MISSYOU | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
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MISSYOU

27

リオンに出会ったことを悔やむ自分がそこには確かに存在した。
今朝リオンの前では平気なフリをしたが、昨夜リオンと確かに交わった証は未だに座るのも気合を入れて座らないと耐えられないほど焼けるように傷んだ。まるでその痛みを与えたリオンを忘れるなと、身体が覚えているようで。この痛みも死んでしまいそうな快感や、狂おしさや恥ずかしさも、昨夜リオンに抱かれたことが夢ではないと確かに教えてくれた。

しかし、どんなに温もりに包まれても、思いを告げても、好きになっても、行き着く先は別れ、深い傷。告白をして二人の関係は悪い方向へ大きく変わってしまった。こんなに惨めで辛くて苦しいなら、あの時、孤独に溺れて海に身を投げ捨てれば良かったのだろうか。しかし、恋の痛手では決して死ねない。生きることすら怖がるくせに、死ぬなんて。

駄目だ、こんな考えではとても仕事に行く気になんて・・・。
海は気付けば会社に向かう足が遠ざかり、逃げ出していた。前も風邪で休んだのに、営業職である限りノルマを達成しなければ成績も落ちるし、歩合制の給料で、休めば休むほど給料がさらに厳しくなるのに、逃げ出すのか。しかし、向かう足は止まらない。海は気付けばリオンと出会った浜辺に足が向いていた。

夏の海は多くの人を呼ぶ、この浜辺にも沢山の人が泳ぎに訪れては波を追いかけている。
海は雄大で自分の悩みなんて小さな存在にすら感じるような力を持つ。波は寄せては返し、いつも見守ってくれる。命を育む神秘の存在、雄大な海。浜辺に座り、これからどうリオンに接していけばいいのか、考え込むには十分な場所だった。考えるなんて大層なことを。結局答えなど見出だせないのに。

「はぁ・・・弱虫、仕事サボるなんて・・・それでも社会人かっ!」

昨日も和之と友里にたくさん飲んで励ましてもらったのに奢ってもらった上に2人にも昨日の報告をしなければならない。昔の頃と見かけは変われど、中身が変わらなければ変化には乏しい。理解しているのに身体が拒む、向き合うことすら臆病になってしまっていた。

波音に隠れ、海は泣きながら海を眺めた。身体の痛みよりもリオンに拒絶された心の痛みの方が辛い。リオンのおかげできっぱりと止められたタバコをまた手にして。そうでもしなければ張り詰めた糸は簡単に切れて最悪な状況を選んでしまいそうだった。

誰もいない、誰にも聞かれない場所で独りで静かに今は声が枯れるまで子供のように泣き続けた。子供の頃から泣いても誰かを引き留められる力はないとわかっていた。諦めていた。親に見放された幼い頃の自分がどんなに泣いても誰もが知らぬ振りをし、次第に自分を捨てた両親を憎んだ。こんなに子供が泣いているのにその涙を止めることも拭うこともしなかった両親を。

「・・・え、」

不意に、海の目の前に巨大なシルエットが浮かび上がった。こんな海辺で泣いている自分を不思議に思ったのだろうか。海は涙を浮かべた瞳を隠さず小さくて非力な動物の様に目の前にあるシルエットを睨んだ。

「海ちゃん?俺だよ。」
「か、いと、君・・・?」

其処にいたのは意外なことに海翔だった。彼もそういえばサーファーだったことを知るとスカイブルーのサーフボードを手にした海翔は濡らした髪を振り払い海の疲れきった表情や傷付いた瞳、汚く汚れた衣服を見て静かに海が持っていた煙草を奪い、当たり前のように吸い始めたのだ。

「だめ・・・っ!」

リオンには知られたくない煙草は自分だけの秘密だったのに。しかし、なにもかも見透かしたような海翔の態度に海はぐうの音も出ない。年下の癖に生意気だが、海翔は落ち着いていた。

「そんな風に睨んでも、怖くないし。タバコ返すよ、」
「お願い、タバコのこと、リオンに言わないで・・・」

それでも口をついたのはリオンへの愛情だった。あんな風にだかれたのに、今日も手を振り払ったリオンへの気持ちだけは・・・どうしても覆せなかった、だから今、こんなに苦しいのだ。彼にだけは知られたくない、あんな自分はもう卒業したのだから。落ち込み、また涙を流した海に海翔はなにも言わずに立ち上がった。

「言わないよ。ねぇ、とにかくさ。俺家に一旦帰るから海ちゃんも着替えたら?いつも仕事でピシッとしてるのに、今日はどうしたの?転んだ?」

しかし、海は何も答えない。黙ったまま俯く海に海翔はいつもよりも低い声で問いかけた。

「・・・リオンに何かされた?」
「違う!リオンはなにもしてない!悪いのは私なの!」

見るからにボロボロの姿にリオンに嫌なことを何かされたのかと顔色を変えた海翔に震えながら海は必死に弁解した。リオンの仕業だと知れば海翔は間違いなく怒る、リオンに危害を与える気がした。しかし、その海のリオンを庇う姿に海翔は全てを悟ったようだった。

「分かってるよ。リオンがそんなやつだとは思えないし。
つか逆に襲われそうな感じ?あいつ、女みたいだもんな、よくみたら。」
「も、もう、やめて!」

確かにリオンはどちらかと言えば中性的な顔立ちをした美人だが、彼は力も腕っぷしもきっちりした男性だと。抱き合った温もりも未だに身体は覚えていて、交わしたキスも、舌の感触も生々しいほどに。海は身をもって知っているのでよくも知らずにそういい放つ海翔の身勝手さにただ困惑した。

「ほら、自由に使っていいよ。」
「えっ!でも・・・っ!」
「大丈夫だよ、許可なく覗いたりしないから。それとも洗ってあげる?」
「なっ!」
「冗談。本当に海ちゃんってほんとに年上?初々しくて、かわいいよね。」

海翔に連れられて彼のひとり暮らしのアパートに上がり込み、部屋に押し込まれるといかにも男のひとり暮らしの部屋など初めて上がり込んだのでどうしたらいいか分からず慌てる海。
いかにも不慣れだと、言わんばかりにオドオドする海に苦笑しながらも手を引き浴室に押し込む。どうせろくにメイクもちゃんとしていないままだ、言われた通りに無防備に服を脱ぎシャワーを浴びた。リオンに抱かれた時からシャワーを浴びていないから自分の下腹部がどうなってるかなんて気にしてもなかったが、思った以上にそこは出血しており、裂けたような傷口は湯にも滲みるように痛んだ。
シャワーを浴び終え、浴室から出ようとするとドア越しに海翔が声をかけて服を投げてよこした。

「取り敢えずこれ着てなよ。」
「あ、りがとう。洗って返すね。」
「いいんだよ、気にしないで。」

タオルを手渡され、海翔が着替えをくれる海は自分から告白を断った海翔とぎこちないままに接していたが、海翔は海が気を遣うのを理解してか笑みを絶やさなかった。用意されたのはおしゃれなルームウェア。どうやら自分以外にもこの部屋には女子が上がり込んでいるらしい。化粧品もシャンプーも女物が混ざっている。

「別に今さら海ちゃんに振られたからって逆恨みなんかしないよ。ただ、俺、こう見えて初めて女に振られたんだよね。」
「・・・そうだったんだ、ごめん。でも、海翔君、女の子の方から寄ってきそうだから・・・」
「バッサリ言うね・・・まぁ、そんな感じで海ちゃんが俺の初めての男、だよ。」
「もう!年上をからかわないのっ!誤解されたらどうするの?」
「別にいいよ、俺は。ただ、昨日も言ったけど海ちゃんが寂しいならいつでも待ってるから。もしあいつが海ちゃんを拒むなら話は、別だよ。」

いつでも待ってる。果たして彼に諦めると言う文字はないのだろうか、そんな言葉と海翔の眼差しは真剣で、言わなくとも海は、海翔に逃げるつもりはなかった。今時の子は積極的なのだろうか。それとも、そんなに自分を。海には俄に信じられなかった。何故ならば自分には女としての魅力を全くといっていいほど感じられなかったからだ。しかし、これは自分自身の問題、海翔にすがる気はない、

「やっぱ、あいつムカつく。最初は勝手にしろとかカッコつけてそんな気見せなかったくせに、やっぱ海ちゃん、好きなんじゃねーか、」
「そんなこと、ないよ・・・」

海翔は海の半乾きの髪を撫でながらタオルを被せわしゃわしゃと髪をかきみだすと、ぼんやりしたままの海を抱き締めようとして手を止めた。
海は、いつでも呼べば抱かせてくれる存在とは違う、容易く触れては行けない領域な気がしたから。

海翔にとって、海は、不思議な存在だった。
出会ったばかりの頃の、今にも消えてしまいそうな儚さと憂いを帯びていたあの頃より今の方が憔悴しきっていた。まるで、今にもリオンに溺れて死んでしまいそうなほど窒息して苦しんでいるように感じられた。

「そうだ、これ、アルバム。渡しておくから」
「・・・楢崎・・・海翔」
「そう、俺の名前はこの人から貰ったから。」

楢崎海翔、気にしない振りをしながらも本音は気になって仕方ない、海翔に導かれ、楢崎海翔の高校時代の卒アルを見せられた海はなんの気もなしに海翔の隣に座り込んでベッドに身を乗り出して、そうして気付いた。海はやっと相手に対して思わせ振りな自分を見つけたのだ。

「あのさ、やっぱり、海ちゃんって、本当にソソルよね、」
「へ?」
「屈んだときに胸見えた。それに、今、ここ俺の部屋、しかも俺のベッドの上。」
「え?でも?今昼間だし、私と海翔くんは別に恋人なんかじゃ・・・わ!」

気づくより早く、何か見透かしたように怪しげに目を細めた海翔が海をベッドに押し倒したのだ。
やたら固い青少年のベッドは独特の男臭がして、リオン以外の男の香りに海はますます嫌悪を露にした。

「やめて・・・冗談、でしょ?」

力は男、海翔と二人きりの空間で、自分を助けてくれる声は届かない。見上げればリオンではない、紫紺ではない瞳が海を見下して逃れないように閉じ込めていて漸く気づく。リオンではない誰かに組み敷かれて感じた、得体の知れない嫌悪感を。

「男って単純だからここで、俺としても海ちゃんが俺を誘ってるって、だから応えてあげなきゃと勘違いするかもしれないよ。リオンもそれと同じかもしれないから。」
「一緒にしないで!リオンはそんな人じゃないもん!海翔くんみたいに、寂しくて誰とでも寝るような人じゃない!私の他にキープなんて沢山いるんでしょう?どいて!」

海は海翔を突き飛ばすと真っ赤な顔で立ち上がった。そうだ、つい、しかし、指摘されるまで海は気がつかなかった。自分にも非はあった、確かにそうだった。元カレにも一度指摘された、自分は異性に対して無防備過ぎると、しかし自覚はしていない。でも、もしかしたら自分は簡単に抱かせてくれると思われたのかもしれない、簡単に流される、だからリオンも・・・自分を抱いたのだろうか。

「ねぇ、海ちゃん。愛とか好きとか何になるの?割り切ってしまえば楽だよ。俺も気持ちいいし、好きとか嫌いとかいちいち疲れない?温もりさえあればいいじゃん、」
「っ・・・私は、それだけじゃ、嫌だよ・・・身体だけの関係なんて、虚しくなるだけだよ。悪いけれど、寂しいからって私が海翔くんを求めることは無いよ。リオンに愛してもらえなくてもいいの。私はリオンが好き。」

リオンに抱かれても嬉しくなかったのはきっと彼の本心を聞いていないからだ。はだけた胸元を隠しながら言葉を続ける海翔が冷徹な眼差しを変えずに吐き捨てた、最もだ。恋慕を抜いた割りきった肉体だけの関係を続けて悲しまないのは男だけ、女は違う、女は身体の欲望ではない、精神的な繋がりを求めている。

だからこんなにも辛いのだ。リオンと結ばれたのにちっとも嬉しくもないのは、リオンが、自分のことをどう思っているのか。欲望の捌け口ではない、性欲を満たすために抱かれるんじゃない、精神的な安らぎを求めて、それはキスや言葉より深くて神聖なものだと海は信じている。
好きな人と愛し合い、結婚して子供を宿すため、それが根本的な愛の形。 だが、そんな行為などなくても好きならば幸せでいられる。別れなど最初から考えたりもしなかった。海は頑なに純粋な愛を信じていた。
着ていた服を脱ぎスーツに足を通すと、海翔の家を飛び出し海は走り出した。
帰る場所さえ見つからない、こんな姿でリオンに会えない。どうにもならない悲しみが胸を支配し続けていた。

純愛を貫こうとして、身体はリオンの求めに応じた矛盾。そんな惰性的な自分が居ることを海は激しい自己嫌悪に襲われた。

「ちょっと!!海!連絡も寄越さずなにやってるのよ!あんた社会人でしょ?主任かなり!怒ってるからね!」
「すみません。今、いきます。」

唯一の救いは仕事と言う逃げ道があること。仕事をしている間はリオンと関わらずにいられる、リオンを忘れられる空間が今の海には必要と言うことだ。しかし、リオンから離れたくはない、それも正直な気持ちだったから。海は職場への道を走り出す。

今はリオンと抱き合い身体を重ねた、夢のような昨日の夜がもう一度来ることをただ願っていた。逆に拒まれて確定した抑えきれないリオンへの気持ち。悔いはない。痛みや経験不足を知られるのが怖くて今までずっと踏み切れずに今まで守ってきた純潔をリオンに捧げたことを。

「古雅、お前社会人だろ?上司に連絡もせず休むなんて言語道断だ。まして、プライベートと仕事を混合するなんて・・・お前成績も悪いしやりたくないなら辞めてもいいんだぞ。」
「はい、・・・申し訳ありませんでした。」
「仕事に支障をきたすくらいなら、不幸になるだけなら・・・やめた方がいいぞ。」

遠回しに告げられたリオンへの忠告に海は息を飲み黙り込んだ。仕事に戻り、待ってましたと主任の怒号が海を責めたが、海は気持ちを入れ替えてなんとか1日切り抜けることができた。破瓜の痛みと、顔色が悪い海を見送りながら、友里は心配そうに海の小さな頭を撫でた。

「海、あんた無理しないでよ?」
「うん、大丈夫。平気だから、」
「引っ越し、手伝いにいくからね?ちゃんとご飯食べるのよ。それで・・・昨日告白したの?リオンと何があったか知らないけど・・・」
「リオンは、悪くないよ。私が、悪いの・・・」

短く、頻りにリオンの非を責めたりしないでと口にする海の姿に友里はこれ以上の詮索が出来なくなってしまった。話を続けさせたくないのか、海は落ち込んだまま友里に背中を向け歩き出してしまった。
カンの鋭い友里はそうして気づいてそれ以上追求するのをやめた。いつもあの三つ離れた電柱で静かに佇む後ろ姿が無いことを。男性経験は数えきれないほど、只でさえさまざまな修羅場を味わってきた友里だから簡単に察することが出来た。ふたりには確実に何かあったことを。そして、それでお互いに胸を痛めていることも。

「あのふたり、なんとかならないのかな。」
「どうした、」
「リオンと海。あのふたり、お互い不器用でしょう?お互いが素直になれないから、同じ距離にいるのに。」
「さぁな・・・今日の様子から見てどうやら昨日は上手くいかなかったみたいだしな、こればっかりは、あのふたりの問題だからな。そうだろ?結局、きっかけや確信がなきゃ、人は踏み出せないんだ、」

喫煙所で煙草を吸いながら友里は同じく煙草を吸いに来た和之に問いかける。昨日はあんなに嬉しそうに意気揚々と告白すると言っていた海が今はこの世の終わりかと言わんばかりの落ち込みように2人はなんとなく察した。
ふたりがここで幾ら悩んだとしてもあのふたりはいつになっても平行線を辿るまま。
お互いがお互いを深く思いあっているのに、何故、
歯がゆい思いは消えなくて、友里はやきもきしていた。

「あ、主任も海の引っ越しいきましょうよ!」
「いや、俺は遠慮しておく。」
「何で?」
「リオン君に、嫌われてるから?」
「あっ、それわかる気がします・・・」
「確かに王子様、みたいだったな。日本人、じゃねぇよな、あの顔立ちは」
「そうそう、それで海外に近いうちに帰るんだって。しかも、もう会えない地域なんだってよ。」
「・・・そうなのか。納得、どこの国かは知らないけれど、再入国許可が無ければ結局1回帰国すれば在留許可は消えるしまた1から審査し直しだからな。」
「む、ずかしい話ね・・・頭がパーンってなりそうだわ。」
「それだけあの二人は簡単じゃないってことだ。あのふたりは、どんなに好きでもいつか別れる。別れは絶対に切り離せない、入国審査は難しいし、だから、簡単には踏み出せないんだ。昨日もおおかたその話で終わったんじゃないか?」

国境と言う隔たりだけだったのならどれだけ幸せだったろう。二人が越えられない、二人を頑なに隔てている壁は、どんな距離よりも遠く、厚い。近づく別れさえ誰も教えてくれない。

「ただいま。」
「お帰り、」
「あ・・・うん、」

あの頃のようなふたりでは無い、帰ってきた部屋で待っていたのは重苦しく漂うふたりの気まずい沈黙だった。

「今日はカレーなんだね。」
「あぁ、すぐに準備する。」

気まずい空気をどうすることも出来ず、海は努めて明るく振る舞い、リオンの罪悪感に満ちた表情を見ないようにフローリングの床ばかり見ていた。
食事中も全く言葉を通わせるどころか、海はリオンがこちらを向いて食事しないことに気づいた。膝を組み、やや斜めに体を傾け甘口のカレーを食べるリオン。
海は辛口しか食べないので、甘口のリオンとは相性が悪い。
なので、カレーを食べるときはいつもレトルトなのだ。
リオンが意図的に自分と話さないように避けている態度が手に取るようにわかり、海は今にも泣いてしまいそうだった。

「ごちそうさまでした。あっ!じゃあ、私、お皿洗うねっ。」
「・・・海」
「え?」
「昨日のことだ・・・身体は平気か・・・?僕はお前にひどいことを・・・」

自分に好意もなければマリアンを重ねてしまったのだろう、だから、申し訳ないんだ。海の心は今にも張り裂けそうになりながら必死に唇を噛み締めて気にしないでと微笑んだ。

「いいの、私こそ、ごめんね。私、酔っ払っちゃって・・・だから、リオンも・・・」
「違う!・・・僕は、お前が・・・」

その瞬間、反発するようにリオンは食器がひっくり返りそうな勢いで立ち上がった。

「何?何が違うの?」

リオンが見せた反発に思わず海も怪訝そうな態度でリオンに聞き返していた。リオンが何を否定したいのか分からない、知りたくもなかった。

「僕は・・・海が・・・」
「私が?何なの?」
「いや・・・」
「もう!何なの?はっきりしてよ!」

しかし、その先の言葉にリオンは詰まってしまう。こんな経験なんか今まで無かったのだから仕方ない。シャルはいないし、マリアンに恋のアドバイスを貰えることも出来ない。自らもこの気持ちをどう伝えたらいいのかわからないといった具合に、それは禁断の言葉のようにすら感じられた。言ってしまえば、今のこの気まずい空気はもっと重く苦しくなるだろう。
それに、いつか離れる未来なのに、失うつらさをまた海に味わせたくないと、リオンはこれ以上海に拒まれるのを恐れていた。だから踏み出せない、海は自分など・・・そんなリオンを見て海は何故か余計に腹がたち、ついらしくもなく声を荒げてしまった。

「はっきり言えば!やめて!もうやめて・・・!期待させないでっ!私は・・・別に気にしてないし、昨日のことは酔った勢いで忘れるからリオンも忘れて!」

お前が好きだと言ってしまえば、どれだけ楽になれたのだろう。 しかし、今の言葉が決定打であった。やはり、海はこんな自分など、愛する筈がないことを。リオンの表情はは悲痛に歪みそれは海の胸を締め付けた。

「海・・・。そうか・・・そう、だな。」
「っ・・・!私、ごめん・・・なさい!」
「いい、お前を振り回す気は無かったんだ。風呂に入らせてもらう。今日は他の図書館に行ったから疲れた。先に休ませてもらう」
「あっ!待って・・・リオン!」
「すまなかった。」

リオンは無意識に笑っていた、張り付けたように傷付いた瞳を揺らして、それは海も同じだった。近づけば近づくほどますます拗れて行くふたりの関係。
自分の発言に思った以上に傷ついたリオンに海は愕然と膝を床についてただ項垂れるしかなかった。

「・・・行かないで・・・エミリオ・・・」

それはリオンも同じだった。ペタペタと裸足で浴室に向かい、服を着たまま替えの下着も持たず服を次々脱ぐと洗濯機にぶちこんだ。伝わらない気持ちは溢れて止まらなくて、未熟ゆえに海に思うように伝えられず、それが悔しかったのか、情けなかったのか。無心で身体を洗い続けた。目の前に居る愛しいと抱いた彼女を触れるどころか抱き締めることさえ出来ない自分が酷く愚かで、ましてや、拒絶されてしまった。マリアンじゃなくて海が好きだと伝えようとしたのに。マリアンは本当に母親として見ていた自分がいた。海に出会い、海に数えきれない優しさを受け、同情したりしない、憐れみもない、自分の過去を知らないなら知らないなりに接する海が好きなのに。それなのに、過去がリオンの幸せを許さない。何故伝わらないのだろう。目の前にいるのに、こんなに近い距離なのに、世界が二人の邪魔をする、そんな海を知りたい、そして等しく知ってほしい。海に、愛されたい。

「・・・海・・・」

それでも昨日海の身体に触れた指先はまだ熱く火照っていた。海も同じ気持ちでいるのに。
この壁はどうしたらいい、海に拒まれた悲しみを抱いたまま暮らせと言うのか。縮まらない距離は焦れたようにまた拗れて行く。海に近づくだけではきっとまた足りなくなる。
リオンは謝罪をするように何度も項垂れた。湯に浸かり考えること、それは、迷いのない彼女への想いだった。

もう、他愛なかった口喧嘩も出来なくなってしまうのだろうか。自分が、壊したのだ。昨日の夜になにもかも。海との絆さえも。
夢に見た海を組み敷くなんて、どうかしていた。痛みに震える海を抱いて、恥ずかしいことをさせた。海に嫌われても仕方がないことをした。

どんな絆も、想いすら届かない。シャワーに流した水滴はシャンプーの泡だけではなかった。リオンの鍛えられて引き締まり筋を流れて排水溝に流れる、どうせなら開き直ってしまおうか。こんな下らない恥辱、劣情も流れてしまえばいいのに。

リオンはやり場のない苦しみに無意識に涙を流していた。
それは海も同じ、海は素直になれない意地っ張りな自分、リオンを傷つける言葉しか並べられないことを素直になれない自分をただ悔やんだ。リオンがこの世界の住人だったらどれだけ簡単だったろうか。
それならば迷わずリオンの胸に、飛び込められるのに。
リオンに愛されたい。願う気持ちは口にしないまま海を弱くさせて。2人が身体を重ねたベッドは今も変わらずに存在していた。


To be continue…


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