MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

30

海はリオンに抱き締められる幸せな夢を見ていた。
リオンはとろけるくらいに優しく、甘い笑みを浮かべて海を抱き寄せ微笑む。昨夜の出来事はまるで夢のような夜だった。いや、あれは夢だったのだ。そう言い聞かせれば、朝の彼を見ても辛くない。

引越しのダンボールに囲まれてリオンと愛し合った記憶は目が覚めればまた現実に戻り、海は変わらずいつものベッドで目を覚ました。パジャマも下着も身につけていて、あれは夢だったのだと、自分自身言い聞かせるには十分だった。

「おはよう。」
「ああ、」

昨夜のリオンは別人だったのだろう。相変わらずそっけないクールな態度でにこりともしない。スーツに身を通した海もその態度に黙って座り用意された朝食を食べた。最初に感じたヒリヒリした痛みや下腹部の鈍痛も気にならなくなっていた。

いつものやり取り、それは住まいが変わっても。
引越しの片付けをリオンに任せ、海は仕事に出かける。今日から通勤距離が遠くなったのもあり、車での出勤だ。真っ白な愛車に乗り込み、ミラーで身だしなみを確認していた時、ふとブラウスからチラリと見えた胸元に刻まれた生々しいほどに赤い華に思わず胸を高鳴らせた。

違う。身体がしっかり覚えている。あれは、夢ではない。紛れもない現実。
その実感が今の関係を繋ぐ何よりの支えであり、海にとってリオンはかけがえのない人として、しっかり心に刻まれていた。

綺麗な指先が海の手を絡め、柔らかな唇が身体を優しく撫でて行く・・・。海は頻りにリオンの名前を呼び、温もりに酔いしれた。夢の中でなら素直に彼に甘えられるのに、現実に返れば難しい問題がありすぎること。夢でしか愛されることは叶わず、素直でいられないそんな自分が恨めしかった。

引っ越しも無事に終わり、ぎこちなかったふたりも離ればなれになりかけていた距離をまた修復しようとお互いに手段を手探りしていた。
時間が経てばまた元の、あの頃に戻れるだろうか。
夏が終わり秋も深まる中、移りゆく景色は変わっても未だに変わらない二人の距離。駐車場から出ていく海の車をリオンもベランダ越しに黙って見つめていた。そうしてかつて国に仕えていた自分が今や家事をしてるなんて知ったら世間は驚くだろう。それでも日々の日課の家事を続けながらリオンはスマホを手に取り、静かに前を見据えた。

昼休みになり、外回りも終えた友里と楽しく雑談していた海。そんな友里がある提案を持ち出してきたのだった。

「プールに?」
「引越しの時に言ったでしょ?今月2連休あるからそこに2人で行ってきなさいよ!温泉もあるし、ねっ?」
「プールかぁ・・・うん、楽しそう。水族館の近くだよね?私、車出せる。」
「よしよし。じゃあ決まりね。たまにはさぁ環境変えようよ!昨日の夜もどうせなーんにも進展ないんでしょ?」
「うん・・・でも、昨日もね、・・・」

小さな声でつぶやき、俯いた海の赤く染まった頬、そうして本人はわからないだろうが、海は夏の終わりとともにやけに女っぽくなり、その瞳は潤み友里はすぐに昨夜何が起きたのかわかった。

「あんたねぇ、ほんとバカね!全く、何でリオンも手は出すくせに肝心なこと言わないのよ。海もそうよ!ダメって言ったのになんで流されちゃうのかな・・・拒否したらまた気まずくなるとでも思ってるから?」

友里の言うことが最もすぎて海は俯くことしか出来ない。拗れていたふたりの関係も言葉を交わすよりも肌を重ねることで、だいぶ解消されたような気がしたから。海も以前より落ち込んでいた表情から一転し、また明るい笑顔を浮かべて食欲も戻ったように感じ友里も安堵したが、相変わらずお互い肝心な言葉を口にしないままだということにやきもきしていた。

「ただいま!」
「ああ、」

愛車を運転し、前より距離の離れた職場から無事に帰ってきた海を迎えるリオンも漸く気持ちが落ち着いたように見える。海を悲しませたくなくて、海の笑う顔が好きで、穏やかに微笑んでくれればリオンにとっては何よりだった。リオンもリオンでこのままでは良くないとわかっているのだ。しかし、自分の過去を思えば、肝心なことを言えないまま海に思いを打ち明けてもという迷いがあったから。

「そうだ、お前宛に転送で手紙が来ていた」
「ん?何て読むの?」
「invitation(招待状)だ、」
「すごいね!いつの間に英語も覚えたの?」
「はぁ・・・お前、授業で習ったのに分からないなんてなんのために高等教育を受けたんだ?」
「日本人だもん、わからないに決まってるじゃない!」
「今はグローバル文化の時代なのに、嘆かわしいやつだ。アルファベットは僕の住んでいた世界と似たような字体だったからな。それに、毎晩洋書を読めば嫌でも頭に入る。」

引越しのドタバタですっかり、遅くなって放ったらかしになった招待状。海は嬉しそうにリオンから自分宛の招待状の封をカッターで丁寧に開け、手紙に目を通すと海は食事中にも関わらずいきなりすっとんきょうな悲鳴をあげたのだ。

「えぇッ!」
「っ!いきなり大きな声を出すな・・・どうした?お前の嫌いな昆虫でも手紙に紛れていたか?」
「もう!違うったら!あのね、高校の友達が結婚するんだって!その招待状!!」
「結婚式か・・・」
「どうしよう、何着ていこうかな?
今までお呼ばれしたことないから楽しみ!リオンも行く?あっ!せっかくだから行こうよ!」
「礼典用の服はあるのか?」

海も女でいつかは愛する誰かと神の前で誓う時が来る。そうしたら。リオンは海がいつか見た海外ドラマのヒロインみたいにヴィヴィアンのウェディングドレスを着て幸せそうにドレスの裾を翻す姿を思い浮かべ、ぎこちなく笑みを返していた。結婚に憧れる女子達。海も同じ。しかし、自分と海は永久に結ばれないしましてや海を幸せにしてやれる自信もなく。それでも、幻でも構わないから海が幸せになる瞬間を見たいと願った。

「ないからレンタルしないとね、リオンはスーツ着たことある?お城のパーティーとか色々あったんでしょ?」
「女王陛下の仮面舞踏会で着たな、」
「仮面舞踏会!?いいなぁ!すっごく素敵っ!マリーアントワネットとフェルゼンみたいね。」
「お前って奴は・・・」

海は誰よりもプリンセスという言葉に大いなる憧れを抱いていた。今の時代ではないからこそ、海はきらびやかで耽美な城暮らしの世界に胸を弾ませ、無垢な瞳を輝かせている。
プリンセスの苦労も気に留めず、嬉しそうに柔らかな笑みを見せる海。
プリンセスはどれだけ大変だったか知りながら、それでも女の子なら誰もが憧れるように、海の羨望する気持ちは変わらなかった。

「夢見ているみたいだが、姫や王国の暮らしなんて実際はそんなに良いものじゃないんだぞ。自由に出歩いたり、まして恋愛など許されなかったし、マリーアントワネットもそうだったろう、ふたりは結局結ばれず、フェルゼンもマリーアントワネットを救えず、そして悲惨な最後を遂げたんだ。それに、結婚したのはルイ16世だったのに、マリーアントワネットの心はフェルゼンで溢れていたとしたら辛かったんじゃないか?」
「そうだけど・・・でも、叶わない恋だとしても、お互いが結ばれなかったとしても、ふたりの思いは、誰かを思う気持ちは戸籍なんかじゃ縛ることは出来ないんだって私は、そう思うな。」

たしかに2人の恋愛は世間で認められたものではなかった。しかし、王妃の身分でありながらも、フェルゼンを愛して同じくマリーアントワネットを愛したフェルゼン。ルイ16世もそれを知りながらもフェルゼンに気持ちがあると知りながらもマリーアントワネットと愛し続けたのだ。

リオンは思った、現に今そうならば、お前に愛を打ち明け、消えてもお前は僕を変わらずに思ってくれるか?と。
聞けるはずもないくせに・・・リオンは喜ぶ彼女を横目に嘲笑した。

「私、ちょっと着ていくドレス探してくるね」
「あぁ、って、ドレス?主役はお前じゃないんだからな。」

すっかり夢中になり海は瞳を爛々輝かせるから。リオンはあきれ混じりに夕飯もそこそこに部屋にこもってしまった海を見つめ、招待状に目を通す。海が口にする高校時代の親友。自分には踏み込めない海の線引きされた世界にリオンはただ思いを馳せるのだった。
そして、ふと、スマホに海翔の名前が出ている。昨日の引越しの時に怒りながらスマホを取り上げられ、番号を無理矢理交換させられたのだ。無視するわけには行かないが話したり変な詮索もされたくない。仕方なくベランダに出ると落ち着いた声が聞こえた。

「要件は何だ。」
「何だとは何だよ?海ちゃんは?」
「風呂だ。」
「ふーん・・・襲うなよ?」

しかし、その言葉には何も言い返せなかった。あれ程心に決めていたのに結局、無防備な彼女にどうしても抑えきれずに触れてしまったのだから。
黙り込むリオンを無視し海翔は続ける。昨日の言葉をはっきり行動に現してくれないと自分もいつまでも気になって仕方ないし、海の事を諦められなくて、苦しいのだ。


「んで、告白はいつするの?さっさとくっついてくれないと俺が海ちゃんを・・・「今月の二連休に海をどこか温泉にでも連れていく。だが、その為の資金がなくてな。僕から言い出したのに金がないなんて間抜けだろ。海に言えば海が費用を捻出する事になる。それは避けたい。」
「だと思った。ちょうどいい、体力有り余ってるんだろ?少し手伝ってくれよ。いい仕事がある。」
「ああ。わかった。」

電話を切り見上げた秋の夜空に思うのは・・・。マリアンだけが世界の全てだったのに、今は違う。頭を過ぎるのは海の事だけ。昨夜の夜の事も、決して夢ではない。お互い夢中で抱き合い精根尽きて気を失うように眠って、暫くして先に起きて慌てて眠る海を清めて服を着せてやり、ベッドに運んでやるのはいつも、リオンが海のことを気遣い、欠かさずに行っていたのだ。

ベランダでのリオンの思いや、やり取りも知らず、海はもう、目の前に迫った結婚式に着ていくパーティドレスをダンボールから引っ張り出して、友里から借りたのも見つめ下着姿でファッションショーをしていた。

「う〜ん・・・困ったなぁ・・・友里ちゃんから借りてきたのはいいけどみんな派手すぎるよ。これじゃあおっぱいカパカパだ・・・」

結婚式まであと僅かに迫る中で困り果てた海は友里の結婚式に着ていたパーティドレスを借りることにしたのだが背丈は同じでもスリーサイズが違う。グラマーな友里はかなりきわどいパーティドレスしか持っていないようで海の好みはあまり無いようだ。

「うーん・・・これじゃあ売れないキャバ嬢だぁ」

結局、リオンも同席することになり、リオンのスーツは友里の遊び相手の男の弟が貸してくれたが、なんとサイズが入らなくて、結局、弟のでは無く遊び相手の男の香水臭いスーツを借りたのだった。しかし、肝心の海のが決まらない。

「うぅん〜どうしようかなぁ!あっ、これならいいかな?」
「おい、もう寝なくていいのか。」
「きゃっ、リオン!!」

早速まだ胸元が空いたデザインよりまだマシなドレスを見つけた海が早速着替えようと上着を脱ぎブラとショーツ一枚になった瞬間、リオンがノックもなしにふたりの寝室兼海の部屋を開けたのだから海はしゃがみこんで慌てて隠したがリオンからは背中は丸見えだ。

「すまない・・・」
「いきなり開けないでよっ!もぅ、ちょっと待って!」

急に、しかも意識していた異性に見られた羞恥に海は今にも走り回りたい衝動に駆られ、リオンも恋しい海の柔らかな素肌につい魅入ってしまい胸が激しく高鳴り体が熱くなるのを覚え、気持ちが高ぶり便乗して体も反応するから余計にタチが悪い。

「いいよ。」
「あ、ああ」

こんなに自分が動揺するなんて。ルーティなんていつも背中も腹も露出していたのに。まぁ、実の姉だから何も感じないわけではあるが。客員剣士も名折れだと咳払いをひとつ、心を落ち着け扉を開けるとまた真っ白な背中が飛び込んできて思わず視界を奪われた。海が選んだドレスはサテン素材の落ち着いた夕焼けから夜にかけての空にも似たネイビーブルーのドレスだった。

裾は膝丈で清楚で厭らしくない、後ろは編み上げのリボンで、パニエがなくとも膨らんだ裾は決して下品にならない可愛らしい装いだった。

「どうかな?」

不安そうな海にリオンは無言で頷いた。記憶にないが間違いなく自分がつけた赤い華もすっかり目立たなくなっていた。

「・・・・・・似合っている」
「あらっ、珍しいね、リオンが素直にほめるなんて!じゃあ、私、これにしようかなっ、」

永遠にも感じられた沈黙のあとで海のドレスを珍しく聞こえは悪いが素直に褒めたリオンに微笑み、嬉しそうに恥ずかしそうに笑うのは何故?リオンにはわからなかった。自分が褒めたら素直に顔を真っ赤にした海が。自分が誉めなかったらそれを着るのをやめていたのか、知りたくなった。

意地っ張りだが、従順な一面もあって、女性らしく見えてとても可愛らしくて、今はそれがいじらしくて抱き締めたいと素直に思う。そしてすぐにドレスを決めた海は嬉しそうにそれをリオンの借りたスーツが干された物干し竿に掛けていた。

結婚式など今まで参加したことがない海とリオン。海は今ごろはもしあの男が既婚者じゃなかったなら幸せな笑みと純白のドレスに包まれ晴れやかな顔でバージンロードを歩いていたのだろうか。

「んん・・・」

ベッドで気持ち良さそうにいびきをかく無防備な海に毛布をかけてやりリオンは眠れぬ夜にぼんやりと思う。一途で優しい海を欺いたあの男の愚かしさを厳しく非難すると共に、リオンは永遠の愛を他の女に誓いながら海と隠れて付き合っていた元彼への理解に苦しんだ。そうして、愛される資格を持つ海にまた不安を募らせた。

「海、」

小さく呟いた声、夢のなかに落ちても消えそうになくて、リオンはこれではまるで自分がフェルゼンではないか、と思った。眠る海の半開きの口を、そっと閉ざして無防備な額にキスをすると海は気持ちよさそうに身じろいだ。
この思い、叶わないのなら自分は愛人もとらず、一生誰とも添い遂げることなく独身でいようと思った。もう死んだ身だが、リオンは悪い予感は今は拭いたかった。
誰かが自分を何らかに利用するために黄泉返されたなんて。

「おい、早くしろ。遅刻するぞ」
「はぁい!待って!先に鍵渡すから乗っててね、」
「あぁ、・・・」
「どうしたの?変かな?」
「いや・・・」

秋晴れの空の下で、ビシッとスーツに身を包みキメたリオンが玄関でいつまでも来ない海に痺れを切らしていた。鍵を手渡し微笑む海を見つめるリオンは暫し硬直した。馬子にも衣装と言う言葉よりドレスアップした海は普段よりやけに艶やかに感じられたから。だから、嫌な予感が胸をよぎった。他の誰の目にも映したくないくらいに海が輝いて見えて。

海はドレッサーの前で友達の結婚式にふさわしいゲストとして恥をかかせないよう一生懸命ドレスアップしていたから。

緩やかに肩下まで伸びた髪を巻きあげ、アイシャドーで濡れた輝きを放つ瞳に付け睫を着けてアイライナーを引きラメを煌めかせる。ノーズシャドーとハイライトをのせ、シンプルなアクセサリーを身に付け、髪に華を添えショールを羽織るとコンパクトなハンドバッグを手に海は踵の高いパンプスを履き車に向かうと運転用に履いている踵の低いクロックスに履き替えた。

「リオン、お待たせ。」
「ああ・・・」
「リオンも似合ってるね。じゃあ、いこっか!楽しみだね。美味しいご飯、いっぱい食べれるといいね!」

ネクタイを直した時にふわりと、嗅いだことのない香水の香りがしてたまらずリオンは息を呑む。純白のドレスより映えるネイビーブルーの魔法が海を変えたなんて知らないだろう。リオンのスーツもとても良く似合っていて、ハードにセットした髪も、よく決まっている。よく見たら急激に背が伸びたと思い、いつも向かい合わせだった目線がやけに遠く感じて海はその背中を遠巻きに見つめていた。

複雑な気持ちのリオンを乗せた愛車を走らせ順調に式場まで向かう車ではリオンが知らないような洋楽のバラードが流れている。いつもやかましく激しい音楽を好む海には珍しい静かなミディアムバラードににリオンは思わず訪ねていた。

「誰の歌だ?」
「えっ、」
「お前が静かな曲を聞くなんて珍しいからな。」

ハスキーなボーカルの声にあわせて口ずさむ海にリオンも耳を済ませる。海の口ずさむ歌は何よりも良く耳に馴染んでいた。渡された歌詞カードを眺めながらリオンは脳内で歌詞の意味を反芻して理解し愕然とした。海は、この歌のように自分との未来を願ってくれているのだろうか。

「いい曲でしょ?子供の頃からずっと好きな歌でコピーでバンドやった事もあるんだよ!」
「そうか」

海は歌詞の意味をよく分かっていないのだろうか。リオンはすべてを理解した。海がこの歌に込めた意味も、そして、海の思いが歌詞に込められた可愛らしい願い。これは海が元カレを思って歌っているんだと。

「(リオンがいなくなってしまっても、きっと、帰ってきてほしいから私、この未来を信じてる。それを願って私は歌うんだと思うんだ。エミリオ、)」
「(海、お前は、)」

ふたりのすれ違う気持ちを乗せて、車はチャペルのある真っ白な結婚式場へと向かったのだった。


To be continue…


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