MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

40

朝、目を覚ますと一番最初に目についたのは 、変わらぬ表情ですやすやと眠る海の穏やかな姿と、剥き出しの白い肩だった。

そっと流れるように髪を撫でると気持ちよさ そうに彼の元にすり寄ってくる。 幸せな日常。 そんな海を起こさないように部屋を出たリオン。昨夜からそのままだった荷物を海の代わりに片づけ始めた。

それから暫くして、眩しい朝日と、汗ばむ肌の不快感に魘されながら海はゆっくりと目を覚ました。むくりと起き上がり小さなあくびをひとつ。ふわりと揺れた髪に微かに感じた下腹部の不快感に首を傾げる。昨夜の肌に感じたのは忘れもしないあの優しくて切ない痛み。

「…あれ?私、どうして服着てないの?」

ふと、ベッドの下には脱ぎ散らかった自分が昨日着ていた服。 そして……

「ん!!」

下腹部をずくずくと疼くような痛みが走り、慌ててうずくまると、ようやく海は昨日の夜を思い出した。

「………あ、わ、たし……っ、」

昨夜の、肌の温もりも、感じた恥ずかしさや戸惑いやそうして涙がでるほどの悦楽や幸せも、走馬燈のように駆け回って、半ばパニックに陥りあたふたと戸惑いながら今にも走り出したい気持ちになる。いつになっても慣れることは無い恥ずかしさに海は真っ赤な顔を耳まで赤くして布団に顔を埋めた。

「海、」
「あっ…!」

おそらくこの痛みの、昨夜、共にした愛しい存在が海の名前を愛しげに呼ぶ。愛し合った男の声はこんなに甘かっただろうか。抱き合えば抱き合う程、激しさを増してゆく行為と、リオンの声はとても優しかった。慌てて毛布で肌を隠しながらドアを開けてくるリオンを待ち焦がれた。

「エ…ミリオ」
「おはよう。起きれるか?」
「う…それ、エミリオが言うこと?」

懸命に痛む身体を引きずりながらもなんとか起きあがろうとするが、下腹部を突き刺すような痛みに海は不快感と痛みに顔を歪め、ベッドに力つきた。

「…ごめん、無理みたい」

そんな海の痛々しく弱々しい姿にリオンは優しく頭を撫で、そっと笑った。その意味深な笑顔が昨夜のことを生々しく呼び覚まして海はますますはずかしそうにシーツを引き寄せたが、シーツにはすっかりと昨夜の余韻と海がリオンに抱かれた証を残していた。
悲鳴をあげ、ますます顔を真っ赤にして布団に顔を隠す海に笑いながらリオンはエアコンにスイッチを入れた。

「今日も休みだろう?シーツを洗うから少し待ってろ、家のことは今日は僕がするからお前はゆっくり休んでいろ。」
「え…う、うん。」

海の柔らかな肌、そうして再び重なる唇はもうぎこちなさを感じない。リオンは明るく背中を向け、そうしてその場を後にした。

「あっ、待って…」
「え?」
「やっぱり…シーツ、そのままにしたら、だめかな?」
「え…」
「あ、ううん!なんでもないの…ただ、嬉しかったから、記念に、残しておきたかったから…。」
「海…」

海は安心したように、再び安らかな眠りに沈んでいく。すやすやと幸せそうに眠る海を見ると涙が思わず溢れそうになる。
シーツですら大切にしようとするなんて、本当に海はリオンには想像できないほどの優しさや幸せをもたらしてくれる。

泣きたくなる程、海に惹かれていたのかと、痛みさえも必死に我慢して受け入れてくれた海の優しさ、そして…あの忌まわしき過去を受け入れてくれた海を愛して、出あえた良かったとリオンは心底海に感謝し、初めてのこの"恋"という苦しい感情と離れたくないという切ない気持ちにただ、うなだれるばかりだった。

「あの、エミリオ…」
「…海!もう起きても大丈夫か?」

それからすっかり日も暮れた頃、エアコンの暖房の寝苦しささえ気にならないのかのんきに眠っていた海がドアからひょっこり顔を出した海に優しく笑いかけると、彼女も恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべて笑った。

「まだ、お腹のなかが変な感じ、けど…平気だよ。」
「そうか…」
「エミリオ。離れないで…傍に居て、もっとぎゅっと抱き締めて」
「ああ、お前が安心してくれるなら何時までもこうしてやる」

我が儘だと知りながらも、甘えたな海をリオンは優しく抱き締めて、何度も口付けを落としてくれた。

「でも、昨日の私は…っ、」

…今更、思い出して赤くなるなんて…恥ずかしがる海反してぽかんと、海を見つめる無防備な表情を見せたリオンから海は必死に目を反らした。ぎゅっと目をつぶりながら海の肩越しに無理矢理その目を見ようとするリオンの腕から逃れようとしても、呆気なくソファのリオンが座っていたその足の間の特等席に座らされ嫌でも見つめ合う形にされてしまった。

「まさかお前にあんな一面があるなんて…本当に海なのか少し疑ってしまったくらいだ。
未だ夢を見ているみたいだ。すまないが、さっきの僕を求めてくれたお前を忘れるなんて僕には出来ないな…」
「っ…嫌いにならない…?」
「なるわけがないだろう。むしろ逆だ、お前に甘えられるとこんな僕を必要としてくれている、愛してくれているんだと感じて幸せになれる。お前になら本来の、有りの儘の僕を見せても全く嫌にならない…お前に必要とされる…たまらなく幸せだ」

甘く耳元で囁かれ、そっと…お互い無言でどちなく見つめ合う、リオンの眼は初めて出会ったあの日とは全く違う、本当に穏やかで、そして力強い意志を秘めた紫紺に海が映し出されていた…

「海、キスして欲しい。」
「エミリオ…」
「ちゃんとお前と同じ場所に居るんだと、僕に証明してくれ。…今の気持ちを言葉じゃ伝えられない…」

頬に触れまた見つめ合う。時計の針がまるで海たちの時間を繋ぎ止めてくれる、確信もないのに、そんな気がした、

「エミリオ、っ…私、」

やっぱり未だきっと言い慣れない、重いからこそ気安く言える言葉じゃない。どんな言葉もきっと全てのこの愛しいと思う気持ちも言葉では全てを伝えきれないから。

「世界中で…貴方が誰よりも好きだよ。貴方以外、要らない…っ、エミリオ、愛してる…」
「っ…海、ああ、僕もだ…僕も愛している、世界で誰よりもお前が愛しい…」

微かに震える唇で告げたたった一つだけの…貴方に捧げる為に今まで知らなかった愛してるの深く重い言霊。

「…お前の居ない世界に僕の安息は無い」

その言葉に親指でゆっくり唇をなぞられ、そのまま膝立ちになり顔を近づければタイミングに合わせて
エミリオが長い睫毛をゆっくり伏せた。何度も、何度も…角度を変えて重なる唇、微かに漏れた吐息に濡れた薄目がちの瞳で見つめ合い、エミリオの首に腕を回し何度も重ねた。エミリオの薄く乾いた冷たい唇がとても心地よい…微睡みながらエミリオの腕に抱かれゆっくりソファから隣の今の2人には少し狭いベッドに寝転がり、エミリオの舌に口を割られもっと、更に深く重ね合う。

「不思議だな…お前とキスをするだけでこんなにも安心するんだ。ヒューゴの存在に常に気を張っていたあの頃の僕が今此処にいたらお前のことを教えてやりたい。僕の添い遂げる相手はお前が憧れたマリアンじゃない、海…僕の、運命の人だ。」
「エミリオ…」

ゆっくりエミリオの唇が海の全身を愛撫して溶かしてゆく…痛みでも、何でも構わないから白いシーツに溺れ、2人は恋人と言う曖昧な関係にさよならを告げた。これからは2人で、ずっと、また新たな扉をひとつひとつ開けて歩いていこうね。お互いのくぐもった声だけが占める部屋に運命の神様でさえ立ち入ることは出来ない。昨日も、明日も、エミリオの腕の中、もつれ合うように抱き合いキスを交わして、また強く、深くその温もりを絶やさないように分かち合った。

ーーーーーーーーーーー


「いいのか?ベランダで花火なんて、」
「いいの、」

2人で抱き合いながら、ベランダで夏に余っていた手持ちの花火をして冬の夜の匂いを全身で感じながらだいぶ季節外れの花火を楽しんでいた。

「1月になったら、私の職場ね、五月の時みたいにお正月休み・・・えっと、連休があるの…そしたら、行きたいところ、いっぱい行こうね…!」
「海、……ありがとう、僕は、幸せだ、」

後ろから抱き寄せられるようにエミリオに引き寄せられて、海も幸せそうに笑っていた。

「海、今夜は離したくない…」
「今夜だけなの…?」
「違う…ちゃんと、居るから、だから、」
「エミリオ……」

恋人同士としての甘い暮らしが始まり、冬が来て、そして季節はもはや年末。季節が寒さを増す度に季節も二人の思いも温かさを増していく…クリスマス、イルミネーションも、2人は片時も離れることなくいつも一緒に過ごして、語り明かした。リオンも最初の頃とは別人のように優しく、時に甘い言葉で海の仕事の疲れを癒してくれた。食べ盛りのリオンと出費の多い2人の生活。海の給料ではギリギリだったが2人はとても幸せだった。そんな幸せが、いつまでも続くと信じていた。根拠もなく、2人は周りがあきれるほどお互いに夢中で、この恋に溺れていた。そんな矢先の、電話だった。

「海?どうか、したのか…」
「あ、うん。叔母さんから…連絡がきたのよ。ちょっと待っててね、」

母親に捨てられ叔母に預けられたが、そこでの生活はまさに地獄のようだった。叔母は金を渡して海を好きにさせ、病弱の身体を抱えて小学生の海はそのお金を自分の病院代に当てていた支えを無くし、そして叔母の恋人に関係を迫られたあの日に海は家を飛び出したのだ。逃げ場をなくし元彼のマンションに転がり込み、2人は結婚するつもりでいたが、実際は…

「もしもし?……叔母さん……?………え?」

電話から聞こえるヒステリックな声。海の様子を黙って傍観していたリオン。彼の紫水晶の瞳が揺れる。

「そう。わ、わかった…じゃあまた明日…はい。行くから、別に逃げる訳じゃ……もぅ、」
「海?」
「…り…料理の続きしなくちゃね」

動揺を隠すように電話を切ると、リオンに軽く笑い、海は料理の続きをしようとキッチンに消えていった。

彼女の過去を暗くした叔母との確執。それなのにこんな時に今更なんの用事だろう。エミリオは訝しげに隠そうとする海の背中を見つめていた。夜、2人でベッドで微睡んでいるとリオンは優しく海の髪を梳きながら問いかける。先ほどのやりとりは叔母と姪と言うよりはもっと重苦しいものだった。叔母にとって姪は忌むべき存在なのか?それは違うはずだ。少なくとも自分ならきっと姉ルーティの子供ならきっと可愛いと思うし守りたいと思うはずだ。

「海」
「なぁに?」
「……さっきの電話からずっと様子がおかしい。何かあったのか?叔母はお前のことを邪険にしていたんだろう?それなのに何故連絡を寄越す?」
「……ふぅ……やっぱりリオンには隠し事できないね」

それはお前がすぐ顔に出るからだと内心突っ込みつつもリオンは海の瞳を見つめた。

「あのね、私を気に入ってる人がいるんだって。それで…お見合いさせるからって!勝手だよね、自分が遊んで借金したのに。そして、私はたぶんヤクザの誰かに紹介するんじゃない?」
「……お見合いだと!?ふざけるな、お前をそんな奴らに渡してたまるか!」
「お、落ち着いて!私だってそれは嫌よ!」

リオンは慌てて席から立ち上がる。なぜ自分がこんなに動揺しているのか、今のリオンの行動に海もびっくりしていた。

「それで、エミリオに頼みがあるの…」
「なんだ」
「あのね…私の恋人として叔母に紹介するの!お願い、前の彼氏と別れたことも説明しなくちゃ、だし私、もう大人だし、叔母さんと縁切りたいの!」
「僕が…」
「お願い!だってその人すごく脂ギッシュで私の大嫌いな人なの、気に入られてしまって迷惑しているの!だから、リオンを紹介すれば…お願い、エミリオ。何でもするから、お願い、」

海が困っている。しかも自分は海に命を助けられているし、住ませてもらっているのだ。断る理由など、どこにもなく…

「だ、だめ?」
「…あのな、断る訳ないだろう。恋人の頼みだからな」
「ほんと?」
「ただし、その分の対価は払ってくれよ、」
「えっ、どういう意味なの…?」
「わかるだろ?」

意地悪そうな笑顔、リオンの低く甘いその言葉と共にベッドに沈む身体。それがリオンなりの返事だった。

翌朝、ふらふらの足取りの海とどこかすっきりしたようなリオンの温度差の激しい2人は冷たい冬の空気の漂う外へと飛び出した。

「よし、行きましょう」

海の愛車の助手席に乗り込んだリオンが軽くうなずくと、2人は海の実家に向かうと、車は大きな門構えの建物に入っていき、そして停車した。彼女が育った家は海が話していたよりも立派だった。叔母は海を捨てた母親と2人で生きてきたらしい。母親は知らない。海の記憶にも残らないほどに。


To be continue…

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