MISSYOU | ナノ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
MISSYOU

36

海の記憶にあるのは自分が未だ物心ついた幼い小学生の頃に戻る。叔母に手を引かれやってきたのは飲み屋が立ち並ぶネオン、そこに叔母の経営しているバーがあった。

両親がいない海は叔母の店を手伝いながら眠たい目を擦り学校に通っていた記憶しかない。叔母は自分の母親を嫌い、いろんな男をとっかえひっかえし、夜な夜な叔母が女になる姿を見てきた彼女は誰よりも幼いながらに女というものに、男と女の関係というものへの不快感を抱いていた。しかし、叔母は父親に似ているらしい自分を溺愛していた。

「私を産んでくれたお母さんの顔は今もわからない。お父さんも。家族の写真もたぶん、叔母さんが捨てたから。そう思うんだ。」
「叔母か」

元々病弱だった海。自分が叔母や周りに迷惑をかけないようにいつも気を遣い、我慢して涙を流さないようにしていた。

海はたった一人になってしまった。叔母が参観日や運動会などの行事に来ることはなく引っ込み思案な海は友達ともうまく話せずひとりぼっちで過ごしており、次第に孤独を募らせそれは麻痺していき、気付けば海は何に関しても無関心な叔母に何をしても無駄だと、何の価値も見いださなくなってしまった。

代わりに叔母の恋人は自分には優しかった、優しくて、しかし、それは時に海すらも欲望の対象にしようと、恋人のように接する男達を海はたまらなく嫌悪し、家にいることを拒むようになり、叔母の財布を盗んだ恋人ではなく、自分が犯人にされて以来くだらなくなり家を飛び出した。学校にも行かなくなり友達や彼氏の家に転がり込み、あちこちを転々とした。次第に夜の街をさ迷うようになり、自暴自棄になって、未成年でタバコや飲酒、身体にはピアスを開け、髪がちぎれるまで脱色を繰り返し好きなバンドのコピーバンドに誘われると次第に音楽に逃げるようになった。

親がいない自分にいつも孤独や劣等感を感じていた。見かけをいくら着飾っても心の穴は埋まらなくて。歩み寄ることも出来なくて、いつもひとり、退屈な授業、本当は誰かにいつもそばにいて欲しかった。今となっては最悪な別れだったが、教職者の彼に出会い、恋をして、生まれ変わり、そして言葉や髪型やしぐさも彼好みに真似て。そして叔母と縁を切るように彼の家に転がり込こんで、海は留年しながらも卒業して、こうして真っ当に社会人として生きている。

「だけど、あいつに奥さんがいた事。私は、知らなくて・・・ある日、奥さんが私の前に現れたの。そして、あなたを訴えますって、裁判になって・・・その時働いていた仕事もクビになって、お金もなくなって、また、ひとりぼっちになって・・・本当に帰る場所をなくして・・・もう、死のうと思ったの。家族もいない、ひとりぼっちだったから、寂しくて・・・でも、そんな私を助けてくれたのが、あなただったんだ・・・エミリオ。」
「海・・・もう、いいから…あいつに何をされたか、無理に話そうとしなくてもいい。それに、お前は知らなかった。だからお前のことを不倫した最低な女だとも僕は軽蔑など、しない。」

「私、処女だったけど、それ以外の方法で男の人を満足出来るように・・・あいつに教えて貰って・・・「やめろ、海・・・」痛くて今までずっとこの歳まで、処女だったの。痛くて、怖くて、突き飛ばしたらじゃあ、口でしろって、言われて・・・」
「な・・・」
「でも、あのときの私って、すごくバカだったんだ・・・怖くて逆らえなかった・・・抵抗したらもっとひどい目に遭うんじゃないかって・・・男の人って自分が満足すれば別に繋がらなくても、いいんだって、けど、その方が気楽で、」

海が話す真実、今も小さな身体に抱き続けるトラウマはあまりにも血が出ないからこそリアルで痛々しくて・・・涙ながらにあの日を思い今も苦しむ海の健気な姿に居たたまれなくなり、リオンもまぶたの奥がじんわりと熱くなるのを感じてずっと海の事を抱き締め優しく髪の毛を撫でてやっていた。他人の過去になど・・・ましてや実の姉にさえ剣を向けた自分が全く関心を示さなかった自分が、今ははらはらと涙を流す海の話に胸を痛めている。

「・・・幻滅、したでしょ・・・」
「するわけないだろう!馬鹿なことを言うな。話してくれて、ありがとう。お前はもう、ひとりじゃない。だから、お前の過去は、僕が消してやる。」
「エミリオなら怖くない・・・エミリオ、居なくならないで、そばにいて・・・エミリオが好きなの、エミリオなら、痛くても、我慢するから・・・っ」
「安心しろ、もう痛みさえ、何も、感じなくなるまで・・・ずっと抱いててやるから。」

海の甘い吐息にリオンは何度も頷いて、脱がせてベッドの下に投げ捨てた衣服をふわりと海に被せたのだ。今はもう、何もない海の果てにきっと残したままで。思い出だけを残して、刻み込んだ夏を忘れないように。精一杯二度とは還らないあの花火の夜、暑い夏を、ふたりで追いかけた。

「お前には、これまでにないくらいのたくさんの気持ちをもらったから、そんなお前に身体までも僕は」
「エミリオ・・・」
「ありがとう、海。話してくれて、」

海を裸にして自分の思いのままにしたいわけではない。自分の欲を満たすために海を抱くのとでは理由が違うから。

「今夜はもう眠ろう、明日は早い、」
「エミリオ、・・・な、んで?ど、して?やっぱり、幻滅したの?だから、」

頭を撫でる手つきを感じて海はまた涙を流して不安が入り交じる眼差しをしたままリオンにすがり付いた、リオンのその優しさを海は瞬く間に不安要素として享受してしまった。

「海、違う、僕は・・・!」

リオンは海が過去を呼び覚ますことを危惧してその先を止めたが、海には行為の中断の真意が見えず、自分のせいなのではと、不安になったのだ。

「エミリオ、どうして?」
「海、違う!馬鹿め、そんなわけあるか!今にも壊れそうなお前をこの場で抱いたら、きっと傷つける。怖がらせたくないだけだ。」
「あの夜のことも、私、嬉しかったの…無理矢理じゃない・・・私が望んだこと、だから、私、エミリオにならいいの・・・だから、っ!」
「海・・・」
「わ、たし、エミリオになら・・・」

ぎゅっと拳を握りしめて、海はサイドランプのついた明るい部屋で胸元を気にしながら俯いていた。海を傷つけたりしたくない、あの夜の前科がまだ胸を締め付けた。自分の腕の中で夢と混同して海を抱いた自分がますます許しがたくて。大切にしたいのに。自分の中の保ってきた頑強な理性が音もなく崩れていきそうだ。
こんな風に身体の中心の熱が高ぶって、柔らかな肌や女性に男として触れたりしたいなんて、浅ましい欲求が自分にもあることを、リオンは信じられなかった。

シャルティエはそれがいつか当たり前になると言っていた、自分にもマリアンとは違う、心の底から相手を求めたい、真っ向から愛したい人がいつか現れる。

現に目の前にいる海の涙をリオンは拭っている。本来ならば存在しなかった出会いにリオンは感謝した。

「優しくする、絶対だ、もし、少しでも痛かったり嫌だったら殴ってでも止めてくれ。」
「いいの、痛くなんてない。エミリオがくれるなら私は・・・」

エミリオがこんな風に求めてくれるなんて果たして誰が想像しただろうか。

「詳しい、ね、エミリオは・・・もてるもん、ね。」
「あのな・・・ちゃんと女を抱いたのはお前が初めてだからな。生憎、周りには財産目当ての女しか居なくてな。僕はいずれあの男の後継者、あの男の指示通り決められた女と婚約して子供を作るだけ、それだけの作業、そう思っていた。」

海はリオンのキスを受け止めながら下着をつけていないベビードールをまた床に戻しリオンを裸の胸に抱いた。

「だが、今は違う。心から、海が欲しいと思う。海を、抱きたい」
「まっ、て・・・あの、明かり、消さない?」
「お前がちゃんと見えないだろう。」
「じゃあ、服着せて。」
「分かった、消す。」

そう言えば電気を消す間際、脱いだきりだったリオンの筋肉質な身体を海は見つめていた。
華奢に見えて広い肩幅、筋肉質である硬い身体に抱かれ、海はたまらなく切なくて、力付くで押し付けようとすることはなく、リオンは何よりも優しく、確かめるように海に触れてくれた。

リオンなら怖くない。リオンの唇が額から、頬、唇、首筋から鎖骨を通り柔らかな膨らみに降りていくと、海は気持ち良さそうにまた瞳を細め、身じろいだ。

「っ、くすぐったいよ」
「そうか、怖くはないか?」
「うん、大丈夫だよっ。優しいね、エミリオ、なんかね、最初の私たちと全然、違うね」
「ああ、そうだな。本当に、お前にはいろいろ、世話になった。明日に、響くかもな。」
「・・・え?」
「明日に響かないように努力はするよ、なるべくな。」
「待って。」

海を組み敷き優しく見つめる眼差しに微笑んでいると急に海が起き上がり、逆にエミリオを組み敷いた。

「海?」
「あ、あの、ね、今日は・・・私がエミリオのこと・・・」

言ったそばから恥ずかしそうに暗闇の中で俯く海。今夜は何か違うことが起きそうだと、自分から言い出した癖に恥ずかしがる海が愛おしくて。そっと頬にキスをして海を膝の上に乗せてリオンは仰向けに倒れた。

「無理するなよ。さっきの話の通りに無理強いさせたくないからな。」
「エミリオ・・・」
「悪くないな、偶に下になるのも。」


ーーーーーーーーーーー



「エミリオ、大丈夫?」
「ああ、平気だ。」
「ごめんね・・・結局、」
「だから言ったろ。今までだって我慢してこうしてお前と寝ていたんだ、僕のことは気にする必要はない。もう、お前を離したりはしないから早く寝よう、」
「う、うん・・・。」

暗がりでよく見えないままお互いに手探りで衣服を着せあい、ふたりは身を寄せあい夢みたいに抱き合うように深い安息をもたらす世界へとまた誘われた。

何よりも自分を大切に慈しむように抱いてくれたリオンの優しさ。それが何よりも海の涙腺を刺激した。泣いたらまた彼に心配をかけてしまう。わかっているのに海は頬を伝う喜びと哀の入り交じる涙を堪えることが出来なかった。
海の瞳は涙でにじんでいて・・・それはリオンの紫紺の瞳にも同じ涙が浮かんでいた。

「(エミリオは、どんな辛い過去を抱えているのかな?私なんかにはわからないくらい、たくさん・・・エミリオ、私は、エミリオを少しでも癒せているの?)」

見かけより大きな彼の手を絡めるように重ねて。海は2階の窓から少し明るみだした空を見上げていた。早く寝ないと運転に支障が出る。

しかし、わかっていても自分が先に眠り目を覚めるよりいつも後に眠って早く起きていたエミリオだからその滅多に見ることのできない寝顔を彼が目を覚ますまで、いつまでも海は飽きるまで眺めていたかった。本当に彼はCGゲームのように整った化粧も映える美しい、玲瓏な顔立ちをしていると思う。睫毛も長く、クールでセクシーだ。

「(私、こんなに素敵な人に愛されてる。勿体ないくらいこんなに幸せで、いいのかな?いいんだよね、エミリオ。)」

両親もこうして自分達と同じように結ばれてそうして自分は愛されて生まれてきたことを海ははじめて顔もわからない両親に感謝の気持ちを抱いて眠りについた。朝になり、眩しい太陽の下で海は目を覚ました。照りつける灼熱の光線は今は日が短くなるにつれてだんだん和らぎつつある。頭を抱え込んだ海はごしごしと目をこすり、肩にかかる髪を払いむくりと起き上がると、一緒にかけがえのない夜を明かした愛しい彼の姿を見つけて飛び込んだのだった。

「おはよう、エミリオっ!早く起きて、ね?」
「う・・・ん、海?」
「うん、私だよ?あ、そうだ今何時?って、えええ?!」

昨夜の甘い余韻に浸りながら口づけを交わしてどちらからともなく抱き合った。甘くまどろむ瞬間が愛しい。しかし、それも瞬く間に崩れ去った。慌てて唇から離れ、戸惑うように起き上がった普段、おっとりしている海に何事かとリオンも起きあがり彼女について行くと、リオンも寝過ごしたことを知った。時計を見て一目瞭然だった。何故ならば2人で決めたスケジュールよりも3時間以上オーバーしているのだから。

慌てて身支度を始めたふたり。荷物は完璧だが、海は汗を流すこともできないままシャワーは諦めてあわてて化粧しはじめているがこれではプールで遊んでから予約している温泉のチェックインも間に合わない。

「もう〜よりによってどうしてアラーム鳴らなかったのかなぁ?」
「さぁ、お前が勝手に止めたんじゃないか、昨夜は気持ちよさそうに大口開けて眠っていたからな」
「むっ、そんなことないったら!」
「早くしろ、プールどころじゃなくなるぞ」
「えっ!?そんなぁ、はやくしなきゃ早く、きゃあっ!」

慌てて立ち上がった拍子に思いっ切り転んだ海。先が思いやられるなと、リオンは昨夜の余韻を今の海からは全く見いだせないことに落胆した。昨夜の夜のこと、今も忘れられない。海の柔らかな温もりも、甘い声も、リオンは急がないと行けないと分かっていても、そんな海を愛しげに抱きしめ、確かめた。

「ありがとう、海。」
「え?」
「お前に会えて、本当に良かった。」
「エミリオ?も、もう、だめだめ!今からもっと楽しくなるんだから、しんみりしないのっ!」

愛しげに抱きしめ口づけたリオンの穏やかな眼差しに海は恥ずかしさを隠しきれないのか赤らんだ頬を真っ赤にしたまま、化粧を終え、着替えだしたが、その姿にリオンはまたしても怒号を放った。

「またそんな破廉恥な姿だと!?襲われたらどうする?そんな男を誘うような無防備な服装で・・・」
「そんなこと言ったって、今からプールで泳ぐんだよ?」

髪をポニーテールにして、あらわになる首筋。ワンピースタイプの水着の上からそのままキャミソールを着せただけのヘルシーな肌見せスタイルにリオンはまたしても落胆したのだった。可愛らしいからこそなるべくなら平凡な姿をしてくれたらいいのに。

海は分かっていないのだ。昨夜、見せた海の儚げな姿は普段の海にはない扇情的な艶やかさがあった。海は綺麗になった。と、思う。自惚れや贔屓目は無しに。どこかあどけないのに微かに女らしさもあって、これから年を重ねて綺麗になる海といつまでこうしていられるか、リオンは柔らかな肢体を抱きしめながら、不安に駆られていた。

ふたりは昨夜の甘い余韻を悟られないように走り出した車、これから始まる旅へ思いを馳せた。

今の海にはもったいないくらいの幸せにつないだ手から浸りたかった。

願うなら、いつまでもこのままでいたい。
彼と離れる未来なんて全く想像できなかったから。
この空気にのまれたまま、感じていたかった。

「リオン、車酔いは大丈夫?」
「あぁ、お前がくれた酔い止めがきいたらしい、平気だ。」
「ああ、よかったあ。無理しないでね?」
「あぁ、」

今までつらい恋に涙を浮かべていた海の幸せそうな笑みにリオンも安堵を浮かべていた。
高速道路をひた走り、やがて車は既に観光客でごった返している屋内のハワイをモチーフにした巨大スパリゾートプールへと到着した。

彼の低いテノールボイスが海には甘い媚薬のように身体に染み込んでいくようで、海はより一層高なる胸を押さえることができなかった。


To be continue…

prevnext
[back to top]