最初で最後の花火のように一瞬にして駆けた一夏をあなたと過ごしたこと、私は今でも覚えているよ。
別れ道を選んだのは決まっていた。浜辺のデート、あなたの笑顔も、消えたくないと願った夜。
ふたりだけの宝石を散りばめた夜空を見上げたね。
あの夏も海も空もうだるようなコンクリートを照り返すあの暑さ、重ね合わせた温もりも、忘れたくない。
あなたをなかったことになんて出来ないよ・・・
あなたのことを私は愛してる。
今では私は誰も愛せないままあなたの海を見つめている。あなたを包む海に私はなりたい。せめて今夜だけでもいい、あなたの優しい夢の中あなたとふたりあの海を見つめたい。叶わなくても、今は深い海の底で眠るあなたを思う。
「海、もういいのか?」
「うん、大丈夫だよ。」
「おい、足元!ほんとに、気をつけろよ?もうひとりの身体じゃないんだからな。」
だけど、今もまだうまく笑えない。
あの頃のふたりはもう死んだんだ、と。そう、思うから。
試着室にひきこもり、辺りに散らばるいろんな色や形の水着たち。店員もにこにこしているが閉店間近でレジを閉めたいのだろう。内心早く帰らないかとやきもきしているのが目を見れば明らかだった。それを気にしてかなおさら海は焦っていた。
「これ、どうかな?」
「うーん?微妙〜じゃないかな」
「そ、そっかぁ、」
閉店間際のショッピングモールで、手当たり次第に海が気に入ったショップの水着を片っ端から試着していたが、友里からなかなかオッケーをもらえず着なれないホワイトのビキニを着たまま立ち尽くしていた。今まではワンピースばかりでセパレートタイプの水着なんて今まで着たことなんて無い。恥ずかしいし人並みのスタイルの自分には到底無理。ビキニなど日焼け止めのCMのモデルや友里みたいにスタイルに自信のあるものしか着ないだろうと思っていたからだ。
「海は胸がないのとお尻が大きいのが嫌なんでしょ」
「な、なんでもいいから早くしよう!恥ずかしいの、下着みたいで・・・」
「でもさ、海・・・あのさ、なんか思ったんだけど、胸、大きくなった?」
「え?」
控えめな性格の彼女らしく胸も女子の平均よりも控えめな海。しかし、いつも着替えや一緒にお風呂に入ったからこそわかる友里が気づいた変化。
「海さぁ、1回リオンとおでかけの前に下着のサイズちゃんと測ったら?」
「きゃっ!友里ちゃん!」
「ん、水着もそうね、」
胸を後から鷲掴みにされ、人に触られるのを慣れていない海は恥ずかしそうに真っ赤な顔をして俯いた。しかし、なぜ控えめな胸がいきなり大きくなったのか?海には理解出来なかった。いつも飲んでいる避妊薬の副作用か?それとも。海は昨夜もそして今夜も自分の帰りを待つ想い人のことを頭に浮かべて真っ赤な顔で俯いた。
「んでも、揉んで大きくなるってのは科学的根拠はないからね。きっと幸せ太りね。あと、胸が欲しいなら海はもっと脂肪つけなきゃね!ほら、これは?」
「あ、かわいい・・・!」
案外自分を客観的に見ている人はこの世でなかなかいないだろう。誰もが自分には盲目で、自分の価値観は絶対に他人にも曲げられないくらい強固だ。自分で何が似合うかわからなくなったら友人に頼んで目線を借りた方が案外すんなりするものだ。
「海は逆に白とかピンクより黒とかがいいんじゃないかな?少しは年上のお姉さんアピールしたら?リオンも鼻血吹いて倒れるかもね!」
「まさか、そんなわけ・・・」
「興奮したリオンに襲われないようにね?」
「ゆっ、友里ちゃんっ!もぅ!」
「何よ〜もう、恥ずかしがっちゃって!さんざん恥ずかしいこと毎晩せっせとしてるんでしょ?いいわねぇ〜」
リオンになら・・・頬を赤らめる海に友里も意地悪そうに半笑いを浮かべ身ぶり手振りでいきなり海に飛び付いたりしてからかってくる。他人事だと思って、しかし、やっと実った恋と、ずっと怖くて出来なくていたが、踏み出せたこと。純粋に恥ずかしがる海が友里にはかわいくて仕方ないのだ。最後の最後、迷った末に膨張色である白のビキニで落ち込む海に友里が手渡したのは引き締まった印象を与えてくれる白い肌に映える黒のサテン地にフリルがついた可愛らしいビキニだった。下はスカートになっており、これならリオンにからかわれるおしりもカバーできる。
「リオンに釣り合う女の子になれるかな?私、」
「心配しないの!少しは自信持ちなさいよ!」
友里が持ってきた水着はワイヤー入りで、たっぷりしたフリルに胸元の中心のリボンを結べば谷間を寄せることもできる。海は初めて着たビキニだがこれなら大丈夫そうだと嬉しそうに笑った。
リオンは喜んでくれるだろうか、値段は1万円にお釣りが少し。多少値は張るがそこはまぁ我慢しよう。
「ねぇ、ファミレスでいい?」
「あっ、うん!」
リオンには早く帰ると告げたが久々に友達と語らう時間も大切だし30分くらいなら、海はのんきに連絡もせず友里とファミレスで久々に語らい盛り上がった。もちろん、女子のおしゃべりにはいろいろと積もる話題もある。気づけばすっかり時間は次の日を迎えていた。
「ただいまぁ・・・」
「遅いぞ!」
とっくに待ちくたびれて寝てるだろうと、こっそり帰ってきてドアを閉めるも、車の音を聞きつけ仁王立ちしたまま自分を待ちわびていたリオンがドアを開けるなり、いきなり美しい顔を歪めて鬼の形相で怒鳴りこんできたのだ。
あわてて逃げ出そうと背中を向けた海の襟をつかむと部屋に押し込み鍵を閉めた。ただでさえ気の短いリオン、待つのはそんなに退屈だったのか。
帰ってくるなり不快感を露にしてリオンは海をソファに座らせ自分もとなりに座ると顔を近づけ、微かに不安で淀む紫紺の瞳を色めかせた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「もう1時だぞ?早く帰ってくるって言ったよな?」
「うん、ちょっとおしゃべりに夢中になってたの・・・ほんとにごめんねっ!」
「何がおしゃべりだ、お前に何かあったんじゃないかと何も手につかない。本当に、心配したんだからな」
「女の子同士だもん!何もないよ、積もる話はいっぱいあるじゃない!寝ててもよかったのに」
「ひとりでなど、寝てられるか」
「っ・・・!」
これではどちらが年下か上かあったもんじゃない。
拗ねたような口調のリオンがついにそっぽを向いた。お互いに譲らない性格の二人、いがみ合ってはキリがないと海はひとりにされてずっと不安で仕方なかったのだと、彼を独りにしてしまった自分を詫び先に折れて頭を下げた。
「ごめんなさい、エミリオ。友里ちゃんとお話ししてたらつい、盛り上がっちゃったの、でもね、友里ちゃんは私とエミリオのこと、一番気にかけてくれたんだよ?あとね、今度行くプールの水着買ってきたの。」
引き合いに友里のお陰で互いに気持ちを通わせることが出来たことを忘れていたわけではなかった。
「水着?それは何だ?」
「あ、そっか、泳いだりしなかったもんね。」
「泳ぐだと?」
「あ、のね、ほら、いまテレビですごい盛り上がってるでしょう?」
「ああ、世界水泳だろ?あの肌に張り付いて水を吸わない衣服のことか。」
「うーん、競技よりも、私たちはどちらかと言えば行くところはハワイをモチーフにしたレジャー施設でしょ?あんな風にみんな濡れてもいい服、それが水着。それを着るんだよ!」
びっと、人差し指をテレビのセクシーなグラビアアイドルに向けた海にリオンは飛び上がりそうな勢いで飲んでいた麦茶を噎せた。
「ごほっ、げほっ!なんだと?」
「えっ!」
「お前、あんな格好するのか?」
「やだ!あ、あんなに凄くないよっ!」
「そうか、ならいいが、」
「どうして?」
急に真っ赤な顔で黙りこんだリオンに不思議そうに近寄るとリオンは熱でもあるのかってくらいに頬を赤らめながら海の手首を掴んだ。
「他の奴に海の肌を見せたくない。」
「エミリオ・・・も、もう、それじゃあ遊べないじゃない・・・私だって、エミリオの身体、誰にも見せたくないよ。」
「海、お前は馬鹿だな、」
「なっ!わっ!」
そうして海を半ば強引に引き寄せやっと安堵したのか、子供じみた独占欲を露にして。そんなリオンの姿に海はまた胸を強く締め付けられていた。リオンが望むなら水着なんて着なくてもいい、だが、可愛いと言わないとわかっていても褒めてほしいのが乙女心なんだ。海はそんなことを強く思い水着を取り出した。
「じゃあ、試しにエミリオにお披露目しちゃおうかなぁ」
「本当に?」
「うん、」
「なら、一番最初に見ておくか。」
普通なら当日まで楽しみにとっておくものなのに。リオンは誰よりも先に海の水着姿を焼き付けていたくて瞳を子供のようにキラキラ輝かせていた。クールに見えて時折見せる無邪気さ、そんな彼がいとおしくて。海は嬉しくて彼が望むなら彼のためになんでもしてあげたかった。
「エミリオ、どうかな?」
しかし、想像しているよりずっと現実的に考えるリオンは開いた口が未だに塞がらないようだ。海の水着もかなりきわどいらしい。リオンはお気に召したが、しかし、お気に召すのはリオン以外にもたくさんいるかもしれない。細いのに寄せた胸のくっきり強調するように浮かんだ谷間にくびれたウエスト。しっとりした白い肌。
「なんだその格好は!プールは禁止だ!!」
「えーっ!楽しみにしてるのに!もうキャンセルできないから無理だよっ!!」
「やかましい!そんな破廉恥な下着みたいな格好で他の男の前をうろついたりしてみろ!お前なんて簡単にお持ち帰りされるに決まってる!」
それからしばらくリオンの機嫌は直らず、そのまま機嫌直しにと、好きなようにリオンに抱かれてしまった。
せっかく買った水着はリオンの拒否により結局返品してしまい、リオンが満納得したのは去年の露出の低いワンピースタイプの水着だったのだった。そして、無防備な水着姿を晒した海を誰かに奪われる未来が来るなら、このまま海を奪い去りたい。
誰もいない世界でふたりきりで、そんなことばかり考えているなんて、毎晩どんな気持ちで海を抱いているのか・・・自分でも俄に信じ難く、身体の中心が火照るのはこれから寒くなりゆくこの季節のせいだけではない、愛する存在がいるからこそよりいっそう過敏になるんだと。
きれいに畳んだ洋服をキャリーケースに詰めていく海を見つめていると額に汗を浮かべる海、その汗をなんの気もなしにシャツの裾で拭うと、綺麗に割れた海の真っ白なくびれたウエストがリオンの瞬きを制止した。
そんなきれいな腰のラインを自分以外の不特定多数の男に晒すなんて。リオンは今にも海を抱き締めて衝動に任せてしまいそうだった。海翔の言葉を脳裏で反芻しながらリオンは海を見つめていた。本人はキスも抱き締めあうのも頑なに進展することを恥ずかしがるくせに、無防備な仕草で異性を煽って勘違いさせる。そして触れてしまえば忽ち自分に溺れる。身体は火照るのに火種を投げ込まれたら余計に燃え上がってその熱を鎮めるためにまた眠れなくなりそうだ。
だから、海翔も。
「海、もう終わっただろう、早く寝るぞ」
「あっ、そういえば水着忘れてたね、ジュースは冷蔵庫にあるから明日持っていくの忘れないでね。」
「ああ、」
おっとりしているくせにこう言うときは仕切り屋で準備する手を止めない海、暑い暑いとふわりと汗ばんだ髪を結うと真っ白な首筋が露になる。
リオンは準備する後ろ姿を眺めていたかったが明日ははじめて水で遊ぶのだ、疲れるだろうし何より体力を温存しておかなければ。
あくびをし、ベッドに横たわると2階の明け放たれた窓からは夜の涼しい海風が二人の肌を抜けてとても気持ちがいい。毛布を被り横になり、リオンは着替え終えた海を待っていた。海のいない隣が恋しくて、今では心から海だけを欲しているなんて自分でも知られざる変化だ。海に出会わなければきっと分からないままだった。
「お待たせ!」
急にいなくなったと思った海が可愛らしいてろっとしたサテン地の柔らかな素材のベビードールを着てこちらにやって来たのだ。
「お、お前!なんだ、それは!」
「え?ああ、ベビードールだよ。可愛いでしょ?友里ちゃんとオソロなんだぁ」
素っ頓狂な悲鳴をあげたリオンからしたらそれは可愛いではなく、この前の水着並に破廉恥の領域だ。
目をそらしながら海に問いかけるリオンの瞳はどこかぎこちなかった。普段だったら何かしら言えるが、リオンはなにも気のきいた言葉さえ言えないままだった。だからこそ海も不思議そうに首をかしげた。
「なんだその服は、」
「ダメ、可愛く、なかった・・・かな?」
「そういう、訳ではないが」
「そう?なら、いいじゃない?」
「あのな」
そんなに白い肌を大胆に晒して、誘っているのか、思わせ振りな海の態度に口数の少ないリオンは更に黙りになり、ときめきを隠しきれない様子だ。
「何でいつものパジャマじゃないんだ。」
「あれじゃ眠れないんだもん。素肌に毛布かぶるの好きなんだぁ、肌触りが良くて。あ、もうこんな時間、早く寝ようよ。泳ぐのってね、すんごく体力使うから今から休んでおかないと」
「ああ」
ふたりで当たり前のようにベッドで眠りに落ちる。毎日変わらずそうしてきたのに、リオンは海の素肌が気になって気になって仕方なくて眠れない。こんなに近くで触れられる距離で居て…なのに二人を隔てる壁は高くて越えることも見えない生殺しのような拷問。背中から海を抱き締めて眠るが、暑さよりもリオンは余計に海の素肌に触れたら抑制が利かなくなりそうで、背中を向けていた。
「海、離れろ・・・お前相変わらず子供みたいに身体熱いな、」
不意に、海に背中を向けていたリオンは背後から海の温もりを感じて口をついた。自分に背中を向けられるのが寂しかったのだろうか。今もこんなに近くに居て、わざとらしく自分に絡み付いてきて、リオンは片眉をピクリと動かし海の方に向き直ると海はなんの曇りもないリオンが自分の罪を思い知るほどに真っ直ぐな眼差しをして、リオンを見ていた。
「エミリオ、ダメ、やっぱり、眠れないよ、私、」
海の手が這い回るように自分の身体を滑って、胸板に触れリオンは熱が灯るのを感じた。
いい加減にしてくれ。大人ならまだしも、まだ未熟で思春期の彼には酷すぎた。大切に触れたい存在を前にして…そう叫びたい気持ちを堪え海を抱き起こしてやり、リオンはサイドのライトをつけると海の真っ白に染まった肌をそっと撫でた。
「海、お前な、わかっているのか?今日の電話からずっとお前の言葉を僕なりに考えていたが…僕のような存在がお前に触れて良い筈があるわけないのはわかる。だが、もう、無理だ。」
「私、エミリオだから、いいの。エミリオが、もしどんな罪を抱えていたとしても・・・私は、あなたの過去も恥も裏切りもみんな受け入れる。いつか、エミリオの口から話してくれたらいい。」
「は、言ってくれるな。お前は僕をどうしたいんだ?」
「・・・っ、私、」
主導権がどちらかなんて、見つめあえばそんなことなどお構いなしなのに。
¨抱き締めて、¨
エミリオは確かめるようにそう小さな声で今にも消えてしまいそうな声、恥ずかしそうに目をそらした少女のような海をそっと睫毛が重なる近距離でキスをした。いつもみたいに溶けるくらいの優しいキス。海は大好きだった、自分の身体を冷たいリオンの唇が掠めて行くのがとても心地よくて。
枕とは反対側の方に突き飛ばすと、微かな痛みを背中に感じて、息がつまるような苦しさに、海は切なさで涙目になった。
「待って、エミリオ、」
「明日、あんな服を着て泳ぐなんてどうかしている。プールは見せたがる馬鹿の集まりか?」
「違うよ、私、エミリオと思い出が作りたいだけなの。今日だって・・・そう、だよ。」
「海、」
「エミリオは、私でいいの?」
愚問だった。海は自分とは釣り合わないと何度も口にしてうつむいて、自分に釣り合う女の子になりたいと譫言みたいに。海を抱き寄せながらリオンは温かな笑みでそっと柔らかくて華奢な肩を抱いた。
「もう、喋るな。」
「え?」
「くだらないことばかり気にして」
「うん。それは、お互い様だね」
明日のことも、未来のことも忘れてしまいそうなくらい今がふたりにはすべて。ふたりは夢中だった、ふたりできっといつまでもこうしていられたら、それだけでなにも要らないのに。皮肉にも何故遠回りを果たし、今はこんなにも愛し合っているふたりが離れなければならないのだろう。
「海、震えている、寒いのか?」
「寒くないけど・・・な、んでだろう?急に」
「大丈夫だ・・・力を抜いて僕の、目だけ見てろ。」
「うん」
異性と寂しさや温もりを求めて身体を重ねることなど海には無理だと思った。友里や海翔みたいな恋愛をゲーム。抱き合うのをスポーツだと捉える存在が身近にいて誰もがそうだから行為が蔓延するんだと麻痺していたのかもしれない。リオンに服を脱がせてもらい、初めて異性に見せる素肌、海には神聖な行為に感じられた。こんな気持ちになることもきっと一生ない、ふたりで残した轍は今もずっと変わらずあの海にある。
「っ、待って、」
「今更言うか、ずっとお前と、こうしたかった。」
「エミリオ・・・きゃっ!」
エミリオの力強い言葉、鋭い眼差しが真っ直ぐに隈無く見渡して行く優しい手つきが滑るように身体を滑る、海は嬉しくて緊張や、誰かに肌をさらす恥ずかしさを懸命に受け入れていた。
リオンが着ていたTシャツに海が手を伸ばし、バサリと脱ぎ捨てた。異性の身体を、リオンの身体を初めて見る訳じゃないのに、露になったリオンの見かけよりもっと鍛えられた傷のあまりない身体は彼の強さやしなやかな鍛練の成果を明かしていた。
濡れたような音をたてて交じり合うようにキスをして。しかし、不快感はなく、まるでふたりは今までずっと同じ個体だったように。リオンの腕のなかに包まれて。海は漸く自分の身を捧げることをはっきり理解した。
快楽を探して拾い、肌を重ねる海の頬を両手で、包み込んで。しかし、海を困らせたり、悲しませたりしたくはない。こうして肌を重ねることも、まさに夢のような心地よさで。リオンの問いかけに海は戸惑うように小さな声で自分を組み敷いているリオンのむき出しの背中の素肌を撫でていた。
しかし、海が不意に、ついた言葉はあまりにも意外なものだった。リオンが思わず硬直するほどに。
女性の丸みのある身体を見るのも、柔らかな白い肌か赤く染まって変えて行くのも、リオンは戸惑いながら焦がれた海の身体に触れて行く。
海はまぶたを震わせて今にも儚く散ってしまいそうに、怯えているようだった。
「私、エミリオが思うような女の子なんかじゃないの。」
「海、」
涙交じりに海は苦しかった日々を、恐る恐る吐露した。其処には、海が閉ざした深い深い闇があった。誰にも、知ることのなかった闇を。海はリオンを真っ直ぐに見つめていた。
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