深夜2時。海が震え上がりトイレにもいかない不気味な草木も眠る丑三つ時と言う時間帯らしい。リオンは余計に眠れなくなった。逆に寝たら魘されて眠れなくなったのだ。
元々寝付きは悪く、ましてあの屋敷でいつも監視の目が絶えずあったなかで安らかに眠れるはずもなかった。この世界に来て、海に出会ってからは不思議なことにベッドのお陰か、ぐっすり熟睡できるようになっていて。
さっきまで一緒に抱き合っていたはずなのに。リオンは隣で自分の胸の中で穏やかに眠る原因となった存在を恨めしそうに抱き寄せていた。一瞬でも気を抜けば、理性という蓋を突き破り、本能のままに海をなし崩しに暴いて激しいキスを浴びせてしまいそうだった。
目の前で口を開けて眠る海があまりにも無防備に見えた。良い香りのする海の滑らかな肌から香るボディクリームにダウンライトの光が照らす毛布を蹴飛ばし露になった海の細い肩や鎖骨、横たわったキャミソールから流れる胸のライン、細い腰、それなのにふっくらした大きなお尻。
リオンは海をなるべく見ないように意識することから始めることにした。海に毛布をかけてやりなんとか身体を隠して欲情する自分を戒める。異性を意識し出した途端に身体は一気に反応し、熱を帯びて火照りだす。電気を消して部屋を真っ暗にし、海の艶やかしい身体を見ないよう布団に潜り込んだ。今まで海の事など、何の意識もしていなかったのに、海にいざ触れてしまえばそれはたちまち麻薬のようにリオンを深く虜にした。
海は年上で、今まで自分を経済的な面で庇護する対象で、そんな自分は海に拾われた身で。二人の間にこうして愛が芽生えたなんて・・・昔の自分達が聞いたら信じられない未来がふたりを待っていて。様々なすれ違いを経て漸く結ばれたのに。しかし、自分はまだ16歳。生きていたら17歳。死んだはずだが自分の身体が日に日に成長する兆しを確かに感じている。海はほだされてはならないと自分に諭す。昨日交わした約束。自分がきちんと成人した大人になる日まで、待っていると言うことを忘れたつもりではない。
ただ一人の存在を愛している気持ちに大人や子供だろうが関係ない、海を一人の女性として愛したいのに。元々真面目な海からしたら自分はまだ未成年で、はっきり言えば子供である。彼が未成年で致し難い世間体をちゃんと考えている生真面目な面もあるが、海はその条件で逆に自分を律していた。しかし、根本的な問題は単純じゃない。手を伸ばせば簡単に届く距離なのに。やっと添い遂げることができたのに、リオンは越えられない壁をただ悔やんだ。いつ別れるかもわからないのに、海は、自分を異性として見てくれているのだろうか、リオンは答えの出ない自問自答を悶々と繰り返し、眠れぬ夜に耐えきれず海に背中を向けてしまった。
どうせ触れ合えないのなら、一緒に寝る意味などあるのだろうか、リオンは自分のなかに眠る欲求に驚愕した。次から次へと欲求は泉のように溢れて止まらないなんて・・・キスだけでは静まらない欲求の生殺しにリオンはこれから苦しめられることになる。
「おはよう、エミリオ!」
「ああ、おはよう」
「よく眠れた?なんだか疲れた顔、してるよ?」
お前のせいだと詰ってやりたいがやっと苦労して結ばれた海と数ある時間を大切にしたい・・・リオンは年相応の青少年よりも我慢を強いられそれに加え寝不足でかなりストレスが溜まっていた。心配そうにこちらを見つめる海にリオンは直視できず誤魔化した。
「昼に寝る、大丈夫だ。」
「それなら、いいけど、無理しちゃ、ダメだよ?じゃあ私、お仕事いってくるね。」
そうして相変わらずお尻のラインがくっきりしたパンツスーツを着た海は嬉しそうに笑顔を浮かべ、リオンの元に恥ずかしそうに駆け寄るとなにかを催促するようにリオンのダメージカットのシャツの裾を掴みもじもじしていた。
リオンは改めて感じる。一体なんだろうこの気持ちは。次第に瞳が弓のように細められていくようだ。
普段は自分より年上だが、本当は誰よりも甘えたで、寂しがり屋で、とても、可愛らしい女だと認識するようになった。
海が求めているものを最初はわからなかったが、リオンはゆっくり考えて今まで洋画をたくさん海と観てきたなかで海が何を求めているか、考えてわかった。
「気を付けて、」
「行きたくないなぁ。早く帰りたい!待っててね。」
「幾らでも待つ・・・僕も離れたくないのは同じだ。」
永遠の別れではあるまいし、しかし、ふたりはひしひしと迫る別れを感じていたから余計に離れがたく、別れを惜しむようにふたりは唇を強く重ねていた。
離れたくないと彼に駄々をこねても彼は自分の背中を押した。悲しいが海が仕事にいかなければふたりで生活していけない、仕事は義務だ、そんな子供じみたワガママも通じない。現実は映画みたいに簡単なシナリオでできてはいない。思いが通じあってはい終わりではない。ありふれたハッピーエンドなど、人生には存在しない。
海は自分がこんな風に誰かに恋をして、自惚れて夢中になるなんて知らなかった。それが切なさと幸せを同時に与えることも。今にも浮き足たつ身体は普段よりも軽やか。海は車を走らせながら幸せを噛み締めていた。大好きな彼のために、今日も頑張って働こう。と。
「友里ちゃん!」
「海〜!おめでとう!!良かったねっ」
「うん、ありがとう!」
「よしよし、よく頑張ったわねっ!伝わってよかったじゃない!これでこれからは堂々と付き合えるのねっ!!」
「うんっ、ありがとう友里ちゃん。あ、海翔くんにも連絡・・・「 ああ、それはしなくていいから。今は2人の時間を大切にしなさい。」
会って早速、涙を浮かべた友里が駆け足で海のもとへやって来た。
海からのメッセージを受け取り、涙を流して自分達を祝福してくれる友里に海も嬉しくて泣き出す始末。ふたりはここは職場なのに、構わず抱き合いながら幸せを噛み締めた。
「よかったわね、海。ああ〜本当によかった!!だから言ったじゃない!あんたがこんなに良くしてくれてるのよ、リオンはちゃんと海の気持ちに応えてくれるんだから!」
「うん、うん・・・っ」
両思いになるなんて奇跡に近いような現象だと不安になって思い知った。自分が好きになった人が迷わず自分を好きになってくれるなんて、当たり前なんかじゃない、今まで届かずにいた思いも確かにあったから。海はより一層抱き締めた宝物を手放さないように今の幸せを噛み締めた。そして、今すぐ家に走ってリオンに会いたい気持ちが募って止まらなくなった。
「で、どうだったのよ?」
「え?」
「あんたねぇ、顔すんごいわよ!うらやましいくらいに緩みっぱなし!そんなに幸せな顔ならいったいどんな熱い夜を過ごしたの?夏はとっくに終わったはずなのに、むしろこれから冬になるのに。あーやだやだ」
友里は海からの連絡がなかなか来なかったので海は振られたか、告白できないまま一人で泣いていたのかもしれないと独り心配していたが、杞憂だったようだ。海から喜びに満ちた幸せ溢れたメッセージを受け取りようやく安堵した。返事を返さなかったのは友里なりの気遣い。きっと結ばれたふたりはお互いに幸せな夢を見たのだろう。ふたりは必ずうまくいくと友里の経験上の確信はあったが、やはり奥手なふたりなので果たして上手くいくのかやきもきしている部分もあって。海の口から早く近況が聞きたい、大切な友達の恋の限られた時間で結ぶ行く末を友里は見守っていた。
暑いならばと冷房のリモコンに手を伸ばす海。しかし、相変わらず海は友里がどんな意図で熱いと比喩したのかまだよく理解していないようだ。
「なんのこと?」
「あのね!あたしに嘘つこうなんて思わないことよ!リオンとはどうだったの?もちろんしたんでしょ?」
「きゃあっ!ゆっ、友里ちゃん!!」
すっとぼけているようにすら感じられて友里はついに直接的に海に言葉を投げつけたのだ。
ようやく質問の意味が分かったのか、海は思いきり立ち上がりその拍子にファイルをたくさん落としてしまった。いい歳して相変わらず初な海の反応に友里は問いかける。
「思いが通じあえたのは良かったわ。けれどもあんたたち、いつか会えなくなっちゃうんでしょ?そしたらどうするの!?」
友里の言葉に海は小さくうなずき胸元に手を当てた。まるでそれを肯定するように。だからこそより戸惑いを隠しきれなくて、まだ年若いリオンと簡単にそんな惰性的な関係で繋がっていたい訳じゃないのだから。
「ただいま!」
「海、早かったな。」
「あのね、今日はエミリオに会いたくて・・・早く帰って来ちゃったの。」
「海・・・。早く入れ、」
「うん、」
海はリオンに抱き付いて、すぐにその温もりを確かめていた。リオンも何も言わずに海を抱き締め返す。
好きだと伝えて結ばれて、リオンが抱く思いを海も同じ気持ちでいた。
このまま仕事にも行きたくない、ずっとずっとリオンに抱き締められたい、もう抱き合うだけでは足りない気持ちがあるのを分かっている。ようやく回り道を経て結ばれてからふたりは幾度もの何でもない日々さえも慈しむように過ごした。
頭の片隅に常にある別れがいつ訪れても、大丈夫なように。そんな覚悟なんて本当は持ち合わせていない、ただこの目の前の現実から目を背けているだけだと言われても、いつものようにふたりで夕飯を食べ終え、いつものように小さな狭いソファでくつろいでいた。リオンは海と言う初めて恋人と言う存在に出会って世界がとても輝いて見えた。
漸く、悪夢は終わったのだと。確信もないくせにリオンは安堵していた。海を抱き締めれば何もかも忘れられる、いつも海が癒してくれたんだと、
何ひとつ変わらないと思っていたふたりを変えたのは間違いなくふたり自身。そして様々な事件がふたりを引き寄せた。決して偶然とは言い切れない。数奇なふたりの運命を。
「エミリオ、まだお風呂入らなくていいの?」
「まだいいだろう。これもあと少しで終わるだろうからな。」
「じゃあ、私お風呂くんでくるね。」
リオンは今はまっている世界の事件を扱っているバラエティ番組を観ながらリオンが作ってくれた夕飯のお皿を洗い終え、ソファーに座ろうとした海を当たり前のようにふくよかな腰から抱き寄せ、膝の上に座らせた。
小柄だが自分とは違う柔らかで毎日丹念にボディクリームを塗っている肌は甘い菓子のようで。海の真っ白な素肌はリオンに安らぎを与えた。
海がリオンの膝に腕を置き凭れながらふたりで仲良くテレビを観る。またあるときはレンタルDVDで。海は悲しみや迷いから解き放たれリオンに思いをぶつけたことをとても喜んでいて、幸せのあまり今にも頬のたっぷりした脂肪が落ちてしまいそうなくらい緩みっぱなしだ。
「エミリオ」
「何だ。」
「違うの、こうしてエミリオに触れているのが夢みたいで・・・すっごく嬉しいの。」
「海、ああ、僕も夢みたいだ。」
「最初の私たちが聞いたらびっくり、だよね。」
引っ越して新しく購入したベッドにもなるソファに寄り添いながら海の柔らかな髪を撫でたまま離さないリオンに海は恥ずかしそうに笑ってリオンの手に恋人繋ぎを求め指を絡めた。
冷房が効いた部屋で鼻と鼻が今にもくっつきそうな距離でこんな風にお互いの毛穴まで見えそうな距離で愛を語るなんて人の気持ちとは、何て変化の多い忙しないものなのだろう。季節は変わる、不変なものは何一つない。
「そうだな、浜辺で拾ってくれたのが海でよかった。」
「ねぇエミリオ、もし私じゃない他の誰かに拾われていたら、エミリオは、私を好きにならなかったのかな?私じゃなくて、その人のことを好きになってたのかなって思ったの。」
海の小さく漏らした吐息を固唾を飲んで見守るリオンは海の正直な言葉にすっと瞳を細めていた。海の質問はいつもくだらない、自分じゃなかったら、海じゃない誰かを好きになることはきっとなかった。
「全く、お前な、本当にくだらない質問をするな。椅子取りゲームじゃないんだぞ。ましてや、僕がお前みたいな頭の弱そうな・・・いや、お前と黙って暮らすと思うか?」
「あっ、うぅん」
「そうだろう。お前だったから、お前が僕を見捨てなかったからだ。」
「ごめん、なさい」
ぽんぽんと頭を撫でられ、海は恥ずかしそうに顔を近づけてきたリオンに素直に身を委ねた。リオンと交わすキスは心地よくて、触れた箇所からまるで甘くとろけてしまいそうなほどに夢中になる。スッとした鼻先が海の顎を掠め、柔らかな髪を掻き分け真っ白な首に噛みつくように吸い付いた。ビクッと息を摘めて声を我慢した海の身体が震えるのをリオンが見抜かない筈がなかった。それほど気付けばリオンはスタン達と仲間でいた期間よりはるかに海と暮らしていることを知る。そして、愛を深めていることも。
「海・・・」
低く甘い声に酔わされる。このまま彼の腕で甘く優しく包み込むように抱き締められて。海はうっとりしながらそっと閉じていた口を開きリオンのキスを招き受け入れていたが、まるで自分を甘く誘う手つきにやや彼の身体を押してみたが止まらない。リオンは誘うように妖艶な手つきで海を翻弄する。
見た目より大きな手は簡単に海の胸をすっぽり包み込みそっとほぐして行く。しかし、決して厭らしさは感じさせなくて、海はマッサージされているような穏やかな気持ちよさを感じた。
そろそろ湯船にお湯がたまる頃だ。しかし、リオンは止まらない。ただ無心に海を抱き締めてかき抱き貪るように唇を離さない、離してくれないのだ、
「待って!エミリオ、お風呂、お湯が冷めちゃう!」
「いいから、」
何がいいのだろうか。給与から色々引かれて手取り15万そこそこの給料で車の維持費や食べ盛りのリオンも養わなきゃならない海には高いプロパンのガス代を賄う余裕もないのに。立ち上がる海を引っ張りソファに優しく倒すと逆光で照らされたリオンは今まで見たこと無いようなくらい雄の顔を浮かべて海をソファに組み敷いていた。
「海・・・」
海はその眼差しを幾度か見たことがあった。ただ性欲の捌け口になるような言い知れぬ不安が過去と重なり海の脳裏を駆け巡る。どうしても踏み出せないのは年の差や世界の隔たりよりも海の心。ずっと複雑だった。
「エミリオ、離して・・・お風呂、行かなきゃ」
「海、」
傷ついた目をしたリオンが悲しげに自分を見つめている。そんなはずなんかない、しかし、海は押しが弱そうなひ弱な外見に反してかなり頑固で真面目だ。一度決めたら梃子でも曲げない、リオンもわかっていたがリオンもまったく同じ、頑固で不器用で何かと言葉が足りない譲らない性格だった。
「約束、したから、リオンが大人になるまで」
「いつまで待てばいい、」
「言ったでしょう?貴方が大人になるまで「お前が手の届く場所にいるのに、こうして気持ちを受け入れてくれたのにいつまでも待てる訳あるか。大人?なら、お前が言う大人とは何を示す?成人したら大人なのか?成人しても親や子供を簡単に殺したり不正をしたり、子供を玩具のように簡単に堕胎する連中もいる中で僕は大人にはなれないのか?子供の僕にわかるように教えてくれ。」
「人は人、私たちは私たちだよ!そう言うのが子供なんだよ」
「今の僕を見てくれ、認めたくないが、僕たちには時間がないことを。」
「っ・・・」
「お前が気にしているのはくだらない。世間体がなんだ、そんなに待てるか。お前とこんなに近くにいて、お前が無邪気に笑っているのを見ているだけなんて、耐えられない。」
海は身体が一気に熱くなるのを感じた。
リオンが見せた男の顔はあまりにも扇状的で、くらくらと媚薬のように海に染み込む。
異性から求められるのがこんなに穏やかな気持ちになるなんて、今まで異性に面と向かってロマンティックにささやかれた経験なんてなかった海はうっとりリオンの姿に見惚れた。
しかし、気丈なまでに海はリオンを拒む。大人子供線引きながら本当は自分がただ怖くて、不安なだけだ。
「駄目だよ・・・っ、」
「いつまで待てばいい?」
「そんな、」
「生殺しだ、お前は狡い奴だな、僕がそうお前に言われれば何も出来ないと知って、約束通り我慢しているのに、それなのな、お前はこんなにも無防備だ。お前を前にして抑えきれる自信なんてない」
「ごめん、なさい」
抱き締めあう度に気付かない振りをしていた、リオンが異性として接してくれたことを海はとても嬉しかった。
リオンの背丈は高校生の平均に比べれば小柄だが、海を簡単に包み込むように抱き締めてくれるリオンは大きくて、またリオンの背が伸びたように日々感じられる。抱き合うよりも抱き締められる感覚。広くなったリオンの体に包み込まれることは決して嫌ではない、むしろ心地がよく、煮え切らない気持ちのまま先へ進むことも出来ずに戸惑うばかりの海をリオンは欲を満たすためではなく、海のすべてを早く手にしたかった。自分は、いつ死ぬかいつこの世界から消されるか、全くわからないからこそ余計に不安でたまらないんだ。
「あのパンツスーツは、止めろ、」
「え?どうして?」
「お前の履いてた下着の線とか、尻の柔らかそうな感触とか、見てて分かるから、職場にも男がいるし、お前の身体の曲線は、他のやつは知らなくていい。」
結局、リオンを拒めない自分は甘いのかもしれない。お風呂のお湯がすっかり冷めてしまった頃に、2人はソファで抱き合いそのままの流れでベッドで微睡んで。
未成年である彼とこうして毎晩毎晩離れずに抱き合いクタクタになるまで温もりを分かちあって。
あの夜からリオンは飽きることなく自分を求めてくれた。友里も言っていた、愛する人に求められる、それは幸せなことだと。いずれ別れが来るのなら尚更だと。
「じゃあ、スカートにする、」
「そうしろ。スカートよりもパンツの方が目立って見えるからな、お前は顔も体も手も小さい。なのに何だ大きいこの尻は」
「そ!そんなこと言ったって!」
「栄養を尻に持ってかれたのか?」
「バカ!きらいっ!」
暗いベッドの布団の中で潜り合い見つめ合う。ふざけながらも海の身体を意識している為か余計に心配になるのだ。自分と思いを重ねてからの海は益々綺麗になったし、どこか色香さえ感じて、目眩がするようで。
「早く、大人になりたい。お前に追い付きたい」
「待ってるからね、」
「誤解するな。僕は過去の男達みたいにお前を性欲の捌け口にしたり、手酷く扱いたいんじゃない。お前は準備して、待っててくれ。」
「エミリオ・・・」
それは形のない不安定な二人を繋ぐ約束になるだろうか。未来で夫婦になることもできない二人。いつか訪れる別れを未だ知らない漸く手にした愛にふたりはまだ、この気だるくて優しい空気に浸っていたかった。身体を繋げば繋ぐほど、求め合い足りなくなり、海が思うほどまだ若いリオンに我慢をさせている。自分はやっぱりリオンには不釣り合いなんじゃないか、リオンに抱かれながらも悩み出せばキリがなかった。だから、悩みから逃げるように2人は無心で求めあった。
「それで、旅行はどうなったの?」
「うん、もう予約しててね、リオンに今週行こうって誘ったの、そしたら、リオンもそこ予約してて・・・2人でおかしくて笑っちゃったっ、」
見事に友里と海翔双方のアドバイスを受け止めた2人は同じ場所を目指していた。そうして海がスマホを片手に友里に見せたサイトは隣県のハワイをモチーフにしたスパリゾートだった。
「へぇ〜なかなかいい所チョイスしたわね!しかも2人でまんま同じとこ予約するとか・・・ウケる。でも、プールもあるなら尚更海も気合い入れなくちゃ!でもさ、海の水着・・・去年のはあれ、どうなの?」
「ん?水着はどうなの?って?」
「あんた!蕎麦啜りながら喋らないでよ!!今年も去年と同じあんな子供っぽいドットの水着着る訳じゃないでしょうね?」
海は出前のざるそばを食べながら去年着ていた水着をすっかり着ていくつもりだったので友里の言葉にがくりと肘から落ちかけた。去年も友里とよく海に出掛けたが確かに今思えば異性に絡まれていたのは友里だけだったなと海はぼんやりしながら去年の友里の大きな胸を強調した艶やかな水着姿を思い浮かべていた。
「なんでもないよ、あっ、私、幼児体型だからワンピースタイプじゃなきゃ無理なのよっ!」
「ダメよ、ダメダメ!何言ってるの!?リオンとのデートなのよ!遠出なのよ?もっと張り切らなくてどうするのよ!ん?どうしたの?」
「ねぇ、友里ちゃん。友里ちゃんは、年下の子と、
未成年の子と?したことある?」
「はっ、はぁあ!?」
急に真っ赤な顔で友里に耳打ちした海。いつまでもいい意味でも悪い意味でもすれてない、子供っぽいと思われたかもしれない。しかし、海は真剣に悩んでいた。
「あんたの口からそんな言葉が出るようになるなんて・・・私の純な海がついに10代の若者の手に・・・ああ、そうね、大学の時にバイトの後輩とかとはあったかな?筆おろし頼まれたりとか、」
「すっごい・・・そうなんだ!未成年だとか、犯罪になる、とか、遠慮したりしなかったの?」
「すごいのかしら?遠慮ねぇ・・・今どき中学生でとっくに初体験済ましてるやつもいんのに今時するかしら?訴えられなきゃ犯罪にはならないし、行為をしたイコール同意の上になるのよ。それに、付き合ったらだいたいは自然と流れでそうなるでしょ。いちいち捕まってたら警察も休みなしね、何なのよ?あんたは何が気になってそんなに落ち込むの?」
煙草を手にあっさりそう口にする友里に海は思わず感嘆の吐息を漏らした。
やっぱり自分は一昔前の考えで意地になりリオンを突っぱねていたのかもしれない。
「あ、私のことは、なんでもないの!」
「まぁ、それより、早速水着見に行かない?」
「え!?」
しかし、海は小さく首を振るとまたうつむいてしまった。自分に自信がなくていつも誰かに任せきりで、でも、踏み出して掴んだ恋。大切にしたいと心からそう願う海を可愛らしいと思った。自分とは違い海は本当に純粋にリオンを思っている。それが羨ましくもあった。
「決まりね、ほら、午後の外回りに戻りましょ!終わったら水着買いにいくからね?」
友里に優しく微笑まれ海は小さな手を握り返して立ち上がる。戸惑っていたが結論はおなじ。どちらにせよ、離れるなら悔いのないように精一杯リオンと素晴らしい思い出を残した方が、きっと、美しい思い出を抱いてこれからを歩き出せるから。
「うん、私、頑張る!」
リオンの気持ちを蔑ろになんて出来ない、彼はまっすぐに海へ気持ちをぶつけてくれた。
リオンを知れば知るほど惹かれる自分がいて、きっと、これからも。リオンなら、海は何をされてもきっと怖くない、構わないと思った。
あんなにも嫌いだった異性と言う存在ではない、リオンと言うたった一人の人を。
「もしもし?」
「なんだ、海。」
「あっ、リオン?あのね、今日友里ちゃんとお買い物してくるから夕飯いらないね!」
「出掛けるのか・・・わかった。あまり遅くなるなよ。
早く帰ってきてくれ、海。」
「うん、また連絡するね。」
トイレに引きこもり、遅くなるとメールをいれようとしたが、ふと考え海はリオンに直接口頭で伝えようと電話をすることにした。
電話の方がいい、何より焦がれたリオンの声を今すぐ聞きたくて仕方なかった。今すぐ彼に抱いてもらえたら、その甘く低い声で囁かれたらきっと骨抜きにされて、海は思わず口にしてしまいそうだった。
「エミリオ」
「なんだ」
「わたし、早く、会いたい、エミリオになら、何をされてもいいの!」
何を?なんて聞かれたらきっと恥ずかしくて彼の顔なんか見れなくなるから。海はリオンの返事を待たずに電話を切ると恥ずかしそうに笑った。今は退屈な仕事をこなしながら水着のことを考えることにした。リオンのことを考えすぎて、無意識に緩む頬心臓が痛くて仕方ない。また資料にリオンなんて書いたら、恥ずかしいから。
海も早くリオンに会いたくて、魘されてではない、顔を見てまた、触れてほしかった。
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