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MISSYOU

31

車内でリピートする音楽、リオンは思い詰めたようにThere will be love thereを聴きながら、海とリオンは結婚式場である真っ白なチャペルに辿り着いた。

「なぁ、全くの部外者なのに僕が参列してもいいのか?」
「うん、私の付き添いって事だから大丈夫よ。ほら、行こう。迷子にならないようにね?」

海はどんな気持ちでここに自分を連れてきたのだろうかは分からないが、それでもはぐれないようにと、海の小さな手がそっと包んできて。その小さな温もりが愛しくて、リオンは瞳を細めてその小さな手を黙って握り返した。

「リオンの手って結構大きいよねっ、」
「そうか?」
「うん。リオンは手足も大きいよね。私のはバカの大足だけど、リオンは男の子だし成長期だから、出会った時より結構伸びたけどもっとすんごく背が伸びてくんじゃないかなぁ?」
「そうだろうか。」
「ただでさえイケメンなのに背が伸びたらもっとすごいことになりそうだねっ!」

リオンはつい口にしてしまいそうだった。
自分はもう死んでいる存在なのに成長なんてするのか?と
そんなことあるはずもないさ、なんて。
そんなことを言ったらせっかく綺麗に着飾った海はまた泣いてしまうだろう。さんざん泣かせといて今は海を涙で染めたくない。
リオンはただ笑みを返した。
無表情で無愛想な自分が笑えば海も寂しそうに笑い返してくれるから、それが、また切なくてたまらなかった。

まずは受付を通り案内された席に座り、海が一声リオンに掛け、歩いていくと、海が向かったのは驚いたことに男たちの集団だった。リオンは一気に不安に顔を歪める。しっかりしてるが、肝心なところで無防備な海が心配で気が気でない。海が自分の未知の世界にいってしまう。あの歌の歌詞通りに海は・・・。引き留める権利などなくてもそれでも海が他の誰かに微笑む姿をみるのは身を斬られるよりリオンを苦しめた。

「みんな久しぶり!私、誰だかわかる?」
「海!?見違えたな!どこの綺麗な姉ちゃんかと思ったよ。」
「いやいや、そんなことないよ。」
「成人式以来だよな?元気してたのか?彼氏はどうなった?」
「あぁ、別れたからもう気にしないで。」
「そうだったのか。ん?じゃあ今日のあのスーツ着た男は?」

そうして指し示された先に居たのはリオンで。堂々とスーツを着こなし、長い足を組み、ワックスでセットされた黒髪は軽薄さを感じさせない。

「うん、私の付き添いのリオン君。留学生なの。」
「へぇ〜んで、英語は?」
「リオン君はもちろん日本語もペラペラよ!顔だけじゃないの、優しくてね、とってもかしこいんだよ!いつも助けてもらってるの。」

リオンにしか醸し出せない気品のある装いは彼を高貴なる存在へと確立した。小柄だった背も確かにぐんと伸び、周りからの痛いくらいに感じる視線が何よりの証である。

「リオン、この人たちはみんな友達だから大丈夫っ。私の高校時代のバンド仲間。」

リオンはこちらに向け軽く会釈をし、また視線を地面にずらす。スマホに意識を傾けなければ海が気になって気になって仕方なくて。楽しげに仲間たちと談笑する海、周囲には男しかいないし、そうして気づくのは海に招待状を出したのは、新郎側、男友達だと言う事だった。

「でも、海ほんとに信じらんねぇよ、このままゴールインかもなぁってみんなで話してたんだぜ?」
「それはいいの!」
「じゃあ、今はフリー?」
「あ、えっと・・・」

海が彼氏と別れた話題を口にした時から海の回りを取り囲んでいた男達の空気が一転したことにリオンは気付いていた。高校時代の海の姿は分からないが、今の海はきっと見た目が昔よりもガラッと変わったのだろう。

そして、いつにも増してドレスアップした海は普段より見違えるほどに綺麗に映えた。まるで、自分の知らない海に変わってまったかのようだった。異性とも対等に話す海にリオンは気を紛らわすように紅茶を飲んだが、海が手の届かない場所へ行ってしまう不安に高級な茶葉だが、味を感じられずシュガースティックをぶちこみ気を紛らしていた。


何事もなく式が終わることを祈りながら、リオンは戻ってきた海をただ黙って見つめることしかできなかった。いつもよりも遥か遠くに感じる距離。髪を巻いて、いつもよりも長くなった睫毛が瞬いて、ドレスアップして、露になる編み上げの隙間から覗く背中を厭らしい目で見る男共の目線がわかるから尚更憎たらしかった。

自分には無い約束された未来へ羽ばたく海をただ見送るしかない、あの歌のように彼女の愛のある場所は別にあるのだと感じる。悲しかった。自分がこの世界の住人として生を受けたなら、あの輪のなかに混ざって話せるし、真っ先に海に会いに行くのに。来なければよかったとリオンは内心思った。

「ごめんね、話し込んじゃって」
「いや、いい。」
「ああ見えてみんないい人たちなのよ。ひとりぼっちだった私に声を掛けてくれて、一緒にバンドを組んでたんだ。二次会でみんなに紹介するね!」

孤独だった海にも自分と同じように声をかけてくれる仲間が居たのか。仲間か、リオンは何も言わなかった。かつて共に旅をし、そうして最後に果たそうとした邂逅を思い起こしていた。

場所は変わり、チャペルでの結婚式が始まった。海のバンド仲間の友人が真っ白なタキシードを纏い、緊張しているのかバージンロードを歩いてこちらに来る花嫁にぎこちない笑みを見せている。神前の前で愛を誓うふたりに誰もが笑顔になるなか、海とリオンは複雑な面持ちで見つめる。お互いの気持ちは同じだった、

神様の前で愛を誓う。誰もが祝福し、涙を流す光景、まさに幸せと呼べる素晴らしい式だった。

その光景を眺めながら海はリオンが好き、リオンも本当は同じ気持ちなのに世界が二人を許さなかった。戸籍のないリオン例え思いを通わせたとしても、ふたりが永遠に結ばれるなど、到底不可能なのだ。それを知りながらも制御できない気持ちがある。海はまたうっすらと涙を浮かべていた。それがもらい泣きではないことも。会場を変え、披露宴場に戻ると海が大きな紙袋を力一杯握り一生懸命持ってきた。

「リオン、ちょっと座っててね。」
「何処へ行く?」
「大丈夫だよ、エミリオ。そんな心配しないで、サプライズよ!すごいの見せてあげるからっ」

優しくリオンの手を握り返すと海はリオンが教えてくれた彼の本当の名前で珍しく呼んだ。気安く呼んではいけないと海はわかってるのだろう。
笑ってそう告げ、嬉しそうに仲間たちのもとに走り去ってしまった背中を追うことも出来ず、リオンはまた誰も知り合いのいない大広間でひとりになってしまった。

「あれ?ねぇ、あなた、もしかして海と一緒にいたよね?」
「誰だ?」
「私?海と同じクラスだった同級生。そっか、海今から演奏するのよ、一緒に見よう?」
「いや、いい。」
「遠慮しないでよ、ひとりじゃ海も心配だろうし。」

海の友達を名乗る女に他人を拒むリオンはひどく警戒していた。怯えて飼い主の帰りを待つようなリオンの眼差しは海を求めていた。

「皆さん!ここで新郎の門出を祝い、あのバンドが一夜限りの復活を果たします!さぁ、どうぞ!」

そして奏でられたドラムスティックを叩きならすと共に幕が上がると、其処にいたのは自分の体より何倍もあるギターを抱えた海がマイクを持っていた。大歓声に包まれ恥ずかしそうに海が歌を歌いギターを奏で始める。

海の甘くない毒のある少しハスキーな歌声はとても雰囲気に合っている。そうしてリオンは理解した。海がなぜ執拗にあの歌を口ずさみ、車内で歌っていたのか。昔組んでいたバンドの名残を感じながら、海が歌い出したのはやっぱりThere will be love there.
海は未来を信じる希望に溢れたあの歌に身を重ねたのではない、海はただこの歌が好きで、歌いたかったのだ、この日のために。音楽が海の友だったのだとリオンでもわかる。ステージに立ち歌う彼女は眩しくて誰よりも輝いていた。いつまでも子供じゃいられない、いつか大人にならなければならない葛藤の中で海はのびのびと苦手な英語の歌詞を完璧に歌っていた。

好きなものは好きなのだろう。リオンは海の歌声にただ遠くにいるような気持ちになった。自分は幻を見ているんじゃないか、遠巻きにそんなことを感じた。

「二人の結婚を祝して〜乾杯!!」

カラオケに移動になると、同じメンバーで集まった飲み会が始まった。新郎新婦の呼び集めたゲスト同士でお互いに合コンみたいな展開でテーブルに座っている。
海とリオンは帰ろうとしたが捕まってしまい、ついてきたはいいがまさか新郎新婦の友達の独身メンバーで合コンみたいな展開になるとは知らずにやや険しそうな顔をしている。

まさかこうなるなんて。戸惑いを隠せないが今さら帰ればそれはそれで失礼だろう。それに回りはみんな年上で、うまく断れなかったのもあった。

「海、こっち座りなよ。」
「あ、うん」
「だから言っただろ?お楽しみって、お前も早く新しい男作れよ。」
「・・・でも、わ、たし」

海を招いたのはさっき一緒にベースを演奏していた知り合いだった先輩だった。海は招かれ渋々隣に座ると小さめのソファーにギリギリの人数が座るもんだからそのまま先輩に密着する形になる。リオンが好きだから出会いなんか要らないと言えたら今すぐにこの場から離れたかった。合コン特有のこの空気が真面目な海には苦痛でたまらない。断りきれず椅子に座ると早速海にジョッキが回された。

「待って、私、今日車で来たの!飲めないよ」
「お前、明日も休みだよな?生好きなんだろ?泊まっていけばいいよ、俺の家近いし。」

アルコールは今日は車で来たからと、断った海にあっさり切り返しの言葉と泊まれと笑う先輩。せっかくの集まりだし付き合いもある。
この男の家に泊まるつもりはないが遠回しに海を誘っているように感じられてそれを見ていたリオンは引き留める権利はないとわかっていても、海がのこのこついて行くわけないと分かっていても人のいい海だから断れないのを分かってて無理に誘う先輩に苛立ちと不快感を露にしていた。

海を守るようにリオンは彼女の手を引き寄せていた。

「リオンは?」
「この子は未成年だからだめっ!リオン、ノンアルコールカクテルだよ。」
「ああ、貰おうか。」
「選んであげるから私の隣においで。」

仕方ない、今日は代行で明日帰ることにし、海はジョッキに口つけ乾杯した。

「これはなんだ?」
「おいしい?カシスオレンジだよ」
「ああ、悪くない。」

ふたりの気持ちなどお構いなしに周囲はカラオケですっかり盛り上がっている。海はリオンに隣に座るように促すと、海とリオンの肩と膝がくっついた。

「あっ、リオン君じゃない!」

普段ならばこんな女、無視するが海のためにも失礼な態度はあまりとらない方がいいとリオンも場を弁え、向かい側にいたさっき一緒に演奏を見ていた海と同じクラスだった女に相槌をうっていた。

「ねぇーそろそろ席替えしなーい?リオン君、となりに来てよ。」
「あっ、じゃあ私代わるよ〜」
「えっ、リオン、」

リオンが知らない間に自分の同級生達に声をかけられたり、呼ばれたりしている。心配のあまり海の顔面は蒼白した。リオンは人目を惹く美しい容姿をしているから、きっと彼が誘いに応じるとはないと思うが、彼に興味を抱く異性はたくさんいるはず。自分が彼に惹かれたようにそうであったように、リオンは知れば知るほど、本当はとても慈愛深い優しい少年だと知っているから。

「(行かないで、行かないでよ、リオン・・・)」

急かされ、仕方なくリオンはグラスを掴んだ。呼ばれたら行くしかない、海は不安でたまらなくなり立ち上がったリオンのスーツの裾をつかむと、リオンは口パクで海に、ただ「大丈夫」だと告げ、そして海に耳打ちしたのだった。

優しい手つきにそれだけで海は今にも泣き出しそうな表情へと変わる。不安から安堵へ、そう、これは単なるパーティ。リオンは大丈夫。海はそう信じてビールを飲み干しなんとかやりきることにした。
お互い離れ離れになってしまった席で。
お互い反対側で隣の異性に絡まれながら困惑していた。
帰ろうにもスマホさえ触れず、タバコ臭く狭いカラオケボックス内帰れないまま時間だけが過ぎて行く…

「海って宅飲み派?」
「え?うん、そうだよ。」
「そうか、じゃあ今度飲もうよ。海って手料理もうまいんだよな、料理も忘れるなよ!」
「え〜!海ばっかりズルーイ!私ものみたい!」
「う、うん。いいよ、みんなでなら」

海は記憶に残らない会話を繰り返し、やたらと話しかけてくる先輩にやや迷惑そうにうまく避けていた。

「リオン君って可愛い〜イチゴミルク好きなんだ。」
「別に、嫌ではない。」
「またまたぁ、それってツンデレ?ほら、もっと食べなよ。どんどん頼むね!」

リオンは海のクラスの女子に絡まれているが当たり障りのないように会話に付き合っている。
短気な彼が自分のために周りに合わせてくれている。
普段ならば「ふざけるな!」と怒りでテーブルをひっくり返さんばかりに怒るだろうに。リオンが苛立ちを我慢しているのは明らかだった。

「今日の海、かなり飲みまくってるけど大丈夫か?」
「平気だよ」

だから、気を紛らわすために会費の元をとろうとひたすら食事とお酒に溺れた。あまり強くはないが、飲まなければリオンとクラスメイトとの会話が気になって気が気でなかった。

「ほら、海、さっきの結婚式の曲歌ってよ、俺のために」
「意味、わからないの?」
「え?」
「うぅん、何でもない。」

唯一もしかしたら意味を知るリオンは内心なにも知らずに海の肩を抱き、彼女の歌に聞き惚れる男を憐れみの目で見ていた。しかし、些か飲みすぎたのだろう、表情が赤かった海は気持ち悪くなり、リオンが離れてから顔がますます蒼白に染まりテーブルに突っ伏してしまった。

「海、大丈夫かよ?」
「顔色真っ青じゃね?」
「ねぇー海、ちょっとトイレいってきたら?すっきりするかもよ。」
「(助かった・・・帰れる)じ、ゃあそうするね。」
「待てよ、俺がつれてく。」

始まろうとしていた王様ゲームから回避でき、やっとこれでひとりになれる。海は酔ったのもあり、この空間にすっかり嫌気がさしていて今すぐ抜け出したかったがリオンを見ればリオンは回りの女性たちに囲まれ抜け出せないし自分が近づくこともできない。

しかも、先輩が一緒についてきた。海は困ったが酔ったせいで足元がおぼつかず、支えられながら一緒についていった。ふと、その様子を見ていたリオンは先輩が海の肩を抱き寄せ、こちらを見て挑発的な笑みを返すのを確かにこの目で見た。

まさか。嫌な予感を感じ、立ち上がろうとしたリオンだったか、となりのすっかり酔った女がラグビー並にリオンの細身のたくましい腕にしかみついてきた。

「ねぇ〜!リオン君も飲もうよ。いいじゃない、少しくらい!」
「無理だ、未成年の飲酒は禁止されている。飲酒運転もそうだ。」
「え〜つまんない〜!」

うるさい女だ、気安く触るな。リオンは今にも短い導火線が切れてしまいそうなほど眉間にシワを寄せていた。
こんな女、海のクラスメイトじゃなければ振り払ってやるのに。リオンは足を組み、盛大なため息をイチゴミルクで誤魔化した。そうしているうちにだんだんと女はエスカレートしていく。

「あぁ〜なんか暑くなっちゃったね。」
「(汚いものを見せるな!破廉恥なやつだ!)」

わざとらしく着ていたカットソーを脱ぎ捨て、露になった胸元に谷間が見えるがリオンにはだからどうしたと言う。ならばあの夜に触れた海のキメ細やかで色白な肌の方がよっぽどマシだ。

「海はまだか、トイレだろ?」
「海なら多分もう戻ってこないんじゃない?」
「何だと!?」

その言葉にリオンはついに立ち上がった。海が心配で気が気でなかったリオンには思わぬ打撃。意味を問えば女は下品な笑い声で発した。

「海って昔すんごいやばかったんだよ、回りからめっちゃ怖がられててさ。それが彼氏デキてからすっかりあんなに綺麗なお姉さんになって〜そして、海がフリーになったってわかった瞬間、先輩が海を落とすことにしたんだって、」
「そうだったのか・・・」
「前の方がよかったけどね。男ってやっぱ外見変われば単純なんだね。」

知らなかった。あれは余興ではないあれが本当の海の姿だったなんて。気づけば自分は全く海の過去を知らないことに気づいた。しかし、海がいつか海の口から話してくれるのを待っていたリオンには要らない情報でしかない。

「海ならさぁ、あの先輩がお持ち帰りしたんじゃない?ここらへんラブホ街あるし、」
「冗談じゃない・・・!」

ダンッ!!と今にもテーブルを破壊する勢いでグラスを置くと、リオンの鋭い瞳に光る獣みたいな眼差しに女は萎縮し、リオンの腕から離れた。眉間に刻まれたシワが彼の怒りを表していた。海の面子を壊すつもりはない、精一杯こらえた拳は爪が食い込んでいた。皮肉を浴びせてやりたいくらいイラついていたが耐えて、耐え抜く。
何より今はこの目の前の女なんかに構っている暇などない。

海が危ない、リオンにもそれがわかった。
自分が海を組み敷いたあの日に見せた姿を忘れたわけではない。エゴだが海を傷つけるやつは許さない。リオンは海の荷物を奪うと拷問部屋にも似た空間からようやく脱出し、走り出し、慌ててトイレにいくがやっぱりどちらも電気がついていない。

「くそっ!どこに行ったんだ、海!!」

店内のどこを探しても海の姿がない、リオンの汗は暑さから来る汗だけではないことが分かった。このままじゃ海はあの男に女を暴かれてしまう。
そんなのは許さない、あんなにきれいな素肌を自分だけのものにしたい。海がいないだけで自分はこんなにも冷静さを失ってしまう。

スーツを脱ぎ捨てシャツになるとリオンは宛もなく夜の街に飛び出し駆け出した。


To be continue…


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