夕日のせいか、肌に直に感じる風にそれは尚寂しさを物語る。

「このまま、2人で居たいなぁ…」
「そうだな……僕も。」

2人はうっすらと感じていた。このまま一緒には居られないことを、住民票もなく、この世界に存在しない自分がいつまでも此処には留まれないことも。リオンがもし大怪我をしたら、病気をしたら、保険にすら入っていないリオンはきっと莫大な治療費がかかって、大変な思いをするだけだ。点灯したイルミネーション、儚い光。ぼんやりと眺めながらこの瞬間を永遠にしたいと、リオンは海の小さな手を強く握りしめていた。


ーーーーーーーーーーー



夜闇に落ちた頃、リオンは血なまぐさい匂いに柳眉を歪めて身悶えていた。夢にしてはあまりにもリアルな感覚に忘れかけていた戦場を思い出した。

「父さん!!目を開けてよ!父さん!!」

ふと、泣き叫ぶ声に顔を上げた。よく見ると金髪を揺らし、泣きわめく子供と銀髪の浅黒な肌をした子供、目を覆いたくなるような血飛沫で見たのは…かつて親友だと言った…男の変わり果てた姿だった。すがりつくように泣き叫ぶ彼によく似た幼い子供、そして、泣きわめく姉の姿。彼女は自分と父親、そして愛する人を再び失う苦しみを味わったというのか。

「スタンが死んだ…だと?あの、脳天気が死ぬ?嘘だ、何だ、この光景は?」
『あなたにはもう一度生を受けてもらいます。全ての者に絶対なる幸福を…』
「うっ!…誰だ、何だ、貴様は…」

最悪の目覚めからびっしょりと汗を浮かべてガバッと一気にベッドから起きあがった。真っ暗な部屋から飛び起き、リオンは隣ですやすやと眠る海のむき出しの真っ白な背中、くびれた曲線を見つめていた。

「海……」

昨夜の甘い余韻を残して海が中途半端に残したミネラルウォーターを飲み干して冷や汗を拭う。心臓がまるで早鐘のように心を打ち鳴らしリオンは脂汗でぐっしょりした身体にシャワーを浴びにバスルームへ向かった。浜辺で倒れていた自分を助けてくれた海と出会い、2人で暮らし始めてからあっという間にここまで月日が流れた。海と思い合うようになりその時間の早さはさらに加速度を増した。マリアンに抱いた気持ちとは違う、苦しくて、胸を焦がすようなこの感情。始めての感情に戸惑いながらも結ばれて重なって…こうしてリオンの隣に寄り添うように眠る海の優しい寝顔をずっと見守るのが自分でありたいと願うのでさえ…

罪を犯した自分にはそれすらも許されないのか?自分の犯した罪は必ず我が身に返ってくると言う、ならばその業はいつ精算の時を迎えるのだろうか。

そうだ、あれは悪い夢だ。スタン達はきっと世界を救って平和な世界で暮らしているだろう。

第一、謎の声が言っていた。絶対の幸せがあるとしたら…海の隣で笑っていること、海が何に怯えることもなく、泣き笑い喜び悲しみを分かち合うこと。口にはできないが、そんなかけがえのないささやかな日常が何よりの幸せだと。

不思議だと思った。まさかこんな気持ちを知るなんて…おしゃべりな彼に話したらきっと大泣きして、喜んでくれただろうに。

突然、身体が痛くなって海が慌てて目を覚ましたら、隣で眠っていたリオンが海を強く抱きしめて眠っている。伏せた長い睫毛があんまりにも綺麗で、見とれていたら、エミリオの目の端から一筋の涙が流れていた事に気が付いた…怖い夢でも見てるのかな?

しばらく見つめた後、その涙を拭いてエミリオを優しく抱きしめながら海は赤子のようにリオンを抱いて目を閉じた。

「おはよう〜…」

おぼつかない足取りでいつも通りの時刻に起きた海。いい匂いが漂うキッチンに行くと、昨夜の涙などなかったかのように優しい笑顔でほほえみ返しすエミリオが居た。

「ああ。ほら、早くしないと遅刻だぞ?」
「ん。仕事、行きたくないなぁ」

軽く頭をくしゃりと撫でられたそれだけでたまらなく天に昇るような気持ちになる。

「……海……行かないでほしいと僕は思うが、それでは、暮らしていけない。僕には引き留める権利などないんだ。」
「ご、ごめんなさ…い」

一緒にいたいが、社会人としての立場もある。只でさえ病欠していたのだ、それを巻き返さなければならない。ふたりで朝食を食べ終えた後、海は離れがたくも大人だと我慢して慌てて仕事に出かけた。大人になると何もかも思い通りには行かないものだ。改めて実感しながら。

「海」
「ん…なぁに、?」

ふいに、見上げればエミリオのきれいな顔が近くにあって…それを合図にそっと瞳を閉じて唇を重ねた。

「気を付けて行ってこい」
「も、もう!また書類にエミリオって書いちゃいそう…」
「僕の所為にする前にまずは自分の集中力のなさをなんとかするんだな」

軽い不意打ちのキスだけで恥ずかしそうに顔を伏せる海。こうしてみせる純真さ、そんな海のいじらしさをリオンは年上の彼女なのにかわいいとさえ感じた。そんな海にさっきの悪夢のことなどすっかり忘れていた。悪夢ではなく残酷な真実と知るのは間もなく。幸せな日々は必ず終わりを迎える。嫌だと泣き叫んでも、離すまいと繋ぐ手も全て逆らうことは出来ないのだから…。

海がいない間に一通りの家事を終えようとベランダを開けた瞬間、鈍い痛みが脳内を駆けめぐる。またあの悪夢がリオンの脳裏を支配する。耐えきれなくなり、その場にしゃがみ込むと、頭の中が潮騒のようにザワザワとざわめきだした。

『オン…リオン・マグナス』
「うるさい…やめろ…」
『早く、早く目覚めなさい。哀れな男よ…おまえを死の淵から…』
「なんだと…?貴様は何者だ」

姿無き声にリオンは恐れを成した。しかし、その声はまるで聖母のように穏やかに優しい。

『私の名前はエルレイン。未来の神、フォルトゥナの2人の化身のうちの1人。人々を幸せに導く輝きの聖女』
「エルレイン…だと?神の化身など、馬鹿馬鹿しい」
『…私はお前より28年後の世界の人間。そして、お前はあのくらい海底の底から私が蘇らせたのだ。』
「……くっ」
『愛する者のために仲間を裏切り、哀れに死んだお前に幸せを掴んでもらうために今一度、蘇ってもらったのだ』
「…うっ…何のために…僕を蘇らせた?」
『全ては哀れな死を遂げた貴方の幸せのため』
「うるさい、やめろ、……僕は、望んでなど居ない……ただ、あいつの傍に………」
『大事なあの二人の息子がどうなってもかまわない、と…』

やがて思考が遮断されたようにリオンは気を失った。ようやく見つけた海の名を何度も心の中で呟きながら…


To be continue



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