MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

25

熱が下がるまで、リオンと久々に土日も挟んで長く平日の静かな時間、同じ時間を過ごした。
借りてきたDVDを観たり、ゲームで迫り来るゾンビを倒したり、お風呂までつれていってくれたり、リオンに大好きな巨人と人類との戦いを描いた漫画をすすめたり。

熱があるのをいいことに、海は思い切り、リオンに甘えていたかった。
リオンはきっと自分が熱で弱っているだけだと言う認識なんだからと言い聞かせてもリオンに優しくされるとたまらなく泣きたくてたまらなくて。
熱が下がったらきっとまたリオンとの元の生活が待っている。
だから海はここぞとばかりに、これが最後だと言い聞かせてリオンとの時間を共有した。

元彼の恋に傷ついていた海、共に過ごした不器用で、でも優しいリオンが知れば知るほど好きだと気づいたのに。
彼を追いかけて、リオンに抱き締められて胸がこんなに痛むなんて知らなかった。リオンにもっと触れてほしくて、抱き締められたいと気づいた途端、リオンにはマリアンと言う大切な存在がいること、遅かれ早かれこの恋には別れがあることを改めて知るのだった。

「海、もう平気なのか?」
「あ・・・うん、おはよう。心配かけてごめんね。」

あれから4日。すっかり熱も引き、海はいつもの穏やかな表情に戻っていたが、その無邪気な笑みが微かに憂いを帯びていたように見えたのは気のせいか。
繊細に人の気持ちを知らぬ知らぬ間に汲み取るリオンは海の困ったような笑みがやけにちらついた。

「引っ越し、出来たら今週の日曜日にしようかなあって思ったの」
「そうか。」
「前に見に行った物件、あったでしょう?そこにすることにしたの。部屋がひとつ、リビングがあってキッチンがあって、もちろんお風呂とトイレは別。ね、」
「わかった。そうだな、なら荷物を片付けておくか。」
「うん、ありがとう」

出会った頃の反発しあっていたあの二人からは信じられないや素直なやり取り。しかし、また変わったことがあった、海が意図的に自分の目を見ようとしないことをリオンが気づかない筈がない。

「あ、あのね、引っ越したら・・・遠くなるから車で通うことにするね」
「駐車場がないと言っていたが、」
「歩いて行けるくらい近かったし、言い出せなかったの。それに、リオンに毎日迎えに来させるの、悪いし。」
「ああ、そうか。毎回僕がいるなら迷惑だろうな、」
「え?」
「時間だろ?行かなくていいのか。」

しかし、リオンは遠回しに迎えにこなくていいと言わんばかりの些細な海の言葉にカチンと来たのかそれきり何も言葉にしなくなってしまった。
悲しそうにこちらを見つめる海、子供のように無垢な瞳が背中に突き刺さるようだ。

「じゃあ、行ってきます。あとね、これ、今月のお金。好きなところに遊びにいってもいいけど、知らないお姉さんについていったらダメだからね。」
「子供じゃないんだぞ、平気だ。」

いつまでも自分を年下の弟みたいに子供扱いする海にリオンは焦れたように声をやや荒げてまた背中を見せてしまう。

「うん、じゃあね。」

何処か寂しげにリオンの背中が遠く感じる気がして、海は寂しそうにテーブルに震える手で握りしめたなけなしの1万円札を置いた。

リオンもあの日から態度が一転して変化したようだった。
海に近づく異性に対し、上司の和之にでさえ警戒心を抱くようになっていた。海が他の男の視界にさらされるなんて。
海の大丈夫なんて宛てにならない、リオンは煮えきらない思いを抱いたまま海の後ろ姿をベランダから見ていた。

リオンの不安はたまらない。営業という職業柄海は一人暮らしの男性の家にも訪問したりしているらしい。しかし、理解している、今の自分には何を口にする権利もない。いつかいなくなる自分が海を縛り付けるなんてもっての他だ。
ましてや、自分が無職で食べ盛りでそんな自分を若い身で養う海に要らないお金を遣わせていることも一度考えたら止まらなくて。
海も自分と言う厄介者がいなければ新たに恋をしたり、大好きなブランドの服や車や色々楽しめるのに。泥沼に渦巻く底無しの煩悩と言うサイクルに嵌まり、抜け出せなくなる。こんな感情を抱く前に海の前から消えてしまえばよかったのに。あの雨の日に海に引き留められて、自分が海から離れられないことを思い知る。

「海」

こんな感情、知らなければよかった。叶わないと知りながらずっとマリアンを想っていれば、良かった。海には今まで感じたことの無い邪悪な感情が渦を巻いている。海を思うと、辛くてしかたがない。海の香りがする部屋でこれからもこんな行き場のないもやもやした気持ちを抱えて一緒に暮らしていくのだろうか。海に近づく男を知る度こうして苛立ちに苛まれるのか。
海を好きだと言う感情だと、誰も教えてくれない。海に思いを打ち明けることさえ、正しい恋など今までそんな経験すら出来ないまま生きてきた自分にはわからない。この感情が恋なのかさえ。万が一この思いを打ち明けてみて、結ばれても、すぐに引き離される。一度手に入れた幸せが壊れたあの瞬間が今も悪夢としてよみがえるからこそ、簡単には踏み出せなかった。

「海、行くわよ。今日はあの会社の社長へ同行訪問なんだから気合い入れなきゃね!なにぼんやりしてるの?」
「あ、ごめんね。なんでもないの。」
「何か、元気ないけど・・・大丈夫?熱下がったんでしょ?」
「そうなんだけど・・・」
「まさか、リオンと何かあったのね!おめでとう!!」

なんでもないと言いながらその表情は前に元カレに振られたときと同じくいつものように笑顔がなくて。元カレ問題も片付いた海の悩み事なんて友里が指摘出来るのはそれだけだ。リオンのことで何かなければそんな風に思い詰めたりなんか出来ないだろう。

「嬉しくないことなの?まさか、リオンに何かされたの?」
「まさか!何も無いよ!まして、リオンは未成年よ?そんなことあったら・・・」
「今どきの若い子ってもう平気で初体験とか早く済ませてるわよ?リオンが淫行で海のこと訴えるわけないでしょ?ぜんっぜん大丈夫だから!だって、海がそんな風に思い詰めるなんてよっぽどなことがない限りあり得ないわよ。そうだ!たまにはパーっと飲もうよ!」
「でも、」
「リオンにはメールしとけばいいじゃん!いっつもリオンリオンなんだからさ、たまには私とも遊んで。」

同期だが自分より年上の大人の女性。いつも明るくて気さくで異性に不自由しない友里にはなんでも相談できたし自分をいつも気にかけ可愛がってくれる友里を海は信頼していた。

思えば学生時代から滅多に学校にいかなかった。だから、友達にも恵まれず、夜な夜なライブハウスに入り浸ってはバンドを組んだり、上辺の仲間ならいたが、友達と言う存在がこんなに頼りになるなんて海は知らなかった。

「ねぇ、このままでいいはずがないよ。
リオンが好きなのに、言わないなんてそんなの辛すぎるじゃない!海、このままリオンが居なくなるって、分かってるのに言わないままサヨナラできるの?一生会えなくなるかもしれないのに、後悔しない?そんな半端な気持ちだったら当たって砕けて、もしダメでもこの世に男は腐るほどいんのよ?また新しい男探せばいいじゃない!好きだけど言えない気持ち抱えてこれからも一緒に何事もなく暮らしていけるの?今はまだ広いマンションだけど1LDKのアパートに引っ越したら嫌でも狭くなるし顔会わせなきゃいけないんだよ?」
「でも、怖いよ・・・また、好きな人に拒絶されるなんて、もう、嫌だよ・・・男に苦労してない友里ちゃんにはわからないよ…私みたいな女の気持ちなんて」
「海、」

振られたらまた別の男をとっかえひっかえ出来るほど自分は前向きじゃない。卑屈になるのは自分に自信がない、そして裏切られた傷は今も新しい恋へ踏み出すのを臆病にさせる。ましてや中性的な容姿を持つ美形なリオンに自分みたいな女が場違いで不釣り合いなのはわかっている。
ましてやリオンは未成年で、自分とはかなり年が離れていると言うのに。
キスをする以上の事などもっての他だ、潔癖なリオンを傷つけて振り回したくはない、ましてや未成年に淫行だなんて。自分はそのようなことを弁えない人種ではないだろうに。リオンには高貴なままで、何も知らないでいてほしい。
越えられない壁がふたりにはありすぎる。海は人知れず溢れる涙をどうにか拭うことが出来なかった。

当たって砕けてしまえばいいのかもしれない。そうしたらこんな気持ちさえ忘れられる、リオンとも傷つかずにサヨナラが出来る。

だが、振られるのを分かっていながら告白できるほどの勇気や異性を引き付ける明るさや器量もなければ、はじめての恋があんなに悲惨な形で終わったのだ、簡単に傷が癒える筈ではなかった。

海でも友里でも今回の営業相手は大手の企業の社長であり、しかも少しいやかなり反社会的勢力寄りの会社だが色々やり取りしているのもあり切るに切れない顧客だ。和之が担当していたが、やはり社長。綺麗な女性には目がないらしくタイプの違う海と友里を今回同行させたのだった。
友里の運転で会社へ向かうとそこには先に到着していた和之が今から社長に会うのに呑気に缶コーヒー片手にブレイクタイムしていた。

「古雅、もう熱は大丈夫なのか?」
「あ、はい、主任、ご心配お掛けしてすみませんでした!」
「ちゃんと休めたか?そう言えばお前の彼氏、古雅よりも年下なんだな。知らなかったよ。」
「そ、そうなんです・・・」
「とにかく、いっぱい休んだ分、社長の機嫌取り頼むぞ、おばちゃんとかマダムとかなら得意なんだがな。俺はどうも年上の男はダメらしい」
「またまたぁ〜主任鬼みたいに社長だろうが誰だろうが臆せず突っ込んでくじゃないですかぁ!」
「バカ、頼むぞ。お前らにかかってるからな。」

会社に入り、建設会社の男臭い匂いが充満するフロアを抜けて社長室までの道を歩きながら嫌でも浴びる異性の、今が盛んな若さだけが取り柄のガテン系の男達の冷やかし目線に気まずそうに膝下のスーツのスカートの裾を押さえて歩く海に和之が放ったその言葉。
海は思わす言葉をつまらせた。和之はなにも知らない、リオンは高校どころか、既にそこまでの教育課程は厳格な父親に捨てられるかもしれないと言うプレッシャーを受けながら必死に取得し、国に支える身分で剣士として生きてきた。
年相応以上に大人びたリオンがこの世界の戸籍には乗らない異世界の人間であることも。

「そうですね。」
「まぁ、何かあったらいつでも話せよ。お前は苦労したんだから・・・良かったな、やっと幸せになれたんだろ?」

私は全然幸せなんかじゃない!!
海は声を大にして叫びたかった。やっと気づいた淡い気持ち、素直にこんな気持ちになれることなんて滅多にないのに、いつまでもこの苦しみは永遠に続かないとわかっていても限界だった。叶うなら来年の今ごろに行ってしまいたい。

「やべぇ、お姉さん達可愛い!めっちゃ好みなんだけど!何カップ?」
「はぁ?教えるわけないでしょ!」
「えー!!お姉さん厳しい〜」
「(わぁ・・・友里ちゃん流石だなぁ、)」

やはり滅多に女子と関われない職場だけに体力の有り余ってるガテン系な男たちでもこんなに若い女性に密接に関われる状況など滅多にないが為に誰が見ても完璧なスタイルを誇る友里を目で追っている男たち。
そんな男達には目もくれずにをさっさとかわしながら海もヘコヘコ頭を下げる。
しかし、若い子達もちらほら見かけ、みんな素直でかわいい年下の男の子たちに見えた。
リオンにはない無邪気さがある。リオンは16歳と言っていたが、それならば今年には17歳になるのだろうか。ふとそう思った時、聞き慣れた声が自販機の方からした。

「海、ちゃん?」
「えっ!?か、いとくん?」
「マ、ジかよ!うっそ!やっぱ海ちゃんだったし!今日保険屋が来るって聞いて、海ちゃんのとこじゃないかなって、内心期待してたらほんとにそうだった!」

見慣れた色素の暗い髪に浅黒い肌、黙っていても異性を引き付ける大人びていて恵まれた長身。ニッカポッカ姿に頭にタオルを巻いていたのは紛れもなく海翔であり、思わぬ再会を果たした海はあの気まずい夜を思い返して言葉を閉ざした。

リオンへの芽生えた恋心や元彼事件もあり海翔に告白され抱き締められたあの日から既に2ヶ月くらいが経過しようとしていたのだった。

長引かせて変な期待を抱かせる前にさっさと答えを出すことも出来たのに今までそれすら渋ってきた海に海翔はすっかり割りきって話しかけているようで逆に真剣に悩みすぎて答えを後回しにして来た自分が申し訳なくて。海翔は変わらず女性を虜にするような甘ったるい笑みを浮かべていた。

「久しぶりだね、海ちゃん。友里さんも。」
「そうね、全然あってなかったけど元気そうね。そうか、ここでバイトしてたのね!あら、海、どうしたの?」
「う、ううん、なんでもないよ。」

冷静に、いつもと変わらない笑みで海翔と話すが、海は激しく動揺していた。海翔は気を利かしてメールも遠慮していたのだ。そんな彼とまさかこんな風にまた会うなんて。運命とはどうしてこうも残酷なのだろうか。リオンのことで胸がいっぱいな海に海翔は容赦なくつけこんできた。

「海ちゃん」
「海翔くん!」
「仕事終わるの、待ってたんだ。」

ようやく社長との面談を終え、今年も契約を更新してもらえて一安心。仕事も終わり、友里の仕事が終わるまで待っていようとした帰り際に海翔が仕事終わりの海を待っていたのだ。

驚いたような海に海翔は変わらず接する。
しかし、罵る言葉はなく、それが返って海の不安を煽るのだった。

「単刀直入で申し訳ないけど、そろそろ、答え聞かせてくれないかな?」
「あ、あの・・・」

早く仕事に戻らなければ、なんて、見え透いた嘘。たった今仕事が終わったばかりなのにどう言い逃れが出来よう。しかし、もう海は迷わない。
今まで真実から向き合うことから逃げてきた、分かっていたが辛いから、叶わないからといって他の男に逃げようなんて気持ちは微塵もないし、ましてや今はどんな異性も信用できなかった。

海は海翔の目を見つめ、まっすぐに答えた。今の偽りのない真実の気持ちを、しかし一生打ち明けることはできない気持ちも。

「ごめん、なさい・・・!海翔君にずっと言わなきゃって思ってたのに先延ばしにしてっ・・・!あのね、私、好きな人が、いるの。」
「そうなんだ、元カレのこと、やっと吹っ切れたんだね。仕方ないね。」
「海翔くん?」
「いいよ、リオンでしょ?海ちゃんの好きな人、」

缶コーヒーを手渡しながら家までの道を歩く。しかし、こんな所をリオンに見られたらまた誤解されるのではないかと。しかし、場所を変えようにもそんなに話し込むほどでもない。まさかこうあっさり海翔が自分の決めた気持ちを受け入れてくれるとは思わなかったので海は逆に拍子抜けた。
しかも簡単に見抜かれた気持ち。海は一瞬開いた口が塞がらなくなったがすぐに元に戻る。考え込むような口ぶりで海翔の思った以上に澄んだ目が偽りなく海を見る。

「そうかぁ・・・やっぱ、一緒にいる時間が長いと自然とそうなっちゃうんだよね。」
「え・・・」
「海ちゃんが彼氏と別れて、寂しくて、そんなときに慰めてくれたのがリオンだったんだ?それだけでしょ?」
「海翔くん、違うよ・・・私と、リオンはそんなんじゃないよ・・・」

なにやら誤解しているようだが海はリオンのことをそのような目で見ることも、そんな一線を越えるような関係など持ち合わせていない。
若い男女が二人で暮らしたら誰もが性的対象になるわけではない。明らかに蔑むような口ぶりに今の海翔の言葉をあわてて訂正しようとしたが、海翔は聞く耳等持っていないと言わんばかりに表情は憎しみに満ちていた。

「何でリオンなの?あんなやつ、どこがいいの?海ちゃんがこんなに苦労して働いているのに転がり込んで、邪魔してるだけじゃん。二人が付き合って何になるの?」
「それは・・・っ」

軽薄そうな服装や見かけと裏腹に海翔は真面目に海を心配しているようだった。生活費、そして触れられたくなかった箇所まで容赦のない現実を突きつける。
感情的に好きだと行ったところで回りから見れば海とリオンが幸せになれる未来など、これっぽっちも残されていない。

「俺なら、海ちゃんが知りたかったこと、みんな教えてあげるよ。俺がリオンだったら、そんな風に悲しい顔はさせないのに・・・見ない間に綺麗になった気がする。リオンのおかげ?あいつとやったの?」
「海翔くん、止めて・・・」
「あいつが海ちゃんを幸せにできる筈がないよ。あいつ、海ちゃんの事なんてどうでもいいって、言ってたよ?俺が付き合うから邪魔するなって言ったら勝手にしろって言った。海ちゃんを貶すことしかできないくせに。いつか、海ちゃんから真実を知りたくなる日が来るよ。」
「え?」
「海ちゃんもしっかり考えてくれてるから、そう思って期待して敢えて連絡しなかったんだけど、期待して馬鹿だったな。」

そうして、海翔が急に差し出したのは一枚の古びた写真だった。背中を向け、海翔は浮かない表情のまま、夕日に姿を消した。残された一枚の写真に海は全くの合点がいかなかった。其処に映る黒髪に好き通る様な色素の明るい不可思議な瞳をした端麗な顔立ちの男性にだっこされて頭にお揃いの花の冠を被った間違いなくそれは幼少時代の自分の姿が映っていたのだから。

小さな海を愛しげに抱き締める整った顔立ちをした男性、その裏には海、3歳と書かれており、自分が一番身に覚えのなかった時期と重なった。

「海翔くんがどうして私の子供の頃の写真を持っているの?」

物心ついた頃、気づいたこと。幼い頃の記憶が自分にはない。気がついたら父も母も居らず、叔母に邪険にされながら生きてきた。海翔が残した一枚の写真が今も尾を引いている。
なぜ海翔がこの写真を持っているのだろうか。
しかし、海は何となくだが気付いている。
この写真が自分を手招く罠のようにさえ感じられて、今、のこのこ海翔についていって真実を確かめる以前に、海翔と二人きりになるのが今は怖かった。自分の知らない過去を知っているだけでなく、リオンとのこともある。逆恨みされたらどうしようと、彼を取り巻く仲間もみんなうわっついた今時の風貌だったし、真面目だと思っていた元カレが奥さんがいたのに自分と付き合っていたりと、男は思うよりも欲に浅ましく、子供で浅はかなのだ。

女に不自由しない海翔ならばもっとひどいことを言われるかもしれない。リオンとは違い海翔はただ恐怖を感じた。抱き締められた時も、大きな巨体で女をただの性欲の捌け口にしているようにさえ感じられた。
彼を大きく傷つけた。自分が曖昧なせいで。

しかし、もう海翔には結論を出したのだ。もう何も気にする必要はないのだ。どうせ彼のことだからすぐ次の女が彼に声をかけるだろう。
今さら知る必要なことなど何もない。海はそう言い聞かせ写真を捨てることも出来ずとりあえず手帳に挟んだ。身に覚えはなくても、自分をいとおしげに抱き締める彼に罪はないと思ったから。

「誰なの?この人は?」

しかし、記憶を張り巡らせても彼の存在を記憶に探しても靄がかかってよくわからない。

記憶の底にきっと其処に眠っている。
しかし、全く思い出せないのだ、考えたら、ずっとそうだった。でも、幼少の記憶と言うのは大人になればいつか忘れるものだと思っていた。
しかし、海はそれが全く思い出せないのではない、完全にそこだけの記憶だけごっそり抜け落ちているのだ。

煮えきらない思いにやや複雑な心境を抱く。
自分がリオンを好きだとわかっていて、しかしいまだ関わりを保つように海翔はこの写真を手渡したかのように感じられたから。気にしすぎてもよくない、今は久々のガールズトークに花を咲かそうと、海は友里の待つ車に向かった。

「お待たせ!ごめんね、長引いちゃってさ、」
「うぅん、いいの。」
「それでね、今日のご褒美に主任がご馳走してくれるって!やったね!」
「えっ、いいんですか?」
「おい、奢るとは言ってないぞ。」

今のですっかりリオンにメールしていないことも忘れて。
海は主任の奢りと聞き、水入らずに思いを馳せ、嬉しそうに歩き出した。この前の件で和之のことを苦手としていたが、彼もなんだかんだ優しい紳士だと言うことがわかり、海は少し信頼を見せ始めていた。

主任の車に乗り込み、辿り着いたのは見た目は普通の民家のような隠れ家的な居酒屋だった。リオンが未成年なのもあり、リオンが待っているからと飲み会もほとんど断ってきたのでなかなかこういった場所にはいけなくなったので、海は嬉しかった。

「それで、リオンとはうまくいってるの?」
「ぜんぜん、何の進展もないよ。だって、リオンには大切な人がいるし・・・」
「それは本人から直接聞いたの?」
「うん、」
「大切な人、ね・・・付き合っていたのかしら。どうして深く聞かないの?好きなら徹底的に確かめなきゃ!今、リオンと暮らしてるのはあんたなのよ?」

目を閉じる。主任もいたが主任も仕事の時の鬼の形相はなりを潜め実は2人は付き合っていないこと、海の片思いであること、いつか彼はさよならする運命だということも話した。

リオンを思うと今にもリオンの柔らかな笑みがよみがえる気がして海は何も口にできずに頬を赤らめ、恋する乙女になっていた。

主任の奢りで久々に強い酒を飲んだからかもしれない、タバコを一本もらい久々に陽気な気分になり、今なら素直にリオンに打ち明けられる気がした。
あの腕に強く強く抱き締められたい、今も覚えている、寝ぼけてリオンと交わしたキスがどれ程心地よく、今ではもう元カレがどんな風に抱き締めてくれたかさえ思い出せずにいるんだ。
雨に濡れながら帰ってきたあの時、自分を出迎えた時に腰にタオルを巻いた無防備に晒した上半身を目の当たりにした衝撃。今は、リオンの温もりを必死に焼き付けようとする自分がいて、海は自嘲した。

「うん、そうだよね、どうせなら当たって砕けようかな・・・」

海翔の気持ちから逃げた自分が真正面からリオンと向き合える自信なんてないくせに、リオンに振られたらますます今の関係が悪化することくらいわかっている。
だが、海翔が指摘したように、現実を考えれば今の生活では永遠に暮らせない。
そう、リオンは、この世界の住人ではない。
いつかは必ず離れなければならない、万が一、いや、絶対に結ばれないふたりを取り巻く現実だけは変えられない。これが現実、真実とはいつだって残酷なのだから。

「男と女なんてそんなもんよ、出会って最初はいくら好きでも相手が浮気したり、喧嘩したり、次第に冷めて別れることになるか、それとも結婚するかに別れんのよ。
どんなに愛し合ったって、人は遅かれ早かれ死ぬ、別れは予告もなくやって来る。天災だっていつ起こるかわかんない、一生一緒になんて誰も保証してくんないのよ。」
「うん。」

経験者は語るとはこの事を言うのだろうか。友里はマルボロを吸いながら海にアドバイスをし、友里なりにさばけた性格の彼女らしい言葉に海の暗く伏せっていた暗闇から微かに見えた光に今にもすがるような気持ちだった。

「海だって、元彼と結婚するつもりだったでしょ?だけど、あんなに盲目なほど元彼が好きだったのに、振られて、たくさん傷ついたよね?でも、あの痛みがあったからリオンを好きになることができたんでしょう。」
「うん、」
「人はいつか死ぬのよ?その時、後悔しないでいられるの?リオンに、その思いを伝えられないままで。」

落ち込む海に友里は決定打を与えたのだ。
気づかぬ振りをしてこれからも彼と暮らしていけるなんてそんなの目に見えて不可能に決まっている。
男と女としての駆け引きを幾つも繰り返した友里は海にその厳しさを敢えて伝えた。

「そんなの、やだ!」

ウイスキーグラスを手に海は、首を横に振る。現実と理想は過酷にも互いに違うものなのだ。
人は出会いと別れを繰り返す生き物、ならば、今この残酷な現実を受け入れてしまおうか。

「私、やっぱり、リオンが好き・・・やっぱり、できない。このまま何も言わないで暮らせないし、さよならなんて、嫌だよ。」

愛を拒まれる苦しみを知っている、だけど、打ち明けられないままの炎を消せないまま一生抱えて生きるなんて無理だ。いつまでもその場で足踏みをしたまま前に進めるなんて思ってもいない、リオンに振られればそれはそれでけじめがつく。いつまでも煮え切らない気持ちを抱えたまま彼と過ごすなんて・・・。

いつかは離れるとしても、悲しいだろうが、それが定め。
別れることを前提に付き合う恋人はいない、しかし、どんな恋にも永遠など存在しないのは承知の上だ、

「だから、今後のこと考えずにとにかくリオンに今の思いをぶつけなさい。そこで壊れる関係ならそこまでの2人ってことよ。誰だってそうでしょ、今日付き合ってたって明日振られるかもしれないし、実は浮気してたりするかもしれないし。幸せな恋愛なんて長くは続かない、リオンに告白して、もしリオンが振るとも限らないのよ、」

どんな結末であれ、この気持ちをきっと、いい思い出にできたら、前へ進める。前みたいにリオンにも接することができるだろう。愛した思い出を胸に抱いて、海は熱燗を煽り窓から見上げた夏の空に思いを馳せた。

「すみません、弁慶岬四号。」

「えっ!主任!?」

和之は、しれっと海に酒を頼む。と一升瓶に弁慶の絵が描かれた日本酒が運ばれる。グラスに注ぐと海にそれを差し出す。

「俺の奢りだって言っただろ。飲め飲め、酔った勢いで押し倒せ、当たって砕けろ。その為にはガソリン入れないとな、」
「主任・・・」

なんと主任までもが海の背中を押すためのガソリンを投入し始める始末。酒に多少強い海も、日本酒の前ではあっという間に崩れ落ちそうになる。
しかし、飲み始めればぼんやりした思考の中でリオンの前で素直に気持ちを打ち明けられるような気がしてきた。

「よおおお〜し!わらし、リオンに告白すぃましゅ!!」
「よし!その意気よ!」
「早坂、古雅呂律回んなくなってきてるぞ、今度は飲ませすぎんなよ、おい古雅貴重な酒を馬鹿飲みするな!」

その頃、海が主任の車に乗ったあとの人気のない事業所の前で待ちぼうけを食らう少年が一人。其処にいたのはリオンだった。
彼は海がいつまでたっても職場から帰ってこない苛立ちが最高潮に達していた。
迎えに来てみたが営業所はすでに終わっている。電話は何度も鳴らしても出ない。果たして海が電話を持つ意味があるのだろうか。スマホも通じないならただの板だ。リオンはイライラしながらスマホを地面に叩きつけたい衝動に駆られるが海が自分のためになけなしの給料で買ってくれたものだ。壊したりなんかで出来る筈がない。

「あいつ・・・」

苛立ちと不安、この前来た和之と言っていた上司が海を連れ去ったのではないか、居てもたってもいられなくなり、思わずリオンはメッセージをを打ちはじめていた。
操作は相変わらずややこしいから電話で済ましたが肝心の電話に出ないのであれば文字しか手段がない。
たった一言、絵文字なんかもちろんあるわけない、リオンは怒りに満ちていた。

¨何をしている、さっさと帰ってこい¨と

そんな怒りをむき出しにし、待ちくたびれたリオンは海からもらったお小遣いの1万円札を手に近所のファミレスへ向かった。こうなったらコスパのいいファミレスで1万円みんな使って食べてやる。リオンはただならぬ怒りに満ちていた。それは、深く海の身を以前よりも案じているからでもあるがそれには気づかない振りをした。

海がどこで何をしようとも、自分には、引き留める権利なんかない。まだ若く、夜も飲んだり街に繰り出して遊びたいだろうに自分に遠慮して夜も遊び歩かないことも。分かっている、いつかは海と離れなければならない。モヤモヤした気持ちを抱えチョコパフェを食べる手が完全に止まる。マリアンとは違う、安堵よりもたまらなくこの胸を締め付ける不安、海が知らない誰かのもとに走り去る、無邪気な海が自分以外の誰かに優しく笑いかける光景が浮かんでは消えて。リオンはいつも頼むチョコパフェもフォークが進まなかった。

「下げていい、」
「そうですか・・・あの、いつもは食べるのに、何かあったんですか?」

いつも自分が座る席にチョコパフェを持ってくるまだ若い海より年下のアルバイトが不意にパフェを残したリオンに訪ねてきた。何なんだ、眉間に皺を寄せるリオンにアルバイトは尚も問いかけてくる。そう言えばいつもこのファミレスに来ると毎回注文や料理を運んでくるのはこの店員だということに気づく。

「あの・・・いつも、チョコパフェを食べながら外見てるの気になってました。よかったら、連絡ください。」

ああ、そういう事か。物覚えが人よりいいのも時には問題だ。リオンは人が自分に向けられる好意が特に苦手だった。人は穢い、自分に取り入ろうと群がる人間はいつも自分の背後につく将来性や財産や肩書きばかりを狙っている飢えたケモノのような人間達ばかりだったから。

「くだらんな。」
「いつも来るあの人は、彼女なんですか?年上に見えましたけど・・・」
「貴様には関係ない。じゃあな。」

リオンはそれだけを告げリオンを影ながら見つめていたアルバイトに冷たく射るような眼差しに戻っていたのだ。
余りにも凍てついたその眼差しに直立不動になったままの彼女から手渡されたアドレスを突き返し、伝票を握りしめリオンはファミレスを後にした。

夏の夕暮れは長い、うっすら深い青に染まる空には星が輝いている。こんなにも空は美しかっただろうか、セインガルドは温暖な気候だったがこの日本は四季あり、はっきり季節が別れており日没も季節に寄り変わる。
移ろいやすい季節、儚いとしても・・・。
マンションまで歩いて帰るが未だに海は帰ってきていないようだし返事も来ていないどころか既読スルー。引っ越し準備の段ボールが山積みとなったままの乱雑した部屋。リオンは日本の蒸し暑い夏に張り付くTシャツがまどろっこしく、うんざりしたかのようにため息をつくとまたマンションを飛び出した。

今、海は誰といるのだろう、何をしているのかすら全く分からない。こうしていざ、独りになると嫌な想像ばかりが脳裏を駆け巡り考えてしまう。

海はもしかしたら海翔と出掛けたのだろうか。自分に言いにくいから何も連絡を寄越さず。それとも、他の男なのかもしれない。自分は一緒に同じ時間を共有しているだけであり、悲しいが、海のことを自分は何も知らないことに気づいた。
嗜好はわかれど、過去や交遊関係も全く分からない自分。
海は海翔と付き合うかもしれない。
だとしたら、自分はいったいどうすればいいのだろう。
思うほど焦がれるほど、好きになれども、引き離される未来。

嫌になるほどだ、リオンは愕然とするしかなかった。
ならば、海のことを考えるとモヤモヤしてとまらない。海が他の誰かと思いを遂げる前に静かに消えてしまいたい。今はただ切に願った。
誰の悪戯なのか、自分を蘇らせ、得体の知れない世界に飛ばすなど、まだ、自分を更なる悪夢へ誘うのか。
リオンは無意識に包丁を手にしていた自分に心底あきれる。

「海に僕の死体の後始末でもさせる気か、馬鹿め。」

これは夢で、死ねば現実に、あの海底洞窟に戻るかもしれない。試したこともない、何よりも一番の愚か者でしかない自分、そんなのは建前で、自分は逃げたいのだ。海に思いを打ち明けることも出来ない、海が他の男に魅せられて落ちて行くのを黙ったまま見過ごすしかない現実から。
自分が死んだら、海は悲しんでくれるだろうか。最後の別れ、海は泣いて泣きじゃくって"行かないで"自分を引き留めてくれるだろうか。

望むなら、幾らでも呼んでくれたら会いに行く。きっと何もかも擲って海を抱き締めたい。
リオンは海とよく行くレンタルショップに歩みを進めた。なんでもいい、気が紛れる映画でも観て海を待とう。リオンは手当り次第普段観ることのない恋愛映画を手に取った。
死んだはずの人間達が次々と黄泉がえりを果たすという日本の言わずと知れた有名な邦画を。


To be continue…


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